レッドドラゴン
第六夜 第十八幕〜第二十三幕
「最前線」のスペシャル企画「最前線スペシャル」。三田誠がFiction Masterとしてシナリオを紡ぎ出すRPF、『レッドドラゴン』。参加者は虚淵玄、奈須きのこ、紅玉いづき、しまどりる、成田良悟の夢の5名。音楽を担当するのは崎元仁。最高の布陣で最高のフィクションを創造します。
『第十八幕』
狂乱の中、雪蓮は〈赤の竜〉へと斬りつける。
自らの部下が魅了の魔力に捕らわれたことにさえ、女王は痛痒を感じていない。むしろ彼女にしてみれば、どうなるか分からないという愉楽が増えただけ。
未来への、未知への渇望こそが彼女の衝動の源だ。
(誰が勝つの……?)
そう思いながら、身体は最適化された戦術を選ぶ。
さきほどの白叡と同じく、貴重な道宝を潰して魔素を凝集し、〈竜〉の鱗を切り裂いていく。
FM: 雪蓮はほどほどのダメージを与えて終わり。今は面白い状況になりすぎているので、彼女はその行き着く先を見物してますね。
禍グラバ: くう。切迫してきたこの状況で、まだ婁さんが無傷なんだよなあ……。
婁: まあ、俺は基本的に一発当たったら死にますからね。無傷かどうかはあんまり意味が無い。
FM: スアローと婁の場合、スアローの防御が貫かれるのが先か、婁が回避に失敗するのが先かの競争ですからね。ただ、婁は攻撃しても特に消耗しないが、スアローは剣も壊れるし生体魔素も失う。
スアロー: だから、本当にこの状況、我慢比べなんですよね。
禍グラバ: 我慢比べですねえ。
スアロー: 迂闊に婁さんが近寄ってくれたら返す刀でやれたんだけど、なかなかやってこない。その内に僕の生体魔素が切れかけてる。でも、完全に切れる前に一度でも婁さんを殴れたなら、それで状況はひっくり返せる。
婁: ふふふふふ(不気味に笑う)。
FM: 天秤が揺れているのが目に見えるようですね。……さて、ついに忌ブキの手番です。
忌ブキ: (しばらく考えて)……忌ブキの場合、〈赤の竜〉がどのぐらいダメージを受けてるか分かりませんか?
FM: そうだね、忌ブキなら、なんとなく重傷ではあるだろうとは感じられる。とりわけ腹部のFPの半分以上は確実に削られているだろう。
忌ブキ: 半分までは、いってる……。
FM: ええ、スアローと婁の全力攻撃があと一回か二回ずつ腹部に集中すれば、あるいは沈むかもしれない。もしくは、忌ブキの力を使ったなら。
禍グラバ: ……ああ、そうか。忌ブキはキングメーカーになってるんですね。
忌ブキ: キングメーカー?
FM: 誰を勝利者にするか、決められる立場のことですね。忌ブキは〈竜〉相手に特効ダメージを与える〈竜の爪〉を持ってて、さらに皇統種の恩恵でダメージを五倍にする《魔素の絶刃》もある。自分では殺せなくても、他人に殺させることはできるんですよ。
忌ブキには、皇統種として使ったことのない恩恵があった。
そのひとつが、《魔素の絶刃》。
使ったことがなくとも、その意味は直感的に分かっている。他人やその周囲の魔素へ直接介入し、続く攻撃の威力を爆発的に引き上げる恩恵だ。
ただし、その『力』と同様に、代償も凶悪だった。
一度だけでも、おそらく自分は瀕死となる。
二度使えば、死に至るだろう。
禍グラバ: 〈竜の爪〉の特効がどれぐらいかにもよりますが、スアローに両方使えば数十倍のダメージになるのは間違いないですね。高確率で〈赤の竜〉は倒せるでしょうが、〈竜〉の力を継承したスアローがちょっと困ったことになるかもしれません。
スアロー: 実際、それがスアローにとって唯一やりたくないことだからね。しかも、現状婁さんに向かっていく途中なんで、もはや〈竜〉を障害物としか思ってない(笑)。
忌ブキ: うう……。
FM: さて、どうします?
忌ブキ: 少し、考えさせてください。
FM: 分かりました。今、忌ブキはまさにキングメーカーの、王を選ぶ立場にいますからね。誰を王にするか、あるいはイズンのときのように何もしないことによって、結果として全滅するか。
忌ブキ: ……エィハ。〈赤の竜〉は正気に戻せるの?
エィハ: (かぶりを振って)ううん。今のままでは、わたしの知っている限り〈赤の竜〉は正気に戻らない。けど、躊躇っちゃダメ。今あなたが殺さなければ、あなたは契り子にはなれない。
忌ブキ: そうか……前に〈竜〉を正気に戻す方法を聞いたときは、とても難しいって言われたんですよね。
エィハ: そう。で、具体的な方法は言わなかった(ちらとスアローを見る)。
スアロー: うお。
婁: (七殺天凌をなでる仕草をしながら)さっき、「ふたりと一振り」と言ってましたね。脱落者は出たのかな?
エィハ: あと、ひとりと一振り。
スアロー: (得心したように)……ああ、そうかー。
禍グラバ: ……今ので、おおよそ分かりましたね。〈竜殺し〉が死んだ後でないといけないのか……。
エィハ: ……。
忌ブキ: エィハ?
エィハ: ううん。〈赤の竜〉を正気に戻すには、特別な条件が満たされた後、その〈竜の爪〉を使わなきゃいけなかった。でも、今のままだときっと難しいわ。だからあなたが契り子になるには、正気に戻すんじゃなくて、別の方法がいる。
忌ブキ: それは、ぼくが、自分で〈赤の竜〉を殺すこと?
エィハ: (黙ったままうなずく)。
忌ブキ: ……すいません。ターンの順番を教えてください。
FM: 忌ブキの次はエヌマエル、その次はスアローです。禍グラバとヴァルは待機しているので、いつ割り込むか分かりません。
忌ブキ: スアローさんの次は?
FM: 今のままなら祝ブキで、その後にもう一度だけ忌ブキが来ますね。そこでターンが終了します。
エィハ: そっか……。
FM: 何かを決断するなら、ここが最後かもしれませんね。ある意味、岩巨人のときの選択が帰ってきました。
(……あのときと、同じ)
ひとつの光景が、忌ブキの脳裏に浮かび上がった。
還り人となった岩巨人に、半ば融合した革命軍のイズン。殺すことも救うこともしてやれなかった自分。
どうしようもなく重かった、短剣。
手の平に残った、重み。
その重さの幻覚が、不意にある閃きを彼にもたらした。
忌ブキ: ……あれ?
FM: どうしました?
忌ブキ: 《魔素の絶刃》って自分に使えます?
FM: ちょっと待ってくださいね。(スタッフと相談し)……できますね。
忌ブキ: ……じゃあ、ぼくがこの手番で自分に《魔素の絶刃》を使って、次の手番まで待ってから〈竜の爪〉を使った魔術で攻撃したら――
スアロー: ……お。
FM: ……倒せる可能性はありますね。もともと一撃だけに限れば、婁さんぐらいのダメージは忌ブキの魔術でも出せます。今の弱った〈赤の竜〉なら、ひょっとするとやれるかもしれない。
エィハ: いける!?
FM: あくまで、かもしれないというだけです。それに、《魔素の絶刃》を使えば胸部のBPに直接ダメージが入ります。つまり、内臓に傷を負ったことになり、判定は一段階不利になりますよ。下手をすれば、攻撃魔術を使う前に、そのダメージだけで死んでしまう可能性だってあります。
忌ブキ: ……。
スアロー: 肺の破れた痛みと抗いながらの、魔術になるわけだ。
禍グラバ: スアローさえ魅了されてなければなあ(笑)。
エィハ: (自分にも言い聞かせるように)……わたしは、あなたに〈赤の竜〉を討ってほしい。
忌ブキ: それは、彼を正気に戻すことは諦めて、ぼくが覚悟を決めて契り子になるってことですよね。他のみんなの……エィハの受けられた恩恵も切り捨てて。
エィハ: うん。ここで、他の誰かに決定権を渡すというのはわたしが許さない。わたしがあなたの剣だとしても、あなたの代替となれるとしても、今だけはダメ。今ここで、あなたにしか振れない剣があるんだから。
忌ブキ: どんな低い可能性でも、見えてしまったなら、そうか……。
スアロー: 希望ほど、人を追い詰めるものはないですからねえ。
忌ブキ: ……分かった。だったら、忌ブキはやるしかない。……イズンのときと同じだ。
エィハ: 同じじゃない! わたしがあなたを放り投げるんじゃない、あなたが自分でやるんだから!
忌ブキ: じゃあ、それに応えて言います。……エィハ、ずっと言えなかったけど、初めてオガニ火山で会ったとき、ぼくに順番をくれて、ありがとう。
禍グラバ: おお……。
エィハ: 忌ブキ……。
忌ブキ: 自分に、《魔素の絶刃》を使います!
少年の額で、白い角が淡い輝きを放つ。
世界中から強引に魔素を搔き集め、その身体を満たしていく。
それは、雪蓮や白叡が道宝を潰して、刃や番天印の威力を高めたのと本質的には同じ――しかし、〈赤の竜〉の地で皇統種が行うという意味において、ほぼ別物といってもよい規模の恩恵だった。
宿る。
少年の身に、竜にも等しい魔素が宿る。
その代償に、熱いものが肺腑をつんざいた。
気道から口中に鮮血が溢れ、たまらず膝をついて、吐き出した。
FM: では、恩恵の過程で内臓に負荷が掛かり、その周囲の血管が裂けて血が噴き出します。胸部のBPにダメージを受けてください。
禍グラバ: これで死んだら大爆笑ですけどね(笑)。
忌ブキ: 脅さないでください! (サイコロを振って)……うん、出目は高かったけど24ダメージです。6点だけ、残りました。
スアロー: 6点……。まさに、息も絶え絶えか。
FM: では、胸部のBPにダメージが入ったペナルティは……。
忌ブキ: いえ、《不屈の闘志》があるので耐えられます。
FM: (驚いた顔で)……ああ、確かにレベルアップで取得していました。まさか、こんな風に役に立つとは。正直忌ブキはダメージを受けたらまず死ぬので、役に立つまいと思っていたのに。
忌ブキ: ……初めて、少しだけやりかえせた気分です(笑)。あとは、外さなければ。
スアロー: まあ、自動失敗は出るときは出るからねえ。
忌ブキ: それは、第二夜で学習してます(笑)。
スアロー: ダイス目ばかりは僕らには決められないからね。本当にダメージが足りるかどうかも分からない。それでもやるしかない。
FM: で、エヌマエルは待機に入ります。ドナティア以外の人間を回復する気にはなれないし、もはや彼にできることは残っていない。次はスアローだな。
スアロー: 僕の番が回ってきちゃうのか。婁さんの所に行こうとしたら、〈赤の竜〉は邪魔してくるかい?
FM: しないね。だから脇を通って婁さんの前まで行けるよ。
スアロー: ……む、しないのか。それはそれで難しいな。じゃあ、婁さんに近づく前にメリルに言うよ。――あの剣は僕らふたりの物だ。ふたりの力で手に入れよう。
FM(メリル): 「分かりました、何をすればよろしいですか?」
スアロー: 君の生体魔素をもらう。少し景気よく使いすぎたからね。このままでは、あの殺人鬼とは戦えない。
忌ブキ: 生体魔素を?
スアロー: 〈黒の竜〉と通じたときの役得でね。黒竜騎士の能力を転写する《黒の共有》のほかに、こういう使い方もできる。というか、もともとはこっちが本質だ。
FM(メリル): 「……あの剣を手に入れるためですね?」と、一応再確認しよう。
スアロー: そう、僕らの共通の目的だ。で、その前に禍グラバさんに、メリルを庇ってくれるようお願いしたいんだけどいいかな?
禍グラバ: まあ、メリルさんを助けるぐらいならいいですよ。前に約束もしてますし。
FM: では、メリルもうなずきます。「私が戦うのに必要な分もあります。半分程度は残してください」
スアロー: もちろんだとも。よし。――では《黒の共有》を通じて、メリルの残った生体魔素すべてをこちらにいただく。
忌ブキ: スアローさん!?
急に、メリルの身体が前にのめった。
「スアロー……様……?」
メイドの目が見開かれる。
神に裏切られた僧侶――いや、摂理に裏切られた錬金術師のような瞳であった。実際、この青年が自分を偽ろうとすることはあっても、本当に欺けたことなど、これまで一度としてなかったのに。
だからこそ、彼はこの欺きに全思考を注ぎ込んだ。己だけでなく彼女が魔剣に魅了された瞬間、何もかもを放棄して彼女を救う道だけを模索したのだ。
FM: 57点すべての生体魔素を奪われて、メリルは気絶します。普通の黒竜騎士なら契約印に喰らわれますが、メリルの能力は転写されているだけなので、気絶するだけですね。
スアロー: 僕は商人ではないが、商人としての君に言うと……あれは、売り物としてはよくないものだよ。君のシャーベット商会には不要な物だろう、僕が使わせてもらう。
禍グラバ: それ、禍グラバにも聞こえます?
スアロー: 禍グラバさんには、約束通りメリルの安全を全力でサポートしてくれ、と。
禍グラバ: なら、ひょっとすると最後になるかもしれませんから、スアローに一言言っておきましょう。
「君は永遠を望み、同時に嫌っていたのかもしれないが」
なぜだか、ここに来て、禍グラバの言葉は優しかった。
スアローとて魔剣の魅了には捕らわれている。いつもとは違う衝動に青年が取り憑かれていることは、禍グラバも気づいている。
気づいているのに、禍グラバはひどく柔らかな声で、口にしたのだ。
「……私は、君とメリルくんの絆は永遠だと思っているよ」
スアロー: ……禍グラバさん、あなたの最大の武器にして最大の欠点は、根が善人ってことですよ。
忌ブキ: ……ああ。
スアロー: で、メリルはおいて……さあ、あの魔界皇帝に挑もうか。待たせたな、婁さん!
禍グラバ: (机から乗り出して)さあ、どうなる?
エィハ: 誰もが待ってた大一番じゃないですか。
禍グラバ: 頼むから、自動失敗だけはやめてくださいよ?(笑)。
「待っていたぞ、スァロゥ・クラツヴァーリ」
黒衣の暗殺者が言った。
「ああ、待たせたな、婁さん」
もはや〈黒の竜〉と袂を分かった――黒竜騎士が言った。
今この瞬間のみ、虚空の神殿に佇む〈人竜〉さえも、このふたりの眼中から消えていた。見えているのは互いの姿と刃のみ。
ただそれだけで、心が燃え立った。
婁: その執着を待っていた! 貴様の眼が執着に曇る様を見たかった!
FM(七殺天凌): 「ああ……婁よ、雌雄を決するときじゃ」
婁: (心底楽しそうに笑いながら)ええ……やはり、〈赤の竜〉より先に、こやつとの決着となりましたな。
FM: 完璧に予定通りですなあ……。さて、《軽功回避》での移動と遮蔽を考えると、スアローの攻撃を婁が回避したら、そのまま攻撃範囲外に離脱できますね。一撃勝負。スアローが婁を捉えるか、婁が逃げ切るか、だね。
忌ブキ: 一撃勝負……!
スアロー: 《黒の刃》は?
FM: そうか、メリルから生体魔素奪ったから使えるのか! だったらもう一回だけ届く。
スアロー: 今は生体魔素が60あるからね。
禍グラバ: それでも、《黒の刃》を含めて、たった二回で婁に当てられるかどうか、ですか。微妙な数字だ……。
FM: ここで当てなければ、逆に婁の十一連撃でやられる可能性が高いですね。白叡の番天印で《黒の帳》も削られてますから。
スアロー: そうなんだよね。やるしかない。――婁さん、あなたの言った通り執着を教えてもらおうじゃないか。
FM: さて、何回攻撃しますか?
スアロー: どうせ二回しかチャンスがないなら、二回攻撃だけにしてもいいんだけど……(指を鳴らして)相手は七殺天凌なんだよね。七回攻撃にしよう。87%で一回、残り六回は88%だ。
忌ブキ: ああ、なるほど……。
スアロー: この七回で決着をつける! 出し惜しみなしだ! 禍グラバさんに用意してもらった破壊力アップの魔剣! (サイコロを振って)一発目は出目77! [達成度]は68!
FM: 効果的成功はしなかったか。出目の末尾7だと場所は胸部です。
婁: (落ち着いた声で)《軽功回避》をします。(サイコロを振って)出目が33で効果的成功。[達成度]は94で回避。このまま後方に二マス飛び退りましょう。
スアロー: じゃあ、こちらも攻撃後のステップで、一マス前に詰めるよ。
悠然と、婁の身体は宙に舞った。
有り余るスアローの膂力に魔剣の破壊力が重なり、風圧だけで神殿の床を破壊する。魔剣の砕ける嘆きもかまわず、中空の暗殺者を、スアローは目で追った。
(ああ、君なら――)
尋常ならば、これで詰みだ。
スアローの武器では、婁に追いすがれぬ。
だが、彼も尋常な騎士ではなかった。
《黒の刃》ならば追える。本来ならば底をついていたはずの生体魔素をメリルから補った以上、躊躇する理由もない。
(そう外すと、信じていた――!)
この一撃で。
決着を。
スアロー: (深呼吸する)これが、最後だ。禍グラバ五大魔剣の内、対還り人用の剣を使って《黒の刃》で射程延長。距離を取った婁震戒を強引に切り裂こう。88%か……やべえ、外しそう。
忌ブキ: そんな……!
スアロー: いや、その時は婁さんが、〈天凌府君〉が上手だっただけだ。(サイコロを振って)OK! 出目が61で効果的成功!
FM: 効果的成功か! しかもほぼぴったりで!
スアロー: 今の〈両手剣〉の【効果値】は62だもんねえ。
(――あと、一度)
婁震戒もまた、思った。
《黒の刃》の存在は、岩巨人との戦いで彼も認識している。
だが、あと一度躱せば、〈竜〉の巨体を利用して死角へと逃れられる。そうなれば暗殺者たる婁の独壇場だ。いかにして相手を自分の戦場にひきずりこむか、今なされている戦いはそういう類のものでもあった。
――ゆえに、それは。
婁にとっても、スアローにとっても、理性の外で起きた判断だった。
FM: で、末尾1は……任意の場所。婁さんの身体のどこでもいいです。
スアロー: (少し考えて)……身体じゃなきゃ、駄目かな?
FM: え?
スアロー: 剣を、狙えないかな?
FM: まあ……できますが。スアローは七殺天凌の魅了に捕らわれてるでしょう。あの剣を所有したいのでは――
スアロー: (さも当然のごとく)……欲しいってことは、壊したいってことでしょ?
一同: うわあああああああっっっ(盛大にどよめく)。
FM: ……そうか。そうだ。確かにスアローはそれしか所有の方法を知らない。いいでしょう! スアローにだけはそれが許されます。
スアロー: 僕は永遠を壊さずにはいられない男! 最終の[達成度]は126だ!
スアローにしてみれば、魅了ゆえの必然。
婁震戒にしてみれば、沈着ゆえの当然。
妖剣にしてみれば、歓喜ゆえの一失。
誰も、気づいてはいなかった。
スアロー本人でさえ、そのことを分かっていなかった。
この青年の欲求のカタチを。すなわち、この青年が真に欲しいと願ったならば、壊すしかないのだと。いいや、壊すしか知らないのだと。二十年以上にわたって青年を縛りつけてきた在り方は、はたして魔力によって魅了されてさえも、彼の思考をどうしようもなく決定づけた。
……なれば、あとは運命。
……なれば、あとは宿命。
婁: では〈※黄爛武術〉で《軽功回避》を……いや、それなら回避はしません。
忌ブキ: 回避しない!?
婁: 五行躰になった左腕でブロックします。
スアロー: お、お、おお! やばい! 七殺天凌だけ残ったら、僕、あの妖剣に魅了されたままじゃんか!
エィハ: ……ごめん、ショックが多すぎてちょっと笑いが止まらなくなってきた。(少し落ち着いてから)……あれ? これで剣が折れてスアローさんも死んだら、わたし……。
禍グラバ: エィハの勝利条件が満たされちゃう!?
婁: (サイコロを握りしめて)……では、振りましょう。出目が04以下なら決定的成功で、おそらくスアローを凌げます。
(からからと部屋に鳴り響く、乾いたサイコロの音)
婁: 出目は11。効果的成功ではありますが……スアローの[達成度]にはどうしても届かない。
一同: (思わず)惜しい!
FM: 10の位が0だったら……では、スアローさん。念のためにダメージを出してください。なぜなら、七殺天凌の【武器耐久度】は婁の耐久力より遥かに高いので、スアローでも折れない可能性があります。
スアロー: うお、確かに。
FM: 【武器耐久度】は400、防護点は9あります。
禍グラバ: おおっ!?
スアローの刃が、漆黒の魔素を纏う。
その黒き刃を、婁も意識の外で認識した。
刹那、回避しようという意識はすべて搔き消えた。
かつての岩巨人のときと同じく、婁はその左腕を持ち上げる。スアローへの執着よりも、勝負への拘泥よりも、ただひたすら媛の無事だけを願って彼女を庇おうとした。
だが、間に合わぬ。
庇おうとした腕よりも早く、魔素の刃が七殺天凌へと触れた。
スアローの呪いは、ここでも正しく機能する。
《粉砕の呪い》と名付けたのは、誰であったか。
そして、嘆くごとき音は――スアローの刃と七殺天凌と、どちらのものだったろう。
スアロー: ダメージ行くよ。732点。
「……婁……っ!」
遠く、妖剣の思念がこだました。
FM: スアローの一撃で、七殺天凌は砕けます。
婁: 折れた刃は残ってますか?
FM: ええ。ですがそれも、あと数秒も経たず崩れるでしょう。「なぜ……わらわが……」とその思念があなたの脳裏に響き渡り――
婁: (押し殺したような声で)……いえ、貴女だけではございませぬ!(剣を自らの喉に突き立てる仕草)。
一同: おおおおおっっっっっ!!
FM: ……では、婁の生体魔素が吸われていき、そのまま崩れ去っていきます。
婁: (深々とうなずき)ええ。
FM: 七殺天凌と婁震戒、これにて退場です。
スアロー: (反射的に)……噓。
忌ブキ: 噓……。
エィハ: (信じられないように)噓みたい……。
スアロー: この……この、真性のリア充がぁぁあ……!!!!
(ああ、本当に殺してやりたい)
スアローの胸に去来したものは、最後の一合のときですら浮かばなかった本当の殺意だった。
置いていかれた。またしても置いていかれた。
ようやく出会った答えらしき男だった。
ようやく迎えた、この無意味な生の決算のときだった。
この男とすべてを吐き出しての潰し合いなら、自分は人並みの充足を得られると信じていた。
だがそれは愚かな間違いだった。
あの男は一人で充実し、一人で完成していた。
はじめから――己のような空虚な人間に向ける情念など、あの満ち足りた男には有りはしなかったのだ……!!
忌ブキ: リア充って!
スアロー: いや、もし魅了されてなかったら、このターンの終了時に生体魔素が0になって死んでたんですよ僕。そのときは〈赤の竜〉と一緒に蒸発するつもりだった。メリルから生体魔素を奪うっていうのは、さっき魅了されたからこそ思いついたことだし。
婁: あそこで成功してくれてれば(笑)。
スアロー: メリルを正気に戻すには気絶させるしかなくて、気絶させるには生体魔素を奪えばいいんだって考えたところで、自分も生き残れるじゃんって気づいた(笑)。けっこうドミノ倒しの気分。しかし……(肺から押し出すように)これが失うということか……。
禍グラバ: 立ちすくみ状態?
スアロー: 狂騒に憑かれてやったことですからねえ。ああ、そうだ。攻撃回数が残ってるなら、残り五撃で婁さんの亡骸に滅多打ちしていいかな?
FM: もちろんかまいません。
スアロー: 何というか、行き場のない喜びだったり悲しみだったりするものをすべて叩きつけて、おそらくは婁さんが持っていたであろう〈白の楔〉諸共滅ぼしつくしてくれるわ。
婁: 最後に、仮面だけ残してくれ。
スアロー: くそ、婁さんは最後まで格好いいな!
FM: そんな光景に、雪蓮は顔を輝かせますね。「ああ……まさか、こんなものが見られるだなんて!」(一同爆笑)。
婁: こいつに楽しまれるのはむかつくなあ(笑)。
FM(雪蓮): 「この世はなんとすばらしいの!」ちなみに、白叡は突然魅了状態が解けたので、このターンが終わるまで朦朧状態です。
禍グラバ: 七殺天凌に搔き回されましたね……。
FM: ……では、スアローの手番が終わりです。ヴァルはどうします?
エィハ: (少し考えて)今のスアローはヴァルには殺せないんですよね。《黒の帳》が維持できてる以上、絶対に抜けませんから。
FM: しかも、メリルから生体魔素を奪って回復したので、《黒の帳》を張り続けられますからね。
エィハ: じゃあ、スアローさんの背中を見ながら言います。あとひとり……でも、わたしの牙じゃ届かない。
FM: そうだね、あなたの牙では届かない。《魔素の絶刃》を撃ってもらえば別でしょうが、もう一度使うと忌ブキが確実に死ぬでしょうし。
「……あと、ひとり」
エィハが、静かに口にした。
殺意と諦観とかすかな安堵とが混ざり合った、そんな声音であった。
エィハ: あとひとりだけど……彼は強かった。
婁: そうか、スアローさえ殺していればコンプリートだったのか。
スアロー: 僕が婁さんにやられてるか、互いに消耗しきっていたらやれたかもね。
婁: そうですな。婁の防御力なら、ヴァルでも抜けますし。
禍グラバ: ちなみに、黄爛霊母は〈赤の竜〉をドナティアにだけは渡したくないんですよね。
FM: そうそう。忌ブキがやる分には無理しては止めない。
禍グラバ: 止めないけど、自分が〈竜〉をやれそうならやっちゃおうかな、みたいな感じですか?
FM: まさにそんな感じです。さて、ヴァルは待機でいいですか?
エィハ: そうですね。……強かった。
それでも本当ならば、できたはずだった。殺せないとしても、もしかしたら、万にひとつの奇蹟を願って。彼に、牙を剝くことはできたはずだ。
けれど、エィハは、動かなかった。
けれど、ヴァルは、動かなかった。
初めて出会ったときのことを、覚えている。いたわってくれたこと。慮ってくれたこと。忌ブキのことも、自分のことも、彼はけして虐げたりはしなかった。軽んずることさえ、しなかった。
旅の道中、肩を並べた食事の味。
最後にそれでも、悲鳴のような絶叫を、受け止めてくれたこと。
それを優しさだと感じたことは、なかったけれど。
「スアローのお兄さん、あなたは強かったということね」
彼女は、動かなかった。そしてそれこそが、彼女の最後の戦いでもあった。〈竜〉という恐怖から逃げることをせず、自分にとっての最適解を求めて考え続けるのをやめることもせず、本来の望みをなげうって己の長命を求めてしまうこともせずに……。
少女は、戦い抜いた。
エィハ: ヴァルは動きません。忌ブキの背中を押しましょう。
FM: では、出番です。忌ブキさん。
忌ブキ: ……はい。(サイコロを握りしめて)ぼくの使える魔術では、一番ダメージの大きい《落雷》を使います。ここでも使えますか?
FM: ええ、問題ありません。この神殿には屋根はありませんし、この空間は魔素に敏感に反応しますから。
忌ブキ: では、それで。〈思念照準〉は90%。
FM: ……何か言うことはありますか? 〈赤の竜〉はじっとあなたを見つめています。
忌ブキ: イズンのことを思い出して、一瞬だけ目を閉じます。――今度こそ! (サイコロを振って)77! 成功!
虚空の神殿の、天空がにわかに搔き曇る。
魔術によってつくられた暗雲であった。黒く膨らんだ雲へ見る間に紫電が走り、途轍もない量の魔素が集っていく。
先ほど忌ブキが使った恩恵――《魔素の絶刃》に呼応して、少年の身体と角がどんどん熱くなっていった。
FM: では、[達成度]とダメージを。ちなみに、〈竜の爪〉の効果は〈赤の竜〉に対してダメージ五倍です。
禍グラバ: 五倍!
FM: さきほどの《魔素の絶刃》を加えて、ダメージは二十五倍になります。これだけ倍率が高いと、元のダメージに大きく左右されますね。
忌ブキ: はい。ダメージダイス行きます。せーのっ! (サイコロを振って)83点!
エィハ: (拳を握りしめて)よしっ!
FM: では、その二十五倍で……総計2075ダメージが〈竜〉の全身を灼きます。
その熱を、解き放つ。
すべてが白く染まった。
神話的としか形容しようのない規模で、雷電が天と地とをつなぐ。
居合わせたものの総身を凄まじい轟音が叩いた。鼓膜どころか全身を吹き飛ばされかねない衝撃であった。地上のありとあらゆるものを拉いで、忌ブキの呼んだ落雷は世界を引き裂いた。
烈風が吹き荒れた。
祝ブキが祈るように両手を握りしめ、エヌマエルはそんな少女の肩を抱いた。
雪蓮は愉しそうに微笑し、白叡はようやっと我に返って息を止めた。
スアローが茫然と顔を押さえ、禍グラバは堂々と視線をあげた。
エィハは、ただ見つめていた。
そして。
〈赤の竜〉の――〈人竜〉の巨体は、その白雷の中で膝をついた。
スアロー: すげえ!
FM: そしてそのダメージだと……(計算して)やはり、腹部で落ちる!
禍グラバ: やった!
エィハ: ……本当に!?
FM: 凄まじい雷が突き抜けた後、ゆっくりと〈竜〉が空を仰ぐ。焼け焦げた身体は、もはや元の面影を探すことさえ難しい。
それでも、
「ああ……」
ため息のように、〈竜〉の声はこぼれた。
「結局……我は、お前たちの進化に追いつけなかったのだな……。時の波に置いていかれた亡霊でしかなかったのだな……」
長く、長く、時の重みに耐えかねたようなため息だった。
そして、〈竜〉の瞳は少年を見やった。
「お前が、我を継いでくれるのか……?」
忌ブキ: ……はい!
FM(赤の竜): 「ならば、お前には『力』が与えられよう」
忌ブキが、胸を押さえた。
ゆっくりと、自分の身体に新たな『力』が満たされていくのが分かったからだ。あまりにも雄大で、あまりにも膨大すぎる、人間の身体にとどめてはおけぬ『力』であった。
「……その力で、時代の針をとどめるも進めるも、お前次第」
掠れた声が、耳に届く。
「だが……正直に言おう。お前が継いでくれたことが……我は何よりも……嬉しい……」
忌ブキ: 〈竜〉の嬉しいは重いですね、ものすごく……。
FM: では、勝者は決定しました。――虚空の神殿を中心としたこの世界は、突如として湾曲していく。
世界が湾曲する。
すべてが排除され、すべてが閉じていく。
すべてが遠ざかり、すべてが薄れていき、すべてが消えていく。
――忌ブキだけが、そこに残った。
『第十九幕』
……そして、すべての選択は、少年に委ねられる。
FM: (BGMをメインテーマに変えて)では、空白の世界に、忌ブキだけが残されています。
忌ブキ: (緊張した声で)……はい。
FM: まず、〈赤の竜〉の力を引き継ぎ、真の契り子になった効果を伝えましょう。
エィハ: ……ああ(くずれるように椅子に座り込む)。
スアロー: 紅玉さんがすごい顔になってる。
禍グラバ: ここまで長かったですからねえ。
FM: 第一に、皇統種の持てる恩恵すべてです。
忌ブキ: 恩恵すべて!?
FM: ええ、あなたが選ばなかった恩恵――祝ブキが使っていた、必ず行動を失敗させる《絶望の宿命》、半径数十キロに天災を巻き起こす《天変地異》など、十数個に渡る皇統種の恩恵をすべて修得できます。さらに、恩恵の《魔素流操作》の維持時間は永遠になります。
忌ブキ: え、永遠に魔素流を固定できる?
FM: その通り。
スアロー: す、すげえ……いきなり〈楔〉とか全部飛び越した……。
禍グラバ: これが竜の力……。
FM: いえ、これはあくまで前座です。一番大事なことはこれから――忌ブキはたった今、この瞬間、ニル・カムイの魔素流をすべて決定することができます。どこからどこまでを何色にするか、すべて自由です。
スアロー: うわっはははは(笑)。
婁: これは思わず笑いが出ても仕方ない……。
禍グラバ: ニル・カムイが独立できていた最大の理由ですからねえ。
FM: はい。忌ブキが望むなら、このニル・カムイの魔素流の結界を完全に固定して、誰も出たり入ったりできないようにもできますし、今より船が入れる場所を減らすこともできますし、完璧に開放することもできます。
その意味を悟り、忌ブキは硬直した。
ひどく、長くそうしていた気がした。
もっとも、時間が関係あったかどうかは分からない。硬直するような身体が存在したかどうかだって危ういものだ。
この場所に、空間と時間が存在するのかどうかすら、少年には分からなかった。
スアロー: これはすごい……!
忌ブキ: えと、つまり、兵隊とか来れないってことですよね……?
FM: はい。これまでも、ニル・カムイにはほとんど兵隊が入れませんでした。大陸なら数万、数十万といった単位の軍隊を出す黄爛がニル・カムイではせいぜい数千にとどまっているのは、この島が魔素流の結界で覆われているからです。
忌ブキ: 魔素流の結界……。
FM: 忌ブキは以前鎖国したいと言いましたね。
忌ブキ: 言いました、ね。
FM: この結界を完璧にすれば、ほとんど誰も近寄れなくなります。逆に結界を切ってしまえば、ニル・カムイは誰もが容易にやって来れる土地になるでしょう。
禍グラバ: オープン・ザ・ワールド。
FM: ちなみに、スアローが枯渇させてしまった魔素流さえ復活させることが可能です。色をなくしたところを、赤く染めることができます。
スアロー: やった! 僕悪くない!(笑)。
禍グラバ: そうか。スアローの呪いも、竜絡みという点で同質だから上書きできるんですね……。
エィハ: 後から結界を弄ることはできない?
FM: 島全体に影響を及ぼせるのは、この瞬間だけですね。後から永続化した《魔素流操作》で調整はできますが、規模が小さいので大変な時間と労力がかかるでしょう。
今、ニル・カムイは自分の手の内にあるのだ。
この島を巡る魔素流のすべてを、自分が決定づけられる。ひょっとすると、この島にすむすべての命を握りつぶすことさえできる。
〈赤の竜〉の『力』を継ぐとは、それほどのことであった。
忌ブキ: こんな夢見がちな少年にそんな危険な力を!?(一同爆笑)。
FM: そんなことを言われても! それは〈赤の竜〉の『力』なのですから、その程度のことは可能です。――(ニル・カムイの地図を取り出して)あなたは今、この地図を好きにしてくれていいんですよ。
婁: 凄まじく具体的だな!(笑)。
スアロー: 徳川幕府は、世界史でも名だたるほど完成された国家らしいぞ(笑)。
FM: まあ、完璧に鎖国してもいいし、出島ぐらいはある感じでもいい。
忌ブキ: す、すいません。これはちょっとプレイヤーレベルで相談させてください。
スアロー: それなら今こそ! 忌ブキ脳内会議ーっ!(笑)。
エィハ: 善の忌ブキ、悪の忌ブキ。
婁: じゃあ悪の忌ブキ、俺がやるよ(一同再爆笑)。
禍グラバ: いっそのこと、人間が住めないぐらいの魔素流にしてしまえば争いは起こらない、とか悪の忌ブキが(笑)。
FM: まあ、もちろんそれも可能です。全魔素流をスアローみたいに枯渇させてしまえばいいんですから。
忌ブキ: ……。
FM: また、既存の魔素流では赤が限界ですが、今のあなたならそれ以上――赤以上の赤として「真紅」とでも名付けましょうか――に持っていくことも可能です。この場合、ニル・カムイ人以外はほぼ魔素流が回復しなくなります。たとえば、シメオンさんなんかは一ヶ月に一度ぐらいしか戦争に耐えられなくなりますね。
禍グラバ: 黒竜騎士は生体魔素を異常消費しますからね……。
婁: 今度は、こっちが虐げる番だと(笑)。
忌ブキ: その場合、ぐっとニル・カムイが有利になりますよね。
FM: ええ。もっとも、ドナティアにせよ黄爛にせよ魔素流は大きな要素ですが、けして絶対的というわけじゃありません。このやり方を取った場合、ニル・カムイは内戦状態に入るでしょう。
禍グラバ: 禍グラバも、新しい状況に応じて流通システムの構築をはかりますね。
スアロー: 人の上に立つやつらは、視点が違うな!(笑)。
忌ブキ: ……そうか。
FM: どうします?
忌ブキ: ……正直、忌ブキは島に残ってる他国の人のことは、そんなに考えられないと思うんです。だから、彼は島を真紅に染めます。
少年は、ひそやかに思う。
(――この島を、真紅に)
それだけで、ニル・カムイが塗り替えられていく。島の民が待ちわびた真の契り子たる少年は、この島の魔素流を文字通り手足のごとく操った。
だが、少年も気づいていない。
ほんのわずか、その真紅が染めきっていない地点があることに。
それもまた、自らの無意識の願いであったことに。
忌ブキ: ただ、完全な鎖国には無意識が影響してできないと思います。……本人は完全鎖国にしたつもりだけど、一部は残る感じですね。
FM: なるほど。それが忌ブキの希望なんですね。
忌ブキ: はい。この最後の戦いでも、いろんなものを見ました。他国の人間同士が争うところも、妖剣によって欲望を剝き出しにされるところも見ました。……それでも、ほんの少しはまだ信じたいと思ってるんです。
FM: 分かりました。では、島の外に漕ぎ出せる海域もぐっと減りますね。
禍グラバ: 多分、外部の人間で忌ブキと心を通じ合わせた人間ってスアローと孤児院の先生ぐらいですよね。
忌ブキ: でしょうね。そういうところとかにちょっと迷いが残って、その分が隙間になると。
婁: (真剣な声で)謎めいた黄爛の剣士とかいたじゃないか!
忌ブキ: あれは、外国人を入れると大変なことになるって教訓に(笑)。
FM: 分かりました。それでは、この時点をもって勝者によるニル・カムイの修正を終わります。この結果を基準としつつ――生き残った各PCの、エンディングに入らせていただきます。
『第二十幕』
そして。
彼が最初に認識したのは、自らが黄爛仁雷府にいることだった。
FM: さて、ここで相談です。エンディングにおいて、生き残った各PCはニル・カムイの内側であれば、好きな場所で目覚めることができます。
婁: (元気よく手を挙げて)はーい(一同爆笑)。
FM: あんたは生き残ってねえ!
忌ブキ: 一番目覚めちゃいけない人が!(笑)。
スアロー: なるほど……。あの場所が、正しくニル・カムイの核だったということか。
FM: そうなりますね。ニル・カムイのどこでもあり、どこでもなかったという感じです。で、まず禍グラバからいこうと思いますが、どこに現れます?
禍グラバ: (少し考えて)……それなら、ソルが心配なので仁雷府ですかね。シャディはドナティアにというか、スアローに安心して任せてあるので。問題は、仁雷府がもう滅びてたらどうしようってことですが(笑)。
スアロー: そういえば〈契りの城〉の魔物や、わくわく天凌ランドのひとたちはどうなったんだろうね?
FM: 忌ブキの勝利とともに魔物は消え失せますね。直属の冥卒たちも婁が死んだ時点でばたばたと倒れています。残った孫世代以下の還り人も、魔素流の異常な変化には耐えられないでしょう。普通の還り人と違って、婁の能力で強引に変えられたものですから。
禍グラバ: それまでにどれだけ暴れるかは分かりませんが。
FM: まあ、そこまではね。そして、仁雷府は大騒ぎになっています。「魔素流がほぼ観測できなくなった……!?」と、魔術師たちが大慌てで計測をしなおしている最中です。
禍グラバ: 禍グラバは大丈夫ですよね?
FM: むしろ、より元気なぐらいですね。ニル・カムイ人だし……いや、もともとは黄爛人なんだが、もはや完全にニル・カムイに適応してますから。
「……ふむ」
その喧噪を、ひどく遠い場所のように、禍グラバは見つめていた。
それから、ゆっくりと金属の頭を振る。
自分が戻ってきたことを――本来の自分の戦う場所を、胸に刻む。
禍グラバ: とりあえず今後、忌ブキと祝ブキに裏から手を回したいんですが、いいようにはしてくれますかね?
エィハ: 禍グラバさんなら楽勝ですよ!
忌ブキ: ちょ、ちょっとエィハさーん!
婁: さっそく操り人形が(笑)。
禍グラバ: 要するに、信教と経済の自由さえ与えてくれれば、革命軍をバックアップすると言いたいんですけどね。別に宗教も経済も支配しようとか弾圧しようとかは考えてないでしょう?
忌ブキ: ……ええ、そういうのはないですね。むしろ、忌ブキはもっと考えがない(笑)。
禍グラバ: ですよね。禍グラバの第一の目的は、〈赤の竜〉との約束を守ることなので、祝ブキも守ってやりたいんですよ。
スアロー: ほ、ほんま禍グラバさんは……。
禍グラバ: だから、祝ブキを信教の旗印にして、忌ブキには島の政治の旗印として仲良くやっていけないかと言いたくて。
FM: そのあたりは、今後のこの島の課題になるでしょうね。
禍グラバ: ですよねえ。いや、忙しくなりそうだ。――あ、そうだ。せっかく仁雷府に来たんだったら、ソルを捜して帰る前に、祭燕にも会っておきましょう。
仁雷城。
正式には、仁雷行史と呼ばれる市政府。
彼にしてみれば勝手知ったる宮殿を闊歩し、とある扉へと手をかける。
この仁雷府の防衛のため残されていた、盲目の千人長――祭燕の執務室だった。
FM: まあ禍グラバ相手だと、ほとんど顔パスですねえ……。
スアロー: こ、このお隣のうちに遊びに来た感覚!
FM: では、扉の向こうでは、祭燕が大量の書類に埋もれているね。
禍グラバ: では、書類を隔てて片手をあげて、声を掛けますよ――やあ祭燕くん!
FM(祭燕): 「……何をしにきた、お前はあの〈契りの城〉とやらにいたんじゃなかったのか」
禍グラバ: ああ、いたとも。すべてを見てきたから、君にも教えてあげようと思ったんだがね。
FM(祭燕): 「何を言いたい?」
禍グラバ: いやあ、霊母様はもう、手を叩いて喜んでおられたよ。
忌ブキ: 本当だ!(笑)。
FM(祭燕): 「……そういう御方だな。さきほどご無事だという連絡が入った」
スアロー: 向こうも生きてたか!
禍グラバ: そしてまあ、君たちがこの島に、ここにいる理由も無くなりつつあるね。
FM: その言葉には、しばしの沈黙をおいてから返すね。「……かもしれんな」
スアロー: うお、えらい殊勝だな。
禍グラバ: すでに、この島の状況については理解してるということでしょうね。なるほど有能だ。
FM(祭燕): 「霊母様はこうした場合について、細やかな指示を出されていた。今後は街の長官――刺史とも相談して、市民の島外脱出も考えることになるやもしれん」
禍グラバ: 安心したまえ、私も協力を惜しまない。
FM: ぎり、と祭燕が歯ぎしりをするね。もっとも、反論はしない。
スアロー: こうなると、禍グラバは貴重な同盟相手だものなあ。
禍グラバ: やあ、君とは今後もいい関係が築けそうだ(一同爆笑)。で、最後に――そうそう、面白いものを手に入れてね。君達が島から出る手助けになるんじゃないかな? と〈白の楔〉を取り出して、祭燕に渡します。
FM: あ、あ、そうか! お前、最後の一本を残してたのか!
禍グラバ: ええ、最後の一本を戻そうかと。もちろん、祭燕も予備を残してるかもしれないですが(笑)。
FM(祭燕): 「……ありがたく頂戴しよう」と、苦渋を顔に滲ませながら受け取るね。
禍グラバ: はっはっは、祭燕くん、使う時は、黒竜騎士のスアローくんを探して使ってもらうといいと思うぞ? おお、計らずもスアローと黄爛の架け橋に!
スアロー: 俺を巻き込んだ!?
忌ブキ: どこまでも自由な人だなあ(笑)。
禍グラバ: で、はっはっはと普通に笑いながら部屋を出て行ったところで楽紹に見つかって、銃で撃たれながら逃げるみたいな感じで。
エィハ: すごい、この圧倒的な変わらなさがすごい……!
FM: ソルとの合流はどうします?
禍グラバ: あ、じゃあ、逃げながらソルを捜しますね。……いますよね?
FM: ええ、現在大混乱中の仁雷府で、千人隊に保護されてます。
禍グラバ: よし、じゃあ逃げながら通信システムで連絡を取りましょう。――聞こえるかな、ソル。
FM(ソル): 「禍グラバ様、ご無事で!? いったい、何があったんですか?」
禍グラバ: はっはっは、何があったか、か。そうだな、あの場所にはこの島の何もかもがあったと言っておこう。そして、ここから何もかもが始まるんだ。
忌ブキ: まとめた!
禍グラバ: で、同じ通信システムで、シャディやほかの部下にも指示を下し始めます。――これから、各地にハイガの傭兵団を派遣! 魔素流の開いている場所、揺らいでいる場所を探せ。そこに新しい港町を作るぞ! 〈連盟〉の人間も迎えねばならないし、これから忙しくなるぞ!
エィハ: ラストに来て、まだまだイキイキし始めてる!
FM: これは……確かに忙しくなるな……!
禍グラバ・雷鳳・グラムシュタールは大いに笑う。
何も終わってなどいないと、高らかに笑う。
禍グラバ: (両腕を広げて)さあ、始めよう。新しい儲け話だ!
『第二十一幕』
草原であった。
険しい山のただ中で、急に開けた小さな草むらだ。
そこが、〈契りの城〉が浮上した地点にほどちかい場所だと、それだけはなんとなく理解できた。
あの神殿から、持って帰れたものはほとんどない。
ただ足下に、〈天凌府君〉を名乗った男の、仮面だけが残っていた。
FM: ……さて、生き残ってしまったスアローさんです。
スアロー: そうなんだよねえ(笑)。メリルも一緒だよね?
FM: もちろんです。またあなたと同様、メリルも七殺天凌の魅了から解放されています。
スアロー: ああ、じゃあまず、最後に残った仮面を見下ろそうか。あたりを確認して、少し落ち着いてから言うよ。
「婁震戒……本当に最期まで、剣と一緒に消えてしまった」
まるで、親しい友に呼びかけるように、スァロゥ・クラツヴァーリは口にした。
すぐそばではメリルが佇み、主人を静かに見つめている。
はたして青年は仮面へ語りかけているのか、メリルに話しかけているのか、どちらともとれる態度であった。
「……正直あのとき、僕は自分の生体魔素を撃ち尽くそうという気にすらなっていた」
スアロー: 僕は何もなさないように生きてきた。この呪いがあるかぎり何をしても壊れる。善行を目指そうと悪行をたくらもうとろくな結果にならないから、いきあたりばったりで生きる。それが僕の、精一杯のプライドというか、人生への抵抗だったんだよ。でも憧れた。彼の自由さに、剣への執着に希望を見た。もし運命が彼と殺し合う結果になるのなら、そのときこそは自分にも執着が得られると。
FM: メリルは、ただ黙って聞いているよ。
スアロー: でも、それは間違いだった。そんなことで得られる執着なんてなかった。そもそも、あれは婁震戒という人物が人生をかけて育んできたものだ。その一念を、ただ通り過ぎただけの人間が得られるはずがなかったんだ。あるいは……あのとき、倒されるのが僕の方であったなら、一かけらぐらいは理解できたのかもしれないが。
FM(メリル): 「スアロー様は、今ここにいらっしゃいます」
スアロー: ……うむ。メリルも生き残ってるし、自分も生き残っちゃったので……かといって、もうドナティアには戻れないなあ。
FM: 社会的にね(笑)。
スアロー: そうそう。じゃあ、禍グラバさんにおんぶにだっこで身柄を匿ってもらうか、あるいは手を叩いてケラケラ笑っていたあのお美しいご婦人に売り込むって手もあるんだけど。
忌ブキ: ちょ、霊母に!
禍グラバ: 禍グラバと連絡を取るんだったら、ドナティアを裏切ったという事情は分かりますんで、「早くハイガに戻ってきたまえ、君はドナティアの大使だろう?」って言いますよ(一同爆笑)。
スアロー: そうだった!
婁: この商人、また何もかも丸め込むつもりだよ(笑)。
スアロー: 禍グラバさん……僕はこの旅で多くのものを見てきたが、一番嫉妬すべき相手がここまで頼もしいとは思わなかったな(笑)。
FM: では、ここでメリルが改めて訊こう。「スアロー様、どうなさいますか?」
スアロー: ああ。僕はもう本当に、今更かっこつけても仕方ないし、彼を頼ろう。
ひどく素直に、青年は告げていた。
ひょっとしたらそれは、メリルも初めて見たかもしれない表情だった。
「正直、僕が一番怖いのは、君があの商人の影響を受けるんじゃないかということなんだがね」
FM(メリル): 「それこそ今更でございます。シャーベット商会と禍グラバ様は提携しておりますので」
スアロー: それもそうだ。今頃は〈赤の竜〉の保険でも忙しいだろうしね。――うん、以前禍グラバさんに用立ててもらったお金の七割を、革命に失敗したときの忌ブキさんのために使ったんだけど、意味が無くなってしまったな。
忌ブキ: すいません(笑)。
スアロー: でも、ひとつ意外なのは〈黒の竜〉だ。
反芻するように、青年は口にする。
スアロー: 僕は、〈黒の竜〉と袂を分かつと言った瞬間に、契約を切られるものと覚悟してたからね。だが、どうやらあの御仁は与えたものは奪わない、要するに一度契約を交わした以上は、その人間の自主性に委ねるようだ。
禍グラバ: ああ……。
スアロー: ……あれは慈悲ではなく、達観かな?
FM: そうだね。実は、そのスアローの推測はほぼ正しい。
スアロー: どうやら、永遠にすがりつこうとあがこうとしているように見えた〈黒の竜〉だが、彼は彼で、もうすでに滅びを受け入れているんだろう。
解き放たれたように、スアローは自然な態度で言う。
「……となると、ドナティアも変わっていくだろう。まあ、今更ドナティアに戻れる面の皮の厚さは持っていないんだがね」
スアロー: (ぼそっと)……本当は持ってるんだけどね(笑)。
禍グラバ: よく分かってます。
FM: まあ、エヌマエルと祝ブキがドナティアに戻ったら、ミネアさんあたりが激昂して追いかけ回すかもしれませんけどね。
スアロー: それは困る(笑)。しばらくは、禍グラバさんのもとでこの後にやりたいことを見つけるとしよう。……その前に、誰も花を手向けないだろうから、僕ぐらいは彼の墓をつくっておくとしよう。
忌ブキ: 墓……。
スアロー: メリル、手伝ってもらっていいかな?
FM(メリル): 「スアロー様が望まれるなら。そもそも、スアロー様が何かをつくれるわけもないでしょう」実際、〈赤の竜〉との戦いに生き残ったとはいえ、スアローの呪いが癒されたわけじゃないですからね。
禍グラバ: そういえばそうだ(笑)。
FM: では、どこともしれぬニル・カムイの辺境に、誰のものともしれない墓がつくられる。誰も訪れない墓が。飾られているのは、赤黒い仮面ひとつきりだ。
そうして、彼と彼女は背を向ける。
新しい場所を目指して。
新しい時間に向かって。
『第二十二幕』
水の音が聞こえた。
湖のほとりだと気づくには、少し時間がかかった。
その少女は、つながれた魔物とともに、柔らかな土のしとねに倒れていた。
FM: では、エィハとヴァルです? 忌ブキとは一緒にいます?
エィハ: 一緒でもいいんですか?
FM: どちらでも。これは紅玉さんの思うようでいいですよ。
エィハ: (しばらく考えて)……わたし、今回は別の場所にいたいです。忌ブキはひょっとしたら困るかもしれないですが。
忌ブキ: 今は、大丈夫です。
禍グラバ: やっと、忌ブキがひとりで自由にできるぞと(笑)。
忌ブキ: いやいやいや!
エィハ: ……じゃあ、ニル・カムイのどこか、多分生まれた土地の近くにある美しい花の咲く森で、目を覚ましたいです。
周囲を見やって、最初に懐かしい思いをエィハは抱いた。
はっきりと、覚えてはいない。
それでも、ここは自分にゆかりのある地だろうと、直感した。
FM: では、森の中。澄んだ湖のほとりとしましょう。美しい花が風に揺れている。
エィハ: 鋭くなった感覚で、ここがニル・カムイの――忌ブキが王として塗り替えた土地なんだなと、そう気づいていいですか。
FM: もちろんです。ほかの誰に分からなくても、あなただけには分かります。水も花も木々も、以前より力強く息づいているようなそんな感覚です。同時に、ほかの何者をも拒むようなイメージでもある。
エィハ: ……そう、勝ったのね。
スアロー: しみじみと、言うなあ……。
禍グラバ: ……長かったですからね。特にエィハにとっては。
エィハ: あの戦場からひとつだけ、ジュナの煙管だけ持ち帰っていいです?
FM: ええ、OKですよ。
手にした煙管を見る。
ジュナがいつか口にした言葉を思い返す。
――『あたシたちには未来がある』
「残りの命よりも大切なものがあるなんて、思ったことはなかったけれど……これからわたしは、未来を見ることになるわ」
つながれものの寿命を考えれば、それはほんの短い時間かもしれない。
それでも、一輪の花を手にとって、少女はヴァルの目元を覆う包帯に挿した。
「……行きましょう。この命が終わるまでに。わたし、たったひとつやりのこしたことがあるもの」
少女の足はまだ震えていたけれど、それでもしっかりと大地を踏む。
愛しい獣を撫でて、ともに歩き出す。
「わたしの王に、答えていないから」
足取りは重く、それでも少女の表情は晴れやかだった。
〈契りの城〉に乗り込むとき、あの少年はとても真摯に言った。
――『愛してるよ』
あの稚拙な言葉に、自分は答えなければならない。
残った寿命がたとえ数日だとしても。
それは――
「――わたしも、愛してるって」
『第二十三幕』
FM: では、最後に忌ブキです。島を塗り替えたあなたは、おそらく革命軍に戻るかと思いますが、どうします?
忌ブキ: そうですね。忌ブキとしては革命軍の人たちを集めて、これからのことを話したいと思います。
FM: では場所はセブリ島が適切でしょうね。だいたい二週間後になります。
忌ブキ: セブリ島なんですか?
FM: ええ。セブリ島だと流賊の手伝いもあって、人員を集めやすいんですよ。
忌ブキ: ……ああ、なるほど。
覚えている。
以前、阿ギトやジュナもそろって、革命軍の皆で宴を開いたこと。あのときのニル・カムイ料理の味を、忘れられるはずもない。
皆からの歓待を受けたとき、どれほど嬉しかったことか。
今、その島の砦で少年を待っているのは、ユーディナ・ロネだった。〈契りの城〉での戦いから革命軍の人員を逃がすため、彼女がどれだけ奮戦したか、忌ブキは革命軍の古強者たちから聞かされていた。
逆に、彼女にも、〈契りの城〉で起きた出来事をすでに話してある。
〈赤の竜〉が死んだこと。
自分が契り子になったこと。
エィハたちとはぐれたこと。
――阿ギトとジュナが、死んだこと。
禍グラバ: ……この人、阿ギトの恋人でしたよね、きっと。
FM: ええ、ですが、悲しみはおくびにも出しません。代わりに、現状について冷静に忌ブキへ説明してくれるね。
忌ブキ: はい。
FM(ユーディナ): 「ここに集まった人たちは皆、あなたが契り子になったことを知ってるわ」
忌ブキ: (深くうなずいて)……はい。
FM(ユーディナ): 「ドナティアからは、あなたの妹、祝ブキが帰ってきたという情報が伝わっている。ドナティアはまだ〈赤の竜〉について何も公表してないけれど、自分たちの皇統種――祝ブキこそが〈赤の竜〉を倒した真の契り子であると、そう発表する準備をしてるでしょうね」
忌ブキ: むしろ、まだ発表してないんですか?
FM: してません。あなたが契り子としてどのような力を持っているか、ドナティア側にとっても未知数ですからね。それに、この島の魔素流が大きく変じたことで、もはやドナティアは以前のような植民地政策をとることが不可能になっている。
忌ブキ: ああ、なるほど……。
FM(ユーディナ): 「黄爛も、〈天凌〉軍からの復興のため、仁雷府に民衆を集めているようです」
忌ブキ: こちらは、霊母の差し金ですね。
FM(ユーディナ): 「でも、この島が変わったこと――以前より遥かにニル・カムイの民を守ってくれる魔素流に変じたことを皆が知っているわ。ドナティアも黄爛も、そのことは隠しようがない。今、あなたが王として私たちを率いてくれるならば、私たちは勝てるかもしれない」
忌ブキ: ……ああ、そこまで来たんですね。
FM: ええ、あなたはニル・カムイに絶対的に不利だった状況を、一気に引き戻しました。少なくとも、このニル・カムイの島に限って言えば、ドナティアや黄爛にももはや革命軍は劣りません。
忌ブキ: ……戦えるってことですね。
FM: はい。革命軍の中心勢力をはじめとして、各地方の有力者が次々に名乗りをあげて集ってきています。この島に集まろうとしている者たちだけでも、おそらく最終的には数千人以上になるだろうと、そう予想されています。
忌ブキ: じゃあ、集まってもらった人たちに会いたいと思います。
FM: いいでしょう。やってきた人たちも、そのときを待ち焦がれてましたからね。あなたの意思が伝わると、すぐに港に集会が用意されますよ。
日が傾く前には、港が人々の影に埋め尽くされる。
あえて港を選んだのは、セブリ島にはここまでの人数を一度に収容できる施設がなかったためだ。だが、そのことがかえって、土地と人々の一体感を高める効果があったやもしれない。
「……」
潮風に、少年は人々の熱を感じた。
これまでに感じたどれよりも、強烈な熱だった。
ひょっとすると、〈赤の竜〉から『力』を受け取ったときよりも、ずっと激しいかもしれない熱量だった。
FM: ……あなたを見つけると、人々はそれぞれ両手を前で交差させるニル・カムイ独自の礼を取ります。もはやこの中の誰も、あなたが契り子になったことを疑っていません。
忌ブキ: はい。(何度も深呼吸して)じゃあ人々の前に手をあげて、話し始めます。
スアロー: ……。
禍グラバ: ……。
エィハ: (はらはらとした面持ちで見つめている)。
忌ブキ: ……沢山の犠牲が、ありました。
忌ブキは、人々を前に、演説の口火を切る。
「……ぼくを育ててくれた人も、ぼくの手を引いてくれた人も、ぼくの隣で剣を執ってくれた人も、ぼくの手の届かないところでは、もっともっと多くの血と涙が流れました」
彼は、覚えている。
彼には、忘れられない。
「みんなが抱いていたのは、特別な願いではありませんでした。望外な欲望ではありませんでした」
FM: そういう願いを抱いてた人も、ちょっといたけどね(笑)。
婁: おっと誰のことかな?(笑)。
スアロー: (隅っこで手をあげて)……はーい。
禍グラバ: ふたりとも(笑)。
少年は、話し続ける。
「平等、自由、そんなありふれた、当たり前の幸せを摑むために、多くの人が立ち上がりました」
そう、信じている。
信じたいと思う。ついには理解できなかった人々も、しかし彼らにとっては当たり前の幸せを追い求めた結果なのだと。
「そして、ぼくは今、契り子になりました……」
少年は、右手を掲げる。
秘められた力が魔素流へ影響を与え、天空へとつながった。
美しい虹を、人々は見た。
まるで、守護竜へ戻った〈赤の竜〉を思わせるような、鮮やかな虹を。
FM: 歓声があがります。あなたを契り子として、誰もが認めています。
忌ブキ: (手を下ろして)これは、復讐のための力ではありません。この島から争いをなくすための力です。
「これは、ぼくたちが自らの意志で明日を選ぶための力です、自由を得るための力です」
ぎゅっと、手を握る。
ほんの二週間前、この手の中にニル・カムイがあった。
だから、少年は思うがままに土地を塗り替えた。後悔がないわけはない。戻りたくないはずはない。これほどの責任は人間がひとりで背負いきれるものではない。
それでも。
「……ニル・カムイの正式な王として、契り子・忌ブキはここに誓います」
少年は、宣言する。
「ぼくの下で流す血と涙をもって、この島から争いを根絶します、自由を手に入れます。もう誰も奪われず、悲しまずに済む世界のために、あなたの力を貸して下さい」
一同: (一斉に拍手)。
FM: 人々から大きな歓声があがり、熱狂的な渦と化します。彼らはもはや自分たちの王を疑いません。あなたが死するそのときまで、最後の一兵になるまでついていくことでしょう。
それは、きっと少年時代の終わり。
そして、竜と人との戦いの終わり。
これよりニル・カムイに訪れるは、人と人との戦い。
けして正しくはなく、悲壮なまでに愚かで間違ってはいても、それでも人間が自分たちの手だけですべてを摑み取ろうとする、歴史の転換点。
忌ブキ: ……はい。その覚悟をしています。ぼくはあなたたちの命を背負います。
後に、多くの歴史家たちが綴る。
島国ニル・カムイに起こった、この契り子・忌ブキの挙兵こそが、ドナティアも黄爛も十カ国同盟も巻き込んだ、混沌の時代の始まりであったと……。
〈完結〉
『RPF レッドドラゴン』
Staff List
We are Red Dragons!
Fiction Master
三田誠
Fiction System Designers
小太刀右京(全体管理)
加納正顕(計算管理)
矢野俊策(革命軍担当)
三輪清宗(黄爛軍担当)
重信康(天凌軍担当)
梶岡貴典(ドナティア軍担当)
Music
崎元仁
Art Direction
しまどりる
Players
虚淵玄(婁震戒)
奈須きのこ(スアロー・クラツヴァーリ)
紅玉いづき(エィハ)
しまどりる(忌ブキ)
成田良悟(禍グラバ・雷鳳・グラムシュタール)
Title Design
Veia
Special Thanks
私設図書館シャッツキステ
Good Smile Company
Assistant Producers
岡村邦寛 今井雄紀 山中武 落合みさこ
Producer
太田克史