NON STYLE 石田の明語
佐藤友哉 第二回
良く晴れた日の午後、星海社に訪れたのは、漫才コンビ NON STYLEの石田明。お馴染みの真っ白な衣装ではなく、私服での登場なのは今日が漫才の仕事とは少しちがった内容だから。2008年、M-1グランプリの王者に輝いた彼が今回から挑むのは、対談。同じ言葉を操る人々と「言葉」を使い、「言葉」を巡る旅の始まりです。
この仕事を続ける、と決めてから
受け手をどう意識しているでしょうか。
―― 反響の話をすると、なぜかおふたりにはわざわざ「あなたが、だいっキライです」と声を大にしてやってくる、ファンと呼んで良いのかわからない存在が多い印象があります。あの現象はなんでしょう……。
佐藤 なんかイラッとくるものがあるんだと思うんですよ。僕ら、と言ったら失礼かもしれませんが、まあ、僕にはどうもそう思わせる部分があるらしくて。僕は、そういった方々をまだ言語化できずにいます。「イヤだけど気にする」とか、「受け付けないけど読む」とか、そういう感覚やそういう人のことが、よくわからない。でも、だからこそ、大切にしたい。
そういう人たちがいなくなるものを書いてしまったら、佐藤友哉が佐藤友哉じゃなくなってしまうと思うんです。だからこの先、どんなに球の投げ方を変えようとも、その部分は持ち続けていたい。アンチなのかファンなのかわからないですが、読んでくれている以上、愛されているわけですから、その「愛され方」を裏切らないと決めたんです。
―― 潔いかと。石田さんはいかがでしょう。
石田 僕と井上というか、僕個人の感覚の話をすれば、 NON STYLEはM-1グランプリなりS-1バトルで評価をされ、認めてもらったわけです。でも、見ている側の中に僕らのおもしろさが伝わらない人もいるわけで、そのときにストレスを感じるんだと思うんです。「なんで自分にはおもしろくないのに評価されているの?」と。だから叩くんだと思うんです。
自分たちの価値観から外れているモノが世間で認められている、あるいは自分が世間について行けていないことへの劣等感や恐怖感から「自分が上や」と思いたいがゆえに叩くと理解しているんです。
佐藤 すごい! すばらしい意見だ。言語化されてしまった(笑)。
―― いつ、そうと知ったのでしょう。
石田 だいぶ前のことですが、飲み屋でです(笑)。僕らの悪口を言っている人たちとがっつり話したことがあって。
佐藤 ええー! それはどんな状況で?
石田 大阪でたまたまそんな集団と居合わせて、でっかい声であれやこれや言っていたのが聞こえちゃったんですね(笑)。
佐藤 それって石田さんがいることをわかっていて、わざと、とかではなくて?
石田 気付いてなかったので話しかけました。で、ひとりがインディーズでお笑いをやっている人で、自分のお客さんみたいな人と話していたので、声をかけて「よし、話そうか」と。
佐藤 いやだわー!
石田 (笑)おもしろかったですよ。中のひとりに「ネットとかで叩いてるでしょ?」と聞いたら「はい、叩いてます」って。
佐藤 正直だ(笑)。
石田 で、「なんで?」って聞いたら「ナニがおもしろいかわからないから」と言うから「だったら別に無視すればいいじゃない」と言ったら、相手が「なんか悔しい」と。
佐藤 ああー、その言葉が出るんですね。
石田 出たんです。その一言を聞いたときに、ああ、なんだ、と。だから「そっか、わかった」と飲み代払って帰りました。
佐藤 かっこよすぎる!
―― それは「全員を笑わせることを諦めた瞬間」の時期とは……。
石田 もっと後の話です。諦めたというか、自分にはできないことがある、と認めたのは2008年のM-1優勝の後ですね。その前にM-1の話をすると、実はずっとM-1に挑戦しているという実感がなかったんですよ。半ば義務みたいな感覚で、M-1用の視野の狭さに矯正されていたというかリアリティが全然なくて。だから敗者復活戦で選ばれなくても拍手で見送ることができた。ところが、2007年にサンドウィッチマンさんが敗者復活で勝ち残って、みんなが「行け、行け!」って敗者復活戦会場の大井競馬場のモニターの前で応援している姿を見て、気付いたら涙を流していたんです。その時初めて「悔しい」と感じた。ああ、今、やっと自分はM-1の舞台に立つレベルにたどり着いたと思えたんです。
だから、その翌年はもうM-1に向けてだけの一年間でした。コンテスト向きのネタを考え、形を変え。で、優勝して評価されて、改めて寄席とかで劇場に出るようになってから思い知ったんです。皆さん「M-1チャンピオンですよね」とハードルを上げて見るので(笑)。
佐藤 僕も、そういう目で見ていました。「NON STYLEはM-1チャンピオンだからおもしろいんだぜ!!」って。もちろん、まったく悪意なしにね!
石田 そうなんです(笑)。だから「あ、優勝すると漫才がやりにくくなるんだ」って気付いて、徐々に徐々に自分の中に沁みていったという感じですね。
―― たいへん恐縮ですが、M-1優勝直後の、手料理を披露する番組で、石田さんの手元が緊張でぶるぶる震えているのが、実はずっと気になっていました。
佐藤 テレビに出ている人が震えていたら、そりゃ気になりますね。
石田 実は当時、テレビに出るたびに過呼吸になってましたから。リアルで出演しながら過呼吸になってたのって、たぶん僕とブラックマヨネーズの吉田さんだけですよ(笑)。
佐藤 それスゴイですよ。どうなっちゃうんですか?
石田 こうね、指が内側に巻いてきちゃうの(笑)。
もともと家にテレビがなくて、娯楽に触れたことがなくて、あるとき姉が好きな漫才師を観に行くのに付いていった先で観た漫才があまりにもおもしろくて「これがやりたい」ってなったんですね。だから、実はテレビに出たいとかそんなことは考えたこともなくて、ただひたすら漫才だけをやっていたので。だから、テレビに出るというのは副産物みたいなもので、全然予想していなかったし望んでいなかったから……って、あんまり言うと、オトナにられるんですけどね(笑)。
佐藤 今後、テレビで石田さんをどんな顔で見たらいいのかわからなくなりました(笑)。テレビで骨折話を披露していた石田さんを、僕はどんな顔で見ていたんだろう……。
石田 まあ、テレビって舞台とちがって、その先にある顔がわからないですから、怖いですよね(笑)。
佐藤 ああー、それはちょっと小説を世に出すときと似ています。
石田 だから僕はある意味、諦めたんです。最初は、お客さんの顔が見えなくても、コンビでおもしろくすることに全力投球していたのが、あるときから様子をうかがうことを覚えて。以前は相方の井上がああいった「キモいキャラ」を出したときにすかさずフォローしていたんです。でも、それだとコンビで小さくまとまってしまうから、だんだんとたとえばアイドルの方が「キモーい」とか言った方が盛りあがることに気付いて、ちょっと待つようになったり。
まあ、それはそれで今度は「石田、テレビでしゃべってないやん」と言われたりもするんですが、ちょっと引いて見ることができるようになりましたね。
―― そういった経験を経ての、脚本執筆といった活動に至るのでしょうか。
石田 そうですね。すべては脳みそを広げる作業です。小説を読むのも、戯曲を書くのも、頭をこじ開けていっている感じです。
―― 最初は佐藤さんもご覧になった、2010年の脚本、演出、主演を務めた「Barアンラッキー」シリーズだったかと。
石田 あれは半年で全6回、毎月脚本を書いていったら、絶対、頭がぶっ壊れると思ったんです(笑)。
佐藤 あ、無理くりな筋トレだ。
石田 そうです。加圧トレーニングです(笑)。
―― その練習のために、「ルミネtheよしもと」という自社劇場を毎月、使えたということはある意味、すごいことかと。それは石田さんの企画が成立に値する内容だったのか、よしもとさんが太っ腹だったのでしょうか。
石田 僕がギャラを要らないって言いました。
佐藤 え?
石田 セットも建ててもらうけど、毎回同じセットで良いし、出演者のギャラが出せるくらいは集客できるだろうという勝算はあったから。ただ、そんなには出ないだろうから稽古の前に飯連れていって、打ち上げ代も僕が持ち。
佐藤 それでも、よしもとさんは太っ腹だと思います。せっかくの美談に水を差す気はないですが、「金は要らない」って、よくあるテクニックなんですよ。金より大きなものを得ることができたり、今じゃなくて10年後を見据えてとかあるわけで。たとえば僕も、「原稿料は要らないからやらせてくれ」という取引をすることもありますが、それでも通らない企画はあります。ですから、「ルミネtheよしもと」といういちばんメインの劇場を貸し出すよしもとさんは、やっぱり懐が深いと思います。
石田 まあ、よしもとはよしもとで「客は入るやろ」と計算してたと思います(笑)。さらにまったく経費をかけず、僕ひとりだけでホワイトボード一枚出しただけのトークライブを月一回開催して、そこから出た利益を回してくださいとか、いろいろと帳尻をあわせることもやっていたし。
―― 石田さんの信用も大きかったかと。さらに、そういった駆け引きといったら語弊がありますが、お金の使い方というか企画の打ち方に俯瞰の視点があるというか、センスを感じます。
佐藤 そこで僕が気になったのは、S-1バトルの賞金一億円を、ライブ(「NON STYLE NON COIN LIVE in さいたまスーパーアリーナ」)で全部使っちゃえ、という発想がどうやったら出てくるのか、ということです。
石田 さらに赤字が二千万円かかってます(笑)。
佐藤 余計にかかった分も含めて(笑)、賞金一億円をまるまる使うというのは、井上さんとそろって即決だったんですか?
石田 井上は寄付しようと言ってたんですね。どっちにしろ一億円なんて金は芸人が持つもんじゃないので、どうせならニュースになるような使い方したいよね、と。
佐藤 まあ、現金で一億円あったら、あとは狂うしかないですよね(笑)。
石田 ホンマ、そうですよ(笑)。だから、いちばん愉しい使い方をしようとなって。なにより大きかったのは、僕らが自分で一億円出す、って言ってるわけだから、全部、お金のことに関われるわけです。それってスゴくないですか? この先、どんなイベントに携わろうとも、僕、一億二千万円分の話をしてますから、意見することもできるんです。
佐藤 ああー、確かにそれはものすごい強みですね。いろんなことを知れますからね。そっか。一億円を使っちゃうことは、そのまま自分の糧にもなるんだ。
―― とはいえ驚くのは演者が自ら、そこまで関わろうと決めて、実際に関わったことかと。
石田 お笑いの才能がないからいろんなことを知ってより最大限、最上の方法で行動したいじゃないですか。
佐藤 才能がないとは思いませんが、武器は多い方が良いですよね。
―― いろんなことに関わることで、己の形がわかるかと。ただ、そのなかでも静かに諦めていったのでしょうか。
石田 そうですね。それでも全員を笑わせることはできないんだ、と。
―― それでもライブを行おうとしたことはすごいかと。
石田 まあ、目の前にいる人は笑わせたいな、とは常に思っているので。ただ、最初は夏にやりたかったんですが会場の都合で冬になっちゃったので、僕、台本を全部書き直したんですよね。
佐藤 全然ちがう台本ですか?
石田 はい。まったくちがいます。
佐藤 もしかして夏の公演だったら、題材となったモスキーニョは出てこないんですか?
石田 出てこないですねえ。
佐藤 ガーン。よかった、冬で。僕、モスキーニョが好きなんです。
石田 ありがとうございます(笑)。
―― 「モスキーニョ」は「同棲」というネタに登場する人語を解する健気で巨大な蚊の名前ですが、なぜ、この題材に?
石田 さいたまスーパーアリーナという会場を考えたときに、あの広い空間でお客様を巻き込むにはどうしたらいいのかな、と考えていったら出てきたんですよね。
―― そういったネタを作るときに、これは劇場向け、テレビ向け、あるいは閉じているけど鉄板でウケるといったような意識はしますか?
石田 しないです。というか、しなくなりました。全部ターゲットというか。それも同じで、自分に期待していないので結局、自分らのいちばん良い姿を見せるには、自分らのスタイルを貫くしかないとわかったんですね。
佐藤 無料チケットはどうやって売ったんですか?
石田 普通の販売と同じく、配券システムを使って手数料だけ負担していただいて。でも主催者側である僕らも手数料を払っているから売れば売るだけ損するという(笑)。
それに無料だから売れ行きが全然、読めなくて。前の席がほしくてまとめて買う人がいるかもしれないとか、記念に買う人もいるだろうとか、もっと言えばいわゆるアンチの人が行かないけど買って空席を作るとか、いろいろ考えたけど、結局、満員御礼でものすごくありがたかった。
―― 僭越ながら、わたくし宝物のように、当日会場で撒かれた一万円札を未だ大切に持っています。(見せる)
佐藤 うわっ、こんなに細かく印刷してあったんだ! しかも両面とも凝ってる!!
石田 そうなんですよ。これも会場全体に撒きたかったけど予算がとにかく足りなくて。そのための設備もなかったから。
佐藤 そこまで心を砕いているのに、諦めているというか、自分に期待していないという話を聞いてよけいに気になることがあります。お客さんが大ファンか、あるいはいっそアンチだったらまだわかるんですが、無料ライブだからふらりと足を運んでみたという層がわんさか来る、ということは予想しなかったんですか?
石田 それは、僕たちはありがたいことになんばグランド花月といった、僕らを大好きな人と無関心な人と大嫌いな人がすげえ入りまじっている寄席という場に定期的に出ることができているのでもう、ハートができているんです。
佐藤 そうか!
石田 で、以前はそこで苦戦してましたが、諦めて期待しないなりに笑わせることができるようになっているので平気でした。
佐藤 そのまま大きい会場でも、同じにやればいいと。
石田 そうですね。ちょっとだけデリケートに空気を読むくらいで。さすがに僕らの名前を知らない人達はいないので「井上がね……」と言った時点で、さらにわかりやすいように後ろのスクリーンに名前を出したりして。今までの代表ネタを入れたのも取扱説明書的な意味でわかりやすく、わかりやすく、と。
佐藤 確かに、「あ、これ知ってる!」というネタが1本あるだけで、ぐっと親近感がわきました。僕はNON STYLEのネタをすべて知っているわけではありませんが、それでも一気に引き込まれて、3時間余りのライブDVDを飽きることなく観ることができました。
あの無料ライブは、大ファンというわけでもないお客さんに対して、ものすごく練られた構成だなと、一万円札が吹き飛ぶラストまで観て、とてもよくできているなと感じました。
石田 あれは「一億円をどう還元するか?」を軸に考えていったからなんです。単に賞金を使ってライブをするだけでなく、実際に一億円がみんなのもとに降ってくる……ということで少しでも同じ場所にいたということを感じてほしかったんですね。
佐藤 会場にいた方々は、すごく幸福な気持ちで受け取ったでしょうね。
「石田流お客さんとの向き合い方」が明かされたところで次号へ。
作品の創り方の話へと進みます。
(2012年5月収録)