2016年冬 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会

2016年1月19日@星海社会議室

ついに沈黙破られる! 満を持して、5人目の受賞者が登場!!

ハイテンションの理由

太田 (唐突に)いやー、もうみなさん忘れてしまっているかもしれないですけれど、今回のSMAPの一件から僕たちは学ぶべきことがたくさんありますね! 

謝罪の仕方について、とかですか

太田 違いますよ!! やっぱり、なんでも手を挙げてやってみるのが大事ってことですよ!

今井 ああ、今回やりだまに挙げられてしまったマネージャーのいいじまさんは、元は事務のおばちゃんだったわけですからね。誰もやらないなら自分がSMAP担当しますって宣言して、あそこまで上り詰めた。

太田 そう! だから、未熟なうちは何事も「はい!」って言っておけばいいんですよ! 僕たち星海社もそう。新人賞、ちょっとでも芽のありそうな人には積極的にお声がけしていきましょう。特に大里さんと石川さん! わかりましたか!

大里石川はい。

太田 声が小さい!

大里石川はい!

太田 いいでしょう! ところでみなさん、今回の座談会は何やら収穫がありそうな予感ですね?

岡村 僕のところにはあいにくいいのがなかったんですけど、全体としては期待のもてそうな感じはありますね。

平林 現時点での賞金総額は235万円。ここからさらに上積みもされるし、ぜひとも受賞者を出したいところだね。

おもしろき こともなき話を おもしろく

平林 というわけで、座談会スタートです。トップバッターは『白夜撫子は七日で殺せ』、石川くん。

石川 この人はですね、なんと学部、修士課程、博士課程と東大なんです。ペラペラめくる限り文章も整ってるようだったので、そんな人が送ってくる小説はどんなだろうと楽しみに読みはじめたらこれが

今井 どういう話なの?

石川 むつまじい高校生の男女がいるんですが、二人の関係をよく思わないお嬢様によって、「お嬢様を殺さないと7日間のループから抜け出せない」というゲームに強制的に参加させられてしまう。お嬢様はいろんな武器を自在に使えたりする「チート」で、二人はそのゲームを無数に繰り返してようやくクリアするという話です。「ループもの」と「デスゲーム」を足したような感じで、けっこう壮絶なはずなんですけど、悪い意味で水のような読み味なんですよね。あとよくないのが、なんでこのお嬢様がこのゲームを作り出せたのかとか、設定の説明を放棄しているところ。

太田 うーーん、まず何よりもその石川さんの紹介が面白くない!! よく読者の方から、座談会で小説の内容について僕たち編集者が話してるのを読むと、酷評されている小説でも面白そうに思えるって言われることがあるけれど、それは僕たちが面白く話してるからなんです。面白くないものを、面白くないです、って紹介するのは、端的に言って編集者の力不足なんだよね。我々は、たとえどんな作品でも座談会の読者の皆さんに「読んでみたい」って思わせられないといけないんですよ。なによりそれは、いいキャッチコピーを考えることにも繫がるんだよね。

一同

太田 僕が過去の座談会でいちばんすごいと思ったのは、登場人物が全員「鬼」という投稿作に対して、ある先輩が「この小説はですね、〝鬼視点〟なんです! 世界ではじめての鬼視点小説です!!」という紹介をしたとき。内容は本当につまらなかったんだけど、それだけ聞くとすごい面白そうでしょ? チャーミングで、ただけなしているというわけでもない。こういう技術ですよ!

石川 精進します!

太田 あと、これも繰り返してよく言うことだけど、この座談会は編集者にとっての戦いの場でもあるんです。うちが落とした作品が他社から出て大ヒット、なんてこともありうるわけだからね。そのあたりは本当に怖い!

私は、そのときは甘んじて無能のそしりを受け入れる覚悟ですよ!!

太田 いいですねぇ〜林さん。そう、僕たちはつねにその覚悟とともに、全員が実名で選考をしています。その点では、この星海社FICTIONS新人賞は出版界では唯一無二の賞で、僕は誇りに思っています。

星海社白熱歴史教室

平林 次は、『賢狼王バトゥ』。これは僕が読みましたが悪いものではないし、良心的なんですけど、それ以上ではない感じでした。文章も読みやすいんですけどね。なお、今後、単なる歴史ものは一行でバンバン斬っていきます。

太田 すみません! 歴史もの、次から緑萌もえぎさん以外に振っていこうか。

平林 いや、歴史ものは読みたいのでいいんですけど。これはタイトル通りモンゴルのバトゥの話なんですが、普通の歴史小説なんですよね。新しい切り口で、面白く書いてほしいんですよ。たとえば、バトゥは高校世界史レベルの人物じゃないですか。

ヘヘっ(笑)。

太田 おいおい、ヘヘってなんだよ!

平林 林さん、高校行った?(真顔で)

大里 すみません、僕もバトゥ知らないです

平林 マジで!? 真面目な話、バトゥくらいは知っとかないとまずいよ。

太田岡村まずいね。

平林 話を戻しますけど、ある程度の知名度のある人を、みんなの持っている人物像で書いても新鮮さはないですよね。「あやつじゆき以前」のミステリを送ってこられるようなもので。歴史小説においては、我々は『のぼうの城』以降の世界に生きてるんだよ。

今井 『のぼうの城』は何が新しかったんですか?

平林 やっぱり、歴史ものをまったく読まないライト層を大量に取り込んだこと。歴史ものを、一般的な青春ものの読者でも読める形に落とし込んだんだよね。

太田 あと、『のぼうの城』がよかったのは、まったく無名の人物を「あの人のおかげで戦国時代が変わった」って大きく言ってるところだよね。

岡村 りょうろうさかもとりょうで同じことをやったんですよね。

太田 そうそう! 龍馬なんてみんな知らなかったのに、そのおかげで一躍日本を代表する偉人になった。逆に、『さくら』とか『はなゆ』はそういう意味に関して言えばダメな典型でもあるのよ。ああいう、「明治を生きた一人の女」みたいな描き方じゃなくて、「八重がいなければ明治の時代は訪れなかった」「しょういんの妹がいなければちょうしゅうはんの維新は成り立たなかった」っていうスケールの大きな物語を作らないと。とくに大河ドラマのような万人が観るものになると、スケールの小さな話だとどうしても成功は難しいよね。小説ならば、ちっちゃな人物のちっちゃな話を精緻に書くのも素敵なわけだけど、そうすると緑萌さんとか僕みたいなマニアックな読者だけが好きなものになりがちになってしまう。

平林 そういう書き方で面白いものも最近なかなかないですけどね。というか、歴史ものに関しては、ここ最近は研究状況に対して作家の教養がまったく及んでいない。本当は、研究者と渡り合えるくらいの力をもった作家が出てきてほしいんですよ。人生を賭けて研究しているプロによる最新の解を受け止めた上でフィクションを紡いでほしい。そういう意味では、今年の『さなまる』は非常にレベルが高い。NHKのスタッフが本当によく勉強してるという話を聞きますし、そうでないとあれは作れないと思います。

太田 真田丸といえば、このあいだ『れきヒストリア』の真田丸の回を観たんだけどね。こんな新説があるらしいのよ(とホワイトボードを使って説明しはじめる)。

平林 えっ、本当に!? でもそれはおそらく××の学説を採用した場合であって、いま有力とされているのは

(ここから、太田と平林による議論が1時間にわたって行われる)

今井 あ、あの、僕このあと予定があってそろそろ次に行きませんか

太田 (無視して)でもさあ、面白い歴史ものはやっぱり欲しいよね。うーん、いまはどの時代を書けばいいのかな。

平林 それこそ今年であれば、戦国時代を書くべきだと思いますよ。

岡村 (ボソッと)僕は西洋史ものが欲しいなあ

平林 狙い目ではあるよね。現状、しおななさんととうけんいちさんくらいしかビッグネームがいないわけだから。

岡村 19世紀のヨーロッパとか、ぼしのごとく名政治家が登場するので、ネタには事欠かないはずなんですよ。

太田 ナポレオン時代の「外交の天才」タレーランなんかいいよね〜。

岡村 タレーランは化け物ですよ! タレーランが現代に転生してきたら面白いと思います。タレーランが天才的なのはウィーン会議で「正統主義」を主張して敗戦国であるはずの自国のフランスの領土を

(歴史談義に岡村が参戦。さらに時間が過ぎていく)

太田 いやーすっかり盛り上がってしまったぜ! すみませんみなさん!! でも、重要な話もちゃんとしてるんですよ。要約すると、歴史ものを書く上で必要なことはふたつ、ずばり「ピックアップ」と「ギャップ」です。前者は、長い歴史のなかから誰をどのような手つきで「ピックアップ」して描くのかということ。〝いま〟求められている人物・時代は何か。その着眼点がないまま漫然と小説を書いていても仕方ないと思うんだよ。もちろん「俺が好きだから」で書いてもいいんだけど、それだけだときっと長続きしないんだよね。やっぱり戦略が必要。そして、後者の「ギャップ」。つまり、「無名な人物だけど、この人がいないと歴史上の一大変革はなされなかった」「ダメなやつだと思われてるけど、実はこんなにかっこよかった」というギャップを出さないとダメ。

石川 それって、歴史ものに限らず重要なことですよね。

太田 その通りだね。僕や緑萌さんみたいなすれっからしをうならせつつ、エンターテインメントとしても一級品。そんな歴史小説を待ってるぜ!

レベルアップのために

平林 次は林さん、『イスカニア共和国軍史』。

これはちょっともの申したい! ひとことでこの作品のコンセプトを説明すると、『ハリー・ポッター 魔法軍隊に就職する』です。

今井 なるほどね。

ただ問題なのは、「ホグワーツ」卒業後の話なのでみんな自然に魔法が使える。だから、どれがすごい魔法でどれがしょぼい魔法なのか、ルールが説明されないまま話が進んじゃうんです。やっぱり『ハリー・ポッター』が優れていたのは、読者がハリーの目線を通して、魔法のすごさとかワクワク感をゼロから知っていくところだと思うんですよ。残念ながらこの作品にはそれがなかった。

岡村 現実離れした要素を出すときは、物語を進めるなかで徐々に明かしていくのか、主人公視点の地の文、もしくは会話で説明するのか、どちらかだよね。

今井 ハリーはLv0からのスタートだけど、『はがねれんきんじゅつ』のエドワードはLv30くらいから始まるじゃないですか。で、読者は置いてきぼりかと思いきや、この世界には「等価交換」っていう、物語のルールを理解するための明確な定義があるから、読者も入っていきやすい。そういう、理解の足がかりになる定義を設けるのも手かもしれないですよね。

平林 そんなめちゃくちゃ上手いものと比べるのもこくだけどね(笑)。

太田 『ハガレン』はやっぱり傑作だよね。でも、それだって初連載作なわけだから、上を目指すんならそういうものと積極的に比べていかないといけないと思う。

平林 次も林さんで、『遙か銀河のディメンション』。

宇宙怪獣ものです! そして以前、チ◯コがドリルになった勇者の話を書いた人です!

一同 あー!!

ちょっと期待してたんですけど、正直前のほうが面白かったです。ベタな怪獣ものと見せかけて、大どんでん返しがあるのかと思ったら特に意外性もなく終わってしまった感じでしたね。もちろん最後まで読ませる筆力はあるけど、前のような振り切ったアイディアが欲しいですね!

平林 変にコメントしたのがよくなかったのかな。残念だね。次は大里くん、『せいしを懸けた戦い』。

大里 おっ、来ましたね〜。

今井 これはもしかしてそういう

大里 そうなんです! 下ネタなんですよ〜(満面の笑みで)。

平林 嬉しそうだね(無表情で)。

大里 童貞の主人公がオナニーをするんですけど、天使は「殺戮者」と言ってその行為をやめさせようとする。そして悪魔は「汚れなき者」と子をなすことを目的としているので肉体関係を迫ってくる。さらに地球侵略を目論む宇宙生物と未来の人工知能も加わって、渋谷の街で死闘を繰り広げるという、やたらスケールの大きいハーレムものなんです。最後は人間のヒロインと結ばれるんですけどね。

今井 かつらまさかずさんの『D・N・A²』みたい。

大里 とにかく出オチの、超バカっぽい話でした。

太田 おいおい、もっと面白く紹介してくれよ!

平林 これはもっと面白くしゃべれるよね。

岡村 大里くん、みんなの理解を得るためには、既存作品にたとえるとこれですとか、そういう工夫があるといいんじゃないかな。そうすると、なんとなくのイメージは伝わる。でも、既存作品にたとえるためには、こっちがいろいろと読んでないといけないんだよね。

太田 大里さんはね、とにかく情報ストックが少なすぎるのよ。情報ストックが少なくても、抜群の反射神経があってその場その場で面白く話ができちゃう人もいるにはいるんだれど、でもそうじゃない人は、地道にストックを積み上げていくしかないと思う。

大里 地道に頑張ります。

平林 じゃあ、気を取り直してもう一回大里くんに振ろう。『惑星開発日誌〜上司様は困り者〜』、これはどんな話?

大里 ええと、これは今回僕に回ってきたなかでいちばん面白かったですね。神様が惑星をつくることを事業化していて、眠ってる少年少女たちに夢のなかで創造主になってもらうという話です。7日間で天地創造させて、その惑星を売り払って利益を得るっていう、神様を頂点とした会社がある世界が舞台です。この世界では緑豊かな美しい惑星は高く売れる、みたいな基準があるんですね。主人公は神様に仕えているサラリーマン的な人物で、創造主のいろんな要望に応えつつ進行管理をするのが仕事です。そこにてんこうな創造主の女の子が現れて、エンジンをつけて移動できる惑星にしたいとか、惑星に住む生物に知性をもたせたいとか次々と無茶な注文をしてくる、というのがあらすじですね。

岡村 ちょっと面白そうだね。

大里 難点をあげると、文章が極端に軽いということ。もうひとつ、創造主の女の子には思いもよらない秘密があるだろうと期待して読んでいたんですけど、肝心の秘密の内容が急にとってつけたもののように感じられたんですよね。

平林 なんで面白くなりきらなかったのかな。我々はさ、つまらないものを読むときでも、どうしたらもっと面白くなるかを考えなきゃダメなんだよ。

大里 うーん、無茶ぶりに応えていく過程は、もう少し面白くできたはずなんですよ。いまだと、ブラックな労働のすえ、外注先が気合でなんとかした以上のことが書いてないので。あとはやはり、ラストの種明かしの部分だけ雰囲気ががらっと変わって浮いてしまっているので、そこが上手くいけばものすごくよくなると思います。

地味な作業の大切さ

平林 『春待ちの季節』、僕が読みました。和風ファンタジーは実はすごく難しくて、これも成功していないです。すごく読みづらいし。西にしざきけんさんの『ばんどんごくねんだい』は必読です。という感じで面白くなかったんですけど、それ以前に話にならない問題があって、このプリントアウト原稿を見てください。ルビがついてる単語がとんでます。こんなの読めないでしょ? 自分が送付するものをちゃんと見てないんじゃないかと思うんですよ。こういうのはやる気がないとみなしちゃうよね

今井 一緒にお仕事するのは難しそうだと思ってしまいますよね。

太田 はっきり言って、いまや投稿作はデータで読むことのほうが多いわけだから、もはや紙の原稿はもらわなくても極論、いいんだよ。データで読むことの利点は、紙の節約になるということと、フラットに読めるということ。でも、紙の原稿を見れば、その投稿者が仕事相手としてどうかがパッとわかるんだよね。いままで僕が見たなかでは、きょうごくなつひこさんとまいじょうおうろうさんのプリントアウト原稿がすごかった。舞城さんの原稿は、とにかくビジュアルセンスが抜きん出てたね。タイトルが白地に横書きでパッと入るのもかっこいいし、ポイント数も完璧だった。書体はMSみんちょうを使ってたんだけど、これはハネとかハライが特徴的で、アタックが強い書体なんだよね。それが舞城さんの文体に合ってるんですよ。この人はそこまで計算して書いてるんだなというのがわかる。この二人はさすがに別格としても、最低限の体裁は整えてほしいよね。

平林 このくらいの事務作業をちゃんとやれない人が作家をやっていくのは難しいと思う。作家業って実はすごく地味で、ゲラの作業にしても、事務的な部分がすごく多い。

今井 そういう事務的な部分がまるでだめだったけど、なんとかなった方っていらっしゃるんですか?

太田 (しばし考えて)いないね。誤字脱字くらいはしょうがないから除くとしても、僕のまわりにはいないね、やっぱり。

今井 小説家として長生きされてる方ほど、誤字脱字も本当にないですよね。

太田 ないね! あとは、やっぱりあらすじが上手い。あらすじが下手で小説が上手い人もたまーにいるけど、だいたいやっぱり上手いね。読みたいなって思わせる切り出し方をしてる。そこは編集者も見るところなので、気をつけてほしいですね。

今井 あらすじ下手な人多いですよね。下手だし、力も入れてないなってことがわかる。

太田 プリントアウトとかあらすじとかペンネームは、英語の試験でいうと「アクセント」なのよ。やれば必ず点数に繫がるわけ。配点的には高くないんだけど、一流大学に入るような人はちゃんとやってるんだよね。英語っていうと長文読解やらなきゃって思うかもしれないけど、簡単なところほど勉強をしたかしないかで差がつく。小説にしても同じことで、せっかく何百枚も原稿を書くんだから、お化粧の部分はしっかりやるべきだよね。

今井 少しでも確認する時間がとれないなら、その原稿は次の回に回したほうがいいんですよ。

読み返すことの困難

平林 さて、次は『偶像の黄昏』、石川くん。

石川 謎の勢いがあって、ワクワクして読みはじめはしました。ただ、完成度としては評価できるレベルにないです。タイプとしては、ものっっっすごく頑張ったら『アリス・イン・カレイドスピア』のさいきんさんに近づけるのかもしれない。

岡村 マジで!? 僕、超読みたい!!

石川 カースト制度が残ってる近未来のインド文化圏の独裁国家を舞台に、最下層出身の少年兵が革命軍に入って支配層に立ち向かっていくという話です。展開には雑なところが多くて、相手から水爆を奪って相手の本拠地に落とすとか。タイトルからしてニーチェですけど、読んだことのある小説とか思想書から引っ張ってきました感まるわかりの、知識をひけらかしたいダサさも目につきます。たとえば、「少年が『カラマーゾフの兄弟』のイワンの台詞を引用して言う」とかわざわざ書いちゃうんですよ。こういうのが多くてめちゃくちゃダサい。

平林 ネタ元を言わなくても想定読者がわかるようなギリギリのレベルにしたりとか、わからなくても意味があるようにしたりしないとダメだよね。

岡村 僕が担当させてもらった作家さんでそれが一番上手いのはいしかわひろさんだね。ネタ元についての教養があればあっただけ面白いけど、なくても話として面白い。正直僕も8割くらいしか理解してないんじゃないかと思うんだけど、石川さんはすごく丁寧だから、校閲の指摘に対して「これは◯◯を引用してます」って書いてくれるんだよね。とても勉強になります。

今井 まさに事務作業がすばらしい実例ですよね。

岡村 しかも石川さんは、この時代にわざわざ一度原稿を手書きで書くんだよ。

平林 手書きはいいよ。自分がつまらないと思ってるものを書かないもん。そうそう、定金伸治さんも手書きで初稿を書かれることがあります。

太田 ちょうどあらもとさんが出てきたころ、ワープロになって書き方が変わる変わらないという論争があったんですよ。結局変わらないだろうということに落ち着いたんだけど、僕はやっぱり変わってると思う。小説は長くなった! 書くのに体力を使わなくていいからだよね。そのぶん僕たち読者がたくさん長い小説を楽しめるようになったのは利点だけど、小説家はともすれば不必要にダラダラしたものを書けるようにもなってしまった。

大里 だからこそ、読み直す作業は大切ですよね。先ほど出たような、不完全なものを送ってくることも防げます。

太田 でも、やっぱり読み直すのは難しいよ。そもそも「面白くない小説はない」っていうのが僕の持論で、少なくとも書いた本人にとっては面白いんだよ。それでも、こうやって新人賞に投稿してきてくれる作品があるから、我々はを承知で読み味がいい悪い、商売になるならないなんて判断を下していくわけだけど、面白い面白くないは読み手の側の問題であることも大きいから、本当に怖いことだと思う。

とにかく本を読みましょう

岡村 ところで、僕はさっきからこの人のペンネームが気になって仕方なかったんですよ。

平林 この『炎人-ENGINE-』ってやつね。ペンネームは「シュンスケ・オブ・ナカガワ」(いい声で)。

今井 こっ、これは

石川 本名とはなんの関係もないんですね。

大里 ペンネームだけでここまで気を惹くのも才能だと思うんですが、肝心の小説は全然読めない出来でした。

平林 ペンネームといえば、この人もなかなかすごいよ。『DEGGER 戦場の最前点』。ペンネームは「BLACKGAMER」!!! どういうことなんだろうね。強制的に大量のアカウントでレベル上げをやらされてるのかな。

これは一行ですね。掘り下げがまったくなくて、書いてる本人だけが楽しいタイプの小説でした。

平林 次も林さんだね。『神話-word world-』。

ちょっとここを見てください。平林さんと私あてにメッセージが書いてあるんですよ。

 林さんが座談会で「世界の終わりが見たい」と書いてあったので、林さんの為に、世界を終わらせておきました!

一同 か、かっけぇ

平林さんには、「マジオペの人!マジオペ大好きじゃっ!」。さらに、「私人生でミステリ一冊も読んだこと無くてその方知らなかったけど林氏の為、西にししん一冊読みました」。

今井 一冊かい!

「西尾さんが81年生まれで私が91年生まれなので、もしかしたら私は10年に一人の逸材かもしれん」。

一同 (爆笑)

平林 面白い!

太田 面白い!! 面白いよこの人!!

それでその後に、「戯言だよな」って続くんですよ。

一同 うおおおおお!(笑)

太田 デカい。

この人の作品について言うと、ケータイ小説の読者が西尾さんを読んだらこうなるんだって感じでした。

平林 西尾ショックがあったわけだね。(ペラッとめくって)あ、これはキツいなあ!

石川 こっちはあらすじですけど、『環楽園理論』も強烈でした。ちょっと読みますね

 これはミステリ至上原文ママ最大のパラダイムシフトと苛烈なペダントリーが読む者すべてを陶酔の彼方へと誘う、奇蹟のマスターピース。

一同 お、おう

平林 それで、マスターピースだったの?

石川 この人は三度目の投稿で、前二作はそこそこ推されてたみたいなんですけど、今回に関して言えば「読ませる」って評価はまったくわからないというのが正直なところです。400人の妹が襲ってくる話を書いた人で

一同 あった!!!

石川 今回は、本人いわくクローズド・サークルものです。五人の学生が山奥の別荘に行って豪雪で閉じ込められて、例によって一人ずつ殺されていくんですけど、途中で同一の五人がもう一組いて、ある目的のために片方のグループがもう片方のグループを殺していたことが判明するんですね。で、この一連の出来事はすでに無数に繰り返されていて、語られているのもそのうちの一回だった、と。何がつらいかって、ロジックがとにかくひとりよがりなんです。自分で論理を作って、それに乗っかってミステリを展開させて、それに従って謎を解くだけなので、この人のなかで閉じてるんですよね。論理や謎が特に魅力的なわけでもない。

平林 前もたしか、論理的にたんしていたり、前半と後半で違う話になってたりしたと思う。それで、若いからもっと教養をって言った気がするんだけど、その結果がこれか

太田 この人はどうすればいいのかな。僕としては期待できそうな気もするんだけど。

石川 んー、いいところがないってわけでもないんですよ。たとえば、これまで無数に殺されてきた同一人物たちの死体が、別荘の外で雪にまみれながらうずたかく積まれていたっていうシーンがあって、そこはけっこうゾッとしたんですよね。そういう、スケールの大きいことをやろうとしているのは悪いことではないと思います。

平林 それはちょっと面白いね。ただ、ミステリをやりたいんだったら、読者に対してヒントがきちんと示されていて、それをもとに謎を解く面白さがあるっていう基本的な手つきをまずは学ぶべきだと思う。

石川 今回は「グノーシス」がテーマになっていて、僕も詳しいわけじゃないので入門書を一冊読んでみたんですけど、この話に書いてあることはほとんどそれ以下なんですよ。僕のところには、読んだ本で得た付け焼き刃の知識をそのままぶつけてくるみたいな作品がけっこう来るんですけど、もっと勉強して消化してから書いてほしいですね。それは、この人だけじゃなくていろんな人に言いたい。以前のアドバイスに重ねて言いますけど、幸いまだ二十歳なので、もっと一生懸命本を読みましょうと。

太田 本当にそうだよ! もっと本を読もう!

天才少年、もう一歩

平林 ここからは有望作です。まずは太田さん担当の『早口でごめんな』。

太田 過去の座談会でも言っている通り、この人は本当に才能があるんですよ。ただ、エンターテインメントが書けない。だから僕は一貫していしさんやさかこうろうさんを勉強してくれって言っていて、前回はまったくダメだったんだけど、彼なりにしゃくしたのが今回のこれなんですよ。一度みなさんの意見を聞きたい。

石川 大学生の主人公が、妹がAVに出演していることを知らされ、あげくその妹は何者かにされてしまう。妹はとある新興宗教において性暴力をもってあがめられていて、その模様を撮影したのがくだんのAVだった。知り合った元宗教団員たちと、妹の救出のために駆けずり回った先で、実の母親が教祖だったという真相にたどり着く。あらすじだけ抜き出すとこんな話ですね。

平林 正直悪くないと思うんですけど、エンターテインメントとしては解決されてない問題や解答が保留されてる部分が多い。

太田 ひとつ問題としてあるのは、リアリティレベルが上手く設定しきれてないってことなんだよね。宗教団体の描写が、いくらなんでも薄っぺらすぎる。たしかに宗教団体を描くのは簡単ではないんだけど、もう少し書き込まれていないと、いかにも作り物めいて見えちゃうんだよ。いままで読んだなかで上手いなあと思ったのは、りすがわりすさんの『じょおうこくしろ』。クローズド・サークルもので、女性が支配する教団の国「女王国」の描き方が卓抜してたね。

今井 ようせみ』とか、宗教はそこまで大きく取り上げられるわけじゃないんだけど、全然薄っぺらくはないんですよね。よく調べたんだろうなと思う。

太田 あ、今井さんのひとことでなんとなくわかってきた。地道な取材という、〝才能がない〟人間がやらないといけないことを、この人はできないんですよ。才能があるから。だから、リアリティレベルの設定も上手くいってないわけ。

岡村 取材をしてる・してないは本当に作品に出ますからね。

平林 若いから仕方ないのかもしれないけど、世界が狭い感じがするよね。

石川 僕は、ある種の冗長さが気になりました。なんの話かわかるまでが長かったり、比喩は上手いんですけど多すぎたりとか。むしろ、比喩以外のところのほうが上手いなと思ったんですよね。

今井 そう、それはある! 比喩の連発は疲れるよね。

太田 えっ! 僕はこれぐらいがいい! 前回は比喩がすごく少なくて、もっと自分の持ち味を活かせ! って話をしたから、今回はたくさん入れてくれたと思うんだよ。そこに関しては読み手の好き嫌いだよね。他のみなさんはどうですか?

岡村 んー、前に上げられた作品と比べると、何が長所かよくわからなくなってきてるような気がするんですよね。もちろんレベルは高くて、「ここはすごい」っていうポイントはわかるんですけど、「ここが面白い」とは思えない。

ひとことで言うと、キャラがすごく弱い。出てくるタイミングにも予定調和感があったり、主人公以外のキャラの動きはすごくぎこちない印象を受けました。

岡村 この人のは「キャラ」じゃなくて「登場人物」なんですよ。それ自体は全然悪いことじゃないんだけど、だったら登場人物以外の部分でけんいんりょくをもっと出さないといけないんだよね。

大里 僕が思ったのは、せっかく宗教団体っていうスケールの大きな題材を選んでるのに、いつのまにか家族間のいざこざにすり替わってしまっていたのがもったいなかったってことですね。もっとおぞましく描ける題材だと思います。

太田 うーん、僕はそこは気にならなかった。総括すると、エンターテインメントがまだ書けてないってことだよね。厳しいことを言うようだけど、やすきに流れずにせっかくうちで勝負をし続けてくれてるわけだから、もう一皮二皮むけたあなたの姿が見たい!

鉄道少年、前進

平林 次は、僕が時間があったら読んでおいてほしいって言った『復活鉄道』。おなじみの鉄道好き高校生が17歳になりました。今回テーマになってるのは架空の鉄道会社。この会社は本社が東京にありまして、これがその「東都高速鉄道」の路線図。

一同 (笑)

平林 「東都高速鉄道」は岡山で「宮野川鉄道」っていうローカル線の運営もしているんだけど、赤字路線なので切られて廃線になることが決まってしまった。ただ、一年間の猶予があって、その間に状況を好転させられれば廃線を阻止できるかもしれない。そのために、「宮野川鉄道」沿線の高校に通う鉄道研究部のメンバーが頑張る、という話。おおまかな話の流れとか設定はいいと思うんですけど、詰め方がガバガバで、あっちこっちで無理がありすぎる。たとえば、鉄道研究部のメンバーひとりが「宮野川鉄道」で事故に遭って、生きてるんだけどある友人に対してだけは死んだことにされてるとか葬式はどうしたんだよ!

石川 苦労してたはずの署名がいきなり大量に集まったりしますよね。

平林 他にも、一介の高校生が大企業の社長と気安く接しすぎだとかいろんな問題があって、それは高校生が知らないものを知らないまま書いてるからだと思う。高校生だから、知らないことが多いのはしょうがない。でもだったら、鉄道に乗りに行くのと同じように、書きたいことを取材してほしい。その上で真面目に書いたら、これはもうちょっと面白くなったと思う。

逆に、よかったのはどのあたりなんですか?

平林 冒頭シーンは本当によかった。「演奏会が始まろうとしている」っていう書き出しからスタートするんだけど、鉄道オタクでも主人公は音が好きな「おとてつ」で、「演奏会」は実は自分が通学に使っているローカル線の音だってことがわかるんだよね。物語の出だしは、今回読んだなかでも一番かもしれない。ただ、摑みはいいのに、「音鉄」っていう設定はあまり活かされないまま終わってしまう。ネタもいいんだけど、全体として評価するには、まだ完成度という面でしんどい。鉄道っていうこの人が大好きでたまらないものを読者に伝えるには、やっぱり脇を固める部分も同じくらい調べて書かないといけないよね。あと、ハーレム要素は入れなくていい。

ヒーローがブラック企業に!?

今井 『ウルティママン・ビギンズ 戦慄のブラックカンパニー』も、時間があればっていうものですね。簡単に説明すると、各惑星に怪獣が現れる世界で、星をまたいで怪獣退治を請け負う企業があって、『ウルトラQ』的なヒーローがそこに所属してるんです。主人公もその一人なんだけど、その企業は超絶ブラックだった。っていうから始まるくせに、社員がみんな超エリートなんですよ。ここにすでに矛盾があって、優秀な人材は金があるところ、待遇がいいところに集まるはず。

岡村 エリートを出したかったら、外資系企業みたいな設定にすればいいのに。あの人たち、待遇はめちゃくちゃいいけど狂ってるくらい働いてるから。

今井 たしかにそうですね。でも、このブラックカンパニーは給料安いんですよ。

石川 僕は最初コメディかと思ったんですよね。タイトルもそうだし、冒頭で「またサービス残業かよぉぉぉ!!」ってセリフがあったりして。

今井 そうそう(笑)。主人公がブラックカンパニーに入社したのは、もともとその会社のエースだったお姉ちゃんが命を落としたという連絡を受けて、でも遺体も引き取らせてもらえなかった。その謎を解明したかったから。彼らは、「ペルソナ」という戦闘用の人格を展開することで戦うんですが

平林 すごく『ペルソナ』だね。

岡村 実際どの程度似てるのかはわからないけど、せめて名前くらいは変えられるよね。

今井 最終的には、現エースのペルソナがお姉ちゃんで、お姉ちゃんが死んでなお戦っているのは会社の陰謀によるものだった。だから、これからはその陰謀と戦っていくんだ、ってところで終わるんですね。話の流れはきれいにまとまってるんですけど、タイトルに「戦慄のブラックカンパニー」とまで入れているのに、ブラック企業設定が何も活きていないのはいかがなものかと。キャッチーなテーマ設定はできているので、多すぎる要素を削ぎ落としていくとよくなるんじゃないかと思います。今回で言えば、ブラック企業ネタに徹してコメディタッチにするとか。その上で、この人にはまた応募してきていただきたいです。ペンネームもいいんですよ。

残念な失速

石川 『少し早いですが』。日常の謎系野球ミステリです。前回、野球ばく小説で惜しいところまで行った人の新作なんですが

一同 うーーーん

太田 前回はデビューさせてもいいんじゃないかって思えただけに、残念だよね。

石川 成功できなかったプロ野球選手を父にもつ大学生の主人公と、野球マニアのボクっ娘が、野球がらみの謎を解いていく話なんですが、日常ミステリとして大したことがないんですよね。

平林 そうなんだよ。一話目を読んだ時点で、この後もう読まなくてもいいかなって思っちゃう感じの小ささだったよね。

太田 前回はよかったんだよ。作中で何が問題になっているのかがすぐわかったし、野球賭博の内情が詳細に描かれていて、しっかり調べている感じがあったわけ。今回は、問題がなんなのかまずわからないし、「人を捜す」っていう目的が明らかになっても、捜さないとどうなるってことが一切わからないんだよね。

平林 そのせいで、人を捜すことへの切迫感も生まれない。

話はずれるかもしれないんですが、一話目で、プレーの特徴から選手を捜す話があったじゃないですか。私は野球詳しくないんですけど、野球ファンだと面白かったりするんですか?

今井 別に。どっちにしろ、野球好きにしかわからないネタを大事なところに入れちゃダメですよ。

岡村 もしくは、わかるようにちゃんと説明を入れるかだよね。これは座談会を見てから送ってきたの?

大里 たぶん、見た上でだと思います。女の子の造形を工夫しようとした感じはあるんですが、やっぱり女性を描くのは下手ですね

でも、前作より女性キャラはずいぶん魅力的に書かれていたと思いますよ。

今井 野球ミステリを続けて書きたいなら、『ストライク・スリーで殺される』という金字塔をぜひ読んでみてください。

未体験ゾーンのB級を目指せ!

石川 次も僕が上げたもので、『マトリクスドリーム』。ゆうたいだつひょうができる超能力捜査官の男性が、殺人鬼と目される女性に憑依したまま戻れなくなり、その間に元の肉体は死んでしまう。さてどうする? という、B級ハリウッド映画のような話です。

私これ好きでした。ただ、ダサい! 90年代の映画字幕見てるみたいな文体ですよね。わざとやっているとは思うんですけど。

今井 たしかにセリフがいちいちヤバいですね

石川 良くも悪くも文体とリズムはできあがってるんですよね。この人、前回林さんが読んだヴァンパイア×ウェスタンの人なんですよ。

あれかーーーー! 私、やっぱりちょっとこの人好きっ!!!(笑) 

岡村 僕さ、「リンダ」って名前のキャラが出てきた時点でちょっと萎えたんだよね

平林 これはさ、林さん的にはよくできてるの? もはや僕には判断基準がよくわからないんだけど、この人、酒のことはよく知らないよね。「バカルディをロックで」とか言ってるけど、最も一般的なバカルディ・スペリオールはカクテル向き商品です。

うーん、作品全体を通してそんなにかっこよくないのがウリだと思うんです。たとえばヘリコプターから敵に狙撃されるシーン、実際こんな芸当は不可能じゃないですか。ただこの人のちょっとダサくてくさい文体だと、こういうこうとうけいなことが起きても違和感がない。文体を普通にすると、物語のあらが逆に目立ってしまうと思います。このダサさがリアリティレベルと合致してるから、作品としては成立してる! でも、せめて『X−ファイル』程度のリアリティレベルにはしてほしい!

太田 やっぱり、大前提として英米圏を舞台にした話を日本人が書くのは難しいよ。その小説が日本で受けるのはもっと難しい。だからたとえば『ブラック・レイン』みたいに、日本でこういう奴らが活躍する話ならアリかもしれない。

平林 僕は、中途半端なことをやるよりは、もっと過激な方向に振ったほうがいいんじゃないかと思うんだよね。

岡村 林さん的には、このB級感は失われちゃいけないわけでしょ?

そうですね。ガラッと作風を変えることもできないと思うので、この人はもう、未体験ゾーンのB級を作るしかない!

愛すべき悪人たち

平林 残り二作、今回はここからが本命ですね。林さんが上げた『わるいひとたち。』からいこうか。

登場人物は全員薬中だし、クズばっかり。やることなすこと悪いほう悪いほうへ転がって、最後は血まみれになってしまうような物語ですけど、私はどうしようもなく連中を好きになっちゃったんですよね。理解できないような人種の人間たちだけど、読んでたら彼らの気持ちにシンクロする瞬間があったんです。個人的にはこの作品を新人賞に推したいです。ただ一方で、推しきれない理由があってですね。実はこの方、ほぼ同名の作品で「講談社BOX新人賞〝りゅうすい大賞〟」の「あしたの賞」を受賞しているんです。

平林 でもそれ、2009年のことでしょう? 編集者が細かく指摘をして改稿したわけでもないだろうし、原形を留めてない可能性だってあるよ。

岡村 改稿作品かどうかは措いておいて、単純に林さんはこれをどうしようと思って上げたの?

受賞できるだけのレベルにあると思ったので、みなさんの意見をお聞きしたかったんです。作中作を読んでいる人物が、作中作の語り手だと思わせておいて実は別人だったとか、技巧的なところもいいと思ってます。

平林 僕は、そこはバレバレというか、「そうだろうな、だけど無理があるな」と思いながら読んでたよ。トリックのためのトリックになってる。むしろ、「そこで一度目を上げて、作中作を再び読みはじめた」みたいな入れ子構造はなくていい。

石川 ただでさえ長いし、作中作だけで十分魅力的な話が書けていると思うので、終わらせ方も含めてもうちょっと削ぎ落としたほうがいいのでは、とは思いましたね。あと、重箱の隅をつつくようですけど、エピグラフにジョン・レノンの言葉をもってくるなら、「ジョン・レノンbot」からじゃなくてきちんと原典にあたってほしい

平林 入れ子構造が余計なことと、後半、ひんの奴らがやたらとしゃべるっていう難点を除けば、受賞に値する完成度だと思う。

たしかに瀕死のキャラが1時間くらい話し続けてるんですよね(笑)。演説中の「まだこんなにページ残ってる」っていう絶望感はすごかった

石川 主人公とミクっていうブサイク設定の女の子がセックスしそうになるシーンがあるじゃないですか。あそこの会話がすごくエロいんですよね。ブサイク設定だとされているからこそ、「飲まれる」感じが生々しく伝わってきてよかった(真顔)。

平林 最初に林さんも言ってたけど、キャラはみんなすごくよくできてるよね。

コイツらとはまた会いたいなって思えるんですよね。まあ、ほとんど死んじゃったけど!

平林 そう。このあと話す作品もそうだけど、物語の展開的にシリーズ化できないっていうのは問題点だよね。

太田さんはどうでした?

太田 僕、ブランキーが大好きで、レアな『わるいひとたち』の最初の盤も持ってるくらいなんだけど、ちょっとピンとこなかった。まず、何をする話なのかがよくわからない。とても純文学チックで、むらかみはるむらかみりゅうを足したような話なんだよね。そしてたぶん、こういう作品を拾い上げる器のひとつとしてかつての講談社BOXというかおおかつがいたんだとは思う。そういう意味では、僕が抜けた後の講談社BOXに原稿を送ってきたのは運がなかったね。だから、遅れて届いたラブレターのような作品を受け取りたい気持ちはある。こういう純文学とエンターテインメントの混交のような作品も、ずっと読みたいと思ってきた。そういうことを考えた上で、でも、これはやっぱり古い気がするんですよ。〝いま〟の話じゃない。だから、この人には〝いま〟の話で勝負してほしい。

苦痛のバカップル描写しかし!

平林 最後は『ノーウェアマン』。北海道で塾講師をしている主人公が、ある日を境に周囲の人間から存在を忘れられていってしまう。そのせいで恋人や家族や友人を失い、職も趣味も失くし、絶望の淵に立たされながらも、いちの望みを摑もうともがいていく。一方そのころ、堂々と犯行がおこなわれているにもかかわらず、犯人の足取りが一向に摑めない連続殺人事件が全国的に発生していてという内容。みなさん、どうですか? 正直、僕は受賞でいいんじゃないかと思う。内容的に完結しているので、シリーズ化はできないけどね。ただし、序盤のバカップル描写はない。ちょっと読んでみようか?

 ガバッ

「キャ~~ッッ!」

 翼は何かを思い出したようなセリフを言うと同時に、熊切紫穂を突然抱きしめた。

 そして抱きしめられた側の紫穂は嬉しそうな悲鳴を上げた。

「まだ『ただいまのチュー』してないしょ? 今日はどれがイイ? でこチュー? ほっぺにチュー? フレンチ? それともぉディープ?」

「んんー全部っ!」

「かしこまりました、お嬢様~」

一同 これはつらい

今井 ここでかなりの読者が断念しそうですよね。

平林 実はこれも「メフィスト賞」を選外になった作品なんだけど、バカップルのシーンを読んで早々に切ったんじゃないかと思うんだよね。そして、切る気持ちは非常によくわかる。僕も投げ捨てようとしたんだけど、いちおうもう少し先までめくってみようと思ったんだよね。そうしたら、一気に読んでしまった。

石川 主人公に居場所がなくなっていく感じが本当に切実に思われて、僕はこれすごく好きでした。

非現実的な現象が作品のキーになってるんですけど、情報開示の仕方が上手で、「実際にありえるかも」って思わされたんですよね。北海道弁もよかった。

平林 この作品は地理的なことがかなり考えられているよね。

太田 単純に、とても面白かった。二転三転していく展開も飽きさせなくていい。僕はやっぱりハッピーエンドが好きだから、ラストはもう少しなんとかならないかって気がしたけどね。

でも、枚数はもうちょっと減らしてほしいな

太田 それはね冗長だからだよ。特に序盤!

一同 (激しくうなずく)

太田 いやー、僕も本当にびっくりしちゃってさー。冒頭にビートルズからの引用があるじゃん? その手つきとセンスがあんなにもいいのに、期待して読み進めたらあのバカップルだよ? 緑萌さんが上げた作品じゃなかったら、申し訳ないけど最後まで読んでなかったと思う。

岡村 全員一致で序盤がダメなのに、作品としては今日もっとも評価が高いっていうのもすごい話だよね。

大里 後半があれだけ面白いんだから、最初からこれを読ませてほしかったですね。

平林 物語上、やっぱり「退屈な日常」は書かないといけないんだよ。そのあたりは『ひぐらし』と一緒で、パートとして絶対に必要なんだけど、長い上にムカつく! みんな、あんなバカップルになるの? いや、誰かがなるって言うんなら否定はしないけどさ

ついに受賞者決定!

平林 で、どうしましょうか。僕は、同時受賞でいいんじゃないかと思う。まあ、自分が10代だったら『わるいひとたち。』のほうが好きだったかな。

石川 僕も同じくらいの評価なんですけど、好きなのは『ノーウェアマン』。

今井 僕も断然『ノーウェアマン』が好きですね。

大里 『わるいひとたち。』派です。

平林 岡村くんはどっちも好きじゃないでしょ?

岡村 うん。でも、いいポイントがはっきりしてるのは強みだよね。悪いところは直せばいいだけなので。

太田 今回、僕は自分の評価が意外で、本来なら『わるいひとたち。』のほうが好きで『ノーウェアマン』は嫌いな小説の部類に入るはずなのに、評価は『ノーウェアマン』のほうが高い。ドライブ感も『ノーウェアマン』のほうがある。だから、今回受賞させるならこの人だと思ってるんだよね。それで、この人の売り出し方と課題を考えたときに思ったのは、ひょっとしたらゆうすけさんになれるかもしれないってこと。シリーズ化できないのはたしかにマイナスポイントでもあるんだけど、貴志さんにもシリーズはひとつしかないじゃん。でも、だからこそ次々に独創的なものを書いてヒットさせられる。そういうことがこの人にできるかどうかなんだよね。今回の一発で終わるようじゃ困る。それから、貴志作品には強烈なセックス&バイオレンスがあって下世話なんだよ。これ、もちろん褒め言葉ですよ! 下世話さはベストセラー作家になる大事な要素です。

平林 年一本は新シリーズを立ち上げないといけない時代なので、基本的にはみんなそれができないといけないんですけどね。でも、処女作の輝きって感じもするんだよなあ

太田 この人は、これしか書けない可能性と二作目で大きく伸びる可能性が同時にあるんだよね。緑萌さんはどっちを推してるんだっけ?

平林 僕は同時受賞派ですよ。ただし、どちらも改稿が前提。

太田 う〜んだったら、やっぱり二人とももう一作書かないとダメなんだよ。『ノーウェアマン』は、一作きりのきらめきかもしれないから、新しいものを書くことが必要。『わるいひとたち。』はデビューに失敗した人が何年も前の作品を改稿して挑戦してきたわけで、ろうそくの最後の煌めきかもしれないから、新しいものを書くことが必要。

平林 ただ、いまここにある原稿で判断するのが新人賞だという気もするんですよね。

太田 毎回必ず賞を出すってレギュレーションだったらたしかにそうだね。けれど、我々はそうじゃないわけだから。

平林 でも、ここまで完成度が高くて、問題点も明確なわけだから、やっぱり出したほうがいいと思います。直しながら二作目を書いてもらって、間を置かずに出すのが理想。

太田 う〜んわかった! 緑萌さんの熱意に背中を押されました! 『ノーウェアマン』には賞を出します! 『わるいひとたち。』の人は、それでもやっぱりもう一作様子を見ることにします。林さん頼んだ!

はい! 頑張ります!

岡村 賞金の最高額は235万円オーバーですか。羨ましいので誰かに続いて受賞してもらって、総取りは阻止してほしいですね。

今井 あと二回、チャンスがあるわけですからね。

大里 ということで、次回の募集要項はこちらです!

太田 いやー、二年以上の時を経て、満を持しての受賞者決定なわけだけど、達成感があるね! 最終的には、ふさわしい作品に賞を出すことができたと思います。リーチがかかってる人も多いはずなので、この勢いを加速させるの挑戦を待ってるぜ!!

一行コメント

『隣人パズルロンド』

やりたいことは理解できますが、構成がうまく嚙み合っていない印象を受けました。作品のコンセプトを一言で説明できるくらい、シンプルにしてみては。(林)

『Tomorrow’s order』

設定もキャラもどこかでみたことのあるものばかりでつらかったです。(今井)

『キスのひとつで-Kiss Knows He Tore off His Dear-』

話もキャラクターも地味すぎて、エンターテインメントとして不成立です。(石川)

『エーシルギア-AESIR:GEAR-』

設定が非常に煩雑で読みづらい。文章も硬いです。(平林)

『隣国のレン』

主体のわからない思考や感情が混ざる文体が、非常に読みづらかったです。(大里)

『ジゴサンッ!』

ノリが軽すぎて、読んでいてしんどかったです。(平林)

『人間前夜』

広げた風呂敷が大きい一方、それを納得させるだけのハッタリが欠けていて、結果的に飛躍の激しい雑な出来になってしまっています。コンパクトなのはいいことなので、物語をもっと研ぎ澄ませてください。(石川)

『ユニエの森の物語』

文体も読みやすいし、話もよくまとまっているのですが、作品全体としてグッと引き込まれたりする展開や突き抜けたキャラクターの魅力など、「濃さ」が足りないと思いました。(岡村)

『Master Glagueis(マスター・グレイガス)』

何を書きたいかは伝わってくるのですが、その気持ちが先行しすぎていて、全体的に荒く、甘いです。内容にツッコミどころがないかどうか、もっと自分で作品を厳しく見る必要があると思いました。(岡村)

『機械仕掛けの聖骸』

機械に関する専門的用語と固有名詞が多用されていて、読みすすめるのが辛かったです。話の本筋とは関係のないところで読者に負担を強いるのでついてこられる人は限られると思います。(大里)

『アーヘルゼッへ』

しっかり出来ているとは思うのですが、はっきり言うと派手さ、エンタメ性が物足りなかったです。丁寧で堅実な世界観が描けていて完成度は高いので、うちではなく他の新人賞なら合うところがあるのではないかと思いました。(岡村)

『イリアス 四重人格の少女

登場するキャラクターが多く、彼ら彼女らの魅力を掘り下げられていないですし、不必要な展開も多い。読み手を退屈させないことを意識して書いているとは思えませんでした。(岡村)

『灰と咎のアルフレッド』

キャラクター、設定、展開のどこにも目新しさが無かったです。(岡村)

『エマヤヤト emayAyato』

中盤からどう展開するか楽しみに読んだんですが、話がしぼむような結末で物足りなかったです。ピークを終盤に持ってくることを意識してみてはいかがでしょうか。(大里)

『星色恋歌』

物語の要となるはずの展開にまったくついていけませんでした。語り口やセリフもこなれていない印象です。(石川)

『DEGGER 戦場の最前点』

子育てものとしても物足りないのは、土台となる設定やキャラの魅力が薄いからではないでしょうか。(林)

『京都桜井屋敷のメイドさん』

どの部分を読ませたいのか今ひとつ分かりませんでした。また、史料ももっと読んだほうがいいと思います。(平林)

『現実と虚構の臨界点』

キャラクターに感情移入ができませんでした。また、読んでいて気持ちの良い内容でもありませんでした。(今井)

『時雨れる舞踊譜』

長く、退屈で、最後まで読めませんでした(今井)

『遊色レモネード』

がちがちっと物語が繫がる構成は見事ですが、話のスケールが小さく「ウリ」が欠けていると思いました。(林)

『ナイツ・クラウン 奔放騎士と翠髪の乙女』

筆力はあるかただと思いますが、王道の設定で戦うのであればもう一工夫が必要だと感じました。(大里)

『ワークワークファンタジア』

新味がないです。文章も硬くて読みづらいです。(平林)

『スタジオミヤコのありふれた事件簿』

「意図的に殺人を犯して国民感情を操る」というアイデアには興味をひかれましたが、設定に穴が多く、ツッコミながら読まざるを得ませんでした。(今井)

『断界魔装のパラダイム・シフター』

ライトノベルとしての完成度は高いと感じましたが、うちのレーベルカラーには合わないと思います。(大里)

『月と夢幻のオブスクーラ』

雰囲気のある文体は好きでしたが、一昔前のSFをなぞっているようで新しさを感じませんでした。(大里)

『炎人-ENGINE-』

説明が過剰です。展開も盛り上がりにかけるので、最後まで面白く読ませるための工夫が必要です。(大里)

『遙か上空のスフィティア』

「精神波」という設定はルールも明確で面白かったです。途中でだれてしまっているので、視点の移動を減らして、もっと少ないページ数でスピード感が出せるといいと思います。(大里)

『境界のフラウ・フラウ』

設定はもっと掘り下げれば面白くなると思うし、キャラも立っていると思いますが、きちんと一つの物語にまとめられていない印象。惜しい。(岡村)

『加筆修正』

「ギアチェンジが遅い」という感想を持ちました。SF要素を入れるなら、もっと早くから予兆を入れるべきだと思います。(今井)

『ヒカルの光』

「VRとBMI、再生医療技術が社会インフラとして確立された2060年代」の姿がまったく見えてきません。同一人物オチは相当頑張らないと苦しいです。(石川)

『でぃくしょなりー・文子さん』

キャラクターもストーリーも類型的です。最後の展開と説明にも無理があり、ご都合主義な印象を受けました。(大里)

『それはまるで、雨のように』

あらすじ・本編とも明快で読みやすい内容でしたが、ストーリーに魅力を感じられませんでした。プロットの練り込みが必要だと思います。(今井)

『真夏のノイズが雪に沈む』

物語の要所要所を構成する理屈があまりにも杜撰です。(石川)

『地球の密室』

書いてあることはわかるのですが、何がこの作品の魅力なのか、どういうところを読んでほしいのかがよくわかりません。作品を最後まで書くことだけで精一杯という印象で、その先の読み手のことは考えられていないと感じました。(岡村)

『衛星軌道上のマリア』

丁寧に書かれていると感じましたが、話が地味で強く惹かれるものはありませんでした。(大里)

『一九七四』

出だし、意味の通らない文章や誤字脱字の多さ、長さと読んでいて苦痛な要素ばかりでした。この話をやるためにこの舞台設定は必要だったのでしょうか。(石川)

『蒼刃の鬼-Wing Shooter-』

特に冒頭が類型的で長いので、映画脚本術の三幕構成など参考にしてみてください。(林)

『さよならダークネス』

設定のチュートリアルがうまくないです。読者に伝えるべき設定は何か、自分で整理してみましょう。(林)

『ジンジさん』

現実離れした設定に対して、物語は語るべきところのないほど平凡なので、ちぐはぐ。文章も一見整っているようで、主述関係やことばの用法がおかしかったり文意のとれなかったりする箇所多数です。(石川)

『打倒、主人公補正!』

設定や展開があまりにも整理されていません。ラストも尻すぼみな上に取ってつけたようです。タイトルも中身と合っていないのでは。(石川)