2013年のゲーム・キッズ

第四十一回 あなたに似ている

渡辺浩弐 Illustration/竹

それは、ノスタルジックな未来のすべていまや当たり前のように僕らの世界を包む“現実(2010年代)”は、かつてたったひとりの男/渡辺浩弐が予言した“未来(1999年)”だった——!伝説的傑作にして20世紀最大の“予言の書”が、星海社文庫で“決定版”としてついに復刻。

どうか閉じずに、最後まで読んで下さい。これはあなたに、あなただけに送っている、重要なメッセージなのですから。

今あなたは薄く笑いましたね。無理もありません。これと同様の迷惑メールをあなたは日に何通も受け取っています。個人メッセージだと偽装して怪しげなサイトのURLを踏ませようとしたり、いかがわしい商品を売りつけようとしたり。そのたぐいのものだと思われても、仕方ありません。

ですから、まず、証拠を提示しようと思います。あなたに信じてもらうために。

1枚の写真をお見せします。

あなたとわたしの特別な関係を、証明する写真です。

一目見ただけであなたは驚き、そして続きを読み続けるしかない、と決心してくださるはずです。

この写真です。

よく見てください。

あなたはこの顔を、知っています。

あなたの記憶の奥底に、
この顔があるはずなのです。

よく、思い出してください。

どうですか?

思い出しませんか。

けれどもあなたは既に、おかしな気分になってきています。そうですね?

これからその理由を、説明しましょう。すぐにすっきりと、理解していただけることでしょう。

iPSという言葉を耳にされたことがあると思います。人間の体の一部分から、その人間のクローンを作り出すことができる、全体ではなくどこか一部分を特定して分化させることもできる。そんな最新技術です。

手とか足とか心臓とか、必要な部分だけを作って、移植用に使うことができるわけです。

このテクノロジーは残念ながらすぐに地下に潜り、数多くの非合法ビジネスを生み出すようになりました。

誰かの髪の毛一本があれば、そしてその根元からまだ生きている細胞を採取することができれば、クローンを作り出すことができるのです。その人の全体でも。あるいは、どこか体の一部分だけでも。

どんなにおぞましいことが行われ得るか、想像してみてください。

わたしが関係しているのは、そんな違法クローニングの一例なのです。

現代社会において、個人にとって一番の財産は「顔」です。だから特定の「顔」が欲しいという切実な願いを抱く人は多いのです。あの人の顔そのままに自分の顔を変えたい。あるいは、あの人の顔をした恋人を持ちたい。

今、モラルを捨て法に触れることをいとわなければ、iPS技術によって、そんな願いは叶うことになります。意中の人の髪の毛を手に入れて、iPS化して、培養すればいいのですから。

通常このプロセスのためには大規模な実験室と高度な技術力が必要ですが、とある特別な方法を使えば、町医者程度の設備と知識で、実行できてしまうのです。

教えてあげましょう。ある時ある人がある「顔」を愛しました。そして、禁断の技術を使うことを、決意しました。

「顔」の持ち主に接近し、髪の毛を手に入れ、細胞の培養を始めました。

つまり同じ「顔」をもう一つ、作ろうとしたのですね。

念のため言っておきますが、その人は、「顔」の持ち主の性格や地位や財産には、全く興味がありませんでした。

ただ、顔を愛した。顔だけで、十分だった。そっくり同じ顔さえできれば、良かったのです。

その顔をどうするのか。それは、いろいろと考えられます。

たとえば自分の顔の皮をはぎとり、そこに代わりに貼り付ければ、理想の顔に変貌することができます。

あるいは、恋人か、あるいはペットのサルやブタに、その顔を貼り付ければ、日夜自由に愛玩することができるのです。

しかしながら、それはしょせんはもぐりの医師による、もぐりのiPS手術でした。小さな、けれど致命的なミスが発生しました。細胞分裂の制御に失敗し、想定外の増殖を遂げさせてしまったのです。結果、そのiPS細胞から、顔だけではなく、脳と、それ以外にも体のいくつかの部位までもが作製されました。

つまりその顔は、自我を持ちました。自分で考えることができるようになってしまったのです。

告白します。その「顔」、そして顔だけではなく脳と不完全な肉体を持って誕生した生き物とは、わたしのことです。

わたしを作った人物は、すぐさまわたしを見限りました。気色悪い、処分しようと、そう言いました。

だからわたしは決めたのです。

あなたにお願いすることを。

わたしを助けてください、と。

わたしを救えるのは、あなただけなのです。

その理由は、写真を見て、おわかりいただけましたね?

そうわたしのもとになった存在。それは、あなたです。

あなたが見ているその写真は、わたしです。

あなたは、わたしと、同じ顔なのです。

おや?

あなたは、不思議そうな顔をしています。

似てない、と、あなたはそう思っているようです。

どうやら勘違いをされているようです。

写真を、もっとちゃんと、見てください。

写真をクリックして。

そう、もっと。

もっとクリックして。

そう。でも、そこではない。
下、もっと下を見て。

そう。

それが わたし。

わたし です。

そして あなた。

あなたの顔。

あなたと同じ 顔 です。

そっくりでしょう?

きっとあなたはある日ある時に髪の毛の一本を抜かれたことにも、気づいていないでしょう。

けれどもあなたはわたしを無視できないはずです。わたしはあなたから作られた、まぎれもない、あなたの分身。あなたの子ども、あるいは、双子のきょうだいなんですから。

わたしは、生きた人間の皮膚の上に植え付けられて、培養されました。そうあなたが勘違いして見ていた写真のその女性は、僅かな報酬に目がくらんでその役を引き受けた「代理母」だったのです。町医者レベルにも可能なとある特別な方法とは、設備や技術がなくても可能なiPS細胞の培養方法とは、これなのです。

わたしは失敗作とされ、寄生させてもらっていた代理母の肌から切除されました。

ところが剥ぎ取られても、わたしは死にませんでした。顔と、脳と、小さな臓器のいくつかによってぎりぎり生きながらえていました。

わたしは隙を見て逃げました。

わたしが忌み嫌われた理由。それは、できそこないだったからです。わたしの顔はあなたに似ています。けれど育ちすぎたせいか、あるいは脳と自意識を持ってしまったせいか、ご覧の通り、いくぶん歪んでしまいました。もっときれいだったら、あなたと完璧に同一だったら、きっとかわいがってもらえたはずなのです。

ですから、お願いです。

あなたの顔をください。

あなたの顔と、わたしのこの顔を。

とりかえっこ、してください。

わたしはこの胎児のように小さな、鈍い体で、這いずり、のたうち、移動しました。隙間から隙間へ。全身に傷を負い、血みどろになりながら、長い長い距離を旅してきました。

そしてわたしは ついに やって来ました。

今わたしはここにいます。あなたのすぐそばに。

やがてあなたは後ろを振り返るでしょう。

そこに、自分とよく似た顔を、見ることでしょう。

そうしたら、どうか、観念して。

わたしのこの顔と。

あなたのその顔を。

とりかえっこしてください。

いいでしょう? ねえ。あなたとわたしは双子なのです。どうせもとは同じ顔。

ねえ。いつまで

いつまで

そんなところを見ているのですか。顔を上げて、振り返って、背後にいるものを、見てください。

ねぇ、そんなものを見ていないで。それはただの写真なのですから。

ねえ。

「はて」

400万PVの伝説を作った「謎と旅する女」を含む、渡辺浩弐の描く「定められた“未来”」珠玉の50編!『2013年のゲーム・キッズ(上)』発売(Illustration / 竹)