レッドドラゴン
第六夜 第十二幕〜第十四幕
「最前線」のスペシャル企画「最前線スペシャル」。三田誠がFiction Masterとしてシナリオを紡ぎ出すRPF、『レッドドラゴン』。参加者は虚淵玄、奈須きのこ、紅玉いづき、しまどりる、成田良悟の夢の5名。音楽を担当するのは崎元仁。最高の布陣で最高のフィクションを創造します。
(いつもの舞台)
(暗闇を照らす、いくつかの燃え残った蠟燭)
(男は、ひそやかに語りかける)
「――皆様」
「これが最後の口上となりますが、もはやべらべらと語ることもございません」
(声は、静寂の中を渡っていく)
「――かつては〈赤の竜〉混成調査隊であった彼ら」
「――辿り着くべきところに、彼らは辿り着きました。辿り着いてしまいました」
「果ての果て」
「そこは、文字通りの果てにございます。運命も希望も悲願も選択肢も、何もかもが果つる土地であります」
「はたして、彼らがどのような結末を迎えるのか」
「この舞台の結末まで、皆様、どうぞお付き合いくださいますよう」
(挨拶とともに蠟燭が消え、完全な闇が落ちる)
(男の姿も、その闇に消え失せる)
(――そして、赤光が広がる)
『第十二幕』
――赤い空が、落ちてくる。
誰もが、そう思った。
極限の質量は、もはや肉体どころか魂までも押し潰す。その表面を彩った赤の赤――色という概念は『彼』より生じたのではないかと錯覚するほどの、絶対的なアカイロもまた、こちらの精神を塗り潰していく。
いや。
それは本当に錯覚であったかどうか。
ここまで来た者たちは、否応もなく知らされていた。
『彼ら』こそが世界の中心であったのだと。かつてはこの世界そのものであり、分かたれた後でさえも常に影響を与えあい続けた『核』であるのだと。
ここに集った者たちとて、いずれも劣らぬ超越者だ。
しかし、一度『彼』を知ってしまえば、やはりただの生物に過ぎぬ。英雄や豪傑といったすべての言葉が、ただの言葉に成り下がる。
定命の者。
そんな古い呼び方を、誰もが意識せずにはいられぬほどに。
――それほどに。
〈赤の竜〉の降臨は、絶対的であった。
奈須きのこ→スアロー: 来たか……!
しまどりる→忌ブキ: 来ちゃいました……。
(全員、巨大なジオラマを見上げている)
虚淵玄→婁震戒: (かぶりを振って)いや、このジオラマはさすがにヤバイですね。見てるだけで圧倒される。
成田良悟→禍グラバ: で、〈赤の竜〉はジオラマ全体を覆う大きさだってんでしょう。いやこう、想像できるから、かえって怖くなりますよこれ!
FM: ふふふ、このラストバトルのためだけの一品物ですからね。存分に堪能してください。
――そして、その舞台には、すべてがあった。
ドナティア造りの城があった。
黒竜騎士スァロゥ・クラツヴァーリとその従者メリル。皇統種たる祝ブキ、従軍教父エヌマエルがそこに佇んでいた。
黄爛造りの城館があった。
霊母の写し身たる雪蓮と、万人長・白叡が、その屋根から〈竜〉を見上げていた。
砕けたニル・カムイの首都、シュカの街並みさえも再現されていた。
その地を踏みしめるは、もうひとりの皇統種たる忌ブキ、彼に従うつながれものエィハとヴァル。さらには革命軍の主導者阿ギト・イスルギに、つながれもののジュナとダグナまでもが控えている。
ただひとり、禍グラバ・雷鳳・グラムシュタールは宙に浮かび、遥か上空の〈竜〉を見つめ。
さらに。
さらに深き闇には――七殺天凌を携えし暗殺者・婁震戒もまた、その吐息を殺していた。
紅玉いづき→エィハ: ……(黙ったまま、各キャラクターの配置を何度も吟味している)。
スアロー: 怖え! 男の子ならたぎるところを、黙って検分する女子怖え!
忌ブキ: た、頼もしいです。
FM: さて、では再開しましょう。ついに〈赤の竜〉が降りてくるところです。もしも、会話したいことがあるなら、かの〈竜〉が完全に降り立ってしまうまででしょうね。(時計を見て)〈竜〉はひどくゆっくりとこちらを睥睨してますが、それでも数分のことでしょう。
(まだ……降りてこない……!?)
ある種、異様な光景ではあった。
あまりの〈赤の竜〉の巨大さが、現実感を失わせているのだ。平地からでは山の大きさを計り知れぬのと同じ、極大と極小の相対比がもたらした時間差。あるいは、空間か時間がねじ曲がっているのかもしれない。
それこそ、天が与えた最後の猶予かもしれなかった。
ゆえに。
その時間を縫うようにして、まずスアローが城から見下ろし、口を開いた。
スアロー: よし。〈竜〉に注意しつつ、今一度、忌ブキに話しかけよう。――やっぱり来てしまったな、忌ブキさん! ここに来てしまったということは、〈赤の竜〉を倒すという意思表示と見ていいんだね?
忌ブキ: ……そのつもりだし、それ以外の選択肢もないですしね。忌ブキの決意はすでに固まってるので、スアローさんの目を正面から見つめて、「はい」って返します。
忌ブキもまた。
ほんのわずかな猶予をもがくように、かつてともに旅をした黒竜騎士を見上げる。
スアロー: なるほど。では、当然、〈赤の竜〉を倒すための手段と覚悟はあるんだね!?
忌ブキ: 手段?
エィハ: ……(黙って見つめている)。
スアロー: ほ、保護者の視線が刺さる(笑)。
禍グラバ: ウェイト! エィハさんウェイト!
忌ブキ: (しばらく考えて)……手段なら、あります。胸元で、短剣に変化した〈竜の爪〉を握りしめます。
その短剣を、目の当たりにして。
かすかに、スアローの左脚が痛んだ。
かつて黒竜の契約印を刻まれた場所。おそらくは竜に由来する魔素と反応しているのだろう。
だから、
(……そうか。手段はあるのか)
すとん、とそのことをスアローは納得した。
スアロー: つまり、それをもって〈赤の竜〉を倒すということか。ふむ、一瞬禍グラバさんを見よう。
禍グラバ: お、おお、なんですか?
スアロー: いえ、カタチは変わってますけど、あれが〈竜の爪〉だということは分かりますよね。
FM: ええ、同じ竜の力を受けたスアローには分かりますね。
スアロー: うん。だったら、忌ブキさんにあれを渡したのは不死商人以外ありえない。……この人は本当に、すべてを自分の思い通りに進ませるなあと(笑)。
禍グラバ: いやいや、それは過大評価ですよ。私の思い通りにいったことなんて本当にわずかなものだ。――だいたい、〈竜〉と戦う手段を問うのなら、君自身も手段のひとつじゃないか。
不死商人の言葉に、一瞬、スアローは苦笑した。
確かに、スアローにも『手段』はある。〈竜〉を殺せるかもしれない『手段』が。
しかし。
それは、禁断の選択肢だ。
自分の呪いを増悪させるという、最悪一歩手前の手段。
婁: ……ああ。だから、忌ブキにも手段を尋ねたと。
スアロー: そうそう。なるべく僕以外の方法で倒してもらわないといけないから。
禍グラバ: スアロー以外の方法……うん、つまり、スアローが忌ブキの足を摑んでえい、と叩きつければよいと(一同爆笑)。
スアロー: ちょっと君、そのドラム缶の中でゆだった脳をすこし冷やしなさい(笑)。――で、なるほど手段は分かった。じゃあ、君はどうやってニル・カムイを救うつもりなんだい?
忌ブキ: ぼくが、契り子になります。
スアロー: うほ、はっきり言われた。エヌマエルさんの視線も痛そう(笑)。
FM: まあエヌマエルにしてみれば、契り子なんて神話よりも、今上空から圧迫してくる〈竜〉の方がよほど大事ですね。現状はスアローに任せてくれるよ。もちろん、ドナティアのために尽くしてくれるよね?(笑)。
スアロー: 任せといてください(笑)。で、祝ブキさんはどんな顔してる?
FM: そうだね、祝ブキは一歩前に出て言う。「ですが、契り子になったところで、それだけでニル・カムイが守れるわけではありません」
スアロー: それだ。君の妹君もこう言っている。君は契り子になって、ドナティアと黄爛をどう押さえるつもりだい?
エィハ: そんなこと言ってる暇は……!
スアロー: うん、もちろんない。ないから聞きたい。要するに、具体案は今のところないってコトか?
忌ブキ: スアローさん?
スアロー: 未来は白紙と思っていいのかい? ドナティアにつく気もなければ黄爛につく気もない。あくまで君ひとりの考えで、この先この島をなんとかしようと思っているのかな?
まともな議論の時間などない。
これは命のやりとりの前に、奇跡的に許された時間。
それでも、彼は続ける。
道化のように。
騎士のように。
あまりにもふざけた言葉を、これ以上ないくらいの――あまりにも真剣な声音で。
スアロー: ……ああもう、結論を言っちゃおう。つまり、いきあたりばったりかい!?
禍グラバ: 一番言われたくない人に言われたーっ!(一同爆笑)。
婁: いや、ある意味一番説得力がある(笑)。
スアロー: ちなみに馬鹿にしてるわけではなくて、この男なりの最大限の誠意を込めて言ってるのです。
忌ブキ: 分かります。すごく分かります。
エィハ: (前のめりになって)エ、エィハはまだ発言しちゃ駄目ですか?
忌ブキ: ……うん、いいよ、エィハ。
禍グラバ: お?
忌ブキ: ぼくはこんなとき、まだきちんと返せない。だけど、君はぼくのことを知ってくれている。ぼくの言いたいことを分かってくれる。ぼくらだけで足りないことは、きっと阿ギトさんたちがやってくれるしね。
FM: うん、それは背後の阿ギトがうなずくよ。
スアロー: 王様ってのはそれでいいんだ(笑)。
忌ブキ: だから、エィハに任せる。ぼくの言葉を、スアローさんに返して。
エィハ: うん。じゃあ、スアローに叫び返します! (息を大きく吸って)未来がいきあたりばったりかってあなたが訊くの!?
吼えるように。
少女は、城を見上げた。
このでたらめな舞台で、なおも運命に抗うように。何も知らぬ獣のように。
「白紙じゃない未来なんてないでしょ!?」
エィハ: ただ、未来があるということ。それだけの事実が、今は必要なんでしょう!?
あまりにも、直截すぎる物言いだった。ここに至るまでの政治問題やら何やらを片端から無視して、ただ自らの衝動だけに突き動かされた叫びだった。
未来というものの存在をずっと信じられなかった少女の、ただ純粋な咆吼。
いや。
そんなはずはない。
少女なりの思索と計算が、そこにはある。獣が仲間を求めるように、あるいは獲物を欺くように、死体に群らがらんとするハイエナのように――スアローを利用しようとする考えも確かにあった。
どちらも理解した上で、困ったように彼は微笑した。
「……よし」
と、呟いてしまっていた。
これだけ純粋なままで、自分を利用しようとしているという、その事実にどうしてもおかしくなってしまったから。嬉しくもなってしまったから。
スアロー: 気に入った、とまでは言わない。だけど、いきあたりばったりだと言うなら、それは僕の領分だ。君らにつこう忌ブキ。〈赤の竜〉を弱らせるのは僕に任せてほしい。
FM(エヌマエル): 「スアロー殿!? 何を!?」
スアロー: 黒竜騎士としての僕は、もうここで終わった。〈黒の竜〉が怒りにまかせて僕の契約を切るまで、〈赤の竜〉は僕がそぎ落とそう。……そういうことだ、メリル。
FM(メリル): 「スアロー様がどう選ばれようと、お心のままに」
スアロー: すまない、僕はいい加減な男なんで、あっちの方にちょっと心惹かれちゃったんだよ。
FM(エヌマエル): 「スアロー殿ーっ!!」
禍グラバ: ――はっはっは、エヌマエル殿。安心したまえ。
従軍教父の切なる叫びへ、快活に不死商人が笑った。
FM(エヌマエル): 「何をおっしゃるか! 不死商人!」
禍グラバ: 何、簡単だ。今この瞬間だけは、スアローくんがドナティアについても革命軍についても、変化はないんじゃないか?
エィハ: ……。
婁: おう、エィハの目が研ぎ澄まされた刃のようだ(笑)。
FM(エヌマエル): 「〈赤の竜〉が先決だからと?」
禍グラバ: 〈黒の竜〉なら別の意見を持つかもしれないが、〈教会〉にとっては誰が〈赤の竜〉を打ち倒しても大差ないのではないかね?
FM: ……あ、そこをついたか。
忌ブキ: ……あ。
FM(エヌマエル): 「革命軍が契り子を擁立するのを黙って見ろと?」
禍グラバ: この戦いがどうなるにせよ、ニル・カムイには復興が必要なはずだ。そのありとあらゆる復興を私がすべての財産を使って支えましょう。そしてその際に教育や文化の振興を通してドナティアの、〈教会〉の教えを根付かせることは十分可能だと私は踏んでいますがね。
スアロー: ラストバトルまで、金で懐柔しに来た!
それは、この面子を見たときから、禍グラバが考えていたことだった。
黒竜騎士団であれば、こんな説得は不可能だろう。彼らは〈黒の竜〉の指令で動いており、そこに自分の介入する余地はない。
だが、〈教会〉は別だ。
彼らの目的は、あくまでドナティアが利益を得ることだ。かつ、〈黒の竜〉のことは面白く思っていない。スアローが〈黒の竜〉に従わないのなら、禍グラバにとっても交渉の余地が生じる。
――しかし。
FM: では、そこで黄爛城館の屋根から、白い衣服の少女――雪蓮が声を張り上げよう。「ずいぶん勝手なことを言ってくれるなあ、禍グラバくん!」
禍グラバ: む、やっぱり口を挟んできた。――これはお久しぶりですな。
忌ブキ: そういえば、知り合い?
禍グラバ: 本体の霊母の方とですけどね。……昔、一夜を共にしたことが。
スアロー: ロリか!
FM: いや、禍グラバの方も当時十一歳とかですよ。
スアロー: ロリショタだと!?
禍グラバ: いやあ、結婚した後に霊母に呼ばれて一夜を共にしている……と言っても何もなかったんですが、それでも何というか昔の浮気相手と話しているような感じで微妙な苦手意識がね(笑)。
FM(雪蓮): 「あたしの味方は、ずっとしてくれないままよね?」
禍グラバ: 君が誰かの味方だったことがあるかな? また、それ以上話すなら、誠意というものが必要だろう。本体がここに来るべきだ。
FM(雪蓮): 「あら残念」
禍グラバ: だったら、せめてこの場は協力して、〈赤の竜〉の脅威を切り抜けるべきとは思わないかな? あるいは、せめて君の見込んだ例の剣をなんとかしてくれないか。――あえて、婁震戒とは言わずに(笑)。
婁: おおっと。
スアロー: こ、この口先の魔人……!
FM(雪蓮): 「そうねえ。でも、あたしにとってはアレに取らせるのが一番楽しい展開だとは思わない?」
スアロー: 最悪だ!
忌ブキ: なんて迷惑……(笑)。
禍グラバ: これだから苦手なんですよ。――この島を死者の王国にするって、白叡くんはそれでいいのかい?
FM: では、白叡は畏まった口調で言う。「俺の個人的な感情は関係ない。我が忠義は霊母とともに」
禍グラバ: そうか。やっぱ忠義に篤い人ですよ。
スアロー: なぜ俺を見る(笑)。
禍グラバ: (ため息をついて)やはり君とは折り合えないか。……ところで、ひとつだけ訊いてもかまわないかな?
FM(雪蓮): 「どうぞ」
禍グラバ: 君は〈竜〉に何を言われたのかな? ――言外にこう、何が叶うと誘惑されたのかという意味で。
忌ブキ: ああ、例の……。
FM(雪蓮): 「……あたしはもう、あれには何も言われなかったわ」
禍グラバ: もう、か。すでに叶えた後ということかな。
スアロー: (少し考えて)もしくは、霊母にはこの先の可能性がない、と。
FM: (時計を見て)――では、ここが限界です。ついに〈赤の竜〉が降り立ちます。
エィハ: あ。その前に今の会話と同時進行でいいので、こちらも少しだけ。
FM: いいでしょう。ただし、一分だけです。
エィハが、背後を向いた。
スアローが誘いに乗ってくれたことで、少女の天秤は一方へと傾いていた。
(……だから)
決意を、固める。
どんな刃よりも鋭く、どんな氷よりも冷たく。
エィハ: 阿ギト、いい?
FM(阿ギト): 「何だ?」
エィハ: (ひどく思い詰めた表情で)わたし決めているのよ、忌ブキに契り子になってもらうって。それでいいわね?
FM: ……ああ、じゃあ阿ギトも何かを察した感じでうなずきますね。「それでいい。お前の思うがままにやれ」
エィハ: じゃあもうひとり、隣にいるジュナに。
忌ブキ: (いぶかしんだ顔で)エィハ?
FM(ジュナ): 「なに、エィハ?」
エィハ: ジュナ……また会いましょうと、約束はもうしないわ。(声を震わせて)ヴァルの背中にあなたは乗せられなくて、ごめんなさい。
FM: (少し考えて)そうだね。ジュナとつながった魔物がいる以上、彼女までは乗せられない。その選択肢はありえない。
エィハ: (涙を堪えながら)最後に、いつもそうしてくれたように、ジュナの額に自分の額をあてて……忌ブキを、ヴァルの背に乗せて飛びます。
FM: 移動場所は?
エィハ: (ジオラマの城をさして)スアローさんのいるところです。
スアロー: うひ。
FM: 分かりました。スタッフさん、エィハとヴァル、忌ブキのフィギュアを城まで移動させてください。(レーザーポインターを使って)――だいたい、このあたりですね。
飛ぶ。
〈赤の竜〉の訪れよりも早く。自分に必要な場所へ。
彼女の目的を達成するため、不可欠な地点を確保する。
もしも、自分の翼がもっと大きかったら。もしも、自分の友にも空を飛べるだけの翼があったら。
けれど、そうではなかった。
そうではなかったから――彼女は選んだのだ。
それはきっと、自分の友達さえも見捨てることだと――嚙みしめながら。
FM: ……では、今度こそ終了です。〈赤の竜〉が、この舞台へと降り立ちます。
『第十三幕』
それは、どうしようもない絶望だった。
それは、抗いようもない絶対だった。
無尽とも思われる魔素を放射させ、赤翼にて空を覆う。口からこぼれた炎の凄まじさ。ひとつひとつの爪が人間の身体ほどもあり、そんな表面上の出来事など些細なこととばかりに。
「やはり……来たか……」
再び、彼は告げた。
「我を滅ぼしに……来たか……! 〈竜殺し〉……!」
FM: (BGMを変えて)では、レディセットです。
スアロー: この音楽……。
禍グラバ: ……サウンドトラックにもありましたけど、めちゃくちゃ壮大な音楽ですね。まさに、ラストバトルですか。
FM: ええ、このために崎元さんに作曲していただいた『果ての果て』です。あなたがたが辿り着いたこのときのための曲です。来てしまいましたね。
禍グラバ: ……ああ。来てしまったよ。
FM: 〈竜〉は巨大すぎるので、このジオラマ上では〈竜〉の各部位がそれぞれの場所を覆ってしまいます。具体的にはドナティア造りの城には左前脚、黄爛の城館あたりには右前脚、滅びたシュカのあたりには〈竜〉の顔が接近します。ターンが進むと、これも変化していきますね。
エィハ: (レーザーポインターで指定された場所を確認して)……やっぱり、この範囲。
スアロー: それが、さっきの移動の理由か……!(呻き)。
忌ブキ: ブレスを警戒してこっちに逃げたんだ。……そうだよね。ぼくらは勝つために来たんだもの。《魔素の勲》を使います! 対象は、範囲内の祝ブキとエヌマエルさん以外の全員で!
ぎり、と忌ブキは奥歯を嚙みしめる。
逃げたい。
いや、もはや逃げようとすら思えない。このままはいつくばって、命が絶えるまでうずくまっていたいと、心の底から願った。かほどに竜とは絶対で、人間とは卑小であった。
それでも。
それでも、なお。
選んだ旅路が、膝を屈することを許さない。
(三度目だ……)
思った。
自分が、この〈竜〉と出会った回数。
かつて夢心地に邂逅したことも含めれば四度目。ならば、いい加減慣れてもいい頃だろう。慣れが死を意味するとしても、それで今顔をあげられるのなら。
ただ一心に、皇統種として魔素を操る。
FM: スタッフさん、どうですか?
スタッフ: (ジオラマ上のフィギュアの距離を測定しながら)範囲には……ぎりぎり禍グラバが入りません。スアロー、メリル、エィハ、ヴァル、エヌマエル、祝ブキは入ってます。
FM: なるほど。祝ブキはこの状況だと誰が味方なのか判別できませんので、エヌマエルさんにだけ《魔素の勲》をかけましょう。
婁: 忌ブキの逆(笑)。
スアロー: おお、初めて貰う忌ブキさんの恩恵。(サイコロを振って)……すげえ、今俺輝いてる! 【反応速度】86だ!
FM: メリルはどうする? 全力でいく?
スアロー: うん、僕も契約印を解放するよ。最初から全力でいこう。――頼むよ、メリル。
FM: では、メリルは《黒の共有》を使って、スアローの黒竜騎士の能力を転写します。
忌ブキ: メリルさんが、黒竜騎士の!?
そ、とメリルは胸を押さえた。
意識するのは、鎧のさらに奥。
それは、七年前の事件で〈黒の竜〉が与えた『力』――死に瀕したメリルの傷を、スアローに転写させたことによる必然だった。ふたりは互いの傷を与えあうことが可能であり、結果としてもうひとつの副作用をもたらした。
つまり。
〈黒の竜〉の与えた傷さえも、互いに転写できるということ。
「……」
ぎら、とメリルの瞳が輝いた。
漆黒に。
もう一柱の、竜の色に。
禍グラバ: ああ、やっぱりメリルさんの本気ってそういう――
FM(メリル): 「お待たせいたしました。これよりスアロー様の援護に入ります」これによって〈黒〉の契約印、黒竜騎士としての力すべてがスアローから転写され、ふたりとも《竜速》や黒竜騎士特有の身体能力強化の効果を得ます。
スアローのために用意されていた剣のひとつを、軽々と従者は振るう。
主人の命に従って、〈竜〉さえも恐れずに。
行動順
- 〈赤の竜〉 93
- スアロー 86
- ヴァル 83
- 婁 75
- メリル 72
- 雪蓮 69
- 白叡 66
- 禍グラバ 55
- 祝ブキ 55
- エヌマエル 47
- ダグナ 46
- エィハ 41
- 阿ギト 41
- ジュナ 41
- 忌ブキ 32
スアロー: 〈赤の竜〉速ぇ! 最速か!
エィハ: ええっ!?
禍グラバ: というか、改めてなんですか、この人数……。
婁: 行動順の点呼だけでページが終わる(笑)。
FM: まあ、この人数に対処するために、スタッフを増員したわけでして。ジオラマとフィギュアもこのへんを間違いなく管理するためでもあるんですよ。
禍グラバ: なんという贅沢な!(笑)。
スアロー: (天井を見上げて)用は美をかねるんじゃ……。
エィハ: 忌ブキ。
忌ブキ: あ、うん。
エィハ: わたし、〈竜〉に言われたの。わたしの手で〈竜〉を殺せば、わたしは今よりも生きていられるって。短命というさだめから逃れられるって。……それでも、あなたが殺すのよ。
忌ブキ: エ、エィハ!??
エィハ: 答えは聞きません! レディセットで《つながれもののうた》を歌い始めます。
FM: では、ジュナも《つながれもののうた》を使います(BGMを『うたうけもの』に変更)。
歌が生まれた。
ひとつはドナティア造りの城から。ひとつは砕けたシュカの幻から。
エィハとジュナ。
ふたりの決意と願いを込めて、〈竜〉の睥睨する空へと歌が伸び上がる。歌にくくられた魔素はふたりとつながった魔獣を鼓舞し、その獣皮を硬く変質させる。
スアロー: あっちもこっちも総力戦だねえ。
FM(メリル): 「スアロー様、私はどのように?」
スアロー: まずは、目の前に降ってくる〈赤の竜〉の前脚を全力で叩く!
FM(メリル): 「承知いたしました、おおせのままに」
スアロー: (ひそめた声で)……勿論、彼の奇襲にも気をつけて。ん、待てよ。FM。ここで〈楔〉を使うとどうなるんだい?
FM: あ、気づきましたか。使えますよ。――しかも、気づいて〈楔〉に触れたならば直感しますが、特別な効果を発揮します。
婁: ほう。特別な?
FM: はい。婁には七殺天凌が語りかけますね。「あの〈竜〉はつまるところが魔素の塊じゃ。おそらくはこの城も同じ。〈楔〉とやらは、いつもより有効に働こう」
禍グラバ: ……あ、なるほど、世界の紡いでいる魔法だったか。
FM: そうそう。この場所は魔素で無理矢理こじつけられたような空間なので、その空間に干渉することが〈楔〉を持つ人間には可能です。
スアロー: げ、思ったより意味が大きい?
FM: 具体的には、〈赤の竜〉の攻撃から一時的に逃れることができます。攻撃された際に一本使えば持ち主のみダメージ半減、二本で持ち主のみダメージ無効化、三本で持ち主と半径四メートルの人間のみダメージ無効化。以下、一本増やすたびに無効化範囲が半径四メートルずつ増えていきます。
スアロー: おい! めちゃくちゃ意味あるじゃねえか!?
禍グラバ: ……そうだ。もともと、この〈楔〉は〈竜〉の対策に与えられたものだった。意味がないはずない。というか、スアローだと三倍に?
FM: はい。ほかの作用も三倍になるかもしれませんけどね。
スアロー: ……胃と肩がまた重くなった。
FM: なお、現在の城の魔素流は〈赤〉になってます。〈赤の竜〉にとって最も有利な状態ですね。
スアロー: それは、攻撃対策とは別に、まず使わないと駄目だってことだな(笑)。仕方ない。地面に一本落と――いや、ここで全滅しても仕方ない。許せ、二本落とす!
FM: では、舞台の魔素流が一気に〈黒〉まで変化します。島の写し身ともいえるこの決戦場が一瞬にして黒く染まったかのような錯覚を感じるほど。その呪縛によって、〈赤の竜〉が狂おしく吼える。
忌ブキ: ……やった。
禍グラバ: 〈黒の竜〉は大喜びですな!
スアロー: ああー。でも、譲治にそれぐらいの恩恵があってもいいよね!(笑)。
FM: では、攻撃です。(サイコロを振って)まずは右前脚からになった。雪蓮と白叡のいる城館を巨大な爪で切り裂きます。
スアロー: おお、やっちまえ! あ、いかん。黄爛組を潰してもらってから、〈楔〉を落とせば良かった!
FM: (サイコロを振って)出目は13。技能が2300%なので、決定的成功です。
忌ブキ: に、2300……!
〈竜〉の前脚が、動いた。
たとえ、魔素流と切り離されたとしても、依然その力は絶大。人の子など比べるにも値しない。城館ごと粉砕されてしまえば、もはや骨も見つかるまい。
――人の子であれば。
「ああ、懐かしいな」
と、墜ちてくる巨大な影に、少女は笑った。
その手が、あがる。
まるで、〈竜〉の爪牙を天上からの恩恵として受け止めるように。
黄爛担当スタッフ: 回避はできません。代わりに、雪蓮と白叡が双方《内力相殺》を使用。合計320点の生体魔素を消費して、ダメージを最低限に押さえ込みます。
粉塵は、嵐のごとく巻きあがった。
城館は見る影もなく崩れ――やがて、ゆっくりと再構築されていく。
そのことは驚くにあたらない。もともと、記憶からつくられたまがい物である。〈竜〉の暴虐によって崩壊しても、何度だって元に戻るだろう。
だが。
その城館に立ち上がったふたりは違った。
見る者が見れば、その周囲へほんの一瞬生じた、要塞よりも堅固な魔素の壁に気づいたろう。
――内力相殺。
黄爛の武門において、極みのひとつに数えられる技だ。膨大な生体魔素を消費するものの、魔素を凝縮させた装甲はいかなる外傷も阻んでみせる。あの千人長・楽紹も使った秘技を、遥かに上回る規模でこのふたりは行使してのけたのだった。
スアロー: な、なんだこれ……!
禍グラバ: どんだけ生体魔素持ってるんですか、あのふたり!
忌ブキ: ぼ、ぼくでも、あれだけ使ったら三回は衰弱死してます……。
黄爛担当スタッフ: (軽く頭を下げる)スアローが〈楔〉で〈赤の竜〉を弱体化させてなければ、この程度の被害ではすみませんでした。ありがとうございます。
スアロー: こおおおおお……。
FM: しかし、〈竜〉も一撃では終わらない。もう一度、今度は左前脚をドナティア造りの城へと振り落とす。
忌ブキ: こっちに来た!
スアロー: ああもう、仕方ない。あんなの受けてられるか! こっちもまた〈楔〉を使う! 効果三倍なら二本使えば禍グラバまで入る!?
スタッフ: (距離を計算して)入りますね。
禍グラバ: ありがとうございます。このお礼はいつかお金で必ず(笑)。
スアロー: 最高の返事だ!(一同爆笑)。残り三本になってしまうが諦めよう!
再び、スアローが〈楔〉を放った。
城の床に潜り、同化した〈楔〉はさらに二本。周囲で何かが変じ、位相のずれたような感覚があった。
かまわず、〈竜〉はその前脚を振り落とした。
城の鐘楼ごと、すべてを砕かんとする魔性の一撃。その爪が、亡霊のごとく、誰の身体も傷つけることなくすりぬけようとは。
「――今のは!?」
防御用の術を展開しかけていた祝ブキが、愕然と青年を振り向いた。
スアロー: 回数には限度があるぞ、とだけ。やばいな、この人数を庇うなら、あと一回分しかない。
禍グラバ: ですね。そして、こうしてみると婁さんがいい位置にいる(笑)。
スアロー: 本当にねえ、安全地帯だよね。……そういえば今までの会話って全部婁さんにも聞こえてたんだよね?
FM: 雪蓮と禍グラバの間で会話しているぐらいですから、当然聞こえているでしょう。
スアロー: ま、いっか。あの人にとってはどうでもいいことだろうし。
婁: あえて言うなら、どいつもこいつも生き残るつもりでさえずりよるわ、と(一同爆笑)。
スアロー: くそ、これだから婁さんは!
禍グラバ: こらこらスアローくん、死人を悪く言ってはいけないよ(笑)。
婁: まあ、言動に突っ込んだりはしないけど、スアローのノンポリぶりには相当イライラしてますけどね。結局あの男にはこだわりというものがないのか! と。
スアロー: その通りさ! 行き当たりばったりというのがポリシーですよ!
忌ブキ: また怒りに拍車がかかりそうな。
禍グラバ: こだわらない男とこだわりすぎる男が(笑)。
FM: さて、右脚左脚と行動して、次は頭なんですが、こちらはブレスを吐くために息を吸い込んで終わりです。スアローは〈楔〉を投げ込むのに【反応速度】を消費したので、ヴァルの番になりますね。
エィハ: わたしがいけるとは思わないけど……試すだけ試してみましょう。66%の三回攻撃です。
ヴァルが、再び飛ぶ。
凄まじい風圧を螺旋にくぐりぬけ、〈竜〉の前脚へ牙を剝く。たとえ鋼の鎧を纏う騎士であろうが、その鎧ごと何度も嚙み潰してきた牙であった。
火花が散った。
それだけで、ヴァルの牙も爪も跳ね返された。
途轍もない鱗の強度であった。
FM: (サイコロと致命表を交互に見て)全弾命中。一回は効果的成功で「極めて効果的な攻撃、[達成度]を2倍に計算」。しかし、最高で108点では結局通りませんね。
スアロー: おいちょっと待て。つまり防御力がそれ以上だって!?
エィハ: ……駄目。わたしでは、歯が立たない。
FM: そうですね。アレを使えば、話は別でしょうけど。
エィハ: ……〈竜の爪〉。
少女は見る。
〈竜〉の爪に、一本だけ欠けているものがある。おそらくはイズンの岩巨人を殺し、今は忌ブキに与えられた〈竜の爪〉だろう。
あの武器には、〈赤の竜〉に対抗する魔力がある。
FM: 今のエィハの目で見れば分かりますが、〈竜の爪〉は〈赤の竜〉に対してのみダメージが数倍に加算されます。
エィハ: ……。
FM: また忌ブキには、自分の手番が回ったときだけ使える皇統種の恩恵――次の誰かのダメージを五倍に引き上げる、《魔素の絶刃》があります。
忌ブキ: 代償で、僕の内臓に直接ダメージが入るやつですよね。
FM: ええ、皇統種の恩恵の中でも、最も凶悪なものです。一度使えば忌ブキは重体に、二度使えば高い確率で死に至るでしょう。それでも、そのふたつを重ねれば、エィハでも〈赤の竜〉に決定的なダメージを与えられるかもしれません。
忌ブキ: ぼくたちが、勝つ方法。
エィハ: そうね。……でも、まだ。
自分やヴァルでも、やれるかもしれない。
ここまで来て、願望が頭をもたげなかったといえば噓になる。時間。未来。順番。何かがひとつでも変わっていたら。
だけど、あれを持つのは……忌ブキであるべきだ。そして、その時はまだ訪れてはいない。
……今は、まだ。
FM: 分かりました。では、次はスアローです。
スアロー: おう……とんでもない相手に喧嘩を売ってるのを、嫌でも思い知らされるな。仕方ない、メリル行くぞ。両手剣を使う。
スアローは、最初から切り札をひとつ切る。
メリルに用意させたテンズソードホルダーは、すでに両手剣に換装されていた。
忌ブキ: あれ? 岩巨人のときは片手剣でしたよね?
スアロー: めざといな。本当は両手剣の方が得意なんだよ。あのときはいろいろあったし様子見してたから。
FM: こいつ〈両手剣〉技能が高かったよなあ……今何%?
スアロー: 〈片手剣〉なら400%台後半、でも〈両手剣〉なら615%だよ。
禍グラバ: ぶっほ! スアローさん、どんだけ手抜きしてたんですか!?
忌ブキ: 無茶苦茶だ(笑)。
スアロー: よし、剣の消耗は激しいけど十回攻撃しよう。様子見として五回攻撃に留めて、こいつのFPやBPを計ってみるのもいいんだけど……そんな余裕はないな。
FM: でしょうね。
スアロー: うむ、なら仕方ない。行くぞ! (サイコロを振って)効果的成功! 致命表は42だ。
FM: 『下から上への脚を払う一撃。[達成度]を2倍に計算し、対象は一段階振りで【敏捷】で判定し、失敗すると転倒する』か。だが、〈赤の竜〉に転倒はない。そもそもこの巨体で飛んでるしね。
スアロー: じゃあ、[達成度]は倍付けして136。ダメージはダイスを足して174の三倍で532点だ!
剣が、砕け散る。
まるで、鋼の涙のように。
その虚しさも息苦しさも、いつものようにスアローの胸へと押し寄せ――代償とばかりに、初めて〈竜〉の鱗を切り裂いた。
FM: さすがに400点ほどは通るな……。
スアロー: 〈赤の竜〉からすると、どの程度の打撃かな?
FM: まだまだかすり傷ですね。
スアロー: やっぱりか、次々行くよ! (サイコロを振って)二発目は外れ、三発目は02で決定的成功! ここで《黒の刃》を乗せる!
FM: お、使うのか。大量の生体魔素使うのに。
スアロー: ここは乗せ時だろう。[達成度]は225だ。さらにダメージダイスは17D10だね。死ねえ! (サイコロを振って)……う、10が1個も出てない。それでも885点だ!
漆黒の魔素が、剣から逬る。
相手が竜ならば、魔素の形成した剣は巨人のそれ。天空も大地ももろともに切り裂く、必滅の刃。
(……どうやら、まだ〈黒の竜〉は僕を見捨ててないか)
その事実に、微苦笑した。あの風変わりな〈竜〉は、いまだ自分へ力を与え続けている。ならば利用するだけだ。卑小な人の身に過ぎぬなら、利用できるものはすべて利用する。
ごお、と猛った魔素が吼える。
螺旋に渦巻き、疾駆する。
そのすべてを統御して、スアローは打ち振った。
城さえ凌ごうかという巨大な刃は、深々と〈赤の竜〉の肉に埋まり、これもまた儚く砕け散った。
FM: (スタッフから計算結果を受け取って)……流石に総計ダメージが一割を超えたか。
スアロー: これで、一割!?
忌ブキ: えええええええええ!
FM: かつて岩巨人の胴体を両断したとき以上の一撃でしたけどね。それでやっと〈竜〉にまともなダメージが届いたというぐらいです。
スアロー: ……これは、僕の魔素が先に尽きるぞ。
思えば、〈赤の竜〉にまつわる事件が始まってから、真にスアローが全力を振るうのはこれが初めてだったのではないか。
その威力は、文字通り山を削り、大地を割った。
〈竜〉の鱗や肉さえも例外ではなかった。
だが、その代償に。
剣と、魔素が、費やされていく。
先の霊母分体には遠く及ばずとも、スアローとて黒竜騎士である。持てる生体魔素は常人の比ではない。それほどの魔素と、禍グラバの財力によって搔き集めてきた非凡な魔剣が、いともたやすく消え失せていく。
世界のどこにも還元されず、うつろに消えていく。
(……ああ、なるほど)
だから、納得せざるを得なかった。
自分の呪いを〈竜〉が評した――『消費』という言葉は、なんと切実に正確だったことか。
〈竜〉に届くためには、一体どこまで消費せねばならぬのか。
どこまでの空費を、受け容れねばならぬのか。
スアロー: (続けてサイコロを振って)四撃目が自動失敗、うおっと五撃目、六撃目も外れ!
忌ブキ: ええっ!?
スアロー: 七回目も外れた! あ、あれ命中率は62%あるのに! (サイコロを振って)よし、八発目は05! 今の〈両手剣〉技能は600%を超えてるんで、06以下だから決定的成功!
FM: あんたはやっぱり自動失敗と決定的成功しか出さない気かよ!
スアロー: 出たものは仕方ない(笑)。ダメージは……588点。
次々と、スアローが魔剣を費やす。
そのことごとくが城塞を砕くに足る一撃で、しかし十に至ってもなお〈赤の竜〉は不動であった。
忌ブキ: ……硬い。
禍グラバ: とんでもないですよ、これ。
スアロー: 最初の手番はこれで打ち止めだ。僕の場合、いちいち新しい剣を抜く行動があるから、一気に【反応速度】が下がるんだよね。
FM: まあ、それだけの威力はあるけどね。さて、お待たせいたしました。……〈天凌府君〉様の手番でございます。
一同: 来たーっ!(悲鳴じみた絶叫)。
婁: ここはやっぱり、何をしでかすか分からないやつをぶっ殺しておきたいので……。
スアロー: (必死の形相で雪蓮の駒を指さして)これだよね!?
忌ブキ: (同じような表情で雪蓮の駒を指さし)これですよね!?
婁: まあ、まずはそっちに行くんですが(渋い顔)。
邪魔者を、先に消す必要がある。
婁震戒の思考は、そのように弾き出した。
この中で、〈赤の竜〉を除いて、最も得体が知れぬ者は明らかだ。
――霊母分体。
「ああ、あれにはわらわも貸しがあるからな」
背中の妖剣もまた、舌なめずりのごとき思念をよこした。
FM: そっちかーっ!
スアロー: さすがだ! ゴーゴー暗殺者!
婁: とはいえ、さっきの《内力相殺》は厄介だった。あれ、どれぐらい使えるもんですかね?
FM: さて、一回ごとに消費するんで、霊母の生体魔素がどれだけあるかによりますね。とはいえ、さしもの霊母といえど、〈竜〉の一撃が軽くなかったことは予測がつきますが。
婁: ……なるほど。では、さっきの〈竜〉の攻撃で巻きあがった粉塵に紛れて、黄爛様式の城館まで接近します。
FM: 移動して終わりですか? 婁なら一気に飛びかかれますが。
婁: まずは隠密を優先したいので、ここで様子見を。
FM: おお……それなら判定なしでよいでしょう。嫌な位置取りをするなあ。(レーザーポインターで指示して)スタッフさん、婁のフィギュアを移動させてください。
スアロー: (首を伸ばして)ん? ん? どこに行った?
禍グラバ: 雪蓮の真後ろだ……!
スアロー: やったー! かっこいい!
忌ブキ: 婁さんの暗殺行動で、初めてスアローさんが喜んでる(笑)。
FM: なんで、そんなに雪蓮が嫌なのか! さて、次はメリルの行動ですが、こちらはスアローのテンズソードホルダーに新しい剣を追加して終わりですね。
スアロー: ですね。メリルの黒竜騎士の能力は、あくまで彼女やまわりの防備に使ってもらおう。
FM: なるほど。
スアロー: ……黒竜騎士であるというだけでは、あの〈竜〉には到底通りそうもないからね。
メリルの手が、慣れた仕草で腰のテンズソードホルダーを換装する。
周囲の警戒も怠らず、こちらに余計な気も払わせない。
いつもと同じだ。
たとえ黒竜騎士としての『力』を発現していても、たとえ絶大なる〈赤の竜〉と相対していても、そのことに変わりはない。変わるはずもない。
そんなふたりだった。
FM: で、次は雪蓮か……ううむ、婁に気がついてないんだよなあ。
スアロー: 全体魔法で周囲一帯を一掃してしまうとか(笑)。
FM: 黄爛の魔術はそういうタイプ少ないんだよね。かといって、霊母の性格からして、ここで単に〈赤の竜〉を攻撃するのはつまらない。さて、誰から――
スアロー: そ、そこのフライングフェアリーとか!(禍グラバを指さして)。
FM: なるほど、因縁もあるしそれは妙手。
スアロー: え、マジでそこから届くの!?
禍グラバ: スアローさん!?
FM: では、雪蓮は紅を塗った唇を、ほんのりと歪めます。
「仕方ない。せっかく来たんだから、まずは楽しまないとね」
そんな風に、少女は囁く。
すると、突然可憐な両肩に、新たな顔が盛り上がったのだ。
背中からは新たに四本の腕が伸びて、それぞれに神獣のごとき鱗や爪を生やしていた。
忌ブキ: ちょおおおおおおおお!?
エィハ: (驚いた顔で、目をぱちくりさせる)。
スアロー: あ、スアローがこの世で一番キモいと思ってるものだ。キモッ! 混沌術キモッ!(笑)
忌ブキ: え、ま、魔法?
三面六臂。
それは、混沌術の極みともされる秘術だった。西方大陸に伝わる軍神の姿を模倣し、その戦闘能力をも酷似させる。
雪蓮の場合、さらに妖獣術と言われる――獣の力を宿す術式を上乗せし、自らを軍神以上となさしめた。
そのまま、さらに翼さえも生やして、少女は飛翔する。
スアロー: 育たないって言ったじゃないですかーっ! 育ってますよ!
FM(雪蓮): 「育っても育たなかったことに出来る系って言ったじゃないのーっ!」
スアロー: あ、ああ、そうか。確かに噓は言っていない。
忌ブキ: 育ってるって言うのかなあ、これ(笑)。
FM: で、そのままブリキングの隣まで飛翔。「久しぶりね、禍グラバくん?」と言いながら、とりあえず三回殴ろう。で、一発殴るごとにステップで移動して、今度は〈赤の竜〉へと接近。
忌ブキ: こ、この人も引っかき回すのか……。
FM: (サイコロを振って)まず、一発目は効果的成功で、胸部に命中。
禍グラバ: 胸! それはいかん! 《九死に一生》で左脚にずらしますよ!
スアロー: 異国のトップを怒らせると怖いね、気をつけなきゃ(笑)。
FM: (サイコロを振って)じゃあ致命表は『太股の動脈をえぐり、派手な血しぶきがあがる。[達成度]を2倍に計算し、ダメージに+【器用】÷2する』か。……動脈?
禍グラバ: まあ、多分ないですね(笑)。
FM: まあ、動脈の位置にある重要パーツにでも損傷が入ったんだろう。しかし、【器用】でよかったね。【体力】だとスアロー並みのダメージが出るところだった。では、左脚に198点のダメージです。
婁: ほう……。200点近い。
禍グラバ: (計算して)92点通って……ギリギリ左脚のFPが残ってます。
魔剣の切れ味に、恐るべき技量の冴え。
およそ時代の限界まで強化された禍グラバの五行躰が、おもちゃのようにあっさりと切り裂かれる。あるいは不死商人にしても、この身体になってから初めて味わう痛打やもしれなかった。
禍グラバ: おぼぼぼぼぼぼ。
スアロー: ま、まあ脚が飛んでも換装すればいいんじゃねえの?
FM: とはいえ、左脚はかなりやばい状況ですね。で二撃目が……(サイコロを振って)04。あ、こいつの技能だと決定的成功だ。
一同: ぎゃーっ!
FM: 部位は腹部ですがどうしますか?
禍グラバ: きゅ、《九死に一生》で今度は右脚にずらします!
スアロー: 金があるから脚がなくなってもいいと思ってるだろ!(笑)。
禍グラバ: 当たり前じゃないですか、脚など飾りですよ!(一同爆笑)。
FM: ダメージは208点!
禍グラバ: 101点ダメージが通りますね。……右脚のFPが1点残ります。
忌ブキ: 1点!
スアロー: エィハのもの悲しい歌が流れてるところでこのダメージが出るシーンって、普通に考えたら絶対死ぬよね(笑)。
禍グラバ: さっきからスアローさん、殺しにかかってませんか!? うわーっ、寝所に呼ばれて何もしなかったことをそんなに根に持ってるなんて!
FM: それは根に持つよ!? 三発目は外れたのでそのまま上昇して、〈竜〉を九回、さらに残り二回でスアローを殴る。
忌ブキ: ぜ、全部で、十四回攻撃……っ!
エィハ: 婁さんより多い……。
歌うように、少女は剣を振るった。
六本の腕は、いずれも美しき舞を踊る。完成され尽くした武芸は、この凄惨な状況でさえ人々を魅了した。
驚くべき距離を一跳びで超え、立ちふさがるすべてを切り裂きながら、今度はスアローへと接近する。
スアロー: ま、待て! パーティではあんなに和気藹々と話し合った仲じゃないか! いや、正直禍グラバさんとの関係はまるで知らないし、そこに関わりたくはないんだが(笑)。
禍グラバ: まあ、今も和気藹々とやってはいますが(笑)。
FM: 和気藹々と殺しにかかってるけどね(笑)。
〈竜〉の鱗さえ、少女は切り裂く。
先のスアローには及ばぬが、烈剣としか言い様のない鋭さ。〈竜〉の骨に届かぬまでも、その肉を次々と斬りつけていく。斬りながら、こちらへと飛翔してくる。
「ねえ、見せて」
ついに、吐息のかかるほどの距離まで近づき、少女は微笑んだ。
〈竜〉の荒れ狂う記憶の狭間で、これ以上ない悦楽に溺れて。
「あなたが〈竜〉の資格を受け継いだときどうなるのか、この目で見せて!」
スアロー: ごめんこうむる!
FM: (サイコロを振って)で、スアローへの攻撃は自動失敗と効果的成功。二発目は胸部に命中だね。
忌ブキ: き、来た!
スアロー: それは通すわけにいかない! 仕方ない。エヌマエルさんに憑けてもらったとっておきの聖霊を使う! くっそ……本当は婁さんの奇襲までとっておきたかった。
婁: ……ふふふ。
FM: ふむ。まあ聖霊には当たるから、致命表も振ろう。『電光石火の一撃を浴びせた。あなたは一息つく時間がある。[達成度]を2倍に計算し、スタミナか生体魔素を自身の[【意志】÷5]と同じだけ回復する』か。――「ふう、満足したわ」(一同爆笑)。
スアロー: ドSかお前は!
凄まじい一撃が、スアローの胸を穿った――かに見えた。
次の瞬間、憑依していた聖霊が、叫び声をあげたのだ。主人になりかわって、すべての傷を引き受ける、上位の聖霊のみの御業だった。
戦争の直前、エヌマエルから譲り受けた聖霊が、その役目を果たしたのだ。
FM: 一部始終を見ていたエヌマエルが、「あれが、黄爛霊母の分体だと……化け物か……」と呻くね。
スアロー: (いつもの飄々とした口調で)これが何体もいるとしたら恐ろしいですな。まあ、数は限られているでしょう。
禍グラバ: 安心しろ、スアローくん。彼女に多分悪気はない! 君を憎んでいるわけじゃない! 多分、ただ本当に遊んでいるだけだ!(笑)。
エィハ: 何に安心するんですか、それ(笑)。
スアロー: 帰ってちょうだい! しかし……多分本当にそうだな。さっきから狙ってる相手が、殺せるかどうか分からない相手だけだ。
忌ブキ: え?
(――厄介だ)
と、真剣にスアローは思った。
もしも、雪蓮がただ勝利のみを考えているなら、真っ先に忌ブキや祝ブキを狙っただろう。スアローや禍グラバ、〈赤の竜〉を目標にしたのは、彼女にとってそれが自分を昂ぶらせる対象だからに過ぎない。
つまるところ、霊母はこの戦いで勝利しようと考えていない。
あくまで、観測者。
あれだけの軍隊を動かし、おびただしい血を撒き散らしながら、彼女が見据えているのは「この先どうなれば面白いか」という一事なのだ。
スアロー: 一度は竜を殺したものの余裕、か。
禍グラバ: そういえば、入城直前に見えた光景では軍勢を率いて〈黄の竜〉に挑んでいたみたいですしね、彼女。
FM: そうそう。で、次は白叡の番か。とりあえず雪蓮が飛んでいったから自分も空を飛んで追いかけよう。
婁: む、白叡も空を飛ぶのか。
忌ブキ: あ、でも麒麟船の時にそんなことを言っていたような気がします。
スアロー: 白叡さん、地面に沈んでいるあなたの船を使うんだ!(一同爆笑)。
禍グラバ: せめて壊れてない時の記憶が再現されてたら飛べたのに。
スアロー: ううん、ブロークン・ファンタズム(笑)。
FM: というわけで、道宝の空飛ぶ絨毯を取り出して、それに乗って飛んでいこう。
白叡の手が、懐から小さな道宝を取り出す。
それはたちまち広がって、空飛ぶ絨毯と化した。もとより宝術職人たる白叡は、麒麟船に限らず幾多の道宝を所持している。
この絨毯もまた、そうした品だった。
FM: で、今回は移動だけで終わる代わりに、さらに宝術《辰気充塡》を使用。手持ちの道宝を適当に壊して、その魔素を取り込む魔術ですな。生体魔素を80点回復。「どういう気分だ、不死商人?」と問いかけよう。
禍グラバ: いやあ、上司は選んだ方がいいと思うがね(一同爆笑)。
FM(白叡): 「選んだ結果だと思ってるよ」――で、次はまた〈赤の竜〉の番だ。
スアロー: また来るのか! も、もう手持ちの〈楔〉が……しかも、今使うと、霊母や白叡まで守ってしまうけど、使うしかない……!
スアローは残った三本の内、二本の〈楔〉を投下。
離れていた婁も、同じように〈楔〉を二本使うことで、〈竜〉の攻撃を逃れる。
婁: ち、せっかく隠れてたのに範囲攻撃か!
FM: 今の〈赤の竜〉は狂乱してますからね。別に婁が発見されたわけでもないので、隠密状態は継続でいいですよ。
婁: あ、今の内に確認したいんですが、スアローがいるドナティア城館への直線距離はいくつですか?
スアロー: 飛ぶのか!?
婁: いえいえ、ウィンチですよ。
忌ブキ: あ、腕にワイヤーが……。
FM: あれは百メートル届くので、スアローのところまでなら六十メートルぐらいだし、十分届きますね。
婁以外の一同: (身をひくようにして)うわあああっ!?
FM: (計算して)――ですが、ここでイベントが生じます。
スアロー: イベント?
FM: ええ、これまでにスアローたちが与えたダメージに加えて、この不安定な場所で〈楔〉を大量使用した結果です。あまりに歪められた魔素流がついに空間へ影響しはじめ、〈赤の竜〉が苦しみの声をあげる。そして……。
スアロー: そして、禍グラバが爆発する?
忌ブキ: なんで禍グラバさんが!(笑)。
FM: (グッドスマイルカンパニーのスタッフを向いて)では、条件が達成されたのでお願いします。
エィハ: えっ!?
禍グラバ: ま、まだ何か!?
FM: では、ここで一旦休憩とします。プレイヤーのみなさんは別室に移動を。
『第十四幕』
(数十分後、プレイヤーたちが戻ってきて、扉を開いたところで硬直する)
エィハ: (大きく目を見開いて)え……。
スアロー: ……おおっと、これは。
誰もが、多くの夢を見た。
誰もが、多くの幻に食い入った。
それは、見果てぬ可能性であった。
それは、有り得た可能性であった。
――もしも、婁震戒が死ななかったら?
――もしも、麒麟船が〈赤の竜〉の幻を止められていたら?
――もしも、ウルリーカ・レデスマが暗殺されていなかったら?
――もしも、禍グラバの交渉が失敗して、ハイガで戦争が勃発していたら?
――もしも、ここに集ったのが彼らでなかったなら――?
無限だったはずの選択肢と、同じ数だけ切り捨てられていった世界。
そして、その消えていった可能性の果てに。
歪んだ空間が、凝縮しだす。
FM: (うなずいて)はい、こちらが、真最終決戦用につくられた『もうひとつのジオラマ』でございます。
一同: ええええええええええっ!
「……ここは?」
誰かが、言った。
漂白されたような世界であった。
空の彼方までも届かんばかりの巨大な樹があり、その向こうに巨人のためにあつらえられたかのような階段があった。階段の先には祭壇があり、ニル・カムイのどこでも見たことのない神像が祀られていた。
はたして、そこは白亜の神殿であった。
スアロー: な、なるほど……。
エィハ: 何がなるほどなんですか! 説明してくださいよ!(笑)。
太田克史: どうですか皆さん、これがグッスマさんの本気ですよ(一同爆笑)。
婁: どうですかじゃなくて、力の入れどころがおかしい!
FM: では皆さんご着席を。そして、開始前に少しグッスマの田中さんから説明を。
田中: はい。というわけで、真最終決戦のジオラマですが、実はこちらの方が先に進行してました。
エィハ: え、それはさっきの戦場よりも先に?
田中: ええ。ほとんど同時ではあったんですが、フィギュアのサイズなんかはこのジオラマのマス目から割り出されてますね。
禍グラバ: あ、ホントだ。こっちはマス目が書いてある!
FM: まあ、これ以上のない、本当に最後の最後のステージでございます。まさかここまで全員残っているとは思っていませんでした(一同爆笑)。
忌ブキ: ひどい!
禍グラバ: いやまあ、こちらも死は覚悟してましたしね……。
FM: ははは、こっちも冷や汗ものでしたよ。うっかり〈楔〉を使わずに全滅したり、〈赤の竜〉に一定以上のダメージを与えられなかったりしたら、このジオラマを使わずに終わるところでしたからね。
スアロー: もはや、ひどいなんてものじゃない(笑)。
FM: ではそろそろ開始しましょう。――苦しげな〈赤の竜〉の咆吼によって、仮初めのニル・カムイは吹き払われる。後に残されるのは、天をつく竜樹と神殿の姿です。
「な、なんですかこれはーっ!?」
従軍教父が、たまらずに叫び声をあげた。
「……ここは、一体?」
もうひとりの皇統種たる少女は、ただ息を押し殺した。
スアロー: ……おそらく、これはこの城の、いやこの島の中心核となるニル・カムイの根幹なのでしょう。と、偉そうなことを言ってみる(笑)。
「ええそうね。そして同時に……果ての果てだわ」
たまらないとばかりに、笑みも隠さずに囁く、黄爛の女王。
禍グラバ: うわあ、見たことある表情だろうなあ……(笑)。
忌ブキ: 茫然としながら周囲を見回しています。
スアロー: 果ての果て、か……。
FM: あ、婁さんは隠密が続いていると考えてもらって結構です。
婁: (一礼して)了解です、ありがとうございます。
忌ブキ: まだ隠れてるんだ!
FM: 遮蔽にはこの竜樹がありますからね(笑)。
婁: (ぽそりと)――要らぬ茶々を入れられましたな。
FM(七殺天凌): 「だが、そうも言っておられぬであろう」
婁: ほう?
FM(七殺天凌): 「どうやら、もう一度来るらしい」
エィハ: ――あ、〈竜〉は!?
FM: では、そちらにお答えしましょう。
再び、声が木霊する。
上空から、巨大な〈赤の竜〉がその姿を徐々に変えつつ降りてくる。
「……ああ……やっと……ここに来られたか……」
あまりに重く、その声は世界の果てに流れた。
あまりに重く、その視線は世界の果てを睥睨した。
「……資格を示したな。汝らは、先に歴史を進める者として、あるいは留める者としてその資格を示した」
忌ブキ: 資格……。
スアロー: 〈竜〉の姿が変わっていく……?
FM: ええ、徐々に縮んでいきます。息苦しいほどに圧倒的だった魔素も、同じように薄れていく。
目の前で、その異変はゆっくりと進んでいった。
投げかけられる声さえも、その一言ずつに変異していくかのようだった。
「結果として、古い不要物と判断された我は、今急速に衰弱し、衰退し、滅びつつある。そしてだからこそ、半端な苦しみとは切り離されて、ただ我だけの個体としてここにいられる」
しみじみと、声は自らを顧みる。
これまでの、世界そのものと対話していたような錯覚は薄れていき、ただ長い時間に研磨されてきた生き物が露わとなっていく。
「ああ、我が友よ。お前は我の死を連れてきてくれた」
忌ブキ: 死……。
禍グラバ: さて、誰のことを言ってるのかなー?(ぐるりと見回す)。
スアロー: (他人事のように)〈竜殺し〉の誰かのことだろうねえ。
忌ブキ: いえ、関係ないです。短剣をぎゅっと握りしめて言います。……ぼくが、君を殺しに来たよ。
FM: イズンを殺せなかった忌ブキが、今はそう言うと。
忌ブキ: はい。――同時に、救いにも来ました。
FM(赤の竜): 「そうか。優しいことだ……」さて、それから禍グラバの方にも振り向こう。
禍グラバ: ええ。
FM(赤の竜): 「愛しき友よ。お前は我を見届けてくれるのか?」
禍グラバ: そうだな。その、死を連れてきた者たち次第ではあると思うがね。
FM(赤の竜): 「ああ。場合によっては、我がお前の最期を見届けることとなる」
禍グラバ: そうなるな。
そして、〈竜〉は息を吸う。
緩慢だった進行が、そこで加速する。膨大すぎた魔素から、あまりにも多くが失われる代わりに一気に絞り込まれる。
「なれば、我も最後の抵抗を試みよう。この世界のものがすべてそうするように醜く生き足搔き、新しいものを取り込もう」
獣の咆吼のように、声は噴きあがった。
〈赤の竜〉の身体が、光に包まれる。
禍グラバ: 光?
FM: ええ、そして猛々しく〈赤の竜〉は宣戦布告します。
「さあ、我が魂という美酒を誰が口にする!?」
一際強く、叫んだ。
「この先の歴史へ、誰が我の力を引き継いでくれる? それとも、この老いぼれが生き残るために、おぬしらすべてがその魂を捧げてくれるのか!?」
まさに、それは宣戦布告だった。
この場に訪れた全員へ叩きつける。
「今、我こそがお前たちに学ぼう。新しき子らよ!」
忌ブキ: ぼくたちに、学ぶ?
FM: (スタッフを向いて)……用意をお願いします。
グッスマスタッフ: はい!
スアロー: え! まだあるの!? 今そこに置いてある、〈赤の竜〉のフィギュア以外に何かあるの!?
婁: このセッションは秘密の用意が多すぎる(笑)。
(グッスマスタッフが、新しい竜のフィギュアを運んでくる)
スアロー: 新フィギュアきたー!
エィハ: か、鑑定! 鑑定!(笑)。
婁: (大きく目を見開いている)。
禍グラバ: ま、まさかのラスボス第二形態……。
スアロー: うわ、翼に目がいっぱいあるぞ。〈赤の竜〉、お前はこんなにも高い厨二力を……勝てる気がしない!(笑)。
FM: 〈赤の竜〉があなたたちと戦ったことにより、人間の形態を学び取り、人と竜の中間のような姿になったというところですね。もっとも、大量の魔素を放出し、残った分だけを凝縮させた形態なので、以前に比べると遥かに衰えてはいます。大きさもフィギュア比と同じぐらいで、だいたい人間の四倍ぐらいになってます。
忌ブキ: あ、そんなに小さく?
FM: ええ。ですが、だからこそ新しい可能性を感じます。
婁: なるほど……。
スアロー: レベル100からレベル10に戻ったけど、また成長できるわけですな。(しみじみと)ああなるほど……それは本当に怖いな。もとよりもよっぽど怖い。
「……そうか。確かにこいつは、俺たちに歩み寄ってきたんだ」
革命家が、小さく口にした。
竜の姿を捨て、その凄まじい『力』の大部分さえも擲って、彼は人を理解せんとしてきた。
だが。
相互理解が幸せなこととは、限らない。
理解したからこそ殺し合わねばならぬと、そんな当たり前のことだってありえる。
婁: ……人同士でも、殺し合うものですからね。
FM: ええ。さて、新しい形態になった〈竜〉に対して、何か言うことはありますか?
禍グラバ: (半ば茫然と)……なかなかいいセンスだ。
忌ブキ: ありがとうございます(一同爆笑)。
スアロー: なぜ忌ブキさんが礼を!(笑)。
FM: では、新しい〈赤の竜〉は今度は忌ブキに視線を向けます。「忌ブキよ、もはや我からお前への試練は終わった。これは、我とお前の為すべき試練だ」
忌ブキ: あなたと、ぼくの……。
禍グラバ: 自分の試練でもあると言ってるわけですね。もはや誰かが与えた試練ではないと。
忌ブキ: ……ええ。もちろんです。
スアロー: まあ、人に歩み寄ってきてくれたところを悪いが、このシステムを壊すと決めたので、あなたにはご退場願おう。トドメを刺すのは、忌ブキさんがやってくれる!
禍グラバ: しかし、誰も手加減の技能とか特技を持っていないので、下手をすると削るつもりでスアローがトドメを刺す可能性もありますね(笑)。
スアロー: その時はその時だ!(笑)。
忌ブキ: いきあたりばったりって、言いましたもんね。
スアロー: まあ、そういう風になるように頑張って生きてます。
そして、一歩引いた場所で、エィハは小さく呟いた。
「三人……いえ、ふたりと一振り。脱落者は、出ていない」
スアロー: し、心臓がドキドキしてきましたよ!?
禍グラバ: 〈喰らい姫〉に出会ったあたりから、明らかに殺意の方向性が変わってる……。
忌ブキ: ぼ、ぼくには聞こえませんよ。まあ、聞こえても意味が分からないし。だから――やろうって、促すだけですね。
FM: それはいい。では阿ギトも大きく頷く。「ああ、どうやらここが俺たちの至った果ての果てらしい」
スアロー: ここが果てなんてとんでもない、世界はまだまだ広いさ。
忌ブキ: だからこそ……この果てを終わらせて、その先の未来に行く。
決意を込めて、忌ブキが言う。
今度こそ、膝をつかぬように。
今度こそ、諦めぬように。
ただ、前へ。
FM: では、真最終決戦第一ターン、レディセットです!