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カテゴリ: 編集部より

記事カテゴリ:朝の最前線

下克上のための覚書

おはようございます。アシスタントエディターの石川(@seikaisha_iskw)です。


青森旅行中はエスパルスが勝ってウキウキでしたがこの土曜は負け。
「いい負け」なんてものが果たしてプロスポーツの世界にあるのかどうか、僕は易々と意見を申せる立場にありません。が、仮にそれがあるのだとすれば、今回の敗戦は今季はじめて可能性を残した敗戦だったようにも思います。
ところでエスパルス近況報告はいったい誰得なんだとある人に言われたんですが、これはもう得とかそういうものではないですからね。今後も週1〜2で書いていくと思いますので、なんなら読み飛ばしていただければと思います。

 

さて。
最近、自分はしきりに「下克上をせよ」ということを言われます。
星海社に属している以上経験の多寡などはほとんど言い訳に過ぎず、ただ実力でのみ評定が下される。
そして、今すぐにでもその競争に勝つつもりでいる、あるいは実際に勝ってもらわないと困る、というわけです。
ただし、社内のエディターのみなさんはもちろん打ち倒すべき敵なんかではなく、協同して会社としての利益最大化を目指すなどしていく必要があります。


すぐに、ああ、これは(サッカーの)ポジション争いなんだと思いました。
副社長の太田さんにも同意していただきつつ、ただひとつ違うのは数年後をメタレベルから眺める視点が必要なことだ、と。

その異なる点というのが鍵だと思うんですが、ポジション争いについて自分の経験を整理しておくこともある程度は有用ではあるはずなので、ちょっとその作業をしてみることにします。


下のプロフィールにもあるとおり、僕は小中高とサッカー部に所属していました。
ポジションはゴールキーパー。

小学校時代は、もちろん真剣は真剣だったんですが、どちらかというとレクリエーション的志向の強いチームでした。練習量も少なかった。

そして、ひょんなことから(本当にひょんなことからとしか言いようがない)中学は数多のプロを輩出してきた強豪校へ進むことになります。
毎週月曜のオフ以外は原則休みなしでトレーニング、試合、トレーニング、試合……。

同学年のGKは自分を入れて4人。
トレーニングメニューはどのポジションよりも厳しいものがありました。あらゆる隙間の時間はトレーニングのため。
中学生年代ではいち早くメンタルトレーニングや撮影機材を導入するなど、いまだスポ根の根強い部活サッカー界にあって「科学的」なことをやっていたチームではあったんですが、GKだけは例外として扱われました。
というのも、GKコーチ(専任のGKコーチがつくのも中学生年代では珍しいことでした)が「鬼」だったことに加え、僕の学年は(むろん自分含め)著しくレベルが低かったのです。唯一上手かったN君は不幸なことに途中で離脱。

僕はというと、日々のトレーニングについていくので精一杯でした。
創意工夫をこらす余裕もなく、朝練や居残りも物理的・体力的に難しかった。ただ後者については、余力を残して練習量を増やすよりも、定められた練習時間内で限界まで出し切っていたことは正解だったろうといま考えてみても思います。

そうして下手くそなりに練習についていくと、それなりに能力は上がっていきました。
で、中学時代のポジション争いから得た結論は、「運」と「準備」が9割、ということです。
これを身に覚えて理解する機会が二度ありました。

一度目は二年次の夏前。
試験期間直前の対外試合において、二年からは成績的に試験への不安がないプレイヤーが優先的に帯同を許されました。
まったくの実力不足だった僕も、選考基準のおかげでなんとか滑り込みます。
そこで出場機会を得ると、いわゆる「ゾーン状態」というやつか、人生でもっとも好調なのではないかというプレーを出せました(試合後、全国常連の相手校の三年生GKから「ナイスキーパー」と声を掛けてもらったのは昨日のことのように覚えています)。

日頃のトレーニングによってある程度の準備が自然とできていたこと、そして連れていってもらえた幸運が重なっての出来事でした。
その後トップチームに帯同するようになるのですが、しかし、このときの準備はやはり「ある程度」だったのです。気がつくと同学年での序列も最下位になっていました。


波乱のその後は次回!

(written by 石川 詩悠



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