2013年夏 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会
2013年5月13日@星海社会議室
3人目の受賞者現る!! 長き沈黙を破り、まさかの受賞ラッシュ!?
新人アシエディ・林が加入! そして……
太田 座談会、開始です! まず星海社のニューカマー、新人アシスタントエディターの林さんの自己紹介からいきましょうか。
林 今年の1月から合流しました。林佑実子と申します。本格的な座談会の参加は今回が初めてなのでよろしくお願いします。
太田 林さんはどんな小説が好きなんですか?
林 『戯言シリーズ』とか。完全に『ファウスト』フォロワーでしたね。
太田 (がっかりして)いやー、つまんない! (喰い気味に)キャラ立ちがないでしょ! やり直し!!!!! 君にもう一度だけチャンスを与えよう。「林さんはどんな小説が好きなんですか?」
林 エーーッ!! そんな急におもしろいこと言えないです!
太田 おいおい、寝言言ってんじゃねえよ。ここはそういう場所、編集者の戦場だろ?
岡村 こういうのは瞬発力勝負だから。「いつ考えるの? 今でしょ!」
太田 あのね、この座談会は投稿者はもちろんのこと、我々編集者のステージでもあるんです。つまり、我々編集者の力の見せ所なんですよ。だから「あ、こいつおもんない」と読者に思われたらダメなわけ。事前の入念なシミュレーションが大事なんです。シャドー座談会ね。ああ来たらこう! こう来たらああ! みたいな感じで。シュッシュ! シュッシュ!!(と、なぜかシャドーボクシングを始める)
平林 座談会は戦いだからねえ。
林 (気を取り直して)そうですね……私、怪奇ものが好きなんです! 実録系の『新耳袋』シリーズを黙々と読んでました。
太田 うんうん、いいじゃないですか。京極さんのイベントとか行ったことあるの?
林 はい。太秦映画村で開催していた『お化け大学校』というイベントでサイン本を頂きました。
山中 京極さんに? いいなー。僕、もらったことないよ。
太田 僕もないよ! というわけで林さんの紹介はおしまいです。林さん、これから頑張ってくださいな。そして新人が入って、竹村さんが星海社から離脱! さよなら! 竹村さん! 新天地でも頑張ってくださいませ。
山中 竹村さんおつかれさまでした。
太田 まあ転職先も同じ業界だし、これからも活躍の噂が伝わってくるといいなと思いますね。あと今回、柿内さんも不参加です! 新書の校了作業に追われているので!!
岡村 すでに発売○日前ですからね。まだ落ちてないのが奇跡だよ……。
山中 新書の校了は毎月過激になってますよね……新書の進行を見てるとブラック企業と言われても仕方ない感じが……(笑)。
太田 彼の場合は自らそういう事態を招いているから何とも言いようがないよね……。うーん、でもまあ、自分で経営しておいてなんだけど、星海社ってこの規模の出版社としてはこれ以上ホワイトな会社はないと思うけどね。また秋あたりに人材募集をかけるので、我こそはと思う方は合流してくれると嬉しいな、って! あ、まどかちゃんみたいに言ってしまった……。まどかちゃん、やっぱりいいよねー。
山中 かわいくないです。
そのワンフレーズで全てがブチ壊し!
太田 というわけでさっそく選考を始めましょう。バリバリいこうぜ!
平林 ではトップバッター。『サヨナラ、ニッポン』。これ、どっかで聞いたタイトルだよね?
一同 (失笑)
岡村 僕は『大日本サムライガール』という作品を担当してるから、こういう右翼やら愛国っぽいタイトルの投稿作品は必ず僕の担当にくるんですけど、これは酷かったです。一言で説明すると、限界集落を日本から独立させることによって救う話です。
一同 救えねえよ……。
岡村 たとえばすごく突飛なアイディアや、僕が知らないようなスペシャルな知識や経験があったら本当に限界集落を救えるのかもしれないと思って読んでみたんですけど、全くそんなことはなかったんですね……。たとえば、
食料が自給できないという理由で、日本はいつも海外のご機嫌をうかがいながら外交をせざるを得なかった。アメリカにも中国にも、頭が上がらないのは、彼らが自分たちの「食料」という生命線を握っているからである。
僕はこの文章を見たときに、「ダメだな」って思いました。この書かれ方だと、食料が自給できればアメリカや中国を気にせずに日本の外交ができるってことになるわけですが、そんなはずはない。このことが著者の本当に言いたいことなのかわからないですけど、それにしても読者に誤解を与えてしまう文章だと思う。
平林 その文章をそのまま受け取ったら間違いだよね。食料自給率が低いっていうのは、データの見方にもよるし。生産額で計算すれば、日本の食料自給率は低くないっていう人もいる。
太田 うーん、前後の文脈もあるとは思うけれど、ちょっと現実の事実とは違うようだね。
岡村 だからこの一文を読んだことで、この著者が言っていることの説得力や作品全体の強度が僕の中で弱くなってしまうんですよ。
太田 そういう致命的な一文ってのは残酷だけどあるよね。
岡村 萎えるんですよね、気持ちが。こういう「あれっ?」って思うような文章が端々にあるんです。
太田 知識をもとに書いていく場合はとくにそう。小説の中で展開される説はどんなに突飛であってもいいんだけど、そこには読者を納得させられるだけの説力がないとね。じゃあ次、『ルート∞』。なんと5回目の投稿です!
今井 これね……。結論から言うと、全然ダメでした。殺人者が、過去に殺した人の数×500万の懸賞金掛けられて、刑務所から全部逃されたっていう世界で。
太田 ほう。なるほど。『ブレードランナー』じゃないですか。
今井 それをビジネスチャンスと捉えて、逃された奴らを殺すことで金儲けしてる団体があるって設定なんですけど、人数×500万程度の金額でビジネスは成り立たないと思うんです。狩る側のリスクも相当だろうし。突飛な設定にもやっぱりロジックは欲しいなあと改めて思った次第でございました。
太田 設定は魅力的になりうるもののような気もするけどねえ。うーん、残念。22歳。まだ若いから伸びそうな気もするんだけど。
今井 さっきの岡村さんのやつもそうですけど、世界全体の話をするときには経済や政治について最低限のことは押さえといてほしいですね。
平林 得意不得意ってどんな書き手でも必ずあるし、そうすると、作品の中で「ここは自分が書いたらボロが出そうだな」ってところは絶対出て来るんですよ。そこをうまく避けながら、なおかつ読み手を納得させるような書き方をしてほしいですね。
今井 もちろん、担当として一緒にやるならば、僕らも精一杯勉強しますけどね!
まだまだある、戦争もの!
太田 はい次、『とある愛国者からの手紙』。
一同 すごい! 表紙がしっかりデザインされてる!(笑)
林 カッコいいですよね!
岡村 気合いが入っていますよね。僕もこの表紙を初めて見たとき、「日中航空決戦か。おもしろそうじゃないか!」って思ったんですけどダメです。一番ダメなのは、歴史小説でも架空戦記でもなく、中途半端で規則性が何もないところ。日本は史実どおり「大日本帝国」で、「大英帝国」も登場してくるんだけど、中国は「中華帝国」。そしてソ連がなくて、「スボール社会主義共和国連邦」になっている。
平林 何でそんな中途半端な設定にしたんだろうね。架空戦記にしちゃったほうがわかりやすい気もするけれど。
岡村 あえてこういう設定にした理由が読んでいても全然わからないのが問題です。あと、視点が一人の男の回顧録みたいな感じになってるんですね。なので、要はほぼ説明口調で結果が羅列されているだけの記述だから、物語としてカタルシスを感じるところがないんです。この人は、全く別の作品を書いたほうがいいと思います。この路線でいくのはキツイ。
太田 あらら。気合いの入った原稿だったんですけどね。23歳でこのセンスは「ある意味」貴重だと思うから、なんとかならないかなあ。しかし今回はライト(右翼)な感じの作品が目立ちますね。うーん、自民政権に戻ったからかな? 次、『このくに』。
平林 これもね、25歳の女性が書いた戦争ものなんですよ。キャッチコピーが「前略 日本を受け継ぐ皆様へ」……お前に言われたくないよ!!(激しく机を叩く)
太田 いやあ、平林さん飛ばしてますねえ。しかしまあそうだよなあ。25歳には言われたくないセリフだ(笑)。
平林 舞台は第二次世界大戦の末期、国内の話です。兵士である主人公は空襲に遭うんですけど、市街を爆撃していたB29が山に墜落するんですよね。主人公はそのパイロットの敵兵を殺すために山に行ったところ、敵兵と銃撃戦になって死にそうになる。そこに未来の山の主だっていう子狐が現れて、心温まる話みたいな感じになってきて……。
太田 え、『ごんぎつね』?
山中 ちょっと前にネットで『ごんぎつね』が話題になりましたよね。
平林 で、その瀕死の主人公が山の主になってしまって、この国を守っていくぞみたいな。
太田 それで一国が守れちゃうなら世の中ノー問題だよ……。
平林 いやもうね、アナタ戦争のことは気にしないでいいから、毎日の仕事をしっかりやりなさいなって感じですね。
太田 平林さんは本当、女性の投稿者にはキツイなあ……。
コンプレックスを原動力にせよ!
太田 次、『終わる世界の7日間』。うーん、無職の人(プロフィールを見ながら)に言われるとすごいグッとくるねえ。うらやましいです。
今井 これね、「1年後、あるいは7日後に世界終わらせるけど、どっちがいい?」って全世界に向けて神様が宣言するとこから始まって、主人公は7日で終わる世界を選ぶんですよ。そこは桃源郷みたいなところで、けっこう穏やかに暮らすわけなんですね。ただ、途中で気になる娘ができて、その娘のために「1年で終わる」世界に戻るんですよ。そりゃもう大パニックになるだろうと思ったら、「驚くほど普通」だって言ってて。そんなわけないだろ! と。ちょっと物語の行き先がわからなかったですね……。
山中 人生も物語も迷走していると。
太田 冷静な指摘、ありがとう。しかし、無職だからこそ書ける作品もあると思うんだけどね。たとえば、『NHKにようこそ!』なんて、著者の滝本竜彦さんが真正の引きこもりだったからこそ書けた作品だからね。僕が思うに「無職パワー」ってのが絶対あるはずなんだよ。なぜ彼はボタンを掛け違えちゃったのかな……。そうそう、このあいだ僕が畏敬しているとある漫画原作者に久しぶりにお目にかかってお話ししたんだけど、彼曰く、クリエイターって、「自分が世間から負けてる」って思ってるヤツしか伸びないんだって。ぐっとくる言葉だよね。伸びているクリエイターは、たとえどんなに大御所でも、どんなに高いマンションを持っていても、どんなに美人な奥さんがいても、「俺は世間から負けてる」って思ってるらしいのよ。
今井 「世間」ってのは「誰か」ではダメなんですか?
太田 ダメみたいよ。世間一般に対して何かしらのコンプレックスがないと、ダメなんだって。なんとなくわからない? 僕はわかる気がするんだよね。これは偏見かもしれないけど、「無職」なんて、一番そういうコンプレックスを溜め込んでいる。クリエイターにとってはこれ以上ないすばらしい境遇だと思うから、そこで巨大なエネルギーを爆発させてドカンといってほしいと思います。クリエイターは、常人ならば逆境でしかない状況ですら、プラスに転化できる数少ない職業です。その強みを自覚してほしいです!
思い出は胸にしまっておいて!
平林 次は『イヤリング』。この原稿、すごい大層なファイルに入ってる!
林 そうなんですよ。これ、25年前に同人誌で発表したSF作品をベースに書き起こしたそうです。なので、作品の中の未来感がとっても古い……。どれくらい古いかというと、添付されていた参考資料を見てください!
平林 あー!! 見たい見たい!! こういうの大好き!!!
山中 やべー。めっちゃ時代を感じる! むしろ資料的価値がありそうなくらい……!
太田 本当だ。このSF感は『マクロス』とかだね。当時の美樹本さんとかが好きな人って感じだね。あ、このバイク『AKIRA』じゃないですか。これ、Kindleで出版したらおもしろいんじゃないかなあ。
林 作品も絵と同じで、25年前で止まってしまっているんです。たとえば、登場するロボットはぜんぶカタカナで喋ったりします。
太田 かわいいじゃん。ある意味今期アニメの『翠星のガルガンティア』のチェインバーじゃん。
平林 狙っているのはレトロフューチャーなんでしょ。
林 にしてもレトロがすぎます。
平林 わざとじゃなく、そうなっちゃってるのはよくないね。
山中 ……あれ? しかも終わってないのコレ?
林 はい。きりのいいところでは終わってますけど完結はしてないです。参考資料と共に添付されたお手紙には、全3部作であると書かれていました。
一同 (重い沈黙)
林 ……これは「綺麗な思い出」として封印しておいたほうがいいのではないでしょうか。
山中 完結してない系は、実は僕の担当にもあったんですよ……。『神話のつづき 第二夜』。
今井 僕が前に「終わってないの送ってこないで!」って言ったやつですね。
山中 第二夜も最後、終わってないんですよ! しかも多分、第二夜のタイトル通り、途中からなんですね……。
平林 我々の講評とかどうでもよくて淡々と自分の世界に引きこもってオナニーを続けている……もう少し読み手のことを考えて書いてほしいよ(泣)。
原稿がつまらないならおもしろく話せ!
太田 気を取り直して次、『オニート!』。オニートって何? ニート?
林 お兄ちゃんがニートなんです。
太田 アハハハハハハハ(乾いた笑い)。気を取り直せねえ!
林 作品は残念ながら一行ですね。
太田 何がダメでした?
林 キャラクターがどれもどこかで見たことのある記号的な萌えキャラで。表面的にしか人物が描かれていないので、途中で誰が何を喋っているのかわからない箇所が多々ありました。とにかく感情移入できなくて、読むのが辛かったです。
太田 うーん、ちょっと待ったあ! 林さんねえ、この座談会でよくある紋切り型の批評文句をトッピングして「ちょっとおもしろくなかった」なんて言うのは編集者としての敗北です。逆に言うと、それは林さんがおもしろくないんです。一発ドカーンって僕らから笑いなり戦慄なりを起こせない限り、原稿じゃなくって林さんがおもんないんですよ。
平林 どれだけおもしろくなかったかを、おもしろく言うんだよ!
林 なるほど!
太田 今んとこ、きっと原稿よりも林さんのほうがおもしろくない。我々は最も厳しい姿勢で臨んでますから! 座談会には!! 林さん、「一行」以下の編集者にはなりたくないでしょ。さっきから聞いていると感想がさ、もう読者レベルですから。
林 反省します……!
太田 (怒りがヒートアップして)これは林さんに限らず、皆、基本的なインプット量が足りな過ぎますよね。たとえば山中さんとかさあ、僕があれだけしつこくプッシュして強制的に見せなかったら『ゴッドファーザー』三部作も知らないでうっかり20代を過ごすところだったじゃない。
山中 危ないところでした。
岡村 まあでも、得手不得手はありますよ。僕は洋画をあまり見ないので、そこら辺は弱いですし。
太田 うーん、編集者は、薄くてもいいからとにかく「広く」知っている必要があるのよ。若いのは若いうちだけだから、腰を入れて勉強しないとあっという間に年を取っちゃいますよ。林さんは大反省! アーンド、まだ担当作品が何作か残っているので、そこで挽回するように! それじゃあ次、『マホロミ・マホと三人の怪物』。
平林 これ、ヤバイっすよ!! この人、ふだんは漫画を描いていて、小説は久しぶりに書いたそうです。
今井 薄いですよね。94枚か。
平林 台風に飛ばされてしまった迷子の女の子が、家に帰る途中に、仲間や魔法使いと出会い大冒険するって話なんですけど……。
林 それ、なんて『オズの魔法使い』……?
平林 これちょっと見てください!! ちょっともう……。
太田 ああ……ヤバイねこれ……これはヤバイ!
平林 これ、帰省の新幹線の中で読んでたんだけど、思わず「脳が壊れるかもしれない!」と思った。
一同 (笑)
林 さすが平林さん! これかぁ〜、これが座談会のテクニックかぁ〜。
太田 メモをとるのを忘れちゃダメだよ!
平林 (萌え声で)「しっぽが痛いニャ! ミナはやりきった充実感で一杯ですうー」とか……。
山中 ……平林さん、やりきりましたね。感動です。
林 勉強になります!
編集部、まさかの敗北宣言!?
太田 さぁさぁ来ましたよ! 今回の座談会の華! 今井さんの『コスモス』!!
今井 最後まで読みました! もうね、修行僧の気分です。これは修練なんだと思って挑みました。命からがら最後まで読み通したんですけど、結局わからず終いで……(涙)。
太田 あらら。ちょっと冒頭を紹介してみようぜ! さあ来い!
目を覚ますとタクシーの後部座席に座っていた。タクシーはどこかに向かって走っているようだったし停車しているようでもあった。それから運転席を見るとそこには人間サイズのひよこが座っていた。俺はその人間サイズのひよこに「ひよこさん?」と聞いた。するとその人間サイズのひよこは「〝まっきっき〟だよ」と言った。俺は「じゃあ俺もまっきっき?」と聞いた。すると人間サイズのひよこは「違うよ」と言った。俺は質問魔だった。だから俺は「じゃあそのまっきっきって何なの?」と聞いた。すると人間サイズのひよこは「まっきっきはひよこが成長しすぎた姿じゃなくて人間が成長しすぎた姿なんだよ」と言った。俺は「じゃあ人間からまっきっきになるにはどうすればなれるの?」と聞いた。すると人間サイズのひよこは「〝非覚せい剤〟を使うんだよ」と言った。俺は「その非覚せい剤って何なの?」と聞いた。すると人間サイズのひよこは「非覚せい剤は粉状の物質で粉の色はまっかっかとまっきっきの2種類あるんだよ」と言った。俺は「じゃあその非覚せい剤のまっきっきの方を使うとまっきっきに変身してまっかっかの方を使うとまっかっかに変身するって事?」と聞いた。すると人間サイズのひよこは「違うよ。非覚せい剤のまっかっかの方を使うとシュークリームになってしまうんだよ」と言った。……
太田 ……。
山中 ものすごい密度だよね。これ改行一つもないの?
今井 ないです。300ページオーバーで、この会話が永遠に続きます。
山中 舞城さんとはまた違った意味での「文圧」を感じますね……。
平林 この人ね、この人はちょっとじゃなくてだいぶおかしい。何がおかしいかって、これを書ききれるのがおかしい。
今井 たしかに結論は「ダメ」なんですけど、書き出しは抜群におもしろいし、1ページごとであれば読ませる力は強いんですよ。言語センスがすごくて。だからこそ僕は、問題作として社内で共有しました。ただ、読みきっても物語的帰結みたいなものは一切ないです。
太田 いやこれはね、ひょっとするとすごい作品になるかもしれない。
岡村 ……と思わせる何かがありますよね。
太田 これさ、バロウズとか、あるいはコルタサルみたいなラテンアメリカ文学の人がさ、50ページくらいの短編でこんな感じの作品を発表したら、「これは深遠だな〜」とか「わかるわかる〜」みたいな流れになる可能性がなさそうであると思う。僕、真っ先に言ってる気がするんだよね〜。
岡村 これ本にして、帯を「君はこれを読破できるか!?」って感じにしたらおもしろいんじゃないですか?
一同 (爆笑)
太田 でも編集部全員が「わかりませんでした」って悔しくない? 俺は悔しいよ、「わかりませんでした」って言うの。空しく街に帰ってきた調査兵団の隊員なみに悔しい。
平林 でもね、この作品はやっぱり読んでると頭がおかしくなってくる。
太田 でもさ、こんな作品が送られてくる編集部っていうのは楽しいなって思うんだよね。
岡村 ペンネームにも狂気を感じますね。「緑森々」。
太田 ……そうなんだよ。なんかあるヤツのような気はするんだけどね〜。でもね、これは今の僕らでは商業出版できない!! ゴメン! すいません! 謝ります。ごめんなさい!
岡村 出た! 敗北宣言。
太田 うーん、せめて『六本木少女地獄』の原くくるさんくらいのオーラと通俗性があったら、断固やるけれどね。あるいは、今の星海社がキングレコードさんみたいに儲かってたら「やろうよ」って言うよ。ももクロもエヴァもAKBもあってさ。でも、今の俺たちはまずお金がほしいんだ(断言)!
林、挽回ならず……
太田 『セカイが君を待っている』。林さんの担当だね、挽回してくださいよ!
林 キャッチコピーが「これは全オレに捧げるレクイエム」!
太田 フハハハハハハハ。キャッチコピーはいいね。
林 あらすじの段階ではおもしろかったです。自分の人生を、少年時代・青春時代・青年時代・暗黒時代・黄金時代で分けて語る回顧録になっててですね。主人公は世界を救うヒーローになる運命の子として生まれたはずなのに、生まれた瞬間から全部選択を間違い続けてしまってヒーローになれなかったと。その失敗の歴史を一人称で淡々と振り返っていて……。
太田 ストップストップ、もうダメ! 林さん、全然ダメ!!
今井 あらすじからおもしろかったことが全然伝わらなかったですね。
平林 あーあ、岡村くんが完全に飽きてネット見始めてるよ!
岡村 いや、大丈夫。ちゃんと聞いてるから。(ネットを見ながら)
太田 その思春期の高校生みたいな言い訳やめろよ!
今井 林さん、「ここだ!」っていうシーンはなかったの? ここがレクイエムなんだよ! みたいなさ。
林 (キレて)全っ然レクイエムとか出てこないんですよ!! ずーっと読んでてもっ!!ずーっと冴えない日常が描かれていて、最後の最後で俺の人生全部間違っていた、俺は本来特別な存在だったのに……って主人公が悟って終わり!
太田 じゃあこの話は何なの?
林 ちょっとオナニーが過ぎると思いましたね。読み手に優しくないです。
平林 いや別にオナニーでもいいんだよ。ただし、それがすばらしいオナニーであればなんだけど。
太田 神々しいオナニーって、実際にあるからね。
林 あと言えることがあるとしたら、冒頭50ページ以内におもしろい事件を起こしてくださいってことかなぁ。
太田 そこら辺は、毎度の繰り返しのアドバイスになりますけれど、映画のシナリオ本をよく読んで勉強したほうがいいと思いますよ。小説じゃなくて。
山中 今までの座談会でも散々言われてきたことですね。
太田 映画のシナリオは、展開についての黄金比が確立されてるからね。こういう感じで時間配分すると大丈夫、みたいな。映画の全体が2時間で冒頭のイントロダクションが10分だったら、小説の全体が300枚だとイントロダクションは何枚分にあたるかなって考えながら書いてほしいよね。乙一さんの『GOTH』なんて、分析してみるとわかるんだけど、本当に綺麗にページが分かれているんですよ。前半の何%までにこの話をまとめる、みたいな感じで完璧にストーリーの進行を管理してるわけ。あの『ダークナイト』とかもそうですよ。冒頭の10分間で、銀行強盗があって、ジョーカーがどんなやつか全部わかるでしょ。そういうことですよ。
岡村 完全に余談だけど、柿内さんはそれをデフォルトでやってるからね。映画を1回目は客として、2回目は編集者として観るって。それは趣味らしいんですけど。
強度はあるが、売り物からは遠ざかる
太田 さて、ここからは常連さんの作品ですね。『ねっとる・げでで・いん・むんだ』。
平林 もう、タイトルが最悪。
山中 今回で3回目ですね。
岡村 この人、前回でわりと評判よかった、中世ヨーロッパものを書いた人じゃない?
平林 そう。今回は14世紀初頭の小氷期のポーランドが舞台で、雰囲気はちょっと『ヴィンランド・サガ』みたいな感じ。けっこうおもしろいんだけど、とにかく内容が難しい。歴史好きならともかく、普通の人は絶対に読めないと思う。
山中 西洋史を熟知してないとダメなんだ……。
平林 そう。説明があまりにもなさすぎて、現代の日本人の読者にとってわかりやすいように書く配慮が少ない。前回より強度はあるけれど、売り物からは遠くなりましたね。
太田 前は「売り物にしてくれ」って頼んだハズなんだけどね。
山中 むしろ遠ざかってる!
岡村 そもそも舞台が14世紀のポーランドっていうのが微妙。中世はね、小説にするにはきついよ。
平林 日本人はあんまり興味ないしね。
岡村 でも列強に囲まれながらもポーランドにはこんなすごい人がいて頑張ってた、みたいなドラマがあれば興味は湧きますよね。そんな人いるのか知らないけど。
太田 いるんだよ……先行作品もあるのね。ちゃんと勉強して!
平林 えーと、前回からの課題として、みんなが名前ぐらいは知っている人物をメインのキャラクターの中に加えるか、有名な事件を本筋にからませることは必要ではないかと。
太田 あのさ、もうド直球のアドバイスになるけれど、「王道」から逃げずに池田理代子先生の『ベルサイユのばら』みたいなものに挑戦してみるのはどう? って思うね。あとは大和和紀先生の作品をちゃんと勉強すべきですよ。『あさきゆめみし』は、原作を踏まえながら、一級のエンタテインメントになってるじゃない。きっとこの人にとっては趣味じゃない王道中の王道だけど、逃げずにそのラインを狙ってみてはいかがでしょうか。司馬遼太郎だってデビュー作は忍者ものだったんですよ。
平林 もうひとつ、これもきっとこの人はイヤだと思いますけど、『天は赤い河のほとり』みたいに現代からタイムスリップするとかね。あと、このタイトルはない。次回、気合いと反省を込めた渾身の一作をお願いします!
アドバイス通りなんだけど……
太田 次。岡村さん。『誰かの為に醒めた夢から』。
岡村 これは以前の投稿作の改稿なんです。前回の問題点は修正されてると思うんですけど、正直改めて読んだ感想が「あんまりおもしろくなってない」っていう話になっちゃうんですよ……。
太田 それって我々のアドバイスがよくなかったんじゃないのかい?
岡村 そうですね、これは僕が悪かったと思います。
太田 ほう。
岡村 以前の作品に対して「半分以下にカットできれば良い作品になりそう」と一行コメントをしたので、ところどころ削ってまとめてくれたと思うのですが、文量が減っただけで特に作品のクオリティが改善されているわけじゃない。「〜すれば良くなりそう」というコメントは軽率だったと反省してます。
太田 でもね、選外になった作品を手直しして、同じとこに送ってくるのはよくない気がするね。それだったら別の新人賞に送ったほうがいい。どのみちプロデビューしたら、新作を書き続けていかなければならないんだから、そのときこそ、またそのネタを使って書けばいいんですよ。デビューが目的になっちゃだめ。当然の話だけどね。
常連さん、もう一押し!
太田 次、『学校を泳いだ女』。
平林 これがですねえ、前回、僕が名前を別人とカン違いしてしまった人なんです。『月曜日と灰』の方ですね。この方は『テケテケさん』は書いていません、大変申し訳ありませんでした! で、お詫びを込めてじっくり読ませてもらったのですが、前回より良くなってたので、細かい感想を原稿に赤をいれて送ろうかなと思ってます。もうちょっとで一皮むけるんじゃないかと。
太田 それは期待できますね。で、どんな話なの?
平林 主人公は女性的な男子高校生。周りが二次性徴を迎えてどんどん男らしくなっていくのに、何故か彼は女らしくなっていってしまう。そんな彼は帰宅部で浮いていて、若干イジメられてる。けれどもある日、学校の花壇に水をやっていたら、そこに耳が生えてるのを見つけるんですよ。
太田 花壇に? ヤバイね。『ツイン・ピークス』じゃないですか。
平林 その耳を手に取ってみると、なんと花壇とくっついてるわけですよ。これをまあ、千切る。千切って、お守りとして持つっていうところからお話が始まる。
今井 『ジョジョ』みたいだ。
平林 それと同時に、クラスのいじめっ子みたいなヤツに告白されて、若干性奴隷的な感じになっていく。
太田 (しみじみと)いいねえー。
平林 主人公は女としての自我がだんだん目覚めてきて、なおかつ校内では何人も生徒が行方不明になったり、学校でしか起きない地震とかが起きる。壁の中に、学校で行方不明になった生徒たちが一体化してて、主人公が千切った耳っていうのがその行方不明になった生徒のうちの一人のものであるらしいという形で展開していくんだけど、詰まりすぎでしんどい。詰めすぎ。そのせいで展開が所々嚙みあってない。ちょっと全部しっかり読んで、感想をこの人に送ろうと思います。やっぱ才能があると思うので。
太田 この人、伸びる人だと思うので、気合いを入れて頑張ってほしいですねえ。
未完の大器の新作は!?
太田 そして来た!! 『Spiral Fiction Notes Re:Re:』!!
平林 見てください! 見てくださいこの太さ! 原稿用紙666枚ですよ。
山中 かなりのボリューム。ぞろ目は狙ったんですかねえ。
平林 でね、主人公も著者と同姓同名なんですよ。
太田 いいねえ。ついにパンツを脱いだって感じだね。ヤバイ感じだよ。
平林 冒頭はおもしろい。夜、誰もいない公衆電話がいきなり鳴りはじめる。そこで、電話ボックスの中で寝てた主人公が目を覚ます。
一同 おお……!
平林 で・す・が! そこからよくわからない思索が何ページもすすんでいくのね。ドライアイで目薬を差したりとか、そっからイメージを膨らませて、「太古から終わらずに続く弱肉強食」みたいな話になって……その前にお前、電話とれや! みたいな。電話とってくれないんだよ(涙)。ちょっといい加減にしてほしい……。
太田 どうすればいいんだろうね、彼。まずは電話をとるところからかな。
平林 これね、50ページぐらいまで、いらないところを全部「トル」「トル」って書いて送ってやろうかと思って。
太田 平林さんが赤をいれて送り返すそうです。どんだけ懇切丁寧なんだよ我々は!
山中 うーん、撃沈かあ。(原稿を見ながら)ああ、31歳になったんだなあ彼も。
平林 僕と同い年だからねえ。
今井 この方と皆さんの間には何か因縁があるんですか?
山中 彼、第一回のときに応募してきてくれて、一度編集部で会ったことあるんだよ。その時は、マツケンが出てきてマツケンサンバを突然踊りはじめるというすごいシーンから始まってて……。
太田 あれは未だに伝説だよね。
山中 そして全てがなかったように唐突に新しい物語が始まるという。でもそこから先は上京をテーマにした純文学的な作品で、おもしろく読めたんだよね。
平林 まあ、彼は未完の大器ってことで。
山中 第一回のときの話は普通におもしろかったはずなんだけどなあ。未だにこうして話題になるくらい鮮明に覚えてるのに。
平林 もう本当にしんどい。勘弁してほしい。こっちの善意を汲んでほしい。これが最後なんでね。ちょっと今回、気合いを入れてチェックを入れた原稿を送り返します。よろしくお願いします。
説得力、危機感、インパクト……全てが足りない
太田 ここからは各担当が挙げた作品ですね。ひとつめは『真昼と夕暮れのトスカ』。これはキツかった……はい、林さんどうぞ。
林 私は学生の酸っぱさとか、ヒリヒリした感じが伝わってきていいなと思いました。物語は、キラーマッシュルームというキノコの粘菌が全人類の体の中に入ってしまって、放っておくと体中にキノコが生えて死んでしまう。常に予防注射をしないと生きられないという設定です。キラーマッシュルームに侵食されることで音楽の才能を失ってしまった主人公が、少女との交流を通して自分のアイデンティティを取り戻すっていう話です。
山中 この作品のキラーマッシュルームってモチーフ自体は結構好きだな。キノコの胞子が大気中に漂ってて、それが体内に入ると体に変調をきたすという設定だけど、主人公の「音がなくなる」とかはおもしろいと思った。
平林 だけどこの人は説明が下手すぎてさ、そんな粘菌いるわけねえだろ! みたいな感じになるよね。脇が甘すぎるし、文章も拙いよ。
山中 プロットに起こすと問題がわかるんですけど、キラーマッシュルームに侵食されてる主人公と女の子が、逃げるか逃げないかみたいな話を延々とするわけじゃないですか。これ、要するに『最終兵器彼女』の冒頭部分だけを一冊に伸ばしただけなんですよ。そりゃ薄いよ! って話で。
平林 それと最後にさ「音楽だったら取り戻せるんだ!」ってなるけど、あれムチャクチャじゃん。そんなもん説得力がなさすぎる。
山中 「最後そうなるんだろうなあ」と思って読んでたら、ほんとにそうなっててびっくりしましたね(笑)。
林 音楽の力で万事解決! ってオチは確かに雑と言わざるを得ないですが、みんなぼんやりしてるけど、殺傷能力の高い時限爆弾を抱えてる設定がおもしろいと思ったんです。このキノコの設定を活かして、自分の命と時限爆弾の距離を一気にひっくり返すこともできるじゃないですか。
山中 原稿に書いてないことを期待できるレベルなのかな? それを引き出せるんだったら別にいいけど。
林 途中で、川の魚も菌に犯されてて、「これは珍しいことだ」って言ってたから絶対に伏線だと思ったんですけどねえ。これはきっとキノコが大暴走してみんなキノコ人間地獄になるに違いないぞって。
山中 林さんが期待してるのはパニックSFでしょ? ゾンビものとか。
平林 これそういう話じゃないから。もっと情緒のある話じゃん。いわゆる日本SFに近いものだから。
太田 つまんなかった作品をもってきて、「これはゾンビものにしたら売れます!」なんて言って、せめて座談会をおもしろくするのはアリ。だけど、これはパニックものとしてもインパクトがなさすぎる。挙げちゃダメな作品。
今井 キノコですからね。
太田 『進撃の巨人』には、「巨人に食われる」っていう根源的な恐怖があるけど、「キノコになっちゃう、ヤバイ!」っていう感じじゃ、やっぱり人間、シリアスにはならないじゃん。笑わせたいのか切なくさせたいのか、中途半端ですよ。僕はこの作品、評価できない。ダメです。
キャラはいいが、話は昼ドラ?
太田 次も林さんが挙げたやつですね。『VM―バージン・マザー―』。48歳女性。
林 クローン人間ものです。物語は少し複雑で、不妊治療の病院から患者の凍結胚がなくなる事件と、大学生の主人公が自分はクローン技術で作られた父親のスペアでしかなかったという事実に気づくという2つの話が同時に進行します。科学技術を使って人工的にでも子どもを作る側の視点と、人工的に生まれてしまった子どもの視点を通して、代理母出産や、クローン技術に対する倫理問題を描いてるんだけど……さっき話した2つの話が不器用ながら繫がるんですが、物語的には繫がっていなくてですね……。
山中 林さん、説明嚙みすぎ(笑)。
太田 林さん……(涙)。
岡村 ちなみに林さんはどこがおもしろかったの?
林 キャラですね。たとえば、ヒロインは代理母出産で生まれた子どもという設定なんです。だから母親は自分の子として育てたけど、自分の体で産んでないから母として自信を持てないでいる。その不満を爆発させるシーンがとにかく生々しかったんです。母親にこれ言われたら気絶するわってくらい嫌なこと言うんですよ。この人は、映画の『母なる証明』みたいな、建前を裏切ってくれる作品を書ける素質があると思ったんです。
平林 これね、僕は途中までしか読めなかったね。古い! 昼ドラっぽいんだよね。社会派に徹するわけでもないし、技術的な部分を突き詰めてくわけでもないし、クローンってガジェットを使った、昼ドラ的なドラマが展開されていくみたいな感じ。
岡村 少なくともあらすじを読む限りはあんまりおもしろさが伝わってこない……。
林 不妊治療についてネタ的に扱うんじゃなくて、ちゃんと調べて書いてくれているんですけどね……くそー、この作品の良さをうまくプレゼンできない私が悔しい! 書いてくださった方、本当に申し訳ありません!
既存の作品以上のものがない
太田 林先生の奮起を望みます。まあ、根本的な問題として、物語の構造をしっかりつかんでいないからおもしろく話せないんだよ。修行したまえ! さて、次は山中さんの『パレード・アフター・ジ・アース・エイジ』。
山中 これね、厳密にはルール違反なんですよ。300枚以上で1作品って言ってるのに、同じ世界観で、2作品をくっつけちゃって650枚ぐらいにしているんですよ。だったら1作品でいいのに、と思うんですが……実はかなりはまった作品でして、一言で言えば『攻殻機動隊』プラス『BLACK LAGOON』なんですよ。人類の自給のための装置が「カニバル」というモンスターを生み出すようになってしまって、それを狩って生計を立てる裏稼業の「マタギ」や、その世界を牛耳るマフィアとの日常と抗争を描いた物語、という感じです。主人公は「電極付き」というハッカーとして描かれていて、ヤマダラファミリーという「マタギ」のチームに合流するところから物語が始まってます。
平林 僕はあんまりおもしろくなかった。この人、サイバーパンクについてあんまり詳しくないし、あんまり調べてないよね。
太田 僕も平林さんに一票。どこかで見た景色しかないなって感じがあるよね。『攻殻機動隊』って何年前なの? って気もするけどねぇ。
山中 でも、『攻殻機動隊』的な味わいをアンダーグラウンドな世界観に落とし込むことはうまくできてると思うんですよ。この人の課題は明確で、最初の段階で世界観を提示して、あとはその世界観の雰囲気だけで書いちゃってるから、先の話にもあるように、やはり映画の脚本術を学ばないといけないんです。最初の部分にきっちり謎を作って、読者に対して〝読むための動機〟を提示できるようになれれば彼は化けると思います。
太田 いや僕はむしろ逆で、先行作品以上のものが何もなかったからダメと思ったんだけどね。できてるんだけど、よくできてるとは思わないし、手垢が付いてるところがあまりにも多すぎる。
平林 サイバーパンクはさ、今も続いている『攻殻機動隊』が出たあと、『マルドゥック』シリーズがあって、今は『ニンジャスレイヤー』なわけじゃない? で、今『ニンジャスレイヤー』をやってる時間軸で、もっかい『攻殻機動隊』みたいなのをイチからやりますっていうのはちょっとないわ。
太田 うーん、山中さんの話を聞いて僕が心動かされたわけでもないんだよね。ここはひとつご自由にって感じですね。
山中 僕はこの人、文体が好みなんですよね。住所は千葉だし、ご自由にということなので、一度会ってみようかなって思ってます。
太田 前進を期待しています!
キャラクターの立て方は間違ってはいないが……
太田 どんどん行きましょう! 次、『湧ク疑惑ワーク』。
山中 普段は人材派遣会社なのだけど、それは世を忍ぶ仮の姿で、ブラック企業を見つけてはそこに誅伐を下す義賊的な物語、と言えばいいのかな。対「ブラック企業」小説ということで思わずとりあげてしまいましたが、お話のとっかかりはよくできてる。ただ、漫画の『クロサギ』みたいに非合法な力までをも使ってブラック企業を解体していく話なのかなあと思ったら、なぜか政治のドンパチに巻き込まれていって、最終的にヤクザとの抗争になってしまいました……。最初の入口から考えると、読者が望んでない展開になってるように思えます。
太田 これは『漫画ゴラク』の原作みたいな小説だよね。
山中 主人公が元奨励会員の棋士という設定で、将棋の戦略や格言を物語に持ち込もうとしているのですが……。
太田 その棋士の設定が、ストーリーに全くからんでこないじゃん。
山中 そうなんですよ。とってつけたようになっちゃってる。元棋士だから読みが深いって設定なだけで、これじゃ別に棋士じゃなくていいよね、となってしまう。
太田 将棋の作戦が現実の作戦に置き換えられたらおもしろいんだけどね。『ハチワンダイバー』にはそんな展開があるじゃん。これは現実のバトルなんだけど、将棋で言ったら居飛車作戦だ! とか。
山中 今、将棋自体は電王戦なんかも盛り上がって、勢いのあるモチーフじゃないですか。だからキャラクターの立てる方向自体は間違ってないと思うんですけどね。
太田 角度がなかったね。この人は、直感だけどもうちょっとアクがあれば漫画原作者とかに向いてるのかもしれないね。
生き様が匂い立つキャラクターを
太田 『七人のチカラ』。これは岡村さんが挙げたやつですね。
岡村 僕の大好きな群像劇なんですけど、惜しいんですよね。
太田 惜しいね〜、これね〜。
岡村 説明しますと、この七人というのは超能力を持ってる中学生です。そのうちの1人が悪人に誘拐されちゃったから、みんなで力を合わせて奪還しに行くっていう話なんですけど、ちゃんと群像劇が書けている。あと、超能力を持っていても、大人に成長するにしたがって能力が失われるという設定が秀逸。期間限定にすることで、超能力を持っている子どもが大人を圧倒するっていう無茶が成立するんですよね。
山中 大人は超能力を持ってないからね。
岡村 ただ問題なのが、超能力が地味すぎる。あと、中学生なのに大人びすぎている。僕、こういう偉そうで頭のキレる『コードギアス』のルルーシュみたいな主人公は好きですけど、いくらなんでも柔道が強いからって中学生が大人を超能力なしでどんどん倒すのは無理だと思うんですよね。でもね、これ書いた子はまだ18歳なんですよね。
太田 そうなんだよ。岩手で18歳なんだよね。
山中 確かにこの人の「超能力をなくすための学校」に通っているという設定はおもしろいんだけど、それが物語の最後では機能してないんだよね。
岡村 別にそんなの必要ない、みたいな(笑)。
山中 この作品は最後まで読ませてもらったんだけど、物語のために超能力があるんじゃなくて、超能力のために物語を作ってるように見える。本来物語を楽しむために小説があるはずなのに、設定やキャラクターのために物語があるように見えちゃうんだよね。
太田 うーん、皆、ぬるい指摘だなあ。それでは僕が最後にこの作品の問題点をドカーンとまとめてあげましょうか。一言で言うと、これは失敗した『HUNTER×HUNTER』なんですよ。で、なぜ失敗しているかというと、キャラクター造形に問題があるんです。『HUNTER×HUNTER』がおもしろいのは、念能力者の戦いとキャラクターのバックボーンのストーリーがきちんとリンクしているからでしょう? たとえばクラピカはあの暗い過去があるからこそ、読者は「あなたは仲間の仇をとるまで死んじゃダメ!」と思うわけ。だからどんなに小さいバトルでも、見逃せないしおもしろいんだけれど、この作品にはそんなドラマは一切ないんですね。
岡村 たしかにキャラクターのバックボーンは何もないですね。
太田 だから、「負けると死ぬじゃん、ヤバイ!」しか興奮がないわけですよ。これは致命的な欠点だと思う。
岡村 うーん、僕と太田さんにはけっこう温度差があると思うんですよ。僕はこういうキャラクターが好きなんで、正直「死んじゃう」ってだけでも、わりとドキドキするんですよね。
太田 いやいや、キャラクターの成立はバックボーンを含めてこそでしょう!
平林 たとえば芝村(裕吏)さんって、キャラクター設定の際に3代遡って設定したりするらしいんですよね。お祖父さんお祖母さんの世代まで設定しちゃう。ただ、その設定は本編には1行も出てこないわけですよ。だから、別に設定を書かなくても、それが匂い立つようならそれでいいんじゃないかなあって僕は思ってます。ただ、しっかりキャラの設定を練ってないと、ちょっとしたときに粗がでてしまうのは確かだと思います。
山中 確かにこの作品では、書いてあるセリフ以上のキャラクター性が原稿からは見えてこないんですよね。
太田 敵の組織もそう。バックボーンがないから、誘拐の動機が単に「超能力者がほしいから」になっちゃってる。切実感がない。魅力的な動機を持った敵は魅力的になるよね。ただ、「能力バトル」を書くっていう意味だと、この子はかなりのセンスがあると思う。地味な能力をカッコ良く使うあたり、僕はうなったけどね。一見なんの役にも立たなさそうな「ものを発光させる超能力」がすごい役に立つってくだりがあったじゃない? あのあたり、おだてるわけじゃないけど『HUNTER×HUNTER』のワンエピソードなみによかった。この人、演出は本当に上手だよ。
岡村 それでは次回に期待ですね。群像劇ものを是非もう一回やってほしい。
太田 たとえば成田良悟さんの作品を読み込んで研究してほしいなあ。あとは、石田衣良さんの『池袋ウエストゲートパーク』とか。期待します!
本格SF作品登場!
太田 さて、次は『ホーリー・ダイバー』。SFだね。
平林 これ林さんが挙げたやつなんだけど、僕はかなり推したい。これまでに送られてきたSFの中ではダントツで出来がいいんですよ……なのに、林さんが「自分が挙げた作品の中で一番劣る」って言ってたのが、非常に気に食わない!!
林 最初の50ページで一気にSF的な世界観が説明されるじゃないですか。それがとにかく、飲み込みづらかったんですよねぇ。
平林 だとしたらアナタ、日本のSFはほぼ全滅よ?
太田 ホントにそうだよ!
林 うう。ちなみにこの作品は、体が光子、惑星、炎でできている3つの種族の生命体が宇宙に存在していて、彼らが直接戦争をする代わりに、人間の体をジャックして地球で代理戦争を密かに行っているという設定です。その代理戦争を管理していたシステムが壊れてしまってさぁ大変ってところから話が始まります。
平林 いや、違うよ! そう説明するとこの作品のおもしろさが全然伝わらないんだって!(拳を振り上げながら)
林 ……えっ。
平林 これは小川一水さんの『導きの星』を、人類と別の知的生命体との対決という形で描いたような作品なんですよ!
太田 いいじゃん。
平林 すごくいいんですけど、小川一水さんに比べて説明が下手なんですよ。情報を開示する順番が間違ってて、地球上の人間がどういう発展段階にあって、そこにこういう高次元の生命体がいるんだよっていう対比を最初に見せないといけない。あとは、人間の登場人物が魅力的じゃない。現代日本のパートが、クライマックスの種族間対決にくらべるとかなり低調なんですよ。
岡村 ごめん。これに関しては正直僕も合わなかった。
山中 僕も冒頭がキツかった。読みづらくないですか?
平林 ウッソ! めっちゃサクサク読めるんだけど。
太田 デビューさせたいの? 緑萌さんは?
平林 この人は問題点がはっきりしているので、ちょっと連絡を取ってみたいと思います!
太田 僕も後で読んだけど、やっぱり物語の情報開示がうまくないね。SF的な名詞のセンスも今ふたつくらいかな。改稿するにしてもかなりたいへんだと僕は思うけど……それじゃあ、ここはひとつ緑萌さんの激闘に期待するとしましょう!
鳥取にいる17歳の佐藤友哉!?
太田 『メクルメク』。17歳、鳥取県、学生。
平林 僕、今回は担当した作品が多かったんですけど、もうこれがダントツ。とにかく才能の煌めきを感じました。2013年に鳥取にいる、17歳の佐藤友哉だと思うんですよね、この人。17歳の浅い感じも含めて、非常に好ましいと思ったんですよ。
岡村 これ以前僕が担当した人ですね。前回のお話は、オナホールを買いに行ったあと、自分の部屋に戻って使おうとしたら壁に穴があいてたと。で、穴の向こうに女の子がいてそこから文通が始まるみたいな話。冒頭がおもしろかったんですけど、大学生活の描写があまりに稚拙だったので「惜しい」みたいな結論だった。
山中 だから今回はちゃんと等身大の自分のことを書いてきたんですね。彼、高校生でしょ、17歳だから。
平林 自分の本棚の中身とか書いてるじゃん? あそこも恥ずかしくていいなあと思って。
太田 痛いよね。プロフィールにある「佐藤友哉の前には、伊坂幸太郎も霞む」とかさ。これは痛いけどけだし名言だよ! ふつうは霞まねえよ!!
平林 その浅さもリアルでいいなあと思って。
太田 鳥取の17歳がこういうこと言うときってどういうリアリティがあるんだろうね。きっと鳥取ってさ、ろくな本屋ないんじゃない?
山中 ひどい。鳥取差別だよ!
太田 冗談だよ。鳥取には東京以上にちゃんとした本屋さん、ありますよ。でも、この人が住んでいるあたりはどうだろう? あ、それじゃ、今からgoogleのストリートビューでこの人の住んでいる街を見に行こうよ。きっと何もないから。
山中 (ストリートビューを起ち上げて)なんと、ストリートビューが通ってないですね……。
今井 この人の住んでいるところだけじゃなくて、鳥取一帯がまだっぽいですね……。
一同 おぅ……。
太田 うーん、めぼしい文化が何もないんだよきっと。そんな環境で、彼は今孤独な少年期を過ごしてるんですよ! 美しい!!(と、なんの根拠もなく嬉しそうに断言!)
平林 この人、この作品で世に出られなかったらずっと出られないんじゃないかって気がするんですよ。要するに一番いいネタを使ったわけじゃないですか。しかもそれを10代のうちに。自分自身のことを書くって、次20代半ば過ぎるまでできないと思うんですよね。
太田 彼はちょっと昔の佐藤友哉を見ているようだなあ。とにかくこの人は文学をやりたいんですよ。だけど本格的に文学をやろうと思っても、彼の周りには文学的なものが何もない。しょうがないから、周りに転がっているジャンクなものを必死に引っ張ってきて、それで文学的な何かを作り上げようとしているところ……が、かつての佐藤友哉は新しかったんだよね。アニメや漫画やゲームで純文学は可能か? っていう問題を、ファッションじゃなしに初めてやってのけたのが佐藤友哉という作家なんだよ。ところが10年経って、今の17歳の鳥取の子だと、もっとずっとすごいところに来ていて……なんと佐藤友哉で文学をやるしかなくなっちゃってる。
平林 そうそう。だからもう本当に何もない中でやってる。
太田 なにせ街にはTSUTAYAとブックオフしかないんだからね。ファストフード化する社会の中でさ。
平林 娯楽っていえば、タダで見られる深夜アニメだけなわけでしょ。だから好きな音楽はアニソンなわけでしょ。あとはブックオフで100円で売ってる古本……。
山中 「200円の古本は高い」って言ってるところがまたね。
太田 あそこはリアリティがすごいあった。圧倒的。ただ、後半でこの青春要素がきれいになくなっちゃうのが残念なんだけど。後半、さらに爆発する何かを作ることができれば、この作品は傑作になると思うのね。あと、女の子にもうちょっと萌えさせてほしい。
平林 女の子との出会いのところから、女の子の正体がわかるところまでが、ちょっと簡単すぎますよね。
太田 あと、自分の分身が出てくるじゃない? 僕なら彼を『エヴァンゲリオン』のカヲル君にちゃんとしてくれって言う。美少年をちゃんと書いてほしいなって気がするね。
平林 なるほど。敵役を自分の妄想する「こうだったらいいな」っていう自分にするっていうことですね。
太田 そう。女の子はまあまあ良く書けてるけど、この人、男の子に対しては興味がまるでないんですよ。ちょっと暴力的な敵役、っていうよくある残念な感じで終わっちゃってる。しかし、その理想の自分からしてみたら、もう現実の自分を殺したくて殺したくてしょうがないわけじゃないですか。理想の自分が現実の自分に対して「君は何をやっているんだ?」みたいな憤りがあるからこそ、理想の自分が現実の自分に対して攻撃をしかけてくるっていう設定がうまく対置できるはずなんだけど、今のままじゃちょっとそこが弱いんだよね。
平林 この人はたぶんその構造が自分でもわからずに書いてるんだけど、実際そうだからこうなってるんでしょうね。
太田 だからカヲル君がガンガン女の子を犯しちゃっていいと僕は思うんですよ。「生身のお前がお前の理想の女なんかに相手にされるわけない、彼女は理想の俺である俺の女になるのがちょうどいいんだ!」みたいな感じでガッツンガッツン犯っちゃったりするほうがおもしろいと思います。まずそういう意味でこの人は絶望が足りないわけ。まだ弱いですよ、絶望が。
平林 若いからそういう経験もないんでしょうしねぇ。
太田 NTR体験とかね。
平林 僕もないですけどね!
一同 (笑)
太田 足りない! まだ絶望が足りない!
山中 自分に対してのSっ気が足りてないと?
太田 うん、運命に対する絶望というかね……でももうあと一歩のところまで来てる。だからもう少し絶望してほしいわけよ。
平林 ……ちょっと絶望させに行ってこようかな。
山中 鳥取まで?
平林 いやこれね、だって行って見てみないとわかんないじゃないですか。彼の住んでる街がどんなところか。だってストリートビューがないんだぜ今時……。
太田 鳥取は出張費がかかるからなあ……。
山中 (嬉しそうに)緑萌さんの自費で? 鳥取から来てもらえばいいんじゃない?
太田 いやいや、やっぱりこの人は気軽に東京に呼んじゃダメ。上京はね、人生で一回だけかけられる魔法なんです。使っちゃダメなんだ、軽々しく。
山中 今ネットで見てるんですけど、彼の家、東京からだと12時間ぐらいかかりますね。
太田 うわあ……12時間。アメリカとかヨーロッパに行けちゃうよね。うーん、(と、ちょっと考えて)この人は、こうしよう! 改稿していただいて、僕らが納得するものが出来上がったら、平林さんが鳥取まで行って挨拶する! とりあえずおもしろい原稿を上げろって。じゃないともうここで縁はない。
平林 この改稿が成功しなければお前はデビューできないってことですね。
山中 つまり、成功すれば受賞?
平林 うん。
太田 じゃあ彼はそういう感じでいこうよ。いやあ、楽しみだなあ。
受賞候補、続々!!
山中 次、岡村さんの『青き車輪の空転』。
岡村 これは青春小説ですね。主人公は大学生で「何のために生きているのか」と常に考えつづけている青年です。で、同じことをただ延々と繰り返す日常にうんざりした彼は、変化を求めて出会い系サイトで童貞を卒業しようとします。だけど待ち合わせ場所に現れたのは、主人公が高校時代に恋していた女の子で、しかも彼女は借金を抱えている。主人公は女の子の借金返済に協力することになるのだが……というお話です。
山中 もうこれは明らかに純愛ものですよね?
岡村 そうですね。今回の僕の担当作の中では一番完成度が高かったです。ただなんか無難にまとめてる感じがして、もっとやんちゃしてもいいんじゃないかと思うんですよね。
平林 いや、この作品、僕はすごく気に入ったよ? これさ、「あれ?」って思う箇所が3つぐらいあるけど、それを除いては、かなりキャラクター造形もよくできてると思う。
岡村 惜しいのは、○○さんをもっと活躍させてほしかった……。
一同 そうだね。
平林 自分がかつて好きだった女の子が2人いたっていうのを、冒頭でもうちょっとちゃんと伏線にしといて、ヒロインが出てきたところで、「もう1人も出てくんじゃね?」って読者に思わせる工夫が必要なんじゃないかしら。
岡村 そうねえ……。
山中 ○○さんって言ってみれば探偵役なんですよ。だから探偵に立ち回らせるための謎をきっちり仕込んであげないといけなかったと思うんだよね。それ以外では、会話のやりとりはすごくおもしろかったと思うし、最初にヒロインと出会うシーンって実にいいじゃないですか。あれはたまんないんですよ!
一同 (山中のあまりの熱さに失笑)
太田 主人公早稲田って設定じゃん。僕の母校だから、状況が手に取るようにわかるんだよね。主人公たちがしけこむホテルの場所もだいたいわかっちゃう(笑)。
岡村 そのホテルで××れするとか、あのあたりもぜんぶ著者自身の経験なのかな?
山中 いやー、だったら酷いな(笑)。
岡村 いやいや、そういう経験をした人は、読者の方にも結構いると思うんですよね。
平林 ××れする人が?
一同 (笑)
岡村 そこまでは言ってないですけど、人生の鬱屈したものを変えるために、ああいう手段をとることを考えたことがある人はたくさんいるでしょう。実際やるかやらないかは別として。
平林 うん、だからこれはおもしろかったよ。読んで得したなって思った。正直僕はこの作品が受賞してもいいんじゃないかと思ったんだけど。
太田 僕も、出してもいいんじゃないかと思うよ。探偵役はもっと練りこんでほしいけどね。
岡村 僕は、自分で挙げといてなんですけど今のままだと小さくまとまってしまってると思いますね。
平林 そうだけど、問題点は超はっきりしてるじゃん。直すべきところは。これ、普通の足し算引き算で直せるような感じがしたんだけど。
太田 そうだね。じゃあこれは預かりでいこう! 今後は平林さんに任せました。期待しています。
期待せずにはいられない!
太田 では、次いきましょう。『天国の皮相』。これは僕が読んだんだよね。なにしろキャッチコピーが「ゼロ年代の延長戦、あるいはテン年代の『フリッカー式』」だからです。この人も佐藤友哉系です! そしてこの人には才能がある。頭もいい。もうちょっとエンタテインメント寄りに持っていける勇気があれば、ぜひ次もうちに投稿してやってほしいなって思う。内容は、本格チックな謎に挑む探偵が主人公、だけど彼には探偵としての才能がない。才能があるのはなんと彼の助手の女の子のほう。そこでとある事件が起こり、主人公は探偵の意地を見せようとして、助手の力を借りず、自分自身の渾身の力でその謎に挑もうとするが――。って導入。二転三転があって、それなりにびっくりするんだけど、後半になるに従ってミステリーとしてのキャッチーさがどんどんなくなっていくのが大きな弱点だと思う。頂上に登っても眺めの悪い山に登ったみたいな気持ちになる。緑萌さんの意見はどう?
平林 これ、さっきの鳥取の17歳がいなかったら、もっと推しても良かったと思うんですよ。相手が悪かったと言ってしまえばそれまでなんですけど、でもやっぱり、自身の才能をもっと煌めかせてほしいとは思います。でも、才能はあると思いました。
太田 うーん。これはねえ、僕も途中まではデビューさせようと思ってわくわくしながら読んだんだけどねえ……。とにかく次回に超期待しています!
新本格ミステリの正統後継者、ついに現る!?
平林 最後です。『ロジック・ロック・フェスティバル ~Logic Lock Festival~ 探偵殺しのパラドックス』。
今井 これはすごくいいタイトルですよね。語感がすばらしいなあ。
太田 そう! この作品、タイトルで読もうと思ったんだよね。しかもキャッチコピーが「学園ミステリーは青春に捧げる供物である」だったから、これはもう俺が読むしかないかな、と。そして僕はこの人をデビューさせる気でいます!! 個人的な独白になるけれど、最近の編集者としての僕は「ミステリー編集者」としての原点回帰が大きなモチベーションになっていたので、まさにそういう気分なときにこういう新人の原稿がやってきてすごく嬉しかった。
山中 どんな内容だったんですか?
太田 タイトルどおり、まさに密室がテーマなんですよ。高校の学園祭が舞台で、そこで起こった密室殺人事件がメインテーマ。この人、ミステリーの手つきが本当にいいわけ。小ネタから大ネタまで、80点以上のミステリーが次々とやってくるって感じ。飲茶のおいしい料理が次々やってくる感じなわけね。しかもなおかつ、法月綸太郎的、佐藤友哉的な青春の痛みがしっかりとあるのよ。だけど生々しく「法月綸太郎が」とか「佐藤友哉が」みたいな感じでは出さないようにしてるんですね。ここがまたエレガントだなあと思ってね。でも、法月さんたちの作品がすごく好きだっていうのが端々から伝わってくるわけ。けれど、それがあえて「生」じゃないのよ。さっきの鳥取の子は、生感が逆にいい感じだけど、この人はそうじゃない。
平林 だけど、今しか書けない、って感じの青春の切迫感はちゃんとしっかりある。
太田 そう、今しか書けないし、ここの編集部を屈服させたいっていう自信が伝わってくるよね。僕、この原稿が今の『メフィスト』じゃなくてうちに来るってのがすごく嬉しかったんですよ。ただ、そういう意味で言うと、今の僕がまさに推したいものがキターーー!!ってハイな状態なので、皆さんのフラットな意見を聞きたい。
平林 展開の瑕疵が一個あるなと思ったのは、主人公が好きだった先輩を追って同じ高校に入った、っていう事実が、かなり読み進めていかないとわからないんですよ。冒頭、仲良しグループが中心になって文化祭のドタバタ話になるのかなと最初思わされて、だけどいざ文化祭が始まると先輩との話になるじゃないですか。ここはもうちょっと早めに情報開示したほうが読みやすくなるんじゃないかなあ。
太田 なるほどね。確かにそう思うよね。道行きの展開が遅いのはこの人の弱点だね。
岡村 僕は、前半で仲良くキャッキャウフフやっていたのが、終盤にお互いに「お前が犯人だ!」と推理合戦へ転換していくのがおもしろかったです。だけどそこに至るまでの、導入をもうちょっと自然にしてほしかったかな。
山中 僕はむしろ太田さんがどうやって売っていくイメージがあるのか気になりますけど。
太田 とくにないよ! 編集者の本分どおり、これはいいものだから出すよ、って感じ。でもね、あえてイメージがあるとすればね、僕の編集者としての根っこの部分に響いたっていう、ごく私的なところなんだよね。ミステリーの編集者としての僕にある、ああいうものに対する、「いいなあ」って波にピッタリはまったってことなんだよね。で、そういったミステリーを待っている読者の人はきっとまだまだいらっしゃるだろうと。
山中 ある種の『メフィスト』、文三(講談社文芸図書第三出版部)からの延長線上みたいな?
太田 うん、この人は新本格ミステリーの正統後継者だと思うよ。あの世にいる宇山さんにも読ませたいよね。そういう意味で言うと、「ありそうでなかった」っていう感じがする作品なんだよね。新本格はその誕生以来ずっと奇形化が進んでいったわけだけど、正統的な先祖返りというか……この人の作品は音楽で言うと「黒いジョン・レノン」と呼ばれたデビュー当時のレニー・クラヴィッツみたいな感じなんだよね。あるいは、とかくビートルズと対比されたデビュー当時のオアシスとか。とにかく、これまでにありそうでなかった青春ミステリーの最前線、みたいなわくわくする感じがこの作品にはあるような気がするんです。2010年代の今、「ミステリー」っていうジャンルは残念ながらもう完全に退潮傾向なんだけど、退潮して退潮して、一周ぐるっとまわってまたミステリーが表舞台に立つって夢を、僕はこの人と一緒に見たいんだよね。今、そういう気持ちになってます。読者の皆さん、ぜひ応援してください。
一同 お願いします!
座談会を終えて
平林 さて、今回の座談会の最終結果ですが受賞当確が1本。とりあえず改稿してもらうのが2本あって、僕が推してる『ホーリー・ダイバー』があるので、最大4本。
太田 最大4本ってすごいね。
山中 今回は全体的にレベルが高かったのと、10代の投稿者が頑張ってたのが印象的でしたね。
今井 だから本当に、それこそ太田さんが『ファウスト』やってたことを知らない人とかも……。
太田 いると思う。だからこそおもしろいよね。確実に時代を更新していく感じがあってさ。星海社、おもしろくなってきた!!
一行コメント
『Drum and Girl』
主人公の自分語りが多すぎて物語のテンポが損なわれています。独白はここぞというところで使ってください。(林)
『泉』
大人びた高校生と言われても納得してしまうぐらいのキャラクターたちが全員小学生というのは、無理があるように思えました。そこが気になって、物語に入っていくことができませんでした。(今井)
『親愛なる神様たちへ。』
現代の描写が古すぎる。文章作法も守ってください。(平林)
『夜の心臓』
雰囲気だけはおもしろそうなのだけど、何を書きたかったのか全くわからず。(山中)
『生きることに忙しくて』
最後まで読んで謎が解けても、驚きもカタルシスもなくてつまらなかったです。(岡村)
『マグ・メル』
世界観やキャラクターは引き込まれる魅力を感じましたが、この話の展開のままでは、あまりに星海社のカラーでなさすぎる。ポエミーな文体だからこそ表現できるような挑戦的な変化球が見たいです!!(林)
『剣師と悪魔』
悪魔との最終決戦が4ページで終わるのは淡泊すぎます。設定も既視感がありすぎです。(林)
『Law×Punish』
自分が楽しくなるために書いているように見えます。読者のために書いて下さい。(山中)
『天使が歌う時』
本題に入るまでが長い。こういう文体も食傷気味です。(平林)
『KAGUTSUCHI』
心の入れ替わり、臓器移植、悪魔、裏切り……。主題が散漫で、書きたいものがはっきりしていませんでした。ただ、「実は元々男」は良い設定だったと思います。(今井)
『Childrenʼs』
設定が説明不足。展開が強引。構成が甘い。全体的に力不足です。(岡村)
『虹の兜』
既存の二重人格ものから抜け出せていません。精神病院の描写など、もっと詳しく調べてみては?(林)
『せめて普通の生活を』
登場人物全員がボケ役しかいないコントを見ているようでした。(林)
『さまよえる志士の巡り』
文章は悪くなかったです。ただ、主人公が目指しているものが冒頭で示されていないため、それがリーダビリティを損なっていて勿体ないですね。(平林)
『黒色アンノウン』
冒頭はドラマティック。ただし物語のうねりがなさすぎる。(山中)
『セルフアンダーグラウンド』
テンポはよかった! ただ、能力の発動条件が曖昧だったり、主人公が選ばれた理由がよくわからなかったりと、物語全体に「論理」が欠けている印象を受けました。(今井)
『ヒドラには三頭の娘』
グロテスクでした。良いところは特になかったです。(岡村)
『フライング・ピースマン』
時系列入れ替えがうまく機能していませんし、肝心の物語も既視感がありすぎです。(林)
『無』
読めば読むほど混乱しました。(林)
『10時間1秒』
大きな謎があってその謎が解決される、それだけでした。読んでいてワクワクする箇所がなかったです。(岡村)
『イネカリ叙事詩』
王道のファンタジーを直球で描くのではなく、如何に王道を崩しながらエンターテインメント作品にするのかを考えましょう。(林)
『Vortex Walker』
造語にオリジナリティのすべてを使い果たしています。そして読者は造語の羅列を求めてはいないと思います。(山中)
『Songs about Fucking』
これはうちじゃない!(平林)
『悪辣な三人の男』
説明が説明的すぎるせいで、物語、セリフにおいても鈍重な印象を受けました。(林)
『WEIRD・NIGHT―ウィアード・ナイト―』
キャラ設定がわからず、「なぜマネキンが気になったのか」等、各キャラの行動理由が不明なまま物語が進みました。プロローグを入れてもよかったのでは?(今井)
『星屑未来遊戯』
人物の登場の仕方が往々にして唐突です。展開をしっかり考えてください。(平林)
『三十センチ年上の彼女』
『戯言シリーズ』が好きなことしか伝わりませんでした。(林)
『DEVIL Whisperd』
気持ちが入っているのは分かるのですが、全体的に「足りない」感じ。色んなものを読んで、技術と引き出しを得て下さい。(平林)
『HEY!字ャっ部(ヘイ!ジャップ)』
冒頭の校歌はなんだったのでしょうか……。(山中)
『ラインスナイパー 雷の担い手』
めちゃくちゃ説明が説明的ですね……。あと古い。(平林)
『魔導書士』
表現が幼すぎる。推敲もきちんとしてください。(平林)
『異世界なんてつくりもの』
なぜ冒頭で『もののけ姫』を引用したのか最後まで理解できませんでした。(林)
『誓うふたりの夢と噓〜結晶物語〜』
労作だとは思うのですが読んでいておもしろいところがなかったです。(岡村)
『見上げた空には、何もない―The Air in the Sky』
雰囲気は個人的には悪くないですが、ちょっと淡々としすぎだとは思います。(平林)
『死なない僕と殺したい彼女』
設定と展開がかなり雑でご都合すぎます。少しですが「おっ」と思わせるいいセリフがありました。(岡村)
『始まりの地』
無駄な部分が多く、長い。(岡村)
『未来の想い出(メモリーズ・オブ・ミキ)』
評論めいたことは別の場所でお願い致します。(山中)
『偏執狂のアリス』
文体に雰囲気がある。ただ、ドラマの仕立てがまずく、どういうストーリーなのか、何を楽しむべきなのかが分かりにくすぎます。(山中)
『機械仕掛けの女神』
超能力者は差別されているのに、友達は仲良くしてくれる等々。全体的にご都合主義な展開が気になってしまいました。(林)
『ダーク・ライフ・バランス』
後半でヒロインのダークな部分が露わになるのは非常によかったです。ただ、読み進める推進力が弱く、オチが小粒すぎです。(林)
『夢城に朽つ』
固有名詞は、ルビを振らないと読めません。情景模写が多く、丁寧というよりは冗長な印象を受けました。(今井)
『幼鳥のインスペクタ』
独りよがりな感じ。設定もつまらない。(平林)
『モンタージュ系』
遠いところから小手先で書いている感じ。ぼんやりしていて読むのがしんどい。(平林)
『PROLOGUE』
ありがちなオンラインRPG系の小説。オチもとくに新鮮味はない。(山中)
『メイズ』
冒頭の数ページで開示すべきものを開示していないせいで、全体がわかりにくくなっている。長い。(平林)
『七人の孤人と、群れなさぬアリ』
長い! ひとつひとつのエピソードは悪くないけどとにかく長すぎる!(今井)
『澄んだ空より』
長い。過去と現代を交互に書く構成もわかりにくさを際立たせていて大いに失敗している。(山中)
『魔術師の頓狂なゲーム』
マジックトラップの危険性がよくわからず、物語全体に緊張感がありませんでした。キャラが必死になる理由を、もう少し丁寧にお書きください。(今井)
『日イヅル國ノイヴ』
90年代に応募された作品ならまだ納得できます。(山中)
『ここは、天国です。』
全体をミステリアスに仕立てようとしているのだと思いますが、ただぼやけるだけになってしまっています。もう一工夫を。(今井)
『後朝に咲いた名〜吉原異聞〜』
やや古いというか、昔気質というべきなのか。だとしたら、それをもっと売りにするような書き方をしたほうがいいかもしれません。全体的に50点くらいでもどかしいですね。(平林)