マージナル・オペレーション

01 第三章

芝村裕吏 Illustration/しずまよしのり

『ガンパレード・マーチ』の芝村裕吏が贈る、新たな戦いの叙事詩が今はじまるーー!

第3章 なんとかスタンとエルフ

山の国

たっぷり三時間は飛行機に揺られた気がする。酔いはしなかったが、今日は移動ばかりですっかり疲れた。

降りたところは民間機もある空港だった。これには驚いたが、おぼろげなニュースの知識では、日本にもそういう場所はあるという話だった。

規模は日本の地方空港位といったところか。乗客はバスで移動するのだろうが、僕たちは徒歩で旅客ターミナルへ向かった。

固定ワイヤーを外されようとする装甲車の脇を歩き、この、ちょっとした同乗者に記念で触る。塗料が厚塗りされた感じ。そのまま降りて慌てて先行者を追った。

ターミナル内は薄暗く、節電していた頃のTOKYOを思い出す。

僕は案内板を見て、ここが中央アジアの国の一つらしいと見当をつけた。英語とロシア語らしい表記がある。ここもまた、なんとかスタンという名前らしい。

米軍の輸送機に便乗すると良い事が一つある。検閲がないも同然になる。荷物の入ったリュックはチェックもされずに、そのままもって団体客用出入り口を通って持ち込む事が出来た。

持ち込みを禁止されるかも知れないなと思いつつもって来ていた、シャウイーに貰ったブルーベリーもどきの干した果物は、それで国をまたがって僕について来ている。

そこから、今度は車に乗って移動。SUVだ。メーカーはどこかわからない。ここからさらに移動というと、うんざりする気分になる。観光旅行なら気分は違うんだろうか。いや、おそらく我が社には小休止や大休止が足りていない。少なくとも今日の僕には、ほとんど与えられていなかった。

訓練キャンプのあった国が平地の国ならば、なんとかスタンなるこの国は、山の国だ。少なくとも僕が車に揺られている限りはそうだ。道は曲がりくねり、伸びては乾いた山の陰に隠れている。

舗装ほそうされていない一車線。眺めはいいかというとそんな事はなく、平地などは見えず、近くに別の山が見えるだけだった。

あの村があったところも、こういう場所なのだろうか。

僕を挟む様に、二輛の車が走っている。護衛だろう。

二個戦術単位Sだけを割いて護衛という事は我が社のシステムでは考えにくいので、おそらく先行して警戒している二個戦術単位Sがいるはずだ。

そちらは降車しつつ、警戒しているに違いない。

こういう長い道では爆弾や地雷は仕掛け放題だ。

前方を走る車が濛々もうもうたる土煙をあげている。この国も、随分乾燥しているようだ。シャワーについては改善はないなと考える。

さらに二時間かかって移動。ついた頃にはすっかり夕暮れだった。お腹が空いて気持ちが悪い。次から移動する時は、食べ物をバッグに忍ばせようと考えた。

ブルーベリーもどきには、なぜか手をつける事が出来なかった。

到着

山の夜は早いというが、要するに山にさえぎられて夕陽が早く隠れてしまうという事らしかった。言葉は知っていても、実体験が僕にはあまりない。僕はこの単純な事実を胸に刻んだ。仕事の役に立つとは思えないが、人生は仕事ばかりではない。

基地キャンプに到着したのは、空は夕暮れだが、ライトをつけないと顔も見えない程度に夜の時刻だった。

山の斜面に無理をして、いくつかの建物を建てている。多くはこの国の伝統的な民家の様な様式だったが、西洋式の急造の建物もあった。いずれもプレハブよりは丈夫そうに見える。コンクリートで建てられている建物は一つあるが、他にあるかは、暗くて分からなかった。

どうあれ、一望に収める事が出来そうな規模だ。訓練キャンプと比べれば随分小ぶりで、規律の緩みが期待出来そうだった。

自分が出世してここに来たのか、体調を崩したのでここに来たのかは分からない。チャーリーはHOTな場所と言っていたので、激戦区らしくはあるのだが、今となってはどうだろうという感じだ。

間違いないといえば、もう一つある。僕が何故ここに派遣されたか、理由が分かった。山は電波が通りにくい。ここは遠隔で指示が出しにくいので、僕のようなOOも前進して仕事をせざるを得ない。そんなところだろう。あるいは、盗聴を恐れたか。

いずれにせよ、ここに降りたのは僕一人だった。他の二百人はどこに行ったのだろう。

案内も居ないので多少途方に暮れる。少しでも英語が使えて良かった。誰だ、求人に英語不要と書いた奴は。

取り敢えず本部らしいところに行こうと、明かりのついている建物の中で、一番大きな物に向かって歩き出すと、少し離れた別の建物のドアが開いて、一人の女性が戸口に立った。戸口に漏れる光ですっきりしたシルエットが映る。ヘイ、アラタ、カモンと、僕の名前をそう呼んだ。

方向を変え、そちらに向かう。シルエットも声も女性だったが、僕は我が社に来てから社内で女性の姿を見た事はない。見たとチャーリーにいえば、残念な人扱いを受けてビールの一つも奢ってくれる程だ。

怪訝な思いをしながら近づくと、本当に女性で目をいた。

金髪で綺麗な緑色の瞳をしていたが、それより耳に目がいった。

耳が、とがっている。

にわかにファンタジーな世界に来たのか、そんな想像すら出来ずに絶句していると、ポニーテールで白いうなじを見せた彼女は笑って、パーティーが始まるわよと言った。

歓迎パーティー

案内された場所は、見かけは民家だが中身は空家。本格的な家具は全然ない所だった。

本来ここはOO用のミーティングルームという。

パイプ椅子に折りたたみ机で、即席のパーティー会場が出来ていた。

ピザはないが、ポテトやジャーキーはある。何はともあれ、食べ物があるのはありがたい。

「着任の正式な挨拶は明日だ。ようこそ、キャンプモリソンへ。私は戦術単位Cのマネージャー、ランソンだ」

ランソンという人物は、年齢の割に背筋の伸びた人物だった。

握手をし、挨拶をする。ランソンはしたしげに僕の肩を叩いて、皆の方を向かせた。勤務中の者もいるがここには十二人がいると言う。

僕は十三人目というわけだ。不吉だという顔をされるかと思ったが、そういう迷信深いのは日本人である僕だけだったようだ。

僕は映画の見過ぎだなと考える。

この基地キャンプのOOの定員は十五だが、OOはどこも人員が足りなくて、引っ張りだこらしい。他社に引き抜かれるケースすらあるそうだ。

「まあ、契約年俸がいいなら私も引き抜かれるんだがね」

ランソンはそう言って皆と笑った。

紹介をされる。僕の事を待望のトイレ交代要員だと言って皆を笑わせる。勤務中のトイレはやはりOO共通の悩みらしい。僕も頷ける所だ。

乾杯し、酒を飲む。酒量を控えめにする人たちがいるのは、明日の勤務の為だろう。

思ったより規律がしっかりしているなと、思った。まあ余り規律が崩れすぎていても、被害が増えるだけだから、これはこれで良いかも知れない。

耳の尖った女性を見る。シャウイーよりは若く見えるのは肌のせいだろう。

最初見た時は異界に踏み入れたかと思ったが、幸いここは妖精の国では無かった。耳が尖っているのは彼女だけで、女性も彼女だけだった。

「耳、気になる?」

「エルフみたいだからね」

「さすがニッポーズ。分かるのね」

金髪の彼女はにっこり笑った。エルフで間違い無かった。

彼女は肉体を改造するのが大好きなアメリカ人の一人で、ローンで自分の耳を改造した所で世界不況が来て借金を返せなくなり、カナダに脱出。そのまま我が社に応募したらしい。

耳の改造だけならまだしも学生ローンがね、と彼女はいう。大学の学資はアメリカでは自分で払うのが普通で、だからこそ学生ローンもたくさんあるのだが、それと耳で多重債務の所で不況にあい、アルバイトを首。他の仕事も見つからず、督促状とくそくじょう滞納金たいのうきんが瞬く間に山積みされて、今に至ったという。同じ様にカナダに脱出する学生は多いという。

アメリカもアメリカで大変だ。それにしても、文字通りの肉体改造を愛好する人々がいるという事を聞いて、クラクラする。日本ではあり得ないし、三次元でエルフが出ても、余り萌えない気がした。

トイレ交代要員

この基地キャンプに着いて数日は、施設や仕事を覚えるのに費やされた。

当日から一部実戦も行った。ランソンは本当に僕をトイレ交代要員として使った。別に不満はないが、少し笑えた。

思えば久しぶりの笑顔だなと思い、直後に笑顔を打ち消した。既にそういう気分では無くなっていた。エルフの娘が僕を不思議そうに見ている。

この基地キャンプでの我が社、請負人たちはルート、即ち交通路の確保と維持に当たっている。

キャンプの後半で行った事とほぼ同じで、僕は嫌な思い出と同時に、あれは訓練だったのではないかと狂おしい程思いはじめた。こんな山に遠隔指示を送るのは難しい。タイムラグもある。

自分を落ち着かせる。うまくいかない。ブルーベリーには似ても似つかない干した果物を一つ食べ、気を落ち着かせる。まだ分からない。

この基地キャンプは、輸送路を確保する為にある。

訓練キャンプで村が敵の拠点であった様に、この基地キャンプは敵の村に相当する補給拠点にあたる。

割り当てられたルートをひっきりなしにパトロールし、或いは物資を輸送する部隊を護衛する。それが任務だ。減点をしない戦い方としては、村を攻撃するよりは人道的に良い様に見える。

戦争の下請けという意味ではごく普通の形態だろう。

僕は普段ランソンのそばに席を与えられ、資料に目を通している。

どこの部隊を受け持つかは分からないというか、トイレ交代要員として考えるなら戦術単位Cの隷下にある全部の戦術単位Pを受け持つも同然だ。だから、部隊の把握はしっかりしていないといけない。

仕事はそればかりではない。僕は時折、ランソンの独り言の様な質問にも答えなければならなかった。

ニッポーズ、この道だが君が指揮官なら兵を配置するかい? とか、ニッポーズ、夜になるとこの辺りは怪しくなるぞ。どう警備体制を敷く? などだ。

ひょっとしたら僕が暇そうなので気を遣って話しかけているのかも知れないが、僕としてはいい迷惑だった。

あるいは、ひょっとしたらのひょっとしたらで、訓練キャンプ後半での僕の体調不良を気遣って、この様にしてくれたのかも知れない。

僕はその可能性については、考えない様にしている。我が社の人間に、余り優しくされたくはない。

襲撃

敵からの襲撃というのは、無ければ無い方がいい。

この種の交通路確保の任務は、得点手段が限定される。敵を倒しても、ほとんど点数にならない。一方で、積荷が被害を受けると大きく減点だ。

必然としてこの種の任務は減点をいかに減らすか、つまり〇点に近づけるかが重要になっている。パーゴルフみたいな物だ。実際にゴルフをやった事はないが。

その日、僕はトイレに行く同僚と交代して、管制かんせいを引き継いだ。

トイレ交代も、簡単ではない。まずはトイレに行く十分前にコールする。僕はコールした人物の後ろに行き、十分見守ってその間に配置などを確認して、交代する。

戦闘中は交代出来ない。方針そのものが変わってしまって現場に混乱をもたらすからだ。

攻撃が開始されたのは、交代して数分だった。

パトロール中の戦術単位Sが襲撃された事を示すサイン。

降車して見回りを行う戦術単位Sが攻撃を受けている。

即座に撃たれた方向に対しての限定的な反撃を行いつつ、防御に適した場所に移動を指示。道の上から離れさせ、岩だらけと思われる斜面に配置する。敵がどこから射撃しているのかはまだ分からない。取り敢えず周囲を警戒させて敵がどこにいるのかを確認しようとした。

同時に、攻撃を受けている事をランソンと全戦術単位Pに報告。攻撃を受けた戦術単位SにS一という名前を振り分け、他の後続部隊を救援に向かわせる。

急ぐ為に車で急行させるのは危ない気がしたので、僕は最後尾の戦術単位Sを除き、降車させて警戒させつつ急行させた。

果たして敵は別働隊で戦術単位S二に攻撃を開始。

僕はS二S三を合流させつつ、未だ車で移動しているS四も急行させ、これも合流させた。これで戦術単位Sは三個と一個の二グループになる。

敵の狙いはなんだろう。軍事という奴に、なんと無くはない。何かしらの理由があって行われていると見るべきだ。

二秒考える。敵は積荷では無く、戦術単位Sへの攻撃そのものを目的としているのだろうと考える。そうで無ければ今の状況に意味はない。

殺傷が目的だろうか。それにしては、敵は火力を集中していない様に見えた。

僕はもう五秒考えた後、敵はS一を捕獲しようとしていると判断した。S二への攻撃は単なる足止めだろう。

僕は自分の判断をランソンに口頭こうとうで伝えつつ、S二に応戦、S三、S四に攻撃を迂回うかいしつつ前進指示を出した。迂回しながら移動させれば敵は挟撃きょうげきを恐れて撤退するだろう。互いに捕虜を取り合う展開を敵が行うとは、思えなかった。敵の理性に期待しようと考える。

S一は、四方八方から攻撃を受けていると矢継ぎ早に報告をしている。

パニック気味というべきだろう。撤退させたいが、敵は用意周到に戦術単位を両翼に展開させ、包み込む様に動いている。

自分が撃つ間に敵が激しく撃ってくる。撤退させようにも動くに動けないというわけだ。

僕は意を決して無線をオープン。直接口頭でS一と連絡を取る。

襲撃(二)

「聞こえるか。こちらOO。落ち着いて聴いてくれ、貴方の戦術単位Sは捕獲されようとしている」

ややあって、雑音と紙鉄砲のような音と共に、声が聞こえてくる。

「なんだって!? くそ、どうすれば

僕はマイクに音を拾われない様に深呼吸。頭の中で、英語の文を組み立てる。口を開く。

「今、救援の部隊が急行しているが、足止めにあっている。排除にはもう少し掛かる」

僕はそう言って、モニターを見た。後続部隊が相手している敵の規模は小さい。S二に掛かりきりでS三の動きを阻害する火戦は弱く、S四に至っては全く攻撃を受けていない。

ミイラ取りがミイラになるかも知れない危険を承知しつつ、S二、S三が相手する敵を無視し、S四をS一の方へ急行させる。

「落ち着いてよく聞け、先行して一個分隊がそっちに急行している。距離は二kmだ」

「随分無理して援軍を送ってきてるな。有難い。あんたどこの国のアーミーの出だ。ドイツか?」

「どこのアーミーにも所属した事は無い。国は日本だ。最悪の場合、捕虜になるという手があるが?」

「駄目だ。部下が死ぬ」

ひどく確信を持った言い方だったが、確認する暇も語学力もない。

「分かった。味方が攻撃を開始したら合図を出す。うまく逃げ出せ」

「了解」

確信を持って青いボタンを押す。S四に味方の位置を教えつつ、援護射撃を開始させる。残弾ざんだんを使い切ってもいいのでとにかく撃ちまくるよう指示する。

弾の無駄遣いだが、ばらまく弾が多ければ敵の数を誤認する事もあるだろう。

それより重要なのは、飛んでくる弾の危害をまぬがれるために遮蔽物しゃへいぶつの影に敵が隠れる事だ。

それで、隙ができる。

二十秒待ってS一に撤退のコール。

S一は撤退を開始する。後は運だ。

S二、S三は敵を追い散らして移動開始。

S一は運が良かったようだ。

被害は特に出ていない。

ランソンの小言

僕が臨時で受け持った戦術単位Pが撤退並びに他戦術単位との交代を行った後、僕は元々の要員に管制を渡してランソンの隣に戻った。

僕としては緊迫した状況で英語を使う事に強いストレスを感じたが、それ以外はいつも通りのつもりだった。

が、ランソンは別の感想を持っていたらしく、半分瞑目めいもくした後、目を見開いて僕を呼んだ。僕は座り損ねた。

ランソンはミスを数え上げる教師の様に言う。

「見事な指揮と言いたいが、リスキーだな。危険が多く、賭けだらけの管制だ。死んで議会名誉勲章貰って上がりの勇敢な少尉の様な管制だ。言っている意味は分かるかね」

「はい」

僕がそう言うと、ランソンは片眉かたまゆをあげた後、結構と言って言葉を続けた。怒っているかと最初思ったが、そうでもなさそうだった。聞いている言葉だけならば、叱責しっせきを受けているという感じだが。

ランソンは片眉をあげながら冗談の様に言う。

「我々はビジネスでやっている。国防軍としての君の指揮は完璧だ。だが、戦争請負人としては余り褒められた物じゃない」

「すみません」

僕がそう言うと、ランソンは苦い顔をした。

「ニッポーズはみんな、すみませんと言えば無法が通ると思っているんだろう。大きな間違いだ。だが良くやった。警備計画は見直しをしないといけないな」

軽口冗談の一つも返したかったが、僕の英語力はそこまで無かった。

売春宿仕込みにしては教師が良かったが、いかんせん勉強時間が足りていない。

結局僕は、随分間抜けな事を口にした。

「僕はどうすれば良いんでしょう」

ランソンは呆れた様に言う。

「アーミーに戻りたいなら止めないが、戻るには少し身体を鍛え直した方がいいな。もちろん、OOとしても健康な方が良いに越した事は無い。自由時間に一週間で十時間の自主訓練をしたまえ。これは命令と思ってくれて構わない」

「分かりました。有難うございます」

僕がそう言うと、ランソンははじめてにやりと笑った。

なぜそこで笑うかは分からない。生粋きっすいの軍人なら分かる事かも知れない。

「良い返事だ。星条旗スターズ奉職ほうしょくしていたら、君にはグリーンベレーに志願するように勧めていたところだ」

ランソンはそう言って笑った。

最後はなんだかよく分からない事を言われたが、ともかくランソンは僕を下がらせた。休んで良いという事らしい。

僕はそのままジムを探して、肩こり対策のダンベル体操をはじめた。

ついでに踏み台昇降もやる。ついでにバーベルあげでもしましょうかとも思ったが、翌日ひどい筋肉痛に悩まされそうな気もしたので、垂直に垂らされたロープを登り、背筋を鍛える事にした。

今のところ一m程度でジャンプしたほうが早い様な高さだが、これはその内改善するんだろうか。

ニッポーズ

別にこの基地キャンプに限った話では無いが、我が社の人間は日本人をニッポーズという。にっぽんの人でニッポーズだから、聞けば意味は通るのだが、何故ジャパニーズではなくニッポーズなのかはよく分からなかった。そういえば、シャウイーだけは日本人を正しくジャパニーズと言っていた。

ニッポーズが我が社のローカルな用語なのかどうかは、分からない。

ついでにいえばこのニッポーズという名前は、この基地キャンプでは僕のニックネームになっている。日本人が僕しか居ないからだが、中々酷いネーミングだ。

僕がヘマをしたら、まるで日本人全部が悪い様に扱われそうな気になる名前だ。

とはいえ、改めて別の名前で呼ぶように要請するのも、ニッポーズとは何かを確認するのも、どうでも良い気がして僕はそれを放置していた。

そこまでの心の余裕は無かった。

少しずつ村の事を思い出す頻度ひんどは下がっていたが、時に悪夢にうなされていた。

意識が引き戻される。

「ニッポーズ、何をしているの?」

エルフの娘が僕を見てそう言った。ジムから戻り、汗をシャワーで流した後だった。

「悪い管制だったので反省していた」

僕はタオルで頭をきながら言った。この国も砂っぽいので、よく乾かさないと直ぐに砂にまみれてしまう。

エルフは、目を大きくあけてえーという表情。

言葉が違ってもゼスチャアはおおよそ世界共通なのが不思議だ。いや、日本じゃあそこまで目をむかないか。どちらにせよ、肉体改造までして外見はエルフになっているのに、このエルフの娘はリアクションが一々、アメリカ人くさい。いや、アメリカ人だから当然なんだろうけど。

「貴方の管制は凄いと思うわよ。マネージャーも褒めていたと思うけど」

「条件付きでね」

「んー。違うかな。ネイティブじゃ無いから意味が伝わって無いのかも知れないけど

「請負人としては失敗、だろ」

「ううん。軍人としては正しくて、彼らは軍人の答えが本当の答えなの。分かるかな。彼らの気分じゃ彼らはまだ軍人の続きをやっているの」

前の会社ではああだった、こうだったで、直ぐに懐かしんだり愚痴ぐちを言ったりする人間は前にいた職場でも経験した事がある。

迷惑な話だったが、外資で外国の我が社にもいるのか。ワールドワイドだなと思った。

エルフの娘は微笑んだ。

「だから貴方はすごく褒められたのよ」

僕は髪を念入りに拭く振りをして表情を隠した。表情に困っている。

余り嬉しくは無いが、褒められないよりはいいという感じ。

「ジムで身体を鍛えろといわれたよ」

僕がそう言うと、エルフの娘は小さく笑って僕の目を見ようとする。

我が社の、あるいはアメリカ人の、事あるごとに相手の目を見ようとする態度には、中々慣れない。

エルフの娘は言う。

「それは良い罰ゲームね。彼らはマチズモなのよ」

「マチズモってなんだい」

僕は尋ねた。エルフの娘は流れるように口を開いた。

「男根ね。太くて長い方が皆喜ぶに決まってるって決めつけている主義者たちなの」

照れる事もなく、エルフの娘は普通にそう言った。男らしさかと理解する前に、そこで照れれば可愛いのになあと思ってしまった。オタクな自分はTOKYOの部屋に置いてきたつもりだったし、随分そこから遠くに来てしまった気がしたけれど、人造? とはいえ、エルフの娘とか近くに居るとなると、色々オタクだった自分を思い出してしまう。

何を思ったか、エルフの娘は耳を見せながら微笑んだ。どちらかというと、人の悪い笑顔。

「という事で、鍛えろと言ったのは良い罰ゲーム。YESと即答した貴方は立派な男根主義者な訳。映画みたいなやりとりだったわよ」

「なるほど。知らない間に仲間入りか」

「不満なの?」

エルフの娘は不思議そう。不思議なのは僕の方だ。

「いや。仕事出来るだけで幸せだよ。意味伝わる?」

「戦争好きなんだ」

「失業で困っていたのは、僕もだよ。君だけじゃ無い」

彼女と話すのは疲れる。僕の英語力が問題なのか、彼女がどんどん話題をずらしているのか、そういう性格なのか。

戦争が好きかだって?

理由はそれぞれあれど、戦争が好きかと言われて、はいと答える人は居ないだろう。ランソンだってそうだろう。僕の場合は知らずに加害者になったから嫌いという理由だった。

エルフの娘は目を広げて僕を観察している。

「戦争じゃなくて仕事が好きだと言わないんだ」

「なんで?」

「ニッポーズって、そういうものよ。少なくとも合衆国ではそう一般に理解してる」

ある事件があって、僕はこの仕事が好きじゃ無い」

「ランソンに怒られたから?」

「いや」

僕はそう言って黙った。この業界の人間とは思えない詮索せんさくの仕方だ。

思えば僕も同期も、訓練キャンプでそういう感覚はぎ落とされている。だから余計に奇異に映った。耳の形以上に、このエルフの娘は変だ。

エルフの娘は半眼で考えながら言った。

「貴方はただのニッポーズじゃなさそうね」

「そりゃどうも」

「そう、その言い方が映画みたい。アラタと呼んで良い?」

「OK。僕は何と呼べばいい?」

「普通に。ソフィアで」

僕はカマを掛ける。

「Eからはじまる名前だと思っていた」

「訓練キャンプの続きのつもり? それとも、Eから始まる女性名ばかりと思ってた? 一つニッポーズに言っておくと、エヴァって名前は綴りAVAだから」

ちゃんと訓練キャンプを連想している。信じられないが、彼女は僕と同じ訓練カリキュラムを受けたらしい。僕は驚いたが、一方で口からは全然別の言葉が出た。僕の身体なのに、口だけ別の生き物のようだった。

「何故エヴァ?」

「エヴァンゲリオンは日本製でしょ?」

思った以上に彼女はかつての僕の同族らしい。

斜面の基地キャンプ

僕が勤務する山の斜面にある基地キャンプは、中々見晴らしがいい。

見晴らしが良いのは当然で、電波の通りを良くするためだ。

我が社はOOをかなり重要な物として扱っているらしい。それが業界全体のトレンドなのか、我が社だけの話なのかは、分からない。

話によると山の反対側にも基地キャンプがあって、こちらとあちらで管制区域を分けているという。

斜面を歩く。整地はしっかりしておらず、斜面にそのまま建物が建てられている。この基地キャンプ恒久的こうきゅうてき基地キャンプでは無いので、あちこちがおざなりだ。コストを安く抑えているのは我が社が民間企業である以上は当然だろう。おざなりなのは整地だけではない。掃除もおざなりに見える。

風の吹き溜まりになったような壁の端には、乾いた土くれがこびりついていた。手をふれると、ぼろぼろ崩れて落ちていく。

それが、砂漠ではないのにこの基地キャンプが砂漠にあるように思わせた。決して水がないというわけでもないのだが。

そう思って、冠雪かんせつを見る。山頂が白く輝いている。

山のこちら側は夕陽をきちんとは見る事が出来ないが、代わりに朝日は見事なものだった。

夜勤明けには随分まぶしい。

山が輝いている。

夜討よう朝駆あさがけというが、最近夜明けや夜間を狙った攻撃は、ほとんど無い。多くの場合、敵の攻撃は昼間に限定されていた。

こちらは暗視装置などで余り変わらないのに対して、敵は満足に暗視装置を持って居ないのが理由らしい。地の利が敵にあるとはいえ、夜襲は敵にとって自殺行為と位置づけられているようだった

結果、夜勤は手当が出る割に楽な仕事だ。訓練キャンプより更に楽でいい。

僕がローテーションを頭に思い巡らして、後三日は楽が出来るなと考えていると、かたわらを戦術単位Sが通って行った。

これから、パトロールに向かう所だろう。

僕は道の傍に避けて彼らを見送った。見送る振りをして僕は彼らの姿をまじまじと観察した。

僕の仕事はコンピューター相手なので、自分が管制している戦術単位がどんなものかを見る機会はほとんど無い。物珍しく、興味があったのだ。

一人を除けば皆若く見え、肌の様子で三十代、顔立ちは十代といった所。ついでにいえばこの国の人の様に見えた。

民族衣装の上からタクティカルベストや防弾チョッキをつけている姿はとても変に見える。巻きスカートにタクティカルベストという格好だ。半数の人は顔を隠していて、それがとても、不気味に見えた。

明らかに人種が違うのは一人だけ。この戦術単位の指揮官らしい。

その黒人が部隊の足を止め、自ら僕の方へ寄って来た。しまった。ぶしつけだったか。

「お前はニッポーズだな。OOの」

「はい」

「三日前の昼に、戦闘の直前に代わって管制したのはお前だな?」

「はい」

黒人は黒い手袋をした手を出した。良い笑顔だ。

「助かった。部下が生き残った。前は無線越しでちゃんと礼を言い損ねた。感謝する」

僕は慣れない握手をしながら、彼がS一の指揮官だったのかと思った。僕よりはいくつかは下だろう。好感のもてそうな人物だった。

そういえば、無線越しで彼は部下が死ぬと言っていたな。

僕はその事を思い出して、彼にあれはなんだったのかと尋ねた。彼は、捕虜としての価値はアメリカ人である自分だけだろうと言い、だから自分以外は殺されていたろうと答えた。

なるほど。僕は頷いて九割の演技で映画のように笑って見せた。

きっとこいつもマチズモだろう。実際その通りというべきか、黒人の指揮官は嬉しそうに笑って、今度飯を奢ると言って去って行った。

全員が歩き始める。一人、顔を隠した兵士が僕をじっと見ていたが、直ぐに皆について行った。と、思ったら、直ぐに戻ってきて早口で貴方はイヌワシのようでしたと言って去って行った。

イヌワシって何だと思う前に、顔を隠した兵士の声が、明らかに変声期前であることに気づいて僕は顔をしかめた。背も随分低かった。

国によって常識は違うのかも知れないが、僕の常識では余り褒められた話ではない。

頭を振って意識を戻す。さて置き、エルフの娘もこの分隊指揮官も、人間性と呼ぶべき面倒臭いあれそれは、余り磨り減っていないらしい。あるいは訓練キャンプで順調にすり減らされた僕達の方が従順過ぎたのだろうか。

それとも僕が、元から薄情なんだろうか。なんだか負けた気がしたが、悲しくはなかった。ただ彼らも大変だなと、ちょっと同情した。

それにしても、飯をおごったり酒を飲んだり、飲みにけーしょんというのは世の東西を問わずに存在するものらしい。それとも僕より若い学年だと嫌ったりしていないんだろうか。これが体育系か。あるいはこれこそ、マチズモだろうか。

陰口

奴はクレイジーだと僕の事を指すであろう言葉を聞く。それも、一度でなく、あちこちで聞く。いずれも出処は同僚たち、OOだ。

日本語に訳すると僕は狂っている。という事になるのだろうか。

どちらかというと、ソフィアや、百歩譲って僕たち全部が金欲しさに戦争の下請けをしているんだから、狂っているだろうと思わなくもないが、僕を狂っていると言う彼らは僕と目をあわせると、こそこそ去っていく。

まあ、僕も相手が狂っていると思ったら、関わらずに逃げるよなと思った。

それにしても英語が分かるようになると分かるようになったで、わずらわしいことまで耳に入って困る。

ある日、この話を何の気なくソフィアにしたら、バカね、クレイジーと言われるのは、貴方が優秀だってことよと、言われた。

なるほど。こういう風に物を感じることが出来れば幸せだなと僕は思った。

ちなみにソフィアが陰でなんと言われているかは、想い出すのも腹立たしいので書かない。確かに彼女は自分の躰をいじる程度に狂っているかも知れないが、陰口かげぐちは良くないと思っている。

そんな僕を見てどう思ったか、ソフィアはにこっと笑った。

やはり、陰口は良くない。

家賃について

TOKYOの毎月の家賃の事で迷っている。

フィギアやアニメ、ラノベという自分のささやかな趣味を守るために、この業界に入ったが、そういう軽い気持ちへの天罰か、今の自分はフィギアやアニメ、ラノベを楽しめるとは到底いえない境遇と気持ちになってしまった。

とはいえ、あの部屋を放棄するのもはばかられ、僕はそこで、訓練キャンプにいた頃から思考停止している。そもそも趣味を捨てたとして、その先僕に何があるんだという、そういう考えもあった。

答えは何もナシだ。少なくとも今の僕に、この業界や軍事からおさらばした後の展望、ビジョンがない。

警備計画の立案

その日、昼休み代わりの大休止をとっていると、ランソンは僕に我が社が大規模な輸送任務を請け負ったと告げた。輸送の他、警備も含めた総合的な業務の請負らしい。戦争の地味な部分の下請けという訳だ。

我が社単独の受注としては、かつてない規模の輸送で輸送期間は二ヶ月という話だった。

それだけなら、はいそうですかで終わる話だったが、何故かランソンは僕にも、この基地キャンプの担当区域の警備計画を作って提出しろと言って来た。

これまでの作業はそのままに、だ。サービス残業確定の話だった。

降って湧いたこの残業は、様子を見るに、どうやらランソンの好意らしい。

僕は思わず苦笑い。仕事の報酬が仕事というのはソフィアの、エルフの娘が言う所のマチズモというよりは、よくある会社の間違った上司の愛情表現に見えた。

俺は仕事が大好きだ。お前もそうだろ。で、疑問を持たないタイプというべきか。言葉すら違うのにこういう所だけは、どこでも同じだ。

とはいえ、これで仕事をこなして行けば、情報を得るのに使えるかも知れない。

僕は警備計画を練り始める。

もっとも訓練キャンプで練った以上の経験は無いので、まともな策にはならないだろうと自分でも思っている。

とはいえ、あのランソンの事だ。出来が悪ければ当然のようにリテイクを掛けてくるだろう。やり直しになると面倒だ。

TOKYOの小さなデザイン会社で仕事をしていた時、一度リテイクがかかりだすと何度も掛かるという現場に何度も出くわした事がある。

発注者が何もかも気に入らなくなりだす、そんな心理状態にさせては厄介な事この上ない。

飲みにけーしょんに上司の間違った愛情表現まで洋の東西どころか業種が違っても同じ事が起きている。リテイクでも同じだろうと、僕はそう考えた。

結論としては、中々難しい。

僕はトイレ交代要員としてランソンの隣に控えながら、警備計画を考える。考えながらもう三日という所だ。

おりしも僕が管制して戦闘した戦術単位Pが、車に分乗してパトロールしているのが見えた。

この基地キャンプの主な業務は輸送路の確保と維持。具体的には輸送路の安全確保と維持のためにパトロールするのが主な仕事だった。

稀に輸送部隊に戦術単位Pをつけて護衛戦力を一時的に増強したり、襲われた輸送部隊の救援を行った。

仕事の九割五分はパトロールだ。かくも偏重してパトロールする理由は簡単で、敵が罠を仕掛ける暇をそもそも与えない為だった。

罠も奇襲も難しいとなると、敵はそもそも戦闘するのを断念する。

それでいい。戦闘が無ければ減点なし、経費としての弾代も葬式代もいらないという事で基地キャンプの任務は果たしている。戦闘が目的ではない、任務の達成が目的というやつだ。我が社はこの点、営利企業としてはっきりしている。

パトロールを厳重に行うのは、村を攻撃してそもそも襲われなくするというより随分穏当おんとうで、かつ目的としては同じものだ。

訓練キャンプにいた頃の僕は、そんな事も考えきれていなかったなと苦笑する。村というものやそこに住む住民というものに対してリアリティが無かったんだなと、今にして思う。リアリティの欠如、想像力の不足は、人を簡単に虐殺者ぎゃくさつしゃに変えてしまう。

村への攻撃命令を受けて再度確認を返してきた戦術単位Pの指揮官を思い、僕は謝りたいと思った。

パトロールは順調に進んでいる。

そろそろ基地キャンプに戻る頃だ。すでに別の戦術単位Pが、別ルートのパトロールに出発している。定期便にして時間を読まれたりしないよう、パトロールは極力複雑に、一見ランダムに見えるように組まれていた。

その動きを見ながら考える内に、結局、戦術単位もOOも増強されたりしない限り、今ある戦力でやりくりするしかないんだよなと思い至った。

今のローテーションを大きく変えても、無理があるだけだ。

僕はローテーションをいじらずに行く事にした。

代わりに、見回り、警備する範囲を縮小して狭めた。

これでパトロールの密度は上昇する。

その上で輸送作戦中で使用しないルートの見回りを減らして、通常業務でそれらのルートが必要になったら、臨時の護衛を増やす。

僕はこれに加えて、近隣の村への見回りや、友好的な関係の構築をしたらどうかと提案を添えてランソンに提出した。後者は個人的な反省から生まれたものだった。自己満足といっても良いのかも知れない。それがどう評価されるかは、知った事じゃない気分だった。

衝撃

「さすがニッポーズという所だな」

「出来が悪かったらすみません」

ランソンは僕が提出したレポートを見ながら唸るように言った。

僕が送ったメールを画面に表示させ、スクロールしながら読んでいる。

「いや、常識的かつ現実的で素早すばやい立案だった。私も警備範囲の見直しは考えていた」

だったら最初から自分でやれと僕は思ったが、おそらくランソンは僕を鍛えたいのだろうと考えた。ああ見えて今時流行らない熱血上司というのが、僕の最近のランソン評だ。おそらく間違っていない。

少なくともソフィアのなんでもマチズモよりは、ずっとまともな推定だろう。

「長い事戦争していないというが、流石はインペリアル・ジャパンのすえだな。しかし

その後の言葉は、ランソンが言わないでも分かった。

しかし、村の訪問なんて、軍人の、あるいは民間軍事会社の業務でやる事じゃない。

まあ、予想された話だ。自己満足だから仕方ない。

ランソンは言う。

「しかし、現地住民との友好関係の構築か。本当にグリーンベレーになれるな。少なくともその適性はある。分かった。許可しよう」

僕は予想の逆を言われて、え、という顔になった。

ランソンは苦笑する。

「聞き取れなかったか。友好関係の樹立は確かに必要だろう。村への訪問を企画する。君にも行って貰うぞ」

それは入社以来最大の衝撃だった。

僕の顔がよほど面白かったのか、ランソンは笑い転げて、そうか知らなかったのかと連呼した。

グリーンベレー

グリーンベレーといえば、僕にとってはアメリカ軍の特殊部隊で精強で精鋭で特攻野郎Aチームやランボーのイメージだった。僕だけでなく、日本人一般としてそうだろう。

でも、実態は違った。ランソンはグリーンベレーの出身で、僕に少しだけ話してくれた。グリーンベレーのモットーは、抑圧よくあつからの解放。解放されるのは、もちろん現地住民である。

グリーンベレーの主たる仕事は現地住民の人心掌握じんしんしょうあく、軍事訓練であり、現地住民が戦って抑圧から解放されることを企図している。

人心掌握の一環として、住民への医療行為を行うこともある。

もちろん後方破壊活動や語学が堪能たんのうな事を生かして潜入任務も行うが、設立から一貫して現地住民の人心掌握や軍事訓練にこそ、重きを置いている。戦場にトモダチを作るのが目的なのだと、ランソンはトモダチの部分だけを日本語で言った。

かつて日本が大地震に見舞われた時、アメリカはトモダチ作戦という冗談の様な名前で桁外けたはずれの大規模救援活動を行った。

ランソンがトモダチという言葉を覚えたのは、そこからだと言う。

僕は地震の時、アメリカ軍が救援したのは知っていたが、それが桁外れである事は知らなかった。

あれでアメリカは自信を取り戻した。と、ランソンは言う。

あの地震は不幸な事だったが、アメリカは日本という大事な物に気付いたと。それだけは良かったと言った。

ランソンは僕の提出したレポートを見て、OKを出した。

僕も村へ行く事になった。

いい出しっぺがやるという所まで、世界共通のようだった。

ソフィアの意見

「違うとか言いながら、すっかり貴方もマチズモな一員ね。馴染んでる」

ソフィア、人工のエルフの娘は我が社、あるいはこの基地キャンプでも格別に浮いている。耳の形や女性というばかりではない。実際、良く会社がこんなのをとったものだと僕は思う。

客観的に見れば、軍人や元軍人はともかく、そことは随分色合いが異なるコンピューターを扱うOOは人材不足が深刻だった。そこで頭のネジが外れた女性どころか、未経験の日本人すら採用しているといえば実のところ僕もソフィアも同じ様なものなのだろうが、そこの所、僕は違うと言いたい。

ソフィアは我が社の何も分かっていない。食事時は時間の限られた神聖なもので、食事中に話し掛けるのはとても失礼だという事も、分かっていない。

僕は呆れ“返して”ソフィアを見た。ソフィアは驚いている。

「馴染んでいるというよりは、合わせているんだよ」

「合わせてどうするの?」

ソフィアは真剣に訊いてきた。

僕は既にしてこの会話が面倒だ。食事の時は食事だけしたい。

TOKYOにいた時とは、全然違う事を僕は思った。TVやネットを見ながらコンビニの弁当を食べていた頃の僕は、今から見るとちょっとだらしない。

僕はソフィアを見た。

「一々反発するのは面倒だろ」

「それっておかしいわよ。侵されているのは自分の権利よ」

そう言いながら、一方でお金を貰い、仕事で他人の権利どころか命だって侵している。僕はソフィアが本当に異種族というか、エルフという別種族に見えた。何言ってるんだこいつと、僕だけで無く我が社の全員が合唱しそうな事をソフィアは言っている。

必死な目で僕を睨むソフィア。

その瞳を見るうちに、僕は理解してしまった。基地キャンプのたった一人の女性なのに、まったくといっていいほどソフィアがもてない理由が。

この基地キャンプではこの妖精は、多くの人間からして見れば、性欲以前の話として嫌悪感を抱く対象だろう。

一方で折れる事も合わせる事もできず、話す相手がまったく無くて、趣味がある程度近い僕に話しかけているんだろうというのも、分かってしまった。

面倒臭い事、この上ない。

僕はため息。そうか、休みのたびにシャウイーのところに行っていた僕は、きっと今のソフィアと同じ様なものなんだろうと考えた。

ソフィアは我が社という環境に適応出来なかった僕だ。

「まあ、まずは食事をしよう。食堂は狭い。食事時間は短い」

僕は昔の自分を憐れむ気持ちでそう言った。ソフィアは小さく頷いた。何故か泣きそうな顔をしている。

食事再開。食事はいい。食事であるだけで、とてもいい。

元々はアメリカ軍の戦闘糧食りょうしょくらしいそれは、レトルトパックに入っていて、おおよそ一月は同じ物を食べないで良い様、沢山の種類があった。

軍隊の食品といえば僕のイメージでは缶詰だったが、今はレトルトの全面採用によって、それよりはるかに軽量になっている。

「馴染んでいる訳ないだろう」

僕はスパゲティと呼んでいいか自信がない物を食べながら言った。

ソフィアは黙って食べている。

僕は食事に集中した。ソフィアに今話し掛けると、泣き出しそうだ。泣かせると男女について万事経験不足の僕は、手がつけられなくなる。さらに面倒臭くなる。

別の事を考える。何故今食べているものに自信がないかといえば、パスタが短いせいだった。とはいえペンネみたいなショートパスタともいえない、単純に短く切ったパスタの形をしている。

短すぎるスパゲティ、というのがぴったりな表現だ。

味付けはミートソース。趣味からいえばもう少し塩味が欲しいが、これはこれで、うまい。

クラッカーにゼリーみたいなジャムをのせて食べる。これもうまい。このクラッカーはどのメニューでもだいたい必ずついてくるが、うまい。サクサクとはいえないが、ほのかな塩味がきいている。

あわせてスパゲティを食べる。やはりうまい。タバスコが欲しい所だが、のどが渇くと思われているのか、そういうのは一切ない。

そしてメイン。チョコレートクッキー。

中心にあるクッキーの二倍はあろうかという、大量の安チョコで存分にコーティングされた一品だ。

デザートなのにメインがこれという理由はカロリーだ。これだけで食事の半分近くのカロリーをしめている。

僕は安チョコの味というか、油が多すぎるこの味が苦手で、いまだかつて、完食出来たためしはない。

とはいえ、疲れている時には、これぐらいくどいのもいいのかも知れない。

メニュー的には三品だが、ビタミンミネラルはきちんと添加されていて、気持ち悪い事にTOKYOにいた頃より体の調子は全然いい。ジムで体を動かすのがきいているのかも知れない。

粉末のコーヒーをお湯で溶かして飲む。砂糖は抜く。

それでなくてもそのまま食べると簡単にカロリーオーバーして太ってしまう。一食千二百五十キロカロリーだ。まあ、チョコレートクッキーが半分残るにしても、デスクワークの僕にはつらい。ので、あえて入れないようにしている。

ソフィアの方を見ると、ソフィアはベジタリアンメニューを食べ終わる処だ。戦闘糧食でもベジタリアンメニューがきちんとあるのは、さすがアメリカという処だろう。いや、日本にもあるのかも知れない。

ソフィアはチョコレートクッキーまできっちり完食している。

良く食べられるなと僕は考える。むしろ、良く体型維持できるな。

ソフィアが視線に気付いて僕を見ている。

僕は急いで話題を探す。咄嗟とっさに出ているのは、普段からの疑問だが、随分優先順位が低くて、ついぞ口に出した事のない話だった。

「なんでジャパニーズをニッポーズと呼ぶんだい?」

ソフィアは唇についたチョコレートを人差し指でぬぐいながら考える。

「んー。ジャパニーズってあんまり良い響きじゃ無いのよね。私の親や祖父母の世代だと日本人を指す悪い言葉でジャップっていうのがあるから。それを連想させるから避けているのかな」

「かな?」

「まあ、みんなそう言っているから、私も使ってるの」

それは当然といえば当然の話だった。自分が日常で使う言葉をしっかり把握して使う人間は、あまりいない。

僕がありがとうというと、ソフィアはそれでようやく笑った。

「そういえば、現地の村に行くんだって?」

ソフィアは身を乗り出した。

僕は身を離すとまた面倒臭そうなので、コーヒーをすすった。

まずいコーヒーだ。もっとも食事についてくる粉末ジュースよりは、まだずっと飲める。変な味もしない。

「僕が言い出した事だからね。グリーンベレーみたいだって、ランソンには言われたよ」

僕の言葉に、鼻を少し動かすソフィア。あからさまに面白くなさそう。

「グリーンベレー。マチズモの巣窟そうくつね。アメリカの国益こくえきのために同盟国や友邦ゆうほうを訓練しているの」

「まあ、敵は育てないだろうね」

「そうね。でも、同国人同士で殺し合いをさせるなんて、残酷だわ」

ソフィアは面白くなさそうにそう言った。

自分も加担かたんしているという意識があってそんな表情になったようには見えなかった。このエルフの場合、心の底からそう思っているようだった。

彼女にとってはモニターの情報が全部で、リアリティも想像力もないのだろう。それは、以前の僕の姿でもある。

抑圧からの解放と、同国人同士の殺し合い、か。どちらが正しい表現なんだろうか。どちらも噓はついていないが、全部を表現しているとは、いえないようだった。

僕は話題を変えることにした。自分で話題を振った割に、ソフィアもそれを願っているようだった。

僕はTOKYOで借りたままにしている部屋に漂っている昔の自分を呼び出して、ソフィアとおしゃべりすることにした。今の自分では、ソフィアと仲良くするのは難しい。

ランソンの暇つぶし

ランソンの日課は、トイレ交代要員である僕を使っての暇つぶしだ。まれに、他の人にも飛び火する。

「君が敵だとして、この地図上のどこに配置して待ち構えるかな」

少しの待ち時間が出来る度に、こういう事を聞いてくるのだ。

地図を見れば谷間だった。僕は高所に見張りを置いて、谷底に兵を配置するプランを口にした。

それがどういう評価をされようと別段興味がなかったのでランソンの顔も見なかったが、ランソンは満足したのか、鼻を鳴らして腕を組んでいた。

気になるのか、ソフィアがちらちらとランソンを見ている。

ランソンの暇つぶしに付き合わされるのは中々の苦痛だった。

決まり切ったことを尋ねられるのはつらい。喜ぶ人もいるかも知れないが、僕はきつかった。小学生相手の先生など出来ないなと思った。そんな資格はそもそも持ってないけれど。

それでも。僕としては不満だが、まあ、あの村の情報を集めるためだと思って付き合っていた。仕事だから仕方がない。とは、最近はつとめて思わないようにしている。

仕事だから仕方ないというのは、いつでも被害者や加害者になることが出来るこの業界では危険な考えだ。

いや、この業界だけではなく、本当は仕事というもの全部がそうなのだろう。危険度というのが違うだけで。この場合、ニートも職業の内かも知れない。

今思えば、仕方ないで随分と長い時間を過ごしてきたし、過ごした結果として沢山の被害者や加害者になってきた。

仕方ないでなってしまったニートであったことは親にとっての加害者で、自分自身は被害者だった。

今思えば、それに気づいて仕事を探したのだった。当時は今ほど上手く、言葉に出来なかったけれど。

仕事だから仕方ないと、情報のための仕方ない。

わずかな違いだが、個人的には大きく違うと思っている。

少なくとも後者の方は、僕が選んだ結論だ。僕は、前とは違う。

意識を戻す。ランソンが不機嫌そうだ。僕は自らの緊張感が途切れているなと思い、首を鳴らして周囲を観察した。勤務中に緊張感が途切れるのは危険極まりない。

見ればランソンは報告に来たOOに、僕と同じ課題暇つぶしのお題を出して、困らせている。

くだんのOOは汗を吹き出しながら、迷い、指さし、最終的には高いところに全兵力を集めていた。

ランソンは不機嫌そうだ。自分ではじめた暇つぶしで不機嫌になるんだから言う事はない。

僕は何も言わずに行儀のいいトイレ交代要員として振る舞うことにした。

決断のコツ

その後、ソフィアと食事に行った。

別に浮いた話ではない。他のOOも一緒だった。シフト入れ替わりで休憩が重なったのだった。

クレイジーという陰口からこっち、ソフィアやランソン以外のOOとはあまり話をしていない。もっとも、元々この業界は人間関係の構築をしたがらない。相手や自分が、いつ居なくなるか分からないからだ。すぐ壊れる人間関係に投資する人間はいない。

結果、そして必然的にこういう時には、僕はソフィアと向かい合って食事をする事が多かった。嫌われ者同士という事もあるが、ソフィアは趣味があうというか、一部共通する僕に積極的に話に来る傾向があった。

人間関係を築かないとか、食事時は急ぎつつ沈黙を楽しむという業界の通例も彼女には関係ない。何せ人間ではなくエルフだ。

そう、僕は黙って食べているが、ソフィアは黙って食べるのは好きではない。

僕はソフィアが喋る前に一口でも多く食べようと努力していた。この気持ちばかりは、軍事関係者でないと分からないだろう。

何かあれば、次は何時食べられるか分からないし、次の瞬間仕事の呼び出しがあるかも知れない。

「決断早いね」

「何が?」

いつも思うが、ソフィアの言葉は唐突で、すぐには意味が分からない。

ソフィアは旨くもなさそうにチョコレートクッキーから食べている。

「ランソンの問題。すごい速度で解いてる」

「決まり切った答えしかないから、悩みようがない」

「みんな、凄いと思ってるんだよ? 秘訣ひけつでもあるの?」

別に、と言いかけて、僕は周囲のOO達が僕に注目しているのに気づいた。

みんな暇だなと思ったが、それ以上の感想はなく、僕は視線を無視する。とはいえ、ソフィアまでは無視できない。

このエルフは、気になることはずけずけと聞いてくるし、引き下がる事もない。だからこそ、僕とソフィアには人間関係がある。どんな人間関係だと尋ねられると困るけど。

僕は食べながら考えて答えた。

「決断を早くする秘訣はとりあえず案を一個作って、それを暫定ざんていチャンピオンにすることだね。これが一番だと。後はそれ以外の案と一つずつ比較して、チャンピオンに勝てなければ廃案はいあん。勝てるならそれを新しいチャンピオンにする。それを繰り返せばいい」

「迷ったときは?」

「暫定チャンピオンの勝ちでいいじゃないか」

「メリットやデメリットはどう評価、判断するの?」

「考えない。勘で行う」

ソフィアだけでなく、気にしないと決めていた周囲までが鼻白はなじらんでいるのが僕は気に入らなかった。

「決断を、急ぐのが、目的だよね」

僕は言葉を細かく句切りながら確認した。

「そう、だけど」

そこはあわせなくてもいいのにという所を、ソフィアはあわせてくる。具体的には言葉の区切り方だ。

さておき、じゃあ何でわざわざ時間かかる比較を始めるんだと言いたかったが、言う前にソフィアが口を開いた。

「割り切りが重要なのね」

「そう、そうだ」

僕は怒りを引っ込めて味のついた米と鶏肉をまぜたものをおかずにパンを口にした。変だろアメリカ。

ソフィアは何故か、急に口に手を当てて笑っている。変だろ、アメリカ人。いやエルフか。

「アラタは凄いけど、時々間抜けだね」

「間抜けなのは認めるけど、凄いというのは事実誤認かな」

僕が真面目に答えると、ソフィアは僕を見ている。

「逆じゃなくて?」

言葉を使い間違えたのだろうか。僕は言い直した。

「いつも自分は間抜けだと思っているよ」

「そうなんだ。じゃあ、鏡を見る癖をつけたほうがいいかもね」

ソフィアが楽しそうに言うので僕は咄嗟に自分の顔に手を伸ばした。頰にご飯粒がついている。まったくもって間抜け過ぎだ。僕は自分にがっかりした。

村への訪問

僕がいつも通りにネクタイをしめてスーツの上着をきていると、見知った黒人がいい笑顔で近づいてきた。

「食事を奢る前に一緒に仕事になったな。遅くなってすまない」

握手を求められ、自分でも映画の様ないい笑顔のつもりで、握手を仕返す。

「その格好で行くのか?」

「仕事だから」

僕はそう答えた。ネクタイをしめないと、仕事をしている気にならない。自分でも多少おかしいが、小さなデザイン会社にいる時は、ネクタイなどしめていなかったが、我が社の面接を受けてからこっち、入社しても訓練キャンプを卒業しても、僕は一貫して背広を着ていた。

「さすがニッポーズだな。俺の名前はオマルだ。豚肉は食べてくれるなよ。この小隊も俺自身も、ムスリムだ」

「僕はアラタだ。よろしく。ムスリムとはイスラム教だね。わかった。他に気をつけるところは?」

「そうだな。我々はアラタ、貴方を深く歓迎している。それは分かってくれ」

僕は笑った。

確かに自分がマチズモに馴染んでいるのかも知れないと思った。

オマルも笑った。

オマルに連れていかれ、部隊に戦術単位Sに案内される。

今回は二個戦術単位Sで村をめぐる。その内、一個戦術単位Sはバックアップとして、有事に備えて待機する。

「これから行くところは一番近くで友好な村だ。この部隊の多くはその村の出身でもある」

「なるほど」

「そこが一番楽で、あとは未接触だったり、敵対だったりだな。骨が折れる」

「大変な事を骨折するという言い回しは英語でもあるんだな」

「いや、これは日本向けの言い回しだ」

オマルはにやりと笑ってそう言った。

この黒人は、僕などより随分優秀な人間そうだった。

それはさておき、考えて見ればこの基地キャンプの大半というか、僕がすれ違った感じ戦闘単位内の大部分はこの国の人の様だった。現地の人々を雇い、訓練して使っているんだろう。

そういう意味では現地住民との交流はずっと前から行われていたに違いなく、僕は自分の間抜けが面白くなった。

まあ、元から自分が賢いとは思って居なかったけれど、自分で自分の間抜けさが腑に落ちると、それはそれで、痛快な気分になる。

あるいは自棄ヤケというやつかも知れないが。恥ずかしいと思ったが、次にランソンに会うまでは、一旦この気分は保留だ。

今はやれる事をやろう。