編集部ブログ書籍情報
百合小説/百合ラノベの傑作と名高い富士見ミステリー文庫発の青春ミステリー、木ノ歌詠さん『幽霊列車とこんぺい糖』を星海社FICTIONSから新装復刊します。
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『幽霊列車とこんぺい糖 新装版』
著/木ノ歌詠
Illustration/椎名くろ
定価:1500円(税別)
発売日:2023年6月27日
サイズ:B6判
レーベル:星海社FICTIONS
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〈Story〉
この"夏"をきっと忘れない。
絶望を生きる少女たちの、ひと夏の甘き死と再生の物語。
寂れた無人駅のホーム。
こんぺい糖。ひまわり畑。
そして、あの廃棄車両。
リガヤという名の、不思議な彼女を連想させる四大要素。
思えばそこから、あたしの夏は始まった。
飛び込み自殺をするはずのローカル線が廃線となり、生理不順で味覚障害な中学二年生・有賀海幸の保険金自殺計画はムダになってしまった。
途方に暮れる彼女は、タガログ語で"幸せ"を意味する名を名乗る年上の少女・リガヤと出会う。
「ボクがこいつを『幽霊鉄道』として、甦らせてみせる!」
謎めいた彼女は、廃棄列車を復活させ自殺志願の海幸に〈死〉を与えることを誓うのだった──
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6/27(火)の発売に先駆け、新装版刊行に際しての著者「あとがき」を先行公開します。
あとがき 私と富士見ミステリー文庫
箱庭的な田舎町で、少女と少女の出会いから始まる長編『幽霊列車とこんぺい糖 メモリー・オブ・リガヤ』は、二〇〇七年十一月、富士見ミステリー文庫の一冊として出版されました。本書は、その新装版となります。出版にあたり副題は取りました。
富士見ミステリー文庫と言われても、ご存じない読者も少なくないと思われます。かつて富士見書房(現KADOKAWA)が展開していたレーベルの一つで、創刊は二〇〇〇年十一月。当初は本格ミステリ志向の作品もあれば、ホラー、アクション、ファンタジー、青春......などに力点を置いた広義のミステリーが多く、富士見ヤングミステリー大賞の受賞作や最終候補作の受け皿にもなっていました。
二〇〇三年十二月には思い切った路線変更が実施され、「L・O・V・E!」というコンセプトが銘打たれました。富士ミス愛好家たちの間で「LOVE寄せ」と呼ばれたリニューアルです。これにより、恋愛や青春が前面に押し出されるようになりました。
個性的な人気シリーズや、現在の「キャラ文芸」にも通ずる青春小説にも恵まれましたが、二〇〇九年三月、惜しまれつつもレーベルは幕を閉じました。約八年にわたり、世に送り出した作品点数は三百十五。こうして見ると、いわゆる「ゼロ年代」にすっぽり内包されていたのだと気づかされます。
私自身は、第4回富士見ヤングミステリー大賞に応募した原稿が佳作を受賞し、二〇〇五年一月、木ノ歌詠名義で作家デビューを果たしました。思い起こせば、学生時代には「新本格」にハマり、その流れでメフィスト賞に応募したりもしましたが、ミステリを読むのは好きでも、トリックを考えるのは苦手だという自覚はありました。当時の私が傾倒していたのは、ハイ・ファンタジーやSF、伝奇でした。
そのような私ですから、後から考えてみれば、同じ富士見でもファンタジア大賞のほうが向いていたのかもしれません。それでもミステリー大賞のほうに応募したのは、手元の原稿に多少ながらも謎解き要素があったことと、締切のタイミングがちょうど良かったことに尽きます。
念願叶ったのも束の間、現実は思いのほか厳しく、処女作も受賞後第一作も売り上げは振るいませんでした。編集部から三作目の依頼を頂いた際は、次が最終決戦になるかもしれないという予感を抱きました。
では、どのような作品を書くべきか? 当然、これが最後になっても後悔しないような作品にしたい。小手先の技術で書くのではなく、自分の精神の奥底から湧き上がってくるものを文章化せねばなりません。試行錯誤の日々が始まりました。
その過程で、三つの重要な作品に出会いました。
まずはGOURYELLAの楽曲『LIGAYA』です。タガログ語で「幸福」を意味する「LIGAYA」という言葉自体に惚れ込んだ私は、まだ何も決まっていないうちから、「新作のタイトルは『LIGAYA』にする」と決めました。無論、幸福を意味する言葉を題名に掲げるのですから、物語を構想する上で「幸福とは何か?」、「では不幸とは?」、「人はどのようなときに幸せを感じるのか?」といった、根源的な問題を考察したりもしました。
第二の作品は、映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』。公開は二〇〇〇年。「この生きづらい世界において、セルマは最後まで不幸だったのか? それとも、最後の最後に自分の意志を貫き通したことは、せめてもの救いになったのだろうか?」などと考えさせられ、もやもやとした気持ちが残る作品でした。その結果、思い切って、この映画自体を小説内に登場させることに決めました。この映画に衝撃を受けた海幸は、セルマを模倣の対象とし、セルマの自己犠牲を意識しながら行動するようになります。
第三の作品は、桜庭一樹『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet』(富士見ミステリー文庫版は二〇〇四年十一月刊)です。「実弾」にしか関心のない山田なぎさと、「砂糖菓子の弾丸」しか撃てない海野藻屑。正反対に見える二人の少女の、刹那的な交流と別離を描いたこの作品は、同時に、現代社会が抱える闇を切実なほどに描写していました。いわば「砂糖菓子」の側に属するライトノベル業界から放たれた、一発の「実弾的小説」。自分をデビューさせてくれたレーベルから、かくも凄絶な文芸作品が誕生したことは誇らしく、目標地点を教えられた気持ちになりました。
最終的に、文庫換算で三冊分になりそうな原稿を書き上げた私は、自信を持って編集部に送信しました。この時点では「幽霊列車」も「こんぺい糖」も登場しておらず、リガヤの人物設定も異なっていました。登場人物も多く、物語があちこちに飛躍していたことは否めません。それでも、自分としては力作のつもりでしたから、出版できると信じて疑いませんでした。が、半年くらい待たされたのち、東京に呼び出されたと思ったら、社内の会議室で打ち合わせが始まり......その結果、「とりあえず一冊分の長さで」という結論に落ち着きました。
文庫三冊分の長編を一冊にまとめようというのですから、主要人物は残すにしても、物語は新たに作り直さざるを得ませんでした。単純な改稿ではなく「リビルド」です。その過程で、リガヤと海幸の関係に焦点を絞るとともに、「幽霊列車」や「こんぺい糖」などの新たなモチーフが生まれました。また、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』との関連性がさらに深まり、サウンドトラックに収録されている楽曲のタイトルを、プロローグ、第二話、第五話、第六話、第七話、エピローグの題名としてお借りしました。
こうして、『LIGAYA』改め『幽霊列車とこんぺい糖』は誕生しました。商業的な成功にこそ恵まれませんでしたが、作家デビューして以来、いちばん手応えの感じられる作品となったのは確かです。
さて、冒頭に「少女と少女の出会いから始まる青春小説」と記しましたが、本作には「百合ライトノベル」としての側面もあります。実を言うと、ゼロ年代とは、「百合」というジャンルが発展した時期とも重なっているのです。業界初のGLコミック誌『百合姉妹』(一迅社)の創刊が二〇〇三年で、不定期で五号まで刊行。その後継と言える『コミック百合姫』(一迅社)の創刊が二〇〇五年でした。百合表現を取り入れたり、百合に真っ向から取り組んだ漫画やアニメも続々と誕生しました。残念ながら、少年向けライトノベルにおいては、きわめて少数派だったのですが。
女性同士の恋愛や友情、絆を描いた作品に、どうして自分があれほどまでに惹かれたのか。あの当時、唯美主義の傾向が強かった私にとって、物語作品で描かれる百合的な関係性が、なにか特別な輝きを放っているように映ったのは確かです。個人的には、百合とゴシック(暗黒、頽廃、死のイメージ、過剰装飾、人形趣味、肉体改造......等々)の組み合わせに魅力を感じていました。もっとも、百合を安易に美しいと讃えたり、暗黒や頽廃のイメージとばかり組み合わせる、当時のような楽しみ方は、私の個性でもあるのですが、今となっては、古いと批判されそうです。
富士見ミステリー文庫版を上梓してから、およそ十五年の時が流れました。現在の私は、瑞智士記という筆名で活動しています。昨年末に復刊のお話を頂いて以来、当時の記憶が少しずつ甦ってきました。右も左もわからぬまま出版業界に入門し、若さと情熱だけを武器に書きつづけた日々......。間違いなく、当時の自分にしか書けなかった物語です。修正は最小限に留めました。オリジナルに近い形でお楽しみ下さい。
末筆ながら、謝辞を。
このたび復刊の機会を設けて下さった、星海社の丸茂智晴様。新装版の美術面をご担当いただいた椎名くろ様。原稿を細部までチェックしていただいた校正担当様。富士見ミステリー文庫版でお世話になった尾崎弘宜様。同文庫の関係者各位、特に当時の編集長と、初代、二代目の担当様。復刊に際して、ご尽力を賜った皆様。支えてくれた友人たち。そして、読者の皆様。心より御礼申し上げます。
二〇二三年四月
瑞智士記