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「次世代」という言葉は残酷な言葉である。「次世代」は現世代を旧世代として駆逐するものの謂である。そして、「次世代」もいずれは旧世代になってしまう。僕が今どこに属しているのか詳らかではないが、早晩「昭和生まれ」として年寄り扱いされ、いずれ本当に老人になる頃には「昭和の生き残り」と呼ばれることになるのだろう……と思わず悲しい気持ちになってしまったが、気を取り直して「次世代」について書くとしよう。

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「やべえ! うわ。未来きてるよこれ! え。えええ。オーバーテクノロジーじゃね? 世が世ならオーパーツじゃね? 次世代っしょ。これマジ次世代っしょ。ふはーー。ありがとう未来!」というふうに、つまり頭が馬鹿になってしまうくらい(笑)驚愕し、感激し、恐怖すら覚えたものを、発売された年代順に挙げてみます。

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新しい物好きの飽き性という性質もあって、振り返ってみても次世代を感じた瞬間というのは多かったような気がします。おかげで後ろを振り返ることなく走り続けた結果、教養のない27歳ができあがってしまいました。反省しきりですね……。さて、思いつくことは多々あれど、絞りきらないといけませんので、できるだけその登場以前と登場以後で、世界の景色が変わってしまったものを選んでみました。

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この質問、なんて難しいの!もしわたしが生きて来た過程での次世代を感じる瞬間なのだとしたら、わたしはその世代を、ひいては次の世代の到来さえ認識するだけの客観性を持っていたってことになるでしょう。……そんなことって、あったかなあ。いつだって時代にもまれて渦の中にいるようで、次世代を感じるより前に巻き込まれて来た気がしています。だから、これはわたしが生きてきた中を振り返って、出会ったときに「こんなのって…はじめて!」と思ったものたちです。

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誰もが発信することが出来る時代。これまで、出版社やTV局は発信を独占することで特権的存在として大きなお金や力を持ってきました。クーデター軍は必ず真っ先に放送局を占拠します。つまりそれがその国を支配するということだから。かつて、反体制派の作家は原稿を命懸けで国外に送らなければなりませんでした。作品が世に知られるまでに何十年も掛かる芸術家が平気でいました。人類はDNAに代えて言葉で情報を伝達するようになったから爆発的に進化したという説もあります。人類社会は凄まじい加速を体験することになります。


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