編集部ブログ夜の最前線
「編集者は“狂気”を持たなければいけない」と教えられたのは去年の今ぐらいだったでしょうか。
この編集部にきて一年以上経って、いろんな編集者の武勇伝や修羅場の話を聞くようになったけど、その話の根っこには必ずなにかしらの“狂気”が潜んでいて、そんな狂気の一部を見せられる度に羨望や敗北感や真似できない(真似したくない)という気持ちがない交ぜになって浮かんできます。
で、今日またそういった“狂気”の一端に触れて、久しぶりに腹筋が痛くなるぐらい爆笑するような話だったのですが、笑いながらそれでも思ったのは、考え続けることが狂気に辿り着くひとつの方法なのか、ということ。
想像の埒外まで考えて考えて考えて…、思い詰めて思い詰めて思い詰める、からこそ、辿り着ける、狂気。
そして「考える」ことはすなわち「言語化する」こと。
編集者にとって最も大切な武器が「全ての物事を言語化する」ということなら、力のある編集者にとって“狂気”ほど身近な存在ってなかなか無いのかもしれない、と思った次第です。
「物づくり」という川を挟んで、“彼岸”と“此岸”を繋ぐのが編集者の仕事だと教えられた身とあっては、その川幅に見合った渡し賃としての“狂気”がいつか必要になる日が来るのでしょう。