レッドドラゴン
第二夜 第六幕〜第十幕
「最前線」のスペシャル企画「最前線スペシャル」。三田誠がFiction Masterとしてシナリオを紡ぎ出すRPF、『レッドドラゴン』。参加者は虚淵玄、奈須きのこ、紅玉いづき、しまどりる、成田良悟の夢の5名。音楽を担当するのは崎元仁。最高の布陣で最高のフィクションを創造します。
『第六幕』
何もかもが予想外のまま、事態は加速する。
この加速をして、時代の流れというのかもしれない。
その重みを感じながら、翌日、スアロー・クラツヴァーリとメリルは並んで馬を走らせていた。
FM: では、再開しましょう。あの後夜はひとまず休むとして、不可侵条約の終了まで残り七十九日の朝だ。
忌ブキ: す、凄かった……。
エィハ: 啞然とする流れでしたね……。
スアロー: 禍グラバさんにはああ言ったけれど、やはり大使は他人に……。
FM: いやあ、大使を君にって言ってるのに、それは無理かなあ(笑)。
スアロー: 分かりました(笑)。黒竜騎士団の野営地とか分かるかな。
FM: 禍グラバが得てる情報からしても、まあ街道を使えば合流は可能だろう。(地図を見せて)ハイガからは東に二マスのこのへん。ガダナンか早馬なら往復二日ってとこだね。
スアロー: ガダナンは緊急の際に使いたいしな。うし、ここはぱっと行ってくる! みんな往復二日の間は任せたぜ!
FM: 分かりました。婁はどうします?
婁: ハイガに潜伏してる祭燕さんの手下の人にメッセンジャーを頼んで、そのときに俺も一筆を添えますね。――向こうの条件として駐留する大使はスアロー・クラツヴァーリであり、彼の人柄については、既に祭燕殿も十分ご承知の通りかと思います、と(笑)。
スアロー: 完璧だ! 悔しい!
婁: で、自分は禍グラバを見張るためにしばらくここに留まる、と。
FM: 分かりました。婁はそれだけですみますし、ここはスアローから行きましょう。あ、メリルはどうします?
スアロー: あ、ひとりで行くつもりだったけど……彼女についてきてもらわないと、僕は飯も食えない。あるいは犬食いをするしかない(笑)。
忌ブキ: 今、プライドを捨てる音がしました(笑)。
スアロー: 申し訳ないが、ではメリルとふたりで行ってくる。留守はこのカーニバルシティで楽しくやってくれたまえ。
FM(メリル): (深々とお辞儀して)「しばしのお暇をお許し願います」
スアロー: うむ、ぱっかぱかーだ!
およそ、半日ほどの距離。
黒竜騎士団の野営地は、禍グラバが予想した通りの位置にあった。
(……正直、もう少し外れてほしかったかな)
そんな風に、スアローは思う。
ここまで読み通りの位置にあるということは、情報網はもちろん、あの商人の戦術眼もまた並外れているということになる。優れているのは禍グラバ本人ではなく部下かもしれないが、そんなことは何の気休めにもなるまい。
ため息とともにかぶりを振る。
「どうしましたか。スアロー様?」
「いや、何でもないよ」
同じく馬に乗ったメリルへ、青年は誤魔化すように微笑する。
それから声を張り上げ、野営地へと馬を進めた。
「すまない! 黒竜騎士スァロゥ・クラツヴァーリという! 副団長ウルリーカ・レデスマ殿に面会願いたい!」
FM: ではドナティア軍野営地。いくつものテントが立てられているが、その並びを見るだけで、練度が高いのは見て取れる。スアローの装備が黒竜騎士なのは明らかなんだけど、正式な公布は出てないし、誰何の声はかかるかな。
婁: コスプレかもしれないと思われると。
エィハ: 黒竜騎士コス(笑)。
スアロー: くそ、楽な場所で好き放題言いやがって(笑)。――訳あって、ハイガからの重要な案件を伝えに来た。ウルリーカ殿にお目通り願いたい。
FM(ドナティア兵): 「しばし待たれよ」と見張りの兵士が行ったり来たりした後、「こちらへ」と案内されます。
スアロー: さあ、緊張するぞー。
FM: 一番大きなテントに通されるね。中ではひとりの女性騎士が立っている。
スアローの来訪を受け入れたのは、長い髪の女騎士であった。
「……」
何度か、スアローは瞬きする。
凜々しい――とは、こういう者を言うのだろう。
行軍中であることを考えれば、身だしなみを整える暇などあるまいに、この女騎士の周囲だけが自然と色づくようだった。
髪の色は黄金、瞳の深さはサファイアに似ていた。
年齢は二十代半ば。仮にも騎士団の副団長としては若すぎる年齢だが、カリスマはもとより、そのハンデを上回る特性を持つに違いない。そもそも黒竜騎士団はその適性こそが優先され、出自や年齢を無視される傾向が強かった。
――名は、ウルリーカ・レデスマ。
黒竜騎士団第三団・副団長。
スアロー: 失礼する、と言って入るか。挨拶が遅れましたが……。
FM(ウルリーカ): 「あなたが……スアロー・クラツヴァーリですか?」
スアロー: ご存じでしたか。
FM(ウルリーカ): 「ええ、公布は出ずとも同じ黒竜騎士として名前は伺っております。
ついては、どのようなご用件で? ハイガより来たと聞いておりますが」
スアロー: さて、どこから話したものか……ウルリーカさんはあれかな? 回りくどい話とかは好きかな?
FM(ウルリーカ): 「あまり好みとは言えませんね」
スアロー: なら、単刀直入に行こう。まず、この度は正式な挨拶ができなかったことを詫びよう。非公式ながら、〈赤の竜〉の調査隊としてこの地に派遣されました。
FM(ウルリーカ): 「混成調査隊のことは伺っております。各陣営の交渉の際、我が団からはシメオン・ツァリコフが出席しました」
スアロー: うん。その〈赤の竜〉追跡のため、ハイガに立ち寄ったんだが……。
FM(ウルリーカ): 「……ひょっとして、不死商人から何か?」
スアロー: そう、あなたがたが今頭を押さえようとしている不死商人だが、私の任務にはどうしても必要なので接触した。結果……彼と仲良くなった(笑)。
FM: 仲良くなった、との言葉にウルリーカはぴくりと眉をあげるね。
スアロー: 彼は大変素晴らしい人材だ。たとえ黒竜騎士団に入っても、イロモノ度では負けない!
禍グラバ: ひ、人がいないところで、イロモノって断言した!
忌ブキ: あまり否定はできないかも……(笑)。
FM(ウルリーカ): 「……個人的に言えば、ハイガにおける彼の治世は嫌いではありませんが」
スアロー: お、話が分かるなウルリーカ殿。まあ、禍グラバ殿は争いを望んでない。できればドナティアにも黄爛にも手を引いてもらいたがってる。が、状況的にそうもいかないので……その……僕がそのハイガにおける……(口ごもる)。
FM(ウルリーカ): 「ハイガにおける、何ですか?」
スアロー: (何度か深呼吸して)……ドナティア大使に任命されたのです!
胸を叩いた青年を、ウルリーカはまじまじと見つめた。
それこそ、宝石のような瞳がこぼれ落ちそうになるほどだった。
FM(ウルリーカ): 「大……使……?」(一同爆笑)。
スアロー: いやその! すぐ信用してもらえないのも分かるが! ほら、黒竜騎士と言えば一騎当千! 黄爛と禍グラバが同盟を結んだとして、同じ街に黒竜騎士が睨みを利かせてるなら面子は立つだろうと! いや僕もよく分からなくなってきてるんだけど、立つよね! 立てるよね!?
FM(ウルリーカ): 「ですが、あなたには〈赤の竜〉の調査任務があるのでは?」
スアロー: うん、そこはまあそうなんだ。だからまあ、これは名目上のものとして捉えてほしい。活動拠点としてなるべく長くはいるし、〈赤の竜〉の手がかりを禍グラバから引き出すまででもいいんだけど――
FM(ウルリーカ): 「……」
スアロー: ど、どうかな?
FM(ウルリーカ): 「……どの道、不死商人が目覚めたのであれば、襲撃は中止する予定でした。その上で、黄爛に先を越されぬよう大使を設けるというのは、確かに一考の余地はあります」
スアロー: おお、頭の回転がはやい。苦労人っぽいけど。――では。
FM(ウルリーカ): 「先に、禍グラバ殿と面談を……」
言いかけたときだった。
「ウルリーカ殿! 何をふぬけたことを!」
テントの入り口から、ごてごてしい派手な服を着た、ひどくぶよついた禿頭の男が闖入してきたのだ。
スアロー: な、なんだこの人!
FM(男性): 「私の名をご存じないと!? まあ仕方ありませんな。あなたはニル・カムイに派遣されてきたばかりだそうですからな!」
スアロー: は、はあ。あの……浅学で申し訳ないが、貴公は?
FM(男性): 「ふん。二度は言いませんぞ。よく聞きなされ」
胴間声を張り上げ、男は宣言する。
「わぁたしは従軍教父にして司教! エヌマエル・メシュヴィッツ! でございます!」
忌ブキ: うわー……。
スアロー: ……エヌマエルさん、と。
FM(エヌマエル): 「エヌマエル・メシュヴィッツ! 決してお間違えなきよう! 幸いかな! わたくしは主の御言葉を伝える鳥でありますれば!」
スアロー: キターッ! つまりこの人、国教第一の方ね?
FM: そうそう。ドナティアの国教――〈教会〉とのみ呼ばれる宗教の教父ですな。見れば、衣装のあちこちに正十字の紋様が描かれている。
エィハ: いなくてよかったあ……。
FM: ふんぞりかえってエヌマエルは言うね。「大使館というなら結構! この騎士団全員が駐留できるだけの建物を用意してもらえばよろしいではないですか!」
婁: もはや大使館でもなんでもない(笑)。
スアロー: ……エヌマエル殿。
FM(エヌマエル): 「は、何か?」
スアロー: (頭を抱えて)こ、こういう御仁をどう言いくるめればいいんだ。――仕方ない、気は進まないが真面目にやろう。人が変わった感じで呼びかけます。
FM: ほう。
スアロー: (冷ややかな声で)エヌマエル殿。
肥大した従軍教父を、正面から見返す。
スアロー: 今回のこの策はあくまで前座。本戦は後に控えている。おそらく、〈赤の竜〉の追跡は思うようには行くまい。
FM: では、ウルリーカは「おや?」という感じになるね。エヌマエルもちょっと気を吞まれる。
スアロー: (粛々と)不安材料が多すぎる。まず禍グラバという商人、あれ自身をどこまで信用していいか分からない。だが、どうにもあの男は〈赤の竜〉が狂乱した理由を知っているらしい。――そして、お二方には黒竜騎士として内々にお話しするが、今回の自分の任務は、皇帝陛下からのものではない。
FM(エヌマエル): 「ほう?」
スアロー: 我らが主と考える黒竜直々の任務だ。
FM: ……なるほど。では、ウルリーカは仕方ないという感じにうなずくが、エヌマエルの額には対照的な青筋がビキビキビキと走る(笑)。
スアロー: あ、やっぱりエヌマエルはそうなるか(笑)。
FM(エヌマエル): 「黒竜! 〈黒の竜〉が皇帝よりも! またいと貴い主よりも! 高い身で! いらっしゃると! あなたは! おおせか!」
(……やっちまった!)
スアローは、ひそかに歯嚙みした。
何度か、このパターンにはでくわしていた。
〈教会〉関係者の神経を、知らずに逆撫でしてしまうパターン。
もとより、ドナティアは〈教会〉という国教を奉じている。皇帝自身が〈教会〉を保護している関係上、この宗派の者は皇帝と〈教会〉に高い忠誠心を持っている。
が、黒竜騎士団は〈黒の竜〉と契約した者たちなのだ。
無論、皇帝には忠誠を誓っているが、その上で〈教会〉の〈名を持たざる貴き主〉を崇拝するほどの信仰心は持ち合わせていない。あの〈黒の竜〉に向かい合った者が、そんな心の隙間を持ち合わせるはずもない。
これはもともと、ろくな信仰心など持たないスアローとも共通した心情で――ある意味で黒竜騎士団は、彼向きの職場かもしれなかったのだが。
忌ブキ: ああ……つまり、この人は〈教会〉の教父さんだから……。
スアロー: 黒竜騎士団にいるぐらいだし、もうちょいこっち側かもと思ったんだけど、まったくそんなことはなかったかー。
FM: まあ、従軍教父の名前の通り、従軍してるだけだからね。ウルリーカは板挟みでなんとも困った顔になってる。
スアロー: く、このハゲさえいなければ、全部丸く収まったのに!(笑)。
FM(エヌマエル): (軽く咳払いをして)「まあ、スアロー様の仰る意味も分かりました。つまるところ、すぐにハイガを攻めるのは得策ではないというのですな」
スアロー: まあ、そうなります。
FM(エヌマエル): 「では、その代わりに……私からもひとつお願いが」
スアロー: (瞬きして)ほう? な、何でしょうか?
FM(エヌマエル): 「いえ、実は……私どもも皇帝陛下よりお言葉を賜っておりまして。スアロー様とその従者にお会いしたらお伝えすべきことがありました」
スアロー: ……聞こう。初耳! 初耳だよ!
FM(エヌマエル): 「ではウルリーカ殿、少しご退席を」
婁: お?
スアロー: ああ、ドナティアも一枚岩じゃねえなあ(笑)。
FM: ウルリーカはかなり怪しむような顔をしつつ、教会の面子を立てなければならないという理由でちょっと引いていきます。そして、スアロー以外のプレイヤーの皆様もちょっとご退席を。
エィハ: わたしたちも?
禍グラバ: む、残念。では!(手を振って)。
(ほかのプレイヤーたちが退席してから、スアローが話を促す)
スアロー: で、どういったお話で?
FM(エヌマエル): 「ええ。その前に、こちらの品をご存じでしょうか?」
エヌマエルがじゃらりと机に出したのは、十本の黒い――楔のようなものだった。
一見では、金属とも有機物とも知れぬ。
しかし、素人でさえ分かる圧倒的な魔素を放っていた。
スアロー: これは? ……あ、待った! 失礼、僕が持つと問題があるので……メリル。
FM(メリル): 「分かりました。私が管理いたします」
スアロー: 頼む。
FM(エヌマエル): 「正式な名称はいまだありませぬゆえ、〈黒の楔〉とのみ呼んでいただければ。錬金術の発達によってつくられた品だと聞いています」
スアロー: ほうほう、錬金術?
FM(エヌマエル): 「これは土地の魔素流を長期間――およそ一年の間変化させます」
スアロー: ほう……ちょっと待て。魔素流ってこの世界じゃえらく大事な代物じゃなかったか?
FM: ええ。ドナティアにせよ黄爛にせよ、この世界における領土とは国家魔術圏――魔素流を操作できる範囲とされるほどです。ニル・カムイがこれだけ魔界じみた場所なのも魔素流が複雑に入り組んでるせいですが……この〈黒の楔〉は一年もの間、その魔素流を書き換えてしまいます。
スアロー: うほ、ヤバイ臭いしかしねえ……。
FM(エヌマエル): 「その性質上、いかに戦時とはいえ、おいそれと使うわけにはいきません。魔素流をいじった結果が飢饉や災厄程度ですむとは限らないからです」
スアロー: 世が世なら国際条約違反ものだな。
FM(エヌマエル): 「ですが……あなたたちは非公式かつ複数の国から推挙された混成部隊。この〈楔〉を使用しても、ドナティアの問題にはなりますまい」
スアロー: しかし、そんなものを僕が持っても……。
FM(エヌマエル): 「この〈黒の楔〉が、竜の弱みをつけるとしてもですか?」
スアロー: 何――?
FM(エヌマエル): 「竜は所詮主とは違います。いくら強大ではあっても、魔術圏や魔素流に影響される、魔術的な生物に過ぎません。この〈楔〉をうまく活用すれば、その〈力〉を減じることもかないましょう。……同時に、この島の魔術圏をドナティアに染め変えることも可能です」
「たとえばハイガにこれを使ってドナティア側に染めれば……黄爛など一網打尽にできましょう」
エヌマエルは笑う。
いかにも俗っぽい――人間らしい笑顔だった。
スアロー: ……土地そのものを殺すことになる可能性は?
FM(エヌマエル): 「別にニル・カムイが死のうと生きようと、我らの知ったことではないでしょう。今重要なのは、この十本の〈楔〉を、あなたがどう使うかです」
スアロー: その貴重な品を、全部僕が預かっていいので?
FM(エヌマエル): (壮絶な笑顔になって)「預けましょう。あなた様の忠誠心を信じておりますゆえ」
スアロー: くっ……。
FM(エヌマエル): 「あなた様ならこの〈黒の楔〉を用い、ドナティアによりよい未来を導いてくださると信じております。ええ、あなた様の忠誠心を見せてください」
スアロー: ぐ、く……。
FM: では、一応ルールを説明しようか。こちらの魔素流表を見てもらいましょう。
スアロー: む、全部色の名前。
FM: 真ん中が赤になってますね。ニル・カムイの魔素流の質は、この赤色が基本になってます。で、色の隣にある親和性の数字が高いほど、それぞれの国が得意な色というわけです。
スアロー: 黄爛もドナティアも親和性が1か。ニル・カムイは本来苦手な場所のわけね。
FM: 魔法使いにとっては魔術を使いにくく、回復しにくい土地ですね。ところが、その十本の〈黒の楔〉を一本埋めるたびに、魔素流の質を黒の方にひとつずらせます。二本ならふたつ、三本なら三つ、です。
スアロー: なるほど、分かりやすい。
FM: 即座に効果が及ぶのは埋め込んだヘクスと周囲一ヘクスのみ。ただし、二本以上埋め込むと、その効果はやがてさらに広範囲に広がっていきます。およそ一ヶ月後には最初の効果+「余分に埋め込んだ楔の数」ヘクスまで広がります。
スアロー: ちょ、ちょっと待って。それって、もしも島の真ん中あたりに全部ぶちこんだら……。
FM: 一ヶ月後には埋め込んだ場所と周囲十ヘクス。(地図をさして)ニル・カムイの半分は、ドナティア向きの魔素流に入れ替わってしまいますね。
スアロー: オセロかよ……。
FM: 持続期間は、およそ一年。そして一回埋め込むと大地に溶け込むので、回収不可能な点にも注意してください。
スアロー: 〈黒の楔〉……。これは、凄まじい物を与えられたが……。
FM(エヌマエル): 「では、よろしくお願いいたします」そう言って、エヌマエルは去って行く。
スアロー: (肩の力を抜いて)ふうう……。
緊張が抜けて、スアローは椅子にぐったりもたれかかる。
大使というだけでも予想外なのに、この展開はどうだろう。この手に委ねられたのは、人と土地の命である。壊すことしか能のない自分に、運命とやらは一体何を期待しているのだろう。
そして、その隣で。
「これは、恐ろしい力ですね……」
〈黒の楔〉を手に持ち、メリルが小さく口にしたのであった。
スアロー: ドナティア人からしてみれば、良いこと尽くめの道具だけどね。
FM(メリル): 「そうでしょうか……? スアロー様がご存じか知りませんが、魔素流はどんな人間の生活にも密接に関わってます」
スアロー: ふむ。
FM(メリル): (沈鬱な声で)「私たちが飲む水にも、私たちがつくる農作物にも、この空気にもです。それを根本的に変えてしまう……変えられてしまうところまで、私たちは来てるのですね」
スアロー: ……そう考えると、いや考えなくてもだが、実に恐ろしい話だな。
「……ええ」
メリルは、うなずく。
〈黒の楔〉をしまったポーチを胸に、ひっそりと囁いた。
「私はまるで……自分自身が世界を喰らう竜にでもなった気がいたします」
スアロー: 実際、この〈黒の楔〉が大量生産された暁には、それこそ世界の終わりが近いのだろうがね。ほかのプレイヤーがいない内に聞いておくけれど、もしハイガにこれを二本ぐらい埋め込んだらどうなる?
FM: 次のセッションまでには、ハイガはドナティアの手に落ちるでしょうね。禍グラバや黄爛がしてる戦力分析は、あくまで魔素流が現状にとどまる場合ですから。
スアロー: ……ドナティアへの忠誠心を示せ、か。(長く考えて)そのときはメモで渡します。
FM: 分かりました。大事なことですからね。では、ここでシーンを閉じましょう。
『第七幕』
(プレイヤーたちが戻ってくる)
FM: さて、スアローとエヌマエルの密談も終わりましたので、セッションを再開しますね。
禍グラバ: 一体どんな密談だったのか。
スアロー: お互いの宗教観について熱く語り合ったよー。巨乳はアリかナシか。どのあたりから育っちゃった系と見るべきか。ぶっちゃけ、萌えフィギュアって仏像と同じだね、と哲学的な領域までね。
エィハ: 実は影武者になってたりしませんよね!?
FM: もう、あらゆる可能性を疑い出す勢いだなあ。
スアロー: 人間の業ってのは酷いもんですわ。なんでそんなことが思いつくの?(笑)。……と、婁さんを見ながら。
FM: ――では、残った黄爛との折衝に行きましょうか。婁がメッセンジャーを出したんですよね。
婁: ええ。
FM: だったら、スアローが帰ってくるのと同じぐらいに、黄爛からの使節がハイガを訪れます。千人長・祭燕その人です。
忌ブキ: わわっ! あの人が!
数人の供だけを連れて、禍グラバの要塞への坂道を老いた武人が登ってくる。
目を閉ざしているのに、その足取りに不自由はない。むしろ、連れられた兵士の方がよほど危なっかしいぐらいであった。
禍グラバたちは、要塞の豪奢な応接室で祭燕を迎え入れた。
禍グラバ: 面識は?
FM: あるね。ニル・カムイにいる黄爛軍では一番の古株ですし。ある意味、君と対等にやりあってきた数少ない相手だろう。
禍グラバ: なるほど。
FM(祭燕): 「やあ、禍グラバ殿」
禍グラバ: いやあ、これはお久しゅう。相変わらず若々しくて何よりだ。
スアロー: すごい嫌みだ(笑)。
FM(祭燕): 「こちらと同盟を結んでいただけると、聞いてまかりこした。ずいぶん気が変わったものですな」
禍グラバ: はっはっは、そう見えるかね?
FM(祭燕): 「いや、正直言えば分からん。君が分かったと思えたことなど一度もない。そもそも君の姿も見えない私だ」
禍グラバ: だからこそ君は、私の声と為したことだけですべてを判断してくれる貴重な人間だよ。
FM(祭燕): 「そう言ってもらえると嬉しい。さて、同盟とは聞いたが、大雑把な条件はどうする気だ? ハイガの街を守るために我ら千人隊を配備してもかまわんのかね?」
禍グラバ: ふむ……千人隊って言葉通り千人?
FM: 黄爛本土ならね。ただ、ニル・カムイでは輸送の難しさから兵士が大幅に削減されてる。
禍グラバ: ふむふむ。
FM: 今だと千人長ふたりと万人長がひとりに対して、常駐軍は二千数百人ってところ。ハイガに送る兵士は三百人ぐらいになるだろうね。
禍グラバ: なるほど。――ドナティアからは、大使として黒竜騎士に滞在してもらうこととなっているが。
FM: それを聞くと、祭燕が目を光らせるね。「確かに書状にもそう書いていたな。スアロー・クラツヴァーリ君だったか。まあいいだろう」
禍グラバ: なら良かった。駐屯は自由にしてもらってかまわんし、必要な食糧などは敬意をこめて割引で販売させてもらうつもりだよ。
FM(祭燕): 「補給はこちらでまかなうから、気にしないでくれたまえ。君と私の仲だろう」
禍グラバ: (奇妙に明るい声で)はっはっは、確かにその通りだ。
忌ブキ: 怖い! 何です、今の『笑ゥせぇるすまん』みたいな笑い!
時に意味深な笑顔を織り交ぜ、祭燕は禍グラバと語り合う。
(……不思議だな)
と、その光景に、忌ブキは思った。
そうしていると、禍グラバの奇妙な姿もまるで気にならなかったからだ。
きっと彼らは外見ではなく、その本質で相対している。そういうことなのだろう。けして、心温まるような事例ではないとしても。
FM(祭燕): 「何はともあれ、君が元気そうで安心した。もう数日も寝ていたら、私の方から押しかけようかと思っていたよ」
禍グラバ: はっはっは。いやあ、それは残念だった。
エィハ: 怖いね(笑)。
スアロー: やな会話だね。
禍グラバ: 君は相変わらず年を取っても……いや、年を取ったからこそ、悪巧みが冴えてきているようだ。それはいいことだと思うよ。
FM(祭燕): 「褒め言葉と受け取ろう。――ところで、こちらと連絡をつけてくれた婁殿はいるかな?」
話題が、別の人物に移動する。
刹那、ほんの少し、ふたりの声音が揺らいだ。
別の緊張を孕んだ――といっても、いいかもしれない。
禍グラバ: ……ああ、もちろんいるよ。彼は、不思議な存在だね。
FM(祭燕): 「ほう?」
禍グラバ: 私は彼のことをいたく気に入っているのだが、どうも心配なのだよ。いずれ黄爛が彼のことを飼いきれなくなって、邪魔に思い出すのではないかとね。
FM(祭燕): 「組織は、その生存のためにすべてを傾けるべきだというのが私の持論だ。個人のために、組織が道を誤ってはなるまい」
禍グラバ: なるほど、君らしい考えだ。まあ、彼の強さが組織そのものを上回らないことを期待するべきだな。ふふふ……。
FM(祭燕): 「……それに、彼のことを面白いと思っているのは君だけじゃあないよ」
禍グラバ: ふっふっふっふ。
婁: (左右を見て)ちょっと、何ですこれ。
エィハ: 婁さんのハーレム……じゃないですよね!
FM(祭燕): 「では、彼に会ってから帰ろうか。案内してくれるのだろう?」
禍グラバ: ああ、かまわんよ、と言って案内しましょう。
FM: 会ってもらえるかな?
婁: もちろん。
FM: じゃあ、祭燕と会ったところで……すいません、さっきのスアローと同じ状況が発生します。再びプレイヤーの皆さんは一旦退出を。
忌ブキ: はーい。
(出て行くプレイヤーたち)
禍グラバ: (ひとり残って)あ、すいません。うちの屋敷の中なんで、一応聞き耳立てていいですかね?
FM: かまわないよ。【知覚】での判定になります。
禍グラバ: (キャラクターブックを開きつつ)頭部を入れ替えた五行躰の機能で、聴覚判定が二段階有利になるんですが。
FM: もちろんかまいません。このゲームで「有利な状況」だと、判定の十の位と一の位を入れ替えることが可能になります。
禍グラバ: おお、判定のサイコロが92だと29にできるわけですな。
FM: ですです。さらに二段階有利ですと、普段なら01だけの決定的成功が、05以下で発生するようになります。
禍グラバ: なるほど。じゃあちょっとやってみよう。(サイコロを振って)わ!
FM: 01! 決定的成功!
祭燕を案内した後、ひそやかに禍グラバは五行躰のある機能を起動する。
(……こういうやり方は、あまり趣味じゃないのだがね)
音波分析機能。
ドナティアなら、パッシブソナーとでもいうのだろうか。周囲の微細な音波まで拾い、そのカタチを脳内で分析・再構築する道宝の傑作だ。とりわけ禍グラバに仕掛けられた道宝は、いずれもが一流中の一流のものばかりだった。
(……だったかな)
自分の五行躰に捧げられた魂の、宝術職人の名を、禍グラバは思い出す。
禍グラバの五行躰をつくった職人の多くは、異形じみた性能と引き替えに、その命を――生体魔素のすべてを捧げていた。
別に、無理強いしたわけでもない。
弱みをついたこともない。
ただ、そこまでの腕に至った職人の多くは、機会を得られれば、自らの魂を捧げて悔いなかったというだけ。黄爛の三大魔術、宝術こそ自分の在り方と思い定めた物ならば、よくある思考。
需要と供給が一致しただけだと、禍グラバは思っている。
そのことで、自分が――他人の魂を啜って生きるバケモノと、そう呼ばれていることも含めて。
FM: じゃあ、祭燕が部屋に入ってくる。「やあ婁殿。元気そうで何より」
婁: わざわざ、あなた自らがお越しになられるとは。
FM(祭燕): 「君や禍グラバ君を相手に他人を寄越す気にはなれなくてね」ここで《混沌術》を使用します。(サイコロを振って)声帯をいじって、雑談と指向性音波による本題を同時にこなす術なんだが……禍グラバが決定的成功なんだよなあ(笑)。
禍グラバ: はっはっは。こう、わずかに漏れた空気の震えから、元の声を逆算・再構築する感じですかね。
FM: そんなところだろうなあ。――「少し聞こえづらいと思うが、勘弁してくれ。ここは彼の屋敷なのでね。念のための用心だ」
婁: かまいません。決定的成功では仕方ない(笑)。
FM(祭燕): 「で、だ……どうだったね、禍グラバという男は? 黒竜騎士を大使にして双方妥協させるとは、いかにも彼らしい案だったが」
婁: 中々食えない人物なようで。
FM(祭燕): 「まったくだ。――で、これから君はどうするつもりだ?」
婁: うーん……ひとまずは、禍グラバの持つ手がかりを使い、〈赤の竜〉の追跡に専念しようかと。
FM(祭燕): 「まあ、噓はつかない相手だ。真実を利用する相手ではあるがね」
婁: そんな感じですな。
FM(祭燕): 「――ところで、婁殿」
祭燕が、懐より美しい袱紗を取り出す。
「面白いものを持ってきた」
婁: と、申しますと?
FM: 祭燕が袱紗から出してきたのは、十本ほどの白い楔だ。金属とも有機質とも知れないが、魔術師でない君でさえ、異様な魔素を感じる。
禍グラバ: ナンカキター!
婁: ほう。
FM(祭燕): 「〈白の楔〉という。少し前から与えられていたのだが、何分軍部としては使いにくい代物でね。――しかし、混成調査隊にいる君ならば、効果的に活用できるのではないかと思っている」
婁: ほほう? して、どのような力が?
FM(祭燕): 「この〈白の楔〉は、地中に埋め込めば周囲の土地の魔素流を無理矢理に変化させる。それも一年もの長期間ね」
婁: 魔素流を……。
婁は知らぬ。
昨日、ほぼ同じ――正反対に魔素流を変化させる〈黒の楔〉を、スアローがドナティアから受け取っていることを。
FM(祭燕): 「変化といえば聞こえはいいが、要するに汚染だ。魔素流を変化させた後に起こる災厄までは予想できんのでね。黄爛としては国際責任が発生する可能性が高く、使いにくかった」
婁: 理解できます。なるほど、強力すぎるがゆえの欠陥ですな。
FM(祭燕): 「まったくだ。ニル・カムイの皇統種は似た力をもっと扱いやすい形で行使できるそうだが、我々にそうした協力者がいればもっとたやすくこの島を支配できたろうな」
婁: たとえば、忌ブキ殿に?
FM(祭燕): (にんまり笑って)「それが叶えば最上だ」
禍グラバ: ウヒョー。あの子の周りは陰謀だらけだ!
FM: ルール的なことについては、こちらの紙にまとめてあるので読んでください。つまるところ、これを埋め込んだところは黄爛有利になりますし、まとめて埋め込めばゆっくりと広範囲に影響していきます。
婁: (紙を読みながら)ふむふむ。埋め込んだ数だけ、魔素流の質が白に移動するわけですな。
FM(祭燕): (指を立てて)「そして、もうひとつ。黄爛の学者の推測なんだが、土地の魔術圏に依存している〈赤の竜〉には、この〈白の楔〉による魔素流変質が何らかの効果が見込めるのではないか、ということだ。君の任務には有用だろう」
婁: ……ええ、大変役に立ちそうですな。
FM(祭燕): 「どう使うかは任せる。が、こちらとしては〈赤の竜〉の討伐と同時に、こちらの有為にも使ってほしい」
婁: (深々とうなずき)委細承知いたしました。
FM(祭燕): 「任せたぞ」と言って、祭燕は立ち去ります。
婁: ふむ……。では、立ち去って少しした後で、姫と会話ですね。
気配が遠ざかった後、婁は座ったまま、自らの剣へと呼びかける。
『……いかが致しますか? この〈楔〉は、〈赤の竜〉の血の味を損なうものかどうか』
案じているのは、あくまで姫の悦楽。
彼にとって、優先されるべきはほかになかった。
一部とはいえ、彼女の愉悦が欠けてしまうのでは、はるばるこの島へ来た甲斐もない。
「……ああ、それは大丈夫じゃろうよ」
すぐに、傾城の声が答えた。
FM(七殺天凌): 「魔素流が狂うたからとて、そこに座する者の生体魔素そのものが変動するわけではない。あくまで〈竜〉が現実に影響しうる範囲が狭まるだけさ。……じゃがな、婁よ。これは素晴らしいぞ」
婁: ほう?
「魔素流は国の大本、命の大本じゃ」
七殺天凌は、ころころと笑う。
「それを一年ものあいだ覆すとなれば、さぞ多くの人間の血と涙が流れるじゃろう。……ああ、我らはやっと気まぐれに、世界を滅ぼせるところまで来たのだのう」
まるで、それが美徳のように。
まるで、それが至福のように。
無邪気な童女のごとく、妖剣は笑い続ける。
FM(七殺天凌): 「もっとも……滅ぼすより先に、美味なるところはすべてわらわが喰らわねばならぬな」
婁: つまり、いかに美味なる血を啜れるよう采配するかですな。
FM(七殺天凌): 「その通りじゃ。道具は所詮道具。じゃが、その道具は大変に面白い。有用に使おうぞ」
婁: ええ、そう致しましょう。
FM: では、そこでシーンを終了しま……。
禍グラバ: あ、その前に祭燕さんを捕まえていいですかね。
FM: ん、いいですよ。
部屋から出た祭燕を、禍グラバは少し離れた廊下で呼び止める。
「やあ、話は終わったかい?」
FM(祭燕): 「ああ、終わったよ」
禍グラバ: いやあ、こんなに長く話し込むとは、ずいぶん彼が気に入ってるようだ。
FM(祭燕): 「優秀な若人がいるのはよいことだ」
禍グラバ: なるほど。まあ、君のことだ。――たとえ黄爛の本土が白く染まったとしても、問題はないのだろうね。
FM: 一瞬祭燕が硬直し、うなずきかえす。「……もちろんだとも」
禍グラバ: ふっふっふ、君らしい。(にやっと笑って)まあいいさ、私は私が守るべきものを守れればいいし、染まったものを元に戻すのも、それはそれで金になるからね。
FM(祭燕): 「結局、人は誰かを染めずには生きていけんよ、組織もね。いい加減君もそれを知るべきだ」
禍グラバ: どうかな。むしろ君の方が、あの婁という若者に染められているのではないかね?
FM(祭燕): 「ふふ……そうかもしれん。正直血が滾る」
禍グラバ: なるほど……まあ、若者と混じるのは楽しそうだ。君も私も、後何年生きられるか分からない身だしね。
FM(祭燕): 「どちらが先に、相手の首を見るかが楽しみだよ」
禍グラバ: おやおや、もしかしたら私は首だけになっても生きているかもしれんぞ?
FM(祭燕): 「もちろんだ。脳髄を見るまでは決して信用すまい」
禍グラバ: ふっふっふ。ああ、私の言うことは八割信用しないべきだ。
FM(祭燕): 「まったくだ」。では、今度こそシーンを終了します。皆さんを呼んできてください。
『第八幕』
――少年は、夢を見た。
白い、霧のような夢。
ひどく遠く、朧気で、そのくせ忘れられない夢だった。
『……ここに来てしまったのか』
誰かの声。
とても温かく、とても柔らかな――少年には想像もできないほどの日月を抱えた声。
忌ブキ: それは……ぼくの夢ですか?
FM: ええ、この夢からセッションを再開します。
忌ブキ: 声の聞き覚えって、それはやっぱり……。
FM: 考えてる通りだと思いますよ。――〈赤の竜〉です。
『来るだろうとは思っていたが、その日が来ない方がよいとも思っていた。ひょっとしたら、君の人生が終わるぐらいまでは、私が保つのではないかとね』
すまなさそうに、声は言う。
眠たくてたまらない自分の鼓膜に、その声が染みていく。
『君には……力がある。この島と……する力だ』
雑音が、混じる。
まるで、声を残すだけの命さえも、失われたかのように。
『本質的には……それは……誰が……でもよいものだ。皇統種もヒトも変わらぬ。しかし……たまさか運命の流れは……特定の……をつくりだす』
どんどん、声は遠くなっていく。
自分の魔素にまで――魂にまで届かず、悲しくもこぼれていく。
『もしも……君が……なら……私の……を……』
FM: そこで、声は途切れます。禍グラバに与えられた部屋で、目を覚ましますね。
忌ブキ: あ……待って!
エィハ: ……忌ブキ、どうかしたの? あ、わたし同じ部屋にいてもいいですか。こう、ヴァルの毛皮に埋もれてる感じで寝てたいんですけど。
FM: 忌ブキさんがよければ。
忌ブキ: あ、大丈夫です。――(エィハを向いて)夢を、見たんだ。
エィハ: 夢?
忌ブキ: うん。不思議な夢。(心配そうに)あの、覚めたら夢を忘れたりはしないですよね。
FM: それは大丈夫です。
忌ブキ: じゃあ、ノイズを取るような魔法はあります? (大真面目で)寝直したら続きが見られるとか!
エィハ: ちょっと可愛い(笑)。
FM: そうですね。寝直すのはともかく、【知性】で判定してもいいですよ。
忌ブキ: あ、はい。(サイコロを振って)出目が64で成功です!
FM: 君の扱う《現象魔術》にはないが、別の魔術にはそうした夢占い的なものもある。そういう知識が、なぜか君の記憶にはある。
忌ブキ: ……誰か、そんな魔術を使える人に会えればいいんですが。
FM: ですね。さて、では全員集まれますが、一度情報共有します? 禍グラバさんの知ってる手がかりを話すシーンも必要でしょうし。
禍グラバ: あ、そうですね。仕方ない。
スアロー: 仕方ないからかよ! (笑)。
スアローがハイガへと戻り。
不可侵条約の破棄まで、残り七十七日となった夜。
禍グラバの要塞に設けられた会議室へ、スアローたちは集まっていた。最高級の紫檀の長テーブルに、禍グラバとその従者ふたり、スアローとメリル、さらに婁、エィハ、忌ブキの八人が揃っていた。
それぞれドナティアと黄爛との条約をとりつけ、最初に禍グラバと取り引きした〈赤の竜〉の手がかりを開陳してもらうためであった。
FM: では、要塞の会議室。一番奥の椅子に禍グラバがちょこんと座ってる感じかな。
禍グラバ: でしょうね。さて、スアローくんも婁くんも約束は守ってくれたし、こちらも守るとしようか。
スアロー: ふうううう……やっとここまで来たぜ……。
禍グラバ: まず、話さねばならないことだが――
一拍の間をおいて、禍グラバはこう告げた。
「――実は私は、〈赤の竜〉から直接伝言を預かっている」
忌ブキ: 直接!?
婁: ほう。
禍グラバ: 預かってる伝言はふたつだ。といっても、君たちに必要なのはその片方だけだろう。彼はね――彼といっていいかはともかく――自分が狂うのを、あらかじめ知っていたんだ。
忌ブキ: 〈赤の竜〉が、ですか?
禍グラバ: うん。そして私にこう言った。『――もしも君たちが、狂った私に介入しようとするなら、オガニ火山を訪れるがいい。おそらく私が正気を保てる最後の地が、あの火山になるだろうから』とね。
エィハ: オガニ火山……。
禍グラバ: 伝言からすると、少なくとも何らかの手がかりは残してるだろう。ま、この情報を信じるかどうかは君たち次第だが、私も友との約束に噓やデタラメを言ったりはしないつもりだよ。それでは商人としても失格だからね。
婁: ふむ。かの〈赤の竜〉とは、そんな伝言を受け取るほどの仲でしたか。
禍グラバ: せいぜい、二年に一度会うかどうかだったよ。だが、それでも友は友だ。
スアロー: (少し考え込んで)……しかし、オガニ火山と言うと、エィハくんが最期を迎えた場所ではないのかな?
禍グラバ: 最期を迎えた?
スアロー: おっといけない。ははは、僕ともあろうものが個人のプライバシーをすんなり話してしまった。
エィハ: (かぶりを振って)別にかまわない。
忌ブキ: ……そうですね。ぼくたちが最後に竜に会ったのも、オガニ火山です。
禍グラバ: ふむ。
忌ブキは話す。
エィハを始め、自分を連れて〈赤の竜〉を説得せんとした革命軍が――逆に、その地で狂乱した〈赤の竜〉の吐息に灼き滅ぼされたことを。
エィハ: (冷ややかに)つながってない相手と言葉なんか通じないと思ってたけど、やっぱりそうだったわ。
FM: その考えはエィハらしいですね。
禍グラバ: なるほど……つまりエィハくんがいなければ、忌ブキくんも共に炎に巻かれていた、というわけか。
忌ブキ: (深くうなずく)。
禍グラバ: そうか、ならば伝えておいた方がよいかな。
忌ブキ: え?
禍グラバ: もうひとつの伝言だよ。君が単なる正義感から〈赤の竜〉を討つつもりなら、言うつもりではなかった。だが、〈赤の竜〉との縁がそこまで絡み合っているなら、やはり話すべきだろう。
エィハ: もうひとつの伝言? それは、忌ブキに?
禍グラバ: ああ、〈赤の竜〉はこうも言ったのだ。――『君の元にいぶきという名の私の友人が現れたら、できる限りのことをしてやってくれ』と。
スアロー: あらま、どうりで親切なはず。
禍グラバ: 〈赤の竜〉は我が友だったからね。友の願いは裏切れん。忌ブキくん、君には覚えておいてほしい。〈赤の竜〉は――少なくとも狂う直前までの彼は、君のことを友人と呼んでいたんだ。そのことだけは心に留めておいてくれたまえ。
忌ブキ: 友人……。
スアロー: (目頭を押さえて)いい話だ……。
禍グラバ: (スアローを向いて)だが、混成調査隊としての君たちには、このことがもうひとつの事実を示唆してるだろう。すなわち、彼はそんな友人ですら焼き払おうとするほど、心を失ってしまっているという事実だ。
婁: (いつも以上に淡々と)……いや痛ましい話ですな。
(一同爆笑)
禍グラバ: こ、この破壊力はすごい。心にもないどころじゃない。
スアロー: 婁さんは時々、とてもいい台詞を、とても平坦に言うよね(笑)。
婁: ……ともあれ、事情は見えてきました。〈赤の竜〉の手がかりはオガニ火山にあり。我々はこれからそこに向かうかどうか、ということですな。
FM: そうなりますね。
オガニ火山。〈赤の竜〉が狂乱した場所。
そこが――目指すべき地点。
スアロー: ふむ、僕は向かうに一票だ。
婁: 異存はないですな。
忌ブキ: ぼくも向かうに一票です。
エィハ: わたしは忌ブキに付いていきます。
禍グラバ: なるほど。まあそういうことであれば、私も付いていかざるを得まい。
スアロー: え? 何? この面白生物、一緒に来るの?
禍グラバ: 〈赤の竜〉は友だと言ったろう。その友が危機に陥ってるというのに、私が手をこまねいてるわけにはいかぬ。
「まして、相手が〈赤の竜〉となれば、部下だけに任せるわけにもいくまい」
球形の水槽にも似た顔で、禍グラバは深くうなずく。
スアロー: なるほど。ですが、禍グラバさん――もう禍グラバ商人とは呼ぶまい――見ての通り、到底安全とは言えない旅ですよ。
禍グラバ: それこそ見ての通り、私だってそれなりの腕の覚えはある。黄爛とドナティアとの協定をまとめた以上、しばしの間はソルとシャディに任せてもかまうまいさ。
忌ブキ: うわあ、なんか旅の絵面がすごいことに……。
禍グラバ: では食事は(指さして数えていき)……六人分あればいいな。そうだ、そこのヴァルくんは一体何を食べるのかね?
エィハ: ヴァルは美味しいものなら何でも食べるわ。
スアロー: こえー!(笑)。
FM: あ、じゃあそれを聞いたらメリルが口を開くよ。「申し訳ありません禍グラバ様。食糧はそれでよいのですが、食器は百人ほど用意していただけますか」
禍グラバ: ああ、かまわんよ。(キャラクターブックを見ながら)大量に物を入れられる魔法のバックパックもあるし。
スアロー: やった、久々に自分の手で飯が食えるぞ! 食器は最上級の物をお願いしたい!
婁: 割りたいんだ?
スアロー: いや、これでも一応貴族なので。
禍グラバ: じゃあ、金貨千枚分ほど用意しますか。
スアロー: すげー! 何か子供の頃に戻ったようだ! パリーンパリーン!
FM(メリル): (きつい口調で)「スアロー様?」
スアロー: あ、いや、その、一番安いのでいいです。
FM: では、ここでシーンを閉じましょうか。
『第九幕』
ひどく静かに、婁は寝床から抜け出した。
足音どころか一切の呼吸音も消え去っている。必要なら体温さえ操り、石や樹と同化するのが彼の技術であった。
婁: 皆が寝静まっている間に、部屋を抜け出していいですか?
FM: いいですよ。〈隠密〉していきます?
婁: ええ。こっそり禍グラバの寝室――多分あのポッドのある部屋に忍び入ります。(サイコロを振って)出目は19で効果的成功
FM: は。それは[達成度]を出すまでもなく、この要塞の魔法装置ですら気づかないレベルですね。
すでに、要塞の地図はすべて暗記している。一度忍び込んだ場所に戻るなど、彼にとっては赤子の手をひねるよりたやすい。
しかし、実際に部屋に入ったとき、婁はかすかに眉を寄せた。
ポッドに、異変が起きていたのだ。
禍グラバ: じゃあ禍グラバはポッドの遥か底――要塞自体よりも深い、水底で寝てます。
婁: ……マジ?(笑)。
禍グラバ: はい。休眠期の間は閉じてましたが、ポッドの底は地下水流で海まで通じてます。私、十二時間は水中でも活動できますし、通常の睡眠ならそっちの方が安全ですから。――あ、入り口にベルは置いてあるので、押してくれればこっちから行きますよ。
婁: まあ、そうだなあ。事情は分からないけど……「聞こえているか、禍グラバ」と、いきなり出てきて声をかける感じですね。
禍グラバ: では、ざばあ、と浮き上がってきましょう。――やあ、どうしたのかね? 夕食では足りなかったのかな?
婁: (不意に冷徹な声になって)――あれだけ貴重な情報を、ドナティアの黒竜騎士に聞かせたのはいただけないな。
禍グラバ: おやおや、黒竜騎士の反応が見れたのは代わりにならないかな?
婁: ……つくづく食えない男だ。まだ何か伏せている札があるようだが?
禍グラバ: 私が伏せている札? ……まあ、あるかもしれないが、せいぜい祭燕くんと同じぐらいだろう。
スアロー: それ、膨大じゃねえかよう。
ポッドの中と外。
禍グラバの周囲には水もあるのに、不思議と声にはくぐもりを感じない。だが、不死商人の真意や感情は、皆目つかみ所も見あたらぬ。
「……」
ほんの少し沈黙し。
婁は、懐からある物を取り出した。
「……ここで、賭け金をつりあげようか」
婁: 〈白の楔〉を見せます。――貴様は、これがどういうものか理解してるか?
禍グラバ: (息を吞んで)ああ、知ってるよ。大地を傾ける最悪の兵器だな。
婁: 同時に、〈赤の竜〉の討伐において決め手になる道具でもある。
禍グラバ: 確かに。
婁: 俺は、これを〈赤の竜〉との対決のみに使うつもりだ。果たして何本使うことになるのかは想像もつかんがな。
禍グラバ: ……ほう? どういうことかな。
婁: 単刀直入に言おう。俺と〈赤の竜〉の対決をお膳立てできるなら、使い残しは貴様に委ねる。
禍グラバ: (少し考え込んで)……なるほど。
婁: どうだ? 貴様にとっても益のある話だろう。
禍グラバ: ……君こそ、食えない男だよ。それは自分を手助けしないなら、島のどこが汚染されても知らないぞということだろう。島を守るために行動してる私が、それを見過ごせるはずもない。
スアロー: おおおおお……(困ったように踊っている)。
禍グラバ: とはいえ、ありがたい話ではある。不確定要素を減らせるし、我が友たる〈赤の竜〉を助けられなかった――最悪の場合の保険となりうる。確かに悪くない話だ。
婁: 俺を支援する、決定的な動機ができたと見るが?
禍グラバ: (苦笑して)確かに。
婁: ならば――
禍グラバ: いや、少し待ってくれたまえ。この際だから明かすが、実は君と祭燕の話は聞こえていてね。祭燕くんの術は優秀だが、時々失敗することもある。――と、祭燕のせいにしておこう。
FM: ミスしてねえよ! 濡れ衣だよ!(笑)。
婁: (抑揚なく)……侮れぬ男よな。
禍グラバ: だからこそ訊くが、祭燕くんの目論見通りなら、君はその〈楔〉を黄爛のために使っていたはずだ。――つまり、君が話していた〝貴く美しいもの〟とは、やはり黄爛をも超えるものなのだね。
婁: 当然だ。
禍グラバ: なるほど、国を超える価値のあるものか。そんなものに奉仕できるのは素晴らしいことだ。私もできる限り協力させてもらおう。それでは、よい夢を。――ここまで言って、ごぼごぼごぼと沈んでいく。
FM: ではシーン終了です。
夜に語らう者は、ふたりきりではなかった。
もうふたり――いや、ふたりと一体の魔物が、まんじりともせずに向かい合っていた。
エィハ: (片手をあげて)同じ時間に、忌ブキと話したいんですが。
FM: ええ、分かりました。確か、同じ部屋で寝てましたしね。
エィハ: ヴァルの温かい毛皮にうずくまってたのが、ぴょこんと顔を出して獣耳を動かして、忌ブキに話しかけます。――起きてる?
忌ブキ: ……起きてる。
エィハ: さっき、あの禍グラバって人が言ってたわ。もう一度訊くけど、赤い竜は忌ブキの友達なの?
忌ブキ: ……あんまり、そんな自覚はなかったんだけど。
エィハ: でも、赤い竜は、あなたを友達だと言っていたんでしょう?
忌ブキ: みたい……だね。
エィハ: ……わたし、友達は大切なものだと思う。あんまりたくさんのことはわたし知らないけど、友達っていいものだなって思ってるわ。
忌ブキ: う。ちょっと意外そうな顔になります。
エィハ: 友達を、殺してしまってもいいの?
もはや二ヶ月以上、ともに旅をしてきた忌ブキからしても、エィハがこんなに喋るのは珍しかった。
だからこそ、言葉に悩んだ。
忌ブキ: (うつむいて)竜がどうしてそう言ってくれてるのかは分からないけど……殺さずにことがすむのなら、殺さずにすませたいよ。
エィハ: わたし、今でもあの竜に勝てるとは思わないの。
忌ブキ: それは確かに……。
エィハ: だけど、あのふたりは竜を殺そうとしてるわ。忌ブキの友達を。――ねえ、あのユーディナって人と話せる?
忌ブキ: ユーディナさんに?
エィハ: 竜を、正気に戻す方法を知りたい……。忌ブキが友達を、殺さずにすむのなら、その方法を知りたいの。
忌ブキ: あ、念話の護符。
革命軍第二指導者、ユーディナ・ロネ。
黄爛仁雷府で、あのユーディナからもらった念話の護符を、忌ブキはおそるおそる袋から取り出した。
忌ブキ: ……どう使えばいいんですか?
FM: 札に触れて念を込めれば、それだけでいい。
エィハ: うーん……じゃあ、わたしが話します。
FM: OK。じゃあ、じゅっと音がして呪印が光りだし、やがて遠方の対象と会話が通じる。「……ユーディナよ」
エィハ: わたし、エィハ。
FM(ユーディナ): 「あら、忌ブキ様じゃなかったの。一体、何の御用?」
エィハ: わたし、今ハイガにいる。禍グラバと会って話をしたの。
FM(ユーディナ): 「そう、無事に着いたのね。どうだった?」
エィハ: やっぱり、赤い竜は忌ブキを友達だって言ってたの。でも、正気をなくしてるんだって。――正気を取り戻す方法、分かる?
エィハの質問に、遠方の気配は微苦笑した。
「そんな方法があったら、誰だってそうするでしょうね」
FM(ユーディナ): 「私だってできるならそうしたいわ。〈赤の竜〉はこの島の信仰の対象だったんだもの。でも、私たちには狂乱に陥った理由さえ分からない。せめて、その手がかりでもあれば、何か言ってあげられるかもしれないけど」
「……」
忌ブキは、黙り込む。
それは当然だ。ニル・カムイに限らず、黄爛だってドナティアだって、そんな方法があれば飛びつくだろう。エィハのしてることは、絶望の確認に過ぎない。
それでも諦めず、エィハは護符へと語りかける。
「これから、赤い竜の手がかりを探して、もう一度オガニ火山に行くの」
FM(ユーディナ): 「オガニ火山?」その言葉には少し反応するね。
禍グラバ: お?
FM(ユーディナ): 「だったら気をつけた方がいいわ。オガニ火山は相当おかしなことになっているみたいだから」
エィハ: わたしが死んだときより?
FM(ユーディナ): 「分からない。多分関係してるとは思うのだけど……オガニ火山の近くの村が、いくつも連絡がとれなくなったそうなの」
エィハ: 竜が滅ぼしたの?
FM(ユーディナ): 「〈赤の竜〉だったら周辺から目撃情報が出るはずよ。そうした話が聞こえてこない以上、私は別のものと見るわ」
エィハ: ……ん、分かった。何か新しいことが分かったら教えて。
FM(ユーディナ): 「ええ、そっちも気をつけてね。外側だけじゃなくて内側にも。――私が言うのも何だけれど、ドナティア、黄爛の人とニル・カムイの人間は、そうそう仲良くなれたりしないから」
エィハ: (思いついたように)……ねえ?
FM(ユーディナ): 「何?」
エィハ: 〈赤の竜〉がもう一度忌ブキとお友達になったら、忌ブキは王様になるの?
FM: 少しの間、ユーディナは息を止める。「皇統種がニル・カムイの王様――契り子になるための儀式は、公式に明かされていない。ひょっとしたら知ってる人間はもういないのかもしれない。だけど、もしもそれほどの偉業をなしたなら、誰もが忌ブキ様を契り子として認めるでしょう」
契り子。
また、その名前が出た。皇統種から選ばれ、ニル・カムイを導く者。
しかし、今のユーディナは別のことを話題にした。
「忌ブキ様も、そこにいるのね?」
忌ブキ: あ……はい。
FM(ユーディナ): 「ひとつだけ、言わせてください」
至極丁寧に、女は口を開く。
「阿ギトを助けてくれたのだから、私はできる限りあなたたちの力になります。それは約束します」
真摯で、情熱的な言葉。
阿ギトという男は、彼女にとってもそれだけ大切な存在だったのだろう。あの山で死んでいった、革命軍の誰もがそうだったように。
「ですが」
と、女は続けた。
「ですが、あなたは……忌ブキ様ご自身は、誰の味方になりたいんですか?」
忌ブキ: あ……。
FM: (絶句した忌ブキを見つめて)すぐに答えが出ないなら、ユーディナはそれはそれでかまいません。通話はここで切れて、護符の呪印が淡くかすれます。
エィハ: (振り返って)どうしたの、忌ブキ?
忌ブキ: いや……誰の味方かって訊かれて、初めて気づいたんです。〈赤の竜〉に会ってどうすればいいのかって、頭でいろいろ考えてても、覚悟が全然決まってなかったって。
スアロー: ああ、やっとそこに……。
禍グラバ: 子供ですからねえ。
エィハが見つめる中、忌ブキはしばらく動かなかった。
「……ごめん」
唇だけが、そう呟く。
忌ブキ: 行かなきゃいけないのに……そうするしかないのに……ぼくは誰の味方になればいいのか、全然分からないんだ……。
『第十幕』
翌日は、早朝から街の入り口に集まることとなった。
朝靄が、街道の行方を柔らかく包んでいる。出立を密かに行いたいということで、禍グラバの見送りは従者のふたりだけであった。それでも不死商人の姿はあまりに目立つため、全身に分厚いフードをかぶっている。
「ずいぶん待たせたな」
その街の入り口で、獣師の民ミスカは、いつものようにガダナンたちと待っていた。
スアロー: ミスカさんと会うの、なんか久しぶりだなあ。
エィハ: ハイガが長かったから。
禍グラバ: しまった。食糧にこの象とミスカさんの分を加えるのを忘れてた。
FM: (曲を変更する)いや、ミスカさんは自分とガダナンの食糧は自分でまかないますよ。これは獣師の民としての特別製ですからね。
禍グラバ: あ、なるほど。そして密かに音楽が変わった! これが野外用……。
FM: では、オガニ火山に最短で向かうとすると、東回り――みんながハイガに来るまで使わなかったドナティアルートを北向きに辿って、ロズワイセ要塞から向かうことになるけれど、これは大丈夫かな?
スアロー: 先輩のとこか。できたらよしたかったんだけど仕方ないな。またウルリーカさんとこに厄介になるか。あの坊主はもう会いたくないんだがなー。
忌ブキ: こちらは大丈夫です。
禍グラバ: 問題ないですよ。
FM: では、そのルートで。――残り七十六日となった朝。移動表は忌ブキに振ってもらいましょう。
忌ブキ: はい。(サイコロを振って)53です。
FM: (移動表を見て)おお、オアシスだね。
ハイガから東に街道を行くと、半日ほどで荒れ野と砂漠が混ざり出す。
点々と緑は残っているものの、砂に足が取られるようになり、ガダナンほどの踏破力がなければ移動が難しくなってくる。スアローが早馬で移動できたのは、本格的な砂漠に突入する直前だったことも大きい。
今回の場合、禍グラバの案内もあって、オアシスで身を休めることができた。
FM: では、次の一日。残り七十五日。禍グラバが移動表を振ってください。
禍グラバ: (サイコロを振って)28ですね。
FM: 穏やかな旅が続く。まあガダナンに禍グラバの準備が重なると、だいぶ旅も楽にはなるねえ。
エィハ: じゃあ、さらに翌日振ります! (サイコロを振って)82!
FM: (表を見て)砂嵐で方角を見失った!
スアロー: きゃああー!
ロズワイセ要塞へと向かう途中、いくつかのハプニングはあったものの、一行の旅が中座するようなこともなかった。
多くの陰謀をくぐりぬけ、ハイガの街での戦闘を食い止めた彼ら。
その彼らに訪れた、ほんの一時の穏やかなる時間。
「……」
その旅路で、忌ブキは思う。
(……ぼくは、誰の味方になるべきなんだろう?)
ユーディナとの会話以来、ずっと少年の核になっている問い。
南方砂漠の日差しに耐えるため、頭巾を目深にかぶったまま、少年はずっとその自問を繰り返していた。
FM: ……では、ハイガを発って四日目。残り七十三日となった昼頃に、ロズワイセ要塞へと辿り着きます。
忌ブキ: あ、あっさり言いましたけれど、結構大変でしたよ!
禍グラバ: スアローさんが、砂漠の真ん中で水袋を全部壊したりするから……。
スアロー: いやあ、つい自分の手で水を飲みたいという誘惑にかられてだね。――うん、その、悪かったみんな!(合掌する)。
実際、結構危なかったのだが、都市に辿り着く前日だったのが幸いだった。
ロズワイセ要塞。
魑魅魍魎うごめく南方砂漠にあって、なおも堅固たる灰色の城塞。
かつて、この砂漠を支配していた魔物が、その建築物をつくりあげたのだという。そして魔物を打ち倒した黒竜騎士が、ドナティアの要塞都市として造り直したのだとも。
どちらも伝説で、詳細の真偽は怪しい。
何にせよ、この都市の付近だけは肥沃な魔素流が走っており、それをさらに魔術で安定させることで、人類の生活圏に足る豊穣さを獲得しているのであった。
エィハ: ……結構賑やかな感じなんですね。
FM: うん。もちろんハイガや、黄爛仁雷府とは比べるべくもないがね。後、要塞といわれるだけあって兵士の数が多い。各所に発つ衛兵たちの装備も物々しいね。街全体に鋼の臭いがしみついているようだ。
禍グラバ: らしいというか何というか。私の街に一番近いドナティアの都市がこれだからなあ。
FM: 実際、不死商人に睨みを利かせるためではあるでしょうね。野営地から戻ってきたウルリーカたち黒竜騎士団も、まだこの都市に駐屯しているそうです。
スアロー: ……ウルリーカさんに会うかどうかはともかく、このままオガニ火山を目指すことに異論はないかな?
忌ブキ: ぼくは今割と悩んでます。どうしようかな……。
エィハ: ユーディナさんから聞いた、オガニ火山周辺の村が滅亡してるって話は、みんなに話しておきますね。
スアロー: ほう。……情報の出所はともかく、こちらも調べてみようか。
FM: それは大事ですね。
スアロー、メリル、禍グラバ、忌ブキがそれぞれ情報収集にあたる(無論、禍グラバは正体がバレないようにフードをかぶってだが)。
すると、オガニ火山近くの村から逃げ延びてきた者が、何人か黒竜騎士団の駐屯地に匿われているとの話が入ってきた。
忌ブキ: ……と、いうことだそうです(唯一判定に成功)。
スアロー: さすが皇統種様、我らの希望。――って、やっぱり先輩のところに行かなきゃ駄目かー。まあ、大使としての報告もしなきゃだしなあ。
婁: (しれっと)同伴してもよろしいか?
スアロー: どうほぉ!? い、い、いや、婁さん。我々はソウルメイトだが、お互いの立場も分かってほしい。流石に、黄爛の武人を黒竜騎士団の陣営に連れて行くと、僕の立場はともかく婁さんの危険が危ないと思うんだ。
禍グラバ: 危険が危ない(笑)。
婁: ふむ。私の風体では地元の人間としか見えないとは思いますが。
スアロー: おぼお! やばい、このままだと僕のウルリーカさんがコロコロされてしまう! じゃ、じゃあ婁さんはあれかな、黒竜騎士団に興味があるのかな?
婁: ……。
FM(メリル): 「スアロー様、黒竜騎士団の中には軍事機密もございます。部外者を無闇に立ち入らせるのはよろしくないかと」
スアロー: そう、それ! 僕もそれが言いたかったんだ!
婁: ふむ……。それでは致し方ありませんな。
スアロー: いや、ホント申し訳ない。さ、行こうか。ふう……なんで婁さんと話してると、普通の会話なのに冷や汗が出るんだろう?(笑)。
ロズワイセ要塞の駐屯地は、都市の中央で、高く厚い石壁に囲まれていた。
あるいは、この駐屯地こそ要塞都市の本体ともいえる。
前の野営地で一度接触していたスアローは、衛兵に案内され、ウルリーカの執務室へと迎え入れられた。
スアロー: (片手をあげて)ええと、失礼。
FM: (曲を変更しつつ)では、あなたを見ると、ウルリーカは「おお大使殿」と迎え入れるね。「禍グラバからの使節も来ましたが、無事黄爛との条約も取り付けたそうで」
スアロー: いや、僕の手柄というわけではないのだが。――とりあえず、就任早々街を離れてることについては目こぼししてほしい。
FM(ウルリーカ): 「まあ、もともと名目上のことという話でしたからね。こちらからも副大使の設置打診と、人材選定をしております。あなたが街を出てるなら、この交渉はスムーズに行くでしょう」
スアロー: こいつ、仕事はえええ……。
FM(ウルリーカ): 「一時はエヌマエル様が直々に行かれるとも強弁されてたのですが」
スアロー: それは良くない。すごく良くない。
FM(ウルリーカ): 「私も少し不安を感じましたので、それは思いとどまっていただきました。今は何を考えたのか、先にベルダイムへ発ったようです」
スアロー: ふうん? ベルダイムって、ニル・カムイでのドナティアの要所だっけ。
FM: そうですね。ドナティアの支配地域では二番目に大きい都市です。
スアロー: ふむ。それはそれで少しひっかかるけれど、こっちの用事をすませようか。――オガニ火山近隣の住民を保護してると聞きましたが。
FM(ウルリーカ): 「……ええ、確かに」
スアロー: その住民と話をさせてほしい。
FM: 少しウルリーカは表情を厳しくするね。「やはり、あの案件は〈赤の竜〉と関係がありましたか」
スアロー: ん、何々? どういうこと?
FM(ウルリーカ): 「調査隊以外には秘密にしていただきたいのですが……その住民の話から、シメオン・ツァリコフ団長にこちらへ来ていただくこととなっています」
スアロー: シメオン団長? この島で最高権力というか、最高武力を誇るシメオン殿がこちらに来るだけの情報?
FM: まあ、実際ドナティアの最高戦力ですね。一騎当千と謳われる黒竜騎士団にあっても、第一団から第八団までの団長はやはり特別な存在です。
スアロー: オラワクワクしてきたぞ(笑)。ほほう? では詳しい話を。
FM(ウルリーカ): 「では、こちらへ」ウルリーカがあなたを駐屯地の裏側に連れて行きます。
駐屯地の中は、いくつかの建物に区分けされていた。
その中で一番奥まった――捕虜のためと思われる檻の中で、ひとりの男が狂ったように頭を打ちつけていたのである。
「ぁぁぁぁぁぁ、嫌だ! もう嫌だ! うぅぅぁぁあああっ! もう引きずられたくない潰されたくない岩の巨人に潰されるぅ!」
スアロー: あははははっっ! 岩の巨人と来た! ……おっと失礼。彼は正気を保っているのですか? とウルリーカに訊く。
FM(ウルリーカ): 「いえ。こちらに来てしばらくは正気を保っていたのですが、徐々に酷くなっていき、あの有様です。こうなっては檻に入れるしかありませんでした。……よほど恐ろしいものを見たのでしょう」
スアロー: 少し話をしてもよろしいかな?
FM(ウルリーカ): 「どうぞ」
スアローが檻の前に立つと、すぐに男は反応した。
FM(男): 「き、騎士様!? 騎士様なら助けてくれますよね? お、おらを助けてくれますよね!?」
スアロー: (重々しくうなずいて)当然だ、安心したまえ。
FM: じゃあ、男は安堵と狂気の狭間で顔を歪める。「あ、あの、岩の巨人からも、助けてくれますよね?」
スアロー: 岩の? ……何があったんだい?
FM(男): 「よ、四十メルダもあろうかという巨大な岩の巨人が、お、おらの村を踏みつぶして行ったんだ!」
スアロー: ぶっ! そっかあ……人を踏みつぶしたじゃなく、村を踏みつぶしたと来たかあ……。ところで四十メルダというのは?
FM: 四十メートルぐらい。
スアロー: ガンダムの倍かよう!
FM(男): 「そ、それに、巨人の他にはつながれものや兵士の格好をした還り人が、な、何十人も後ろにいただ!」
スアロー: (身を乗り出して)待て、軍隊がいるだと!? それは、君の見る限りどこの国に所属した軍隊だい?
FM(男): 「た、多分あれ、反乱軍だ……元は」
忌ブキ: え……っ!
エィハ: (沈鬱な顔で)……やっぱり。
スアロー: 元、か。還り人というのは正気がないのが大半と聞くが、やはりエィハくんみたいな方が例外なんだな。
FM(男): 「しょ、正気のヤツなどいるはずがないだ! だってあいつら、溶岩の中に平気で入っていって、何人か死んでるぐらい……!」
スアロー: な、なるほど……どうやら、すごいことになってるらしいな……。で、その岩の巨人と……。
FM(男): 「そ、そう、溶岩だよ、溶岩……。あいつらが歩いていった後には全部溶岩が流れていって、む、村が全部吞み込まれてって……地形ごと変わっちまって……」
スアロー: ははは……いかんいかん。失礼、あまりに酷い状況になると僕はつい笑ってしまうんだ。
禍グラバ: ひどい癖だ(笑)。
スアロー: しかし、巨人と還り人の軍勢は分かった。赤い竜はその場にはいなかったのかい?
FM(男): 「りゅ、竜を見たのは、もう二ヶ月以上も前に一回きりだ」
スアロー: なるほどなあ。シメオン殿を呼び出すのも分かる。
FM(男): 「お願いしますだ、騎士様ぁぁぁ……」そしてまた頭打ちつけモードになってしまう。「騎士様ぁぁぁぁっっっ!」
スアロー: ううむ。とりあえずウルリーカに礼は言って出て行くか。――大変なことになっているね。
FM(ウルリーカ): 「ええ、流石に四十メルダもの岩巨人となると、まともにぶつかりあったのでは被害が大きくなりすぎます。ハイガとのこともありますので、シメオン団長をお呼びすることとなってしまいました」
スアロー: げえ、団長ならタイマンでいけるのか……。岩巨人については心当たりが?
FM(ウルリーカ): 「革命軍を自称する組織で、かつて最大戦力であるつながれもの、イズンと呼ばれる少年の魔物と酷似しています。おそらくは彼が還り人になったものかと」
忌ブキ: やっぱり……イズン。
スアロー: ふむ、それはいいことを聞いた。
FM(ウルリーカ): 「ですが、少しおかしな点があります」
スアロー: ほう?
FM(ウルリーカ): 「あなたも聞いたでしょう。岩巨人のほかに数十人の軍隊が還り人になってるようです。ですが、これは当時オガニ火山に向かったと思われる革命軍の、ほぼ全戦力です」
スアロー: 全員還ったのか?
FM(ウルリーカ): 「そんな訳がありません。還り人になる確率は、どんなに高くても数十人から数百人にひとりです。元の人間の生体魔素の多寡にもよりますが、数十人のことごとくが生体魔素に満ちあふれていたなど、考えられません」
スアロー: で、でも……(少し黙って)ウルリーカ殿の考えを聞こう。
禍グラバ: ほう。これは中々、上手い手を。
FM(ウルリーカ): 「……〈赤の竜〉による殺害が、魔素に何らかの影響を及ぼしているのではないかと」
スアロー: つまり、〈赤の竜〉に殺された住民たちは、高い確率で還り人になって周囲を襲うと?
FM(ウルリーカ): 「そうですね。そして溶岩どうこうの話からすると、魔素流に相互的な影響を与えてる可能性が高いです」
スアロー: まさに病原菌だな……。
FM(ウルリーカ): 「逆に魔素流に影響を与えれば、何らかの弱体化を図れるかもしれませんが、あいにくこちらにはそのような手段がございません。伝説の皇統種様でもいればまた別でしょうが」
スアロー: (咳払いして)……まあお察しの通り、これから僕らはその山にやんちゃをしにいくわけだが。シメオン殿がこの地に到着されるのは何日後なのかな?
FM: その情報を聞いてすぐ、ベルダイムからこっちに向かってもらっているので……後三日後だね。
スアロー: 三日後か……とりあえず僕らは、先行して調査に向かいたいと思う。
FM(ウルリーカ): 「かまいません」
スアロー: で、もし手出しした結果これはあかん、と判断したら、シメオン殿の到着を待つ。
FM(ウルリーカ): 「ず、ずいぶん虫の良い話ですね」(一同爆笑)。
スアロー: それは僕の座右の銘だ(笑)。ただ、なんとかなりそうだった場合……まあ、さらにちょっとやんちゃをしようと思う。
FM(ウルリーカ): 「もちろん、こちらとしても魔物を排除してもらえるのはありがたいことです。あなたがたがその任を担ってくださるなら、否とは言いません」
スアロー: うんうん。極力僕も、そういうのは避けたいんだけどね。
FM(ウルリーカ): 「……が、もしシメオン様が〈赤の竜〉に関わる何かを手に入れた場合――とりわけそれが我らにとっても重要なものだったなら、お渡しできるとは限りませんよ」と、これは念を押しておこう。
スアロー: 分かってる分かってる。だから、先行するんですよ。じゃあ情報提供してくれたことに礼を言って、駐屯地を去ろう。
駐屯地から、さほど時間をかけずにスアローは戻ってきた。
ウルリーカから聞いた話を伝えると――忌ブキの顔が、真っ青になった。
忌ブキ: そんな……イズンさんが……。
エィハ: イズンも起き上がったの? 還ってきたの!?
禍グラバ: 仲が良かったのかね。
忌ブキ: ……仲が良かった……というほど長く過ごしたわけじゃないんですが。
そう。
長く、ともにいたわけではない。
あの滅んだ村でイズンたちに拾われ、〈赤の竜〉と出会うまで一週間とかかってなかったはずだ。自分のことを皇統種と崇めていたイズンたちとは、必然会話も遠慮がちなものとなり、互いの心中をさらけだすようなことはほぼなかった。
それでも。
忌ブキは、覚えていた。
自分のことを希望だと語るイズンの弾んだ声を、こちらを見上げてきらきらと輝いていた瞳を、忘れることができなかった。
そして、
――『どうして赤竜さまが!』
――『こ、皇統種様、噓ですよね!? 大丈夫だと仰ってくれましたよね!?』
耳にこびりついて離れない、叫び声。
忌ブキ: ……ぎゅっと拳を握りしめてうつむきます。
エィハ: 忌ブキ、辛いの?
忌ブキ: ううん、辛いとか、ぼくが言っちゃいけないと思う。……あの、本当に、狂った還り人が正気を取り戻した例ってないんでしょうか。
FM: 〈※地域知識:ニル・カムイ〉で判定してもらえます?
忌ブキ: (サイコロを振って)02で成功です。
FM: 効果的成功か。あなたの知る限り、一度正気を失った還り人が人格を取り戻した例は、ニル・カムイの歴史上を通じて皆無ですね。
忌ブキ: ですよねー! ぼく、すごく身に染みてる気がする。
FM: 逆に、人格を保っていた還り人が、後から失った例はありますよ。
エィハ: ……うん。
スアロー: ……ふむ。君らがその、イズンくんと友人なら酷な話になると思うが……狂って黄泉還ったものを元に戻す方法など、どんな魔術にもないだろう。出会い、戦闘になったら覚悟するしかないだろうね。
婁: (淡々と)避けて通れぬのならば致し方ないところではあります。
スアロー: 頼もしい発言だ!
婁: でも頭の中は、ウルリーカさんをどうにか斬れないかというのでいっぱいなわけですが(笑)。
FM: 七殺天凌が食べたがってた黒竜騎士としては、ちょうどいい立ち位置だからね。いなくなっても問題が少ないし、『ちょうど食べ頃』な感じ。
スアロー: ど、どうにかしてこの悪鬼を食い止めないと(笑)。
忌ブキ: ……。
スアロー: さて、禍グラバさん的にはその事実をどう取るのかな。やばい還り人まで撒き散らしてる〈赤の竜〉を、それでも放っておいていいのかい?
禍グラバ: さて、おかしなことを聞くものだ。放っておけないからここに来たのではないのかね。――むしろ、迷っているのは君の方に思えるが。
スアロー: まあ、そうなんですよ。僕としてはですね、この〈赤の竜〉討伐というやつはどうにもきな臭い。
禍グラバ: ふむ、私としてはあくまでも君たちの調査の協力をしているまでだ。
スアロー: なるほど?
禍グラバ: その後に君たちが〈赤の竜〉と戦おうが、あるいは〈赤の竜〉が正気に戻って和解に至ろうが、私に止める権利はない。最終的にどう行動し、何と戦うかは君たちが決めるべきではないのかね?
婁: こちらはじっくりとスアローを見てる(笑)。
スアロー: あなたの意見は分かるが……どうあれ、狂っているものを何の理由もなしに討伐するのは筋が通らない。
禍グラバ: それは、さっき君が彼らに言った――狂ったものはもう元に戻せないからかつての仲間でも倒すべき、という話と矛盾はしないかね?
スアロー: おお……! うん、そうですなあ。ああは言ったが、やはり戻せる方法があるなら知っておきたいのも正直なところなんだ。可能な限りは試した後で、各々の責任を果たすのが、一番気持ちのいい方法だろう?
禍グラバ: ふむ。それなら迷うのもいいだろう。私が協力できるのは調査までだが、調査に関しては最大限協力するよ。
スアロー: 感謝します。仮に、〈赤の竜〉が狂った理由が人為的な要因なら、それも知っておきたいですから。
スアローが、一礼する。
一見矛盾する言動も、この青年にとっては本音なのだろう。単に、還り人についてはもはや処置不能だろうという判断材料があり、竜にはなかったからというだけ。
彼自身気づいているのかどうか、その判断基準は隣に佇む暗殺者と比べても、まるで劣らぬほどに乾ききっている。普段のふざけた口調や柔らかな人当たりと、今の乾いた心映えとは、青年の中で奇妙に共存してしまっている。
ほかの誰でもない、スアロー・クラツヴァーリという精神の在り方。
「……」
すぐ傍らで、従者としてメリルが見てきた青年の在り方。
そして。
そんな青年を見て、
「……もしも」
と、エィハは呟いた。
ヴァルが、小さく鳴いた。
エィハ: もしもイズンに出会って、まだ正気に戻らないのであれば、わたしはわたしの手で殺してあげたいと思う。
忌ブキ: エィハ……!
スアロー: ……それに関しては何ら異存はない。むしろ、そのときは僕も協力しよう。
これも、何の躊躇いもなく。
黒竜騎士たる青年は、至極当然とばかりにうなずいたのであった。