編集部ブログ夜の最前線

2022年8月 3日 20:29

『新本格ミステリはどのようにして生まれてきたのか? 編集者宇山日出臣追悼文集』電子書籍版リリースのお知らせ

8月3日、講談社で編集者として活躍した宇山日出臣氏の命日となる本日、『新本格ミステリはどのようにして生まれてきたのか? 編集者宇山日出臣追悼文集』電子書籍版がKindleBOOK☆WALKERからリリースされました。
  
宇山日出臣追悼文集_cover+obi.jpg  
本書が紙版と同時発売とならなかった判断につきましては、こちらの説明をご覧ください。
電子書籍版の読者の方には、これまで発売をお待たせいたしまして申し訳ありませんでした。

先のご説明の通り、「紙の本」という存在に強いこだわりを抱いていた宇山氏の追悼文集にふさわしいものにするべく、かつて〈講談社ミステリーランド〉の装幀を担当した祖父江慎氏に引き続き装幀をお引き受けいただき、印刷・製本関係者の方々のご尽力もあって、宇山氏を知る方々がその哀悼の想いを綴じ込めた美しい造本を本書では達成できました。
とくに「紙の本」へのこだわりに共感いただける読者の方には、在庫が尽きてしまう前に紙版をお求めいただくことをお薦めいたします。
  
電子書籍版においても、本書に記録された内容は紙版から欠ける部分はございません。
電子書籍として読みやすい設計を目指して丹念に制作されておりますので、その点はご心配なくお求めいただけますと幸いです。
  
  
あらためてご紹介いたしますと、本書は編集者・宇山日出臣氏の足跡を記録するべく刊行された追悼文集です。
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〈追悼文執筆者〉
赤川次郎 浅暮三文 我孫子武丸 綾辻行人 新井素子 有栖川有栖 井上雅彦 井上夢人 宇神幸男 歌野晶午 江坂遊 太田忠司 大塚英志 大森望 乙一 小野不由美 恩田陸 笠井潔 上遠野浩平 加納朋子 菊地秀行 北村薫 京極夏彦 国樹由香 最相葉月 斎藤肇 佐藤友哉 篠田真由美 島田荘司 白倉由美 鈴木真弓 祖父江慎 高田崇史 竹本健治 巽昌章 田中芳樹 辻真先 津原泰水 戸川安宣 奈須きのこ 二階堂黎人 西澤保彦 貫井徳郎 野阿梓 野崎六助 法月綸太郎 はやみねかおる 椹野道流 麻耶雄嵩 皆川博子 矢崎存美 山口雅也 寮美千子
  
〈収録座談会〉
・京都の新本格ミステリ四兄弟座談会(綾辻行人×法月綸太郎×我孫子武丸×麻耶雄嵩)
・宇山日出臣をめぐるミステリ批評家座談会(巽昌章×千街晶之×佳多山大地)
・『メフィスト』編集部OB編集者実名座談会(鈴木宣幸×野村吉克×唐木厚×太田克史)
・再収録『メフィスト』編集者座談会1~3
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東京創元社の戸川安宣さんと並び〈新本格の仕掛け人〉と呼ばれた宇山さんですが、その仕事は〈新本格〉ジャンルに留まらないものでした。
以下にその一部をご紹介いたします。
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【講談社文庫編集部時代】
  
〈1〉
中井英夫の『虚無への供物』を文庫化したいと志し、宇山さんは講談社へ中途入社し念願を果たします。のちに『虚無への供物』のみならず、四大奇書と呼ばれる夢野久作『ドグラマグラ』、小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、竹本健治『匣の中の失楽』の講談社文庫化・講談社ノベルス化も手がけました。
  
〈2〉
宇山さんは、入社して初めての名刺を星新一さんへ渡すために取っておいたというエピソードも知られています。『エヌ氏の遊園地』を講談社文庫化し、1979年から星新一ショートショート・コンテストを開始。宇山さんと星さんの交流については、最相葉月さんによる評伝『星新一 一〇〇一話をつくった人』で詳しく紹介されています。
  
〈3〉
1981年にはショートショート専門誌の『ショートショートランド』を創刊。星新一ショートショートコンテストからは江坂遊さん、太田忠司さん、井上雅彦さん、斎藤肇さん、奥田哲也さん、矢崎存美さんなどがデビューし、何名かはのちの〈新本格〉の書き手にもなりました。「新本格の仕掛け人」として知られる宇山さんですが、実は「SFの人」でもありました。
  
【講談社文芸図書第三出版部・新本格時代】
  
〈4〉
宇山さんは1987年に文芸図書第三出版部、通称・文三に異動し、綾辻行人さんの『十角館の殺人』を島田荘司さんの推薦を得て世に送り出しました。法月綸太郎さんが『密閉教室』(1988年)でデビュー、我孫子武丸さんが『8の殺人』(1989年)でデビューと、京都大学推理小説研究会出身の新人のデビューが続きます。綾辻さんの第2作『水車館の殺人』(1988年)の帯に宇山さんが「新本格推理(ネオ・クラシック)」と銘打ったことが、この本格ミステリの流行が〈新本格〉と呼ばれるきっかけとされています。
  
〈5〉
京大ミス研出身者だけでなく、島田荘司さんの推薦を受けた歌野晶午さん、ショートショートコンテスト出身の斎藤肇さんや太田忠司さん、奥田哲也さんなどが講談社ノベルスデビュー。また同時期に東京創元社の編集者・戸川安宣さんがミステリ叢書「鮎川哲也と十三の謎」を展開し、鮎川哲也賞を創設。〈新本格〉ムーブメントが拡大していきます。
  
〈6〉
二階堂黎人さんの追悼文集での寄稿によると、麻耶雄嵩さん『夏と冬の奏鳴曲』、二階堂黎人さん『聖アウスラ修道院の惨劇』、竹本健治さん『ウロボロスの偽書』、井上雅彦さん『竹馬男の犯罪』、黒崎緑さん『柩の花嫁』の5作品が〈スーパーミステリ・ビッグ5!〉と銘打たれ1993年8月に同時発売されたことが、講談社ノベルスのひと月での刊行作品がすべて〈新本格〉作品となった初めての機会のようです。
  
〈7〉
小野不由美さんの〈十二国記〉シリーズの第1作『月の影 影の海』の講談社X文庫からの刊行にも、宇山さんは寄与していました。また1994年に『小説現代』の臨時増刊号にそのタイトルが加わったことが実質的な創刊とされる文芸誌『メフィスト』は、小野さんの小説『メフィストとワルツ!』のタイトルに宇山さんが寄せてのものだったと言われています。
  
【講談社文芸図書第三出版部・メフィスト賞創設時代】
  
〈8〉
ある日、文三編集部に京極夏彦さんの『姑獲鳥の夏』の原稿が届けられる事件が発生。1994年に講談社ノベルスから刊行されます。これを受けて、宇山さんは1995年8月増刊号の『メフィスト』に原稿募集を告知する編集者座談会を掲載。第2回の座談会までにはさっそく原稿が到着し、投稿作のなかには森博嗣さんの『冷たい密室と博士たち』がありました。
  
〈9〉
1996年4月増刊号の『メフィスト』に掲載された第3回編集者座談会で、投稿作『冷たい密室と博士たち』の作者・森博嗣さんの『すべてがFになる』でのデビューが告知されます。ここで、編集者が下読みなしで選考を行うこの新人賞が〈メフィスト賞〉と命名・発表されました。さらにこの第3回の座談会では、のちに『コズミック』として刊行される清涼院流水さんの投稿作「1200年密室伝説」の話題で沸騰していました。
  
【講談社ミステリーランド時代】
  
〈10〉
やがて昇進し現場を離れた宇山さんは、編集者人生の集大成的に子ども向けのミステリシリーズ〈ミステリーランド〉を企画。祖父江慎さんのデザインによる函入り・ハードカバー・クロス装の装幀で、2003年から配本が開始しました。2004年にはその功績を称えて本格ミステリ大賞・特別賞を戸川安宣さんとともに贈られた宇山さんは、2005年に定年退職。2006年8月3日に逝去されました。
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宇山さんとの記憶、宇山さんから受け取ったものを、執筆者の方々が思い思いに書き留めたこの追悼文集。
文芸の歴史のなかで燦然と輝くその功績を、本書を通して読者のみなさまにも知っていただけるとうれしいです。