編集部ブログ作品
2015年7月10日 23:59
ニコ生「集団的自衛権をめぐる喧噪の中で、憲法について一人で静かに考えてみる番組」書き起こし①
【7月15日に安保法案が衆院委で可決されたことを受けて、大塚英志氏より改めてメッセージが届きました】
今日、安保関連法案が衆議院特別委員会で可決されました。絶望しているひとも、冷笑しているひとも、この先、時間と手間をかけてやるべきことがあります。そのことについての提案です。
大塚英志 2015年7月15日
本番組はパワーポイント資料をまじえつつ放送されました。放送で使用されたパワーポイントは以下のURLからダウンロードできます。
http://www.slideshare.net/Seikaisha/ss-50388404
こんばんは、大塚英志です。
今、「集団的自衛権をめぐる喧噪の中で、何気に国立大から文化学部・教員養成学部が失くなるかもしれなかったり、18歳に投票権が与えられたりする状況で、憲法について一人で静かに考えてみる番組」という長いタイトルがテロップで流れていましたが、憲法についての番組です。1時間ほどお付き合い願いたいと思います。
ふたつ、問いかけがあります。ひとつは番組の題名にもあるように、憲法について少し静かに考えてみようねってこと。ふたつめが、そのときぼくたちがこうやって使ったり喋ったり考えたり議論したり合意したりするときの言葉。特に、ネットという空間におけるそういった言葉って一体なんなのかなって考え直してみたいということ。これが今日の趣旨です。
この番組を始めようと思ったきっかけはいくつかあるんですが、ひとつは少し前に行われた「ニコニコ超会議」ですね。あそこで憲法についての番組があったわけです。
ぼくはもうあまりこういう政治的なことを言う場所には出ていかないし、政治的なことをあまり書かなくなっているわけです。その理由は今日は話しませんけれども、ぼくのひとつの選択だったわけです。(政治的であることと、政治的評論を書く、ということはぼくにとって最初から別です)
ただ、超会議の時は顔見知りの関係者が困ってメールを送ってきて、魔が差したのか行ってみようかなって気になりました。いろいろな人にことごとく断られて出演者が集まらない状態だったということで、それなりに付き合いのある人のお願いですから、まあいっかという部分が正直ありました。(ちなみに最初にぼくにオファーがあった時に出演予定者で名前があり、実際に出演したのは一人だけでした。左右ともニコはちょっとね、という空気があるみたいですね)
「憲法について真面目に考える番組」とのことだったので、じゃあぼくも真面目に考えてみようと素直に思いました。しかし行ってみると、周りで相撲やプロレスをやっている。プロレス、ぼくは好きですから全然否定しません。ただ、「あ、そういうことなんだ」と。つまり、ここは「プロレス」をやる場なのか、そういうことを思ったわけですね。控室での打ち合わせでニコ動側からお願いされたのは、「顔にペイントを描いていいか」、これだけですね。(後は、オープニング、エンディングの段取りが中心。議論やテーマについての詳細な説明はありませんでした。第一、ペイントするなんてグレート・ムタですから)これは完全にプロレスですね。しかし「プロレス」には、ご存知のようにちゃんと「段取り」があるわけです。マッチメーカーやレフェリーが試合を「作って」くれて、選手たちはその中で一生懸命役割を演じていく。ところが、マッチメークもない、段取りもない。(つまり「プロレス」を別の意味で言えば、「番組」です。それを作るスキルがニコ動にないんですね。ネットですから、TV番組をつくれなくてもいいんです。だったら司会者とかオープニングとかセットとか「朝生」の半端な借用をしちゃダメです。「パロディ」にもなっていない。劣化版以前です。こういう工夫もない借用のことを「パクり」というのです)始まってみると会場の声が騒がしくて、一番端にいたぼくには反対側の席に座ってる方どころか、司会の田原総一郎さんの声すらほとんど聞きとれませんでした。そういう中で何か議論をやっていくのは(物理的に)難しいなと感じました。ぼくは真面目にやろうと思っていたので(憲法について真面目に本質的な議論をすると聞かされていましたが、改憲VS護憲という面白くも何ともないアングルの「プロレス以前のプロレス」だったわけです)テロップを用意したりしていたんですけれども、途中で、案の定、田原さんから「しゃべるな」(「だまっていろ」だっけ?)と言われました。正直、そう言うだろうな、と思っていたので、そのタイミングで席を立ちました。帰った理由はもうひとつあってですね、喋りながら、統一地方選挙に行っていないことを思い出したわけです。今から帰れば間に合うなと。冗談ではなくそう思いました。
ふと、あの場にいたコメンテーターたちは選挙に行ってから来たのかな、不在者投票に行ってから来たのかな、と思いました。集団的自衛権や天下国家について議論しているけれども、選挙には行ったのだろうか。皮肉抜きにそんなことも考えました。(「有権者」としての最低限の責任を果たさないで天下国家についてディベートすることが、ぼくにはどうにもしっくりきません)
このように、いろんなことを(あの日)だらだら考えたので、また今日もひとりでだらだら考えてみようと思います。
今回、予告にもあったように、コメントを非表示にします。それはぼくが批判的なコメントを書かれるのが嫌だという理由ではありません。
正直に申し上げると、ぼくは右側の目がほとんど見えません。左側の目は手術をしてレンズを入れ替えているので、30cm先に焦点があり、メガネをいちいちかけないとそこから先のものが見えません。手元でパワーポイントを操作するとメガネがかけられないのでコメントが読めません。実は他の番組でもコメントが全然読めていなかったわけです。だから、コメントが流れていようがいまいがあまり関係はないんです。
ただ、今回は(敢えて)消してみます。
消してみたときに、みなさんはどんな感じがするでしょうか。今この瞬間に何かが奪われたような感じがするかもしれません。何が奪われたんだろうか。あなたがたが言葉を発する権利。ドワンゴによる言論弾圧のニュアンスを感じるかもしれない。実際、ネット企業はある瞬間にあなたたちの発言を消すこともできるだろうし、あるいはなんらかの形で自分たちにメリットがあるものだけを表示することも技術的にはできるわけです。ネット上の自由な言葉はネット企業が操作できてしまう。ぼく自身が気に入らない発言をさせたくないと言って(特定の言説やアカウントのコメントを)表示させない可能性だってあります。(そうやって)あなたがたの発言権が奪われたのかもしれない。(つまり、ネットにおける発言権がネット企業の手中にある、ということも一つの問題提起です)
あるいは、コメントに対して出演者があれこれ反応してくれる、ネットの従来の特徴だといわれた双方向性。画面のこちら側と向こう側のやりとりが奪われる。(ニコ生における「双方向性」はユーザーに与える幻想だと、ニコ動の幹部が自ら述べているのをぼくは聞いたことがあります)
あるいは、みんなのコメントが流れていく空気感や、誰かが出てきたら「8888」と拍手をしたり一斉に罵声を浴びせたりする、そういった「一体感」が奪われたような気がするかもしれない。(この感覚は、ともすれば「みんな」とか「空気」とか「絆」といった感覚と地続きなんですね)
一体何が奪われたんだろうかということを(この機会に)ちょっと考えてみてほしいな、と思います。
(さて、消えましたね)
いずれにせよ、みなさんはひとりになったわけです。
どうしてもコメントを書き込みたいという方はTwitterなりなんなりの手段があるでしょうし、著作権的にどうなのかもわかりませんが、この画面をニコ生でそっくりそのまま中継してコメントを書き込むこともできるかもしれない。すでに誰かがやっているかもしれない。構いませんよ。どうしてもそうしたい方はそうしてくださればいいわけです。
でも、ここでは一度、一対一になってみましょう。1時間ちょっとです。(結果、かなり長くなりましたが)
さて、「『憲法について考える前提」を考えてみる。そして、ひとつの提案をする」。これが今日のテーマです。
これは柳田國男の『明治大正史世相篇』という本の一番最後のページに出てくる写真です。「一等むづかしい宿題」。今日の一番の出発点はここです。多少(というか)ぼくの本を読んでいる人はこの国にも何百人かは残っているので、そういう人は「また柳田國男かよ」と思うかもしれませんけれども、結局ぼくはここに帰ってしまうというか、ここから始めざるを得ないわけです。ともかく、普通選挙が昭和の初頭に行われたとき、法律の施行を伝える官報が貼られた看板を子供たちが見上げる、という写真ですね。
普通選挙によって、この先有権者が有権者としてきちんと投票していけるかどうか、そのことが一番難しい問題なんだよねということを、柳田國男はかなりの皮肉を込めて『明治大正史世相篇』に書くわけです。この本は今でも講談社学術文庫なんかで簡単に買えます。いい本です。
前半はですね、日本において、色や風景や音、泣く、お酒を飲むといったさまざまな人間の感覚やふるまいが、近代という時代によってどう変わってきたのかということを非常に美しい文章で書く。柳田國男の仕事の中でももっとも美しい仕事のひとつです。ただ、後半に入ってくると、だんだんとキレてくるんですね。何にキレるかというと、普通選挙の行われた直後にこの本は書かれるわけです。当時の有権者たち、男性だけが選挙権をもらえたわけですけれども、それまでは一定以上の金額の税金を払っていたり、特定の階級じゃなかったらば選挙に行けなかったのが、とりあえず一定の年齢以上の男性は選挙に行けるようになった。普通選挙の基礎が作られたわけだけれども、その普通選挙の中で、有権者たちがちゃんと投票できなかったじゃないかと彼は怒り出すわけです。ちゃんと投票できなかったという意味はですね、あとでゆっくり話していきます。この本は一番最後にこういう文章で閉じられます。「我々は公民として病み且つ貧しいのであつた」。(ここ、番組ではパワポを清書してくれた人のミスタイプで「痛み」になっていました。とはいえ「病む」どころか「痛みかけてる」、腐りかけているのかもしれない、という点で悪くないミスプリですね)これをどういうふうにとっていくのか、というのが今日の問いです。
(番組の構成ですが)このあと、いろいろと質問を掲げていきます。通常ニコ生だったら投票結果が何パーセントと出るんですが、今回は(それも)出ません。(あくまで)心の中で考えてみてください。もちろん、「YES」と「NO」の間にはさまざまなグラデーションがあるし、そもそも「YES」と「NO」の二項対立自体が問題ではないか、そういう問いの立て方はおかしいじゃないか、という異論もあると思います。そういったことも含めて考えて(冷静に)いってください。(世論調査は設問による誘導で答えが左右されるということはもうおわかりだという前提です。そういう議論をここでするつもりはなく、あくまで考える「きっかけ」の提示です)
まず一番最初に聞きたいのがこの問題です。
Q1「国政、地方自治体問わず、一番最近の選挙にあなたはいきましたか」
行かない人はなぜ行かなかったのか。行った人は逆にどういう基準で一票を投じたんでしょうか。この自分の投票行動の意味を考えてください。さきほど、『明治大正史世相篇』の後半で柳田國男が選挙にキレる、という話をしました。こんなことを書いてるわけです。(これはこの国の最初の普通選挙の後に書かれました)
あの選擧區なら何の某を抱き込むと大よそ何百票だけは得られるといふことは、顔で投票を集められるやうな親分が、そこに居ることを意味して居た。或は輸入候補と稱して若干の金を持つて行けば、人には關係無しに當選が期せられるといふ類の、綃融通の利き過ぎた取引も稀にはあつたが、大抵は金に換價し得ない人情を横取りしようといふので、地盤は卽ちその新たなる贈答品の容物の名であつた。個々の投票の賣買ばかりを戒めても、まだまだ選擧が自由に行わはれて居るものと、推斷することの出來ない理由は、斯ういふ代償の幾つと無き選擧群が、單に一個の中心人物の氣まぐれに從つて右にも左にも動かし得たからであつた。
(柳田國男『明治大正史第四巻 世相篇』昭和6年、朝日新聞社)
あの選挙区だったらば、誰を抱き込めば何百票は取れるぞ、とかいわば票のまとめ役が当時いたということです。いわゆる買収もあったんですが、結局なんとかさんが言うから投票しようとか、いわば地域、地域の票をまとめるボスがいて、なんとなく声の大きさに流されて選挙の結果が決まってしまった。「大小の幾つと無き選挙群」、つまり群れとして投票してしまった。個人として投票しなかった。このことに怒っているわけです。
今でも地方に行けば「選挙群」は生きていると思います。逆に、地方から東京の23区に地方からやってきて一人暮らしをしている君がいたとしたら、一見君はそういった「群れ」からは無縁のような気がします。しかしニコ動やネットの中では「今回は○○党だよね」「今回は○○さんだよね」という空気が作られる。その空気の中でなんとなく投票してはいないか。これもまた「群れ」の形なんだよね。(「なんだよね」という語尾はつい学生に話す時の口調が出る時です)そういうふうに「群れ」として投票してしまって個人として投票できない、このことに柳田國男はすごく怒ったわけです。なぜかというと、大正デモクラシーの中で、日本にも普通選挙法を導入しましょう、投票する権利を獲得しましょう、という運動があったとき、柳田國男という民俗学者はその論調の中で非常に大きな役割を果たしたわけです。彼が大きく主張したことが、普通選挙法の実現にかなり寄与したという側面はあります。興味がある人はそのあたりの歴史も調べてみてください。
さて、「公民として病み且つ貧しいのであつた」というときに、柳田國男が考える「公民」のニュアンスがうっすら見えてきたんじゃないかなと思います。
そこで改めて問うてみましょう。
Q2「「公」とはどう定義されるべきか」
1.個人間の意見の交渉によって形成される合意
2.公権力及び公権力の定める規範
の、どちらを(「公」ということばから)連想するのか、という問いです。
ぼくがいてあなたがいてそれ以外の人がいて、各々が異なる見解や自分の考えをもっていて、そして議論して「このあたりがコンセンサスだよね」と合意を作り上げていく。その合意が「公」なのか。あるいは「国」とか「お上」だとか「権力」だとか「偉い人」だとか(あるいは「役人」や「役所」など)、自分たちの手が届きにくい何か(「権威」)がすでにあって、その何かに自分は合わせていく、それが「公」なんだ、(つまり)「滅私奉公」というときの「公」ですね。1と2、どちらがあなたにとっての「公」なんだろう。「公共性」とか「公の心」とか、さまざまな言い方がこの何年間かでも盛んにされてきましたよね。(「愛国心」「愛郷心」もそのバリエーションでしょう?)そのときの「公」という言葉の中に、あなたはどちらの意味をより強く見出しているのでしょうか。
柳田國男はたぶん1の方を「公民」の「公」として使っている。つまり、個人間の意見の交渉によって合意を形成できるような人(が「公民」なの)ですね。それは本当はたとえばひとつの国や地域があったとしたら、全員が参加して議論すればいいんだけども、そんなことはとてつもなく現実的ではないから、代表を立てて議論してもらう。それが選挙の素朴なあり方ですよね。そのためには、自分自身もまた自分の考えをまとめたり議論したりする能力がなければ、自分の結論を出すことができない。正しく議論できる人を選べない。そういう能力をもっている有権者のことを、柳田國男は「公民」と呼んだわけです。
ここで、「あなたはどちらの『公』を憲法に求めますか?」ということが問題になってくるわけです。憲法だけではなくて、みなさんが今必要としている「公」はどちらなんだろう、ということです。あらかじめ存在する「公」に無批判に合わせていくのか、あるいは「公」を作っていくのか。もちろん古い「公」を作り直していきながら、(新しい「公」をつくる)という間の考え方もできますよね。(とにかく)「公」というものについて、もう一度(各自)定義してほしい。柳田國男は「公民」という言葉を「民主主義システムの責任主体としての有権者」という意味で使っていて、だからちゃんと選挙ができない当時の日本人に対して怒り狂ったわけです。怒り狂っただけではなく、ここで彼の学問というものが明確な輪郭を結んでいくわけですが、そういった話も追々していきましょう。