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カテゴリ: 編集部より

記事カテゴリ:朝の最前線

青森旅行レポート③

【青森旅行レポート③】

 

おはようございます。アシスタントエディターの石川(@seikaisha_iskw)です。

 

 

引き続き、青森レポートをば。

 

前回、前々回と太宰の生家「斜陽館」のことを書いてきましたが、斜陽館から歩いてすぐのところにもう一軒太宰ゆかりの建物がありました。

もともと斜陽館(というか津島家)の離れとして造られ、のちに移転された「疎開の家」です。

名前の由来は太宰が戦火を逃れて身を寄せたことから。

 

これは訪れてはじめて気がついたんですが、斜陽館の方では太宰治名義で作品を書いていないんですね。

青森での太宰の執筆活動は、疎開後この離れでおこなわれたのみです。

(『トカトントン』もここ)

 

書斎が残っています。

 

 

おもむろに座る。

 

 

斜陽館も離れも言ってしまえば「ただの家」なんですが、素直に楽しめるスポットだったと思います。

 

 

 

金木を後にして弘前公園へ向かいます。

 

と、車での移動中に見事な岩木山が。

 

 

「なるほど弘前市の岩木山は、青森市の八甲田山よりも秀麗である。けれども、津軽出身の小説の名手、葛西善蔵氏は、郷土の後輩にかう言つて教へてゐる。「自惚れちやいけないぜ。岩木山が素晴らしく見えるのは、岩木山の周囲に高い山が無いからだ。他の国に行つてみろ。あれくらゐの山は、ざらにあら。周囲に高い山がないから、あんなに有難く見えるんだ。自惚れちやいけないぜ。」」という一節が『津軽』にあります。

富士山擁する静岡県民的には嫌みったらしい表情になりかけますが、現物を前にするとそれはそれ、これはこれ。

 

 

さて、弘前公園です。

 

 

弘前公園といえば桜ですが、さすがにほとんど残っていませんでした。

大枝垂れは綺麗でしたが写真がない……。

 

 

wi-fiも繋がります。

 

 

 

石垣の修理のため、今夏~今秋に「曳屋」がおこなわれる弘前城天守。

 

 

天守内部はまだ見学できましたが、石垣の状態が影響しすごい傾き。実際怖い。

 

桜の季節にもう一度来てみたいですが、すべての工事が終わり、天守・石垣・それらに重なる桜がもともとの姿で見られるのは10年後とのこと。

そのときにはのし上がっている自分を想像しつつ、おあずけです。

 

 

もうちっとだけ続くんじゃ。

(written by 石川 詩悠



本文はここまでです。