レッドドラゴン
第三夜 第八幕〜第十一幕
「最前線」のスペシャル企画「最前線スペシャル」。三田誠がFiction Masterとしてシナリオを紡ぎ出すRPF、『レッドドラゴン』。参加者は虚淵玄、奈須きのこ、紅玉いづき、しまどりる、成田良悟の夢の5名。音楽を担当するのは崎元仁。最高の布陣で最高のフィクションを創造します。
『第八幕』
禍グラバの部屋は、廊下の一番奥だった。
不死商人の目立つ姿をあまり衆目に晒さないため……と、そういう宿側の配慮だったのかもしれない。もっとも、あの不死商人が自分の姿を気にしているところなど、忌ブキは一度として見たことがないのだが。
(昔は……そうじゃなかったのかな)
前の話の通りなら、あの五行躰になった当時は、禍グラバも苦にしていたはずだ。
だけど、今の禍グラバから感じられるのは、そんな些細なことを吹き飛ばしてしまう強さだけだ。
その強さが、自分にも欲しい。
痛切に、忌ブキはそう思った。
FM: では次のシーン。禍グラバの部屋の前ですね。
忌ブキ: は、はい。ノックします。
禍グラバ: 鍵はかかってないよ。入りたまえ。……どうしたんだい、浮かない顔をしているが。
忌ブキ: どうしよう(笑)。いや、ここはもう直球で話します。――実は今、〈黒の竜〉の声が聞こえたんです。
禍グラバ: ふむ。遥かドナティアにいるはずの、〈黒の竜〉の思念が君に?
忌ブキの言葉に、禍グラバは五行躰の顎元を撫でる。
禍グラバ: なるほど……それは興味深い。話によれば、君はすでに黄爛にも声をかけられているそうじゃないか。
忌ブキ: あ……はい。軍師の甘慈さんとかに。
禍グラバ: そう、その甘慈くんだ。そして今、ドナティアにも誘われたわけだ。引く手あまたとはこのことだよ。
忌ブキ: (しばらくうつむいて)……。
禍グラバ: ん、どうしたのかな?
忌ブキ: 禍グラバさんは、多くのつながれものを側においてますよね。
禍グラバ: うむ。そうだね。
忌ブキ: 寿命の短い彼らを側においておくことは、辛くないのですか?
禍グラバ: ふむ。それは不思議そうな顔で――
FM: 顔!?
禍グラバ: 不思議そうな感じに、顔を傾げましょう(笑)。……君は、隣にいるエィハくんを哀れだと思って見ているのか? 君は哀れみの目をもってエィハくんとともに歩んでいるのかね?
忌ブキ: いえ、そうじゃないんです! だけど、彼女を見ていると痛々しくて……。
禍グラバ: あの、紅玉さんが、今度は上着のケープをひきあげて顔を隠し始めたんですが!(一同爆笑)。
スアロー: 新しい防御姿勢だ!
婁: かなり防御力がありそうですね(笑)。
エィハ: ま、まだいけます! まだ!
FM: まだ(笑)。
禍グラバ: (咳払いしつつ)お、おほん。じゃあ答えますが――大雑把な言い方になるが、鯨の一年と鼠の一年は違うのだよ。ならば、長く生きるか短く生きるかだけでは、幸せの価値というものは決まらない。
少し考えて、禍グラバは語る。
それは、ある意味で彼の信念でもあった。
長く生きすぎた自分と、儚く世界から消えていく隣人たちと――その生活で育まれてきた信念。
禍グラバ: 短く生きようとも、自分が何かを為したと誇れるまま死んでいければ、それは幸せなことだと思う。長く生きようとも、そこに何もなければただの空虚な人生に過ぎない。
忌ブキ: ……。
禍グラバ: では、改めて訊くが……君はつながれものやまじりものたちを、哀れんでくれているのかね?
忌ブキ: いえ……ぼくは、エィハさんとの接し方が分からなかっただけで。
禍グラバ: 人と人との接し方など分からないものさ。そもそも君はエィハくんの前に、婁くんやスアローくんとの付き合い方は分かっているとでも言うのかな?
忌ブキ: それは……。
スアロー: 僕も分からない(笑)。
禍グラバ: 無礼を承知であえて尋ねるが、そもそも、君が付き合い方を知っていた人間というのは、今までに存在するのかね?
忌ブキ: ……そんな相手は、いなかったかもしれません。
婁: ほう。
スアロー: うわっ……!
禍グラバ: だったら、エィハくんとの付き合い方はきちんと最初から考えるべきだ。守りたいと思うのならば守ればいい、剣として共に戦いたいのであればそうすればいい。君はまず、自分がこの島で何をすべきかを考えるべきだろう。それとも、もう何か考えていることでもあるのかな?
饒舌な語り口で、禍グラバは問いかける。
踏み込んでくる。
忌ブキの過去に。
忌ブキの内側に。
少年自身も気づいてなかった、彼の根源に。
踏み込んでしまったからこそ――それは火花のように、爆薬のように、新たな反応を呼び覚ましてしまう。
忌ブキ: (何度か深呼吸して)……よし、決めました。
FM: ん?
忌ブキ: 禍グラバに言います。(顔をあげて)ぼくは、阿ギト・イスルギに会いました。
禍グラバ: ほう、あの革命軍の第一指導者と。
忌ブキ: ……はい、そして彼に言われました。革命軍の王になってくれと。ぼくはそれを受けて、この島で革命することに決めたんです。
スアロー: ふおっ!?
エィハ: ああー、ああー(顔を押さえる)。
禍グラバ: い、言いました! 今言いましたよね! そ、そうか。ここで告白されちゃったかー!
FM: す、すごい。本当に隠し事とか抜きだ……!(笑)。
禍グラバ: ……よし。ここはこちらも腹を据えよう。君は、革命軍が何をしようとしてるか知ってるのかね?
忌ブキ: 何を……?
「人が、たくさん死ぬよ?」
淡々と、禍グラバが言う。
百年以上を閲した不死商人の言葉。
その台詞には、はかりしれない重みがある。
だけど。
それは、先に忌ブキも忠告されていたことだ。あの阿ギト・イスルギから、あらかじめ含められていた事項であった。
だから、少年もぎゅっと臍の下に力を込めて言い返す。
忌ブキ: 分かっています。
禍グラバ: 何十人、何百人の話ではない。
忌ブキ: 何千人でも、何万人でも殺してみせます。
禍グラバ: ほう……その結果、君は何を求める? 何千もの命を殺し、君は何を得るのだ?
忌ブキ: 禍グラバさん、逆に聞かせて下さい。
禍グラバ: 何かな?
忌ブキ: 後、幾らあればニル・カムイの平和は買えるんですか?
禍グラバ: はっはっは、君は、若いなあ。……君は、ニル・カムイの平和が金で買えると本気で思っているのかね?
禍グラバが、問う。
忌ブキ: 買えないから、僕は革命を起こします。
禍グラバ: ならばさらに訊こう! 命で平和は買えると言い切れるのかね!
忌ブキ: 命で買えるかは分からない。でも、決意でなら買えると信じたいし、信じます!
禍グラバ: ならば、さらに問答を続けよう。――革命軍が平和のためにかけた命が、島の総人口十五万の内、十四万だったとしよう。残り一万の民が幸せに暮らす道が正しいと、君は思うのかね?
忌ブキ: それは……!
口ごもった少年へと、さらに禍グラバは叩きつける。
禍グラバ: 君がこの島の平和を目指して熟慮した結果、革命軍の王となるなら、私も止めはしない。
忌ブキ: それは……当然です!
禍グラバ: そうだな。だが、これだけは覚えておきたまえ。――君が千人を殺して一万人を救おうと考えたとしても、しかし、その千人を守るためにすべてを投げ出す者もこの島にはいるのだ。
スアロー: 自分がそうだと。お前は今自分に喧嘩を売っているのだと(笑)。
エィハ: ……うっふふふ。
婁: 今度は、紅玉さんがつやつやしてきた(笑)。
しばし、部屋に沈黙が落ちた。
不死商人と皇統種たる少年は、ごく普通の宿屋の一部屋に、この島の未来を掲げて向かい合う。
どちらも一歩たりとも退かず――やがて、不死商人が手を開いた。
禍グラバ: ……君に、これを渡そう。
忌ブキ: これは……?
禍グラバ: 触媒魔素固定具と言ってね。魔術の際、生体魔素の消費を軽減するものだ。まあ、魔術を使わない私が持っていても使い道がないのさ。
忌ブキ: でも、ぼくはあなたと……。
禍グラバ: いや、私も話を急ぎすぎた。君はさっき〈黒の竜〉に誘われたと言ったのだったしね。――確認するが、犠牲は少ない方がいいとは思ってるのかね?
忌ブキ: もちろんです。
禍グラバ: だったら、選択肢を狭めない方がいい。ドナティアにせよ黄爛にせよ革命軍にせよ、どれが単独で勝利したとしても、多くの命が失われる。――だが、君はそのすべてに求められているのだ。
忌ブキ: ……はい。
禍グラバ: 私は赤き先人――〈赤の竜〉と、君を援助するように約束してる。君がどのような選択をしても、それは違うまいよ。
忌ブキ: ……。
禍グラバ: それと、エィハくんは大切にしたまえ。
忌ブキ: エィハを?
エィハ: わ、禍グラバさん! (いよいよ服で顔を覆う)。
禍グラバ: おそらく、君にとって大事なものは同じ場所にいられる友達だ。あの赤き先人は、君のことを――あるいはドナティアの祝ブキくんのことかもしれないが――『友人』と呼んでいたのだ。そのことは忘れないでくれたまえ。
最後の言葉は、ひどく優しかった。
視線で促され、忌ブキは部屋の外へと出る。ひとりになった廊下で、ぎゅっと拳を握りしめ、うつむく。
「……でも、ぼくにはその友達というのが、一番分からないんです」
スアロー: さては忌ブキさん主人公だな!?
禍グラバ: なんとまあ。
FM: 忌ブキの根源的な部分ですね。――さて、では次のシーンから翌日。ロズワイセ要塞を出立することになります。
『第九幕』
翌日。
ロズワイセ要塞を出て、一行は南方砂漠を北に抜けていく。
ニル・カムイのドナティア支配圏でも、とりわけ隆盛を誇るベルダイムへと続く道であった。流砂に埋もれぬよう、石造りの街道のそこかしこには、柵や防砂林などの砂止めも施されている。
それでもところどころは道が搔き消え、砂丘になってしまっているのだが、ウルリーカの指揮する黒竜騎士団はたちどころに処理してしまう。
道に迷うこともなく、シュカへの道程はすでに半分を終えていた。
FM: (BGMをフィールドに切り替えつつ)では、再び旅路となります。
スアロー: ね、ねえ禍グラバさん。なんかみんなの雰囲気重くありません?
禍グラバ: はて。
エィハ: ……(忌ブキから視線をそらす)。
忌ブキ: ……(エィハと禍グラバから視線をそらす)。
禍グラバ: まあ、若者にはいろいろありますからねえ。
スアロー: お、おお。なんてパーティ分裂の危機……。でも、もう半分足らずでシュカなんだよね! 街や砦の中ではさすがにウルリーカさん襲われないよね!
FM: まあ、婁さん次第ですが、襲いにくくはあるでしょうね。
スアロー: いよし、今夜の野営地では婁さんを誘っちゃうぜ! 月の見える砂漠で僕とランデブー!
いつものように、創造魔術師が野営地をつくりだした。
それぞれの部屋も別につくってくれた建物で、スアローはなんとも気軽に、目当ての扉をノックする。
スアロー: 婁さん、暇かい? ドンドンとノック。バキン! 一杯どうだい?(笑)。
婁: ……そうか、これに答えるとウルリーカを見張れないわけか。
FM: まあ、やりとりにかけた時間にもよりますね。スアローが訪ねたら居なかった、でもいいですが。
婁: ふむ……。今回はメリルさん同伴?
スアロー: いや、男同士の話をしたいのでひとりかな。だから、飲まないかい? ってグラスを差し出すとパリンと割れる(笑)。
婁: ……メリルさんはいないのか。
自分の荷物を片付けてる風を、婁は装う。
そうしながら、視界の『隅』で黒竜騎士を凝視した。
スアローは、砕けたグラスをこっそり爪先で始末している。片手には酒袋を持ったままで、騎士の表情は幾ばくかの危機感も孕んでいない。
そう、欠片もなかった。
いっそ腹立たしいほどに。
(――ならば)
心中でうなずき、婁は爽やかに笑う。
婁: (気さくに)少し、歩きましょうか?(一同爆笑)。
忌ブキ: 婁さん……!
エィハ: ちょ、ちょっと! ありえないこの爽やかさ!
スアロー: フラグが俺の方に! まあ、まったく断わる理由がないので……いやでも、あまり他人に聞かれたい話じゃないし室内がいいかな?
婁: なら、むしろ場所を選びましょう。ここでは誰の耳があるか分からない。で、野営地の人影がない方に向かって歩いて行きたいなあ(一同再爆笑)。
禍グラバ: どこまでもひどい!
FM: どうします?
スアロー: 婁さんは心配性だなあ、とか思いながらついて行くしかない。
FM: じゃあ、人気の無いところに誘い込まれます。怖い、怖いよ、俺にもどうしようもないところでセッションが動いていく(笑)。
スアローと婁。
下弦の月に照らされて、ふたりの淡い影が砂漠に落ちた。
街道を少し外れれば、あっという間に周囲は砂だけになってしまう。月と星と砂だけが世界のすべてだ。気温も低く、息を吐けば白く染まってしまうほど。この世界は人間などいらないのだと、誰もが知らされる風景。
婁: そもそも、この状況でスアローさんは帯刀してるの?
スアロー: 帯刀はいつもしてますよ。例のテンズソードホルダーで十本。
禍グラバ: (片手を挙げて)あ、事前に婁さんに、スアローくんへ用立てた剣の内容については話しておきます。いやあ、スアローくんは中々不可解なことをしてね。使えば必ず砕ける身にもかかわらず、彼は知恵有る魔剣を購入したんだよ。
婁: それを聞かされたら、しばらく黙ります。……なるほど。
スアロー: やべえ、協力者だと思ったら内通者だった!
禍グラバ: なお、彼に用立てた剣を説明していくと、『破壊力に優れた剣』、『対還り人に特化した剣』、『投擲による遠距離攻撃が可能な剣』、『知恵があり喋ることのできる剣』、『斬りつけると同時に毒を流し込む剣』の五種一本ずつになりますね。
婁: ほほう。
スアロー: どんどん内実がバラされていく(笑)。
FM: ちなみに、あれが発揮されるのは『灯りひとつ無い闇の中』ですね。
スアロー: よし、なら先に言っておこう。――暗がりに行っていいのかい?
婁: その方が他人を気にしなくていいでしょう。
スアロー: んー、そういう意味じゃないんだけど、まあいいや。――で、話も大したことではないんだけど、いいかな?
婁: ええ。
スアロー: 多分さ。シュカについたら否応なくすべてが動き出すと思う。その前に、婁さんの気持ちを言葉だけでも確認しておきたかったんだ。
婁: 私の気持ちを?
スアロー: うん。この先も、混成調査隊として〈赤の竜〉を追い続けることにはなるだろう。だけど、そのメンバーに忌ブキくんがいる以上、ドナティアと黄爛と革命軍の三つどもえに巻き込まれることは避けて通れない。
「――その時、婁さんは竜の命さえ取れればいいんだよね?」
スアローの質問に。
婁の眉が、かすかに動いた。
婁: ……むしろ、スアロー殿はそうではないと?
スアロー: 僕もそうではあったんだが……今は、優先順位の秤がちょうどイーブンだ。シュカに行って忌ブキくんが何を言い出すかによって、僕の秤も変わるだろう。
FM(七殺天凌): 「つかみどころのない御仁よな」
婁: つまり、あなたの判断はまだ揺れているということですか?
スアロー: そうだねえ……まあ、〈赤の竜〉を殺せば、僕に利益があることは明白だ。しかし、この利益がこの島の運命を台無しにするほどのことかと言われたら、それは間違いなくノーだ。
「なので僕は、正直〈赤の竜〉の生命に思い入れはない」
「……」
月下、寒そうにしながら青年の話す言葉に、婁はじっと耳を傾けている。
スアロー: 彼がどこで死のうが、僕にはどうでもいい。――ただ、この先あなたが〈赤の竜〉を追うのか、黄爛側の人間としてあの皇統種の少年をどう扱うのか、ちょっと知りたい気持ちになったのさ。
FM(七殺天凌): 「向こうからこう言ってる以上……上手くたらしこめば、黒竜騎士団の他のやつらを喰う足しになるやもしれぬが」
婁: ……今回は、七殺天凌に対しても、少し黙り込む。
禍グラバ: おお……!
婁: まず、スアローに対して答えよう。――なるほど、私の方で伺いたいことは、すべて伺わせていただきました。あなたが〈赤の竜〉の命を求める上での感情は、あくまでその程度のものだと。
スアロー: その程度と言われると困るんだが……まあ、先ほど言ったように忌ブキ少年などの事情で揺れ動くこともあるわけで……あ、そっか。揺れ動くってことはその程度か。これは一本取られたな。はっはっは(笑)。
婁: それは、本気の眼差しでじろっと見よう。そして言う。
「……ねえ、スアロー殿。〈赤の竜〉はね、私が殺しますよ」
FM: ふふふふふ(笑)。
禍グラバ: うひひひひ(笑いが止まらなくなってる)。
スアロー: ちょ、ちょっと時間をちょうだい(笑)。とりあえず、それを聞いたら暗がりに進んでいった足を止めます。
FM: 了解です。野営地からこぼれる灯りがかろうじて見えるぐらいですね。七殺天凌も、珍しく婁が返事をしないので、興味津々になって注視しています。気分を害した様子はまったくない。
スアロー: ……そこまで、あなたが〈赤の竜〉の生命に腐心する理由を、聞かせてもらっても構わないかな?
婁: そうですね……強いて言うならば、斬っても斬らなくても構わないといわれる御仁に、あの獲物を譲る気には到底なれません。
スアロー: 僕には本当に分からない。なぜ、あなたがこの混成調査隊に参加して、〈赤の竜〉をそこまで執拗に追うんです? どうやらあなたは国の事情ではなく、自分の事情で〈赤の竜〉の生命が欲しいらしい。
婁: ……それは、なぜ私の心臓が動いているのかと聞かれるも同然ですな。
スアロー: 婁さんの表現は詩的だなあ……!
婁: 私としても不思議なのです……あなたの真意が、いったいどこにあるのか。あの不死商人においてすら、何を為すべきかの意志だけは強固ですよ? 常に彼は明白だ。
「……ふむ」
と、スアローはうなずく。
スアロー: ……つまり、あなたはひとつの事柄にこだわる人なのですね? 僕にはその、ひとつの事柄にこだわるという考えが、どうしても持てないんだ。
婁: なるほど……。
スアロー: 初めて会った時から、あなたがそういう人間であることはなんとなく分かっていた。だから興味があったんだ。もしかしたら、あなたを見ることで僕にもそういう感情が学習できるのではないかと。だが……。
婁: いや、その期待が裏切られることはないでしょう。約束というか予言というか、ひとつだけ断言しておきます。……いずれあなたも、この気持ちを思い知ることでしょう。
思わず、スアローが棒立ちになる。
それこそ、今斬られたなら、何の抵抗もできなかったかもしれない。実際、半ば反射的にスアローは自らの心臓を庇っていた。
スアロー: その言葉には胸がドキュンときちゃう! 以前の『あなたは道具に嫌われているんですよ』って言葉に、かなりダメージを受けてたので。
FM: あれは受けてたねえ(笑)。
婁: (不敵に笑って)必ずやあなたも、何かひとつのことにこだわらざるを得ない時が、その瞬間がやってきます。
スアロー: ……そうか、僕が〈赤の竜〉討伐を受けた理由も、おそらくはそれを期待してのことなんだろうね。
婁: ……ええ、この巡り合わせは天命だったのかもしれませんな。
禍グラバ: ふたりで外に出ていっただけなのに、なんで今にも殺し合いが始まりそうなぐらいに理解し合ってる雰囲気に(笑)。
FM: まあ、ここまでずっと伏線を撒いてきましたからね。
スアロー: 俺ブルブルしちゃってるよ(笑)。――さて、ずいぶん冷えてきたし、そろそろ戻らないかい?
婁: そうですな。あまり留守を長引かせてはメリル殿が心配なされるでしょう。先にお戻り下さい、私はもうしばらくこの涼しい空気を吸ってから戻ります。
スアロー: 分かった。――あ、そうだ。
婁: 何か?
スアロー: あの岩巨人との戦いのとき、なんで婁さんはずっと死角に回ってたの? 戦術的に有効なことは分かるけど、あそこまで執拗に回ってたのはちょっと気になったな。
婁: ……いえ、気のせいでしょう……。
スアロー: ははあ黄爛の武人ってのはすごいなあ……とか言いながら、逃げるぜ!(笑)。
スアローの姿が、野営地へと戻っていく。
それを見送り、婁は瞼を閉じる。
背中の剣へと、声ならぬ声で囁きかける。
婁: ……媛よ、ひとつお許しを願いたい。
FM(七殺天凌): 「何じゃ?」
婁: (感情のこもった声音で)私はあのスアローという男、〈赤の竜〉より先に切り伏せたいと思っております。
FM(七殺天凌): (微笑むように)「仕方あるまい」
婁: はい、理由はふたつ。まず、〈赤の竜〉との立ち会いをスアロー殿に邪魔されたくない。
FM(七殺天凌): 「ふむ、合理じゃな」
婁: もうひとつは、スアロー殿を斬るのを〈赤の竜〉に邪魔されたくありません。
スアロー: うひい、怖かっこいい!(笑)。
「……妬けるのう」
剣の思念は、そう返した。
FM(七殺天凌): 「……おぬしに手に取られて以来、初めて嫉妬の炎に身を焦がしたわ」
婁: (感情的に)あの男だけは断じて許せません……共に言葉を交わしているだけで、私の信じたすべてが汚されていく気がして。
FM(七殺天凌): 「よかろう。恋にも倦いた身となれば、こうした嫉妬も甘露といえようさ。おぬしの好きにせよ、わらわは許してつかわす」
「光栄に存じます……!」
婁が、ただひとりの主君に一礼する。
そんな従者へ、剣の媛は愉しそうにゆるゆると笑った。
FM(七殺天凌): 「なあ婁、おぬしこの島にきてから、どんどん若返っているかのようじゃな」
婁: 左様ですか……。
FM(七殺天凌): 「ああ、初めて青春に出会うたと、まるでそのような顔をしておる」
婁: さすがに不本意ではあるので、黙り込みますね。
FM(七殺天凌): 「よいよい、おぬしはただわらわを楽しませてくれ。おぬしの色々な顔が見たい」
婁: ……そのように仰せであれば。
FM: ではこの辺りでシーンを閉じましょうか。
スアロー: あ。じゃあ、別れて野営地へ戻る途中に、一言だけ。
スアローもまた。
野営地へと戻りつつ、遠いかがり火を見ながら、凍えた指に息を吐きかける。
それでも、まだ指が震えていることに気がついて、
「……あれは、殺し合うしかないねえ」
しみじみと、口にしたのであった。
『第十幕』
婁: (片手を挙げて)FM、今後のことについてですが。
FM: はい、何でしょうか?
婁: 相変わらず、スアローが同伴の時は手を出しませんが……そうでないなら、ウルリーカの周囲に何人いるか、その日ごとに教えて下さい。
FM: わ、分かりました。
婁: もはや、四人までとは言わん!
エィハ: うわあ(笑)。
スアロー: 火をつけてしまった!?
FM: では、毎夜2D10を振ってその人数だけウルリーカと一緒にいることにしましょう。ただし最大は十二人ですし、戦闘向きじゃない創造魔術師は一緒にはいません。
婁: 分かりました。
FM: ……色々スリリングになってきた(笑)。では、スアローもほどほどで帰らせましたし、今日からいきますか?
スアロー: あ、しまった! 逃げたら駄目だったんだ俺!
忌ブキ: スアローさん……(笑)。
婁: そうですね、せっかくひとりになったし。
FM: わかりました。怖い、怖いよ……(サイコロを振って)あ、今夜は十二人フルにいますね。婁の戻ってきた頃には、斥候から帰ってた様子。
婁: ……む、了解です。ところで、七殺天凌で殺した場合も還り人になりますか?
FM: いいえ、七殺天凌は生体魔素を吸収しますからね。その剣で殺された場合は、いかなる生物でももはや生き返ることは不可能です。
スアロー: なんたる暗殺者向きの生物……!
FM: やばい! 俺の心臓がばくばく言い出した。で、では翌日にいきましょう。……このセッションはどこに行くんだ(笑)。
スアロー: あんた以外の誰にそれが分かるんだ(笑)。
FM: もう俺にも分からねえよ! では、翌日はベルダイムに到着します。
ベルダイム。
そこは、〈教会〉の統治する街だ。
およそニル・カムイの北東はドナティアの支配下にあるのだが、その中でも最もシュカに近い――交通上の要所として、ドナティア国教である〈教会〉が力をいれている。
その象徴が、街の中央にそびえる荘厳な大神殿だろう。
上質の大理石で組み上げられた建物は、太陽の光を受けて朝に夕にきらめき、この世界に神の威光を知らしめるのであった。
一同: おおー。
FM: といっても、今回は通過点ですけどね。黒竜騎士団・第三団本隊もここにありますので、ウルリーカはそこに合流します。なので、今日はウルリーカチェックはありません。
婁: はい。
FM: 途中でシンバ砦がありますので、そこを除くと、後一回か二回ウルリーカチェックがあることになりますね。……おお、こんな胃に悪いものを、まだ振るのか(笑)。
FM: さて、ベルダイムを発ってさらに翌日。北方の荒野に入ります。
エィハ: 早い!
FM: まだドナティア魔術圏なので、移動表を振る必要もないですからね。ウルリーカたち黒竜騎士団は、早速野営地を設けてくれます。さて、ウルリーカチェックを……。
禍グラバ: (祈るように)ここをくぐり抜けてくれさえすれば……。
FM: てやああっ! (ダイスを振って)……七人です。ウルリーカと合わせると八人、微妙な数だ……。
忌ブキ: 普通十分な数なのに(笑)。
婁: 状況の確認ですが、斥候に出ているときでいいですか?
FM: ですね。『婁が狙えるとき』という前提でしたから。野営地内だと、たいていほかのPCがいますし。
婁: ……ふむ。
FM: スアローはどうしてます?
スアロー: (指折り数えて)んー、今日はいないな。ウルリーカさんとお話してるか、他の誰かと話してるかを交互でやってるわけだし。
婁: なるほど……。では、まず禍グラバの部屋に行きましょう。
禍グラバ: き、来た!
婁: 部屋に入ると、無言のまま〈楔〉を一本渡します(一同爆笑)。
スアロー: やれ、と(笑)。
FM: ……ここでバトルマップを用意するのか、俺(笑)。
禍グラバ: (少し考えて)いきなりだね。協力といっても、この荒野でできることなど、限られていると思うが……。
婁: そこは取引というものをどう考えるか、商人の意地の見せ所だろう。
スアロー: やべえ、婁さんイライラしてる(笑)。
禍グラバ: ……ううむ。婁さんが感情的になってる理由を、《天性の勘》で判定できませんか?
FM: なるほど。では【知覚】で判定を。
禍グラバ: (サイコロを振って)よし、成功。[達成度]は19ですね。
FM: 具体的な内容は分かりませんが、おそらくはスアローとの間で決定的な事態が起こったのは確かでしょう。
禍グラバ: ふうむ……(婁を向いて)スアローくんと、何があったんだね?
スアロー: 何もにゃいよー(笑)。
婁: ……。
婁は、語らない。
ただ、冷ややかに――しかし今はその底に熾火のごとき熱を秘めて、禍グラバを見つめている。
迂闊に刺激すれば、その刃は自分に向くと、嫌でも理解させられた。
禍グラバ: ここで彼女が死んだならば、親善会議にも影響が出るだろう。犯人捜しが始まり、会議自体が滞るかもしれない。そうなれば、君が一番欲している〈赤の竜〉も遠のく可能性があるが、それでもよいのかね?
婁: ……なるほど、理には適っている。
FM: さて、理には適っている〝から〟なのか、理には適っている〝が〟なのか。
エィハ: どっちなのか(笑)。
禍グラバの問いに、ようやっと婁の口が開いた。
婁: ……確かに、事の序列が変わりはしたが、俺の独断ではない。すでに承諾は取っている。
FM: まあ、そうですね。七殺天凌は背中でくすくすと笑う。
婁: だが、そうだな……この場で仕掛けるのが貴様の都合で見合わぬというのであれば、よりふさわしい舞台を誂えてくれるという確約の下に、ここは退こう(一同爆笑)。
スアロー: すごい、頼みに来た男がいつの間にか脅している(笑)。
FM: すげえなあ(笑)。
婁: ただし、今その手に摘んでいる〈楔〉だが……前金は受け取ったと考えて良いのかな?
禍グラバ: ……ふおおおお。
今度は、禍グラバが黙り込む番だった。
金属の手が握った小さな〈楔〉を、彼はぎこちなく見下ろす。
スアロー: やべえ!(一同爆笑)。
FM: まあ、禍グラバは誂えようと思ったらいくらでも誂えられますからね。しかも、ウルリーカは禍グラバに割と信用を置いちゃってるので。シメオンやエヌマエルならそんなことはないのに……(笑)。
禍グラバ: ええと……(キャラクターブックをじっと読み返す)。
FM: 禍グラバが、自分の能力をフルに使ってどうにかしようと思っている(笑)。
禍グラバ: (キャラクターブックを閉じて)……仕方ない。
禍グラバが、机の上に〈楔〉を置き直した。
婁: 何だ?
禍グラバ: ……確かに、喉から手が出るほど欲しい。しかし、これを商売として成立させるわけにはいかない。
婁: ほう。
禍グラバ: なぜなら、私は商人だ。そして今の君は、取引ではなく感情で動いている。そのような君の切り札を商売に使っては、私の商人としての義理が立たなくなる。
婁: 義理、だと?
禍グラバ: 義理さ。だが、君はこの〈楔〉を返そうが返すまいが、何かを実行するだろう。だから、私は商売人としてこれを約束しよう。君との取引の内容は一切明かさない。この取引は、最初からなかったことになる。
婁: ……。
禍グラバ: ただ、これは〈赤の竜〉討伐とは別の話だ。ゆえに、君の言う私の一族郎党云々とはまったく無関係。そう信頼してもかまわないかね?
婁: もちろんだ。
FM: 大事なことですね、それは。
禍グラバ: で、〈楔〉を返しましょう。
婁: (受け取る仕草)何も聞かなかったことにしてくれればいい。ただし、残り九本の〈楔〉を手に入れる方法は当然理解しているな?
禍グラバ: 怖いなあ(笑)。
婁: 引き続き、その商談は継続としておいてくれ。また会うこともあるだろう。
禍グラバ: そう来たか。もう、去る気満々だ(笑)。――では、何かあった時に、君の罪を隠したりする必要はないのだな?
婁: 不要だ。
それきりで、婁は踵を返した。
背中を見送り、禍グラバは長い間沈黙した。
「……」
自らの手をじっと見る。
何十年かぶりに、ひどく疲れた気分であった。妻とつながっていた魔物が、ついに亡くなったとき以来かもしれなかった。
FM: どうします?
婁: (抑揚なく)もちろん、ウルリーカを奇襲に。
FM: ……来てしまいましたか。了解しました。では、次のシーンとしましょう。
『第十一幕』
荒野には、強く風が吹いていた。
湿気の混じった、冷たく重い風だった。
暗い夜だ。
雨が近いのかもしれない。瘦せた月も雲に隠れ、野営地を少し離れれば、ほぼ完全な闇に満たされている。
だから。
「……」
婁は、かすかに目を細めた。
ウルリーカを含め、斥候に出てる騎士たちは、いずれも灯りを手にしていなかったのだ。
婁: 灯りを持ってない?
FM: ええ、なんらかの魔法によって、視界を確保してるようですね。黒竜騎士団が暗夜の戦いを好むのは、婁もいくつかの戦場で伝え聞いていると思います。
婁: ……なるほど、名の通りか。
FM: 本来なら二段階は不利になる暗闇ですが、婁さんは《猫の眼》の効果で一段階までしか不利になりません。
婁: ふむ、《武器習熟 黄爛剣術》で一段階有利もついているので、完全に相殺。出目勝負になるな。
スアロー: うほお……。
FM: で、ウルリーカと騎士たちの配置はこの通りですね(荒野のマップとフィギュアを展開していく)。
エィハ: すごく不意打ち対策してる(笑)。
FM: 斥候ですし、練度は高いですからねえ。ウルリーカも指揮官としては優秀ですし、魔物が出なくなったからといって、気がゆるむ要素はありません。
岩の陰で、婁は息をひそめる。
自分も闇夜は得意だが、少なくともその有利は相殺されたことになる。ならば、なおさら慎重にやらねばなるまい。
ウルリーカ含めて、八人。
婁は、ゆっくりと自分の気配を殺していく。
FM: さて、まず〈隠密〉の判定をやりましょう。
婁: (サイコロを振って)出目は17、効果的成功です。
FM: もう無理だ!(笑)。
婁: [達成度]は68。
FM: うおおおお……(サイコロを振って)だ、駄目だ。ウルリーカも効果的成功だけど、[達成度]は32。まったく届かない。
スアロー: 姉御ーっ!
FM: では、不意打ち状態で戦闘開始。レディセットを行います。まずは【反応速度】の決定から。
婁: 《武芸この上なく》で3D10足して――(サイコロを振って)【反応速度】は69ですね。
FM: (BGMをバトルに変更しつつ)69!? 騎士たちは16です。これでもエリート兵なんだけどなあ。ウルリーカは(サイコロを振って)《竜速》を足して60。不意打ち以前に、婁がトップか!
行動値
- 婁:69
- ウルリーカ:60
- 騎士(7人):16
婁: まずは移動からですね。……連続攻撃の間に移動ってできましたっけ?
FM: 連続攻撃の途中では、一回攻撃するごとに1マスだけ移動できます。逆に言うと、連続攻撃中はそれ以上の移動はできません。
婁: ではまず【移動力】を3消費して、目の前の岩をジャンプで乗り越える。そのままウルリーカの側へと移動。
夜風のごとき、婁の軽身功。
身の丈より大きな岩を飛び越え、音もなくウルリーカの背後へと舞い降りる。常人ならば、そのまま自分の首が胴と離れるときまで気がつきもすまい。あるいは、自分の首が落ちてすらも。
しかし。
婁震戒よ、お前ですら想像すまい。
婁: そのままウルリーカへ五回攻撃を――
FM: いえ、そこで割り込み行動が入ります。
スアロー: む!?
死角より、七殺天凌を摑んだ婁の手が霞んだ。
その瞬間だった。
ウルリーカの足元から、ぱっくりと白い牙が顎を開いたのだ。
婁: ―っ!
FM: この場が闇でなければ、おそらくはウルリーカの影が落ちていただろう地点。そこから婁の身体を押し拉ぐように、大の男の数倍はあろうかという巨体が姿を現します。鉄の鑢を擦り合わせるような奇怪な唸り声。いくつもいくつも蛇の頭を絡ませ合った漆黒の怪物です。
婁: (愉しそうに)ほう?
いずれの首も、獣にはあらざる明確な殺意を込めて、婁を睨みつけていた。
知性と獣性が絶妙に混じり合った視線だった。
そうだろう。
かの怪物はけして単なる魔物などではない。創造魔術でつくりだされるような凡百の合成獣とも違う。その体内に〈黒の竜〉の因子を組み込まれた、世界にも希有なる怪魔なのだから。
――九本の首を持つ、漆黒の多頭蛇。
忌ブキ: おお!
スアロー: これなら……殺ってくれるか!?
婁: なるほど、ただではやられてくれんな。
FM: 【反応速度】自体は52で、婁よりも遅いですが、その巨体によって婁の移動は一旦中断させられます。
婁: ……連続攻撃の最中に踏み込むしかないか。
禍グラバ: スアローさん、あれは一体?
スアロー: うーん、僕ら黒竜騎士は、肉体能力以外にも《黒の竜》から色々力とかを授かってて、それぞれ何らかのキワモノな能力を持ってるんですよ。
エィハ: あれって能力なんですか?
スアロー: うん、キャラメイクの時に『使い魔を得る』って恩恵があった。俺は選ばなかったけど。
禍グラバ: 女性怖い!
FM(ウルリーカ): 「何者かっ!?」とウルリーカは誰何しますが、最初の不意打ち判定で負けてますからね。次のメイン行動はその対応だけで終了します。騎士達も同様ですね。
スアロー: くっそ、これで不意打ちがなくなるほど甘くはないか。
多頭蛇の首が、婁の動きを牽制する。
夜気に横溢する暴力じみた殺気。いくつかの牙より垂れて地面を焦がす毒液。よほどの強者でも、首一本ですら相手できまい。ましてや九本。砦にこもった軍隊ですら、この怪魔の前には蹂躙されて終わるだけだろう。
「この女――これほどの化け物を影に飼っているとはな!」
喜悦を含んだ思念が、婁の手にした七殺天凌から響き渡る。
婁: ふむ……じゃあ、連続攻撃でヒュドラを二回殴って、その間にステップでウルリーカに近づくか。
スアロー: 流石婁さんだ、怯まねえなあ(笑)。
禍グラバ: 驚いて一時撤退とかしてくれたら良かった――。
FM(七殺天凌): 「これほどのバケモノを喰らえるのは、あの岩巨人以来よの」
婁: たんとご賞味ください。五回攻撃で行きます。〈黄爛剣術〉技能が455%なので、成功率は91%――(サイコロを振って)一撃目は成功。[達成度]は50!
FM: それは頭部1がブロック。(サイコロを振って)効果的成功で[達成度]が92。でも、胴体じゃないというだけなんでダメージもどうぞ。
婁: よし、新しくなった五行躰でダメージも増えて――165点。
驚愕を一瞬で押し殺し、火花のごとく迸る七殺天凌。
その剣速は迅雷。切れ味など言うまでもなし。たとえ目の前の蛇が鋼鉄でできていようが、薄紙同然に斬り裂くのみ。
だが――
FM: (数字を計算して)……ん、それは弾いた。ノーダメージ。
禍グラバ: 硬い!
FM: その手応えに、あなたの手元で七殺天凌も言う。「この硬さは異様じゃ! さては……夜ゆえの、〈黒の竜〉の加護か!」
婁: ほほう……。
婁は、ふと思い出す。
「――暗がりに行っていいのかい?」
一昨日の、スアローの発言。
あれは自分を警戒してのものではなかった。
むしろ、そうしてしまうと貴方が不利になるよと、こちらを気遣うような言葉であった。
つまり――
FM: 4レベル竜魔術《竜の潜む場所》。『灯りひとつない暗闇』においてのみ、その加護に守られた黒竜騎士へのダメージは、自動的に半分になります。
魔術に言う『ドナティアの三大』。
自然現象を操る現象魔術、聖霊や魔術の物品をつくりだす創造魔術。
そして――〈竜〉と契約した者のみに叶う、竜魔術。
(――夜の腕に守られた黒竜騎士は不死身。その伝説は使い魔にさえ適用されるか!)
思考とともに、第二撃。
続く攻撃も蛇の鱗に弾かれ、しかし婁はその反動を利用して軽身功にて大地を蹴る。滑り込むようにして、その間合いはウルリーカを捉えた。
FM: (ウルリーカ) 「婁震戒! 乱心したか!」
スアロー: くそっ! 黒竜騎士の秘密がバレていく! ウルリーカさん、〈黒の竜〉みたいなテレパシーで俺を呼んでーっ!
FM: 仮に出来たとしても戦闘に間に合わないよ(笑)。
婁: 使い魔が駄目なら、主を潰すしかないな。三撃目をウルリーカに。(サイコロを振って)効果的成功!
FM: 来たか……! 割り込みでウルリーカも《真なる契約》を使って契約印解放。ウルリーカ・レデスマの胸から漆黒の瘴気が迸り、彼女の能力を増強します。
スアロー: やった、姉御勝って! でも殺さないで!
FM: 問題は、これでも今の一撃を凌げるかどうか(笑)。
婁: 効果的成功なので致命表は――(サイコロを振って)75。
FM: 『まるで流星のように、あなたの一撃は相手の急所に突き刺さる。達成度を2倍に計算すること』。やめて!
婁: では[達成度]100。《部位狙い》も使って、命中部位決定用のサイコロを追加で振って――
FM: ま、待って。ヒュドラが特殊能力《黒の守護者》を使って割り込み行動でブロック。(サイコロを振って)効果的成功! でも、さらにダイスを振って8以上が出なければ……(さらにサイコロを振って)ぴったり8! 達成度100でブロックした!
主を守るべく、多頭蛇の首が動いた。
明らかにありえない角度とタイミングで、首の一本が七殺天凌の軌跡へと捻り込まれる。
おそらくはそれも、〈竜〉の加護によるものだろう。主の危機に際して、この怪魔は本来以上の能力を出してのけるのだ。
一同: おおーっ!
エィハ: 忠犬だ(笑)。かわいいですね。
婁: ダメージは214点。
FM: 《二の打ち要らず》は使いますか?
婁: ヒュドラ相手ですよね? まだいいです。
FM: では、かすり傷程度ですね。7点通った分が七殺天凌に吸われました。
続く婁の刃も、次々と多頭蛇の首が防いでいく。
守護神ともいうべき、鉄壁の防御。婁震戒の乱舞がことごとく封じられるなど、誰が信じられただろう。
驚くべきことに、この怪魔は婁の絶技を阻むほどの神速と精緻さをも兼ね備えていた。
婁: 最後の一撃。ブロックされたがダメージは170点。
FM: それだと通らないですね。暗闇でなければ既に死んでましたが。
婁: 仕方ない。《二の打ち要らず》もつぎ込む。生体魔素を100点ばかり注ぎ込んで、ダメージを270点に増幅。
FM: では35点が抜けて、七殺天凌に吸い上げられる。初めてのまともな手応えで、七殺天凌が唸る。「これは……喰いごたえがあるな。この程度の攻撃では、七、八度は与えねば枯渇させきれぬぞ」
婁: なるほど、流石黒竜騎士と言ったところですか。
FM(七殺天凌): 「厄介な相手じゃ、わらわと相性が悪いかもしれん」
婁: (さらりと)殻の固い果実ほど、剝いた後の果肉は美味でございましょう。
婁が囁く。
激しい動きの最中にもかかわらず、その声音には一切の揺れがない。
鍛え抜いた内功は、臓器や神経からして常人とは別物に造り替え、彼の神業を支えているのであった。
スアロー: い、イッツクール(笑)。
婁: それはそれとして、これで行動終了ですね。【行動FT】が27減ってこれで42……じゃない、媛を鞘から抜いたのでさらに1減って41。
FM: ウルリーカの手番です。……そして恐ろしいことに、ここで刃が見えてしまうので、ウルリーカさんが【意志】判定を行います。
スアロー: 姉御ーっ!
FM: ……(サイコロを振って)【意志】判定は成功。成功はしてるんだが、「その、剣は……」と刃に魅入られてしまう。
スアロー: ……あれ? 成功したのに?
FM: [達成度]が全然足りないんだよ!
忌ブキ: ああー……犠牲者が。
禍グラバ: ……あの剣、そういう魔力だったのか。
FM: これが魅了の呪力だということは悟りつつも、ウルリーカには抵抗しきれない。震えながら手が伸びてしまう。「婁震戒……その剣を……私に、渡せ……」
婁: (嬉しそうに笑って)いいや、それはかなわんなあ。
スアロー: なんというドS(笑)。
七殺天凌の、魅了の魔力。
その呪いに霞んだ女騎士の瞳へ、これ見よがしに七殺天凌を掲げて、婁は嘯く。
「どうだ? 胸に受けてみたいと思うだろう?」
FM: やべえ、ちょっと思った(笑)。で、ウルリーカは不意打ち効果で最初のメイン行動が自動的に終了、【反応速度】が37まで下がった。ヒュドラはブロックだけで【反応速度】が20下がって現在32。なので、再び婁の行動です。
婁: (少し考えて)これをしくじると、ウルリーカとヒュドラの上に、騎士たちまで反応しだしますね。……おそらく次はないですな。
FM: そうですね。考えどころだと思います。婁は回避能力に長けてますが、それが失敗すれば普通の騎士からでも痛手を負いますし。――ここで攻撃を放棄して撤退すれば、逃げることは容易でしょう。
婁: ……。
禍グラバ: これは、思ってもみなかった展開……。
エィハ: 黒竜騎士強い……。
FM(ウルリーカ): 「多頭蛇は私の守護神。この神蛇がいる限り、何者も私を傷つけられはしない! 婁震戒!! その刃、私が貰い受ける!」
スアロー: 姉御、ヒュドラと剣で二股かける気だ(笑)。
婁: なるほどね……。ところで、ヒュドラのブロックは、より高い[達成度]を出せば阻まれないんですな?
FM: そうですね。実際、これまでのブロックもかなりの僅差ではあります。
婁: 分かりました。
婁が、一息吸う。
呼吸とともに内功を練り、身体を切り替える。
全力でなければ、こちらがやられると、そう判断した。
婁: ……ここは七殺天凌で十一回攻撃と行きましょう。成功率は43%。当たりにくさの代わりに、当たればすべて効果的成功。
忌ブキ: 十一回!
スアロー: まさに捨て身。ここを凌げばウルリーカさんが勝てるか。
婁: 暗殺者ですからな。不意打ちの効果を活かせるうちに終わらせる。
FM: ……了解しました。
大地を、婁が蹴る。
いつよりも強く、いつよりも速く。
絶妙なる功の流れに統御されて、七殺天凌の刃は暗闇に清冽な弧を描く。
婁: (サイコロを振って)一撃目、効果的成功。《部位狙い》で――胸に命中。
FM: う、早速か。致命表をどうぞ。
婁: 致命表は12。『心臓周辺の致命的な血管への一撃。達成度を2倍で計算する。ダメージにも攻撃者の【敏捷】の半分を加算する』。[達成度]は110!
FM: うお、ヒュドラがブロックに失敗。ウルリーカ本人もブロックに挑んで……(サイコロを振って)駄目だ、[達成度]108。2足りない!
スアロー: おお、ここで殺ったか。
婁: (真剣に考え込んで)……《二の打ち要らず》は使わない。ダメージは275点。
忌ブキ: え?
FM: ……その判断は正しい。ウルリーカに憑いている上級聖霊が、《命のつながり》でダメージを肩代わりし、弾け飛びます。
七殺天凌は、予告通り、女騎士の胸を貫いた。
そのはずだった。
なのに、その身体が不自然におしのけられ、七殺天凌の刃は別の何かを穿った。
(――っ!)
その何かの生体魔素が吸われ――おかしな手応えが、婁に伝わった。
忌ブキ: 聖霊!?
FM: そう。聖霊です。しかも、〈教会〉に所属してる高位創造魔術師が、魂を削ってつくりあげる上級聖霊。
聖霊。
それは創造魔術師の生体魔素を削り、思い通りに練り上げ、ひとつのカタチを与えた魔法生物だ。非実体のこの生物を憑依させることで、対象に本来持たないような技能や知識、強大な生命力を与えることが可能となるのだ。
しかし、〈教会〉によって管理されるこれらの聖霊は、金銭だけで買えるものではない。〈教会〉への貢献や地位によって、下賜される数や質は厳密に決定されている。一部の貴族の間では、いくつの聖霊を持っているかがステータスの一種と目されるほどだ。
まして。
死に至るほどの一撃を、すべて引き受けられるような聖霊はほとんどいない。
スアロー: うひゃあ、いい物持ってやがる。
FM: そりゃまあ黒竜騎士団・第三団の正式な副長なんだから、〈教会〉から聖霊のひとつやふたつは下賜されるよ。
婁: ひとつかふたつ……か。そのようなものを持ってるんじゃないかとは思ったが。
禍グラバ: この勘が怖い……!
婁: どの道、もう退路はない。――打ち崩すのみ。
鬼神の乱舞。
一撃で止まらぬなら三撃。三撃で止まらぬなら五撃。
たてつづけに振るわれる刃は、もはや混沌術の極みとされる三面六臂の夜叉のごとし。
婁: (サイコロを続けて振って)二撃目は自動失敗。三撃目も失敗。――四撃目が08で効果的成功。《部位狙い》で頭。
FM: うおお、どんどん来る。致命表は?
婁: 『頭蓋に有効かつ致命的な一撃。達成度を2倍』。全部で[達成度]が110です。
FM: (サイコロを振って)駄目だ! ヒュドラもウルリーカもブロック失敗! 聖霊がさらに一体弾け飛ぶ。
スアロー: まだいるのか!
禍グラバ: 上級聖霊を二体とは。でも、さすがに品切れかな?
婁: 斬れば分かる。(サイコロを振って)――五撃目は59で失敗、六撃目は69で失敗、七撃目が効果的成功。《部位狙い》は――また頭部で行こう。
その七撃目が――ついに、女騎士を捉えた。
婁: 致命表は03。
FM: (表を見て目を剝く)――『まさに驚天動地の一撃。達成度を3倍にして計算する。望むなら、その一撃がどれほど残酷無残だったか、プレイヤーが描写しても良い』!?
忌ブキ: 3倍……!
スアロー: 圧倒的じゃないか(笑)。
婁: (淡々と)3倍なら、[達成度]は156です。ダメージは235点。
FM: (サイコロを振って)……ブロックできるはずもない。《竜の潜む場所》で、ダメージを半分にしても118。さらに鎧や頭蓋骨の防護点でも45点残って……駄目だ、BPまで0になる。
婁: ……ここは、首を刎ねさせてもらいましょう。
「――なぜ、あなたが」
そう言いたげに、美しい女の首が舞った。
雲で覆われた夜空へ、もうひとつの月が生まれたようでもあった。
禍グラバ: ああ、後四撃だったのに……。
FM: 彼女の死とともにヒュドラも薄れ、その分の生体魔素もあなたの七殺天凌に吸われていきます。ウルリーカの生体魔素が57点、ヒュドラの生体魔素が232点です。
婁: なるほどね……まわりの騎士たちは?
FM: 彼らの【反応速度】は16ですからね。まだ事態を把握しきれてません。ほとんどヒュドラの死角になって、あなたの剣もまともに見えなかったでしょう。ウルリーカたちがいなくなった以上、駄賃に殺すのはたやすいですが。
婁: いや、ここは首だけもって逃げましょう。まあ首無しの骸を転がして、高笑いだけは残していきます。
婁が、笑う。
この男の高笑いなど、ニル・カムイについて初めてのことだった。
「――貴様らの麗しい副長の首は、この婁震戒が貰い受けたぞ!」
そのまま消えていく暗殺者を、誰もとどめることなど、かなうはずもなかった。