編集部ブログ太田克史のセカイ雑話

2014年9月19日 14:22

『江戸しぐさの正体』重版に寄せて—— 一枚の写真から感じる日本の義務教育の「危うさ」

大きな反響を呼んでいる星海社新書の最新刊『江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統』(原田実)ですが、本日19日付けで重版分が日本全国の書店さんに流通し始めます。

品薄状態が続いてしまいご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます。

 

まず、「江戸しぐさ」が「偽りの伝統」たるゆえんは、こちらの試し読みをご覧になっていただければすぐにおわかりになると思います


日本という国に生まれ育った一員として、日本の文化が育んできた美しい伝統に対して誇りを持つのは自然な心の発露だと思いますが、その「伝統」が歴史的根拠のまったくないものだとしたら……。

それなのに、日本の義務教育のカリキュラムに「道徳」の科目の教科書としてそれら歴史的根拠のない「伝統」が正しい歴史とともに組み込まれているとしたら……。

それはたいへんに残念なことであり、かつ、恐ろしいことだと思います。そしてその出来事はたった今、「江戸しぐさ」を中心に現実に起こっている出来事なのです。


さて、この『江戸しぐさの正体』の帯が謳っている「日本の教育が危ない」は、本当のところいったいどのくらい「危ない」のか?

疑問に思っている方はぜひこちらの写真をご覧ください。

 

 この写真は都内渋谷区内のとある公立小学校の入り口前から撮影したものです。この場所は生徒たちが朝晩に登下校するときに必ず出入りする場所で、サッシの向こう側には下駄箱がずらりと並んでいます。

そのサッシの上部分にご注目ください。

 

「あいさつ 他の人にもあいさつしよう。江戸しぐさ「えしゃくのまなざし」にこめられた礼ぎの心をうけつごう」

と、マスキングテープで書かれています。まさに「江戸しぐさ」の標語です。

このテープの文字を書いたのは、おそらくはその文字の幼さから見て、小学校の先生ではなく、小学校の生徒自身の作業によるものでしょう。これが「江戸しぐさ」を「道徳」として教育したひとつの成果です。


生徒たちは毎日この「江戸しぐさ」の標語が書かれたサッシをくぐって登下校するのです。

『江戸しぐさの正体』をお読みになって、その「正体」に気づいた方にとっては、くらくらするような光景ではないでしょうか。


捏造された「歴史」に基づいた「道徳」は、たとえその道徳的な主張じたいが正しいことだとしても(——会釈はもちろん正しい道徳です)、はたして如何ほどの価値があることでしょう。こうした行為は、たとえその根幹に善意があるとしても、日本の未来が託された若い生徒たちに対して断じて行ってはならない行為だと思います。

 

僕は長らくのあいだ、たとえ「江戸しぐさ」が日本の義務教育に浸透しつつあるとはいっても、それは一部の教育関係者の暴走によるものだとばかり思い込んでいました。

それは、たとえ影響があるとしてもきっと軽微なものであるだろうと。ですがこの夏、たまたま外での打ち合わせのあいまにこの小学校脇の道路を歩いていたとき、この光景を発見して、大きなショックを覚えました。

 

日本の教育は大丈夫なのだろうか——。

 

皆さんもぜひこの機会に考えてみて下さい。また、小学生をお子さまにお持ちの親御さんはぜひ一度ご家庭で「江戸しぐさ」についてお子さまと話し合っていただけましたらと思います。

「江戸しぐさ」への単なる批判にとどまらず、その成りたちまで解き明かした星海社新書『江戸しぐさの正体』はその話し合いのための最高のガイドブックになると思います。

 

星海社 太田克史