レッドドラゴン
第三夜 第十二幕〜第十五幕
「最前線」のスペシャル企画「最前線スペシャル」。三田誠がFiction Masterとしてシナリオを紡ぎ出すRPF、『レッドドラゴン』。参加者は虚淵玄、奈須きのこ、紅玉いづき、しまどりる、成田良悟の夢の5名。音楽を担当するのは崎元仁。最高の布陣で最高のフィクションを創造します。
『第十二幕』
FM: (BGMを切り替えながら)では、ウルリーカが暗殺された直後。雲の隙間から、ほんのささやかな月明かりが落ちてくる中、街道を走るは婁震戒、そして彼の背中で狂喜乱舞する七殺天凌。
「喰ったぞ……!」
思念が、背中に響く。
「喰った……喰った……喰った……!」
喜悦を迸らせ、七殺天凌が叫ぶ。
「悲哀を喰ろうた、痛みを喰ろうた、絶望を喰ろうた……すがりつくような希望を喰ろうてやったわ……!」
婁: 私も一声上げたい気分ですよ。やはりこういう夜は懐かしい。
スアロー: いわば、超ラブラブタイムだもんね(笑)。
FM(七殺天凌): 「のう、婁や。あの娘は……あの魂は真にニル・カムイの平和などを願うていたらしいぞ」
婁: 柔な言い分とはまた別に、手強い敵ではありましたな。
FM(七殺天凌): 「おお、あの蛇といい、本人もなかなかの腕前じゃった。だがの、何より心地よいのはあの高潔な魂よ。黄爛とドナティアの垣根はおろか、まじりものもつながれものもない平和な世界が築ければいいのに、だとさ。あの禍グラバという男が聞けば、どのような顔をしたであろうな?」
婁: (小さく笑いながら)さて……。
禍グラバ: だって、あそこで止めてたら、それはそれで酷いことに。
FM: 間違いなくそうですね(笑)。
婁: まあ、それを成し遂げられるだけの力がなければ、あのような末路を迎えるということでしょう。
FM(七殺天凌): 「まさにその通りよな。乙女の戯れ言に過ぎなんだ」
余韻を楽しむような思念とともに、七殺天凌が言う。
「……さて、〈赤の竜〉を喰らうため、我らはまずどこに身を預けよう?」
婁: しばらくは、もはや古巣となった混成調査隊の動向を窺うのが吉かと。
FM(七殺天凌): 「ほう、ならばあれとつかず離れずか?」
婁: 左様ですな。まあ、しばらくは泡を食うことでしょう。ここは先回りして、頭を押さえておくべきかと。
FM(七殺天凌): 「愉快! それは愉快よな……! ならばシンバ砦、あるいはシュカまで先に行くか?」
婁: ええ。この期に及んで終点を切り替えることはありますまい。――ちなみにFM、砦はすぐ近くで?
FM: 徒歩では少し遠いですかね。
婁: なら、野営地の馬を奪っていきましょう。そのままシュカに先行したい。
FM: 了解です。シュカへのルートですと、やはりシンバ砦の近くまでは行くことになりますね。
婁: 分かりました。
FM: では、七殺天凌が愉快そうに笑う中、あなた方は暗闇に乗じてまずシンバ砦へと向かいます。ひとまずシーン終了。……いろんな意味で地獄のようだ(笑)。
朝を待たず、野営地は騒々しくひっくりかえった。
ほとんど狂乱といっても良いほどの様子で、騎士たちが戻ってきたのである。
FM: さて、野営地の大騒ぎでございます。婁以外の全員の耳に、「ウルリーカ様が! 婁震戒様が乱心なされた! ウルリーカ様の首が刎ねられたーっ!」と絶叫が届いてきます。
スアロー: (目元を擦りながら)うーん、眼鏡眼鏡(笑)。
FM: では、そんなスアローの下に、メリルが血相を変えて飛び込んできます。「スアロー様!」
スアロー: うーん、何かなメリル?
FM(メリル): 「う……ウルリーカ・レデスマ殿が、暗殺されました」
スアロー: (ぎょっとした声で)……それは誰に?
FM(メリル): 「まだ確認はしていませんが、おそらくは婁震戒殿の手によって。既に、馬も一頭無くなっております」
スアロー: ここは、スアローとして言っておかねばなるまい。――あちゃー、ウルリーカさん死んじゃったか(一同爆笑)。
禍グラバ: ああ、一番恐れていた展開が起こってしまった。
ひどく、スアローの言葉は素っ気なかった。
死んだのだから仕方がない。いかにもそう言いたげな台詞。すでに彼の精神は切り替わってしまっている。
目の前の従者が、ウルリーカと親しくしていたことも、もはや意識の内にはない。
FM(メリル): 「……スアロー様?」
スアロー: ウルリーカさんが死んでしまったことは悲しいことだ。でも、同じぐらいに重要なことがふたつある。
FM(メリル): 「ふたつ、ですか」
スアロー: うん。この先の親善会議で、一番中立的な意見と発言力を併せ持っていたウルリーカさんが消えたことと、野生の暗殺者が解き放たれたこと。
FM(メリル): 「……」
スアロー: ……婁さんがそんな証拠を残したってことは、おそらく混成調査隊にはもう戻って来ないだろう。でも、あの御仁は〈赤の竜〉の命にものすごく固執している。となると、僕もあまり考えたくないのだけど……あの御仁は、僕たちにつかず離れずついて来ると思うんだよ。
スアローの言葉は、まるで朝食前の軽い雑談のようだった。
スアロー: ここからはちょっと個人的な感想。どうにも僕は、あの人の個人的なツボを押してしまったみたいだ(一同爆笑)。
FM: 完璧に、念入りにね(笑)。
スアロー: あの冷徹な婁さんが早まった行動をしたということは、他のメンバーに対するより、僕らに対するプライオリティの方が高くなってるかもしれない。僕か君だから、常々注意するように心がけてくれ。
FM(メリル): 「了解いたしました」深くうなずきつつ、メリルはほろほろと涙を流す。なにせ、あなたが休暇表でウルリーカと仲良くさせたからね(笑)。
スアロー: それは分かっているんだけど、スアローはそれ以上言わず、『あちゃー、死んじゃったか』に留めるよ。
FM: だよね。メリルも分かっている。スアローの前ではそれ以上の涙は見せないようにして、踵を返すよ。
スアロー: さて、禍グラバさんにも相談したいんだけど……多分、その前に騎士たちが来るよね。
FM: はい。――混成調査隊の面々は全員黒竜騎士団に召集されます。
召集は、すぐだった。
創造魔術師につくられた、野営地のコテージでも一番大きい部屋。騎士たちと混成調査隊の全員が、その部屋に集められたのである。
忌ブキ: 手際いい……!
禍グラバ: 練度は高いんですよねえ。
FM: では、騎士のひとりが話しかけてくる。「すでに我々は、念話の護符にてシンバ砦のシメオン・ツァリコフ団長と通信を取っています。そのつもりで我々に情報を提供していただきたい」
スアロー: うお、いきなりシメオン様直々か。
FM: このあたりはドナティア魔術圏ですからね。いつもよりずっとクリアーに、念話の護符での通信がかないます。
創造魔術師のひとりが、護符の上に指を滑らせる。
現在はドナティア魔術圏ということもあってか、音声だけでなく、映像も鮮明に浮かび上がった。
雪のごとき白髪に漆黒の鎧を纏う、黒竜騎士団・第三団団長。
シメオン・ツァリコフ。
FM: (シメオンのイラストを表示して)……こちらの映像が、浮かび上がります。
忌ブキ: 溶岩をぶった切った人ですよね。
禍グラバ: いつ見ても強そうだなあ。何でスアローさんがこんな風に強そうじゃないんだろう(笑)。
スアロー: はっはっは、すいません。
「――事情は聞いた」
重々しく、黒竜騎士団・第三団団長の声が響く。
その眼力。
その威圧感。
実際に、すぐ目の前に巨漢の騎士が佇んでいるような錯覚さえ感じるほどだった。
FM(シメオン): 「禍グラバ殿、および〈赤の竜〉の混成調査隊の面々に問いたい。婁震戒が我が騎士団の副長ウルリーカ・レデスマを殺害し、行方を晦ませたというのは相違ないか?」
禍グラバ: (うなずいて)状況から見て、彼がウルリーカ殿を殺害したことは間違いないかと。
FM: では、映像のシメオンが軽く眉をしかめる。「……スァロゥ・クラツヴァーリ」
スアロー: はっ。
FM(シメオン): 「君と初めて言葉を交わすのが、こうして念話の護符を介してのものとなったことは非常に残念だ。まして、このような事態となればなおさら」
スアロー: まさに……文字通り夢にも思いませんでしたが。
FM: 怒りを隠さず、シメオンは言葉を続ける。「同じ黒竜騎士として聞くが、その婁震戒殿の殺意および暗殺を察知する機会はまったくなかったと、そう言われるか?」
スアロー: (平然と)皆無ですな(一同爆笑)。
禍グラバ: すげえ! 何がすごいって、本気で言ってるのがすごい! さっきツボを押したとか言ったのに(笑)。
FM(シメオン): 「動機も分からないと?」
スアロー: 僕が婁さんを何かイラッとさせたのは分かるけど、イラッとしたぐらいでウルリーカさんを殺さないよなーって(笑)。つまり、僕が彼の気分を害したこととウルリーカさんが死んだことは、おそらく別件だろうと思ってる。
忌ブキ: 虚淵さんが楽しそうに笑ってる(笑)。
FM(シメオン): 「……なるほど」
禍グラバ: あ、話に割り込んでいいですか?
FM: どうぞどうぞ。
禍グラバ: ――シメオン殿。婁震戒殿に関しての情報は、我々もまったく摑んでいないのだ。私としては祭燕殿の保証があったため、認めざるを得なかった。ただ、私の屋敷でも何度か祭燕殿と密談は行っていたようだが。
エィハ: 祭燕になすりつけた!
「……禍グラバ殿。〈赤の竜〉の調査隊としてではなく、祭燕殿が保証を為したのであなたは信用したと、そう仰るか?」
その言葉に、シメオンが問う。
禍グラバ: ふむ、勘違いしてもらっては困る。信用などとは言っていないが?
FM(シメオン): ……。
禍グラバ: 調査隊としての正当性を認めただけだ。それを認めた以上、私個人には彼らの行動を邪魔する権利などない。信用していようがいまいがだ。
FM(シメオン): 「……なるほど。あくまで自分は協力者であって、祭燕の名前を出したのもその理由にすぎないと」
禍グラバ: まさしく。黄爛とドナティアが現在どのような状況で、どのような目論見を進めてるかなど、私の知る道理もないだろう。
堂々と、禍グラバは言ってのける。
無論、そんなはずもない。不死商人とまで呼ばれたこの男が、むしろ黄爛とドナティアの状況をこそ知らないはずはないのだ。
しかし、その事実と建前は違う。
そして、こうした問答は建前でこそ動くものだ。
「……」
しばらく禍グラバを見つめ、シメオンは重く息をつく。
FM(シメオン): 「……ひとつ尋ねよう。この件に関して、禍グラバ・雷鳳・グラムシュタール殿は中立を貫かれるということでかまいませんな?」
禍グラバ: (うなずいて)それはもちろん。商人としての中立を貫かせていただきましょう。
FM(シメオン): 「あい分かった。……次の親善会議は、嵐になりましょうな」
禍グラバ: 仕方ありますまい。
FM(シメオン): (視線を移して)「そちらの……忌ブキ殿でよろしいか?」
忌ブキ: はい、初めまして(軽く頭を下げる)。
FM(シメオン): 「モノエでの噂はこの未熟者の耳にも届いております。私どもが擁立する祝ブキ様と同じ発音の名を持たれてらっしゃいますな」
スアロー: 迂遠な言い方を……。
これも、建前だ。
そちらが皇統種であることは、ひとまず話の外におくぞという示唆。
FM(シメオン): 「面立ちも、よく似ていらっしゃる。あなた方にもお伺いしたいのですが……あなた方から見て、婁震戒とはいかなる人物でありましたか?」
忌ブキ: あ……。
忌ブキが、言葉に詰まる。
その質問で、自分があの婁震戒のことをよく知らないのに、初めて気づいたのであった。いいや、そもそも知ろうともしなかったのではないか。
――『優しい人たちです』
以前、そんな風に革命軍のユーディナ・ロネに話した。
混成調査隊の皆についてだ。でも、どうして自分はそんな風に思ったんだろう。
禍グラバ: 忌ブキの場合、直接話したこともほとんどないですよね。
スアロー: 第一夜でテロを鎮圧する時、後ろから言葉を掛けられたぐらいかな?
忌ブキ: よかったな、無駄な血が流れずに済んだ……とか言ってくれましたよね。
婁: ぶっちゃけると、さっさと〈赤の竜〉を喰いたいから、道中時間を食わないために最短ルートの選択肢に持って行っただけなんだけど(笑)。
エィハ: ひどい!(笑)。
忌ブキ: (シメオンに向かって)……いい人だと、思っていました。でも……ぼくは彼のことも、よく知らなかったんだと思います。
FM(シメオン): (うなずいて)「――スァロゥ・クラツヴァーリ殿」
スアロー: はっ。
FM(シメオン): 「婁震戒殿がいなくなり、禍グラバ殿が協力者としての立場を主張する以上、〈赤の竜〉の混成調査隊は、現状この三人だけと考えてよいか」
スアロー: 左様で。
FM(シメオン): 「ならば、この三人の陣営を見る限り、現状はあなたが指導者的立場になると思われる。これも間違いないかな」
スアロー: ……望まれるのでしたら、謹んでお受けいたしましょう。禍グラバさんが協力者でしかないって言い切った以上、エィハくんと忌ブキさんのふたりは外見上は完全無欠に子供だからなあ……スアローしかいない。
スアローの肯定に、シメオンが再びうなずく。
そして、言う。
「では、〈赤の竜〉混成調査隊責任者として、黒竜騎士団・第三団団長、シメオン・ツァリコフが聞く」
FM(シメオン): 「この件に関して、どのように責任を取られるおつもりか」
スアロー: ……。
FM(シメオン): 「ウルリーカ・レデスマは私の片腕と言うべき存在。いいや片腕どころかこの右半身をもぎ取られたにも等しい、それだけの痛みに対して……スァロゥ・クラツヴァーリはいかなる償いをする?」
禍グラバ: ……良かった。調査隊と関係ないって言っておいて本当に良かった(一同爆笑)。
FM: いかにして禍グラバから言質を取ろうかと思ってたんだが(笑)。
スアロー: シメオン殿の個人的感情は関知できないが――〈赤の竜〉混成調査隊のリーダーとして、これまで婁震戒と共に〈赤の竜〉を追っていた責任として、婁震戒の身柄ないし首は、このスァロゥ・クラツヴァーリの手で確保してみせましょう。
忌ブキ: 待って下さい! でも、本当に婁さんがやったかまだ分からないですし……。
スアロー: いや、あんなの婁さん以外にできっこねーよ!(笑)。
忌ブキ: 何か理由があったかもしれないじゃないですか!
FM(シメオン): 「どのような理由があれば、私がウルリーカを失ったことが正当化されると?」
忌ブキ: あ……。
FM(シメオン): 「おそらく半日の内には、君たちとシンバ砦で合流することになるだろう。それから親善会議の開催の間、狗ラマ殿と合議の上で君たちの身柄は私が預かる。異論はないな?」
スアロー: ありません。あるけど、ありません(笑)。
FM(シメオン): 「忌ブキ殿もそれでよろしいか?」シメオンはエィハを忌ブキの護衛だと認識しているので、特にエィハに聞いたりはしない。
エィハ: ですよね(笑)。
忌ブキ: は……はい。
FM(シメオン): 「では、そのように。禍グラバ殿も、しばしの間私の監視下に置かれることになりますが、お許しいただきたい」
禍グラバ: 監視ならば問題ない。どうせ、こんな事件が起ころうが起こるまいが、ドナティアからは監視されているだろうからね。
FM(シメオン): 「あなたらしい物言いだ。では、せめて保護と言い直させていただきたい」
禍グラバ: ああ、かまわないよ。だが今はそんなことよりも、ウルリーカ殿の死に、謹んで哀悼の意を捧げさせていただくよ。
一瞬、シメオンの顔が歪んだ。
それも、ほんの一瞬のことだった。
「……黄蘭への抗議も急務となるゆえ、これで失礼させていただく」
その言葉とともに、念話の護符の映像と音声が消え去った。
FM: 黒竜騎士団の人間も、ひとまずはコテージの外に出て、シンバ砦への出立の準備を始める。もちろんふたりほどは君たちを監視してるけどね。
スアロー: まあ仕方ないな。――まず忌ブキさんとエィハくんに頭を下げよう。こんなことになってしまって申し訳ない。極力便宜を図って、酷い待遇にはならないように努力するよ。
忌ブキ: いえ、スアローさんのせいじゃないですし。
エィハ: ……忌ブキが良いようにしてあげて。
禍グラバ: エィハ、いい子だ!
忌ブキ: (手を挙げて)あ、そうだ。――こちらの念話の護符で、阿ギトと連絡はとれますか?
FM: 魔術圏としては問題がないけれど、しばらくは寝てる間も監視がつくよ。
忌ブキ: マジですか!?
FM: マジだよ、こんなことがあって目を離せるか(笑)。
エィハ: ですよねえ(笑)。
忌ブキ: う……分かりました。とりあえず機会を待ちます。
禍グラバ: じゃあ、とりあえず黒竜騎士団に監視されながらシンバ砦に向かいましょう。
FM: 了解です。では、ここでシーンを閉じましょう。
『第十三幕』
ウルリーカが亡くなっても、騎士団の行動に遅滞はなかった。
それだけ、彼女によって鍛え上げられた集団だったのだろう。誰もが暗い表情を湛え、慚愧の念にかられつつも、責務には支障を来すことなく、魔象とともに切り立った峠道を進んでいく。
そのまま、夕暮れ頃に小さな砦の前まで辿り着いたのだ。
シンバ砦。
ベルダイムとシュカの間で、魔物や山賊を排除するためにつくられた砦である。情勢の安定しないシュカから、ベルダイムへ余計なもの――麻薬であれ、武器であれ、人間であれ――が入り込まないか見張る関門としての意味も大きい。
そして。
夕陽の下、婁震戒もまた、そのシンバ砦を見つめていた。
FM: ではさらに半日ほどして――夕暮れの頃に、シンバ砦へ辿り着きます。第一夜の選択次第では、最初にここに来る可能性もあったのですが、そうはなりませんでした。
スアロー: 僕ら黄爛ルートを選んだからねえ(笑)。
FM: 婁さんもほぼ同じ頃に着きますね。身を隠す必要がある分、少し遅れるはずですから。
婁: 了解です。断崖と森の狭間にへばりついた砦ということですが、では離れた森あたりから砦は見張れます?
FM: そうですね。まあ、安全圏から見張れます。現実の単位で一キロってところですかね。
婁: ……ふむ。やっぱり混成調査隊が砦に入るまでは見たい。
FM: 了解しました。でしたら〈隠密〉判定をしてもらいましょう。逆にPCで見つけたい人は【知覚】で判定してください。今回は対象が遠く離れてるので、婁の[達成度]に+10します。
婁: それだけプラスがあれば……(サイコロを振って軽く目を見開く)98、また自動失敗だよ。
FM: ちょ、また〈隠密〉で自動失敗!? どうすんの!
禍グラバ: またFMにも予想外のことが起きてる(笑)。
スアロー: 婁さん大好き!(笑)。
FM: で、では【知覚】判定の方は……。
禍グラバ: 《天性の勘》も併用して成功です(笑)。婁さんが自動失敗なんで、成功だけでいいですよね。
忌ブキ: ぼくも成功しました。
エィハ: わたしとヴァルも成功しました。
スアロー: (サイコロを振って)はっはっは、じゃあ僕以外は全員成功だね(笑)。
FM: (少し考えて)……自動失敗ってことは、ウルリーカとの戦いで、多頭蛇のブロックなどの際に傷ついた衣服がここで千切れたんでしょうねえ。じゃあスアロー以外の三人は、婁のマントの切れ端が街道に落ちてるのを発見します。
スアロー: 今日はいい天気だなー!(笑)。
忌ブキ: ……突然すぎて、どうしたらいいのか。
禍グラバ: 端から見ると、婁さんがわざと徴を残したみたいですね。
スアロー: どんなシリアルキラーだよ!(笑)。ちなみに、メリルも振ったけどこっちは自動失敗だった。メリルは今、ウルリーカさんの死のショックが大きくて。
エィハ: 涙で前が見えない(笑)。
婁: いやあ、俺はそのスアローの顔を見ながら思うね。あれが同胞を殺された男の顔か……?(一同爆笑)。
「――あの人、見てるわね」
はたして声をあげたのは、エィハだった。
少女が見つけたのは、マントの切れ端だけではない。
かすかに、ヴァルが唸りをあげたのである。包帯につつまれたヴァルの瞳は、マントの切れ端だけではなく、遥か遠方の相手さえも捉えていた。
FM: うお、そうか。エィハの場合、ヴァルの目が20キロ先まで見えるので、直接婁を視認できますね。
エィハ: 覆う包帯をかすかにどけます。潰れた目のすきまから、常態では見えないような所まで見えてしまいます。もちろん、つながるわたし自身も。
スアロー: (振り向いて)あの人? あの人というのは『彼』のことかい?
エィハ: あなたを殺しに来たんじゃないの? ほら、あそこの森、ってそちらを見ないように声だけで伝えます。
スアロー: ……くそ、やらざるを得ないのか!?(笑)。
FM: ヴァルのレベルアップが適切でしたねえ。
エィハ: (冷ややかに)捕まえるの?
スアロー: ううむ……(しばらく考えて)禍グラバさん。
禍グラバ: 何かな?
スアロー: このまま何気なく移動する振りを装って、シメオン団長に連絡を取れるかい?
婁: ぶほっ! 重砲支援が来るか!?
FM: 今度は婁さんの命が風前の灯火……!
禍グラバ: ……ふむ。まあ禍グラバの通信システムは頭の中なので、護符とか出す必要がないんですよね。問題は禍グラバの通信システム内で、シメオンと連絡を取れるかなんですが。
FM: まあ、さきほどのこともありますし、シメオンと連絡とれるようにはしてるでしょうね。念話の護符に対応する魔術紋を教えてもらえばすみますし。
忌ブキ: 携帯電話のアドレスみたいなものですか。
FM: ですね。
禍グラバ: じゃあガダナンに揺られながら、軽く頭を叩いてシメオン殿と呼びかけよう。
FM: では、少し遅れてシメオンの声があなたの頭に響きます。「禍グラバ殿。何か呼ばれたか?」
禍グラバ: 我々は今、シンバ砦の城門前にいる。少し離れた森の中に婁震戒殿の姿を確認したので、スアロー殿がシメオン殿に連絡を取ってくれと。
FM(シメオン): (即座に)「私が出る」(一同爆笑)。
二の句を継げぬほどの、即断。
その決断に、禍グラバが一瞬硬直するほどだった。
スアロー: て、てっきり『貴殿が責任を取ると言ったのだろう?』みたいなことを言ってくると思ったのに、いきなり右ストレートが飛んできた。
忌ブキ: 熱い人だった……!
FM: 俺も言いたくないのだが……シメオンの性格上必ずこう言うんだ(笑)。「隣のスァロゥ・クラツヴァーリに伝えていただきたい。支援を要求する、と」
禍グラバ: 承知した。
FM(シメオン): 「禍グラバ・雷鳳・グラムシュタール殿、できればあなたにも支援をお願いしたいが……引き受けていただけるか?」
禍グラバ: ふうむ……。
FM(シメオン): 「ニル・カムイに仇をなす逆賊を討つ為だ」
スアロー: 酷い、まるで悪魔か何かみたいだ(笑)。
禍グラバ: 致し方あるまい。可能な限りでは。
FM(シメオン): 「分かった。では場所を教えてくれ。できれば挟み撃ちしたい。――気がつかないふりをして、一旦シンバ砦の城門で停止してくれるか」
禍グラバ: じゃあ、前を向いたまま声を掛けましょう。エィハくん、黒竜騎士団が婁くんの場所を教えてほしいと言ってるが、どうするかね?
対して、エィハはこう口を開いた。
「……なぜ、それに答えなければいけないの?」
FM: クールな対応が来た(笑)。
禍グラバ: これは困ったな。君が居場所を教えたくないと言うのであれば、私が責任を取ることになるだろうが。
忌ブキ: (腕を組んで)ううん……エィハ、お願いしていい?
エィハ: いいの?
忌ブキ: まだぼくは婁さんがやったとか信じられないんだけど……ウルリーカさんが死んだことの責任は取らなきゃいけないと思う。
ぎゅっ、と忌ブキが拳を握る。
これが世界に関わるということなのだと、自分に言い聞かせるようだった。
エィハ: ……忌ブキがいいなら、伝えます。
FM: 分かりました。では、シメオンさんは裏からこっそり出て迂回しながら、婁に接近しようとします。(サイコロを振って)だが残念。シメオンには隠密の才能はなかった。夕暮れとはいえ日中なので、そもそも失敗です。
婁: ああ、砦に動きがあったか。
FM: そうですね。砦の裏から、黒竜騎士がひとりこっそり出てくるのが見てとれます。
婁: 流石に、ここで事を構えるのは本意ではないし……。
FM: まあ七殺天凌も「やめておけ」と言います。「黒竜騎士ひとりに不意を突いてあれだ。ふたりと真正面からやって勝ち目はない」
婁: 心得ております。
FM: まあ七殺天凌としても、婁が一番上手く使ってくれるし、それとは別に言いたいこともある。「万が一にも……あれには触られたくない」
婁: (珍しく感情を込めて)それは無論のこと。こちらもちょっと辛そうに。
FM(七殺天凌): 「壊れるどうこうはおいても、あれは性に合わぬ」
スアロー: おお? じゃあ、先に皆を砦にいれて、手招きしちゃおう(頭に両手を当てて、犬の耳のようにぱたぱたと踊らせる)。
FM: む、むかつく……(笑)。
エィハ: ひどい(笑)。
婁: (無視して)見逃す形にはなりますが、シュカでもう一度捜し直せばよいでしょう。この場は逃げます。追いつかれる前に、崖を《軽身功》で飛び降りる。
身を翻すや、婁は森を抜け、すぐ近くの崖から飛び降りる。
常人ならば自殺行為でしかない高度も、婁にしてみれば子供の遊戯に等しい。二度三度と岩こぶを蹴り、崖下へと舞い降りる影は妖鳥のごとくであった。
FM: なるほど。《軽身功》では追いつけませんね。さすがにシメオンも空は飛べない。
スアロー: そんな能力あったらびっくりだよ(笑)。
FM: では、シメオンが見つけられるのは、婁の残したいくつかの足跡だけだ。それでも君たちが言っていたのが噓でないことだけは確認できただろう。
シメオンが戻ってきたのは、小半時ほど過ぎた後だった。
男らしい横顔は硬く、唇を引き結んでいる。眉間にもきつい皺を寄せたままで、黒竜騎士の姿は難問に挑む哲人のようにも見えた。
砦の前でひとり待つスアローの前で、騎士はその足を止めた。
スアロー: シメオン殿。
FM(シメオン): (重々しく)「……残念だが、逃げられたようだ」
スアロー: そのようですね。あの男を捕獲するのは困難を極めるでしょう。
FM(シメオン): 「囮でもなければ難しそうだな……」ぎり、と歯を鳴らす。
スアロー: おそらく、彼はこの先シュカに現れるでしょう。我々がシュカに入り次第、街の包囲を厳重にして、誰も外に出られないようにするのが賢明かと。
FM(シメオン): 「ああ、そのつもりだ」
スアロー: しかしシメオン殿。これは、なめられてますな。
禍グラバ: うおっ!?
スアロー: 婁震戒は、このような目に見えて分かる跡を残す御仁ではない。これは明らかに、黒竜騎士を弱者と見ているように僕には思えます。
忌ブキ: 自動失敗なのに!
FM: シメオンは無表情に言う。「――それがいかなる結果を招くか、逆賊は自らの身をもって知ることになるだろう」
スアロー: 頼もしい!(笑)。そういう状況で、ウルリーカ殿を失った直後のシメオン殿に聞くのは心苦しいのですが……彼女の後任はいるのでしょうか?
FM(シメオン): 「ひとり、心当たりに連絡は取っているが、親善会議に間に合うかどうかは分からん」
スアロー: ははあ、なるほど……。
スアローは、軽く顎元を撫でる。
いつものように、なんともこの青年らしい――我関せずといった態度。
しかし、今回はそんな彼へ、シメオンが厳しい視線をすえたのだ。
FM(シメオン): 「スァロゥ・クラツヴァーリ、確かハイガの大使をやっていたな?」
スアロー: やべっ! は、はい。
FM(シメオン): 「ではこの親善会議が終わるまでの間、汝に黒竜騎士団・第三団の正団員としての資格を授ける」
スアロー: うはあ……っ!
禍グラバ: これ、ほぼスアロー自身がウルリーカさんの後任になったようなもんですよ(笑)。
スアロー: や、やられた……! 居合い抜きくらった気分だ……。
FM(シメオン): 「勿論、〈赤の竜〉の混成調査隊としての任務は引き続きやってもらう。しかし、こうなった以上はウルリーカの抜けた穴も埋めてもらわねばならん。もともとハイガ大使という肩書きがあるならば、それなりの発言力は得られるだろう」
スアロー: 一ヶ月前に押しつけられた肩書きなのに!
FM: ほとんど戦時の混乱みたいなもんですからねえ。使えるものはなんでも使いますよ。
スアロー: (しばらく考えて)……なら、ひとつだけ、お願いが。僕の従者のメリル・シャーベットの同行を許してくれるかな?
FM(シメオン): 「かまわん」
スアロー: で、僕はひどい喘息持ちでね。――ここぞという時に発言できない可能性もあるので、その時はメリルが僕の代わりとして、僕の意思を代弁してくれるはずだ(一同爆笑)。
禍グラバ: 責任の押しつけあいだ(笑)。
FM(シメオン): 「もうひとつ。君が連れている忌ブキ殿についてだ。あれは皇統種で間違いないな?」
スアロー: ははあ。それは間違いないですが。
FM(シメオン): 「ドナティアに協力してもらうことは可能か?」
スアロー: ……話の持って行き方次第ですね。
スアローの顔が、いささか曇る。
FM(シメオン): 「無理にどうこうしたいわけではない。望むなら、シュカで彼の妹とも会わせよう」
スアロー: あの祝ブキという名前の少女は、忌ブキさんの妹だったのですか?
FM(シメオン): 「いくらあのエヌマエルが隠そうとしていても、その程度の調べはついている」
スアロー: 隠してたのか、エヌマエル……!(笑)。
FM(シメオン): 「無論、擁立するときは打ち明けられたがな。それまでは皇統種を保護してることなど、おくびにも出さなかった。――知っての通り、我ら黒竜騎士団は相手が従軍教父とはいえ、〈教会〉とはさほど仲がいいとは言えん」
それもまた、ドナティアの抱える問題のひとつだ。
永い栄華を経てきた大国だけに、その内側にはいくつも反目する要素を孕んでいる。すべてが霊母のもとに統一される黄爛と、明暗の分かれるところでもあった。
「……」
だが、スアローはそれとは別のことに、思いを馳せていた。
スアロー: (しばらく考えて)そうですな。うん、迷ったがここで切り出そうか。……実は、皇統種については思うところがありまして。
FM(シメオン): 「何だ」
スアロー: これは、あくまで僕の所見というか、個人的な感想の域を出ないのですがと、できるだけ言い訳しておいて。――皇統種というのは、僕ら黒竜騎士と同じようなもの、そのように感じられるんです。つまり、〈赤の竜〉における、僕らの同類ではないかと。
婁: む。
忌ブキ: え。
禍グラバ: ……おお。
FM: とんでもない予想を切り出しましたねえ。
スアロー: まずかったかしら(笑)。
FM: いえ、スアローにしてみれば、そう推測する材料はあったと思います。
たとえば、忌ブキが〈赤の竜〉に触れたという精神感応。
あれは、〈黒の竜〉がスアローに語りかけた思念と同一のものではないか。
皇統種の扱うさまざまな能力も、形や経緯こそ違うが、黒竜騎士の扱うそれと類似点があるように、スアローには思えた。だとすれば、〈赤の竜〉がわざわざ『いぶき』という相手に伝言を残したことも、なんとはなしにその意味が分かるような気がしていた。
(……もちろん、ただの勘に過ぎないんだけど)
自分にも言い訳しつつ、スアローはシメオンを見返す。
FM(シメオン): 「……面白い話だな」
スアロー: まあ仮にそうだとして、我ら黒竜騎士が〈赤の竜〉の眷族を容認するとなれば、〈黒の竜〉はどう思うんだろうね。
FM: シメオンが瞼を閉じる。彼もそんな可能性は考えたこともなかったので、およそ十数秒も沈黙した後にやっと口を開く。「分からん。竜が竜についてどのように思っているか、我らはまったく分かっていないのだ。……君は、〈黒の竜〉にどんな使命を受けた?」
スアロー: うーん。まあ、混成調査隊に加わるような使命ですよ、とだけはぐらかしておこう。
FM(シメオン): 「なるほどな。黒竜騎士団の中でも、全八団のどれにも属していないのは稀だ。君を含めて、私も後ひとりしか知らん」
スアロー: ……もうひとりいるんだ?(笑)。
FM: この島にいないから、今回の話にはほとんど関係しないけどね。世界観上存在はしているけど、何かの間違いがあるまで出てこない要素が、このゲームには大量にあるので(笑)。
エィハ: 多分、後何人か黒竜騎士が殺されたら出てくるんじゃないかな(笑)。
禍グラバ: そうしたらスアローが最高責任者ですね。
スアロー: ははは。冗談になってないよ、ユーたち(笑)。――まあおおよそは了解しました。それなりに頑張らせていただきます。
FM(シメオン): 「君には期待している。が……私は、最悪の失敗を犯した。混成調査隊を組織するように発案したのは、私だったのだ」
スアロー: マジですか!?
「もともとドナティアと黄爛が睨み合っていたところに、〈赤の竜〉の狂乱だったからな」
硬い表情を崩さずに、シメオンは言う。
「被害地域はそれぞれの領域に散らばっていたし、バラバラに動いたのではらちが明くまいと考えた。不可侵条約を更新しつづけるにも、この情勢では限界がある。被害が拡大して偏りが出れば、間違いなく戦火はさらに広がるだろう」
スアロー: だから、混成調査隊を?
FM(シメオン): 「時間稼ぎにしかならんかもしれんが、それでも意味はあると思ったのだ。当時はな。狗ラマ・カズサならば喜んで後見人もやると思ったしな」
そう口にして、シメオンは視線を切る。
シンバ砦へと踏み出しながら、最後の言葉を告げた。
「……つまり、ウルリーカ・レデスマを殺したのは私も同然だ」
忌ブキ: ああー……。
スアロー: ここで、婁震戒の正体を見抜けなかった私も同罪ですって言いたいんだけど……そっかー、頑張れ(一同爆笑)。
FM: 言いたいのはどっちだよ!(笑)。
スアロー: 言いたいのは奈須きのこ。スアローは「ふうんそういう考え方もあるのか」と。
こんなとき、スアローは世界を遠く感じる。
遠い、だ。
悲壮や諦観ではなく、ごく単純に、彼にとって理解不能なのだ。
いままで手にして、当然に壊れてきたものと同じように――人の死など、起きてしまえば自明の理でしかないのに。
――『ああ、やっぱり』
それだけの、空白でしかないのに。
忌ブキ: スアローさん……。
FM: スアローって、時々婁よりよっぽどぶっとんでるよね。
スアロー: すいません。
禍グラバ: 窒素とか好きそう。この先何万年も存在し続けて壊れない(笑)。
スアロー: だが悲しいかな、この世界はそこまで科学が発達していない……!
FM: 錬金術があるから窒素自体は分かるんじゃないかな? さて、次のシーンです。
『第十四幕』
先にシンバ砦に入り、禍グラバは与えられた部屋でくつろいでいた。
〈赤の竜〉の調査隊と自分とはあくまで協力関係でしかない――そう言ったためか、忌ブキやエィハとは別の部屋だった。入り口にはふたりの騎士が立ち、けして威圧的ではないにせよ、禍グラバを監視している。
「まあ、仕方あるまいね」
呟き、腹部の収納部から黄爛の政治学についての書物を取り出した。昨年出版されたばかりの愛読書だった。黄爛では活版印刷物が比較的安価で流通しており、新聞や小説などの文化も一般に行き渡りはじめている。
今度、そうした出版社を自分で立ち上げて、面白おかしい小説を書くのも悪くあるまいと、そんなことを考えてもいた。
「……」
黙ったまま、ページをめくる。
古時計のごとき姿が書物をめくるその風景は、なんとも言えぬ貫禄があった。
ゆえに、誰も気づかなかった。
かの不死商人が、頭の中で会話していることに。
FM: さて、ではシンバ砦の禍グラバのシーンです。ハイガ出発前に言われていた諜報員からの接触になるんですが、当時予想しなかったこととして、黒竜騎士団の監視を受けてますね(笑)。どうしましょう?
禍グラバ: (頭をつついて)念話の護符でいいでしょう。
FM: 便利ですねえ。――じゃあ、諜報員が無事に情報を集められたか、〈※地域知識 ニル・カムイ〉で判定を。恩恵の《広域商人》もありますし、金に糸目をつけないといわれたので、金貨三千枚の代わりに[達成度]を+10しましょう。
忌ブキ: また金貨三千枚……!
スアロー: 庶民の金銭感覚が狂うよね(笑)。
エィハ: スアローさんは破産してるでしょ!(笑)。
禍グラバ: 〈※地域知識 ニル・カムイ〉は120%ありますので、自動失敗以外は――(サイコロを振って)よし、69で成功。[達成度]は29です。
FM: では、念話の護符で通信が入ります。「申し訳ありません、禍グラバ殿。本来なら直接お伝えするところですが、警戒が厳しくシンバ砦に近づくこともままなりません。正式に訪問させていただきましょうか?」
禍グラバ: その情報の中に、ドナティアに対して不利になるようなものはあるのかね?
FM(諜報員): 「――主観によるものですが、中にはドナティアに対し不利に働くと見られても仕方ない情報も含まれてございます」
禍グラバ: なら、私は本を読んだ振りをしているので、このまま話してくれ。
スアロー: やだ、この人もクール……!
FM(諜報員): 「承知いたしました」では通信越しに情報を並べていきましょう。
「親善会議の出席者ですが――まず、ニル・カムイ議会議長狗ラマ・カズサ様」
禍グラバの脳裏に、諜報員の声が響く。
禍グラバ: まあ、当然だな。
FM(諜報員): 「彼についても、ひとつ新しい情報がございます」
禍グラバ: ほう?
FM(諜報員): 「かつて、彼はシュカの大学で教鞭を執っておりました。この時期通っていた生徒のひとりが阿ギト・イスルギ。つまり、彼と阿ギトとは師弟の関係です」
禍グラバ: ……おや?
スアロー: 経歴を洗ってみたら真っ黒じゃねえか(笑)。
FM: まあ人口が十五万人しかいない島なので、インテリになりたければ狗ラマさんの授業を受けざるをえないのですよ。
忌ブキ: あ、なるほど。
FM: ……あ、そういやウルリーカが死んだせいで出席者にも影響が出るんですよね。(データを確認しながら)このへんは急に参加したがるだろうけれどまあ間に合わないか。
続けて、諜報員が言う。
「次に、千人長・祭燕殿は、黄爛仁雷府にて待機とのことです」
禍グラバ: ほう……祭燕はこないのか。変装してる可能性はあるが。
FM: さてさて。「――ただ、祭燕殿の代わりとして万人長白叡殿が参加されます」
禍グラバ: 万人長!? 私はまだ会ってないですよね?
FM: 会ってないね。スアローたちは商人の瑞白と名乗っていた彼に会ってますが。
エィハ: 道で倒れてた人ですね(笑)。
スアロー: 腹減ったってぶっ倒れてたんだよね(笑)。
FM(諜報員): 「つい最近ニル・カムイに渡ってきたばかりの人物です。黄爛最強を誇る六傑のひとり。とりわけ、彼の持つ道宝『麒麟船』は、普段は懐に入るほどでありながら巨大化すれば空飛ぶガレオン船となり、一個師団にも匹敵すると言われます」
――六傑。
ドナティアの黒竜騎士団団長にも匹敵する、力の象徴。
とりわけ麒麟船の勇名は、竜の吐息にも匹敵するというその主砲とともに、敵国ドナティアにまで響き渡るほどであった。
禍グラバ: その人に〈赤の竜〉を退治してほしい(笑)。
FM(諜報員): 「黄爛からはもうひとり、千人長楽紹様も参加されます」
スアロー: あ、禍グラバさんが喧嘩売ってる人。
禍グラバ: 黒色火薬の件かあ。やばいな、何かプレゼントして機嫌をとらないと。
エィハ: 全部金で解決(笑)。
FM(諜報員): 「対して、ドナティアからはシメオン・ツァリコフ様およびエヌマエル・メシュヴィッツ従軍教父殿となります」(画像を表示する)。
スアロー: 殺すには惜しいハゲだ!
禍グラバ: あ、メモにハゲとしか書いてなかった(笑)。
FM: そういえば、ハゲで全部話が通っていたので、ちゃんとした経歴をこれまで説明していませんでした(笑)。「〈教会〉の従軍教父にして、枢機卿の位を持っています」
スアロー: 枢機卿!?
忌ブキ: どのぐらいすごいんですか?
FM: 教皇に次ぐナンバー2ですね。まあ、枢機卿自体は四十人ぐらいいますが。
スアロー: ただ、教皇が死んだ場合、枢機卿の中から次の教皇が選挙で選ばれるから、このハゲはただのハゲじゃない……えらいハゲだ(笑)。
忌ブキ: えらいハゲ(笑)。
FM(諜報員): 「従軍教父としての経歴が長く、戦慣れしてる方です。本人も強大な創造魔術師であり、複数の聖霊をつけていると推察されます」ちなみにウルリーカに聖霊を下賜していたのも、このエヌマエルですね。
スアロー: えらいハゲから超えらいハゲまで、どんどんパワーアップしていく(笑)。
禍グラバ: 人は見かけによらないねえ。
婁: あんたが言うか(笑)。
禍グラバ: ちなみに、つけられる聖霊の数に限界ってあるんですよね?
FM: (きっぱりと)ない。
スアロー: うひょう。〈教会〉すげえー!
禍グラバ: 例えば、禍グラバが聖霊を百体つけようとしても、〈教会〉が流してくれないわけですね(笑)。
FM: そうなりますね。
婁: 聖霊全部吐き出したら、瘦せたりしないかな(一同爆笑)。
スアロー: 私の腹の中には聖霊が入っていたのだ!
エィハ: そして美形に(笑)。
さらに、諜報員が説明を続ける。
「最後に、このエヌマエル・メシュヴィッツが保護する皇統種祝ブキ様です」
スアロー: (FMの出した画像を見て)白いね。
禍グラバ: これは白い。なにか威厳がありそうな気がしますね。……いやいや、別に忌ブキに威厳がないというわけではなく(笑)。
FM(諜報員): 「以上が、基本的な出席者です」
禍グラバ: なるほど……ご苦労だった。では、ここから重要な話だ。
FM(諜報員): 「何でしょうか?」
禍グラバ: 革命軍の動きはどうなっている?
FM: やっぱり聞かれたか。忘れててくれれば良かったのに。
禍グラバ: 絶対動くと思ってますよ?
阿ギト・イスルギ。
直接の面識はないが、ニル・カムイ中にばらまかれた手紙だけでも、彼がどれほど危険な扇動者であるかは痛いほど禍グラバに伝わっていた。
(……ある意味では、婁震戒以上だろう)
そう、思う。
いかに婁震戒が恐るべき暗殺者といえ、彼の能力は結局個人にとどまる。
世界を動かす能力。世界を盤面と見立てるプレイヤーとしての能力はまた別物だ。あの阿ギト・イスルギにはそれがあると、禍グラバは睨んでいた。
自分がかろうじて安定の一端を担っていた、このニル・カムイを脅かすほどに。
FM(諜報員): 「では、まず革命軍第一指導者阿ギト・イスルギについての報告を。彼は第二指導者ユーディナ・ロネと共に……」(阿ギトとユーディナの画像を提示する)。
スアロー: おお、真のおっぱい出現(笑)。
忌ブキ: もうその人しかいないから大事にしてください(一同爆笑)。
FM(諜報員): 「各地の部族を渡り歩いており、そのひとつとしてセブリ島の流賊を説得し、仲間に引き入れたとの情報が入りました。以降の消息はつかめてません」
禍グラバ: 確か流賊というと……。
FM: 魔素流に乗ることで、魔素流に邪魔されずに航海するという技法に長けた海賊ですね。
スアロー: 魔素流に邪魔されないってそんなにすごいの?
FM: 第一夜の時、魔素流が邪魔で軍艦クラスの頑丈な船しかニル・カムイに来られないと言ったでしょ? 流賊はそれが普通の中型船でもできるし、航海が不可能そうな場所でも無理矢理通ったりする。
禍グラバ: ……シュカって海沿いでしたよね?
FM: 海沿いでございます。めちゃくちゃ港町です(笑)。
禍グラバ: (しばらく考えて)革命軍の動きで、皇統種に関して何か噂のようなものは出回っていなかったかね?
FM(諜報員): 「いえ、残念ながらそのような情報は入っておりません」
禍グラバ: おや、忌ブキくんのことで何か動きがあるだろうと思っていたのだが。
スアロー: 結構長く放置してるよね?
禍グラバ: ……うん、まあ、そうすると。
(……答えは、ひとつしかなかろうな)
諜報員にも伝えず、禍グラバは思考する。
自分ならば、やはり同じ手を打つ。だからこそ、阿ギトが禍グラバには恐ろしかった。
他人を引きずり込み、ありとあらゆる手を使って目的を達成しようとするその姿が――まるで、昔の自分を見るかのようだったからだ。
禍グラバ: 気に入らんなあ。まったく気に入らん。それほど重要なことを、忌ブキくん本人を蚊帳の外に置いたままで進めているとはな。
FM: でもまあ、逆の立場なら成田も似たことやるでしょう?
禍グラバ: ……やりますねえ(笑)。
忌ブキ: 誰も信用できない!(笑)。
FM: では、ここでシーンを閉じましょう。
禍グラバが、そうして報告を受けている頃だった。
別室では、帰還してきたスアローが、忌ブキやエィハたちと合流していた。
スアロー: (手を挙げて)あ、禍グラバさんが別の部屋だったら、僕は忌ブキさんに話をしておきたい。
忌ブキ: ぼくも、ちょうどスアローさんに話したいことがあるんです。
FM: おや。まあ、その三人は基本的に同じ部屋を割り当てられますね。それぞれに監視する騎士を複数あてるほどは人数いないですし。基本的には外周の、ヴァルが入れるぐらい大きな部屋です。関門の性質上、つながれものを一時的に置くこともありますからね。
スアロー: なるほど。まあ監視は問題ない。――ふたりとも、ちょっといいかな?
忌ブキ: はい。
エィハ: かまわないわ。
スアロー: エィハくんはいつも爽やかだなあ(笑)。で、用事なんだけど、ドナティアが擁立した忌ブキさんそっくりの女の子。あれ、どうやら君の妹らしい。
忌ブキ: 妹? ぼくに、妹が?
スアロー: うん、やっぱり知らなかったよね。僕が聞いたのはそれだけだけど、出くわす前に対策を練っておくといいよ? ま、それだけを言いたかったんだ。で、エィハさんに目配せして、『支えてやってくれ』と。
エィハ: (なんとも複雑な顔をする)。
スアロー: ああ、『無理です』って顔してる!(笑)。まあ、それでスアローは去ろうとするけど。シメオンとシュカについた後の話もしなきゃいけないし。
FM: ああ、それはそうですね。
ひらひら手を振って、スアローが踵を返す。
忌ブキ: (少し考えて)うーん……よし、去って行くスアローさんを追いかけて、廊下で捕まえます。
スアロー: おや、何かな?
忌ブキ: スアローさん……本当は、こんなことを聞くどころじゃないのかもしれませんけど……。
スアロー: ん?
青年を立ち止まらせたのは、ひどく切羽詰まった声だったかもしれない。
監視はついているものの、ふたりだけになった廊下で、思い切って忌ブキが問うたのだ。
忌ブキ: まあ、忌ブキはテンパっていてギリギリな感じなんですけど、だからこそ思い切った感じでスアローさんを見て、言います。……スアローさんは物に愛着ってありますか?
一同: おお?
FM: これは面白い。
スアロー: (少し考えて)まあ……率直に言って、物には愛着が持てないかな。なにしろ、僕は一度も物を所有したことがない。
「物を所有したことがない」
当たり前に、そんなことを青年は言ってのける。
その言葉の意味を、込められた怨念を、はたして忌ブキは読みとれたかどうか。
スアローの呪いについて、忌ブキは詳しく知らない。しかし、それが青年にとって、ひどく根源的な何かに裏打ちされていることは伝わった。
ぞくりとするほどに、胸をつかれた。
スアロー: ……すべての物はあっさり壊れるものだと、僕は認識している。壊れるものに愛着は持てない、だが同時に、だからこそ、愛着を持ちたいといつも思っている。
忌ブキ: じゃあ、剣みたいな人を殺す道具に……自分を守るためとか、それ以外の感情を持つなんて、おかしなことですよね?
スアロー: (一瞬の迷いも無く)いいや。
忌ブキ: え?
禍グラバ: おお!
スアロー: それは、極端な意見だ。確かに剣は道具だよ。そして道具は使い潰すものだ。まあ……僕は道具を一回使っただけで壊してしまう。その代わり、その道具の本来以上の結果を発揮させるようだ。そのもっとも端的な具体例が剣で、僕が剣が使うと壊れる。しかし、その剣は本来生きるハズだったすべての力、年月を一撃にたたき込む。それは――
「――それは儚いけど、無駄なことじゃない」
スアローが、静かに言う。
そう告げる青年から、忌ブキは目を離すことができなかった。
スアロー: 僕はそういうたった一回で壊れてしまう物に愛着は持てないが、同時に愛してはいる。……儚いがゆえに愛しているのかもしれないね。永遠に残るから愛しているのではなく、壊れてしまうからこそ、僕はそれを惜しんでいる。
エィハ: うわあ……。
婁: ……。
この青年にしても、珍しい饒舌ぶりだった。
あるいは、いつか訊かれることを覚悟していたのかもしれない。
この日、この場所、この相手だとは思わなくても――誰かが自分の核心を尋ねるときがいつか来るのだと、ずっと思っていたのかもしれない。
スアロー: それと同じで、道具だからといって、ただ割り切ってしまうのもどうかと思う。道具と認識しながらも、ひたすら溺愛するという生き方もあるんじゃないかな? 例えば、あの婁さんのように。
忌ブキ: 剣を愛する……ですか?
スアロー: せっかく名前を出したし、具体例として婁さんを挙げようか。婁震戒という人物はどうにもつかみどころのない人物だったが、一点だけ分かることがある。彼は、いつも背負っていた剣を何よりも大事に思っていただろう。あの愛情が歪んだものであれ、彼にとって剣とは振るうべきものであると同時に、何よりも尊重するべきものだったんじゃないのかな? 自分のために消費するものなのに、自分の命より大切に思っている、……おっと、そろそろ僕の真面目ゲージが枯渇しそうだ(笑)。
FM: シティーハンターかよ!(笑)。
忌ブキ: 剣……に、愛情を注いでもいいんでしょうか?
スアロー: (真顔で頷いて)もちろん。
忌ブキ: ありがとうございます! と言って、とりあえずエィハのところに走り出します。
FM: おおー!
スアロー: (口元にメガホンのように手を当てて)ただ、自らを剣と言ってる者に『君は人間だ』と言うのはおかしいぞー! 剣と言ってるなら剣として愛してあげなさい!
はたして、最後のスアローの忠告が聞こえたかどうか。
忌ブキは、頭を下げるのももどかしいように駆け出していた。
距離にしてみれば、わずかに数歩。会話だって、ドナティアの単位で数分に満たないだろう。
だけど、その間に忌ブキの言いたいことは決まっていた。
忌ブキ: (笑いながら)聞こえていたかどうかは、とりあえず置いておきますけど。で、部屋のドアをバン! と開けて。
スアロー: (両手を広げて)ラブ!
忌ブキ: 違いますよ! 流石にそこまで思い切れません(笑)。
エィハ: いきなり入ってきた忌ブキの方に視線を向けます。
忌ブキ: (エィハの方を向いて)……エィハは、ぼくの剣? ぼくの友達?
エィハ: え? え? え? ちょ、ちょっと待ってください。
FM: 唐突な(笑)。
忌ブキ: ご、ごめんなさい、そんなに考えることができなくて(笑)。……すいません、あまり変わってないですけど、「ぼくの友達?」とだけもう一度聞きます。
エィハ: ええと……すいません、ちょっと考えていいですか。
FM: もちろんかまいません。
禍グラバ: こうしてみると、婁はいいタイミングで抜けましたね(笑)。
婁: ややこしくなる前に抜けました(笑)。
忌ブキ: いたらさっきのは聞けなかったですね。下手に聞いたら歪みそうで。
婁: (力強く)剣でなければ何を愛するというんだい!?(一同爆笑)。
忌ブキ: それ、二度と引き返せないぐらいに忌ブキが歪みますよ!
FM: 婁が初めて感情を見せた瞬間であった……。
婁: (陶酔しきった声で)剣はいいぞ? 血を吸わせれば吸わせるほど美しくなる(一同再爆笑)。
スアロー: つ、ついに本性を露わに(笑)。
エィハ: よし。返答しましょう。忌ブキの方に顔をあげます。……忌ブキは、わたしにとってヴァルでもなかったし、友達だったジュナとも違うと思っているわ。
忌ブキの問いにしばらく思い悩んでから、エィハが口を開く。
「本当は時々思うのよ、こんなこと言っちゃいけないんだろうけど……忌ブキはあの時、死んだ方がよかったのかなって……」
忌ブキ: ……エィハ。
エィハ: でも、せっかく生きてるんだから、『生きててよかった』って、少しでも思えた方がきっといいよね? わたしの言葉も上手くないから、あまり伝わらないかもしれないけれど……。
忌ブキ: ……。
エィハ: わたしはヴァルを愛しているし、ジュナも愛していた。そして忌ブキ、あなたのことも多分愛している。そういう風に、誰かのことを大切に……人が死んでしまうのが嫌だじゃなくて、誰かのことを大切に思ってくれたら……いいことだと思う。
忌ブキ: ……だったら、エィハはぼくが革命軍に入ったことをどう思っているの?
忌ブキが、さらに問う。
それは、ずっと少年の考えていたことだった。怖れていたことだった。
自分が選んだ道を、そのきっかけから一緒に見ていた少女は、どんな風に自分を見ているのだろうかと。
エィハ: ……わたしは、あなたに王になってほしい。王になりたいと言ったあなたに、王になってほしいの。
忌ブキ: 王に?
エィハ: うん。そのためならば、剣となることも、友となることも厭わない。でも、王様になった忌ブキに今必要なのはきっと味方なのでしょうね。……蔦のない者がつながるのって、とっても難しいはずよ。嫌いじゃないとか、いい人だとか、そんな言葉で本当につながれるわけがないと思う。
忌ブキ: ……。
エィハ: 大丈夫よ、わたしも一緒に見てあげるわ。今、あなたの味方になれる人はいったい誰なのか、わたしと一緒に考えましょう?
「……うん」
少年は、こくりとうなずく。
そのことに――ほんの少しだけ、少女は唇をほころばせた。
きっと、少年はまた気づかないのだけど。
エィハ: まず、阿ギトの話は聞かなきゃいけないわ。約束をしたのだものね。それから、禍グラバ、あの人はこの島について多分誰よりも知っているし、わたしにもとても優しい言葉をかけてくれた。そして、この島を戦場にしたい人がいる。……婁さんが、あんな風に動いたみたいに(一同爆笑)。
FM: まさにあんな風に(笑)。
禍グラバ: あんな風にとしか言いようがない(笑)。
エィハ: ……ふたつの国は、これで動くんだと思う。今度の会議にはたくさんの人が集まるんでしょう? あなたはきっとその人たちと会わなきゃいけないのよ。
エィハが言う。
そっと、ヴァルを撫でながら。
「きっと、今度こそ、あなたの本当の味方を見つけないといけないの」
忌ブキ: (うなずいて)……そうだね。うん、きっとそうだ。
スアロー: 少年少女まで暴走しそう……! どうしよう俺!
FM: (笑)。では、忌ブキがうなずいたところで、シーンを切りましょう。
『第十五幕』
――そして。
翌日の昼過ぎに、彼らはシュカへと戻った。
「……ふむ」
埃っぽい空気を吸って、巨大なガダナンの鞍の上から、スアローはひさしぶりにシュカの街を一望する。
島の西半分を一周した今なら、この街の『違い』を認識できる。
ドナティア、黄爛両方の租界を持ち、その中央には大きな市場とニル・カムイ議員公館を配置。周辺部にはスラム化した地域や闇市場も見られる。とかく人の流れが多く、さまざまな臭いがいりまじっており、街そのものがひとつの生物のようにも見える。
ふたつの国に自分を切り売りしているようで、ぎりぎりのところでバランスとアイデンティティを保っているこの街は、ニル・カムイにおいてもやはり異質だ。かつて契り子のおわした首都であったというだけで、こういう風になれるものでもないだろう。
(……多分、あの人のせいかな?)
ぼんやり、目星をつける。
ニル・カムイ議会議長狗ラマ・カズサ。
自分たち、混成調査隊の後見人をやっている男の手腕。戦場に出るようなタイプではないが、だからこそこうした政治にはうってつけなのだろう。
弟子だという阿ギト・イスルギと、対照的な才。
政治家と、革命家。
そんなふたりのことを考えながら、ガダナンを降りたところで、
「……あたしは、適当に宿とか取ってるからね」
いつものように、ガダナンを操る獣師の民――ミスカが、そう声をかけた。
FM: さて、翌日の昼過ぎ、ようやくシュカへと到着します。ともあれ親善会議の前日に辿り着いたことになりますね。不可侵条約の有効期限も残り二十七日です。
エィハ: ……残り時間、減ってきましたね。
禍グラバ: 延長するとしても、この親善会議次第でしょうね。
忌ブキ: でも、帰って来れてなんだか懐かしいです。
FM: もはや懐かしいでしょうね。(シナリオを見ながら)こちらのシナリオには、シュカに着く直前にウルリーカが「何事もなくて拍子抜けしましたか?」って訊くシーンがあったんだよなあ……。
禍グラバ: いや、何事もありましたから(笑)。
スアロー: 死の間際にそういう儚い夢を見たんだよ(笑)。悲しいなあ……。
婁: シンバ砦を迂回した分、俺の到着は遅れるのかな?
FM: そうですね。半日ほどは遅れます。その間は皆さん、婁震戒の危険を気にせずに済むという感じです。
婁: 俺はどういうブツなんだ!
忌ブキ: もはや災厄イベントですね(笑)。
スアロー: 自然災害のようなものです(笑)。
FM: さて、そんな親善会議を控え、シュカの大通りでは祭りが催されているようですね。あちこちで、黄爛から流入した文化のひとつ――新聞の号外なども配られたりしてます。こんなのですね。
スアロー: ちょ、ホントに新聞つくったの!?
エィハ: うわー。
婁: (号外を広げて)……おい、どうして今になって、株を上げようとするんだこの女は(一同爆笑)。
FM: 号外の半分近くを取っている、『この人に聞きたい 黒竜騎士団・第三団副長、ウルリーカ・レデスマさん』ですね(笑)。
エィハ: な、なんでこれもう本人死んでんのに……(笑いに耐えきれず机につっぷす)。
忌ブキ: まさか、こんなことになるなんて……。
FM: いやあ、その新聞をつくってるときには僕も思いませんでした。一般市民にはウルリーカさんが死んだという情報はまだ伝わってませんしねえ。
忌ブキ: 完全に遺影になっちゃいましたね(笑)。
禍グラバ: 遺影ですねえ。後、なにげにエヌマエルさんの目が怖い(一同爆笑)。
スアロー: 怖いよね、これ魚人系だよ(笑)。
禍グラバ: (号外をチェックしながら)お、この新聞って〈連盟〉の発行なんですね。
スアロー: 知ってるの?
禍グラバ: 私も入ってる商人の組合でね……。
答えつつ、禍グラバは思案する。
――〈連盟〉。
それは、黄爛の商人たちが主になってつくりあげた組織だ。
もともと商業経済圏においては、ドナティアよりも黄爛の方が一枚上手なのだが、それだけに商人の貪欲さは国家の枠に収まりきらないことが多い。禍グラバ自身がウルリーカに語っていたように、『商人の欲は国益も超える』のだ。
そうした背景からつくられたのが〈連盟〉だった。
黄爛の商人が主とはいえ、〈連盟〉の活動範囲は黄爛に縛られない。表向きはドナティア金貨と黄爛銀貨を両替したりする銀行組織なのだが、およそ商業経済圏が成り立つところなら、ほとんどの場所に〈連盟〉の手は伸びている。
こうした新聞による情報収集や情報操作も、彼らの得意とする手段だった。
(……思ったより、〈連盟〉もニル・カムイに注目してるということか)
ひそやかに、不死商人の頭脳を計算がかけめぐる。
禍グラバ: ……これは使えるかな。
エィハ: 買い取られるぞーっ!(笑)。
禍グラバ: というか、『魔素流変化について、最新兵器導入の疑い』って、筒抜けじゃないですか。この発行人って、もしかしたらすごい人なんじゃ?
FM: さてさて(笑)。
禍グラバ: しかも、その下は『モノエの反乱に皇統種が?』だし。有能にも程がある(笑)。
スアロー: (ウルリーカの記事を見ながら)なんてことだ……ウルリーカさんの好みの男性は僕だったのか(一同爆笑)。
禍グラバ: 仕事に真面目で寡黙な方って、どうやったらスアローさんに。
婁: ふむ。……しかし、こうして号外を確認してみると、命を落とす程のおっぱいではなかったような気もする(一同再爆笑)。
忌ブキ: それがきっかけだったんですか!
スアロー: もしかして、七殺天凌さんは実は貧乳派で、胸のある女は全員許さないっていう隠れルールでもあるんですか?(笑)。
FM: では、皆さんがそんな話をしてるところで、一緒に行動していたシメオンが話しかけてくる。「本来なら黒竜騎士団駐屯所に案内したいところなのだが……狗ラマ議長から要請があり、君たちは議員公館に連れて行くことになった」
忌ブキ: 議員公館?
FM: そう、ニル・カムイ議員公館。君たちが最初に集まったところだよ。
忌ブキ: ああ、あそこですか!
FM(シメオン): 「狗ラマ議長とも話をつけているが……翌日の親善会議に先立って、本日は三国合同での夜会が行われる。君たちにも参加してもらう手筈になっているが、かまわんな?」
スアロー: 否とは言えないよなあ(笑)。――分かりました。
忌ブキ: 了解です。……FM、黒竜騎士団と離れるなら阿ギトと連絡とれます?
FM: 議員公館に入ってからならいけますね。狗ラマと会ってからになりますが、かまいませんか?
忌ブキ: あ、はい。
FM: では、ここでシーンを切りましょう。
(……ああ)
議員公館の前で、忌ブキはため息を呑み込んだ。
シュカの街に入ったときも思ったが、あまりに懐かしいと思ったからだ。この議員公館で混成調査隊が集まってから、まだ二ヶ月ほどしか経っていない。
なのに、自分と、この島に起きた激動といったらどうだろう。
時間は恐ろしいほどの速度で突き進んでいる。
この島は恐ろしいほどの速度で変化している。
FM: では、舞台は議員公館へと移ります。君たちが集合した会議場だね。
スアロー: 何もかもがみな懐かしい……。
FM: 本当に(笑)。ここに戻るまで、いろいろな物が変わり果てました。そして会議場の中心で狗ラマ・カズサさんが待っています。
杖をついた、四十過ぎの男だった。
かつては盛んに意見が交わされたのだろう会議場で、彼は天井を見つめている。
「……よく、戻ってきてくれたな」
スアローたちの足音に、男はゆっくりと振り返った。
深い皺の刻まれたその顔は、この二ヶ月で十も歳をとったかのようだった。
禍グラバ: まあ、そりゃそうでしょうねえ。
FM(狗ラマ): 「ウルリーカ殿については、ひととおり聞いている」
スアロー: 最初に言ったでしょ? 自分の身代わりを仕立てて、偵察代わりに初対面の場に派遣するようなやつなんですよあいつは!
FM: 言ってねえよ!(笑)。 今記憶を掘り返したが、そんな発言はなかった!
スアロー: うん、ごめん。言ってなかった(笑)。
FM(狗ラマ): 「……婁震戒殿の凶行の理由は、君たちなら分かるかね?」
スアロー: まあ……混成調査隊と言いながらも、それぞれ利害関係で結びついていた我々だし、おそらくはその利害関係の問題で相容れないものがあったのでしょう。細かい事情までは分かりかねますが。
FM(狗ラマ): 「……そうか。(ため息をついて)親善会議は、もはやまともには執り行われまい。おそらく、まずはこの責任の押し付け合いになる。今日の夜会もそのための打診ということになろうな。――シメオン殿から聞いたと思うが、君たちにも参加してもらうぞ」
スアロー: マジかよー!
禍グラバ: いや、それはそうなるでしょう(笑)。
スアロー: やだなあ。まあ、僕らに疑いの目が来る前に、黄爛側に責任が問われるんじゃないのかな?
FM(狗ラマ): (うなずいて)「当然、そういう話になるだろう。最初からそれを目的に送り出された暗殺者だったのではないか、という声もある」
スアロー: なるほど、状況的にはそう見るのが妥当な線だよね。
FM(狗ラマ): 「なお、不可侵条約の期限は残り二十七日となっているが、これも会議の次第によっては即座に破られる可能性がある」
忌ブキ: うわあ。
エィハ: ……。
スアロー: 会議の場で、黄爛側の人間が『ドナティアざまぁ』とか言ったら、その段階で全面戦争?
FM: だね。禍グラバは来てるのかな?
禍グラバ: んー、私は黒竜騎士団の監視が外れてすぐ、別のところに行っていたいです。
FM: 了解です。議員公館の入り口から会議場までの間に、別行動を取ったということでいいでしょう。正式には混成調査隊ではないですし。狗ラマは大変残念そうにしますが。「……禍グラバ・雷鳳・グラムシュタール殿にも会いたかったが」
禍グラバ: 彼には悪いが、今はなるべく関わりを持ちたくない(笑)。
スアロー: クソ、ブリキングめ。バックダッシュ機能まで完備かよ!(笑)。
FM(狗ラマ): 「いずれにせよ、もう数刻もすれば夜会になる。君たちにもよろしく頼む」
エィハ: (手を挙げて)……〈赤の竜〉への調査は、まだ続けられるの?
FM(狗ラマ): 「会議さえ切り抜ければな。ことここに至っても……いや、むしろここに至ったからこそ、混成調査隊が何らかの成果を上げなければ戦争になる。君たちに課せられた任務はより重要になったと、そう思ってもらってかまわない。私からは、せめてこれ以上の血が流れぬよう、伏してお願いするのみだ」
エィハ: 代わりは、誰も入らないの?
FM(狗ラマ): 「残念だが補充は難しい」婁の所業を考えたら黄爛からは入れられないし、ドナティアから増やすのも考え物。ニル・カムイ議会にはそもそも人材がいない。
忌ブキ: あー……。
エィハ: だから、わたしたちだったのだものね。
FM(狗ラマ): 「ああ。ただ私個人としては、混成調査隊の後見人を禍グラバ殿にお願いしたい」
スアロー: うん。彼が引き受けてくれるなら僕らも頼もしいな。
FM(狗ラマ): 「それもあるし、もはや私の力では混成調査隊についてこれ以上の責任を負いきれん」
忌ブキ: 大変なことに、なっちゃいましたね……。
スアロー: まあ、そこはまた禍グラバさんに会ってからにしよう。夜会の準備は大丈夫かな?
FM(狗ラマ): 「うむ。君たちの服などは一応準備してある。――旅の疲れも癒せぬままで悪いが、この公館で待機してもらってかまわないかな」
スアロー: うん、僕は問題ないよ。
忌ブキ: ……阿ギトと連絡を取るなら今ですか?
FM: そうだね、着替える前にちょっと離れて連絡を取ることができる。
忌ブキ: じゃあ、そんな感じで。エィハにも一緒に来てもらいます。
FM: では、一旦シーン終了。阿ギトと連絡を取るシーンとしましょう。
狗ラマが呼んだ案内人が、議員公館の別室へと連れて行ってくれた。
冷たい石造りの部屋。
その部屋に入ってすぐ、忌ブキはユーディナにもらった護符を取り出す。
FM: では、阿ギトとの連絡ですね。シュカは例のドナティア魔術圏から外に出ているので、いささかつながりにくい。
忌ブキ: あ、ここは外なんですね。
禍グラバ: ここまであの魔術圏の中だったら、誰かさんは征服者になってるところだね(ちらりと隣を見る)。
スアロー: ん、んんー、誰のことかなー(棒読み)。
忌ブキ: とにかく、護符を使いますね。紋様に手を触れて念を込めます。――阿ギト、聞こえる?
護符に指を添える。
それも、この二ヶ月で覚えたこと。
魔術紋に魔素が流れて意味を成し――やがて、その護符から音声が聞こえ始めた。
FM: では、つながりますが予想以上に雑音が多いです。「……忌ブ……キ……か?」
スアロー: 我々は……宇宙……人……だ……(喉を叩きながら)。
忌ブキ: あれ、これもドナティア魔術圏から出たせいですか? こんなに音も悪かったですか?
FM: いえ、これは何か別の事情でしょうね。おそらく、かなり魔素流の複雑なところにいるのでしょう。映像も出ませんが、一応阿ギトの声であることは分かります。
忌ブキ: なるほど。そちらはどうしてるんです?
FM(阿ギト): 「悪い……。うまく……聞き取れない……が……もうすぐ……そちらに……着く予定……だ……」
忌ブキ: え、着く――!?
禍グラバ: ふおおっ!? やっぱりか!
FM(阿ギト): 「すぐに……お前と……話ができる」
忌ブキ: ちょ、ちょっと待って! こう、ここは王様らしく――(声を切り替えて)もうすぐ着くというのは、親善会議に革命軍が何かの行動を起こすということか?
FM(阿ギト): 「そのつもり……だ」
忌ブキ: ぼくに、事前連絡もなしでか?
FM(阿ギト): 「じゃあ……お前は……そのつもりが……なかったと……?」
忌ブキ: くっ……。
忌ブキが口ごもる。
そう訊かれれば、返す言葉がなかったからだ。
革命軍として、この親善会議が見逃せないのも分かる。関係のないことだと、そう思い込もうとしていた自分こそが甘いのだ。
――『その結果、君は何を求める? 何千もの命を殺し、君は何を得るのだ?』
かつての禍グラバの言葉が、脳裏に甦る。
忌ブキ: 分かった。だけど、どうして連絡をよこさなかった?
FM(阿ギト): 「魔素流が……この通りでな……これでもましな……方だ。少しでも……離れれば……間違いなく俺が……やられる……」
忌ブキ: やられる?
FM(阿ギト): 「先にやられた……ウルリーカのように……な……」
エィハ: (冷ややかに)耳が早いのね。
FM: そりゃそうですよ、それが命だもん(笑)。
忌ブキ: 新聞よりも早いんだ……!
FM(阿ギト): 「悪い……本当はもっと……連絡を……取りたかったが……この状況じゃ……そういう場所に出られない……出られなかった」
禍グラバ: ……かった?
スアロー: (わくわくした顔で)んんんー、何をしでかす気だ、この革命家。
忌ブキ: ううん、じゃあ一旦信じよう。――これまでは、何をしてたんだ?
FM(阿ギト): 「流賊の……説得……だ。お前の……おかげ……で……成功した……」
忌ブキ: ぼくのおかげ?
禍グラバ: あああー(天井をみあげる)。
FM(阿ギト): 「皇統種のお前が……説得の材料に……なった……。革命は……叶う……すぐに……そちらにいける……」
忌ブキ: 親善会議で、何かするつもりなのか?
FM(阿ギト): 「お前と……そのシュカを……さらう……」
忌ブキ: わお! きゃあって感じですね(笑)。
エィハ: シュカを、さらう?
FM(阿ギト): 「ああ……。もし……余裕があったら……奴隷市場を……見ておくと……いい……この一ヶ月……ずいぶん……ひどいことに……」
忌ブキ: 奴隷市場?
FM(阿ギト): 「すまん、そろそろ限界……だ。切れ……」
その言葉を最後に、念話の護符の通信が切れる。
紋様がさらに薄くなり、忌ブキは厳しい面持ちでその護符を見つめた。
さっきまでつながっていた、阿ギトを見つめるようだった。
忌ブキ: ……何か、すごいことになってるね。
エィハ: 革命軍……阿ギトは、何かを起こすつもりなのね。
忌ブキ: シュカとぼくをさらうって言ってたね……。
スアロー: 言葉通りの意味なのか、阿ギトの言い回しなのか。
エィハ: 忌ブキ、ただ付き従うだけでは駄目よ? わたし、あなたが言うなら……いえ、あなたが言わなくても、阿ギトを殺す用意だってあるわ。
忌ブキ: 阿ギトを、殺す!?
エィハ: あなたがいいように扱われるようであれば。わたしはあなたの剣であり、阿ギトの剣ではないわ。
エィハは、強く言い切る。
けして、単なる追従や盲信ではない。ましてや、身代わりになって死んだからという理由でもない。自分の力や在り方、つながったヴァルのことも考えた末で、少女の出した結論。戦うことと殺すことこそが、そのまま生きることであった少女の、精一杯の真心。
生きることと、戦うことを選んだ忌ブキのために、彼に勝利をもたらさんとすること。
それは、少女にとっても、唯一の、そして初めての――望み、だった。
だから。
忌ブキは、小さくうなずいた。
忌ブキ: ……ありがとう、エィハ。
ドナティア。
黄爛。
ニル・カムイ議会。
革命軍。
すべての組織と物事が、シュカの親善会議へと――あるいは直前の夜会へと収斂していく。雪崩落ちる滝にも似て、はたまた崩壊する砂上の楼閣にも似て、もはやその運命はとどめようもない。
――だが。
もうひとり、壇上には役者が足りぬ。
そして。
もうひとりの人物は、シュカの南から馬を走らせていた。
FM: 現状だと、婁が到着するのは深夜となりますがどうします?
婁: ふむ。会議は明日ですよね?
FM: 最初の予定ではそうですが、ウルリーカの死などもありますので、変化している可能性はありますね。現状の婁はそれを知る状態にありませんし。
婁: なら、早めに到着はしたいですな。疲労状態で入るのは困るので、ギリギリまで近づいたところで、最低限の休養を取りましょう。
FM: ハイガのときの単独行と同じ要領ですね。距離はあそこまでないので、いくらかスタミナが削れるだけですむでしょう。
婁: では、それで。
狂奔する馬は、すでに泡を吹いていた。
それでも大地を蹴る蹄は止まらず、転倒することも許されない。騎手の絶妙な手綱さばきが、異常な速度での疾走を支えている。
陽光の下だというのに、まるで彼の周囲だけが不吉な夜のようだ。
FM(七殺天凌): 「くくく……ふたりきりは懐かしいのう」
婁: ええ、これこそ我らの旅です。
かつて。
かつて、そうでない旅を始めた頃には、日だまりにも似た穏やかな会話があった。
――『まあ、私でお力になれるのであれば』
――『よかったな、あなたの思惑通り無駄な血が流れずに済んだようだ』
別に、大して装ったわけでもない。
できる限り早く目的を遂げたいという意味で、あれもまた彼の本音。
スアロー: うわああああああ。
忌ブキ: ユーディナさんに『優しい人たちです』って答えたあれのこと……。もうやだ、忘れたい!
かつて。
かつて、その鋭さゆえに、旅の仲間を救ったこともあった。
――『避けて通れぬのならば致し方ないところではあります』
――『それにこやつ……わらわたちが吸いきる以外では倒しきれんぞ?』
それもまた、彼と媛の必然。
障害をはねのけるために、最善を尽くしただけのこと。
エィハ: (淡々と)そうね。そんなこともあった。
禍グラバ: なんというか……来るところに来てしまった感じがありますね……。というかこれ、この先どうするんですか……。
スアロー: どうするも何も、まずはあの恋する怪人を止めないと。
忌ブキ: 親善会議を、壊される前に。
エィハ: じゃあ、あの人も殺すの?
忌ブキ: ……必要なら。
それぞれの場所で。
それぞれの人物が、それぞれに決意する。
敵と手を組むことも、仲間を裏切ることも――その手を汚すことだって、自らの目的のために呑み込もうとする。
婁: ははははは――!
「さあ、急げよ婁」
「しばしお待ちを」
恍惚とした妖剣の思念に答え、なお速く、彼は馬を走らせる。
婁震戒よ。
七殺天凌よ。
汝らは、シュカさえも血で染め上げるのか。
はたして、暗殺者の唇には……誰もが目をそむけるような、凄まじい喜悦の色が浮かんでいるのであった。
〈第三夜・終幕〉