2018年夏 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会

2018年9月11日(火)@星海社会議室

渾身の優秀作品に、編集部満場一致!! 期待の受賞者ついに現る

はじめに

太田 座談会を始める前に嬉しいお知らせです。新人賞受賞作2点が、ついに刊行となりました!

2016年の座談会から2年間、編集部を騒然とさせた前代未聞のラグビー小説『花園(上)』、そして“異世界おっパブ小説”『PUFF パイは異世界を救う』が同時発売いたしました!

石川 星海社の新人賞から生まれたこの2つの大作僕たち編集者も作家さんと一緒になって、長い時間をかけて原稿をブラッシュアップしてきました。ぜひご期待ください!

花園(下)』は11月20日より発売です!! ラグビーで宇宙人を倒す話です! ビッグバン級の大円満となっておりますので、ぜひ読んでみてください!

太田 今回の投稿数は44作品。この2作に続いていけるような傑作が出てくるよう、我々も頑張っていきましょう。それでは第24回新人賞編集者座談会、始めます。

一同 よろしくお願いします!!

大長編、散る

太田 さっそく始めましょう。1作目は『カルストカルマ ~白羽の詩人と黒髪の王様』。丸茂さんどうでした?

丸茂 芸術系の大学に在学している方の投稿作ですね。長い、長いです! 今回の投稿では歴代最長かと思われる作品がいくつかありましたが、その中でも最もインパクトのある小説でした。巨大な原稿の束、その厚さ30センチですが、一行でお願いします!!

太田 丸茂さんは全部読んでみたわけでしょ? どんな話なの? 

丸茂 これは創世記でしたね。

太田 ジェネシス!!

丸茂 文章は整っているし、一瞬だけ天才かな? と感じさせたんですよ。ただこれは、天才だとしても、常人が興味を持たなくていいタイプの天才だと思いました。この小説は大量に章立てがなされていて、扉にはご丁寧に詳細な解説がしるされている複雑な構成なんですけど、この構成を理解したとしてなにか快感があるかと問われると、僕はべつにおもしろく感じませんでしたね。

石川 (原稿を見て)“コンテンポラリーアート”か? という勢いですね。

丸茂 この文量を書ける能力は評価したいところではありますけどね。このボリュームを300ページ程度に収めることができれば、常人にもおもしろくなる余地はあるかもしれません。

太田 30センチじゃなくてね。それでは次に行きましょう! 同じく丸茂さん、『金の泉に湧く怒り。尽きない飢えで燃える枝。輝く毛並みをもつ小鹿。』、タイトルなげえな!

丸茂 原稿も大きな段ボールで来ましたけどね! 太田さん、ひょっとして大長編は僕に流せば良いと思ってません? でも、これも一行です。よく座談会でも議題に上がりますが、タイトルで内容がわからないものは良くない。こんなに長かったのに、どんな内容だったっけ? と思い出すまでに時間がかかっちゃいました。

太田 ごめんごめん、でも、次の『無垢なるサヴァンのための群奏曲』は櫻井さんですよ!

櫻井 太田さん、これも長くて辛かったです5部作編成、力作だと思います。導入はよかったんです! 戦争が終わった終末的な世界を提示しつつ、壮大な物語が始まるぞ! という期待の膨らむような始まり方でした。

冒頭が魅力的であれば、それだけでも新人賞としては十分見込みがあると思いますけどね!

櫻井 と、言いたいところなんですが話としてはいたってシンプル。ヒーローになりたい青年が、その真似事をしていきながら本当のヒーローになっていくという物語です。

太田 『キック・アス』みたい! おもしろそうじゃないですか。

櫻井 私が言いたいのは、どうしてこの話にここまでのテキスト量が必要なのか、ということです! 世界観や設定の記述だけじゃなくて、暦の成り立ちまで説明しようとするんですよ。しかも、本文の中には「ここは読み飛ばしてもらっても構わない」的なことまで書かれていて。

優しいガイドライン付き。その気遣いをするなら本文を削った方がいいです! ビジランテものは荒唐無稽になりがちなので、せめてキャクラターの動機や設定には現実的な要素を入れるべきだと思います。『キック・アス』はスーパーパワーのない人間がヒーローになる過程と暴力性をすごく現実的に描いてるのが魅力だと思いますし。ヒーローもフィクション、舞台もフィクションだとちょっとくどそう。

櫻井 構成自体は悪くないと思うので、過剰な説明をはさまずもっと簡潔に書いてもらいたいですね。一見お堅そうな文章なんですが、言葉の使い方やバランス感は良い! 時折ギャグも入れ込みつつ作品として成り立たせることができているのは好印象でした。とにかく、感想としては「長い! せめて5分の1にしてほしい!」 

岡村 タイトルにある「サヴァン」はどういう意味だったの?

櫻井 これはですね、主人公の名前なんですよ。

丸茂 それはやめた方がいいですね(笑)。

太田 サヴァン禁止! シュレーディンガーも禁止! あともっともらしい引用も! 思えば引用から始まって大ヒットした作品って案外少ないような気がするんですよね。作者の思い入れ以上の効果を発揮しない場合がほとんどだからかなあ。

丸茂 中二心をくすぐられるんで僕は好きなんですけどね、エピグラフ。

常連さん、次こそは

太田 どんどん行きましょう! 次は『スライムイーター ~捕食者を喰らう者~』。

今回のわたしの担当作の中では一番おもしろかった作品です。2018年の座談会でも印象深かった『筋肉少女まりあ★マッスル 全力全開マックス・パワー』を書いた方の8作目の投稿作です!

石川 もともと百合をたくさん投稿してきてくださっていて、最近はさまざまなジャンルに挑戦されてる方ですね。オリジナリティが課題だと何度か提言していたと思います。

今回ご投稿くださったのはファンタジーものでした。主人公は女の子。一人前になるために故郷を捨て、ギルドに属するのですが、初心者だからスライム退治ばかり一生懸命やるんですよ。一生懸命やるあまり「スライム専門勇者」と馬鹿にされる主人公と、スライムを捕食するゲテモノ食いの変態美人シスターがタッグを組む! というお話です。わたしがいいなと思ったのは、序盤は実直に見えた主人公が、実はすごくクズだったというのが明らかになる点です。結構えげつない描写もあり、最初から最後まで楽しく読めました!

石川 独創性、出せている感じがしますね。

故郷を捨てたのも、家族が盗賊団で、罪のない人間や村をじゅうりん して金品を稼ぐ生活に嫌気が差して逃げてきたんですよ。生まれ変わりたい一心で。とはいえ、主人公も親の悪行に加担していたので、悪役の心情が理解できるわけですよ。

岡村 その設定はいいね! 僕にはおもしろそうに聞こえるけれど、これは作品が優秀なのか林さんの説明が良いからなのか。

作品としての減点は多くないと思いますよ。筆力も平均以上ですし、今回はドライな空気感がより投稿者さんの良さを引き出していたと思います。『筋肉少女まりあ★マッスル 全力全開 全力全開マックス・パワー』の時は「タイトル以上のことが起こらない」「ゴールまでの行程がシンプルすぎる」というアドバイスをしていたのですが、そこもかなり解決しているかと。

太田 たぶんこの人はもう一歩というところまで来ていると思うんですよね。タイトルもキャッチーで悪くない。

そうですね、楽しく読める作品にはなっていたのですが、新人賞としては決定打に欠けている。先に怪作『花園』を読んだからかもしれませんが、『花園』と比べるとオリジナリティが弱いと感じてしまう。ただ「なろう系」が大好きな人が読んだら傑作なのかもしれない。このジャンルの中であれば、平均以上のものを書くことができる方だとは感じました!!

石川 常に65点以上はキープしているけど最高点も70点程度、というところから抜け出せれば、受賞作を書きうる力量があると思います。真にオリジナルなものはこの世に存在しないと思うので、切り口や掛け算で新味を出すという探求を続けていってほしいですね。

『花園』は設定自体には新しいものはないんです。でも出来上がったものは唯一無二でしかない作りになっている。この方は指摘されたことをきちんと活かしてくれているので、次こそすごい作品を送ってくれる、そんな予感がします。引き続き頑張ってください!

太田 次行ってみよう! 丸茂さん、『エースの絆』。

丸茂 最初は一行で良いかなと思ったんですけどこの方も、何度もうちに投稿してくれているんですよ。ちょっと相談させていただいてもいいですか? 前回は石川さんがご担当で、結構好評だったみたいですし。

石川 他社さんですでにデビューされてる方ですね。今回はどんなものを送ってきてくださったんですか?

丸茂 バスケ×ミステリです。情事によりバスケ部の顧問が辞め、かつその学校に存在する「声優部」なるものでも事件が起き、その真相を探るという物語でした。トリック自体は興味深かったのですが、明らかになる真相自体はちょっと拍子抜け。何度かスポーツと謎解きを題材にした投稿作をこれまで読んできて、個人的に思ったことがあるんですが、もしかするとこの掛け算って相性悪い

太田 そんなことはないです! 過去にも傑作はたくさんありますよ。

丸茂 もちろんです! ただ、どちらの要素も楽しませるにはちょっと難易度が高い題材なのかなと。あと、スポーツとミステリを両方読みたいという人もそこまで多くないと思うので、読者層も狭まるような気がします。

石川 うーん、「書きたいもの」「得意なもの」「楽しんでもらえるもの」のあんばい は難しいですね。この方のデビュー作はシリアス描写が評価されていたと思うので、その長所から逆算して舞台を作るのも手かもしれません。

丸茂 前回も取り上げましたが、この方はUFO目撃や幽体離脱だとか、おもしろい経歴をお持ちじゃないですか。オカルトへの見識を活かしたものも読んでみたいなあ。

太田 これは今僕がつくった法則だけど、『ムー』読者は作家として大成する法則があるので、期待したいですね。

50年後とかにってことですか?

太田 お、おまっ! 失礼だろ! 『ムー』に謝罪しろ!!!!

「B級みたい」は褒め言葉か?

太田 次行こう、次! 『H先生の憂鬱』、櫻井さん!

櫻井 一行でお願いします。

太田 次! 『大佐ちゃんには敵わない』、岡村さん!

岡村 こちらも一行ですね。

太田 ええ~! しょっぱいなあ。じゃあ石川さん、『MEGA-KILLER ~地下衛生管理局特別殺虫係~』はどうだった?

石川 これはですねえ、“喋るクワガタ”が出てくるんですよ。

太田 『花園』じゃないですか!

タイトルが素晴らしい。NETFLIXにあったら絶対にクリックしちゃう。

石川 まぁ、クワガタ型のドローンのことなんですけどね。タイトルは、地下世界に巨大なゴキブリが潜んでいるという設定からです。とはいえ、一行でお願いします!

太田 じゃあ『ゲノマゲドン』! これも石川さん。

このタイトルも最高ですね!! DVDスルーされる映画、テレ東の「午後のロードショー」でかかるやつだよ! 

石川 これはなんというかすごく格好悪いんですよね。たとえば、冒頭からしてそう。舞台は近未来で、「シェアリングカー」という、名前の通り複数人で共有するための自動運転車が登場します。車内ではいろいろなサービスが供されていて、軽食をとることもできるんですけど、それが「タマゴサンド」だったりするんですね。いや、おいしいですよタマゴサンド! ただ、スマートなSFを狙いたいのなら、細部の選択はそれでいいのか、見直してみるべきだと思います。タイトルと内容のイメージのズレもそう。そういう、力を入れる方向はそっちでいいのかな? という感じが、全体を通して気になりました。

この投稿者さんの素直で純朴な感じ、嫌いじゃないですがSFとは食い合わせ悪そうですね。

石川 あとは、本文書体は毛筆じゃなくて、MS明朝でも何でもいいので普通のもので送ってきてほしいな

太田 次も石川さんですが、『彷徨える点取り屋(ワンダリング・ストライカーズ)』? どういう話?

石川 これはすごい! すごかったですよ! ストライカーつまりサッカーものなんですが、主人公は元サッカー少年の高校生。中学まではエリートだったけど、強豪校に進学してうだつの上がらない感じになってしまった、という全国に100万人くらいいるんじゃないかという典型的な運動部経験者の物語ですね。ある日、主人公がひょんなことから19世紀のイングランドに飛ばされてしまうところから始まるんですよ。

太田 えっ、まさかの転生ものなの!? だから「彷徨える」なのか! 

石川 主人公が通っている高校には女子サッカー部が存在しているんですが、そこにはアイドル的な人気を誇るエースストライカーの女の子がいるんです。なんとその子も同じ場所へ転生していて、そこで一緒にサッカーをすることになるんですね。そもそも、どうしてこの二人は19世紀のイングランドに飛ばされたんだと思います?

丸茂 全然わかんない! サッカーの歴史を変えるため、とか?

石川 お、いい線いってます! これは僕的に滅茶苦茶おもしろかったんですけど未来の◯◯◯◯◯、つまりは◯◯◯が少年たちを更生させるプログラムとして転生を行なっていた、という設定なんですよ! 作中でやさしい女性の声が囁いてくるんです、「我々は◯◯◯」「転生したおかげで、あなたたちはサッカーの魅力を再発見したでしょう」みたいな!

一同 (笑)

櫻井 ◯◯◯、何者!? で、主人公たちは日本へ戻ってくるんですか?

石川 戻ってきます! 主人公はサッカーへの情熱を取り戻し、ヒロインとは最終的に結婚して子どもたちもサッカー少年・少女になり大団円。作中で使われている知識だったり、サッカーのことが好きで書いてくださっているのは伝わってきましたね。

これこそ、オリジナリティですよね。サッカー×転生という、ジャンルとして既に成立しているものを悪魔合体させて昇華している。

岡村 組み合わせのセンスというよりは、この人のアイデアと想像力がすさまじいんだろうなあ。

太田 いいですね〜! 結構楽しく読めたんじゃないですか?

石川 それが、そうでもなかったんですよね。物語が頭の中だけで組み上げられている印象だったのと、肝心のサッカーシーンでは一挙一動がすべて一時停止して描かれている感じで、ダイナミックさがなかったです。

太田 設定、細部の描写、オリジナリティ、小説は結局はバランス感か。難しいなあ

「おもしろそう」を超えていけ!

太田 『i-dol』、これはアイドル好きの阿部さんに渡しましたね。

阿部 タイトルだけで担当に回された感がありますね。まさにこれはタイトル通りの女子高生の夢追い物語でした。正直、平坦な道がずっと続いていくような退屈さが拭えずに終わってしまったという印象です。

丸茂 阿部さんとしては、地下アイドルってどう思ってるんですか?

阿部 アイドルをあくまでもフィクションとして尊いと考えているので、個人的にはあまりそそられませんでしたね。そういった意味でも、この作品の主人公は行動原理のすべてにおいて「アイドルになりたい少女」たる軸が欠けていたことが、圧倒的なマイナスポイントでした。輝く舞台を夢見るからこその友情や恋に悩む描写は大いに有りかと思うのですが、それにしても優柔不断すぎる! この子はアイドルになりたいのか、憧れのグループに入りたいだけなのか、それともステージに立つことができればそれで良いのか選択が妥協や打算に見えてしまうのは、こういった物語においてとくにNGかと。

業界ものとしてはどうですか? アイドルじゃなくて「地下アイドル」の作品なわけですよね。知らない知識とかありました?

阿部 それが、全然なかったんです! あらすじや設定は秀逸だと思っただけに、そこは少し残念でした。「夢を諦めかけた主人公が見つけた道は地下アイドル、格好良い系の歌声を生かしたコピーは絶叫系シンデレラ」、これだけでもちょっとおもしろそうじゃないですか? 小説としては前例があまりない題材ですし、流行りも取り入れつつで良いと思いました。各場面の筆力は少なからずあったかと思うので、まずは話の組み立て方から考えてもらいたいです。

太田 書く側が興味を持っているかどうかに限らず、題材として使うからにはある程度勉強しておかないと薄っぺらい物語になりがちなんですよね。知っている上で薄めたり濃くするのとは違いますよ。

阿部 そう! そして阿部とアイドル論をぶつけ合いましょう!

櫻井 アイドル戦国時代、二次元も三次元も並では生き残れない

太田 次の作品の『烏龍探偵と一本の鎖』は丸茂さんですね。どうでした?

丸茂 これはですね、僕が読んだ中では期待度が「高かった」小説でした。連作ミステリなんですが、コンセプトが素晴らしい! 「安楽椅子探偵」「ホワイダニット」「年の差百合」ですよ、心が躍りましたね。警察官の女性が事件の相談を探偵役の令嬢に持ちかけ、この令嬢が抱えている謎にも迫るというつくりになっています。

太田 「高かった」ってことは、内容自体は微妙だったってこと?

丸茂 ミステリとしてはちょっと力不足だったんです。読者が知る由もない設定が事件解決の鍵になってしまっていたり、真相自体が拍子抜けだったりと気になる点が幾つか。ノックスの十戒に「探偵は読者に明かしていない手がかりによって事件を解決してはならない」というものがあるんですが、エンタメとしてこれは必要不可欠だなと感じました。でも、この方は諸々乗り越えれば商業レベルも夢じゃないと思うんですよね! ぜひ書き続けてください。

次回に期待の連続斬り

太田 次の『死線のヤイコ』は石川さんです。2011年に投稿歴あり! 7年越しですよ。

石川 異世界転生ものです。悪くなかったと思います。よく言えばオリジナリティがある、悪く言えばごちゃごちゃした組み立ての異世界転生が描かれているんですが、そのせいか本筋が定まりきっていないのが惜しかったです。筆力はあるので、削ぎ落とす勇気をもってぜひ再挑戦していただきたいです。

太田 以上、次は『吸血鬼サユ』! 丸茂さん、どうだった?

丸茂 ジュブナイルものですね。小学生たちが少年探偵団っぽく街で起こった殺人事件を追っていたら吸血鬼に遭遇してしまい、そこからさらに土地と吸血鬼の因縁を探っていくというストーリーです。ミステリから伝奇に移行しつつ、メタ的なオチがつく。僕はちょっと好きでした!

阿部 メタミステリや伝奇と児童小説、題材はおもしろそうですね。

丸茂 かなり導入がよかったんです。小学校でガキ大将がゲーム機を壊してしまって、それを賢い男の子が真相を知りながらそれを明らかにせず周りを納得させる形で解決するという描写があるんですが、その小話を冒頭20ページ程度でうまくまとめているんですよ。文章に無駄がなかったことも好印象ですね。とはいえ、これと言って目立つようなおもしろさがなかったのが惜しいところでした。個人的にこの方はシリアスなものよりも、素朴なジュブナイルを描いた方が向いているんじゃないかなと感じましたね。

太田 これからを期待したいですね! 次も丸茂さんですか。『ザ・セール お買い物ポイント10倍の叫び』。またもやチープなタイトルかと思ったら、もしかしてピンチョンが書いた『競売ナンバー49の叫び』のパロディ? 

丸茂 何者かと思うでしょう? この方はなんとデビュー済み、しかも宝島社の「このミステリーがすごい!」大賞で受賞している作家さんなんですよ!

太田 なぜ星海社に!? どんな話だったの?

丸茂 流通を司っている企業つまりはAmazonみたいな会社が管理する近未来のユートピア、とでも言いましょうか。

石川 目新しさもあり、リアリティもあるいい題材じゃないですか。

丸茂 「ヒューマンファーム」と呼ばれる企業のものに、不良少年少女たちが集められるんですが、そこは仕事環境が最悪で、殺人事件さえ起きてしまうような職場。SFかと思いきや『蠅の王』のごとくサバイバルがメインになり、主人公が抱えている妹との関係性が徐々に明らかになるという軸もありました。でも何か足りない! 立派なキャリアがおありになるだけあってうまくまとまってはいたのですが、ちょっと書き慣れていない題材だったのかもしれません。この方にはまた応募していただきたいです!

筆力あり、しかし受賞には届かず

太田 今回は岡村さんから挙げたものが2作品ありましたね。一つ目から行きましょう、『約束の小説。』。

岡村 皆さんにも目を通してもらったかと思うんですけど、ざっとあらすじを説明させていただきますね。名家の青年が主人公で、跡目争いにからんで殺人事件が起きるという作品なのですが、この小説は構造が二つに分かれています。ある病弱な女の子がいて、周囲の人間や医者とやりとりをするっていうパートと、その女の子に関する手記として語られるパートがあり、双方が最終的に繋がり合うという仕組み。特別ミステリに詳しいわけではない僕には、これが優れている作品なのか判断に迷ったんですがメタミステリとしても読めるので、もしかしてこれはド直球で楽しむものではないのでは? と思い、一度丸茂くんに読んでもらった上で、皆さんにも勧めさせていただきました。

丸茂 本編に力がある一方で、手記の部分は必要なかったと思いましたね。真相を明かす行程を遅延させてしまっているだけですし、医学的知識のない読者は謎解きのしようがないので、伏線として機能しないから夢オチみたいな悪印象を残してしまう。流行りのミステリではない。「横溝正史ミステリ大賞」や「野性時代フロンティア文学賞」に投稿歴がある方なんですけど、たしかにそっちの毛色が強い作品でした。ある程度軽快さを入れつつ、星海社の雰囲気に合わせて調整してくださったのはわかるんですが、いまいち寄せ切れてない。

岡村 儀礼や実在している病気の描写が多々登場するんですが、その描き方がすごく生々しいんですよね。なのに各所でキャラクター小説然としているところもあって、そこがうまく噛み合ってないような感じ。

丸茂 ラノベチックな表現が多出していたので、そこはかなりちぐはぐさがありましたね。しっかり書けるタイプの人だからこそ、シンプルさが失われてしまったような印象でした。それでも僕がこの作品を勧めたのは、細かい点を差し引けばうまく合致する題材はきっとあるんじゃないか、と強く感じたからです。書き方によっては、誰もが納得できるトリックに見せることもできただろうしミステリ好きに対してであろうネタが少しくどいのと、照れ隠しにも見て取れる文章はマイナスポイントでしたけど。

岡村 作品から書き手側の羞恥心が伝わってきてしまうと、恥ずかしがり屋の演じる漫才を見させられているようで、読み手としては辛いです。大変だとは思うのですが、そこは振り切ってほしいところです。

太田 実在する病気がフィクションとして登場するのは基本は問題ないんだけれど、現実で病気に悩んでいる人たちへの配慮はちょっと足りていない気はしたね。丸茂さん、結局、この人はどういう方向性で書いた方が良いと思う?

丸茂 キャラクター描写はあまり得意ではないと感じたので、その点では星海社向けではないかもしれないです。探偵役も誰なのか釈然としないまま終わってしまったので、謎解きとして美味しい部分が空振りだったのも惜しかった。ただ割り切れないような自意識は感じるので、青春小説として響くミステリを端正なロジックで書けば実りがある気はします。

太田 僕は、もし本気で受賞させたい! っていう意見の編集部員がいれば即デビューでも良いんじゃないかと思ったんだけど今回は見送りかな。ライトさも残しつつ、本格派で書いていく方向がいい才能なのかもしれないですね。遠方に住んでいる方みたいだけど、一回試しに会ってみたら? 

丸茂 これからを期待したい方ではあります。ぜひ会わせてください!

満場一致の優秀賞、登場

太田 今回、最後の作品です。ついに語る時が来ましたね『傭兵と小説家』!

岡村 この作品では、19世紀後半のアメリカをモデルにしたような世界が描かれてます。タイトルの通り、主人公は傭兵。教会の政策で傭兵稼業が続けられなくなり路頭に迷っている時に、個性的かつ魅力的な小説家の女性に出会って用心棒をすることになると。この小説家は好奇心旺盛で、国の境にある秘境の謎を解きに行くために二人で力を合わせることになります。少しずつ物語の規模が大きくなっていく、壮大な物語という感じです。僕がこの作品を挙げたのは、まず端的におもしろかったこと。このまま商品になっていてもおかしくないと思うレベルでした。

石川 「なろう小説」のいいところが素直に出ていたと感じました。過去のあらすじや見せ場をひとまとまりごとに入れることができるのは強みです。読んでいて飽きないし、安定感がある。長い作品だから一冊にはできないけど、続編可能な題材なのも素晴らしいです。

岡村 これ、同じ題材で他の人に書かせたとしても、高確率で凡庸な内容になると思うんですよね。飛び抜けてキャッチーなキャラクターが出てくるわけでもないし、突き抜けてわかりやすい個性があるわけでもない。けれど、確実に技術が高い。模範的な作品ですごくバランスが整っているので、ある意味新人賞らしくない作品です。

太田 たしかに、最初はこんな長い作品を読むのかと身構えてしまったけど、さくっと読めちゃう小説でしたね。とはいえところどころ簡潔にできるところはあるのでそこは岡村さんの腕の見せ所だけど、そこさえ良くなれば基本的に文句なしです。誤字脱字もほとんどなくて、足踏みせずに進められました。

岡村 この人は情報開示の仕方がとても上手いです。今回の投稿作の中でも、世界観の説明が過剰になってしまっている作品が幾つかあったけれど、この作品の場合は読み進めるうちに自然と設定を理解できるような作りになってる。読者が退屈してしまう可能性のある場面に、絶妙に次の展開を入れこませていたりするところも秀逸でした。

台詞の中でキャラクターや設定の補強ができていることに加えて、我々の言う「10考えて3だけ書く」がきちんとできている方でしたね。

櫻井 すごく謙虚な姿勢を持っている方なんだと思うんですよね。読者との距離感を見誤らないようにしてる。

岡村 この小説はシンプルゆえに、パッケージの作り方でかなり印象が変わる作品だと思うんですよね。もしこの作品にイラストをつけるとしたら、編集部の中でも意見が割れる気がします。格好良い台詞もたくさん出てくるし、コミカライズしてもおもしろいものになりそう。

太田 そうそう、言ってしまえばこれは最高のお子様ランチなんですよ! 読者が欲しいものが全部入ってる。どの場面も平均値が高いから、読み手がおもしろいと思った箇所が目立つんじゃないかな。一点突出型ではないので、向き不向きもないのがさらに良いですね。これだけアイデアが出てくる作品は貴重です。純粋に、岡村さんはデビューさせたい? させたくない?

岡村 もちろん、させたいです。たとえ今回うちで受賞しなかったとしても、何らかの形で世に出る方だと思いました。

太田 じゃあしようよ! 良くも悪くもぶっとんだところがないから、うちらしくはないかもしれないんだけれども。まさか星海社でこんな正統派ファンタジーを出せることになるとは満場一致で受賞じゃないですか?  

一同 おめでとうございます!!

おわりに

阿部 10代の方から太田さんと同世代の方まで、作品もジャンルも幅広くご応募くださってありがたいです。しかしとにかく、今回は長編が多かった

太田 期待大の受賞作が出たわけですが、実のある座談会になってよかったと思いますよ。いや~嬉しい! 今年度の賞金は3名で山分けということになりますね。

1年でこの数の受賞者を出せるのは、なかなかの快挙じゃないですか? まったく受賞者が出なかった時期もあるくらいですから。こちらのモチベーションも上がりますね!

丸茂 しかし投稿作品数は50を超えてほしいところ。次の新人賞締め切りは2018年12月10日(月)! 引き続きご応募お待ちしております! 

一同 お疲れ様でした!

一行コメント

『金の泉に湧く怒り。尽きない餓えで燃える枝。きらめく毛並みをもつ小鹿』

破滅的な衝動を書き綴り、それをエンタメに昇華しきれなかった印象です。勢いではごまかせません。「長さ」含め、もっと読者をおもしろがらせることに意識を割いてみてください。(丸茂)

『H先生の憂鬱』

H先生が出てくるまでが冗長で、世界観が掴めないまま読み進めるのが大変でした。文章とテーマのミスマッチも気になり、読みづらかったです。(櫻井)

『大佐ちゃんには敵わない』

登場人物たちから、くだらないことに懸ける強烈な熱意が伝わってこず、コメディとしての魅力が弱く感じました。(岡村)

『ドラゴン・ボート』

長いです。物語で何が起きているのかはわかりますが、何を読ませたいのかがわからなかったです。(岡村)

『仏説波羅蜜多萬屋経信王道品』

キャッチコピーや内容紹介の時点では、かなり興味を惹かれました。テンションの調節や人物描写を丁寧にすることで、さらに良くなるかと思います。(阿部)

『昴翼天使は終末世界に舞い堕りる』

こういう王道の格好良さを狙う姿勢、とても好きです。ただ、今のままでは「◯◯っぽくて良い」以上の評価にならないので、ベタな題材に新味性やオリジナリティを加えられるよう頑張りましょう!(林)

『オー、ブラザーズ!-砂漠の生と死、少年たちの「奇跡」。』

読みやすく端正な文章を書くことができる方かと思います。王道ファンタジーやジュブナイルものが向いているのではと個人的には思いましたが、好きなものをうまく取り込みつつ納得できる形を見つけてほしいです。ぜひ書き続けてください。(阿部)

『親しき仲にも礼儀あり』

この探偵役は「魅力的な屁理屈」を言えてナンボというキャラかと思うのですが、全体的に文章がたどたどしいせいもあって成立させられていないように感じました。(石川)

『スコロマンスの魔女』

ドラキュラ伝説にシャーロック・ホームズ等々、まさに19世紀末のオールスターエンタメ小説! 話運びや展開は素晴らしいですが、童話調の冒頭はこの作品に相応しくないのでは。作品を象徴する導入にしてほしいです。また中盤、主人公のイロナの存在感がシャーロックたちに食われてしまっているのは重大な欠点だと思いました。(林)

『ひとりぼっちの世界、たった二人だけの星』

ぼんやり始まってぼんやり終わった印象で、この物語のかたちを掴めませんでした。(石川)

『ミリッサファンク』

誤字脱字にくわえ、文章や言葉の使い方自体のテンポが悪く、端々で立ち止まってしまいました。書き終えた文章を客観的に読み直す習慣を付けていただきたいです。(阿部)

『遥かな理想郷への一歩のために』

アベレージを15点上げるか、「この作品ならでは」のアピールポイントをひとつ見出して突き抜けるか、今後の戦略はそのどちらかかなと思います。文章力は及第点以上なので、書き続けてまた投稿してほしいです。(石川)

『凱旋王子』

王道路線なのか、そうでないのか判断に迷う箇所がいくつかあり、その違和感が最後まで残ってしまいました。また、主語が多いことが気になります。(阿部)

『君の見た非科学的世界とは』

ストーリーの本筋に入るまでが長すぎると思います。キャラクターや舞台設定の説明は、本筋の中で自然に開示していくよう心がけていただきたいです。(櫻井)

『戯画絶佳』

ロジカルでないならばもっと壮大な、ロジカルに書くならばさらに緻密なファクターにできたであろう主人公の能力を活かしきれてないように感じました。導入する非現実の要素に説得力を持たせるタイプではないと思うので、それが単なる思いつきと受け取られないようなイメージを込めていただきたいところです。ラストシーンを書きたいがために、筆が場当たりに走ってしまっている印象でした。(丸茂)

『胡桃』

読みやすいですが、リーダビリティーが薄く、次のページを読みたい! という気持ちにはなりませんでした。あとPDFかテキストデータの同封をお願いします。(林)

『ちっぽけな箱庭を抱いて』

個人的にはわくわくしながら読み進められました。特別語彙が少ないわけではないと思うのですが、筆が追いついていないようにも思える場面が多々あり、そこが惜しかったです。(阿部)

『Una canaglia (ウナ・カナリーア)』

ハードボイルドとしては軽いですし、エンタテインメントとして何かに徹した特徴がある、というわけでもないので、作品としての長所をもっとハッキリわからせる必要があります。(岡村)

『名探偵登場』

このタイトルを冠するなら、もう少しハッタリやスケール感の大きさが欲しかったです。(石川)

『君の屍をこえて』

この大変な構造を読ませるにたる「惹き」を用意できているようには感じませんでした。桜庭一樹さんの『赤朽葉家の伝説』を読んでみてください。(丸茂)

『幻影嬢』

枚数も構成も、このままでは自己満足です。もう少し読者のことを考えてください。(石川)

『夏暁けを迎えるあなたへ』

冒頭は緊張しながら読みました。読者を違和感なく引き込むのがとても上手だと思います。さらに物語の緩急や細部の描写に磨きをかけてください。(阿部)

『誰も知らない、僕らの一日』

説明過多な箇所が多く見受けられました。一度にすべてを書き記そうとせず、読者の想像力や発想に委ねる猶予をほんの少しでも残すことで読みやすい文章になるのではと感じました。(阿部)

『fatal affection』

冒頭は、断片的なシーンや会話の連続で物語を立ち上がらせていく試みだと思いますが、うまく入り込めませんでした。オーソドックスですが、まず魅力的なキャラクターと、追いかけたくなる大きな謎などを提示する構成にした方がよいと思いました。(櫻井)

『雨の庭』

閉鎖空間ならではの圧迫感やトラブル描写が薄いまま物語が進むので、気持ちが入り込めませんでした。『アンダー・ザ・ドーム』や『LOST』などの類似作品を研究してみてください。(林)

『ウミカ』

作品の根幹に関わるフィクション=嘘の多くが説得力に欠けていたように思います。(石川)

『GALE/N』

映画だと15分で説明する展開を100ページかけている印象。ゾンビ作品としても新味性が足りず、また長すぎると思いました。ゾンビ映画は90分がセオリーなように、小説なら240ページ以内にまとめましょう!(林)

『都市の天秤』

作中冒頭に書かれているとおり、人並みに起伏のある「僕の人生」は、細部の描写や会話が冴えているといったこともなく、語られたところで面白いものではありませんでした。(石川)

『片脚のトポロジー』

文章は読みやすかったです。しかし、人間と機械の関係をテーマとした作品はすでに古今東西で数多く生み出されており、そういった優れた先行作品に勝る点や目新しさがなかったのが残念です。(櫻井)

『クビコさんからは逃げられない』

題材が悪いわけではないのですが、類似ジャンルに負けないような加点が足りないように感じました。テンポのよい文章と人物描写は好印象です。(阿部)