編集部ブログ夜の最前線
丸茂は困惑した。
「まっくぶっくぷろ」なる文明が突如として眼前に現れたからだ。
丸茂には文明がわからぬ。
丸茂は、長野の出身である。
野をかけずり、カモシカと遊んで暮して来た。
だから文明に対しては、人一倍に鈍感であった。
この文明はよい文明なのか、悪い文明なのか……丸茂は悩んだ。
悪い文明だったら粉砕する!
丸茂はしかと決意して、オフィスに転がっていた軍神の剣(ダンベル)を握りしめた。
丸茂には同期がいた。
櫻井である。
櫻井はこの文明に対して、どのような反応を示しているのか……。
気になった丸茂は櫻井を、訪ねてみることにした。
櫻井は動じていなかった。
「まっくぶっくぷろ」を使いこなしていた。
「さ、櫻井さん……まっくぶっくぷろ、どうですか?」
「これ、すごく使いやすいですよね!」
櫻井は、笑顔でキーボードをカタカタさせていた。
これ見よがしに「まっくぶっくぷろ」を使いこなす櫻井の様子に、丸茂は表情を引き攣らせた。
「そ、そんなこと言って、ちゃんと使えてますっていうアピールしてるだけなんじゃないですか?」
櫻井は変わらぬ笑顔で丸茂に言った。
「だまれ、下賤の者」
そして丸茂を鼻で笑った。
「しょせん貴様は長野県出身の田舎もの。貴様にはこの文明、宝の持ち腐れだな」
「田舎ものでなにが悪い!」
丸茂は激怒した。
しかしそれは事実である以上、言い返す言葉を持たなかった――。
おめおめと自分の席へと戻った丸茂は、あらためて「まっくぶっくぷろ」を検分し始めた。
まず触れてみる。
かたい。冷たい。かっこいい。
いい文明!
続けて穴を確かめてみる……あれ?
大きい穴がない。
「ゆーえすびー」が差し込めない。
悪い文明!
いや落ち着こう、と丸茂は深く息をつく。
これは「USB-C」の穴だと、たしか紺野さんは言っていた。
いままで丸茂が「ゆーえすびー」と呼んでいたのは「USB-A」という古いアダプタなのだと。
つまりはこれが最先端!
つまりはこれはいい文明!
画面をひらく。
超キレイ!
すごくいい文明!
星海社に入社してからというもの、丸茂はたびたび文明の格差に悩まされてきた。
Android携帯だからメッセージが確認できなかった。
PCがプリンターにつながっていないから、Google Driveを経由する手間をかけて共有のMacを使ってプリントしていた。
共有Macの調子が悪く、コンビニでプリントをしたことも少なくなかった。
Zipファイルを解凍したら二分の一の確率でデータが化けた。
Zipファイルに変換ができずに、またGoogle Driveを経由して共有Macで作業した。
愛用してきたWindowsPCには、それでも諸々ソフトをインストールしていたため、「ふぉとしょ」や「いんでざいん」のデータにもなんとか対処してきたのだが……やはり限界を感じていた。
しかし、この「まっくぶっくぷろ」さえあれば、そのすべてがクリアされる。
丸茂はようやく、軍神の剣(ダンベル)から手を離し、心穏やかに「まっくぶっくぷろ」を手配してくれた紺野さんに感謝を捧げたのだった……。