編集部ブログ

2018年1月 9日 16:50

『日本のメイドカルチャー史』上・下巻刊行記念 久我真樹・嵯峨景子対談(1/3)

久我: 本日は、対談をお引き受け下さりまことにありがとうございます。

日本のメイドカルチャー史』()を執筆するにあたって、嵯峨さんの『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』(彩流社、2016年)を参考にさせていただいたということもあり、ぜひお話をうかがいたいと思っておりました。

嵯峨: こちらこそ、お声掛けいただきありがとうございます。久我さんとお会いするのは今日が初めてですが、好きなものなど、共通する部分が多いと思っていましたので、対談のお誘いをいただいて嬉しかったです。

【少女小説の中のメイド】

久我: 私は、嵯峨さんの『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』を、刊行されてすぐの頃に読みました。少女小説の中でメイドがどう描かれているのかがわからなかったので、なにかヒントを得られるのでは、と思ったからです。

嵯峨: ありがとうございます。私としてはそれがちょっと意外でした。というのも、メイドって男性によって消費されているのかな、と思っていたからです。

 私自身のメイド体験は、漫画の『エマ』が原点になっています。ただ、メイドが好きだから読んでいたわけではなくて、作品が好きだから読んでいたんですね。それでも、メイドの描写は圧倒的で、すごく面白かったです。

 あとは、クラシカルなお洋服が好きだったので、そういうものが見られる場所として、秋葉原のメイド喫茶「月夜のサアカス」が好きでした。あそこの衣装をデザインしていたのは「SERAPHIM」というブランドなんですけれど、それがもともと好きだったんです。今日着ているワンピースもSERAPHIMさんのものです。

久我: 私も「月夜のサアカス」は好きで、あそこで『風と木の詩』を読んだのがきっかけで少女漫画がメイドの宝庫だと気づきました。

嵯峨: やはり、好きなものが似ているみたいですね。

久我: 私は研究を進める中で、「メイド」をキーワードにして作品を検索していました。その結果、少女小説というジャンルにもかなりの作品群があるということがわかりました。それから少女小説を色々と読んでいって、なんとなく作品に共通項があることは感じていたものの、なかなか言葉になりませんでした。

 嵯峨さんの本の中で、2005年から2006年くらいの「職業もの」や、「姫嫁」というものを見たときに、「ああこれだ!」と自分の中で言語化できたんです。

嵯峨: 私は、自分で本を書いているときは、メイドの表象は全然意識していなかったので、久我さんの本を読んで、「ああ、こんなにあったのか!」と再発見できて面白かったです。『死神姫の再婚』にメイドが出てくることにはすぐ思い至ったんですけど、それ以上は考えていませんでした。

久我: そういう方は多いと思います。私自身も、一回こうして本の形にすることで、嵯峨さんのような他の分野の専門家の方々にお話を聞き、さらに見えるものが広がるかな、と思っています。

 研究を通じて、少女小説では悪役令嬢というジャンルが流行っていることに気づきました。「魔王が実は良い奴」という描き方に似て、「悪役令嬢」も乙女ゲームで悪役だった人たちを主人公にしてしまう作品ですね。

 『小説家になろう』の「悪役令嬢」のタグが付けられている上位作品を読むと、「悪役令嬢」は令嬢なので、ある程度身分が高くて、早い段階でメイドや侍女、側用人といった人が脇役で出てきます。このジャンルは、非常にメイドとの相性がいいな、と思いました。

嵯峨: だいたい「侍女」として出てきますね。それで、今日久我さんにお教えしようと思っていたのが、ルルル文庫の菅原りであ『悪役令嬢ヴィクトリア』という作品なんですけど、この作品は、「メイド」で検索したときに引っかかりましたか?

久我: はい。でも、深くは読めていないですね......。

嵯峨: これは2009年の10月に出た小説で、タイトルこそ「悪役令嬢」ですが、今流行っている異世界に転生する悪役令嬢ものとは異なる内容です。この作品には、少女小説では珍しく、メイドカフェの描写が結構あるんです。

 主人公はお嬢さまなんですが、紅茶店のオーナーで、ライバルのやっているお店に店員として潜入します。そのお店はメイドの指名制度とかがあって、店員の人気が呼び物になっている設定です。しかも、紅茶を入れるときに、サービスとして長い決めゼリフ付きで給仕をするというシーンがあるんですよ。これって、明らかにメイド喫茶を意識していますよね。

久我: そうですね。とても興味深いです。

嵯峨: でも、この作品は女性向けということもあってか、メイド描写がさほど話題にはなっていなかったようですが......。女性向けコンテンツは、侍女ならば取り上げやすいですが、こういうメイド喫茶的な描写は難しいのかな、と感じました。

久我: 確かにメイド喫茶が登場する作品は、あまり数もないです。だから、文化祭などで普段は普通の子がメイドになる、という展開は発明だったと思います。

 そんな中で、コンテンツとしてのメイドと、メイド喫茶のメイドは、消費のされ方が違うようです。少女小説では、令嬢系の人がメイドにさせられてしまう、要は「シンデレラもの」も多いです。身分のある人が色々な理由でメイドになる。それと「姫嫁」のあまりの相性の良さにビックリしました。

 集英社の2015年のランキングを見ると、シフォン文庫の1位と2位が、両方とも姫嫁でメイドでした。

嵯峨: なるほど。私にとって、シフォン文庫は隣接する領域ではあるんですが、おそらくそこは久我さんのほうが読んでいると思います。乙女系、いわゆるTL小説のほうではメイドがたくさん出てくるんですね(笑)

 少女小説では、メイドというのはあくまで「従」で「フレーバー」なんですよね。

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【『世界名作劇場』について】

嵯峨: 久我さんの著書の冒頭で取り上げられている『世界名作劇場』は、日本のヨーロッパ文化イメージに大きな影響を与えているものなんですね。

 少女文化の中でも、ヨーロッパというのはすごく重要で、大正時代の吉屋信子の『花物語』でも、ミッションスクールや寄宿舎をはじめ西洋的なモチーフが描写され、それが当時の女の子たちに支持されました。

 私が文化研究者として興味深かったのは、メイドというイメージが日本に入ってきて、独自の表象として90年代頃から変遷していくその歴史的な過程でした。

久我: 50〜60年代でも、漫画の題材として広がっていたということもあったようなので、『若草物語』や『赤毛のアン』のような作品が、どんどん媒体を変えて広がっていったんだと思います。それが小説なのか、漫画なのか、アニメなのか......というところで色々あったのではないかと。

嵯峨: 久我さんの原体験として『世界名作劇場』が非常に大きいということはわかったのですが、実際、今のメイドブームは、そこから離れたものになっているように感じます。

久我: そうですね。私と同年代の人たちや、特にクリエイターの方々はおそらくそれを挙げる人が多いと思います。しかし、その後に生まれた作品を見て育った人たちはまた別ですね。漫画を見て小説を書く、みたいな人とかも。創られたものを見て、ピンポイントで消費していく、という流れのような気がしています。

 それに、『世界名作劇場』は放送が終わってしまって、今はアクセスが難しくなっていますし。そこで、今気になっているのは子供向けの出版レーベルです。『大草原の小さな家』などは長く刊行され続けていますし、そこに『世界名作劇場』に似たイメージの入り口が残っているのかな、と思います。

嵯峨: 児童向けのジャンルでは、確かにそういった表象が残っていますね。でも、パッケージを今の子供たちが手にとりやすいように変えたりしているので、その改編などもどうなっているのか、個人的には気になっています。

 私は子供服のようなデザインがすごく好きなので、子供服の表象というのはいつか取り組みたいテーマです。

 まだ研究としてまとめられていないのですが、子供服の研究書はぽつぽつ出ているので、そのあたりを買い集めているところです。

久我: 私が特に興味を持っているのは、エプロンに託されるイメージですね。『奥さまは魔女』とかで、アメリカ的な生活や日常が描かれていて、そこでエプロンがどんな捉えられ方をしているのか、などです。

 日本エプロン協会というところは、昭和40年代に、「エプロンブーム」があったと書いています。それを裏付ける資料はまだ見つけられず......。今回の本では、参考という形で取り上げました。でもこれはおそらく、高橋留美子さんの作品などにも繋がってくると思うんです。

 エプロンを着けている女性に託されていた「家事」や「母性」というものですね。それらを単に繋げるのは適切ではありませんが。

嵯峨: ああ、それはむしろ私のジャンルかもしれないですね。社会学でいう、女性の労働や主婦といったイメージですね。そういうのは、婦人雑誌でも追えるかもしれません。

 日本での子供服、エプロンドレスなどについては、調べたりしたのですか?

久我: 大学で服飾を専攻している知人の方に、エプロンの歴史を調べていただき、エプロンが日本でも児童服だったということはわかりましたが......。エプロンドレスまでは調べられていないですね。

 ただ、時代によっては洋服自体が富裕層のものでしたので、そういう意味では、自分たちが読んでいる少女小説などに出てくるヨーロッパのもの、憧れのものを取り入れられる人となると、限定的になってしまうのかな、と。

嵯峨: 男の子のセーラー服は、ひとつのスタイルとして近代の写真や雑誌で頻繁に見かけます。ただ女の子のドレスはともかく、エプロンドレスというのは私の見た範囲では記憶にありません。エプロンはカジュアルというか、「よそいき」とは違うのかなと思いました。

久我: あとよくわからなかったのは、エプロンとドレスという組み合わせですね。ドレスというのは発表会とかで着ますけど、エプロンというのはどうなんでしょうか?

嵯峨: あんまりオシャレの服としては認識されていないような気がします。やっぱり、汚れを防ぐとか、そういう感じですかね。

久我: そのあたりのイメージ史というのも気になりますね。

嵯峨: 私も今、博士論文で少女雑誌の研究をしているので、気にとめておきます。

【メイド喫茶と制服】

嵯峨: ところで、今のメイドブームって、基本的には男性が中心なんですか?

久我: そこが、実はよくわからないんですね。私が知っているメイド喫茶はちょっと偏っていて、クラシック系なんですけど、そういうところでは客層の半分は女性です。コミックマーケットなどの同人イベントで私の本を買ってくださるのも、半分くらいは女性でした。

 でも、一般的な「メイド喫茶」での消費のされ方を見ている限りでは、男性が多いのかな、と思います。

 コンテンツの中では、少女漫画ではすごくメイドものが多いな、と感じました。

嵯峨: 私は、メイドブームってずっと連続しているものなのかと思っていたのですが、久我さんの本の中ではブームの内容や変遷を丁寧に分析されていて、そこがとても勉強になりました。

久我: そうなんです。今回はブームを5章に分けましたけれど、2次元と3次元のブームでもまた違ってくると思います。コンテンツ軸なのかとか、あるいは、現実に存在して働く女性や、ファッションと女性との合わせ技での考察とか。

 その中で、メイド喫茶がブームとしては一番強かったと思います。やはり、「現実にある」というのは強いです。

嵯峨: ブームの時にイメージができあがってしまう、ということもありますよね。メイドに関しては、メイド喫茶の盛り上がりがそれに当たると思います。

 ちなみに、今のメイド好きの方たちは、あの頃とは好みが違っているのですか? それとも、今もメイド喫茶がブームの中心になっているのでしょうか?

久我: 主観的ですが、二極化しています。メイド喫茶に通う層と、作品の中のメイドが好きな層に分かれていると思います。実感としてメイド喫茶に通う人たちは、そんなに英国のメイドなどには興味がない人が多いです。もちろん興味があって、両方に接している人もいますが、それは少数派で、かなりの常連となる人はメイド喫茶に「推し」のメイドがいるから、通っているように思います。

嵯峨: なるほど、「推し」というのはいわゆるアイドル文化の流れですね。

久我: ええ。でも、大正時代の喫茶ブームでも、たとえば大阪なんかでは、気に入った女給さんがいつ勤務しているかとか、情報を公開しておいて、常連が通いやすくするということがあったようです。それとまったく同じことが、今はTwitterなどのネット上でおこなわれています。私が知っている店舗でも、店員の勤務状況を写真付きでTwitterで公開しています。

 そうなると、そこで商品になっているのは「メイド店員」なんですね。

 だから、同じ「メイド」という名前でも、別なのです。ネット上には、私と同じように、「英国風のクラシックなメイド喫茶があったら通うのに」という人がいます。しかし、そうしたお店は存在していることが、すぐ分かります。なのに、調べない。積極的な関心がないからです。

嵯峨: 私はクラシカルなメイド服が好きなんですけど、今主流になっているメイド喫茶の制服は、露出がちょっと多いですよね。「月夜のサアカス」さんとか「シャッツキステ」さんはロングスカートですが。

 私は「ロングスカートの労働着」というものが好きなので、ミニスカートのメイド喫茶にはまだ出かけたことがありません。

久我: 実は、それに関連して、アイドル衣装の系譜というのも調べたくて、「カードキャプターさくら」や、「魔法少女まどか☆マギカ」のようなフレアスカートの広がりについても考えていったんです。

 「@ほぉ~むカフェ」がやっていた「完全メイド宣言」というアイドルグループを見た女の人が、「あの衣装を着たい、体験したい」ということでメイド喫茶に来たという話を聞いたことがあったので。こういう衣装を着たいという願望が女性の側にもあるのかな、と思います。

嵯峨: ドレスの非日常性ですね。

久我: ゴスロリとかも、それに含まれるかもしれません。

嵯峨: 私は、日本文化の研究のひとつとして、制服研究にも取り組んでいます。その歴史を見ていても、日本人の「制服」に対する嗜好や関心の高さを感じます。

 「アンナミラーズ」は大きなキーワードだと思うのですが、メイド喫茶では、そのあたりの系譜はどうなっているのでしょう?

久我: これは、かなりイメージが入り組んでいますね。映画とかの影響もあると思います。みんなが、自分の好きなものをイメージしながら試行錯誤して、制服を作っていったんだと思います。

嵯峨: 90年代については、森伸之さんが色々と考察されていますよね。

 以前、私が制服について研究発表をしたときに、無意識のうちに「制服文化」という言葉を使いました。日本人はみんな納得していたんですけれど、カナダから来た研究者の方に「制服文化ってなんですか?」と質問され、はっとさせられました。カナダやアメリカには日本ほど制服はないようで、制服に対する認識や前提が異なるようです。逆に、日本の場合はそれがカルチャーの中にあるんだなということがわかりました。

 久我さんは、エプロンドレスはお好きなんですか?

久我: それについては、自分でも「もしメイド服がエプロンドレスでなかったら、メイドをこんなに好きだったかな?」という疑問に行き当たりました(笑)

 私は『若草物語』のドレスとか時代背景とかが大好きでしたけれども、ああいうものがなければ、メイド研究はしていなかったかもな、と思います。

第2回へ続く





【対談者プロフィール】

ーーー久我真樹(クガマサキ)【@kuga_spqrーーーーーーーーーーー

1976年生まれ、東京都出身。広範な領域のメイドイメージをテーマとするメイド研究者(19年目)。2000年頃よりメイドや執事など英国貴族の屋敷で働く家事使用人研究に取り組み、2010年に講談社から『英国メイドの世界』を刊行。2017年には、日本のメイドブーム20年以上の変遷を描いた『日本のメイドカルチャー史』上巻・下巻を星海社より刊行。本業は外資系企業のウェブプロデューサー。

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ーーー嵯峨景子(サガケイコ)【@k_saga】ーーーーーーーーーーーーー

1979年生まれ。
東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学。
専門は社会学、文化研究。現在明治学院大学非常勤講師、国際日本文化研究センター共同研究員。
単著に『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』(彩流社、2016年12月)、共著に『動員のメディアミックス 〈創作する大衆〉の戦時下・戦後』(思文閣出版、2017年10月)、『カワイイ!少女お手紙道具のデザイン』(芸術新聞社、2015年4月)など。

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