編集部ブログ作品

2017年6月 5日 19:52

折れた傘

 彼女は海辺の近くに住んでいた。そして海岸に流れ着くあらゆる物をその小さな家にためこんでいた。彼女の家にはなんでもあった。映らないTV、知らない国の言葉が聞こえるラジオ、数々の貝殻、足の欠けた椅子、i mac、エスプレッソマシン、赤いやかん、取っ手の折れたマグカップ、猫の死体......

 海辺にはどんなものでも流れ着いた。彼女の家には拾われた物で埋まり、足の踏み場もなく、彼女は拾ったマットレスの上で眠った。

 彼女の家からは悪臭が漂い、蝙蝠が軒の下にびっしりととまっていた。彼女は折りにつけて、近所の人の通報でやってくる警察官に、家にあるゴミを捨てなさい、と諭された。

 ゴミ? と彼女はその度言い返した。

 これはゴミなんかじゃないわ、神様があたしにくれた贈り物よ。

 そんな彼女は町一番の嫌われ者だった。

 だがしかし、あるよく晴れた朝、仕立てのいい上質のスーツを着た男性が微笑みながらやってきた。

 彼はこう言った。

 あなたは特別な能力を持った人です。私はあなたのような人を探していた。どうです、私と一緒に行きませんか? あなたの仲間になりたいと思っている人々が大勢あなたを待ってます。

 彼女は孤独に飽いていた。特別な能力、という甘い言葉に心を惹かれた。彼女は男性についていった。

 そして彼女は出逢う事になる。彼女と同じ、うち捨てられている物をうっとりと拾い集める人々と。

 彼女は男性と拾い人達と旅に出る。彼女は、拾い人達は拾う、拾う、拾う。砂漠で砂金を、地面の割れた渓谷で紫水晶を、土を深く深く掘り下げ、ダイヤモンドを、煌めくルビーを、切れるように青いラピスラズリを。

 彼女と男性と拾い人達は大金持ちになり、アフリカの小さな国を買う。

 その王国の贅沢な暮らしに拾い人達は満足する。もう何も拾わない。その代わり自分を飾る事に身を入れ直す。

 そして彼女はまた孤独になる。きらきら光る宝石は綺麗だけれど、あたしにはまだなにかが足りない。

 月のない夜、彼女はその小さな王国を出てゆく。砂漠を歩き、海に着き、小舟で沖へと漕ぎ出す。

 半年かけて彼女はもといた海岸沿いの小さな家に戻る。家の中の物はすべて運び出され、ところどころはげ落ちた木の板の上に彼女は横たわる。

 そっと目を閉じる。雨の音がする。半年間聞き続けた波の音はまだ耳に響いている。しばしのまどろみの後、彼女は力を振り絞って海辺へと向かう。そこには折れた傘が、雨に打たれている。彼女はその傘を拾い、苦労して開く。雨粒が傘の間から零れ落ちる。真珠のように絶え間なく。

 彼女は感じる。

 この折れた傘こそ、私の捜していた物だと。

 そして彼女の家にはまた拾い続ける。彼女はその数々の贈り物の中で幸福な眠りにつく。死の国へとむかうまで。