2014年冬 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会
2014年1月15日@星海社会議室
受賞者現れず…… しかし投稿作品に新しい変化あり!
太田 いやー、45分も遅刻しちゃってすみませんね! 2014年もバリバリいくぜーーーーーーー!!! さて、今回の星海社FICTIONS新人賞の編集者座談会を始める前に、少しだけ僕にお時間をください。
すでにご存じの方もいらっしゃるかと存じますが、星海社FICTIONS新人賞受賞者の新人・中村あきさんによるデビュー作、『ロジック・ロック・フェスティバル 〜Logic Lock Festival〜 探偵殺しのパラドックス』に対して、一部からいわれのない盗作疑惑がかけられました。この疑惑はまったくの事実無根であり、現在に至るまで、星海社には著作権保有者からの異議申し立ては一切いただいておりません。また、弊社の社長がとある著作権保有者ならびにその代理人と「面談」をしたとの情報が一部にあったと伺っておりますが、これらについてもまったくの事実無根の捏造であり、弊社の社長は今回の一件については誰一人とも面談した事実はなく、当惑を禁じ得ません。
山中 しかしたいへんでしたね。
太田 これは当然のことですが、たとえネット上の発言を抹消、撤回したからといって、言論人として許されないことはあるだろうと個人的には思っています。また、本当にありがたいことですが、今回の一件では前途ある新人である中村あきさんを激励するために何人もの先輩作家さんや評論家さんからお電話やメールをいただきました。ご厚情に深く感謝いたしております。中村あきさんはよりスケールをアップした新作ミステリを執筆中ですので、読者の皆様のさらなる応援をお願い申し上げる次第です。
また、これも個人的な感想ですが、今回の一件ではインターネットの自浄作用も実感しました。一部まとめサイトによる無責任な情報発信に対しては、最終的には常識のある理性的なご判断を大多数の方にしていただいたと思います。ありがとうございます。
弊社は引き続き、この件につきましてはコンプライアンスに則って誠実に対応させていただきます。ただし、興味本位での問い合わせについては残念ながら対応できかねますので、ご遠慮ください。今回、著者の中村あきさんと編集部の名誉は守られましたが、これ以上、前途ある新人に対していわれのない攻撃が続くようでしたら、しかるべき対応をさせていただきます。この件につきましては以上です。
さて、座談会に入りましょう。今回の募集原稿はちょっとばかり低調だったって噂を聞いてるんですよねー。実際、岡村さんと林さんからは「ぜひ推したい!」って作品が上がってこなかったわけだし。けどね、今回特筆すべきことが一つあって、それはミステリーものが急増したっていうこと。そしてそのミステリーものに関しては総じてレベルが高い感じ。
今井 あ、確かにそうだ。
太田 これはやはり前回、中村あきという才能と、『ロジック・ロック・フェスティバル』を世に問うたからだと思いますよ。星海社はミステリーを評価してくれるところなんだって、投稿者の方々が思ってくれたんじゃないですかね。
山中 そうですね。ここまでちゃんとしたミステリーが多数応募されること自体、実は今までなかったことですし。
太田 そうそう、先に言っちゃうと、今回の応募作の白眉は国内屈指の進学校に通う15歳が送ってくれたミステリーテイストの作品で、個人的にすごい才能の煌めきを感じたね。他にも20代の若い子たちが続々とミステリーを書いてくれて。本当に嬉しいです。僕という編集者はご存じのようにミステリーが大好きだし、今回の一件で作家を守るために戦う姿勢を見せたことで、投稿者の方々が星海社を信頼してくれたんだったら不幸中の幸いだね。ここから何か新しい流れが生まれたらいいなあ。
低調な滑りだし
太田 さーて、そうはいっても今回の座談会は僕の遅刻のせいで予定よりも押しまくっているわけだから、急がなきゃ! でも今回はいいものは揃ってる一方、一行コメントどまりの作品が多そうですねー。案外早く終わっちゃうかもね。
平林 いやいや、毎回「サクってとやりましょう!」って始めて、いっつも「時間が足りないから来週もう1回やるぞーー!!」って延長戦に突入してるじゃないですか!
一同 (笑)
太田 いやいや、それだけ毎回、我々編集者が熱気を帯びて真剣にやってるということですよ。うちは下読みゼロ、第一次選考が最終選考の新人賞だからね。じゃあ行きますよーーーーー!! じゃあトップバッターは山中さん、『少年と女神の黄金戦争』!!
山中 一行です。
太田 平林さん、『君だけの自爆スイッチ』!!
平林 はい、一行!
太田 次、『ハロー・グッドバイ』。今井さん。
今井 一行ですねー。
太田 林さん、『おかしたべたい サト カズエという女』。何これ。
林 一行です!
太田 寂しいですねえ。次は岡村さん、『黒魔法少女』。
岡村 一行です……。
太田 うーん、いかにもこれは一行なタイトルだよねえ。
山中 魔女とか魔法少女もの、多いですよね。
太田 いや、うちはまだ全然少ない方だと思いますよ。ライトノベルらしいライトノベルの新人賞に今送られてくる原稿はたいてい、魔法少女ものか、『ソードアート・オンライン』みたいな異世界もののどっちからしいね。さあ、気を取り直して次々いこう!
(太田の期待に反し、暫く一行ラッシュが続きまくる)
太田 おいおいおいおい!! なーーーーーんにもコメントすべき作品がないまま2割が終わっちゃったぞ! 本当にあっという間に終わってしまうんじゃないの!? こんな展開、神が許しても俺が許さん!! 次、『羅線上のパンドラ』岡村さん。
岡村 これはね……全然ダメなんですけど語るべきところがあって……。
太田 16番目にしてやっときたよ! (笑顔で)どうぞどうぞ。存分に語ってください!
岡村 まずこの人ね、職業が「無職(個人投資家)」なんですよね。
太田 いいねえ! 僕が思うに無職はきわめて小説家向きの職業だね。
岡村 僕は至道流星さんの『大日本サムライガール』を担当しているので、個人投資家というところに少し期待して読み始めました。最初は悪くないんです。「将来の夢を書いて教室に飾ろう」という学校行事で、周りの子供は宇宙飛行士やらサッカー選手って書いている中、この主人公は「大金持ちになりたい」と書く。この入りは「おっ」と思ったんですよね。
太田 つかみはいいね。
岡村 ただ問題なのが、株取引やデイトレードについては活き活きと描写されているのですが、その知識だけでビジネス小説を書こうとしているんです。株取引のところは「あ、なるほどな」って思わせるくらいの説得力があるけど、他のビジネスに関する文章は全く厚みがない。
太田 なるほど。自分が手を出して理解できているであろう株式の描写だけで満足しちゃっているのね。それはよくないね。
岡村 本当にその職業に就いていないとそのビジネスについて書いちゃいけないわけではないですけど、しっかりとした取材なり調べることは必要です。中にはまったく取材しなくても想像だけで書けてしまう作家さんもいますけど、そんな人はごく一握りだと思いますので。あとこの人は実用書よりもっと小説を読んだほうがいい。
太田 うん? どういうことですかそれは?
岡村 ラブコメ描写がひどすぎて……なんかもう、甘ったるいチョコレートを百個ぐらい食べた様な読後感でした。加えて、無意味な情景描写が多すぎる。
今井 あるわ〜、情景描写がくどいのは新人賞あるあるですよね。
岡村 とくに典型的だったのが、敵の会社で粉飾資料を入手するシーンなんですけど、特に盛り上がりもなく簡単に入手しちゃうんです。しかもそれが10ページくらいにわたって書かれている。「……何でこれ書いたんだろう?」と読んでいて思っちゃうんですよね。そのシーンに起伏が必要ないなら事実を3行で書いて済ませればいいことですし、逆に10ページ使うんだったら使うなりの事件やイベントがほしいんです。
太田 細かく描写したい気持ちは分かるけど、描写が長いとどうしてもテンポが悪くなるからなあ。
岡村 そうなんです。たとえば、テレビドラマ『半沢直樹』の6話にも、不祥事の証拠となる重要書類を、半沢が支店銀行の金庫に侵入して奪取しようとするシーンがありましたが、すぐに半沢と敵対する貝瀬支店長がやってきて「やばい、見つかる!」って視聴者をハラハラさせるんですよ。あれって展開は超ベタですけど、ちゃんとドキドキさせるような演出ができているわけですよね。でもこの作品にはそれがない。
太田 残念です。
岡村 ただ、もったいないなぁ、とは思える作品でしたよ。
書いてる楽しさは十二分に伝わりました
太田 うーん、次に控える作品はタイトルがキていますね。『竹取クロニクル―陰陽師晴明VS海狼純友―』!!
山中 すごいタイトルだなぁ。
林 携帯アプリっぽ〜い。
今井 今流行の『チェインクロニクル』と『かぐや姫の物語』を取り入れたんじゃないですか?
平林 いや、そんなことはない(笑)。毎回恒例の「歴史ネタ」ってことで、僕のところに振られてたんだけど……。こんなタイトルですけど、今回たぶん一番、読ませる一作なんだよ。
今井 マジで!?
平林 原稿も読みやすいように文字組を考えてくれているんです。
山中 あ、ホントだ。版面がちゃんとしてる。
太田 この組み方はいいね。余白が適度にあってね。美しい。こういう気遣いは大事だよ!
平林 読みやすいし、文章もちゃんとしているんだけど、やっぱり趣味的なんですよ。自分が、こういうネタが好き、こういう時代が好き、こういう人物が好きっていうのは、小説を書くにあたっての最初のとっかかりになるだろうから構わないんだけど、そんなふうに自分がおもしろいと感じている魅力を、読んだ人に味わってもらうためにはどうしたらいいのか、みたいな試行錯誤が足りないかなあ。あとは長い。
太田 平板ってことか。これも平林さん、『われら白薔薇十字団、総統閣下がお呼びですっ☆』。こっちもタイトルがすごいねー。
平林 これは、ペンネームも最高なんですよ…………「マリア・C・長谷川」。
岡村 『少女革命ウテナ』とか好きな人なのかな? 僕も好きですけど。
平林 1938年のドイツ第三帝国が舞台。ヒトラーユーゲントの女子部門であるドイツ少女団ってのがあって、そこに所属する特別な力を持った少女たちが、ユダヤ人排斥運動をやるっていう話です。
山中 このタイトルでそんなハードなの!?
太田 いいねえー。
平林 まさにそれ。原稿がすごい分量でですね、400字詰めで800枚ぐらいあったかなあ。
山中 長ぇ。
平林 すっごく少女趣味な文章が延々と続くの。「ごきげんよう、ベルリン! お久し振り」とかね。
岡村 ベルリンって、首都の?
平林 そう。主人公がベルリンにやってくるシーン。
今井 せめて「グーテンターク」と言ってほしい……。
平林 本当にね、趣味の世界が延々綴られてる……みたいなね。
山中 本人だけは楽しんでる、みたいな。
平林 これはきっと書いてて楽しかっただろうなあ。しかし長い。趣味が過ぎるのが冗長さをもたらしているのではないかと思います。てことで、マリアさんさようなら、ごきげんよう!
天才は凡人を!?
太田 『天才は凡人を殺していい』。いいタイトルですね。
山中 これ、ちょっとしゃべりますよ? 部活ものなんですが、舞台となる部活は「殺人部」です。
一同 おお。
今井 ちょっとおもしろいじゃないですか。
太田 おもしろいじゃないですか。
山中 でしょ?
太田 あれ、なんかあったよね。深見真さんの本で、そういう設定のやつが。
岡村 『僕の学校の暗殺部』ですね。
山中 この作品の場合は、『天才は凡人を殺していい』っていうタイトルそのまんまで、「天才」っていうものが社会に認められている存在なんですよ。この「天才」たちは超特権的な存在で、「天才」として認定されていないその他大勢の「凡人」を殺してもいいという設定です。この世界の中のミステリー好きが集まって、実際に殺人を起こして、その殺人の謎をお互いに解決する探偵ゲームをやりましょうっていうお話です。この探偵ゲームって、作品の中でも触れられていますけど、歌野晶午さんの『密室殺人ゲーム王手飛車取り』っていう作品があって、まんまそれなんですね。
太田 なるほど! あの名作の本歌取りなのね。
山中 好き過ぎて、作品の中でメタ的にとりあげて、同じことを部活動としてやりはじめるんですよ。しかし、近未来のSF的な設定を使うことでオリジナリティを出そうとしているんだけど、「天才は凡人を殺していい」という世界観をつくるまでしか至っていないんですよね。
太田 いや、その世界観がおもしろいところだと思うけどね。
山中 ええ、そこは一定のオリジナリティがあると思うんですけど、物語の筋立てがあまりにも『密室殺人ゲーム』をなぞりすぎていて。実は『密室殺人ゲーム』を読んだことがなかったので、この作品を読むに当たって手に取ってみたんですよ。
太田 あ、ホントに? おもしろかったでしょ? まあ歌野さんの作品はどれを読んでも最高におもしろいんだけど。
山中 僕好みというひいき目を除いても『密室殺人ゲーム』は猛烈におもしろかった。そこでこの応募作品について思ったことは、この人なりのオリジナリティは、設定の部分である程度出てはいるけど、じゃあこれで『密室殺人ゲーム』のファンを納得させられるかと言うと、そうではないだろうと。内容的には、非常におもしろい切り口だし、いいなとは思ったんだけど、ちょっとこれでは、やっぱデビューはできないでしょう、と。
太田 何が足りないのかな?
山中 ひとつとして、やっぱり『密室殺人ゲーム』に対してのリスペクトが強すぎると思うんですよ。既存の作品に依拠しているところがありすぎる感じですよね。それを超えてくる「何か」がないと、これでデビューさせるわけにはいかないし、逆に言うと、そこが超えられるんだったら、デビューしてもいい作品になっていた気がします。
太田 いやいやいや、僕も気になったからこの作品は読んでみた! 結論から言うと山中さんの懸念に関しては僕は問題はないと思う。ミステリーは華麗なる伝言ゲームで続いていく芸術ですからね。まあ、世の中には○○○が○○にあるだけで怒っちゃうおかしな人もいるわけだけど、そういうかわいそうな人は無視するとして……。これ……ダメ?
今井 ダメじゃないですか?
一同 (苦笑)
太田 えーと、僕はこの作品の問題は、舞台を未来に設定したせいで、この世界における科学技術や常識で、いったいどこまでのことが可能で、どこまでのことが可能なのかの線引きが読者に伝わってこないことだと思うんです。これはミステリとしては致命的な欠陥でしょう。しかし、このあたりのウィークポイントは情報開示の手順という小説技巧上の問題だと思うので、いずれ小説を書き慣れていったらなんとかリカバーできるはずだと思います。そしてもうひとつの問題は、ミステリ的な驚きが事件ごとに尻すぼみになっていくことかな。こちらの欠点はぜひともどうにかしてほしい(笑)。この人はぜひどんどん新しい作品を書くべきだと思います。今回みたいに歌野さんの作品を下敷きにした作品でもかまわないけど、僕はそうではない作品を読んでみたいって感じますね。僕からは以上です。
山中 まだ23歳で、期待したい方ですね。がんばってください!
その時代の空気を伝えて!
太田 次は林さんだね。『ビッチと草食系』。
林 太田さんこの作品、タイトルで私に振ったでしょ! 内容はモテない男子生徒が、クラスメイトのヤンキー系女子生徒とひょんなことから交流を持つようになって、ヤンキーちゃんに惚れちゃう話で、時代設定が2000年か2005年ぐらいなんですけど、読んでいてすごい違和感を憶えるんですよ。たとえば、プレステ2が発売されたって書いてある同じ章でTENGAを使うって描写があるんです。プレステ2は2000年発売で、TENGAは2005年発売だからあきらかに矛盾が生まれてる。
太田 感心だね。ちゃんと調べたんだ。
林 自分の思い出だけを参照してがーっと書いちゃってる気がしました。こういった時空のズレがそこかしこにあるせいで、ノスタルジーを感じることができない。
岡村 そういう時代考証で粗があると、物語の軸がよくわからなくなるんだよね。
林 そうなんですよ。懐かしさで攻めたいのか、甘酸っぱさで攻めたいのか。ブレてる感じでした。
今井 もしかしたら実話なんですかね?
平林 TENGAも発売から10年近く経つのか……(なぜか遠い目)。
林 そもそも高校生にTENGAを買える経済的余裕があるのか!?
今井 (なぜか勢い込んで)買えるよ!
林 TENGAって5000円くらいするんじゃないですか?
今井 それは一番高いやつだな。
平林 EGGなら全然買えるよね。
林 (先輩諸氏のどうでもいいTENGA知識にどん引きしながら)EGGはちっちゃいから安いってことですか……そうか……まあ、私からは以上です……。
平林 そうそう、TENGAといえば昔僕さぁ。
太田 来い(笑)!
岡村 ふだんの座談会だったら「もうやめようよ」「早く終わろうよ」って言うけど……今回はこういうので水増ししておかないとね……。
平林 昔ね、TENGA本社に行ったことがあるんですよ。ちょうどEGGが出たばっかりのときに。
太田 マジで!?
林 へェー(棒読み)
平林 僕が、「EGGはすごいアイディアですよね」っていう話をしたら……これ載せていいのかな? 僕、損しないかな?
一同 (笑)
以下、非常におもしろいが新人賞と関係ないため割愛
林 イヤァ、勉強ニナッタナー。そうそう、小説の話に戻しますと、日常を描くにしても『桐島、部活やめるってよ』みたいに、この青春時代の出来事が俺の人生において頂点だったんだ! みたいな切り取り方をしてくれていたら全然好きになれるんですけど。まあそういった要素はなく残念でした。
太田 何かおもしろかったところはないの?
林 う~ん。クラスメイトのギャルにからかわれたとき、口で反撃できない代わりに「お前ら全員、今晩俺のオカズにしてやるからな!」って心の中で勝ち誇っている主人公はちょっと可愛いなって思いました。
一同 (小笑)
太田 『ビッチとM系』だよね。草食系じゃないよ、それ。
平林 もはやちょっとした変態だよ。
今井 そもそも10年前の話なら、「草食系」も「ビッチ」っていう言葉もないでしょ。タイトルが違う。
林 でっすよねー。
I LOVEノストラダムス!
太田 うーん、低調だなー。お次は『夏の虚言』。これも林さん。
林 テーマは世界の終末。ノストラダムスの大予言をテーマにしたお話です。主人公は中学生のときにテレビでノストラダムスの予言の存在を知って、真剣に世界は滅亡すると信じるんです。あの「1999年の7の月に恐怖の大王が来るだろう」って予言を。でも主人公はパニックになるわけでもなく、「じゃ、やりたいことやるか」というテンションで、窃盗してみたり、好きな女の子に告ってみたりするんです。その告白がなかなか素敵で、「よかったらオレと世界の滅亡を一緒に見ようよ」って女の子に言うんです! キャー!
岡村 (遠い目をして)うん……。
太田 それ、林さん的にはカッコよかったと。
一同 (半笑い)
林 何言ってんですかーーー!! めっちゃ素敵やないですか!!
太田 うーん、今日の林さんはいいね! おもしろいよ。
林 あのですね、なぜ私がこの告白にこれほどグッとくるのかは明確な理由があるので、後でちょっと説明させてください!
一同 ハイ。
林 ところが世界は滅亡しなかった。7月31日が終わっても。
山中 しなかったね。
林 告白通り、主人公と彼女は7月31日の夜を無事に過ごして、「なんだよ、滅亡しないじゃん!」って愚痴りながらその晩寝たら、次の日、告白した彼女が死んじゃってるんですよ。自宅の階段から落ちて。で、「あのとき、俺の世界は本当に終わってしまったのだ――」というオチ。物語的には別段すぐれているわけではないです。
太田 どうでもいいね。
林 だけど、皆さんにお伺いしたいのが、ノストラダムスの大予言が流行した当時、本当にみんなが世界の滅亡を信じていたんですか? 私、平成元年生まれなので、記憶が曖昧というか、子供でよくわからなかったんですよ。でも当時の本や記録には、大人たちが真剣に世界の滅亡を信じていたって書いてあって。信じられないというか、想像できないんですよ。
平林 信じてなかったよ。
山中 信じてない、信じてない。
平林 たぶん僕よりもうちょい上の世代だと思う。
林 上の世代の人は信じていたってことでしょ? 世界が終わるという絶望を共有していた感覚や非現実感が想像できないというか……すごい憧れるんですよね。
今井 俺はめっちゃ怖かったね。
太田 (なぜか涙ぐみながら)いやあ。俺はね、林さん。わかるよ君の気持ち。わかります。
林 「終末」を体感してみたいんですよ。私の知らない、1999年のゆるやかな絶望感とかが伝わってきたらこの作品すごく好きなのにな、って思いました。でも残念ながらこの人が書きたいのは、当時の空気を描くことじゃない。
今井 もしかして林さん、2000年問題とかも知らない?
林 それは憶えてますけど、やっぱりノストラダムスほど盛り上がってなかったですよね。
平林 僕が一番盛り上がったのは、95年だね。
林 何かありましたっけ?
平林 阪神大震災と地下鉄サリン事件があったからね……。
太田 95年はすごかったね。
山中 確かにこの後に日本はどうなるんだろうって思ったわ。
林 近い過去の話を描くなら、さっきの『ビッチと草食系』もそうですけど、読者をタイムスリップさせる勢いで、その時代の空気感を表現してほしいなって。難しいですけど。
山中 これ書いた人、僕と同い年だから思い出で書いたんだろうね。
林 なんかもう、私たちは終わりなき日常を生き続けるしかないんですかね……。
太田 うん。そこはもう自分で何とかするしかないね。革命を起こすんだよ!
林 はぁ……なるほど。
太田 終わりが起こらないなら、起こせばいいじゃない! あなたが!!
林 テロとかですか?(笑)
太田 それもありだよ。松岡修造さんじゃないけど、あきらめちゃダメだよ! あきらめたら、そこで世界終了ですよ。
林 ハイ! わかりました!! って何だこれ。
太田 いやいや、やるべきでしょ断固として。まだまだ若いんだからあきらめちゃダメですよ。世界に対して戦いを挑むべきです。
林 ……わかりました。
太田 そういう意味で言うとね、きっとあなたが40歳ぐらいになったときに、「林さん9・11経験したんすか!?」って言われる日が来るんだよ。
林 ああー、なるでしょうねえ。
太田 なるの。ちゃんと。なんだかんだ言っても、人間は生きてんだよ、何となくね。本当に恐ろしい話だけどさ。でも確かに、ノストラダムスの大予言は、日本においてはすごかったね。
山中 普通にテレビのニュースとかでも報道されてましたもんね。
林 はぁ、またこないかなー、世界の終末。
太田 あそこまでの大きなオカルトブームはきっとしばらくは起こらないだろうな……。でも、これからも世界がひっくり返るようなことは当たり前のように次々に起こるんですよ。いやあ、楽しみだ!
ナイスアイディア賞
太田 さーて、今度のタイトルはヴィジュアル系のバンドっぽいなー。『アート オブ プロネーシス』。
今井 これちょっといいですか?
太田 どうぞ!
今井 まあ、一言で結論を言うと、構想はおもしろいけど、まわりくどくて読んでられない。どういう話かと言うと、遠い未来に資本主義の時代が終焉してですね、その後いろんな思想によって都市国家がぜんぶで5つくらい作られるんです。それぞれが違う主義主張のもと暮らしていて、子供たちは20歳になると、どの思想の国家で生きるか選べるんですよ。
岡村 今聞いてるとおもしろそうだけど。
今井 でしょ? 20歳以下の子供は「無知の子」と呼ばれていて、馬鹿にされるんです。思想を選べない、ノンポリなんで。で、仮住まいは5つの都市のどっかにあって、境目に「ディスカッションスペース」みたいなものが設けられている。
林 東浩紀さんの「ゲンロンカフェ」みたいな?
今井 そうそう、そこに行って子供たちは「殺人は是か非か」なんて哲学的な議題で議論をするんですよ。
岡村 なるほど。
今井 その議論を通じて、自分の思想を選び取っていくみたいな。僕も構想はすごくおもしろいなと思ったんですよ。だけど、議論のテーマとか、議論の内容はまだよかったんだけど……主人公の自分語りがまずい。たぶん、10ページぐらい読んでみんな投げると思う。
岡村 うーん、なんか聞く限りだと内容はともかく設定とかは『キノの旅』に近いのかな?
今井 ああ、そうかも。
林 ディスカッションの展開が残念なんですか? トンデモすぎる主張が展開されるとか。
今井 いや、ディスカッションはまともなんですけど、単純に読める文章じゃないなあっていう。『キノの旅』の読みやすさをちょっと勉強してほしい。
平林 あれは文章もそうだし、構成が連作短編だから読みやすいんだよ。
今井 確かにそうですね。こういう題材は、短編にせざるを得ないのかも。
岡村 『キノの旅』は人称、視点を使い分けてるから、初めての人が書くにはけっこう難しいと思うよ。
今井 とにかくプロットはおもしろいので、またぜひ応募してきてほしいです!
太田 うーん、残念ですな。次は林さん、『期日指定郵便』。
林 一言でいうと、宇宙の郵便局員が活躍する話です。
岡村 宇宙人かー。
林 詳しく説明すると、一万二千年前の地球には超古代文明があってですね、その文明から期日指定郵便が現代を生きる主人公のところに届くと。
平林 あっ、それはおもしろい。
林 それで、送られてきた期日指定郵便に貼ってある切手がものすごくレアなんですって。
平林 なるほど。
林 だから宇宙の郵便局員さんが「この切手って超レアだから、オーバーテクノロジーを使ってたくさんの宇宙人が君の家に盗みにくるよ」って教えてくれる。
岡村 なかなか考えられてるね。
林 この設定って超便利じゃないですか。敵は際限なく生み出せるし、宇宙人だから少々キャラの味付けが濃くても不自然じゃない。
太田 さすが、それで「遊星族」なんだ。筆名が。これは来てるね。
林 郵便局員さん曰く、超古代文明が滅亡してからやり直した今の地球の文明はあまりにも未熟だから、本来ならば宇宙からの接触は宇宙の法律で禁じられていると。
太田 まだ、人類は夏への扉を開けてないんだ。
林 でも宇宙人は法律無視で切手ほしさに襲ってくる。だから、あなたのプライバシーを守ってあげますよ、っていうのが、宇宙郵便局員でありヒロインの山田ツングースカ。猫耳メイドの山田ツングースカさんが、大活躍するお話です。
岡村 そのツングースカさん、主人公の家に居座るんでしょ?
林 はい、その通り! さすが岡村さんです!
今井 『うる星やつら』だ。
岡村 『這いよれ! ニャル子さん』だ。
林 私の印象ではTAGROさんの『宇宙賃貸サルガッ荘』っぽい。主人公の住むマンションを乗っ取って大家さんになっちゃうんですよ。ツングースカは。
今井 なんと『めぞん一刻』要素も入ってきた!
林 大家になったツングースカは、同じマンションの住人たちと流しそうめん大会をしたり、仕事そっちのけで地球人と交流するんです。ほんとこのまま、日常ドタバタものだったらよかったんですけどねー。宇宙に飛び出してバトルしはじめると、途端に話が崩れてきちゃうんですよね。なぜかというと、ツングースカが次々に宇宙の便利アイテムを出しすぎて、ピンチがピンチになってない。便利すぎるドラえもんってつまんないんだなって思いました。
今井 映画版でドラえもんの四次元ポケットが故障するのは正しいんだね……。
太田 結局、おもしろかったの? おもしろくなかったの?
林 物語の序盤や設定はおもしろかったけど、後半でせっかくの設定を殺しちゃってるので楽しめませんでした。もっと地に足つけて、舞台を地球のままにしたらよかったんじゃないかしら。それか、ドラえもんメソッドを使って、こんな道具、いったい何に使えるんだって思われていたものが後々工夫されて大活躍するとか、もう一工夫がほしかったですね。
キャラ作るならちゃんと演じさせて!
太田 再び林さん、『蟲男・御堂一樹』。
林 これ、「むしおとこ」って読みじゃないんです。何て読むと思います?
今井 インセクトマン?
林 違います。
太田 むしお。
林 いえ。これ、「コックローチ・ヒーロー」って読むんです。
一同 (爆笑)
太田 いいねえー。
林 キャッチコピーが、「醜い体、美しい心」。
一同 おお~。いいねえー。
林 皆さんのご想像通りだと思いますけど、イジメを受けていた主人公が、ある日突然ゴキブリ超人になっちゃうんですよ。その、ゴキブリ超人に変身してしまう原因ですけど、たった一文で、簡潔に説明してくれています。「いじめられて、負の情念を溜め込んでしまった結果、彼はそうなってしまった……」。ちょっと待ってよ、じゃあ何で他の人はゴキブリ超人にならないの?
今井 せめてゴキブリに嚙まれるとかね。『スパイダーマン』みたいに。
林 設定のハードルが低いし雑すぎ。これじゃあブラック企業で働いている人たちはみんなゴキブリ超人になっちゃいますよ。この後も案の定、秘密組織から派遣された女の子が転校して来るっていうベッタベタなお話ですね。
岡村 なんでみんなこういう設定好きなんですかね? 毎回必ず送られてくるよね。
林 変身とか、闇の組織とか。このモチーフ自体に罪はないですよ。見たことあるけど、みんながエンタメとして共感しやすいってことじゃないですか。
太田 よく考えたら『仮面ライダー』も「バッタ男」だからな。
平林 でも『仮面ライダー』にはオリジナリティがあるじゃないですか。改造されたんだけど、正義の味方なわけじゃないですか。
林 それに関しては、この作品はなにも考えてなさ過ぎですね。
平林 ヒネりがまったくないよね。
今井 『仮面ライダー』を見ろっていう感じだな。
平林 初代でね。
林 映画でいうなら、『第9地区』とか、『ザ・フライ』とか。「人でなくなる恐怖」みたいなものを描くとかね。この主人公、モンスターに変身すること自体にはわりと動揺しないんですよね。「俺、組織に駆除されたらどうしよう」みたいなことで悩んでる。
山中 ゴキブリだよ? だって! 一番イヤじゃん!
林 そうそう。絶対一番イヤじゃないですか。なのに、君そこは悩まないんだ、って読んでいて気が散るんですよ。だからもうちょっと、主人公の立場になって想像してほしい。
今井 僕も今回、似たような課題を持った作品を読みました。『ダアイアドーロ』ってやつ。ある2つの国があって、要は北朝鮮と韓国みたいな関係だと思えばわかりやすいと思いますけど、亡命者を装って潜入した女スパイが登場してくるんですけどね、開始12ページ目ですよ? 敵国側の主人公のルゥっていう子に、このサラっていうスパイが、「あたしスパイなんだよね」って。
平林 おお~。もうそこでその原稿読むのやめていいと思う。
今井 キャラ作るならちゃんと演じさせろよ! っていうのがあって。
林 キャラの台詞で全てを説明しようとする原稿は少なくないですよ。
今井 「実を言うと機密行動中なんだ。ある重要な事態に対処すべく動いている。だからここでアンタと楽しくおしゃべりをしてるヒマはない。ちょっと手を貸してくれ」。怪しさ全開じゃないですか。
平林 まあね。
岡村 もしかしたら、ミスリードさせるための伏線なのかも。
山中 好意的な解釈だなあ。
今井 でもこの子、ほんとにスパイですよ。
岡村 ……駄目だな。
課題は前回と同じ、ゴールがしょぼい!
太田 またまた林さん。『さよならわたしの長い夢』。
林 これ前回、ボディビルディングの小説を書いてくれた人です。
一同 おおお。
林 それで今回は、なんとゾンビもの!!
山中 林さんの趣味を狙い撃ちじゃないですか。
太田 編集部を盗聴しているとしか思えない(笑)。
林 またもやキタコレ!! と思って、超絶期待して原稿を読みましたよ!! どんな話かと言うとですね、人類が戦争をくり返した結果、人口が極端に減って戦争自体がままならなくなる。そこで「ドール」という、死体を使った人形を作って代理戦争を始めるんですが、それでも戦争で人は死んでいって、ほぼドールしかいなくなってしまったという世界。で、物語の主人公は四姉妹のドール。この四姉妹のマスターが死んじゃって、マスターの遺言通りに、四姉妹はマスターの友人邸に厄介になるため旅に出るのですが。これ、単におつかいの話で終わってしまっている。
太田 がっかりだねえ。よくないねえ。
林 ただ話の骨格は弱くても、キャラの見せ方が上手いんですよ。このゾンビ四姉妹は、「私のマスターは素晴らしい人だ」「マスターのことを想いながら生きていこうね」みたいな賛辞をくり返すんですけど、章の冒頭に挟まれるマスター視点の語りがとんでもない。明らかにマッドサイエンティストなんです。そしてその短い文章から、ドールにされる前の少女たちの壮絶な過去や世界の状況が断片的に見えてくるのがおもしろい。この人は、台詞に頼らずキャラクターを魅せれる人なんです。ただ問題は、前回のボディビル小説と同じで「大会で優勝して終わり」とか、今回の「おつかい行って終わり」とか、話の山場がひとつしかないこと。ゴールの前に、小さい問題が起こって、その問題が深刻化して、最後クライマックスで全部解消する、みたいな。よく太田さんが仰る「映画の脚本のテンプレ」を、次は意識して書かれた方がいいんじゃないでしょうか。
太田 まったくその通りですねえ。うーん、これ、どうすればいいんだろうねえ。
平林 いや、『ハリウッド式脚本術』を叩き込めばいいんじゃないの?
山中 テンプレな回答だけど、ディズニーの映画を微に入り細をうがって見たほうがいいよ。
林 なるほど……。あとね、この小説はゾンビ四姉妹の設定もおもしろいんですよ。たとえば、他人の体を自分に組み込めば組み込むほど自身の記憶が曖昧になるとか、ケンタウロスみたいに下半身だけ動物にしたり、手はチェーンソーに変えて強化したり。ビジュアルが愉快なんですよ。フィギュアほしいくらい。
太田 ほしくねえよ。
林 ほしいですよ! 海洋堂とかに作ってほしいですよ!
一同 (笑)
太田 今日の林さんはけっこういいなあ。
岡村 うん。活き活きしてますね。
平林 林さんには成長が見られますねえ。
太田 見られるねえ。でもあんまり言うとすぐに調子乗るから止めよう。
林 私は褒めて伸びるタイプですよ!
太田 (無視して)しかしこの投稿者さんは林さんのお話を聞いてる限りでは、とにかくゴールがしょぼいんだよね。
林 ホントそう。ゴールがしょぼい。せっかくキャラはいいのに。
太田 キャラクターは書けてるんだね。じゃあ、次回までに「シナリオ読本」的な本をしっかり読んで頂いて、その魅力的なキャラクターに何かいいゴールを設定してもらえないだろうか、って感じだよね。また送ってくださいと。
林 はい。楽しみにしてます!
太田 次もまた、筋肉かゾンビのどっちかでやってほしいっていうリクエストはあるの?
林 いやそんなことはないです。好きなものを書いて頂ければいいです。
太田 つぎ林さん以外で読んでもらうのがいいかもしれないね。
平林 これはどう? 筋肉が売りだったアクションスターが、ゾンビになるって話……(笑)。
僕に読まれて光栄だろ!?
今井 今度は僕の『イミテーション・レコード~ニンゲンになれないぼくら~』ですね。これはね、僕に振った太田さんがえらい! かも。
太田 ほう! かもってなんだよ! えらいでいいだろ!
今井 なんでかっていうとね、この作品はバンドマンが書いてるんですよ。だから、平林さんか僕が読むべき作品なんです。僕は音楽のイベントやってたりしたし、平林さんはバンドマンですしね。
太田 太田の神采配が光ったわけですね。
今井 (無視して)作中に「フィッシュマンズ」が出てきたり、「“NO MUSIC,NO LIFE.”っていう標語なんて、音楽好きな人が言うことじゃねえよな」なんて台詞とか、共感する部分が多かった。
太田 これ、岡村さんにまわらなくてよかったなー。
岡村 たぶん、すごい辛口評価をしてたね。
今井 あとは、文化祭の学生ライブとかがいかにしょうもないかとか。あんなのはイケてる奴らが自分たちがいかにイケてるかを確認し合うだけの場なのだから、音楽は一切関係が無いとかね。共感する点はたくさんあるんですけど、でもこのタイトルと全然それ繫がらないでしょ? これね、雰囲気は好きなんです。ただ、物語の骨子がうまくない。
平林 何? 主人公が1回聞けば何でも耳コピできるとかありがちな能力者だとか?
今井 そっちならまだ良かった。この主人公は、心の底から人のことを好きになっちゃうと、その人を八つ裂きにしてしまうんです。
太田 なんと。
岡村 それは、物理的にしちゃうの?
今井 そうそう。
平林 それ、全然音楽と関係ないじゃん。
今井 主人公の他に3人の女の子が出てきて、途中で1人いなくなるんですよ。はっきりとは描かれないけど、主人公が好きになったような描写のあとに、ふと物語から女性が消える。だから、どうやら彼女は彼によって八つ裂きにされちゃったんだろうなということがわかる。
岡村 「八つ裂き」ねぇ……。
今井 ミンチにされるんです。主人公音楽好きだから、1番被害に合うのはギターなんですけどね。いくつもギターを壊しては買い換えるから「また新しいギターだね」って友だちに言われるみたいな。
平林 金がかかってしょうがないよ、それ。
今井 主人公金持ちです。もちろん(笑)。
太田 八つ裂きにするのはセクシャルな問題なわけ? 八つ裂きにして、血を見ると興奮するとか。
今井 一応本人はそれをずっと「性癖」って呼んでいます。極端に言えば射精の代替行為ですね。話が長すぎるっていうのと、後半ファンタジーになりすぎる。結局主人公は悪魔だったりとか。
林 えーっ。そっちに行っちゃうんですか。
平林 それあかんタイプのやつやな。
今井 たとえばもっとこれ伊坂幸太郎さんみたいにまとめられたらよかったのにな、みたいな気はするんですけどね。
岡村 『死神の精度』とか?
今井 そうそう。『魔王』とか『モダンタイムス』とか。
太田 いいよね。さあ、今度のやつは架空歴史ものだね。『雨国の梅花』。平林さん。
平林 これを書いた人は10代なので、ちゃんとアドバイスをしたいなと思います。平安時代みたいな感じの国が舞台で、何故かずっと雨が降っているから「この国をどげんかせんといかん」みたいな話なんですけど、一言でいうと、ファンタジーをやるために必要な力量が足りてない。この手の和風の王朝ファンタジーって、小説に於いて実はあんまり蓄積がないんですね。でも、勉強は必要です。最近の作品でいいものって言うと、西崎憲さんの『蕃東国年代記』が圧倒的です。ここらへんを読んで勉強してほしいですね。文章はヘタクソじゃないけど、架空の世界を構築するに足る名詞や知識が全然足りてないんですよ。国がどうなってるのかもよくわかんないし。なんかね、書きたいものがあるのは伝わったから、あとは勉強して、頑張ってくださいっていう感じですかね……。というわけで、10代なのでやさしめに。
今井 なるほど……。
平林 いや、『蕃東国年代記』は非常にいいので、読んだら心が折れちゃうかもしれないですけどね。
太田 折れないことを祈ろう。『ヒッポキャンパス』、岡村さん。
今井 カバっぽい。
岡村 いま鼻で笑ったでしょ?
今井 めっそうもない!
岡村 でもね、今回僕が担当した作品の中では、一番この人が才能あると思う。
今井 へええ。でも、皆に推薦するほどではないと。
岡村 うん。簡単に話すと、中世ヨーロッパをモチーフにした、壮大な戦記もの。昨日、ちょうど太田さんと編集部で「一切言葉を教えず赤ん坊を成長させたら、その子はどんな言葉を話すのか」という人体実験の話をしたじゃないですか。
太田 ああ、フリードリヒ2世の話ね。
平林 コミュニケーションがない子供は死んじゃうって話だよね?
岡村 そう。この作品も中世の王様が、赤ん坊達に何の言葉も教えずに育てていたら、見事に次々と赤ん坊が死んでくわけです。
太田 まぁ、そうなるよね……。
岡村 でも反乱が起こって、そのドサクサに紛れて三人の赤子だけが王のもとから離れて生き残ります。この三兄弟がそれぞれ成長して、歴史を動かしていく、という話。
林 なるほど。
岡村 ストーリーとしてはおもしろいですし、文体も雰囲気があります。ただ文量が多すぎる。星海社FICTIONSの文字組だと、900〜1000ページぐらいになります。「これだけ深いところまで設定を考えています」というのは伝わってくるんですけど、いくらページをめくっても話が少ししか進まない。これじゃ読む方は億劫になっちゃいます。
バカをやるならもっと振り切れ!
太田 次の奴はバカなタイトルで好感が持てますねえ。『水戸球豪黙示録』。
今井 これって野球の話ですか?
平林 そう。これがすっごいバカでさぁ!(嬉しそうに)江戸初期の水戸藩を舞台に、若き日の光圀が、野球を開催して領民の不満を晴らす……という(苦笑)。
今井 めっちゃおもしろいじゃないですか!!
平林 でもさ、野球である必然性が何もないんだよね。
今井 実写映画化しましょう実写映画化!
岡村 確認ですけど、その時代にベースボールはないよね?
平林 ないよ! 1830年代に北米ではじまったらしいからね。でもね、実は似たようなアイディアのマンガはもうあるの。『戦国馬礼』っていう、戦国武将がビーチバレーをするマンガが。マイナー作品だけど。あと、設定がこれだけバカっぽいのに、オチがちょっとしょぼい。
太田 戦国武将が野球する話は、小説にもあるよ。というより、これがすべてのオリジンじゃないかな? 志茂田景樹先生の『戦国の長嶋巨人軍』。たいへんな名著です。僕は先輩のために古本屋を探し歩いて手に入れたんだよ……なつかしいなあ。
平林 僕もね、これ系で一個ネタがあって、『大坂城の阪神タイガース』っていう小説を誰かに書いてほしいと長年思ってるんだよ。
太田 おお。ええがな、ええがな!(なぜか突然関西弁に)
岡村 太田さん、本当に良いと思ってます?
太田 ごめん、思ってない……。
平林 あの『戦国の長嶋巨人軍』に対抗するには『大坂城の阪神タイガース』しかないよ。星野阪神優勝パレードの最中にタイムスリップする阪神ナイン! 彼らがタイムスリップした先は……徳川調伏の祈禱を行っている大坂城だった! 実は徳川方には巨人軍が召喚されてて……最後は、「4番真田幸村」みたいな感じで野球で勝負をつけるんです。
一同 (笑)
平林 これおもしろそうでしょ?
今井 やっぱり金本は超人的なスタミナで活躍するんですね?
平林 そうそう。
岡村 合戦でも勝てそうだよね、星野阪神。
林 勝てそう。金本選手なら敵の首を飛ばしまくりそう。
平林 金本と立花宗茂が一騎打ちとかしたらおもしろいよね。あと、赤星が真田軍の先鋒に加わって、その俊足を活かして家康の首を狙うんですよ!
一同 こいつバカだ!(笑)
岡村 武将と言っても500年近く昔の人でしょ? 最新医学に基づいた筋トレで鍛えているプロ野球選手の方が体も大きくて強いんじゃない?
今井 それに金本は酸素カプセルとかがないと力を発揮できない可能性がありますよ。
平林 うーん、そうかー。だけど、これおもしろいと思うんだけどな〜。いっそのこと自分で書こうかな……(と、投稿作そっちのけの編集会議が始まる)。
これがゆとり系!? すべてがぬるい『漂流教室』
太田 おいおい、大阪の話はもういいよ。山中さん、『静かの海の魚たち』はどうだったの? これ「月もの」なのかな?
山中 そう、月もの。流石です。これ、思いっきり『漂流教室』。放課後に高校構内に残ってた学生120人が学校ごと、月に移動する。
今井 行き先が違うだけじゃないですか。
平林 月に行ったらみんな死んじゃうよね。
山中 でもなぜか、月に行っても電気も水道もちゃんと使えるっていう世界観。しかも、学校の外に、コンビニまである。月なのに。
平林 ハァ?
山中 コンビニで食い物を食べれば、とりあえず何とかなると。
岡村 サバイバルしてない!!
山中 何とかなっちゃダメなわけで、『漂流教室』って、次々に何か起こるから、おもしろいわけじゃないですか。この作品では中盤にさしかかったところで友人が怪我で骨折するんだけど、ここでようやく「このままだと俺たちは死ぬんじゃないか」ってことに気付く。いやいや! もっと他に気付くことあるでしょ!
太田 『漂流教室』の現代版を描くにしても緩すぎるな。『漂流ネットカフェ』と比べるとどうだったんだろう?
山中 『漂流ネットカフェ』は、ネットカフェっていう環境での異常性があるじゃないですか。で、それに対しての回答っていうのがちゃんとあると思うんですけど、これは学校という設定の時点で『漂流教室』ともかぶってるし……そもそも、登場人物みんなの知能指数が低すぎるんですよ。『漂流教室』の小学生に負けてる。
太田 『漂流ネットカフェ』は漂流するのがネットカフェだからおもしろいんだよね。たとえば「メロンソーダならまだ飲める」みたいな。「本を燃やして暖をとろう」とかさ。
今井 みんなに個室あるしね。
山中 そうそう。だから環境にオリジナリティがあるでしょ。
林 『漂流教室』と設定がまる被りで、環境はぬるいなんて、いったいどこを見たらいいんですか。
山中 そうそう。さらに、このままだとみんな倒れちゃうからって言って、文化祭をやってみんなのモチベーションをあげようとしたりするんだけど、もうちょっと他に考えることあるだろう。というわけで、この人は物語に対してもうちょっと真摯に考え事をするべきだな、っていうところがアドバイスですかね。
あらすじはおもしろいんだけど……
太田 タイトルは悪くない。『アリスの飛び降りた教室』。
林 あらすじはおもしろかったんですけどねぇ。クラスの緊急連絡網で「誰かが死んだ」っていう真偽不明の情報が回ってきて、登場人物たちは、誰が亡くなったのかを確認するためにいつもより早く登校するんですよ。でも教室には3人のクラスメイトしかいない。そこに突如謎の少女が現れて、学校が舞台の不可解な脱出ゲームに巻き込まれてしまう。少女が言うには、君たち3人のうちの誰かが、特別な力でこの空間に君たちを閉じ込めたので、その犯人を捜しなさいと。そして学校自体が不思議な空間に変化してて、校内で自分の過去のトラウマと向き合わされたり、タイムリープしたりしながら、最終的には3人の内で誰が死んでいたのかが判明するお話なんですけど、とにかく長すぎです。
太田 何ページあるの?
林 800ページぐらいです。
太田 長いねえ。
林 情報量は今のままで、せめてページを半分ぐらいにして頂けたら丁度いいと思います。でも長いのには理由があって、投稿サイトの『小説家になろう』に載せている作品なんですよ。ネットで読むと、節毎に分けられているから楽に読めるんですよ。ただ、モチベーションとして、ネットであげた作品をそのまま新人賞に応募するのはあまりいい印象を受けません。だって1冊の本になることを考えてないわけじゃないですか。この分量は。
太田 ネット発の作品を新人賞に投稿することは、別にそれ自体は悪いことじゃないけどね。ただ、たとえばある人物のツイッターをさ、過去1年分さかのぼってまとめてぜんぶ読めるかって言ったら、読めないって話だよね。だけど毎日のつぶやきだったら読めるし、楽しめるんだよね。
林 『小説家になろう』を批判しているわけじゃなくて、「あわよくば」賞とれればいいなっていう下心を少し感じてしまいました。
太田 『小説家になろう』では、評価されてたの?
林 コメント自体そんなに付いてなかったです。
太田 どうします? じゃあ、平林さん読んでもらっていいですか?
平林 じゃあ、50枚ぐらい読みます。
林 これ50枚読んだくらいじゃ、全然話進まないですよ?
平林 ダメだろ!
林 ずぅ~っと味が無い米を食べさせられてる感じです。
平林 おかずあってのゴハンだからねえ……。
林 お米はまずくないんだけど、お米ばっか食べれないよーっていう感じ。
太田 それいいたとえだね……じゃあ、平林さん読んでください。冒頭だけでも。
平林 わかりました。
太田 辻村さんとか書きそうな感じするっていうか、実際に描いているシチュエーションだけどね。冨樫さんとかもね。
林 これ、本当に短くしてくれたらおもしろいと思います。
平林 で、50枚読ませていただいたんですが、やはり冗長です。読んでいて、飽きてしまいます。雰囲気を作りたいのは分かるんですが、もっとスピーディーに展開して欲しかったですね。
ソロモンVS空海!? スーパーゴッド大戦!
太田 次のもタイトルがすごいね。『魔界X生―maGaiTENsho―』。うーん、きっついわこれ。
山中 これつまらなさそうに見えるでしょ? ところが意外におもしろかったんです(笑)。
太田 魔界バツ生……? あっ! 「Ⅹ生」か!! うーん、これは許せない。これはね、歴史好きなモエたんには送れない。
山中 この作品は著者が2人なんですよ。どうやら1人が書いて、1人が校正をやってるらしい。冒頭10ページぐらいまでがかなりいいんですよ。目が覚めたら、いきなり横に死体が転がってる。主人公は黒い箱をかぶった怪人に銃を突きつけられている、っていうシチュエーションからいきなり始まって。ちょっと映画の『SAW』みたいな感じで。
林 映画のアバンっぽい。かっこいい絵が浮かびますね。
山中 もう冒頭だけで「いいソリッドシチュエーションが読めそう」だなーと。しかも、台詞のセンスが良いと思ったんですよ。主人公はちょっとキザだけど、ケレン味のあるしゃべり方で、ちゃんと怪人との短い会話だけでうまくシチュエーションに納得をさせてくれるんですね。で、いざ、黒い箱の男に「殺される」って時に、大地震が発生。ちょっと無理くりなんですけど、撃った弾が跳弾してその黒い箱に当たって、黒い箱の怪人は死ぬんですね。さらに地震で津波が起こって、主人公が拉致されていた孤島ごと海にさらわれていく。それがだいたい10ページぶんぐらい。で、11ページ目を読み始めたら、主人公はなんと魔界にいるんですね……(笑)。
太田 早めに死んだ人が魔界に転生するって感じ?
山中 そう! 要するに、地上で死んだ人や失われたものが、次々と魔界に降ってくるっていう設定なんですよ。で、その魔界では姫が、救世主をずっと待ち続けてるという設定なんですね。主人公もこの魔界に墜ちてくるんですけど、この主人公が天才詐欺師という設定で、口八丁で姫様を籠絡して、なんとかその魔界のなかで生きていこうとするんです。ところが魔界には次々に救世主がやってくる。それも、歴史上の大人物がどんどん降ってきて、もうスーパーレジェンド大戦。とにかくラインナップがすごい。展開の説明は端折りますが、まず天草四郎で、イエス・キリストに、ジャンヌ・ダルク……さらにソロモンが空海と、源為朝が呂布と対決したり、果てはブッダまで出てくるという大盤振る舞い。オチまで言っちゃうと、黒い箱をかぶった男が○○○で、魔界の魔王と○○○の間で子供を作って、その子のための実験場としてその魔界を作ったっていう設定が明かされるんですけど、もう本当についていけない。
岡村 登場人物がさらにスケールアップした『ドリフターズ』みたいな感じだね。
山中 そうそう。でも『ドリフターズ』の方がキャラクターにぐっと視点が近くて断然おもしろい。あとね、ただでさえ濃いストーリーなのになぜか性描写がすごい濃密で、下ネタが異常な量なんですよ……(笑)。引いちゃってうまく物語に入れない……。
太田 これどうしようか?
山中 これはね、もっと地に足のついた話だったら、読みたいかなっていう気がしました。台詞はうまいんですよ。ただ、とにかく筋立てが破天荒すぎてどう楽しんでいいのか分からない。最初の10ページは「これは来た!!」って思ったんですが、いざ蓋を開けてみたら、いきなり魔界のファンタジーものになっちゃってるわけじゃないですか。期待してたものと違うわけで。
太田 うーん、これもじゃあ平林さんにちゃんと読んでもらおっか。
一同 (笑)
山中 最初の10ページだけでいいよ!
平林 きっとね、これは僕はあんまりおもしろくないと思う。
山中 トンデモ過ぎて楽しめないですかね。
平林 こういうのを書く人に限って、あんまり歴史詳しくないんだよなあ。
山中 いや、そうだと思いますよ。とくに偉人のバックグラウンドが感じられる書き方をしているわけじゃないし。ちょっと片手落ちというか、序盤で期待できたわりには、ダメでしたね。
平林 座談会後に僕も読みましたが、冒頭のスピード感はかなり読ませる。ただ、そのあとの展開に関しては、割と山中くんと同意見かなぁ……。
超能力はミステリーを殺す
太田 さぁさぁ、座談会も佳境に入ってきたぜ。それではここで噂のミステリー3作品を見てみますか! トップバッターは!?
山中 じゃあ、僕が先に行きましょう。『リンゴの帳簿』、これ読んだ人?
太田 ハイ! ハイ! ハーイ!!
林 はーい。
今井 読みましたけど、全部は読んでない。
岡村 僕も。
平林 僕も全部は読んでない。
山中 了解です。正直、僕も新人賞を獲れる作品とまでは思っていない。しかしまず、この作品がいいなと思ったのは、探偵役の女の子がまだ少女なんだけど、天才的に頭がいいという異能力を持っている設定を下敷きにして、その子がSCRAPさんが主催するような宝探しイベントに参加したことで事件に巻き込まれて、舞台である島から脱出できなくなるという、クローズド・サークルの伝統をちゃんとなぞってきっちりミステリーをしているところ。筋立てが上手いっていうのと、殺人事件が次々にテンポよく起こって、しかし当然宝探しゲームでもあるわけだから、同時に宝を探すための謎も提示される。二重三重に謎が用意されているんですよ。作者は読者のことをしっかり考えてて、読むモチベーションが常に上がるような工夫をしている。これはもう明らかに評価ができる点だと思うんですよね。
非常に上手く伏線を張っているし、仲間のひとりが犯人だと誤認される構成になってたり、きっちり山場がお膳立てされている。だけど無視できないのが、ゴールがしょぼいこと。これはミステリーをやる上では大きな欠点だと思うんです。まず、オチの部分がオチてないし、謎解きに最大のカタルシスを持ってきちゃっていて、その先のストーリー的なおもしろみが今ひとつ。そこが構造としてまずい。あと設定がちょっとイージー過ぎるかなっていうところがもうひとつの欠点でしょう。超能力を持ったヒロインの設定や、探偵役の少女がなぜこんなに天才児なのかという設定が、だれでも考えつくような想像の域から抜け出せていない。挙げはしたけれど受賞までには至らないかな、というのが僕の結論ですね。もう一つ最後に文句を言うんだったら、なんで最後に余計な短編を付け足したんだろう?
林 そうそう、バレンタインをテーマにしたゆるい短編がありましたね。
山中 しかもこれが駄作なんだな。
今井 季節柄じゃないですか?
山中 訳わかんない。なんでそんな余計なことすんの?
平林 この人さあ、作中作の昔話がすっごい下手。単純に教養のなさが出てると思った。「昔話でこれはないでしょ」、みたいなさあ。
山中 辛辣だなあ。
岡村 もうちょっと何かないの?
林 たしかに。あの昔話にはイソップ的な教訓もないしおもしろみもない。言い伝えるメリットがないですね。
平林 これはないな、と思ってさ。いや、普通にさ、『金田一少年の事件簿』とかを参考にすればいいと思うんだよね。よく出てくるじゃん。で、やっぱり過不足なくよくできてるんだよね、『金田一』では。
岡村 超能力ってどのくらいの能力なの? ミステリーを解決するのに、決定的なキーポイントになるみたいな感じ?
山中 物に力を及ぼす、サイコキネシス。その超能力を持っている女の子が、主人公の友達なんだよ。正直、この超能力設定はなくても大丈夫。取って付けたみたいな感じになってる。
平林 いや、この物語は超能力なしで語らないとダメだと思うんだよな。
林 サイコキネシス能力がすごすぎて、完全に脇役が主役の探偵を喰っちゃってますよね。
山中 そう、少女探偵のほうがしょぼく見える。
岡村 本格的なミステリーと、超能力って相性悪いよなあ。
山中 何でもありになっちゃうからね。
太田 後だしできちゃうから。
林 でもミステリーと超能力を掛け合わせたのが『SPEC』なんですよ。あれは、超能力VS超能力で、トリックもクソもないからミステリーと言ってはいけないのかもしれませんが。
岡村 僕の中で説得力がある超能力もののは、『サイコメトラーEIJI』。あれってサイコメトリーだけで事件を解決できるわけじゃないですよね。サイコメトリーは最後のちょっとした「後押し」で、証拠から導き出された地に足がついた調査で事件を解決するから、説得力がある。ゴールに直結する超能力が出てくると、途端に萎えちゃうんですよ。
平林 あとさ、あのサイコメトリーの能力っていうのはさ、事件について絵的に描写できるから、事件そのものに対して感情移入しやすい。マンガの描写としての利点が明確ですよね。
山中 そういう意味で言うと、この作品はオリジナリティが薄い。少女とその保護者の主人公で探偵役をやっているところに、微かにある感じだけ。あともう一つ、少女がすごく頭がいいっていう設定になっているけど、そこが描写的に上手くない。
林 アニメに夢中になっていたり、そこらへんの小学生と感覚が一緒だからわかりづらいですよね。
山中 天才少女が新しい言葉を覚えていく描写があるんだけど、超頭いいんだったら普通知ってるんじゃないのって程度のことだったりして、「頭の良さ」をうまく描けてないんですよ。設定とその描写に隙が多い。それでもミステリーとしてはちゃんとしてるように見えましたけどね。
太田 でもやっぱりね、超能力が出ちゃうと、途端に「ちゃんとしている」とは言えなくなっちゃうと思うんですよね。だって後だしジャンケンなんだから。この世界観でどこまでが「あり」か「なし」かを信じていいのかが最初に提示されてないと「この推理で大丈夫なのか?」って思っちゃうんだよね。「この能力はこれ以上これできません」みたいな線引きが最初にエレガントに為されていたらいいけど、そこが段々明らかになっていくのはミステリーとしてはダメ。アンフェア。
林 トリック自体に超能力は関わってないし、超能力設定をなくせばいいだけなんじゃないですか?
太田 だから、目くらましなんだよね。
山中 過剰な装飾なんですね。別にあってもなくてもいい設定って、物語にとって蛇足だし、読みづらくなるだけ。
林 私は「子育て目線」を入れたらよかったんじゃないって思いました。
太田 「子育て目線」ってどういうこと?
林 主人公は大学生だけど保護者として、天才少女と同行してるわけですよね。しかも少女と出会って、まだ3ヶ月目ぐらいって設定だから。はじめは面倒くさかったけど、一緒に謎を解くことによって、保護者としての自覚が芽生えるとか。たとえば、この子ばっかりにこんな辛い思いをさせるんじゃなくて、「俺が代わりに探偵役をしないといけない」みたいな感情が生まれてくるとか。大学生なりの父性目線を入れたら、主人公の成長物語としての側面が生まれたのではないかと。
山中 そうだよね。この作品の特筆すべきオリジナリティって、極論すれば「子供が探偵、親が無能」ってところにしかないので。そういう意味では、そこを立てる方向にしたほうが、物語としては正しかったのかなって気がする。
林 成長できるのは主人公しかいないじゃないですか。だって、少女は既に天才だから。
山中 そうそうそう。
平林 僕は、もっと少女を超絶可愛く描けばよかったのにって思うけどね。
山中 ですねー。そもそも容姿の描写を相当端折ってて、あとから美少女だって設定が出てくるんですよね。
太田 もったいなかったなって感じだよね。
山中 でも書いた人は20歳ですから。次に期待かな。
太田 まぁ、現状では60点ぐらいだよね。過去の作品を上手く踏襲しつつも新味があるわけでもない。「東京に来ることがあったら連絡してね」って感じでしょうか。次回の爆発に期待したいですね。
山中 という感じにとどめておきましょう。それでは電話ぐらいはいれときます。
涙を飲んで断捨離を!
太田 『G–kids』。これはねぇ、悩ましいよねえ……。
平林 この人はね、6回、7回と投稿してきてくれて、一貫してミステリーを書いている人です。以前に太田さんが絶賛した、アカシックレコードにアクセスできる探偵っていうアイディアを出した人。
今井 ああ、あの人か!
太田 そう。同じ人で、同じネタなの。
今井 え?
平林 前回絶賛したアカシックレコードにアクセスできる感覚を持っている人が「探偵」になれるというSF設定だけを使い回して、違う話を書いてきたの。今回は雪山の山荘に4人の登場人物が閉じ込められる、という展開。主人公は親兄弟を失ってて、幼馴染の家庭で、育てられる。閉じ込められるのは、主人公とその幼馴染の兄、妹、プラス、クラスメイトが1人で、このクラスメイトが探偵。この4人が山荘に閉じ込められて、順番に1人ずつ殺されていく。ただし、翌朝起きると、何事もなかったように、みんな生きている。で、さてこれはどうしてだろう? というような筋立ての話。つまり、この世界固有の探偵の能力を使って、世界を改変して殺人がなかったことにされているから、元に戻っているってわけなの。じゃあ、なんでこんな奇妙なことが起こっているのか? っていうのがこの作品の最大の謎。それは結局、主人公が、過去に両親を殺したっていう過去から始まっている……という作品。
太田 設定は超いいんだよね。
平林 そう。これね、好きな人は超好きなんじゃないかな。僕自身は、よく出来てるなあとは思うけど、そんなに好きじゃないんです。
岡村 ウチで言ったら、『ひぐらし』みたいなもの? 設定自体が謎になってる感じ。
太田 でもね、この「この世界では本当はもっとカジュアルに殺人が起きてる可能性がある」っていう設定はすごいよ。
平林 そうそう。実はこの世界では殺人が日常的に起きていて、探偵がその事実を消してまわってるんだっていうね。
太田 それって、「今の現実もそうかも」って、思わせる何かがあるもんね。探偵の活躍はアカシックレコードに記載されるだけで現実からはなくなっちゃうから、一般の人々の記憶には残らないっていう設定は非常にエレガントで、「これは現実の世界でもこういうことが起こっていてもおかしくないかも」って思える。普通はさ、設定使いまわして投稿するのはやめなよって言うところだけど、これはそうしちゃう気持ちもわかる。確かにすごくおもしろい設定だから。
平林 ですね。
太田 僕はね、どう言おうか悩んだけど、でも、やっぱり新しい設定を考えるべきだと思うんだよね。
今井 僕も同感ですね。他に何が出来るのか見てみたいと思いますね。これだけのことができる人なら。
太田 そうなんですよ。設定はよくても、小説は途中からダメになってると言わざるを得ないしね。
平林 たとえば?
太田 自覚があると思いますが、とにかくキャラクターの立ちが弱いんだよね。
平林 それはありますね。
太田 設定負けしてるんですよ。それは前回もそうだったし、今回もそう。前回の方が、終盤にキューって世界が狭まっていく感じがよく出来ていたと思う。今回は、反省点を生かして中盤はよく出来ているんだけどね。これだったらまだ僕、前回のほうが良かったんじゃないかって思っちゃうんですよ。
平林 僕もね、ヒロインがあんまり魅力的に感じなかった。主人公が殺しちゃったお姉さんのほうが魅力的だなあと。
林 でも6歳で成人を殺せるのか疑問ですけどね。
太田 不可能か可能じゃなくって、これはそういう世界なんです。人間が人間を日常的に殺す世界、むしろ逆にそこがおもしろいんですよ。
山中 物語が次々書き換わって分岐していくじゃないですか。そこの描写が、ちょっとわかりにくくて、読んでると混乱しないですか?
平林 そうかなあ。
山中 殺したり生き返ったりの構造はエレガントなんだけど、一方で、ちょっと文章的に読みづらいかなあっていうふうに僕は感じましたね。
平林 そうかなあ。僕、こういうのは苦手なはずなのに、わかりやすかったけどね。
山中 たぶん、僕がわかりにくいと感じているのって、アカシックレコードで物事を変えたって前提に立ったときに、変わったことと、変わってないことが、ゴチャゴチャになってて、そこの説明がないから、どっちが現実で、どっちが消されたことにした事象なのかがわかんないってことだと思うんですよ。演出にしても描写が不親切なんじゃないかな。
平林 でもこれ、デビューして3、4年目ぐらいで、年2、3冊出す人の中の1冊だろうなっていう佇まいはあるよね。
太田 だから、なんかやっぱり惜しいんだよね。
山中 太田さんが前回に読んだやつのほうが、破天荒で、新人っぽさがあったんだと思う。今回はミニマムにまとまっちゃった結果、オチもしょぼくなっちゃってる。
平林 高度なミステリー好きのためだけに書いたって感じ。
山中 ちょっと技巧的だし……わかる、わかるんだよ。これがおもしろいのはよくわかるんだけどっ!
平林 すごくよく出来てるなあと思ったけど、読んでいて「僕は読者に入んないなあ」っていう感じはあったかな。僕に読まれたのは不幸かもしれない。
太田 今井さんはどういう感想でした?
今井 僕は山中さんの言ってた感想に一番近いです。場面の切り替えが目まぐるしすぎた。今何の話をしてるのかが非常にわかりにくくて、物語のおもしろさと比べたときに、途中で、わかんないほうが勝っちゃったって感じですね。設定もですね、今回の山中さんの説明や前回の太田さんの説明を聞いてるときのほうが、わかりやすいですよ。あと、「アカシックレコード」ってみんなどこまで意味知ってんのかなって。
山中 前に出した作品があるから、ちょっと説明を端折ってるところがあるかもしれないねえ。
太田 そうだね。
山中 僕らも前の原稿を知ってるから、飲み込めてるのかもしれない。実際間違いなくバイアスはかかってるわけで。
太田 一般論としては、もう前の作品の設定なんか、どんどん捨てて新しいものにチャレンジしてください、でいいんですよ。どうしても捨てたくないなら、別の賞に送ったほうがいい。下読みの人間と読み口が合わなかったって、よくある話だから。
今井 でも前回の座談会はあえて設定は……。
太田 伏せた。アイディアが良すぎたから。
山中 それがあったから再利用したのかもしれない。
太田 これはアドバイスしていいのかどうかをすごく悩むところなんだけど、やっぱり原理原則論に乗っ取りたいと思います。あなたは今回とは違う設定で書くべきです。なぜならば、あなたはプロになるために書いてるわけだから。
今井 プロになれば、この設定一本には頼れないですからねえ。
太田 そうなんです。だからこの素敵な設定も、クリティカルな部分を除いて座談会の俎上に載せました。ちょっとこの場を借りて言わせてください。思えば僕もね、星海社の座談会はよく必要以上に辛口だとか、創作してる人間を平気でけなすとかって言われているけれど、そんなことはもちろんやっていないですよ。僕らは確かにちょっとばかり口は悪いかもしれないけれど、いつだって真剣勝負だから。下読みも一切使っていないから。ひとりひとりの編集者が実名で、全責任を持って才能を選考しているんです。こんな賞はこの世界に星海社FICTIONS新人賞、たったひとつだけです。そんな僕たちからすれば、これからプロになろうという人に対してさ、「いやあ良く書けましたねえ〜」なんてお為ごかしは百害あって一利ないと断ずることができますね。いいものはいい。だめなものはだめ。それがわかんない外野の人には、何を言われようが別にどうだっていいですけど。そういう意気込みで言うと、この人は、この素敵な設定を完膚なきまでに捨て去るべきなんじゃないかという気がするんですよね。プロになるためには次の新しいものをやるべきで、プロになってからこの設定で改めてリベンジすればいいんですよ。そのためにも、今はいろいろなものを書くべきだと思うんです。本当に、前回の作品のラストはおもしろかったですから。投稿作品って、よっぽどのことがない限り、すぐ忘れちゃうのに……というわけで、ここはアイディアを断捨離してとにかく新しいものをやってくれ、とリクエストしときましょう。よろしくです。
センス抜群!! 現役エリート高校生 指導方針で編集部が真っ二つ!?
太田 ラスト行きましょう! 日本屈指の超進学校に通う15歳!! 『僕と彼女の探偵事情』。さあ、ここは今井さん、前職のリクルート仕込みのプレゼン力を発揮してください!
今井 ハードル上がった~(笑)。えー、この作品の主人公は家が探偵の家系なんですね。で、一人前の探偵になるためには試験が必要なんですけど、おあつらえ向きの事件が近所で起きるんですよ。そしたら、お母さんから急に言われるんですよ。「あなたこの連続殺人事件解決してみなさいよ」って。
太田 ……あのさあ、それじゃあこの作品のおもしろさが伝わらないよ! もっと本気出していこうよ!
今井 え?
太田 「探偵貴族」とかを説明しなきゃダメだよ。せっかく名詞がおもしろいんだから! あきらめたらそこで座談会終了だよ!
今井 えーっとですねえ……ある日、主人公が住む町内で殺人事件が発生しましたっていうニュースを見ていたら、「あなたこれ解いてみなさいよ」って母に言われる。実は主人公の家系は代々探偵を継ぐ「探偵貴族」なる探偵一族で、試験として事件をひとつ解決しないと探偵を名乗れないから、あなたの場合、この事件をその試験にしましょうよと。でも主人公は何からはじめていいかわからないから、チャット仲間だった友人と協力して事件を解決していきます。
太田 (激怒して)いっまっいっさーーーーん! なんでそんなにつまんない説明しかできないの? おかしいでしょ! ユー、15歳の才能の煌めきをちゃんと伝えてよ!! ガラスの十代なんだよ!!!
今井 あのですねえ……結論から言うと、そんなおもしろいとは思わなかったんです。
太田 マジで?
平林 僕も。
今井 テンポはよかったんですけど。
太田 いいよ、じゃあ…………。
山中 あーあ、拗ねちゃったね……。
岡村 え……何この空気?
今井 これ15歳が書いたってみんな知ってるから、評価甘めになってると思うんですよ。
太田 それはあるね。うん、それは認めるよ。
山中 ああ、わかるなあ……。
平林 普通だったらもっと早く読むの止めてるな、って感じがする。
岡村 そう? 逆。僕は、作者のバックグラウンドを知らないまま読んだので、「あ、これ15歳が書いてるの?」ってビックリしたけど。
林 私も岡村さんと同じです。
今井 フラットな感想を言うと、ムダなものが削ぎ落とされていて読みやすかったです。このまま、テンポのいい書き方を踏襲してほしいなあというのと、オチの改善をお願いしたいというのが感想ですね。そこが期待以下だったのは、ある種致命的だなと思います。読後感がよくなかった。一方で、年齢を考えたときに、やっぱりこれだけ書ききれる、最後まで読ませるセンスはすごい。今後も注視したい才能だなと思いました。
岡村 今井くんはこの作品を、推理小説だと思ってるわけだよね?
今井 そうです。
岡村 僕はこの作品を探偵小説だなと思ってる。要は、『名探偵コナン』とか『金田一』みたいなもんだと。だから、キャラとか文体は、今回の作品の中では一番今風だなと思ったんですよね。まあ、明らかに西尾フォロワーなんですけど。
平林 フォローするには文章力が足りないフォロワーなんだよね。だからこれねえ、あんまりこういう言い方しちゃいけないんだけど、やっぱり、文章力で、すごい損をしているところがある。
岡村 西尾さんと比べるのはあまりにも酷ですよ。
平林 じゃなくてさ、この人は基本的に文章をたくさん読んでないと思うんですよ。たとえばアナウンサーが喋ってる文章なんて、ちょっとググれば、いくらでも実際の文章が出てくるのに、それを調べてないんだよ。想像で書いてる。そこら辺の、小説を書く時に必要なことをきちんとやってない感じがあって。そこは若さなのか、ただやり方を知らないのか、サボってんのかがわかんないんだけど。
太田 これは単に、彼が15歳だからなんですよ。若いからなんですよ。
岡村 取材せずにこの文体のリズムで書けるんだったら、全然才能あると思いますけど。
太田 まったく僕も岡村さんと同じ意見ですよ。
岡村 読んでて全然引っかからないですからね。僕は。
太田 いや! 実は僕は引っかかる。
平林 僕は、けっこう辛い。
山中 うーん、そこに関しては僕も岡村さんと実は同意見。僕はあんまり文章の上手い下手は見てないんで。
太田 いやいや、やっぱ引っかかったね。僕は。はっきり言って、読むのがイヤになったくらいなんだわ。ただ、15歳にしてすでに何かを持っているんですよ、この人は! そこが一番いいなあと思って。文章力は褒められたものではないし、ミステリーとしては成立してないし、一般常識もないと思うけれど。
岡村 一番こきおろしてませんか?
太田 いや、褒め言葉です。今のところ常識も文章力もないけれど、この人は作家として、小説を小説として成り立たせるセンスがある人なんですよ。少なくとも、あるかないかで言うと、断然にある。確かに15歳ってところで下駄を履かせてるところはあるけど、15歳で持ってないといけないものは、ちゃんと持っている。言ってみると、年齢が上がっていけばどうにかなるとこなんですよ、一般常識だったり、文章の上手い下手だったりとかは。
今井 むしろ伸びしろがある、と。
太田 そうそう。15歳でそこそこ完成されたものを送ってくる人よりは、むしろこういう伸びしろがあるものを送ってくる人のほうが期待できるじゃん。15歳限定で小説選手権やったら、この人は日本なら確実に表彰台に乗ると思いますよ。もちろん、こっから先はどうなるかわからないけどね。
今井 現時点では、かつての紅玉いづきさんみたいですね。
太田 そうそうそう。なんかさ、ずばっと胸を刺す一言を書いてくれるじゃない? シチュエーションにしてもさ。「実は○でした」とかさ。
岡村 あそこはいいですねえ。僕、そういうベタな展開好きです。
太田 ○とのやりとりとかも非常によかったし。
岡村 ○の部屋に行けば、一気にわかることを、延々とやってる……美しいじゃないですか。
太田 このあたりのところも確かにね、推理小説じゃないんだよね。ただ本当におもしろかった。こいつは頭がいいなあと思いました、僕。
平林 僕は逆に、文章と学歴って関係ないんだなあと思った。
今井 まったく違う反応でおもしろいですね。
太田 ホントに? いや15歳だよ?
平林 いやあ、本読んでないのかなと思いましたね。要するに、読んでる人だったら、こういうときに出てくるであろうフレーズが出てこないんで。
太田 じゃあこれから何を読んでもらえばいいのかな? この人。
平林 もう何でも読むべきだと思いますよ。今読めば、何でも肥やしになるはずですよ。今とにかく量を読むのが大事だと思いますよ。
太田 僕はね、あえてこの人にお薦めするんだったら、『僕らの時代』みたいな、あの辺りの、栗本薫のミステリー小説を読むといいんじゃないかなって気がしますね。彼女の初期のミステリー作品を。
平林 僕、わかんないかもしんないけど、古典を読んだほうがいいかなと思いますね。
太田 古典ミステリーってこと?
平林 いや、外文の古典みたいなやつ。岩波文庫みたいなやつ。薄っぺらいやつでいいから。
太田 どうもわかれるねえ。
岡村 なんかこの2人が、15歳を自分色に染めようとしてますねえ。
一同 (笑)
太田 ユー、俺色に染まりなYO!
平林 と言うか、この年齢の時に、わからないながらも背伸びして読んでおいたほうがいいものってのがあるかなって思って。偉そうなものを読んでもいいんじゃないかなあと思いますけどね。とか言って、既にメチャメチャ読んでるかもしれないですけどね。全然肥やしになってないだけで。
太田 いや、読んでないでしょ。15歳で高校入学したばっかだし。
林 あ、でもこの子の経歴を見ると、私立中学から持ち上がりで高校に進学してますね。
平林 いやあ、でもそしたら、普通の子供と違う生活を送ってるかもしれない。「勉強しかない」っていうパターンね。
山中 「高校二年生の僕はある日、母親から巷を賑わしている殺人事件の謎を解くことを要求される。僕の家系は探偵一族で、今回の事件は探偵として認められるための試験と告げられた。しかし探偵になんてなりたくない僕は、ネットで知りあった自称探偵の助手として働き、自分の代わりに謎を解いてもらうことにした」。僕はこのあらすじの4行がめちゃくちゃおもしろそうに見えたんですよ。
太田 おもしろいよな! な!(ジャイアンっぽく山中の肩を叩く)
山中 もう明らかに、この入り口のセンスが素晴らしい。だけど本文はなぜこんなにつまらなく書けるの? っていうようなところもあって。まず探偵のキャラクターが地味だったりとか、筋道の文章がメチャクチャになってるじゃないですか。だから僕はやっぱり、エンターテインメント作品をきっちり読むべきだよねっていう気がするんですよ。
太田 僕もそう思うんだよ。だからやっぱり、そう言うと、栗本さんなんですよ。
山中 ちゃんとした王道のエンタメ。ノベルスの新本格以降のやつはちょっと捻り過ぎてる可能性があるから、その手前の作品とか。
太田 いやあ、山中さん、僕の言いたいことをぜんぶ言ってくれてありがとうございます!
平林 なるほど。
山中 要するに、エンターテインメントにふったほうがいい。おもしろいことを考えるセンスをこの人はたぶん持っている。抽象能力は高いんだけど、それを具体的に落とし込むっていうところにおいての技巧だったりとか下敷きが足りてないんですね。だから勉強するのはマンガとか、ハリウッドの映画とかでもいいと思う。
平林 どうなのかなあ。僕も出だしにはそそられたけど、彼は自分のおもしろいと思っていることを、ちゃんと文章にできてないと思うんだよね。
山中 そこは、単に文章力がないっていうことでしょう?
平林 そうね。文章のイロハみたいなものを、それこそ文体だけで保ってるような小説を読めば、この子はすぐパクれると思うんだけどね。
山中 文体のある小説を読むっていうのはすごくいいと思いますね。
平林 だって文学って、言ってしまえばさ、文体だけで保ってるようなものが多いわけ。
山中 今は文体がないですよね。
平林 ない。
太田 文体はないね。平林さんの仰るように、文章的には確かにこんなのはダメなんですよ。ただ、言ってることにはセンスあるんですよ。哲学とか、気の利いた言い回しだったりとかね。
今井 背伸びしてでもたくさんの本を読んで、ぜひまた来てくださいってことですかね。
太田 この子には才能があると思うよ。確実に。
林 こういう場合って、とりあえず本数を書くほうがいいのか、それとも、じっくり時間をかけて一本書ききるのか、どちらがいいんですか?
太田 こういう若い人はね、書いちゃうんだよ、止めても。とくに10代はガンガン書いちゃうんだよね。時間も意欲も体力もあるから。しかしそれでもどこかで腰を据えて書く必要はあるんだけど。だからこの人にもその季節の到来を期待したいね。頼んだぜ!
……というわけで今回は新人賞無しだね~。でも、低調過ぎるぐらい低調かなと思ってたけど、そうでもなかったね。
今井 芽はあった感じでしたね。
平林 今後期待できるものがかなりありましたよ。
太田 個人的にはミステリーがたくさん来たのが喜ばしいことですよ。やっぱり受賞作次第なんだね。ミステリー書きの人には、また応募してほしいなあ。
岡村 マジか……じゃあ次回の新人賞作品が発売されたら、アンドロイドものばっかりが来るのか……。
平林 そうなんじゃない? 『Exeption ―機巧アリスに口付けを―』(仮)が出たらねえ、投稿作はきっとロリっぽいのばっかりになるんだよ! 僕はロリコンじゃないからそういうのが来てもあんま嬉しくないけどね……。
一同 えっ……?
一行コメント
『少年と女神の黄金戦争』
全体のトーンが均一で、起伏に欠けたイメージ。物語の盛り上がりについて組み立てに一考が必要かと思います。(山中)
『傷物殺戮人形』
どういう意図を持って、何を表現したくて描かれた作品なのかが見いだせない。ただ筋立てだけがあっても、そこにドラマが見えてきません。(山中)
『君だけの自爆スイッチ』
それなりに読めるんですが、もう一歩そこから抜け出して欲しいです。文体はテンポが良かったと思います。(平林)
『クレイジーハニー』
一人称が説明的で非常に退屈です。内容も退屈。(平林)
『ハロー・グッドバイ』
一人称が説明的で非常に退屈です。内容も退屈。(今井)
『おかしたべたい サト カズエという女』
冒頭提示される「天才作家の失踪」という謎とは真逆の展開が繰り広げられるので、どう決着するのか期待して読んだのですが、全く回収されませんでしたね。矛盾の多さが気になって、お話が頭に入ってきませんでした。(林)
『ハンプティの小唄』
前半悪くなかっただけに、後半の失速が残念でした。(今井)
『青と学者』
地球崩壊への展開が強引すぎるかなと感じました。物語を動かしたいのはわかりますが、そのための準備をしっかりとして頂きたいと思います。(今井)
『水面に映る羽根』
非常に読みやすいのですが、飛び抜けたところがなく、全体的に地味なのが問題。舞台が名古屋なのも必然性がないように思いました。(山中)
『僕は“魔王”だった』
類型とご都合主義から抜け出せていない。(平林)
『魔女ベルラの雑貨店』
次々に明かされるキャラクター同士の関係性に全く驚く点がなく、描写がありきたりの範囲に収まってしまっている。(山中)
『ヒメラン~姫ちゃんは魔法のランプ』
タイトル通りの設定を使って、どんなおもしろいことを描こうとしたのか。さっぱり解りませんでした。(岡村)
『スピカのかわりはあるのか?』
タイトル通りの設定を使って、どんなおもしろいことを描こうとしたのか。さっぱり解りませんでした。(山中)
『キミの中に出すバニラチックサイド』
ゲーム世界の話なのに、ゲームならではのおもしろさと目新しさが全くなかったです。(岡村)
『世界はBAD・ENDから始まる』
お願いだからデータをきちんと添付してください! 設定もキャラクターも薄味でした。(林)
『性少女維新』
品が無くて、くだらない。最後まで読むのが苦痛でした。(岡村)
『忠魂碑にはワイン瓶を投げつけよ』
物語は丁寧に綴られてますが、どのキャラクターにも魅力を感じませんでした。(岡村)
『Devils Den Agent』
どこかで見たことある設定、キャラクター。全く同じ必殺技を2度も使うのはダメ、絶対。(林)
『黒魔法少女』
偉大な先行作品がひしめく「魔法少女もの」でこの出来では、目も当てられないです。(岡村)
『太陽の使役者』
よくある話で、あまりワクワクしませんでした。コンパクトにまとまっていたのは良かったです。文章も読みやすかった。(今井)
『リリィとレインは満月を笑う』
物語が薄すぎる。また、キャラクター描写に主眼が置かれている構成にもかかわらずキャラクターのバックグラウンドが全く見えてこないため、顔の見えないキャラクターたちの会話だけで物語が進んでしまっている。(山中)
『ユニコーンの折れたツノはポケットの中へ』
上記と同じ著者による上記作品の続編。応募要項通り、一回の応募につき一作品でお願い致します。(山中)
『小さな者の、美しき幸福論』
読みたくなる文章で設定も凝っているのですが、複雑な世界観が空中分解している印象を受けました。キャラクター別に語り直される構成もうまく機能していない。(林)
『彼女以外全部沈没』
連作短編だが、一話一話のパンチ力が弱すぎる。あまり連作としての意味もなしていないため、技巧に走りすぎている印象。(山中)
『インセンシティブ・センシブル』
スタートはおもしろいのですが、中盤以降がかなり荒い。特に女性キャラクターが主人公にとって、都合良く行動しすぎです。(岡村)
『イヤリング Ⅰ』
設定は壮大でワクワクさせられたのですが、本文が冗長的で、最後まで読むことができませんでした。(今井)
『ヒオス―金色の夢―』
前菜しか出てこないコース料理みたいでした。序盤でこの物語のテーマなり目的を提示した方がいいと思いました。(林)
『家出・ホーム・ラン』
アイディア自体はユニークですが、浅い。時間を費やして読んだ分のリターンがない。(平林)
『RUN!』
話がとっちらかりすぎていて、何を書きたいのか最後までわかりませんでした。あと長い!(今井)
『噓つきな女神が支配する』
だめな方の中二病が鼻について、主人公を好きになれませんでした。設定も隙が多い。(林)
『バクウチ』
読めなくはないが、目新しさやセールスポイントが見当たらない。(岡村)
『ノスフェラトゥの憂鬱』
数百年にわたって愛されてきた「吸血鬼」という題材は、よほどのオリジナリティがないと扱いきれないと思います。(今井)
『アケの花』
ラストの呪いの真相が明かされる展開はすごく響きました。全体的にキャラクターの設定や言動をもう少し丁寧にえがいて欲しかったです。(林)
『アンチ・ニュートラル・ガールズ・ギア/ガトリングガンが回らない』
読み終えた後、「もう一度この場面を読みたいな」と思わせる個所がなかったです。(岡村)
『ランドスケープ』
物語が進まなすぎでしょう。序盤からの筋立てもまったくなく、なにを読んで欲しいのかを摑みかねる構成です。(山中)
『進化論者のクローズ・クロス』
ロジックとして非常に強引な部分があるにもかかわらず、それでもなお読ませるのは大したものだと思いました。次回もお待ちしています。(平林)
『いない世界』
台詞があまりに単調で、読み進めるのが困難でした。(今井)
『白曜石のきらめきを』
凝った設定を作った割には、上手く使いこなせていない印象がありました。設定過多かもしれません。文章自体は悪くなかったです。(平林)
『遅咲きダンプ!』
文体もキャラも良いのですが、ストーリーがイマイチ。裏にしっかりした設定がなくて、表面だけで描かれている印象でした。(岡村)
『赫』
会話文がぎこちなさすぎて読めませんでした。(林)
『ソラミミ』
ストーリー、設定、台詞回し等、全てが40点という感じでした。(岡村)
『人間山脈』
字間が広すぎて読みにくさが半端無かったです。読む人の気持ちを考えた原稿を。(今井)
『Cordial』
構成が甘く、読者を楽しませるための説得力に欠ける。(山中)
『合わせ鏡のスピラ』
根幹をなす作中設定の説得力がなさすぎるでしょう。(山中)
『ライフワーク』
あらすじの時点で読みたいと思わせるようなシズルが足りない。作中作を織り交ぜた構成も奇をてらいすぎている印象です。(山中)
『有象無象あるいは狼娘を巡る群像』
プロットの密度がなさ過ぎる。既視感も強く、新味を感じられません。(山中)
『Re:exist』
全体的に読みやすいけど薄い、と感じました。こういった傾向の作品は非常に多いので、冒頭で新味のあるものを提示できないと厳しいかと思います。(平林)
『MOD―夜明けの手稿―』
要素が詰め込まれすぎていて、オーバーフローしているように感じました。(今井)
『追憶の帰節』
読みやすい文章ですが、話がありきたりすぎます。(今井)
『君が主人で僕が下僕で』
ギャグものとしてもミステリーものとしても、魅力が無かったです。(岡村)