レッドドラゴン
第二夜 第十一幕〜第十四幕
「最前線」のスペシャル企画「最前線スペシャル」。三田誠がFiction Masterとしてシナリオを紡ぎ出すRPF、『レッドドラゴン』。参加者は虚淵玄、奈須きのこ、紅玉いづき、しまどりる、成田良悟の夢の5名。音楽を担当するのは崎元仁。最高の布陣で最高のフィクションを創造します。
『第十一幕』
ロズワイセ要塞を出て、ガダナンは真北へと歩み出した。
街道ではなく、山岳へと登るための進路。
ガダナンを操るミスカは表情ひとつ変えない。しかし、その一歩ごとに気温があがっていき、世界が異形に変じていくようだった。
FM: じゃあ、音楽をフィールドに変えます。ここから先には大きな街は存在しませんので、ある種の帰還限界点ですね。
禍グラバ: あ、水は補給していいですか。
FM: もちろん回復してていいですよ。むしろここでしておかないと、疲労状態ルールとか使うハメになりますよ。また誰かが壊すかもしれませんしね。
スアロー: も、もう、その話はいいじゃないか!(笑)。
ろくに道もできあがってない山岳では、さすがのガダナンも一気に速度を落とす。
不安定で脆い坂の地盤は、もはやそこらの馬に踏破できるものではない。獣師の民であるミスカが慎重に鞭を振るい、そこに染みだす薬液を調整することで、ガダナンの精神状態を適切に維持し続ける。
一定の緊張度から、高くもせず低くもせず、平坦に保ち続ける。
その背中で、
「……」
ひどく乾いた風を顔に受けながら、忌ブキは黙っていた。
「……」
そんな忌ブキをヴァルの背中から見上げ、エィハもまた沈黙する。
ふたりは――あるいはふたりと一体の魔物は――当然だが、気づいていた。
この獣道こそ、かつて自分たちが、革命軍とともに歩んだ場所であることを。
自分たちのせいで、自分たちを救って死んでいったものの、最後の道であったことを。
FM: 山岳に入ると、一マスの移動に二日かかるようになりますね。
エィハ: 街道は一日に二マス移動できたから……一気に四分の一! うわあ、しんどい。
FM: ニル・カムイの街道はドナティアの支配や、過去の戦争によって結果的に整備された代物でもあるからね。逆にそういう支配や戦争を免れた区域は、ある意味で孤立した状態のままです。
忌ブキ: 支配されてたから……整備された道。
禍グラバ: 何事も、一面の事実だけでできあがるものじゃないですしな。
エィハ: 移動表は振るんですか?
FM: いや、今回の場合、イベントの場所に到達するんで振る必要はない。山岳の中腹あたり、ロズワイセ要塞で聞いた村の近くまで来て、君たちが目にするのはこういう景色だ。
忌ブキ: そんな……。
スアロー: やだー! どう見てもただの溶岩地帯じゃないですかー!
禍グラバ: 聞きしに勝るというか……村の痕跡さえ残ってないな……。
FM: まあ、元村としか、言いようがないですね。吹きつけてくる風は完全に干涸らびて、硫黄の嫌な臭いばかりがきつい。かろうじて村の痕跡らしいものは、家屋の盛り土や畑らしいカタチに窺えるだけだ。
忌ブキ: 死体も……見つからないんですね……。
FM: うん、そんなまともな死に方は誰もしていない。――そして、ここまで見た君たちは全員【知覚】で振ってもらえるかな? とても簡単な判定なんで一段階有利。つまり判定のサイコロの一の位と十の位を交換してもいいよ。
忌ブキ: 【知覚】? (サイコロを振って)成功ですね。
禍グラバ: (サイコロを振って)成功です。
婁: (サイコロを振って)成功。
エィハ: (サイコロを振って)ヴァルが成功です。
スアロー: (サイコロを振って)自動失敗!? あ、いや、出目を交換していいなら成功。良かった。
FM: では、最初にあなたたちが感じるのは地響きです。
焼き尽くされた……などと可愛いものではない。
村は、完全に消滅していた。今も淡く赤熱する溶岩に流され、埋め尽くされ、地形の片鱗以外はすべて失われていた。
「みんな……なくなって……」
忌ブキの喉に、いがらっぽいものがこみあがる。
距離からすると、かつての自分の故郷とも交流があったはずだ。ドナティアの伝道師がいたため、自分の村には孤児院があったが、おそらく主立った違いはそれぐらいだろう。
自分と変わらない――変わるはずもない人が、一体何人死んだのだろう。
その光景を茫然と見下ろしていた忌ブキたちの身体へ、不意に地響きが伝わった。
忌ブキ: どこ……から!?
FM: 距離的にはまだまだ遠い。向こうの山の中腹ぐらいだ。だけど、それでも見える。伝わってくる。――それほどの、岩の巨人が歩いてくる。
(岩の巨人の駒をマップに置く)
忌ブキ: あ……!
エィハ: (ため息をついて)やっぱり……イズンの……。
婁: 情報だと、つながれものの可能性があるとか言ってましたな。巨人のどこかにつながった人間が乗ってる?
FM: それはぱっと見には分かりませんね。ただ、その巨人が踏みつけた足跡から、どんどん溶岩が噴き上がっている。この村から向こうの山までずっと、溶岩の長いベルトでつながってる感じ。
スアロー: ん? それって、何周も同じところを歩いてる?
FM: おお、理解が早い。どうもそんな感じです。――そして、忌ブキさんはもう一度【知覚】で判定を。
忌ブキ: あ、はい。(サイコロを振って)成功です。
巨人。
岩の、巨人。
その一歩が地響きを起こし、ずぶずぶと溶岩を沸きだたせる。世界を蹂躙していく膨大な質量と、熱の塊。
「……イズンっ!」
刹那、忌ブキは額を押さえた。
その巨人を見間違えるはずもない。見間違えるわけがない。自分とエィハを救ってくれたその偉容を、忘れられるはずがなかった。
そして、同時に、忌ブキの角は、別の魔素に反応してしまっていた。
(……え?)
痛みにも、ひきつりにも近いその感覚。
巨人の、胸だ。
それだけで小さな丘ぐらいありそうな胸部の中心に――本来の彼にはなかったはずのものが埋まっていたのだ。
そこに融合していたのは……巨大な爪であった。
スアロー: 爪……?
FM: 同時に、その感覚はエィハにも伝わります。これは判定も必要ありません。
エィハ: え……わたしにも?
かつて、仲間だった少年。
かつて、自分たちをかばってくれた岩巨人。
「イズン……?」
エィハが顔をあげる。
少女もなぜか、巨人へ埋め込まれた爪を見入っていた。まるで、魂ごと引っ張られるような感覚であった。
少女の異変に合わせて、ヴァルもまた低く唸る。魔物の視覚は人間であるエィハの遥か上を行き、その爪がいかなる形状をしてるか、細部にいたって伝えてきた。
だから、分かってしまった。
その物体は――
「竜の……爪……」
スアロー: 竜? まさかあれ、〈赤の竜〉とガチンコしていたってわけかい?
忌ブキ: ……はい。ぼくらを、逃がすために。
エィハ: イズンは、忌ブキが好きだったの。
禍グラバ: うひょう。
エィハ: 忌ブキみたいな皇統種が生き残っていたことが自分の希望だって言ってた。わたしには分からないけれど、忌ブキを護ることで自分たちは自由になれるんだって。
スアロー: 自由、ね。
禍グラバ: しかし、岩巨人に刺さってるのが竜の爪となると……ひょっとすると、手がかりというのは、あの爪のことなんじゃないかね。
スアロー: そ、それはやめてほしいなあ。しかし否定できないというか、大いに可能性がありそうだ。
婁: 一緒にいる、還り人の軍勢ってのはまだ見えない?
FM: そうだね。巨人がとにかくでかいから見えてるだけなんですが。それ以上だと【知覚】判定をしてもらいましょう。難易度は12になります。
婁: そうですね。(サイコロを振って)[達成度]は16です。
FM: では、後ろに何人かの人影がいるのは分かります。ですが、どれも原型を留めていない。岩巨人について溶岩を歩く間に吞み込まれてしまったようです。おそらく数日前なら、その数倍はいたのでしょうが。
禍グラバ: ふむ、まさしくゾンビの軍勢だねえ。
婁: ひとまずは放置して、先に進んだ方が得策だと思いますがね。
FM: そうですね。ですが、婁には別の事情が発生します。
婁: ?
FM: (サイコロを振って)うん、当たり前だが成功している。あなたの背で剣がささやかに鳴り響き、こんな声を伝えるのです。「婁……あれじゃ」
婁: は?
FM(七殺天凌): 「あの爪は、竜そのものじゃ。おそらく竜の本体といまだに魔素の因縁でつながっておる。まだ生きておるぞ、あれは」
婁: ほほう……。
婁の声音が、かすかにうわずる。
七殺天凌の情欲に――毒気にあてられたかのように。
FM(七殺天凌): 「それに……あの巨体につまった生体魔素、常人の百倍でもきくまい。竜の爪と、この島だけのつながれものとが重なった獲物など、出会う機会もまたとあるまいぞ」
婁: ……では?
FM(七殺天凌): 「……喰わせろ」
婁: (恭しく)承知いたしました。
なれば、婁震戒が断れるはずもない。
忌ブキ: 婁さんに動機が!
FM: そう話している間にも、岩巨人は驚くほどの速さで、こちらに近づいてきます。動き自体は鈍重でも、その歩幅が圧倒的ですからね。
エィハ: もう来る……。
忌ブキ: ……あの、ぼくはイズンに意志があるのか確かめたいです。そうしないと、ここから一歩も進めない気がします。
スアロー: ふむ。で、エィハくんもできれば楽にしてやろうと思ってる?
エィハ: 思ってます。
スアロー: ……危険な行為を推奨するつもりはなかったが、もともと止めるつもりもない。ふたりが戦いたいというならば、まあ仕方ないし、付き合うよ。
FM: それを聞くと、メリルはさすがに柳眉を逆立てるよ。「正気でございますか?」
スアロー: 少年少女の道を切り開くのは、大人の役目だろう?
婁: (口を挟んで)……よし、挟み撃ちといきましょう。
スアロー: ほほう?
禍グラバ: 通り過ぎようと言っていた男が、急に乗り気になりましたな。
婁: まず、私が溶岩流の反対側に回り込み、背後から攻撃を仕掛けます。あなた方は正面から。これでよろしいか?
スアロー: 確かに、単独行動かつ隠密では婁さんの右に出る者はいないだろう。それが一番、シンプルかつ効果的かな?
FM: では、ここで、スアローに【知性】の判定を。
スアロー: ぼ、僕に【知性】を求めるか! 50%しかないのに……(サイコロを振って)あ、珍しく成功。
FM: では、この岩巨人が竜と関連してるならば、〝例のもの〟は同様に力を発揮するだろうことは予想できます。魔物は魔素流によって力を増したり、減じたりするものですから。
スアロー: むう……了解。自分で使えるように仕込んでおくか。
FM: 分かりました。自分で持っているなら、いざというときには割り込みで使えます。
地響きが近づいてくる。
雲をつかんばかりの巨体が、確実に迫ってくる。
竜に殺された――そして、おそらくは竜の力によって黄泉還ったつながれものの巨人が、溶岩とともにスアローたちのもとへ行進してくる。
『第十二幕』
還り人。
思えば、ぼくの旅はそこから始まっている。
孤児院を運営していたぼくの恩師――ドナティアの伝道師が還り人になり、村を焼き払ってしまったことが革命軍を引き寄せ、ぼくという皇統種をこの旅に連れ出した。
今でも、忘れられない。
バケモノとなった恩師を滅ぼした、そのときの感触。
必死で魔術を手繰ったその結果。額から角が生えたのも、多分あのときだったと思う。
ぼくは、誰も助けられなかった。
還ってきた恩師も、村の人たちも、その後に出会った革命軍も、助けられなかった。
だから。
だから、今回だけは。
命がけで、自分たちを救ってくれた少年だけは――。
忌ブキ: 助け……られないでしょうか。
禍グラバ: ふむ。一度正気を失った還り人が元に戻った例がないと、そう教えてくれたのは君だろう?
スアロー: 還り方からして特殊な事例ではあるだろうし、試す価値が皆無ではないだろうけどね。
忌ブキ: ……はい。イズンはぼくたちを助けてくれたから……!
禍グラバ: 最大限に好意的に捉えるとするならば、つながれた魔物だけが狂い、つながれた友人はどうすることもできずに、村が潰されるのを見るしかなかった、という考えもあるか。
FM: そう話している間にも、ずしんずしんと岩巨人が近づいてきますよ。
禍グラバ: (少し早口になって)――どうするね? つながれてる友人が肩のあたりに乗ってるのなら、運ぶ方法はあるよ。
スアロー: ビッグ……いや、禍グラバさんやっぱり飛べるんですか――!?
禍グラバ: 禍グラバの背中についていた小さいプロペラがものすごい勢いで回ると、そこから風が起こると同時に蜻蛉のような羽根が生えます。これが実は、禍グラバの飛行ユニットでして(キャラクターブックを見せる)。多分、忌ブキひとりぐらいなら運べるかと。
FM: そうですね。ひとりぐらいなら運べます。ただ、自分の行動を取れなくなってしまいますが。
エィハ: わたしも、ヴァルに乗っていく。
禍グラバ: うん、それがいいな。ヴァルとエィハが飛んで、こっちも忌ブキを抱えて飛んで肩に行けば、ふたりで話しかけられる。
スアロー: なるほど。で、岩巨人の注意を僕が正面から引きつければいいんだな。
婁: じゃあ、その隙に私は裏に回り込んで。
スアロー: (婁を見て)問題はこっちの人だがなあ。――だがまあ、今回は頼るしかないか。僕も婁さんのスペックが初めて見られる。
忌ブキ: 全員で戦うの、初めてですからね。
婁: では、万が一の場合に備えて、私は配置についておきます。(サイコロを振って)とりあえず、〈隠密〉で皆から姿を隠す。成功。
FM: 了解しました。
禍グラバ: おお、音楽が新しいものに。
FM: ボス用の音楽です。マップの好きな場所に皆さん配置してください。
スアロー: メリルは……(しばらく悩んで)剣の十本まではウェポンホルダーで持ち運べるし、今回はメリルに下がっていてもらうか。このへんで(駒を置く)。
FM: 了解です。ミスカとガダナンも戦闘には参加しませんので、メリルさんを連れて避難しましょう。
忌ブキ: じゃあ、禍グラバさんとぼくはセットで。
禍グラバ: で、私の【移動力】は20で、【移動力】1で一マス移動できると。なら、このへんだな(駒を置く)。
エィハ: わたしとヴァルはこのへん(ヴァルと自分の駒を置く)。
婁: ……(無言で駒を置く)。
FM: OK。(サイコロを振って)まだ岩巨人は君たちの存在に気づいていません。知覚できたら、行動を開始します。
婁: まあ、まずは囮が気を引くのを待とうか(笑)。呼びかけるんだろう?
忌ブキ: ぼくですか!? (しばらく考えて)……そうですね、呼びかけましょう。禍グラバさん、声の届く範囲まで行ってもらえますか?
禍グラバ: 了解です。では忌ブキを摑んで、背中に回り込む感じで飛びましょう。
飛ぶ。
飛ぶ。
禍グラバさんに抱えられて、ぼくは初めて空を飛ぶ。
蜻蛉にも似た禍グラバさんの羽は、鉄の塊のような禍グラバさん自身とぼくを悠々と空に舞い上がらせた。エィハを乗せたヴァルも一緒についてきてくれて、ぼくたちは岩巨人の頭上へと躍り出る。
まるで、小さな山が歩いてるようだった。
圧倒的な質量は、こちらの感覚までも狂わせるかのよう。足を踏みおろすたびに、どろどろとした溶岩が大地を蹂躙する。かつてぼくを護ってくれたその巨体が、今はこの上なく恐ろしかった。
「……イズン、さん」
恐怖に、耐える。
目を、凝らす。
視覚だけじゃなくて、もっと奥深い何かを――額の角で捉える感覚。
――視えた。
岩巨人の首の後ろに、こぶみたいにできあがったシェルター。岩と樹木を積み重ねたその天蓋に、淡く人影が動いていたのだ。
忌ブキ: 声を、かけます。――イズンさーんっ!
FM: では、シェルターの中で人影が一瞬動く。こちらを見上げたように思えたあたりで、岩巨人もまた動き出してしまいます。――戦闘ラウンドの開始です!
FM: 戦闘最初のタイミング、レディセットです。まずは皆さん、【反応速度】の宣言をお願いします。
禍グラバ: 30です。
忌ブキ: 24です。
婁: 52です。さらに特殊能力《武芸この上なく》で3D10追加。(サイコロを振って)74になります。
FM: 圧倒的ですね。
スアロー: こっちも《竜速》。黒竜騎士の契約による加速能力。(サイコロを振って)それでも足して58か。婁さんにゃかなわねー。
エィハ: ヴァルが56でエィハが22です。
FM: で、このタイミングで忌ブキは皇統種の力――《魔素の勲》を使えますが、どうします?
忌ブキ: 前に使った、仲間の反応速度を上げる力ですよね?
FM: そうです。今なら、一緒に飛んでる禍グラバと、エィハとヴァルが効果範囲にいます。
忌ブキ: ……これは使った方がいいですね。使います。(サイコロを振って)あ、出目がいい! 三人の【反応速度】に+29です!
FM: それはすごい! 忌ブキの操った魔素流によって禍グラバとヴァル、エィハの生体魔素が活性化、反射神経が通常の数倍と化します。結果、禍グラバが59、エィハが51、ヴァルが85となりますね。なお、岩巨人は56です。
行動順
- ヴァル:85
- 婁:74
- 禍グラバ:59
- スアロー:58
- 岩巨人:56
- エィハ:51
- 忌ブキ:24
忌ブキの声に、岩巨人が振り向いた。
どう見ても、仲良くしようなんて動きじゃない。もっと本能的で、感情なんて欠片もない――顔の近くを飛ぶ蠅でも落とそうとするような、そんな動作。
刹那、わたしは羽ばたいていた。
わたしとはヴァルだ。
ヴァルとは、わたしだ。
忌ブキの動かした魔素に身体を押され、誰よりも速く、白い翼を羽ばたかせる。
FM: では、まずは反応速度85まであがったヴァルさんから。
エィハ: 巨人に殴りかかります! (キャラクターブックを見て)あ、いや、牙の方がダメージが大きいから、がぶがぶ二回攻撃で嚙みます! (サイコロを振って)一回目は89で成功です!
FM: (表を見て)飛行生物からの部位命中表はこれだから……お、岩巨人の左脚に食いつきましたね。回避なんて不可能な巨体なんで、ダメージをどうぞ。
エィハ: (サイコロを振って)全部足して58点です!
一転、きりもみのように急降下。
「イズン……!」
囁く。
風の壁を突き破りながら、決意を言葉にする。
「あなたは、わたしに順番をくれた。結局その順番を、わたしは忌ブキにあげたけれど」
声が風にまぎれる。
――あなたはわたしの友達ではなかったけれど。
――どれだけあなたが未来を求めたのか、今ならわかる。
――あなたは、死にたくなんてなかったはず。
――それでもわたしたちを助けてくれたのは、
――こんな風に狂うためじゃなかったってことも。
巨人が、たちまち迫ってくる。
「だから――あなたは、わたしが殺してあげる」
わたしが口を開く。ヴァルが口を開く。
いままで何人も敵対する相手の肉を、骨を喰らってきた牙。その味を覚えてきた口腔。
ヴァルの鋭い牙が、巨人の岩肌を切り裂く。
FM: それぐらいならかすり傷だね。ほとんどのダメージは岩肌を削るにとどまる。
スアロー: うひい、人間なら胴体ごと食い千切ってたヴァルの牙が。
エィハ: うう、でもほかにやりようがないもの。二撃目は(サイコロを振って)30で命中!
FM: お、ヴァルは《武器習熟:格闘》を持ってるので、有利という扱いになります。出目の十の位と一の位をひっくり返して、03に出来ますよ。これなら効果的成功です。
エィハ: あ、やりますやります!
FM: 攻撃の効果的成功は致命表というのを振りますんで……1D100を振ってください。
エィハ: (サイコロを振って)38!
FM: 左腕の致命表で38。『装甲の隙間にねじこまれる強烈な一撃。防護点を0とし、[達成度]を倍にする』。これは痛い……!
さらに、飛ぶ。
岩巨人が振り回す手をかいくぐり、反転して上昇。
一度や二度、ヴァルの牙が利こうが利くまいが、そんなことは考えてられない。かまってられない。
殺してあげると、言ったんだ。
もしもわたしが狂ったら、ジュナが殺してくれると言ったように。
どうして、そのわたしが逃げられるだろう。
エィハ: (サイコロを振って)ダメージは89点です!
FM: 防護点さえあれば……! かつてエィハたちをかばったその腕を、ヴァルの牙が貫く。が、いかんせん元が大きすぎて、目立ったダメージにはなりえてない。メイン行動が終わると、さっきの【反応速度】をキャラクターブックの【行動FT】の数字だけさげてください。
エィハ: えっと、【行動FT】は24です。次の行動は【反応速度】61ってことですね。
FM: はい、そうです。――さて、次は【反応速度】74の婁さんだ。
婁: (マップを見ながら)ふむ、一気に岩巨人の後ろまで回り込めそうですね。――背後まで行けば、全員の死角になります?
FM: ああ、なるほど。岩巨人のサイズを考えれば、死角にはなるでしょう。
婁: ならば、見えてないという前提に……七殺天凌を抜きましょう!
一同: おおーっ!
FM: あ、空中の禍グラバさんは先に《天性の勘》で【知覚】判定を。
禍グラバ: んん? (サイコロを振って)成功。
「む?」
一瞬、禍グラバが首を捻った。
岩巨人の背後へと回り込んだ婁を、もう一度捉えようとしたのだ。あの暗殺者がいかなる手段で岩巨人を葬ろうとするのか。それを知りたいだけの興味本位だったが、次の瞬間、剣に手をかけた婁の姿に、不死商人はかつてない恐怖を覚えた。
――ミテハイケナイ。
その、強烈な予感が、五行躰の全身を突き抜ける。
思考制御の飛行装置がそのあおりを食って、あやうく失速しかけたほどだった。
(……なんだ、あれは!?)
ほとんど物理的な衝撃にかぶりを振りつつ、禍グラバは必死で飛行を修正した。
(今のは、何なんだ!)
禍グラバ: うひい、駄目駄目! あれは駄目! 忌ブキくんもエィハくんもそちらを見てはいけない!
スアロー: おほう。禍グラバさんまで大混乱。
婁: こちらの刃を見たら、その程度ではすみませんから。――じゃあ四回攻撃でいきますか。(サイコロを振って)一発目の出目が83。《武器習熟》で一段階有利扱いなんで38に変更。効果的成功です。
FM: いきなり効果的成功!? 致命表を振って下さい。
婁: (サイコロを振って)85。
FM: (表を見ながら)左脚に、『骨まで響くほどの強烈無比たる一撃』ですね。特殊な効果はないですが[達成度]は倍です。相手が人間なら確実に部位切断ですね。
婁: じゃあダメージは6D10+20に[達成度]94を足して……。
忌ブキ: す、すごい数字を言ってる……。
婁: うん、ここはさらにダメージ上昇技《二の打ち要らず》を突っ込みましょう。自前の生体魔素50点をダメージに変換して203点です。
FM: 203点! 防護点で止まるどころじゃない!? しかもこれが一回目の攻撃!?
溶岩の海を次々に飛び、婁の背から白刃が抜き放たれる。
すなわち、七殺天凌。
彼にとっての生存意義。この世で最も貴く美しいもの。
鋼鉄に匹敵する岩巨人の肌さえ、その刃はあたかも薄衣のように断つ。
「……ッ!」
切断しながら、婁はさらに氣を練った。
――二の打ち要らず。
流派においては、そんな風に謳われる秘訣。すなわち体内の生体魔素を練り上げて、強大な衝撃へと変換する内功の奥義である。
七殺天凌によって増幅された斬波は、明らかに刃の届かぬ部位までも切り開いた。
婁: あ、正確には何点ダメージが抜けました?
FM: ……あ、そうか。その能力もあった。七殺天凌が岩巨人に与えたダメージ――145点の生体魔素を吸収します。
スアロー: こんだけやったあげくに吸収……!? め、滅茶苦茶だ!
FM: 一撃で、常人なら十人近い生体魔素を吸った七殺天凌は大いに笑いますね。「甘露甘露。これじゃ。この魂魄の味じゃ。この島まで来た甲斐があったぞ婁よ」
婁: (感極まった声で)おお……! まだまだ行けますぞ。
FM(七殺天凌): 「おおとも。それにこやつ……わらわたちが吸いきる以外では倒しきれんぞ?」
婁: ほう?
FM: 七殺天凌は剣だけに、おおよそ相手に与えたダメージの相対評価ができますからね。具体的に数字で話しますと、現状ではこの岩巨人、左脚だけで2000から3000ほどのFPがあります。
忌ブキ: 3000点って……。
エィハ: そういえばこの巨人、竜の牙や爪にも結構耐えてた……。
婁: なるほど……。
FM: しかし、生体魔素はそこまでの量じゃないですし、部位ごとに分かれてもいません。だから、生体魔素を直接奪える婁なら殺しきれる、というのが七殺天凌の判断ですね。
婁: ……些か品位に欠けますが、食い放題ということでよろしいですか?
忌ブキ: かっこいい……!
FM(七殺天凌): (嬉しそうに)「わらわに異存があるわけもなかろう。存分に、食い尽くさせよ」
婁: (恭しく)では、お望みのままに。
さらに、続けて七殺天凌が唸りを上げた。
もはや奇蹟にも等しい四連撃。目の前の左脚を集中して打ち据え、粘土のごとくに切り崩す。巨人とてまな板の上の魚にはあらず。身を捻り、溶岩の海を蹴立てて抵抗しているというのに、なんら気に留めぬほどの絶技であった。
婁: ……ひとまず刃を納めましょう。さすがに一度では殺しきれませんか。
FM: ちょ、超吸われた。四連撃全部で350点ぐらい吸われたぞ……!
スアロー: やべえ、どんどんツヤツヤになってきたぞ、あの剣(笑)。
禍グラバ: 私の生体魔素なら三人分ぐらい枯渇してます(笑)。
FM: では婁の【行動FT】が26で、剣を抜いて納めたのでさらに2点消費。合計【反応速度】が28減ります。
婁: 次の行動は【反応速度】46ですね。
エィハ: 次は61で……またヴァルでいいですか。
FM: ええ、ヴァルの番です。ただ、これだけダメージを受けたので……(サイコロを振って)うん、反応がありますね。
エィハ: 反応?
FM: エィハは忌ブキと一緒に、岩巨人の頭上を飛んでるから分かるでしょう。――岩巨人の背中で、シェルターの内側に貼りついているようなイズンが、あなたの方を見上げています。
エィハ: イズン!?
FM: あなたに訴えかけるように、つながれた少年は干涸らびた腕を動かします。
エィハが、見た。
背中のシェルターで、人影が腕を動かした先。
その先に――最初に見た、竜の爪が埋まっていた。
スアロー: あの爪をどうにかしろってことだな。どうにもあの爪が手がかりっぽいし、一石二鳥か。
エィハ: でも、そこだけに攻撃ってできるんですか?
FM: 本来なら特技《部位狙い》が必要ですけど、こいつはでかすぎますからね。[達成度]を半分にすることで、誰でも狙えます。
エィハ: 分かりました。その示している部位を牙で攻撃します。(サイコロを振って)出目は43で命中!
一撃。
岩巨人の――肌の継ぎ目を穿つようにして、ヴァルの牙が融合した爪を剝がしにかかる。
かすかに揺れた爪へさらに一撃。二度目には手応えがあった。胸に埋まった爪が大きくぐらつき、少し遅れて岩巨人が膝をついたのだ。
「もう一度! もう一度お願いヴァル!」
エィハの言葉に応え、魔物は大きく旋回する。
禍グラバ: ホントに硬いですね、この巨人……! で、私の番ですか。
FM: はい。
禍グラバ: じゃあ回り込んで、首の後ろのシェルターに忌ブキを下ろしましょう。
FM: 了解です。岩巨人が膝をついたところなので、回り込むのは簡単です。でも、下ろした忌ブキが転げ落ちないかどうかは【敏捷】で判定を。
忌ブキ: 転げ落ちる!?
FM: 下ろす方の禍グラバが振っても、下りる方の忌ブキが振ってもいいですよ。失敗すると、膝をついた岩巨人の肩から――大体二十メートルからの落下ダメージになりますね。
忌ブキ: ぼくの【敏捷】は40%しかないですよ!
禍グラバ: では私が……(サイコロを振って)し、失敗!
忌ブキ: (キャラクターブックをめくりながら)ま、待って! 確かこんなときの魔法が! そうだ、《フェザーフォール》を使います!
FM: なるほど。その魔法には判定はいりませんね。ただ《フェザーフォール》の消費生体魔素と、発動にかかる経過FTだけ、【反応速度】を落としてください。
忌ブキ: 分かりました。――イズンさん!
巨人の背中にへばりつき、忌ブキが訴える。
今にも滑り落ちてしまいそうな、ぎりぎりのバランス。尖った岩質で手の平が切り裂け、ぬるりとした血の感触が肘まで伝わる。
痛みよりも、ただ熱さの方が強かった。
樹木と石が積み上がったシェルターへ、必死に手を伸ばした。
FM: 駆け寄るのは忌ブキの行動順になりますね。――では、これで禍グラバの行動が終わりです。次はスアロー先生。
スアロー: ま、こっちは近寄って斬るしかないですな。
FM: 契約印は解放します?
スアロー: いや、まだしない。あの爪を狙いたいけど、ちょっと胸までは剣が届かないしな。
「……こちらは、囮だな」
一気に巨人へと詰め寄りながら、スアローは呟く。
あの少年と少女が、彼らなりにあがいているならば、その結果が出るまでは助力するのが彼の主義であった。あるいは、青年が自分に課した判断基準と言ってもよい。
ゆえに、契約印を解放しない。
竜の爪が、〈赤の竜〉へ至る手がかりだとしても、それは後に考えること。
黒竜騎士の代名詞ともいえる〈力〉を封印したまま、スアローはその剣を打ち振る。
スアロー: (サイコロを振って)一回攻撃で72点のダメージを与えて、剣が半ばから砕ける。露骨にやる気がないが、忌ブキさんの説得が終わるまでは様子見だし、ちょうどいいということで。
忌ブキ: いい人だ……!
はたして、スアローの剣が呼び水となったか。
岩巨人は、ぐるりと振り向いた。婁に削られた左脚を庇うようにして、その右手を大きく天空まで振り上げる。
「……スアロー……さん……!」
巨人にしがみついたまま、忌ブキが漏らした。
急速に高まる生体魔素を、少年の角は正しく感知していた。
FM: さて、ついに巨人の攻撃だ! ごおっと巨大な拳を天空まで突き上げ、そのまま溶岩まで振り落とす。還り人として凝縮された魔素は、溶岩の奔流となって周辺二十五マス以内にいる全員に命中します。
スアロー: 範囲内の全員って、俺たち全部じゃねえか!(一同爆笑)。
FM: 背中にへばりついてる忌ブキくんだけは大丈夫ですよ。自爆になっちゃいますからね(笑)。着弾地点で爆散するタイプですので回避は困難ですが、ブロックは可能です。
エィハ: ブロック……ってどうやるんでしたっけ?
FM: こちらの攻撃の[達成度]を判定で上回れば、武器や腕でブロックできます。
エィハ: 武器か腕……。
FM: ただし武器ならダメージを武器が負いますし、腕ならダメージ部位がそこに変わるだけです。重い武器だと次の行動順が遅れたりもしますね。――(サイコロを振って)こちらの[達成度]は37!
婁: (少し考えて)七殺天凌を鞘に収めたまま、《ブレス斬り》はできますか?
FM: できますね。《ブレス斬り》は専用の特技ですので、武器にダメージを負わせることなく、ブロックを可能とします。
婁: 分かりました。(サイコロを振って)問題なく。
スアロー: ……[達成度]が37だと、通常の方法ではもう駄目か。……是非もない。《真なる契約》、発動します。「契約印解放、黒竜の暴威をここに!」ブロック判定は……よし、成功!
禍グラバ: 私はドリルで……受け切れてない!
婁が七殺天凌の居合抜きで、溶岩弾を切り裂く。
スアローもまた、契約印を解放した。〈黒の竜〉に傷つけられた左脚に激痛が発し、そこから流れるおぞましい魔素が身体を侵食。どうしようもない気持ち悪さと引き替えに、青年の身体能力を飛躍的に増大させる。
身体の底から噴き出すようなチカラの渦。汚泥を吞み込むかのごとき不快感。――そして相反する心地よさ。
まともに使ったのは初めてなのに、理解できる。
これは、蹂躙するための力だ。
これは、破滅させるための力だ。
人の身に余る、〈黒竜騎士〉という名の契約。
だが。
(……糞!)
同時に、スアローは呻く。
気づいたのだ。
常に崩壊を見てきた彼には、その呪いを帯びている彼には、分かってしまう。
一切の余波を断ち切った婁や、破壊力そのものを拮抗させられる自分はともかく……ほかは、耐えきれないという事実に。
FM: ダメージを決定する前に、ひとつ問題が。
禍グラバ: ん?
FM: 現状この岩巨人は自分に適した魔素流にいるため、能力を最大化されています。今のままなら、溶岩によるダメージは90D10ということになりますが。
スアロー: 90D……!?
FM: ダメージ自体を無効化している婁、《粉砕の呪い》によってブロック性能も高まっているスアローを除くと、一気に炭化できるダメージですね。最後に確認しますが、このまま振ってもかまいませんか?
スアロー: ……契約印の解放と一緒に、別の割り込み行動はできる?
FM: もちろん、かまいませんよ。
スアロー: ……仕方ない。割り込みであれを二本落とす!
スアローの片手が、ひそかにベルトポーチへ走った。
〈黒の楔〉。
魔素流を変化させる、禁断の術具を放ったのだ。
瞬時に大地へと溶け込んだ〈楔〉は、誰の目にも触れず、誰の耳にも届かず、致命的な変化を起こす。
その結果だけを、少年と少女が知った。
FM: では、忌ブキとエィハは気づきます。しかし、内容は違う。忌ブキが気づくのは唐突な魔素流の変化。なんとなく赤色と認識していたそれが、急激に漆黒へと傾く感覚。
忌ブキ: はい。
FM: エィハが気づくのは、凄まじい悪寒。まるで自分の魂に腕を突っ込まれ、思う存分に穢されたかのような嫌悪感です。
エィハ: ……悪寒……。
FM: そして、あなた方を目がけた溶岩の奔流も、急激にその勢いを落とします。誘導していた魔素が欠乏し、90D10だったダメージは10D10まで減少。――(サイコロを振って)エネルギー属性のダメージが66点。
エィハ: (サイコロを振って)ヴァルが左前脚で受けました。FPから減らすんですか?
FM: スタミナとFPが同時に減りますね。エネルギー属性なので防護点は無視。FPが0になったらBPを減らして下さい。
エィハ: (キャラクターブックに書き込みながら)左前脚のFPがなくなって、BPが残り4……。
FM: では、エィハを庇ったヴァルの左前脚が瞬時に焼けただれる。溶岩の奔流で肉がこそげ落ち、骨まで露出。かろうじて飛行はできますが、今後そちらの腕を使った行動――たとえば爪や、飛行中の攻撃などは一段階不利となります。
忌ブキ: へ、減らしたのにそれ……。
FM: 後ダメージが4点多かったら、死亡判定でしたよ。
エィハ: 死んじゃう……もう一度死んでるのに……。
FM: ええ、もう一度死んだらそれは何かどうしようもない結果を招くだろうと、そういう予感だけはありますね。
スアロー: こちらは剣で受けきれますが……まあ例のあれで、剣はぱきーんと。
禍グラバ: ふむ。受けが失敗しましたが、五行躰の対エネルギー属性効果で防護点が使えます。全身70点以上の防護点があるんで、66点なら弾き返しますよ!
スアロー: さすがブリキング(笑)。
FM: 次はエィハの番ですが、こちらはヴァルに貼りついてるだけですね?
エィハ: はい。ヴァルをはげまします。よくこらえてくれたから。
FM: はい。では、そのまま婁さんの行動順。
「――この中の誰かが、小細工を弄しおったの」
背中で、愛しい妖剣が震えた。
婁: ほう?
FM(七殺天凌): 「魔素流に干渉したようじゃ。おかげであの岩巨人めもずいぶんと脆うなったように見えるが……まあよい。あれの生体魔素を喰らえれば、わらわに不満はない。じゃが、おぬしは気をつけておけ」
婁: そのような卦体な真似ができる男は、ひとりしか心当たりがありませんが……。
スアロー: (きょろきょろしながら)ん、誰かな? やはりあのブリキングかな?(笑)。
婁: さてさて。――岩巨人に攻撃したいんですが、また死角に入れます?
FM: (マップを見て)今の配置だと、禍グラバに見えますね。まあ、向こうで目をつぶる可能性もありますが。
婁: ふむ。みんなわりと散らばってますね……。死角を取れる場所がありますか?
FM: (少し考えて)変則的な処理になりますが、移動力を攻撃一回ごとに4使うことで、死角へ入ってることにしていいでしょう。
婁: 了解です。じゃあ91%での五回攻撃でいきます。まず一回目。(サイコロを振って)効果的成功! 軽功で跳ね飛んで、左腕に命中です。
再び、婁の剣舞が始まる。
ほかの人間の死角を取るため、空前絶後の軽功にて巨人の各部へと飛翔する。魔素流の変化によってか、がくりと前にのめった巨人の腕を、腹部を、その美しい白刃が存分に切り裂いていく。
その一撃ごとが、もはや鬼神の所業。
時に内功を練り、時に部位を選び、時に突き、時に裂き――八爪会の秘門たる、ありとあらゆる〝殺す〟ための技術を、婁の剣指刀掌が再現する。
とりわけ、途中で脆いと気づいた腹部へと、その攻撃を集中させる。
婁: ラス1ですね。(サイコロを振って)また効果的成功です。特技で《部位狙い》もします。命中部位決定用のサイコロを追加で振りますね。
FM: (出目を見て)……腹部か右脚か左脚を選べますが。
婁: (にんまり笑って)もちろん、脆いと分かった腹部で。
FM: は、はい。
婁: 致命表は08。
FM: (表を見て)『まさに驚天動地の一撃。[達成度]を三倍にしてダメージを算出すること』……もう滅茶苦茶だ!
婁: (サイコロを振って)最後なんで《二の打ち要らず》も乗せちゃいましょう。259点ダメージです。
FM: うはあ。七殺天凌さん、大喜びです。「おお、この調子じゃ。もはや吸い尽くす寸前の抜け殻もいいところよ」
婁: (丁寧な口調で)恐悦至極に存じます。――で、再び剣を納めましょう。
エィハ: 次、ヴァルの番。ヴァルの手、ぼろぼろになっちゃったし……今度こそ、あの爪を剝がす。牙でやります! (サイコロを振って)出目は17、効果的成功です!
婁に続いて、ヴァルの身体が巨人の胸元へと飛び込む。
左前脚の火傷は骨まで達し――当然、翼も半ばは焼け爛らせながら、それでも力強くヴァルは顎を開く。
エィハの顔が歪む。
魔物の痛みは、少女の痛みだ。
少女の痛みは、魔物の痛みだ。
――これまでたくさん殺してきた。
――殺されるのなら仕方ないとも思ってきた。
――でも、死なない。
――わたしはまだ、死ねないのだ!!
左腕が吹き飛んだような痛みを堪え、少女の牙が、一度、二度と岩巨人の胸を穿つ。
二度目に、手応えがあった。
癒着していた岩と樹木が剝がれ、竜の爪が落下する!
エィハ: 二回目は59ダメージ!
FM: ……巨人が大きく揺らぎ、ヴァルの牙が竜の爪を引き剝がす。それと同時、周囲の溶岩がみるみる内に消えていく。冷え固まるというのではなく、完全に消滅していく(※マップを取り替える)
婁: おや?
FM: さらに巨人の足下へ、大剣ほどもありそうな爪が落下し、大地へ突き刺さる。これで溶岩を使った巨人の能力はすべて使えなくなりました。
エィハ: やった!
スアロー: あれが……〈赤の竜〉への手がかり?
FM: でも、巨人自体はまだ健在。次の行動は忌ブキです。
忌ブキ: (手を打ち鳴らして)来た! やっと来ました……! イズンはもう、手の届く距離にいます?
FM: そうですね。しがみついてきた背中からシェルターへ這いずっていけば、すぐに相手は見えます。イズンはシェルターの中にいるんじゃなくて――シェルターと、半ば融合してしまってます。
忌ブキ: あ……っ。
FM: 巨人の方に残った生体魔素も吸われているのか、ほとんど木乃伊のようになった少年――イズンが、あなたへと問いかけます。「どうして……戻って……来た……んですか……?」
忌ブキ: ど、どうしてって、あなたを助けるために決まって――!
FM: イズンはかぶりを振ります、「無理……だ……還り人は……正気になんか……戻れない……僕も……同じ……」
忌ブキ: で、でも!
FM: (時計を見て)ちなみに、説得し続ける間も時間は流れます。ある程度ゆるくはしますが、一分ほどで次の行動順に移ると思ってください。
忌ブキ: ……ぁ。
「イズン……さん……」
忌ブキの、声がうわずる。
ここに来て、初めて少年は気づいた。仮にイズンが正気だったとして、自分がどうすれが良いか、覚悟できていなかったことを。
考えていなかった、ではない。
最善の場合も、最悪の場合も、思考してはいた。おとぎ話のように説得できて何もかもうまくいくことも、言葉ひとつも交わせなくて自分自身が彼を始末しなければならない場合も――その双方を考えてはいた。
だが。
考えるのと、覚悟は違う。
そして最善でも最悪でもなく、ただ半端であった現実こそが、少年を追い詰める。
忌ブキ: ぼくは……その……あなたを……(押し黙る)。
FM: (時計を見て)一分です。次の行動順、巨人に移ります。多くの生体魔素を奪われ、竜の爪を奪われ、衰弱した岩巨人ですが、それでも最も強大な敵――婁へ、渾身の拳を放ちます!
次の、瞬間。
膝から崩れ落ちた岩巨人が、それでも上半身だけを跳ねるようにして振り向く。瞬間的に腕だけが肥大化し、直径五メルダにも至る絶大の拳を振り落とす。
FM: (サイコロを振って)命中判定は成功。[達成度]は47。命中部位は左腕、胸部、腹部の三ヶ所です。拳の並外れた大きさから複数部位に命中します。
婁: ……複数部位ですか。回避は?
FM: 婁の場合、《軽身功》を使った回避は可能ですが、さっきの攻撃で死角を取るため移動力を使い切ってますね。これも拳の巨大さからして、残った移動力では回避困難です。七殺天凌で受けることは可能ですが。
婁: ……なるほど。
(見誤ったか)
と、婁は思った。
剣を隠すため、岩巨人の身体を用いて死角をつくりあげた。だが、それゆえに微妙な体勢の崩れが生じ――続く巨人の攻撃を迎えるに、ほころびを生じさせた。
彼にも予測しがたかった、巨人の敏捷性。
よもや、そんな自分の失態を七殺天凌にかぶせるわけにはいくまい。
ゆえに、
婁: (平然とした顔で)左腕でブロックしましょう。
FM: ……素手で? その場合、全ダメージが腕にいきますが。
婁: でないと死ぬでしょう。(サイコロを振って)ブロックは成功。どうぞ。
FM: では、全ダメージを左腕とスタミナに。(サイコロを振って)103点です。
婁: 防護点は10なんで、残り93点。腕のFPは綺麗に消えて、BPがマイナス41点まで行きましたね。
FM: マイナスが最大BPと同じだけになったなら……その部位は壊滅です。左腕が耐えきれずにもげます。また抑えきれなかったダメージは、本来の命中部位である胸部と腹部にも波及し、さらにスタミナも同じだけ減りますが。
婁: 41点ですね。FPと防護点で止まりました。スタミナもまだ残ってます。
FM: なるほど……。本来なら気絶してターン終了時に死亡判定ですが、婁には耐久用特技《不屈の闘志》があるので、スタミナの残る限り戦い続けられます。
左腕が、ひしゃげた。
軽身功の限りを尽くし、自分の体重をなくして岩巨人の拳を迎えたが――かすかに残った衝撃は、鍛えぬいた腕をなお微塵に砕くに足りた。骨が突き出し、血袋のごとく爆ぜた肉は、自分の全身を赤く染める。
その中で、婁は薄く笑った。他人が見れば、こう言ったかもしれない。
婁震戒。お前はやはり、戦を愛する修羅だったかと。
だが、真実は違う。
愉悦しているのは、彼でなく剣であった。
「――良いぞ、良いぞ、婁!」
鞘の中で、剣は震えている。吸い上げた生体魔素に、自らの主の血に酔っている。
だから、婁は笑った。
この島に来て良かったと、心底思った。
剣を喜ばせるために来たのだから、腕を失った程度、悔いのあるはずもなかった。
今こそ、婁震戒は恋情に笑っていた。
スアロー: ちょ、ちょっと待って。何、この恋する怪人(笑)。
FM: 戦闘続行のためだけの、最低限のダメージで留めましたね……。これで巨人の行動も終了。再び忌ブキに戻ります。(時計を見ながら)次の行動順まで一分です。
忌ブキ: あ……。
忌ブキが、停止する。
自分の逡巡で、婁の左手が血袋と化した光景を、少年は見ていた。
何もできなかったことで――再び自分の責任で、かけがえのない命が失われる寸前であったことを、思い知ってしまった。
だから、忌ブキは選ぶ。
選んでしまう。
忌ブキ: ……イズンの心臓を止めれば、巨人は止まりますよね……?
FM: つながれものですからね、共に死にますね。
忌ブキ: 一番いい方法はなんですか? 短剣で刺せばいいですか?
FM: 短剣はあなたも持ってますが、能力的には現象魔術が一番確実でしょう。単体であることも考慮に入れれば、収束した魔素を直接ぶつける破壊魔術《エネルギーチャンネル》が有効です。その上で、短剣でとどめを刺すというのもいいでしょう。
忌ブキ: それが一番有効ですか? ……なんでもいいです、彼にトドメを刺せるなら。
FM: 投射魔法なので〈魔法投射〉で判定ですね。成功すればまず殺せるでしょう。
忌ブキ: (キャラクターブックを見て)140%……。
FM: どうします?
エィハ: 忌ブキ、助けてあげて!! 未来を見た、あの子を、人として死なせてあげて!!
忌ブキ: (考え込んで)……振ります!
「ごめん……なさい……!」
ぎゅうっと短剣を握りしめる。
目の前の光景に、あるいは自分自身に怯えながら、忌ブキが魔素を紡ぐ。
かつて還り人になった恩師を滅ぼした魔術。生ける屍さえもう一度滅ぼすほどの、破壊の魔術。その上で心臓を突き刺せば、イズンも死ぬはずだった。
しかし――
忌ブキ: (サイコロを振って)97!? 自動失敗!?
FM: これはまた……!(絶句)。できなかったんでしょうねえ。あなたの手元で、集積した魔素がバラバラに散っていきます。
忌ブキ: あ……その……ぼく……。
スアロー: うーん、この状況はもう……。
FM: 次は、《真なる契約》を解放したスアローさんですね。
スアロー: ……これは仕方がないな。終わらせてしまうしかない。許せ、忌ブキさん。《真なる契約》で〈片手剣〉技能が376%まであがってるし、四回攻撃でいくよ。
すでに、スアローの心中は切り替わっていた。
忌ブキとエィハが、つながれものの少年を助けられるのならそれもよいと思った。だが、それと同じだけ、彼らが諦めたのならば終わらせてしまってかまわないとも考えていた。
青年にとって、それは等価。
壊れそうなものだからこそ、守りたいと思う。
だが、実際に壊れたところで、悲嘆や同情は必要ない。
そんなのは当たり前で、朝食についてる食前酒みたいなもの。あってもなくてもどうでもよく、いちいち感想を述べる意味だってない。
(――)
空白のまま、一歩、前に出る。
それだけで、何かが軋み、歪んだ。
〈黒の竜〉との契約印を解放し、ゆっくりと歩み出るその姿は、もはやヒトガタの竜に等しい。衰弱した岩巨人さえも、その圧におされて後ずさる。
溶岩の消えた大地を踏みしめ、革のホルダーより新たな剣を引き抜く。
スアロー: ここはぶっ放し時だ! (サイコロを振って)あれ? 00(一同爆笑)。剣がぶっ壊れた。
FM: なんだってこんなタイミングで!(笑)。
忌ブキ: ですよね! 出ますよね!
スアロー: 振る前からぶっ壊れたんだが……いつものことだ、次行こう!(サイコロを振って)01!
FM: ちょ、自動失敗と決定的成功を連続で!? どうしてそんな極端な。
スアロー: 僕が知りたい(笑)。クリティカルってどうなるの?
FM: [達成度]三倍で、命中部位は任意……。
スアロー: ふむ。(少し考えて)じゃあ、さんざっぱら殴られてた腹部に。
FM: お、おおお……。
スアロー: [達成度]が41だったので三倍して123。そして割り込み行動で、竜魔術《黒の刃》を撃つ。
剣撃とともに、スアローが念じる。
ごおっ、と黒い魔素が剣にまとわりついた。
契約印から噴き出た魔素が、青年の身体に飽きたらず、その剣までも奪おうとしてるかのよう。だが、異常なのはその密度だ。その奔流だ。漆黒と化した剣は、魔術的な質量において岩巨人さえも上回らんと、空間を侵食していく。
(ああ……)
ぼんやり、スアローは思った。
かの竜との、契約の時を反芻する。
――『お前の呪いと繫がる』
――『お前の呪いと我の傷であれば、狂った〈赤の竜〉を殺すには、足りるやもしれん』
つまり、こういうことだ。
婁: ほう?
FM: では、スアローの剣はエネルギー属性に。
スアロー: さらにダメージが12D10増える。お、サイコロ足りなくなったから借りるね。(周囲からサイコロを搔き集めつつ)《重竜撃》は連続攻撃に使えないな。このままで行こう。
禍グラバ: す、スアローさん?
エィハ: なんかとんでもないことに……!
スアロー: (サイコロを振って)合計75。[達成度]に加えて198。これに《崩壊の呪い》が乗って……594ダメージ!
闇が吼える。
嗤う。
蹂躙し、破壊し、搔き毟る。
届くはずもない岩巨人の腹部へと、闇色の魔素が加速。破滅の渦を巻いて、かくも強靱であった巨体を嘲笑うように搔き毟っていく。剣を振り抜かんとするスアローの足下さえ、地盤が蜘蛛の巣のようにひび割れる。
清浄でなく、崇高でなく、神聖でなく。
汚濁であり、醜悪であり、邪悪である。
澱み濁った闇の奔流が、岩巨人の腹部を消滅させ。
そして。
水晶の割れるような音とともに、スアローの手元で砕け散った。
『第十三幕』
FM: (BGMを変更しつつ)さて、戦闘は終了します。スアローの一撃で、四十メルダに至る岩巨人は腹部から両断。まるでもとから砂でできていたかのように、崩れ去っていきます。
エィハ: 初めて聞くダメージが……。
スアロー: クリティカルすげえーっ!
忌ブキ: ぼく、脱出できます?
FM: ええ。砂になった岩巨人の身体に巻き込まれるんで、落下ダメージもありません。
忌ブキ: ……そうですか。
禍グラバ: 問題なさそうなら、空中から下りてきます。
婁: (深く息をついて)申し訳ない。……最後の一太刀を浴びせそこねました。
FM: それについては、七殺天凌は気にしてないらしい。「魂は逃したが、魄は十分に喰らった。相手が竜だったならばともかく、擬い物の巨人ならこれでよかろうさ。お前は血止めに専念しておけ」
婁: はい。――片手ですが〈応急手当〉を行います。(サイコロを振って)片手で一段階不利でも成功です。
FM: では、以降出血によるスタミナの減少は起きません。死亡判定も大丈夫ですね。七殺天凌が続けて言う。「……ただ、今の竜魔術、初めて見たぞ。黒竜騎士の使う《黒の刃》なら知っておるが、あれは似て非なる何かじゃ」
婁: 侮りがたい技でしたが……しかし。
しかし、と婁は歯嚙みした。
「剣を、ああも惜しみなく使い潰すとは……っ!」
この男が、七殺天凌以外のことで感情を露わにするのは、ニル・カムイに着いて以来初めてのことであった。
(……ほう)
七殺天凌もまた意外に思いつつ、指摘はしない。
婁震戒にも伏せたまま、その感情に興じる。
(これは愉快。使い手としては有能なれど些か執着が過ぎて辟易しておった男が、初めて我以外のことで怒りをさらけだしおった。まるで、欲していた玩具を目の前で壊された童のような怒りよの)
くすくす、と密やかに笑う。
婁に伝わらぬようにするため、思念を抑えるのに苦労するほどであった。
婁: 得物に愛はないと、確かに初めて逢うたときに言ってはいましたがな……。
スアロー: いや、ご覧の通り。器物には、徹底して嫌われている……って何このシーン? 溶岩流を隔てて何睨み合ってるの僕ら?
FM: さて、何もかもが砂に吞まれたような中、忌ブキはその砂を滑るようにして大地に下りられます。そして目の前には、自らの岩巨人によって精気を吸われ枯渇したイズンが倒れています。
忌ブキ: イズン……。だ、抱き上げます!
FM(イズン): 「忌ブキ……様……申し訳……ありません……」
忌ブキ: (呆然と両手を見て)ぼくは……君を殺せなかった……。
FM: イズンは忌ブキの言葉には応えられない。ただ、こんな風に続ける。「申し訳ありません……こんなところまで……連れてきて……」
忌ブキ: こんなところ?
FM: 夢を見ているのかもしれない。君たちをオガニ火山に連れてきたときの夢を。そして、さらに言う、「忌ブキ様が……〈赤の竜〉と話したことがあるというから……夢を見てしまいました……。〈赤の竜〉に助けてもらえば……僕らも自由になれるんじゃないかって……」
忌ブキ: 君らを……自由に……。
FM(イズン): 「多分もう……僕の寿命は……もう数ヶ月もなかったから……ごめんなさい……。エィハ……忌ブキ様を……お願い……」そう呟いて。岩巨人と同じように砂となってさらさらと散っていきます。あなたの腕の中で。
忌ブキ: (たまりかねた顔で)絶叫……です。
遠く、遠く、少年の絶叫が山脈へこだまする。
怒りも悲しみもやるせなさも、自らの無力への諦観も、何もかもがないまぜになった叫びだった。
エィハ: ……最後は、安らかだったかしら。
FM: どうだろう。そして岩巨人の砂も散っていき、竜の爪だけが残ります。
スアロー: (そっと手を伸ばす)。
禍グラバ: スアローさん! 駄目ですよ!(笑)。
スアロー: あ、いや、手に取ろうとか思ったわけじゃないんだ! それより禍グラバさん、これが何か分かるかな?
FM: 〈※地域知識:ニル・カムイ〉か魔術系の〈専門知識〉で判定だね。ただ、君たちに魔術系の知識技能を持ってる人はいないはずですが。
禍グラバ: なるほど。(サイコロを振って)〈※地域知識:ニル・カムイ〉で成功です。
FM: では、とあるニル・カムイの伝説を思い出す。……曰く、竜を殺せるのは竜のみ。ゆえに竜の爪をもってすれば……という文句だね。確かニル・カムイでもかなり東の方、〝喰らい姫〟にまつわる伝承のひとつだね。
禍グラバ: なるほど。
FM: そして、もうひとつ。禍グラバには《天性の勘》がありますし、これは判定なしに分かります。――おそらく、〈赤の竜〉が言っていた手がかりとはこれのことだろう。
禍グラバ: ふむ。後は帰ってから詳しく調べるか。……(プレイヤーたちを振り仰いで)みんな、どうやらこれが、私の古い友人が残した手がかりらしい。
スアロー: よし、まあ使ったりはしないけど、トドメを刺したのは僕だし……。
FM(メリル): 「では、わたくしが受け取りましょう」
スアロー: め、メリルッ! メリルーッ!(我に返って)……で、でもそうですね。所有権を主張するわけではないけど、とりあえず僕らが預かっておこう。で、僕が持っているとやばいので、メリルさんに。
FM(メリル): (一礼して)「確かにお預かりいたしました」
禍グラバ: ……竜を殺せるのは竜のみ……か。
FM: では……シーンを閉じる前に、ひとつイベントがあります。禍グラバの持ち歩いてる念話の護符に通信が入ります。
禍グラバ: え、私に?
禍グラバが、不意に腰回りから、一枚の護符を取り出した。
彼は常時数十枚、念話の護符を持ち歩いている。島の状況を把握し続けるため、禍グラバにとっては必須の魔術具であった。
すぐ、護符の表面に球状の特殊結界が浮かび、そこに通信相手の姿が投影される。
「――禍グラバ様、部下から報告が!」
息せき切って声をあげたのは、まじりものの従者、ソルであった。
禍グラバ: ふむ、どうしたね?
FM: 「黄爛に動きがありました!」これはソルが話し、隣からシャディが続ける。「あ、あの、黄爛がニル・カムイ議会に膨大な融資を行なうとのことなんです!」
エィハ: え、いきなり何が!?
スアロー: ぶふぉっ! 不死商人が目覚めて強引な侵略を諦めたから、代わりに絡め手で来たってことか。
禍グラバ: (少し考え込んで)……なるほど。これは祭燕くんあたりの差し金かな。それだけ〈赤の竜〉が重大事だと見たのだろうが、面白い手を取ってくる。
FM(ソル): 「その額二千五百万香――ドナティア換算にして、金貨二百五十万枚になるということです! このままでは確実にニル・カムイは黄爛の経済圏に取り込まれてしまいます!」
禍グラバ: なるほど分かった。(即座に)――私も同額を融資しよう!(一同爆笑)。
婁: (目を見開いて)……いいものを見た。
忌ブキ: え、え、え? 同額を融資しようって、禍グラバさんそこまでお金持ちだったんですか!
禍グラバ: 何、いろいろしてる内に貯まっただけのものだよ。
FM(ソル): 「……本気ですか。うちの金庫の半分を差し出すことになりますよ。途轍もない物価の上昇を招きかねませんが……」
禍グラバ: そうだな……確かにニル・カムイ議会へ直接融資するのは問題かもしれん。ならば、黄爛の国債を買って牽制するのはどうかな?
FM(ソル): 「それは……もちろん効果はあるでしょう」
スアロー: (爆笑する)ひどい! こんなひどいプレイヤーがいるのか! 俺はRPGをやっていると思ったら、いつの間にか経営シミュレーションになっていた(笑)。
最低限の情報だけで、禍グラバの脳内にいくつもの図面や関係図が明滅する。
これだけの手を打てる人間の絞り込み。
その思考や、金銭の移動。
自分に可能な対策、対策のさらなる返し手と、その波及効果。
死闘を終えたばかりの興奮も遠く、氷のごとく冷ややかに、禍グラバは商人として思考する。
禍グラバ: ……ぶっちゃけ、インフレ起こしてしまったところで、ドナティアと黄爛でも商売している私にはあまり影響がなさそうなんですけどね(笑)。
FM: あなたの場合、そうでしょうね。
禍グラバ: ただ、そうなった場合黄爛は私を恨むでしょうしなあ。黄爛国債を買っても恨まれるのは一緒だし、それはなるべく避けたい。(しばらく考えて)……そうだ、こうしよう。スアローさんと交渉したいのですが。
スアロー: 僕に?
禍グラバ: いやあ、君は色々と金が入り用だろう?
スアロー: うん、いるよ(笑)。
禍グラバ: どうかね? 今すぐとは言わないが、君の名目で……とりあえず牽制として金貨十万枚ほど、黄爛の国債を買ってくれないかな?
スアロー: ブフッ!(一同爆笑)。
FM: ああ、なるほどね(笑)。
スアロー: ……つまり、あれか、僕が買う分には、もともと敵対関係だから恨まれる心配もないし、黄爛の出方を見るためにはもってこいだと。し、しかし意味が分からない。僕は岩巨人を倒したかと思ったら、突然金貨十万枚の融資のチャンスをもらっているんだが(笑)。
禍グラバ: これはね、私からの最大の賞賛だと思ってほしい。あの岩巨人を倒した一撃を見て、私の心に衝撃が走ったんだよ。
スアロー: くそっ! 騙されん! 騙されんぞ!(笑)。
禍グラバ: あれほどの力を持つ者であれば、その存在だけでも黄爛に対する抑止力と言っていいだろう。その抑止力たる君が、黄爛の国債を買うことで国際緊張を回避できる。お互いの国家の友好も深めることができるだろう……(サイコロを握る)。
スアロー: 〈交渉〉だよね! クソ、死の商人に勝てるわけねえだろ!(笑)。
FM: プレイヤーキャラクター同士だから〈交渉〉判定はそれほど有効じゃないよ? いやもちろん、それで決めてもいいけど。
禍グラバ: いえ、スアローさんではなく、メリルさんに交渉をしようかと(一同爆笑)。
スアロー: しまったああああああ!
FM: そ、そっちは……NPCだから〈交渉〉判定できますね……。
忌ブキ: すごい……先の先まで読んでる……。
スアロー: ……う、美しい流れだ。完璧に詰まされたと言わざるを得ない。……それならこちらからはこう言おう。
「僕の能力と金銭は関係がない。だから、僕としてはあなたの融資は受けられない」
スアローが、きっぱりと言う。
もとより、青年は心底今の〈力〉を忌み嫌っている。いや、そもそも力などと考えていない。あれは純然たる呪いであり、〈黒の竜〉がそれを利用したとしても、その契約からして忌み嫌うべきものに違いない。
スアロー: でまあ、禍グラバさんや、このへんで「ではメリルさん」と言ってあげてください(笑)。
禍グラバ: では……どうです、メリルさん? 悪い話ではないとは思いますが。〈交渉〉判定は(サイコロを振って)06。効果的成功で[達成度]70まで行きました。
婁: 70ってもはや一大宗教を起こせそうなレベルじゃないの(笑)。
FM: 世界最強レベルの口車ですね。では、メリルは少し考えた後にこう答えます。「お話は分かりました。黄爛を牽制する分にはドナティアへの言い訳も立つでしょうし、お引き受けして問題ないと思います。――ただ、条件をひとつだけ」
禍グラバ: はい。
FM(メリル): 「スアロー様にだけは不利益がないよう、取りはからっていただきたく存じます」
忌ブキ: おお……。
エィハ: (顔を押さえて)いい子……!
禍グラバ: なるほど、了解した。禍グラバ・雷鳳・グラムシュタールの三つの名前に賭けて誓おう。
スアロー: ……僕に関係のないところで僕の運命が好き放題に左右されてる!(笑)。まあ禍グラバさんは買ってるし、メリルが首を縦に振った以上は引き受けましょう。トラブルは避けられそうにないですが。
FM: では、最後にメリルはため息をつきます。「しかし……岩巨人を殺してすぐ金の話とは。私も商会のまねごとをしておりましたが、金とはもはや、魔物と変わらぬ何かなのですね」
禍グラバ: いいや……。
メリルの言葉に、不死商人は短く――いつもとは違う、感情の窺えぬ声音で応じた。
「……魔物以上さ」
『第十四幕』
〈竜の爪〉を得て、スアローたちは再びガダナンに乗り、オガニ火山を下りていく。
脆い地面は変わらなかったものの、異様にきつい硫黄の臭気や、乾いた風はずいぶんマシになっていた。
忌ブキとエィハのふたりだけは、奇妙な魔素流の動きを、感じてもいたが。
婁: ところで、俺のもげた腕って元に戻るの?
FM: さっきの〈応急手当〉で死亡判定に陥るのは防げましたが、元には戻りませんね。治療には相当なレベルの魔術師か、もしくは五行躰の取り付けが必要となります。
禍グラバ: 五行躰なら用立てましょうか。
婁: んー、片腕サイボーグも悪くないが……どの道、婁としてはホクホクではあります。
FM: そうなんですか!
婁: 片腕ひとつで、剣は生体魔素何百点も吸えたでしょ?(笑)。
忌ブキ: 婁さん、ぶれなさすぎです!
エィハ: ……あの、ヴァルは治ります?
FM: そちらは問題ないですね。部位切断か破壊まで至ってなければ、忌ブキの現象魔術《キュアシリアスウーンズ》か、禍グラバが大量に持ち歩いてる禁傷符で治せます。
スアロー: ここでも金の力……!
忌ブキ: あ、はい! すぐに魔術をかけます!
今回ばかりはガダナンへ乗せられたヴァルに、忌ブキが治癒魔術をかける。
治癒魔術にはとりわけ多くの生体魔素を必要とするため、いくらか禍グラバの符も借りたが、おかげでロズワイセ要塞に着く頃にはヴァルの傷もだいぶ回復してはいた。
FM: では三日後。不可侵条約の破棄まで残り六十七日となった昼頃に、ロズワイセ要塞まで無事に戻ってこれます。
忌ブキ: はぁー……帰ってきた。
エィハ: すごく、長い旅をしてきた気がするわ。
スアロー: ウルリーカさんに報告したいんだが、まだシメオン殿は到着なさってないのかな?
FM: あ、待って。先にイベントがあります。ロズワイセ要塞に戻ってきたあなたたちは、ちょうどその広場でわらわらと民衆が集まっているのを見つける。
スアロー: ほっほう? 興味津々で首を突っ込むよ。
FM: だったら広場の壇上に、通信用の結界が築かれているのが分かる。念話の護符と理論は同じだけれど、大きさに比例して魔術の難度や諸費用もあがるため、滅多に使われない術だ。
忌ブキ: そんな術を、一体何故?
婁: きなくさくなってきましたな。
FM: 禍グラバには、前と同じように念話の護符で連絡が入るね。従者のソルからだ。
禍グラバ: ふむ、どうした?
FM(ソル): 「禍グラバ様、ドナティアがシュカの租界で発表を行なうとのことです! 多くの街で大規模通信用の魔術結界を張っています!」
禍グラバ: うむ、これか。ちょうど今見てたところだよ。
スアロー: シュカでの電撃発表?
忌ブキ: 最初の街ですね。
スアロー: ……まあ、まずは見物と行きますか。
FM: オッケー。では、遅からず魔術結界にシュカの映像が浮かび上がる。「うぉっほん」と最初に咳払いをした肥満漢には心当たりがあるね。
スアロー: あ、あの小物臭、エヌマエルさんだ。
エヌマエル・メシュヴィッツ。
黒竜騎士団・従軍教父。スアローにとっては、鼻持ちならない〈教会〉の使徒という印象が強かった相手だ。
自分に、〈黒の楔〉を託した男。
魔術結界の送信面へと歩み寄り、その教父がいかにも俗物的な笑みを浮かべる。
「見よ! ニル・カムイの民よ!」
芝居がかった仕草で、エヌマエル教父は隣を指し示した。
実際多くの者は、その誘導で初めて、隣にいる小さな少女に気づいたことだろう。
同時に、驚愕と衝撃が走り抜けた。
その少女の額からは、皇統種の証たる白い角が生え――忌ブキと、ほぼ同じ顔をしているのであった。
忌ブキ: ぼくと、同じ顔! 皇統種の女の子……!
禍グラバ: で、私はその少女を知ってるんですよね? あの判定の決定的成功でメモをもらいましたし。
FM: ええ、知ってますね。あのメモの女の子です。
スアロー: む? 禍グラバさん知ってるの?
禍グラバ: ああ、彼女こそ……ドナティアが秘密裏に保護していた、もうひとりの〝いぶき〟だ。
忌ブキ: もうひとりの?
忌ブキは、思い出す。
それは不死商人の言葉と、不死商人が伝えた〈赤の竜〉の言葉だった。
――「そうか、忌ブキか。本当に偶然なのだが、私は同じ名前の人物を知ってるよ」
――「ああ、〈赤の竜〉はこうも言ったのだ。『君の元にいぶきという名の私の友人が現われたら、できる限りのことをしてやってくれ』と」
あのとき、いぶきという発音に、禍グラバは不思議なニュアンスを込めていた。
その意味が、今、明らかになる。
つまり、あれは忌ブキであり、さらにもうひとりの――
FM(エヌマエル): 「彼女こそニル・カムイの皇統種! 祝ブキ様である! 七年戦争の轍を踏まぬよう、我らドナティアは秘密裏に彼女を保護してきた!」
スアロー: ぽかーんとしてるんだけど、あれ当然忌ブキさんの親戚だよね?
忌ブキ: え、いやその。
スアロー: 知らない相手?
忌ブキ: ぼくは、自分が皇統種だというのも知らなかったから……。
婁: (淡々と)なら、親類の存在を知らなくても当然でしょうな。
FM: エヌマエルはさらに声高に言うよ。「今、我らドナティアの神とともに、ニル・カムイの――そう、彼女をニル・カムイの契り子として擁立する!」
スアロー: おい……おいおいおいおい。契り子って、この島の王様だろ!
FM(エヌマエル): 「〈教会〉の民よ、安んぜよ! ニル・カムイの民よ、歓喜せよ! 我らはひとつなり!」と、調子に乗ってエヌマエルは言ってるんですが、隣の祝ブキさんは何も言わずに、ただうつむいているのみです。
スアロー: レイプ目ではないのか(笑)。
FM: さてさて。そして、忌ブキさん。あなたは祝ブキの隣に、もうひとり知っている人物がいることに気づきますよ。
忌ブキ: 知ってる人?
FM: はい。祝ブキの隣に立つ、どうやら従者らしい少女です。あなたが一番最初にシュカに立ち寄ったときに世話になった、幼馴染みの真シロ・サグラさんですね。
エィハ: (ぽつりと)スープ、くれた子だ……。
忌ブキ: どうして、真シロまで……。
FM: 最後にエヌマエルはこう告げる。「彼女を契り子として擁立するにあたり、我らドナティアは黒竜騎士団をもって、〈赤の竜〉討伐に向かうことを宣言しよう!」その言葉で、これまで聞いていたロズワイセ要塞の民衆もわあっと盛り上がる。
エィハ: 〈赤の竜〉を……。
禍グラバ: ……なるほど。そう打ち返したか。
スアロー: これはちっとやばいね。もう完全にうちの祖国――ドナティアはニル・カムイを取りに来てますなあ。ううむ、ますますウルリーカに報告に行くかどうか迷う感じになってきた。
FM: だが、イベントはこれで終わらない。あなたたちがひとまず宿屋に泊まるなら、そこでもうひとつの事件が起きるよ。
婁: ほう。
こちらは、夕方前となる。
ひとまず休息のため、禍グラバが手配した宿屋で、彼らはもうひとつの事件と出くわすことになる。
FM: あなたたちのところに、これまでガダナンを操ってきたミスカさんがやってきます。普段は別の場所で寝泊まりしてるんですが、今回は手紙を持ってきたようです。
忌ブキ: 手紙? 一通ずつですか?
FM: ミスカはうなずきます。「獣師の民は独自の連絡網を築いててね。それを使ってあんたらに手紙が届いてた。可能なら、今日この時間に渡せるよう頼まれてたんだ」
スアロー: ははあ、なるほど。ミスカさんならほぼ一緒に行動してるもんな。
婁: 手紙の心当たりなんかないんだがなあ。
スアロー: うむ。僕も文通相手に心当たりなんかないが。――内容は?
手紙を、開く。
内容も、すべて同じ。
一枚の紙切れに、一言だけ、こう書いてあった。
「あなたには力がある」
同封してあるのは一枚の封音符。よほど質が悪いのか、護符の表面の魔術紋様はすでに薄らいでしまっている。
手紙の裏には、阿ギト・イスルギという署名がされていた。
婁: おや。
禍グラバ: ふむふむ。
スアロー: 島に着いたとき……確か、ニル・カムイ議会で聞いた名前だぞ。ありゃなんだっけ。
FM: そして、手紙が着いたのはどうやらあなたたちだけではないらしい。同じ宿屋の別の部屋や、併設されている酒場、あるいは街のあちこちで同じような手紙が手渡され、その何人かが封音符を起動して、同じ声を聞き始める。――あなたたちも聞きます?
スアロー: イエス。
忌ブキ: 聞きます。
禍グラバ: 商人の性質上、この手のものに罠が仕掛けられたりすることが多いので、一応警戒はしますが。
FM: その類がない――というよりつけられないのは、一目で分かるね。量産のためにここまで粗悪にしたか、と禍グラバならばため息をつくぐらいの粗悪品だから。
禍グラバ: なるほど、では聞いてみましょう。
FM: 了解。では……その封音符から、あるいは街のあちこちからこんな声が聞こえてくる(音楽を変更)。
まず、忌ブキが息を止めた。
当たり前だが、その声に聞き覚えがあったから。
「あーあー。聞こえるか? 聞こえるな? 俺は阿ギト。ニル・カムイ革命軍第一指導者、阿ギト・イスルギという」
エィハ: 阿ギト……。
スアロー: 革命軍、か。
男の声は、ひどく親しみ深く、心に染みいるように続く。
「この手紙はほんの一目でも俺と会ったヤツ、あるいは革命軍と接触した相手に届けさせてもらってる。この島だとたった一万二千六百五十三人、十分の一にもならない。この封音符もひどい粗悪品なんで、再生は一回切りだ。許してほしい」
禍グラバ: ……よくもまあ、そんな無茶を。
忌ブキ: (呆然と)阿ギトさんが、本当に……こんなこと。
「手紙の字は、下手だったろう?」
男の声は、訴えかける。
「牢獄にいるときから、この手紙を書いてた。時間だけはあったし、いつか届けられると信じてた。幸い獣師の民が手伝ってくれたんで、こうして届けることだけはできた」
男は、言う。
「何もできない俺にとって、この手紙を書くのだけが抵抗だった」
「あんたらだけが、俺の希望だった」
FM: 街のあちこちで封音符が起動されてるのか、さらにあちこちから同じ声が聞こえてくる。彼の言うとおり島の十分の一ぐらいなんだろうが、それでもここまで同時にやれば、島のほとんどの人間の耳に届く。――かつての七年戦争や革命軍の戦いを覚えてる何人かは、むせび泣きだす。
スアロー: やっべ、こいつ、扇動ってもんを分かってやがる。
「今、この島は叫んでいる」
さらに、阿ギトが言う。
「ドナティアにも、黄爛にも、好き勝手に引き裂かれて、泣き叫んでいる。この手紙が着くまでの間にも、数多くの方法で弄ばれてるだろう。それこそ赤子の手をひねるより簡単に、あんたの隣の子供が、あんたの隣の友人が、あんた自身の未来がひねり潰されている」
FM: ……何人かの男たちが声をあげる。ドナティアの支配下たるロズワイセ要塞だけはあり、すぐに衛兵が駆けつけて、封音符を取り上げ始めるのだが、元の数が多すぎて、それでも声は止まらない。
「……取り返したくないか?」
「……奪い返したくないか?」
阿ギトは、訊く。
ほかの誰でもなく、この島の誰もに訴える。
FM(阿ギト): 「俺は帰ってきた」
婁: ……。
FM(阿ギト): 「阿ギト・イスルギは、あんたと戦うために帰ってきた」
「同じく思った者は誰でもいい。隣の者の手を取れ。それが俺の手だ。それが俺の熱だ。俺はあんたの元に行く。待ってろ。すぐだ」
すぐだ、と阿ギトは繰り返す。
「すぐだ」
「すぐに、俺はあんたのところへ行く」
FM: それきりで、音が消える。ざあっと封音符は一瞬で燃え尽きる。ただ、まるで熱を移されたかのように、何人かのニル・カムイ人が走り出し、衛兵に取り押さえられる。
禍グラバ: ふむ……。
忌ブキ: 革命……。
FM: では、忌ブキさんがそう呟いたところで、宿屋の部屋のドアがノックされますよ。ええと、部屋はそれぞれ分けてるんだっけ。
エィハ: 多分、忌ブキはわたしとふたりの部屋。ヴァルのことを考えると、庭に面したそれ用の部屋になると思う。
FM: ええ、禍グラバの手配ですし、ヴァルが入る部屋だって問題なく用意できるでしょう。特に鍵をかけてないならば、向こうから扉が開きます。少しばかり髭を整え、汚れを落とした――君たちと会うのは二十三日ぶりとなる――阿ギト・イスルギ本人です。
スアロー: 本人かよ!
FM(阿ギト): 「よう、俺の手紙は届いたか?」
忌ブキ: ……確かに、届きました。どうしてここが?
FM(阿ギト): 「悪いがそれは秘密だ。――ただ、この手紙はお前のおかげだ。お前とエィハがシュカで俺を助けてくれたから、俺はこの手紙をみんなに届けられた」
忌ブキ: ぼくと……エィハの……。
FM(阿ギト): 「あの封音符でも言ったがね。まず獣師の民を味方につけた。これからは流賊やほかの部族も説得に行く。この手紙と共に、俺は俺の革命をしに行く。で、忌ブキ様はどうする気だ?」
忌ブキ: ぼくは……。
忌ブキは、言葉に詰まる。
かつて、同じような問いをされた。
――『忌ブキ様ご自身は、誰の味方になりたいんですか』
ユーディナ・ロネに訊かれ、忌ブキの答えられなかった質問。
そして今、阿ギト・イスルギが言う。
お前はどうするつもりなんだ、と。
忌ブキ: ぼくが、したいのは……。
エィハ: (手をあげて)わたし、阿ギトに訊きます。――さっきの、ドナティアの皇統種は本物なの?
FM(阿ギト): 「ん? ああ、多分本物だろうな。俺としては結構痛い。ドナティアに皇統種がついた以上、これからの説得は難しくなるだろうさ」
エィハ: 阿ギトはこの島をどうしたいの?
FM(阿ギト): 「ちゃんとニル・カムイの人間が独立して、誰にも引け目を感じずに生きていける、そういう場所にする」
エィハ: ……竜は、それに関係してるの?
FM(阿ギト): 「そうだな。関係はしてる。お前たちがもしも〈赤の竜〉を殺せたとして……それと同時に、この島には動乱が発生するだろう。今俺たちがやっているのは、そのときに誰が勝つのか、という話だよ」
スアロー: 革命軍まで加わって、三すくみかあ。
禍グラバ: つまるところ、黄爛の融資も、ドナティアの皇統種擁立も、それを見越した利権の取り合いですからな。
FM: ですね。不死商人の覚醒も、それを後押ししたことでしょう。
禍グラバ: むう(笑)。
忌ブキ: (しばらく考え込んで)……阿ギトはどうして、ぼくが欲しいの?
スアロー: ウホッ。
FM(阿ギト): 「正直に言えば、皇統種としてのお前が欲しい。お前の立場は力になる。――俺は俺の革命を遂げるために、その力が欲しい。もしも俺に力を貸してくれるなら、俺もお前の力になってやる」
忌ブキ: 阿ギトについて行くと、たくさん人が死ぬの?
FM(阿ギト): 「死ぬ。間違いなく死ぬさ。千人単位でばったばった死ぬだろう」
忌ブキ: ……。
沈黙は、ひどく長かった。
この旅に出てから、一番長い沈黙だったかもしれない。忌ブキの頭の中にはこれまで出会った人間が、これまで訪れた街が、これまで関わった戦いが、何度となく浮き上がっては消えていった。
しかし、最後の情景だけはいつまでも消えなかった。
――『〈赤の竜〉に助けてもらえば……僕らも自由になれるんじゃないかって……』
イズンの言葉。
最後まで自分のことを気にかけてくれた、つながれものの少年の、言の葉。
思い出すだけで、胸に黒いものがせりあがり、自分の無力さが身に染みた。二度と味わいたくない感情でありつつ、けして忘れたくない感情でもあった。
「……」
だから、少年は顔をあげる。
これ以上、無力な子供であるのをやめるために、声をあげる。
忌ブキ: 決めました。阿ギトに話します。……阿ギト、千の民が死ぬと言ったな。
FM(阿ギト): 「ああ、言った」
忌ブキ: ならば、万の民を救えるか。
FM(阿ギト): 「……」それにはすぐに答えません。阿ギトは、あなたをじっと見ています。
忌ブキ: ……それができると言うなら、ぼくはお前たちの王になってやる。お前たちがつくりあげた血の海に、ぼくも一緒に溺れてやる。その血の海から、掬い上げられるだけの命を掬い上げてやる。
FM(阿ギト): 「……分かった。やってやろう。王様の無理で無茶でおとぎ話みたいな願いに、少なくとも俺たち革命軍だけは付き合ってやる」愉快そうに阿ギトは笑う。
忌ブキ: うなずきます。それから、エィハに振り返ります。……エィハ、ぼくについてきてくれるか。
エィハ: ……なら、わたしはその場で跪く。
エィハは、生まれて初めて、心から礼を取った。
膝を落とし、胸の手前で腕を交差させる、ニル・カムイ独特の礼。
「忌ブキ。ほんのひとかけらでいいわ」
そう、少年へ囁いた。
エィハ: 一瞬でもいい。あなたの思う〝未来〟を。わたしに見せて。
〈第二夜・終幕〉