NOeSIS 嘘を吐いた記憶の物語

解説・田中ロミオ

cutlass Illustration/cutlass・たぬきまくら

我々の後継者はスマホの中にいました———田中ロミオ  累計50万ダウンロード突破のスマートフォンノベルゲームcutlass自ら完全改稿のうえ待望の書籍化。

解 説

田中ロミオ

私がエロゲー業界に飛び込んだのは、今にもブームが起ころうという、高揚感に満ち満ちた前夜時代でした。当時、エロゲーを語るというのは新しいカルチャーだったようで、インターネットの普及とも足並をそろえて、レビューサイトは日増しに増えていました。そういう追い風に助けられる形で、我々も様々な実験作をリリースすることができました。今も昔も学園ラブコメは強いジャンルでしたが、それでもまだ作風の多様性は保たれていた時代です。

時は流れ、2013年です。好景気の波は去り、当時の有名ブランドも多くがその姿を消してしまいました。栄枯盛衰えいこせいすいとはムゴいものです。私の知人のソフトハウスも、ついこの間アレしておりました。

業界が衰退したと思いたくありません。ですが売れているメーカーとそうではないところの二極化はいちじるしく、中間がスッポリ抜けてしまっているというのは悲しいかな事実です。成熟した市場とはこういうものなんでしょう。そしてこの中間地帯というのが、私みたいな湿気しけった石の下にいるのがいちばん幸せというダンゴムシ系ライターにとって非常に居心地の良い活動領域でもあったわけです。大手なら必勝が求められるでしょうが、中堅メーカーではまだ実験作を作る余地があったのです。

エロゲー業界は成熟しました。野心的な企画がGOサインをもらえることは、もうほとんどなくなりました。それはしゃーないことですし、決して悪いことでもありません。ただダンゴムシの棲息せいそくする場所はとぼしくなってしまうのは確かで、うまく順応するか、新たな土地を探すことになります。摂理というものでしょう。

ただ心残りがあるとすれば、自分たちがやってきたような、売れ線とはほど遠いジャンルをのびのびと作りたい後続の作り手たちに、領土を残してやれなかったことでした。

結局のところ、そんな心配は無用のものだったわけです。

彼らは文化的なアマチュアリズムの中に新天地を見出していました。フリーゲーム、ニコニコ動画、スマホアプリ。今やアマチュアでも優れたコンテンツを作ることが可能です。勝負をかけられる場所もいくらでもあります。くすぶっていた書き手の多くがエロゲー業界に集まるしか選択肢のなかった世紀末より、ずっと風通しは良いのかも知れません。

そして我々の後継者はスマホの中にいました。

最初にAndroidアプリ版『NOeSIS』をプレイした時、強くそう感じました。もちろん何もかもが同一ということはなく、『NOeSIS』は従来型のノベルゲームとはまったく異なった規模で地平を開いています。かつてのPC市場とは似て非なるこのフィールドで、『NOeSIS』はすでに50万ダウンロードを突破しているのです。

「二十一世紀を迎えて十年が経過した今もなお、講談社の中興の祖・野間省一がかつて『二十一世紀の到来を目睫もくしょうに望みながら』指摘した『人類史上かつて例を見ない巨大な転換期』は、さらに激しさを増しつつあります」と本書巻末にある星海社設立の辞では語っていますが、正直何を言ってるかわからなかったこの言葉を『NOeSIS』プレイ後にはなんとなく理解できている自分がそこにいました。

『NOeSIS』は50万人のユーザーに遊ばれ、大きな話題になりました。さらに単にそれだけでは終わらず、フリーゲームとしての趣味性を脱し、本書のような形で商業的意義をも見出されつつあります。転換期というのは少し大げさかも知れませんが、今後も見守る価値は大いにあると私は思います。

気になる内容については、ここでは一切触れません。是非ご自身で追ってみてください。もし『NOeSIS』に触れるのがはじめてであるというなら、順番は難しいところですが、まず本書を読んでみてください。どうか著者の夕飯に一品を増やしてあげてください。どうしても物語の結末が気になるようであれば、Android版に手を伸ばされると良いでしょう。こちらは無料です。二つの『NOeSIS』にはすでにかなりの差異が見受けられますから、こちらの小説版でも新たな側面が提示されていくことでしょう。どちらを先に体験しても、あなたが衝撃を得損なうことはないはずです。

野心的ノベルゲームの系譜けいふに連なるもっとも新しい家族を、今回書籍化という形で皆様にご紹介できることを心から嬉しく思います。