レッドドラゴン
第二夜 第一幕〜第五幕
「最前線」のスペシャル企画「最前線スペシャル」。三田誠がFiction Masterとしてシナリオを紡ぎ出すRPF、『レッドドラゴン』。参加者は虚淵玄、奈須きのこ、紅玉いづき、しまどりる、成田良悟の夢の5名。音楽を担当するのは崎元仁。最高の布陣で最高のフィクションを創造します。
(再び、暗い舞台)
(静まり返った客席)
(こほん、と咳払いとともに、いつもの男の声)
「――皆様、第一夜はお楽しみになられたでしょうか」
「五人目の役者を得て、いよいよただいまから、第二夜を開始いたします」
「私の挨拶もすでに三度目。皆様もこの舞台の流儀は知られたころでありましょう。さすれば、これ以上の口上も無粋というもの」
「では、早速〈赤の竜〉にまつわる物語、第二夜をお楽しみくださいませ――」
(光とともに、幕が開く)
【第二夜 竜の爪痕】『第一幕』
ひんやりとした部屋の中で、婁は硬直していた。
身体を強ばらせるなど、何年ぶりのことであったろう。背中の七殺天凌も、その思念を停止させていた。
(これは……!)
絶句。
目の前のそれをどう解釈したものか、稀代の暗殺者・婁震戒と七殺天凌の双方をして判断しかねたのである。
すなわち。
禍グラバ・雷鳳・グラムシュタールという、物体を。
FM: (曲をかけつつ)――というわけで、第一夜の終了したシーン。禍グラバと婁の出会いから再開しましょうか。
成田良悟: おお、ついにゲームに参加……!
エィハ: 一応前回から参加はしてたんですけどね。
成田良悟: 一言だけね!
FM: では、静謐なる禍グラバ要塞中心部。婁の侵入を感知したことで、禍グラバの浮かんでいたポッドの液体が徐々に抜けていきます。それにつれて、禍グラバの意識は急速に覚醒していく。
成田良悟→禍グラバ: (気さくに手を振りながら)やあ。気持ちのいい目覚めだね!
婁: ……この部屋のどこかに、不死商人禍グラバが……!(一同爆笑)。
スアロー: き、気づいてない!(笑)。
FM: 気づきたくないんだろうなあ(笑)。
禍グラバ: (心配そうに眉をひそめて)何か難しい顔をしているね。お腹でも空いているのかい? ご飯を用意するが、いかがかな?
スアロー: (爆笑してテーブルを叩いている)。
婁: (振り向いて)……この砦のどこかに、禍グラバという男がいると聞いたが?
禍グラバ: うむ、確かに間違いではない。この砦のどこかに禍グラバという男はいるね。さて、果たしてどこにいるのかな!?
スアロー: こ、この愉快な紳士ときまじめな男のコンビは、一生平行線な気がするぞ……!
婁は、ふざけているわけではない。
任務の性質上、人のカタチをしていない者などいくらも見てきた。自分の顔を真似てもらっている祭燕の混沌術や、ドナティアの創造魔術など、人ならぬものに変じたり、つくりだしたりする方法は十分馴染みのある分野だ。必要とあらば、それらの化怪も切り伏せ、媛に魂を捧げてきた。
だが。
その彼をしても、このような人外は与り知らなかった。
あたかも、金属の樽のごとき身体。極度に足は短く、左手には銃器、右手には穿孔機をつけており、こちらを向いた顔にいたっては球形の水槽そのものだ。
人形というにも、あまりに奇怪なその姿。
婁: ……これは、一体何だ?
FM: 「不死商人は奇態な怪物をつくってるなあ」、にしか見えないですね。
婁: だが、警報器にしては衛兵が詰め寄る様子もないか。もう一度訊こう。貴様は一体、何だ?
禍グラバ: はっはっは、よくぞ聞いてくれた。我が名は禍グラバにして雷鳳にしてグラムシュタール! 故あって名字はないが三つの名を持ち、三界においてそれぞれ金の流れを取り仕切っている、ただのケチな商人だよ。
婁: まあ、確かに全身を道宝に変えているとは聞いていたが……。
スアロー: (右手を回転させながら)ドゥルルルル。
婁: しまったな、これでは急所が分からない(笑)。――どうしようかなって思いつつも、騒ぎ立てれば殺す、とだけ言っておこう。
禍グラバ: いやあなるほど、騒いだら殺されてしまうのか。それは困るな、殺されたくないので騒がないことにしよう。――ところでご飯でも一緒にどうかね?
婁: その身体で、飯が食えるのか?
禍グラバ: (さらりと)私は食えんよ? いや、私のことはどうでもいいじゃないか。今重要なのは、君がお腹が空いていないかどうかだよ。こう言っては何だが、うちの従者がつくる料理は超一品でね。
婁: ……貴様に、質問があって来た。
禍グラバ: ほう、答えようじゃないか。今私は寝起きなので非常に機嫌が良い。
婁: ……〈赤の竜〉の居場所を知りたい。
対して。
禍グラバを名乗る人外は、こう答えたのである。
「ああ、いいとも!」
婁: (呆気にとられて)ほう? そ、そうなのか……?
忌ブキ: ああ、いろいろ頑張った奈須さんが……!
スアロー: このセッション、後一時間ぐらいで終わるんじゃないの?(笑)。
禍グラバ: まあ、私にも立場というものがあるので聞いておくが、〈赤の竜〉を見つけてどうするつもりかね?
婁: ……先に聞いておくが、ここ最近の竜の行状について、貴様は知っているか?
禍グラバ: はいはい、なるほど。うむ、なにせ私はメンテナンスで数ヶ月昏睡していた身だからね。数ヶ月前までは、ここ五十年と変わりがなかったと言うしかないが……その様子では何かあったようだね。
婁: 赤い竜は乱心して、島の住民に害を為している。
禍グラバ: では禍グラバはそこで少し黙って、……そうか。ついにその時が来たか。
スアロー: ん? 思わぬ言葉が。
禍グラバ: まあ、ここだけの話だが、私はさして驚いてはいないよ。
婁: 驚いてない?
禍グラバ: ――かの偉大なる赤き先人は、自分が狂うことを予想していた。そして私に、いくつかのメッセージを残していた。
婁: ほう。
禍グラバ: が……まさかこんなにも早くその時が来るとは思ってもみなかったな。さしずめ君は、黄爛かドナティアから〈赤の竜〉をなんとかするように雇われた、間者か何かということかね? いや、ただの間者ではあるまい。曲がりなりにもこの要塞の最深部へ、警報のひとつも鳴らさずに立ち入ってくるというのは、その時点で異常なことだからね。
一息で、禍グラバと名乗るそれは言う。
いかにもお喋りなその言葉を、どこの器官が発生させているのかは分からない。ただ、とりあえず互いの意思疎通が可能だということに、婁は納得した。
そして、自分の必要とする情報を、この物体が持っていることも。
婁: ……つまり、貴様は赤い竜に仇なすことに異存はない、と?
禍グラバ: 仇なす? 一体何をすれば私が赤き先人に仇なすことになるというのか、分からないね。仮に私が〈赤の竜〉を殺すことに賛同したとしても、彼に仇なすことにはなるまい。彼は人間のそういう行動を昔から見ているし、仮に狂ってしまったというのであれば、それを止めることを彼が望まないわけもない。
エィハ: な、なんというか、すごい人……。
婁: ……。
禍グラバ: ただし、君の目的が、ドナティアか黄爛によるこの島そのものの殲滅、などという無茶なものでない限りだがね。
婁: ……赤い竜の命以外には一切興味がない。
禍グラバ: ふむ、政治にもまったく興味がないといった顔つきだね。
スアロー: (ふたりをきょろきょろ見て)あんたら怖ぇよ(笑)。
FM: 七殺天凌としては、判断しかねてる具合ですね。「正直、食欲が湧くような湧かぬような……よく分からぬわ」
婁: ふむ。……(禍グラバを向いて)今、この場で貴様の命を奪うのがたやすいことは理解できているか?
禍グラバ: まあ、この場にいる時点でやばそうではあるけど(笑)。
婁: 改めて、さらにひとつ手の内を明かすとすれば……。
禍グラバ: ふむ?
婁: 俺はひとりではない。
スアロー: ちょ!
忌ブキ: な、なにを……!
婁: ひとりにして群れであり、多勢にして一なるものと言っておこう。噓だと思うならそうだな……今、西の街道からドナティアの黒竜騎士の一団が、この砦を目指して旅しているはずだ。その中にも、ひとり俺がいる。
(一同爆笑)
エィハ: いますけど! 確かに同じ顔の人いますけど!(笑)。
婁: まあ、数日もすれば、その意味が理解できるだろう。
禍グラバ: なるほど。では楽しみに待つとしよう。
婁: (FMへと)〈赤の竜〉討伐の期日って、後何日でしたっけ?
FM: 後八十一日。より正確には、ニル・カムイ議会が結んできた、全面戦争を食い止められる不可侵条約の期限が、だけどね。
婁: ふむふむ。じゃあ……後、二月。
禍グラバ: 二月?
婁: その間、我々全員が連日四十八時間、貴様を監視しつづける。
禍グラバ: ほう? つまり逆に言えば、私の方も君たちを監視できるということかね?
婁: (淡々と)そう思ってくれてかまわない。……どう転んでも、俺、ないし俺たちの追求を逃れることはできん。たとえ俺が命を落としたところで、第二第三の俺が貴様を……!
スアロー: 怖ぇよ! むちゃくちゃ怖ぇよこの暗殺者!
FM: すごく、祭燕さんが利用されています……(笑)。
禍グラバ: ふむ……。
婁: 改めて、こちらの条件を言おう。
禍グラバ: ほう?
婁: 俺が、この剣で赤い竜の命を仕留めること。それ以外の状況が生じたときには、貴様とその郎党が皆命を落とすものと、理解されよ。
スアロー: (小声で)容赦ねー……。
禍グラバ: では、ひとつ聞いておくが、君は何故〈赤の竜〉の命を狙うのかね? 義憤かな? それとも使命か、それとも誰かに雇われたのか?
婁: それが価値ある行ないだからだ。
禍グラバ: なるほど、それは君個人にとっての価値かね?
婁: 竜の命は大変貴重なモノと認識している。
禍グラバ: まあ、確かにそう言えるだろう。
婁: いたずらに失われるのは、大変に惜しい。
禍グラバ: 確かに。
禍グラバの問いに、いつものように、婁は淡々と答えた。
「――それは竜などより、尊く美しいもののために費やされるべきだ」
禍グラバ: ほう? その尊く美しいものとは?
婁: そっから先は黙り込みましょう。
FM: くすくすと後ろで七殺天凌が笑っている。もちろん、婁にだけ聞こえる声だ。
禍グラバ: (少し考えて)……なるほど、普段ならば私も商人であるゆえ、金で解決などを試みるところだがね。〈赤の竜〉よりも価値のあるものと言われてしまっては、それに金額をつけるなどという無粋な真似をするのは、私としてもしたくはない。
婁: 無論、俺が志半ばで倒れた場合も、結論は同じと理解されたい。
禍グラバ: ほほう、それは第二第三の君が、続けて赤き竜を狙うということかね?
婁: ……貴様が命が惜しいと思うなら、全力でこの俺を支援する他ない。理解できたか?
禍グラバ: うーん……なるほど。
エィハ: 婁さんがずっと本気……!
忌ブキ: 怖い会話です……。
禍グラバ: まあ、もう百年も生きているし、命も惜しくはないのだが……ちなみに君は、他に仲間はいないのかね? 一にして群れたるという君以外の、さきほど言った黒竜騎士などは仲間ではないのかな?
婁: 時と場合による。ただし、俺の目的を阻む障害となったときは、すべて敵と判断させてもらおう。無論、貴様も例外ではない。
スアロー: (おろおろしながら)どうしよう! 判断されちゃう!(笑)。
禍グラバ: なるほどなるほど。つまり私は、目が覚めた瞬間から巨大な爆弾を抱え込んでしまったようなものだな。だがまあ、その爆弾から私の大事な者たちを守るためには、私がその爆弾を抱え続けるしかあるまい。
「何より私自身も、赤き先人の結末をこの目で見届けたいという思いがある」
禍グラバは、笑う。
いかにも愉快そうに、いかにも哀しそうに。
百年を閲してなお、彼の感情の源泉は衰えぬようだった。
禍グラバ: もちろん君――あるいは君たちの価値ある戦いに手を出すつもりはない。だが、それを見届けることぐらいは許してはいただけないかね?
婁: ……かまわない。
禍グラバ: 分かった、商談成立だ。で、この後どうする? 飯でも喰わんのかね? もちろん君のことだ、食事に毒など入れようものならすぐに分かるだろうし、私もそんな無駄な真似はせんよ。
婁: ……マスター、梁とかあります?
FM: あるでしょうね。
婁: ある意味、こいつも怖いんで試しておく。《軽身功》と〈隠密〉を併用して、一瞬消えたように見せて、梁の上に乗りたい。
FM: 分かりました。では婁は〈隠密〉、禍グラバは【知覚】での対抗判定ですね。婁は《軽身功》の効果で[達成度]を+5されます。
婁: (サイコロを振って)では39です。
禍グラバ: おお。ちょっと勝てない数字ですし、いやあそんなこそこそせんでも帰る時は客人として盛大にお送りするのに、と声をあげます。
婁: 侮れんなあ……とは思いつつ、隠れてましょう。
禍グラバ: では私はガシャガシャと扉に向かって歩いて行く。――まあ、気が向いたら食事に来てもいいし、帰るなら帰ってくれたまえ。ただし、窓ガラスの値段は馬鹿にならないので、割って出たりするのは勘弁していただきたいものだな。
婁: ……。
禍グラバ: あ、《天性の勘》でまだこの部屋にいるかって分かりますか?
FM: ああ、あなたにはそれがありましたか。百年の経験から問答無用で状況を判断する特殊能力。――そうですね。この部屋ってレベルなら分かります。
禍グラバ: じゃあ、ぐるっと振り返って――安心したまえ、君の姿は私には知覚できていない。私に分かるのはせいぜい、君がまだここにいるという事実ぐらいだよ。
婁: 侮れぬヤツ……!
禍グラバ: ただの勘ですが(笑)。そのままバン、と扉を開けて出て行きます。
禍グラバが部屋を出ると、途端に覚醒の警報が要塞中に鳴った。
婁と話している間静かだったのは、禍グラバ自身が停止していたためかもしれない。
そのユーモラスな身体に、誰よりも早くふたりの従者が駆け寄ってくる。
「禍グラバ様! 起きてらっしゃったんですか!」
かたやサソリの尾を生やした、まじりものの少年・ソル。
禍グラバ: いやあ、良かった。君たちが無事で本当に良かった!
FM(ソル): 「何を仰ってるんですか禍グラバ様! 大変なことになっているんですよ!」
禍グラバ: いや、大体分かっている。私の予想では〈赤の竜〉がおかしくなったのではないかな?(一同爆笑)。
「禍グラバ様、すごいです! どうして分かるんですか!?」
すぐ隣で両手を組み合わせ、主を賞賛した少女がシャディ。
くりくりとした緑の瞳。ふわふわした金髪。その背中からはつながれもの特有の蔦がだらりと垂れており、後ろの大蛇もまた嬉しそうに尻尾を動かしていた。
禍グラバ: なあに、ただの勘だよ。君たちの顔をまた見られたのが、私にとって一番の喜びだ。
FM(ソル): 「と、とにかく、今からすぐに緊急会議を招集しますので! シャディついてきて!」ぱたぱたとソルとシャディが駆けていきます。ここで、今回のシーンを終わりましょう。
『第二幕』
一方、スアローたちはハイガへの道を辿っていた。
つい先日までと同じ顔ぶれ――と見えるが、彼らは知らぬ。
すでに、婁震戒は婁震戒にあらず。仁雷府にてスアローが交渉したはずの千人長・祭燕であることを。
FM: で、えーと、旅の道中である残りのPCですね。
スアロー: ま、平和に移動中ですよ。
エィハ: 平和平和(笑)。
FM: そうだね。じゃあ、今日の分の移動表を。
スアロー: (サイコロを振って)72。
FM: (表を見て)おや、近くの密林地帯に迷い込んだ。密林の移動表に移行するんでもう一回振ってください。
スアロー: (サイコロを振って)67。
FM: (重々しく)……うむ、自然発火による山火事だ!(一同爆笑)。
スアロー: 平和じゃなかったあああああああああああああああああ!
FM: 普通に迂回すると一日ロスするが……。
忌ブキ: ま、魔法を! 雨を降らす《コールレイン》を使います!
突然の火事に面食らった一行の中で、忌ブキが大きく手を振り上げた。
目には映らぬ生体魔素が練り上げられ、世界の魔素と同調して、ひとつの現象を導き出す。
途端、火事をも沈静化させるほどの、激しい雨が降り出したのだ。
スアロー: (胸を撫で下ろして)助かったあ……!
禍グラバ: す、数日経ったら会えると言われたのに、いきなり会えなくなりそうだったんですが。
FM: 危なかったね。忌ブキの発現させた雨は、見事に火事の延焼を防いでくれる。《コールレイン》と、この土地の魔素流(赤)との差分だけ、生体魔素を減らしておいてください。
忌ブキ: この、《コールレイン》の消費生体魔素40ってやつですか?
FM: はい。魔術を使うと、身体に蓄えている生体魔素が一時的に減少するんですが、土地の魔素流と親和性がある場合、この消費が楽になるんですよ。
禍グラバ: まあ、マジックポイントですよね。
FM: ですです。魔素流の性質が自分の民族に近いほど、魔術は使いやすくなるし、生体魔素の回復も早くなります。ドナティア人なら黒、黄爛人なら白、忌ブキの場合ニル・カムイ人ですから、この土地と同じ――赤の魔素流とは親和性が高く、消費生体魔素が5点減って35点になります。
忌ブキ: おお。
スアロー: 回復にも関わるのかー。
FM: スアローにも生体魔素を消費して使う技がありますし、今後重要でしょうね。さて、密林地帯を出たところで野営になり、「ようやく道に戻れたか」と、婁――の顔をした祭燕なんですが――が呟く。
スアロー: ちょっとゆさぶっておくか。婁さん的にはたまたま道に迷い、たまたま密林に入り、たまたま密林が火事になり、たまたま雨が降ったなんて、普通ですよね?(笑)。
FM(祭燕): 「最後がたまたまではなく、忌ブキくんの現象魔術だというぐらいは理解している」
現象魔術。
俗に、ドナティアの三大魔術とも呼ばれるひとつだった。
創造魔術、竜魔術と並び称せられ、最も使う者の多い魔術である。忌ブキもまた、その魔術を行使しうるのだ。
忌ブキ: ――現象魔術、っていうんですか。その、自分でもよく分かってないんですけど……。
FM(祭燕): 「ほう。術式を理解せずに使ってる? だったらそれも皇統種のチカラかもしれないな」
スアロー: (割り込むようにして)ところで婁さん、そろそろ我々にはお互いの事情を語り合うフレンドシップというものが必要だと思うんだが(一同爆笑)。
禍グラバ: あの、プレイヤー・成田良悟としての質問ですが、スアローは婁が危険だということは認識してるんですよね?
スアロー: いいや。ぶるぶる震えてるのは奈須きのこだけ。スアローは婁さんは無口だけど付き合いのいい人だと思ってるよ。
禍グラバ: そうですか(笑)。
FM: ともあれ、婁(祭燕)はこくりとうなずくかな。朴念仁に振る舞うようにと言われてるし。「……悪くない。では、私も秘蔵の酒でも出すとしよう」
スアロー: それは、願ってもない。でも、理由があって僕はお酒が飲めないんだ。正確には、人前でお酒が飲めない。大変、僕の名誉を損なう光景を皆さんに披露することになる。
FM(祭燕): 「下戸なのかね?」
スアロー: お酒は飲める。問題は、飲もうとするとグラスが砕ける。
エィハ: あはは(笑)。
スアロー: なので、(小声になって)後ろに、あのこわーいメイドいるじゃん? 彼女に、はい、あーんをしてもらわないといけない。流石に、僕もこう見えてもう二十六だ。エィハくんと忌ブキさんがいる前で、そういう恥ずかしい真似はしたくないんだが(笑)。
FM: じゃあ、半ばふざけた発言に、婁(祭燕)はぎょろりと目を動かすよ。「……必ずグラスが砕ける?」
スアロー: まあ、必ずというか、高い確率で、かな。前にもちょっと話したでしょ。
FM(祭燕): 「……なかなか君は、面白い男だな」
スアロー: 第三者から見れば、面白いと思えるだろうね。
FM(祭燕): 「なるほど。そうしたことを話そうというわけか。確かに有益かもしれない。(忌ブキを向いて)……忌ブキくんにも、ひとつ訊いてかまわないか?」
さっぱりと雨が通り過ぎた後。
温かなたき火を中心とした野営で、婁の顔をした男は、そっと少年へ目を向ける。
その表情も、彼らの知る婁と何ひとつ変わらない。よくよく聞けば、口調はいくらか変じているのだが、彼らはそれを悟れるほど、婁との付き合いが長くなかった。
忌ブキ: あ、はい。
FM(祭燕): 「君は、皇統種だね? どうして、この旅に加わった?」
スアロー: ああ、それは僕も聞きたいな。
忌ブキ: ……ぼくのせいで、沢山の人が死んでしまったから。もうこれ以上、悲しい思いを増やしたくないんです。
FM(祭燕): 「だが、その方法として〈赤の竜〉の調査が必要なのかね?」
忌ブキ: 今出ている被害を止めることには、つながるかもしれないと思います。
FM(祭燕): 「……たとえば、誰かと手を組む方法もある」
忌ブキ: 手を組む?
FM(祭燕): 「黄爛でもドナティアでも、政治的には反乱軍よりよほど有利だろう」
スアロー: (遮るように)おっと婁さん、それはルール違反だ。僕らの調査はもともと、非公式な代物だ。なのに公的な組織を前提に話すのは大人じゃないなあ、婁さん。
FM(祭燕): (かすかに渋い顔をして)「失礼、先走りすぎた」
忌ブキ: ありがとうございます。
スアロー: いえいえ。……ヤツの思い通りにさせてたまるか(笑)。で、議会の狗ラマとかいうおっさんにも言われたけれど、君たちは〈赤の竜〉の直接の被害者だったんだよね。
エィハ: ……うん。
忌ブキ: はい。
スアロー: すると、そうは見えないけどふたりの目的は復讐なのかい?
忌ブキ: (きょとんとして)復讐? 復讐では……ないと思います。
スアロー: 本当に、これ以上〈赤の竜〉による島の住民の被害を防ぐためだけに、こんな……まあ、馬鹿げた任務に?
忌ブキ: (勢い込んで)馬鹿げてなんていないです!
強く言った。
自分でも驚くほど、激しい口調だった。
それこそ、旅に出る以前阿ギトに焚きつけられた熱かもしれなかった。
忌ブキ: あ……すいません。
スアロー: いや、失礼した。そうだな、馬鹿げた任務なんてものはない。で、婁さんはおいとくとしても、まだ謎の少女がいる(笑)。忌ブキさんは、エィハくんの目的は知ってるのかい?
忌ブキ: あ、えっと……。
エィハ: (スアローを見て)お兄さんは、赤い竜を殺すつもりなの? と初めて訊きます。
スアロー: ……うん、殺すつもりだ。
エィハ: 会ったことはあるの?
スアロー: 似たようなものには、一度会ったことがある。
エィハ: そいつは殺せたの?
スアロー: (しばらくうつむいて)……考えたこともなかった(笑)。
忌ブキ: ちょっと、スアローさん!
スアロー: ええと、例えるならこうだ。出刃包丁を渡されて、君なら魚を捌ける、捌いて見たまえと言われた。だが僕はその魚を捌いたこともなければ、食べたこともないんだ。……例えになってないな(一同爆笑)。
FM: メリルさんが大変残念そうな顔で言うかな。「――スアロー様、そこは鯨を捌けと言われたようなものだ、とかの例示を」
スアロー: (指を弾いて)それだ! 流石メリル!
FM(メリル): (至極丁寧に)「いえ、主人の語彙の貧弱さは存じてますので」
スアロー: (頰を搔いて)まあ僕は、任務としてこの仕事を引き受けただけだ。困難な任務であることは理解してるが、その困難さに相応の報酬を約束されてる。なので、縁もゆかりもなく、私怨も理想もないまま〈赤の竜〉を殺しに来た。
自嘲気味に、スアローは語る。
竜を殺そうとする行為に、私怨も理想もない。ただ報酬のためにだけ、自分は動いているのだと。
スアロー: そういう僕からしてみると、この島の情勢はあまりにも暗すぎる。僕個人の目的のために〈赤の竜〉の命を奪うのは、正直後ろめたい。そこで、君たちがもし〈赤の竜〉を殺す以外でこの島の混乱を収める道を知っているなら、試しに聞いてみようと思っただけなんだ。
忌ブキ: ……それは、深刻な顔をして黙り込みます。
スアロー: う、うーん……。
エィハ: お兄さん、わたし一度、その鯨に食べられているのよ。
スアロー: ぶっ! あの……。
エィハ: わたしは革命軍にいて、理想のためにたくさんの人が死んだことを知っているわ。あのとき、忌ブキだけが生き残り、わたしも還り人となった。だから、忌ブキにはできるだけ長い間生きてほしいと思う。
スアロー: ……そうか。君は還り人で……君の人生は、もうないんだね?
エィハ: 最初からなかったし、これからもないけれど。
スアロー: うひょー。なんてクールかつドライな娘だ!
エィハ: あのとき、忌ブキに替わってあげたんだから、忌ブキが少しでも長く生きることは、いいことだと思うの。でも、だからこそ、赤い竜へもう一度会いに行くのは、本当はわたしは嫌。きっともう一度、忌ブキは死ぬと思うから。
スアロー: (小声になって)なるほど……。
エィハ: それに、忌ブキは昔、赤い竜と友達だったのよ。
スアロー: ほう? 友達?
エィハ: もう一度、友達になれればいいのになってわたしは思う。
スアロー: それは……忌ブキさん、本当かい?
忌ブキ: ……あ。
少年は、口ごもる。
あの出会いを、どういう風に語ればいいか、分からなかったからだ。
何もかもが夢の中であったかのような、そんな気さえする。
もう、数年も前のことだ。
うっかり、ひとりで迷い込んでしまった森。
とてもとても静かな夜。とてもとても赤い月。
そのただ中で、月の赤色が零れ落ちたかのようだった、あの巨大なイキモノ。
竜であるなど、そのときには分からなかった。普通なら真っ先に覚えそうな恐怖も、少年の心には湧かなかった。ただ優しい瞳だと思い、その視線に促されるようにして、地面に下ろされた顎元の鱗にそっと触れた。
瞬間、膨大な何かが、自分の中へ流れ込んだ。
それは、この島に起きているさまざまな出来事だった。嬉しいことも悲しいこともあって、後の方が遥かに数多かった。自分のいる世界がどれだけの悲劇に満ちているか、初めて忌ブキは実感として知った。
魔術……らしいものが使えるようになったのもそのときだ。妙に額がむずがゆかったのも覚えていて、気がつくと自分は森に倒れていた。数時間もしない内に村の人々が見つけてくれたのだけど、最後に竜が与えてくれたイメージだけはまだ胸の内に残っている。
自分の存在を、その良きも悪しきもすべて認めてくれたかのような、そんな温かさ。
だけど、
その温かさを、友達なんて言葉で、くくってしまってもいいのだろうか。
忌ブキ: ……会ったことは、あります。ただ、それが何を意味していたのか、今のぼくには分かりません。
スアロー: なるほど。……まあ、あんな生き物と会って話をするだけで、人間同士が友達になる以上の奇蹟かもしれない。しかし、そこまでの状況を味わっておきながら、まだ〈赤の竜〉を追って……殺すつもりなのかい?
忌ブキ: 殺すかどうかは分からない……ですし、殺せるかと聞かれたら、もっと分からないです。でも、せっかくエィハさんが助けてくれた命なら、ぼくはみんなのために使いたいと思います。
スアロー: うーん……エィハくん、忌ブキさん、それは違うよ。助けたと言ってもエィハくんの人生はエィハくんの人生。忌ブキさんに押しつけてはいけない。そして忌ブキさんも、それを感謝することはあれ、重荷に思ってはいけない、ということを僕は思うんだが……まあ、僕の人生もおおかたそういうものか。
エィハ: じゃあ、メリルのお姉さんは、どうしてあなたに従っているの?
スアロー: やっぱり言われた! まあ、メリルと僕の関係は似たようなものなんだが……お互い自由ではあると思う。僕はメリルが死んでも泣かないし、悲しいとも思わない。メリルもおそらくは同様だろう。
忌ブキ: えええええ!?
エィハ: それ、ひどくないですか!?
スアロー: (咳払いして)ごふごふ! まあ、いろいろあるのです!
FM(メリル): 「……」メリルはその発言に何も言わない。ただ目を伏せて聞いているばかりだ。
主の言葉を、ただそのままに従者は受け止めていた。
いつもの慇懃無礼な口調で、罵ることもしない。何らかの感情をあらわすこともしない。まるでスアローの言うように……彼が死んだときの表情を、今の内からつくっているかのようでもあった。
知っている。
分かっている。
この主人は、自分が死んだとき、けして泣いてはくれまい。
それが断言されたことが……ほんの少しだけ、彼女には嬉しかった。
スアロー: ともあれ、誰かに押しつけたり重荷に思ったりじゃ、苦しいことしかないだろう。人生どうせ生きていくなら、楽しむのも増やしていきたい。まあ、苦しみ四、楽しみ六ぐらいが最良のバランスだと僕は思う。
忌ブキ: バランス、ですか。
スアロー: うん。だけどその上で、君はこの島の未来について強い影響力を持ってしまっている。だからこそ、難しくなってしまうんだけど……(FMを向いて)ところで婁さん?
FM(祭燕): 「何だね?」
スアロー: 婁さんの意見は?(笑)。
FM(祭燕): 「いや、興味深く聞かせていただいていた。少年らしい純粋さでよいのではないか?」
スアロー: いや、少年らしいと言えばらしいが……純粋であることと、責任が重いことは別だろう。もう少し軽く考えてもいいんじゃないかと思っていたんだがね。
FM(祭燕): 「ああ、自ら思い定めた道でない限り、いずれどんな固い意志でも砕けはするだろう。個人的には、ひとりで組織を担うほど強いよりは、どこかの組織に寄り添うことをお奨めはしておく」
スアロー: くっそう。隙を見せるどころか、こっちの言葉を利用しやがった。――うん、まあ長きものには巻かれろという名言だね、僕も知っているよ。
FM(祭燕): 「と言うよりも、本来集団とは、個人の魂を守るために存在する。なぜなら、世界の行く末や命運など、そうしたものは個人の意志では担いきれないからだ」
スアロー: それも同意だ。
忌ブキ: 忌ブキ的には、さっきのスアローさんの言葉には、いろいろ考えさせられるんですけれど……。
スアロー: うん。何にせよ、一度〈赤の竜〉に会って、彼がどのように狂ってるかを確かめないと、スアローにはこれ以上言えないな。まずハイガに行って、禍グラバという商人に会おうか。風評を聞く限りでは最低のド外道でド下衆でド腐れ野郎な気はするが!
禍グラバ: ド外道でございます(笑)。
最後に。
たき火の陰で、そっと忌ブキは呟いた。
「だって……僕のせいで、みんな死んだんだ」
誓いのように。
呪いのように。
スアロー: (眉を寄せて)うーん、困った子だ。そういう重い考えをしなくていいと言っているのだが。
FM: では、そのあたりでシーンを切りましょう。
『第三幕』
覚醒してすぐ。
禍グラバは、ふたりの従者から情報を聞き出し、さらなる収集をはかっていた。
あちこちに放ってる商人や密偵からの書簡を集め、関連性のあるものを突きつけ合う。ひとつひとつは重要度が低い情報でも、こうしてパズルみたいに組み合わせることで思いもかけない真実が見えてくることを、禍グラバは経験的に知っていた。
だから、一見くだらない情報でも収集できるよう、仕掛けを怠っていない。
世界中に、禍グラバが張り巡らせたシステム。
たとえ自分が眠っていようと、これらのシステムは常に動き続けるよう、できあがっているのだった。
FM: では、次のシーンは禍グラバから行きましょうか。あれから婁を捕まえるために、警備を厳重にするとかしないよね?
禍グラバ: もちろんです。まず、する必要が分からない。
FM: だよね。
禍グラバ: たとえ正門から出られても「いやあ彼は私を目覚めさせてくれた恩人だ、彼が来てくれなかったら私は昏睡状態のまま死んでいたかもしれないな」ぐらいに言いますよ!
FM: 了解です。では、禍グラバとしては現状にどう手を打ちます?
禍グラバ: まずは情報収集ですかね。(キャラクターブックをめくりながら)世界中の情報を収集する《広域商人》の恩恵を使いましょう。今の勢力図とか、島の状況を自分の判定で摑んでおきたいです。
FM: 了解です。《広域商人》があるなら難易度は下がりますね。〈※地域知識:ニル・カムイ〉で判定してください。
禍グラバ: ふっふっふ。〈※地域知識:ニル・カムイ〉120%! (サイコロを振って)成功。[達成度]は18ですな。
FM: 15以上なら、現状婁やスアローたちが持ってる情報までは収集できます。具体的には、禍グラバが休眠状態の間に、「今ならハイガを落とせるのではないか」とドナティアが動き出したことですね。これに黄爛も反応して、両陣営ともにこちらへ向かってきています。
禍グラバ: なるほど。
(当然だろうな)
と、禍グラバ自身も思った。
この街は自分への依存度が高すぎる。できれば、もう少し後進へ委ねたいところだが、ソルはまだ若いし、つながれもののシャディにはそこまでの寿命からしてありえまい。
不死商人と呼ばれる自分をしても、足りないものだらけだ。
FM: で、彼らの軍隊はおそらく翌日から翌々日あたりにこちらに開戦します。ブレは十時間といったところでしょう。
禍グラバ: (少し考えて)じゃあ、私がすることとして、まず花火を打ち上げます。
FM: (にんまり笑う)はいはい、なるほど。
禍グラバ: 禍グラバ覚醒の祝いとして花火を打ち上げて、街中にいろいろ振る舞いましょう。金貨三千枚ぐらいでいいですか?
FM: まあ、金貨三千枚あればできますね。大体日本円にして三億円前後ってところですし。
一同: 三億!?
FM: 安く見積もって一億円、高く見積もって十億円ですね。上下幅が激しいのは、現代と物の価値が違うからです。贅沢な食材はより高く、土地はより安くなりがち。
スアロー: 急げ! 急いでパーティに間に合わせるんだ!(笑)。
禍グラバ: いままで街を守ってくれてありがとうということで、食事だの酒だのサーカスだのを盛大に振る舞いましょう。もちろん私自身も姿を見せます。ドナティアや黄爛も当然斥候を出してるでしょうから……。
FM: ええ、軍事行動がある程度遅滞するでしょう。
禍グラバ: はい。それが目的です(笑)。
FM: すでに軍を動かしてる以上、それだけで撤退とはいかないでしょうけれど、睨み合いが生じる可能性は高くなりますね。もちろん態勢が整う前に電撃戦を挑んでくる可能性もありますが……《天性の勘》で判定します?
禍グラバ: 【知性】だと80%か。(サイコロを振って)う、失敗。なんとか遅らせてる間に、互いの落とし所を探りたいんですが……まずは婁さんの言ってた黒竜騎士一行を待ちましょうか。
FM: 分かりました。
祭りの手配を任せて、禍グラバはひとまずソファに身を横たえた。
覚醒はしたものの、本来の起動方法ではなかったため、かすかな疲れが唯一生身の部分――脳にたまっている。がしゃんがしゃんと騒がしい五行躰の身を休め、状態を保守点検に切り替える。
精密に管理された極小の魔術装置が、身体の内側で動き始めたのを感じながら、禍グラバはふと考えた。
自分の友人――〈赤の竜〉が残した言葉は、ついに現実となった。
時代は動いている。
いや、再び動き始めたと、いうべきだろう。
かつて自分が止めた七年戦争の、その先へと。
では、その時代を担うものは誰なのか。そもそも、誰かが担えるようなものなのだろうか。
その中で、自分は何をすべきなのだろうか。
そんなことを考えながら――不死商人は、つかの間の夢を見る。
『第四幕』
まず、城門の見事さに、忌ブキが息を吞んだ。
シュカとも仁雷府とも異なる、しかしそのどちらにも劣らぬ。
FM: では、新しいシーン。ついにスアローたちもハイガの街へ到着します。
スアロー: な、長かった……。
忌ブキ: 着いたんですね!
FM: はい。樹海と崖とで守られた要塞都市ハイガ。街道には多くの屋台が並んで市場を構成しているのですが、今日は何か特別に賑やかな感じですね。
エィハ: 特別?
FM: ええ。外門に立つ衛兵も、どことなく気もそぞろな感じで、街道沿いの市場には多くの吟遊詩人や軽業師が大道芸を行なっています。その近くでは無料の酒や料理が振る舞われていて、どうやら何かのお祝いといった感じだね。
スアロー: 話に聞いた死の商人のお膝元だぞ。なのにこの賑わい様……。
FM: ぽそっと後ろの婁(祭燕)が呟く。「昨夜見えた花火からすると……ひょっとしたら禍グラバが覚醒したのかもしれん」
スアロー: (うなずいて)それは都合がいいな。どうやって起こすかということを勘案していたが、手間がひとつ減った。
忌ブキ: そうですね。
FM: では、「禍グラバとの面会前に最低限の情報を収集してこよう」と言って、婁(祭燕)が一旦その場から離れます。
スアロー: くそ、止める理由がねえ。いやだが……(苦し紛れに)待ってくれ、婁さん。
FM(祭燕): 「何か?」
スアロー: 待ち合わせ場所と、合言葉を決めておこう。
FM(祭燕): 「かまわん」
スアロー: さて、これで伝言では伝わらない合言葉を考えないといけないんだが……。
エィハ: ……スアローさん?
FM(祭燕): 「どうした? 分かった、じゃあそこの城門のところにしておこう」
スアロー: 待って……いや、何でもない。お、思いつかなかった!(笑)。
FM(祭燕): 「合言葉は……〝赤〟ということでかまわないか? では」そう言って、すたすたと歩いていく。
スアロー: くそ、敗北! 終わった後によろよろとして、メリル……駄目だったよ。
FM(メリル): (かぶりを振って)「正直、スアロー様が何をなされているのかまったく理解できません」
スアロー: だよねー。じゃあ、このへんで待っているか、ちょっとバラバラに自由行動するかだなあ。まあ、この後厄介な商人との大一番が待ってるし、無駄な消耗は避けておくべきだと思うのだが。
エィハ: ……お祭り、みんな楽しそうなの?
FM: そうですね。後、エィハはこの街にすごく不思議な感じがします。
エィハ: ん?
FM: いつも街に近づくと、ヴァルの姿を見とがめられて、陰口を叩かれたり唾を吐きかけられたりが普通だったんですが、この街ではそういう気配がありません。
エィハ: ……歓迎されてる?
FM: どちらかといえば、普通の旅人として見られてる感じですね。外部から来てる商人には嫌そうにしてる層も見受けられるんですが、それを態度に出さないように自制してる感じです。
エィハ: ……わたしが、嫌がられない場所?
エィハは、不思議そうに周囲を見渡した。
悪意が、刺さらない。
ただそれだけのことが、どうしてむずがゆく思えるのだろう。革命軍か旅空でいるときしか味わわなかった感覚に、エィハとヴァルはひどく戸惑っていた。
戦場でも孤独でもなく、なのに自分を嫌がらない場所。
(……まるで、夢の中みたい)
そんな印象を、この街に抱いたのであった。
それは、もしかしたら、彼女の仲間たちが命を賭してまで求めた「自由」に似た味だったのかもしれない。
スアロー: オープンな街だねえ。
忌ブキ: 不思議な、感じですね。
FM: では、一旦婁と祭燕に移りましょう。
禍グラバの要塞を脱出した後、婁はハイガの街の内側――黄爛商人が経営する茶館へと足を運んでいた。
FM: 祭燕の手下から指定されたのは、ハイガの茶館ですね。あなたの顔を見ると、少し驚いた顔で奥まった個室へ案内してくれます。なんせふたりとも同じ顔だからね(笑)。
婁: (重々しく)確かに。
FM: では、婁が個室に入ると、目の前にはあなたと同じ顔をした男が座っている。もちろんあなたに化けた祭燕その人だ。
婁: まあ、深々と一礼をして。……首尾は上々です。
FM(祭燕): 「どうだった?」
婁: (自分の顔をさして)禍グラバにはこの顔をもって恐怖を植え付けておきました。
FM(祭燕): 「ほう、この顔を」
婁: 禍グラバは今現在、婁震戒という男が複数人いると信じ込んでいます。
FM(祭燕): (自分の顔を触りながら)「……なるほど。この顔の使い道も、増えたものだ」
婁: 婁震戒が暗躍する場所で、彼も迂闊なことはできなくなったということです。
婁の言葉に、同じ顔をした祭燕は小さくうなずく。
予想以上の手際だった。
霊母の推挙であり、八爪会の武装僧侶であるというから、一流の腕であるとは思っていた。その確信と、戦場で培ってきた直感から、年甲斐もなくこんな茶番に乗ったのだ。
だが、これほどとは。
絶対不可侵で知られていた禍グラバの要塞へあっさり侵入し、自らの恐怖を植え付けたという。それほどの大挙を、この青年は何の感慨もなく話してくる。部下の言葉によれば、その際彼が所望したのは登攀用具のみのはずで、それを信じるなら、あの崖を独力で登り詰めたということにもなる。
要塞に数多く仕掛けられた罠も、婁震戒を留めるには至らなかったと。
(……これは、恐ろしいな)
ぶるりと、自分の身内が震えたのを祭燕は感じた。
十数年来、忘れていた――武者震いであった。
FM(祭燕): (咳払いして)「……こちらに攻め寄る千人隊の指揮は楽紹に任せた。あやつの気性だ、禍グラバが覚醒したとなれば、おそらく電撃戦を目指すだろう。おそらく半日ほどでここに攻め寄ってくるぞ」
婁: 楽紹。モノエで会った女千人長か。
FM(祭燕): 「そして……部下の報告が確かなら、こちらに向かってる黒竜騎士団の指揮官は、おそらく女騎士ウルリーカ・レデスマだ。あれは堅実な戦いを得意とする。禍グラバが覚醒したとなれば、逆に攻め手を一日ずらすだろう」
「今なら、我らがハイガの内側から搔き回すことで、楽紹の電撃戦を成功させられる」
祭燕は、そう告げた。
婁: (顎もとに触れて)ふーむ……ここで荒事に持ち込むのが得策かどうか。
FM(祭燕): 「ほう? より有益な方法があると?」
婁: こちらのハッタリを真に受けている間――少なくとも向こう二ヶ月は、掌の上で転がせるかと思います。
FM(祭燕): 「……君は怖い男だな」
忌ブキ: ホントに怖いですよ!(笑)。
婁: 今しばらく、動向を見守るのはいかがですかな? こちらとしても霊母からの密命がある。あの男は〈赤の竜〉へ至るための重要な手がかりです。
FM(祭燕): 「だが、楽紹を制止するとして、ドナティアはどうする? ウルリーカは堅実な指揮官ではあるが、それゆえ万全の態勢を整えれば攻め時を見失ったりすまい」
婁: 守りを得意とするのなら、膠着状態に持ち込むのは容易では?
FM(祭燕): 「ふむ……」
婁: たとえば……禍グラバが、黄爛と組んだかのように見せかけるのはいかがですか?
FM(祭燕): (目を見張って)「……なるほど、それならばウルリーカは手を出せまい。正直考えてもみなかったが、禍グラバにそんな協力を要請できるのか?」
婁: たとえば?
FM(祭燕): 「最低でも……そうだな。この街に黄爛の旗を立てて、軍人の出入りをさせる程度のことは必要だ」
婁: ……それはこちらから掛け合ってみましょう。禍グラバも何かやってくる可能性はありますが、何、彼の身辺にこの顔をちらつかせ威圧をし続ければ、迂闊な動きはしないかと。
FM: その言葉に、思わず祭燕は笑い出すね。「は、ははははは! 愉快だ。大変に愉快だな! あれほどに我らを悩ませてきた不死商人を脅してなだめて協力させるか。これほど愉快なのはこの島に来て以来初めてだ!」
婁: (抑揚なく)恐悦至極。
FM(祭燕): 「ではどうする? 私は部下に指示を出した後、もう一度あの調査隊に戻ればいいのかな?」
婁: いえ、ここでもう一度入れ替わりましょう。祭燕殿は祭燕殿のお役目を。
FM(祭燕): 「分かった。楽紹のヤツには直接会った方がよかろうしな。そうそう、あのスアローという男が待ち合わせ場所と合言葉を要求してきた」と言って、先ほどの城門と〝赤〟の言葉を伝えます。
婁: ほう。
FM(祭燕): 「何のつもりかは分からんが、ひょっとすると怪しまれているのかもしれん。十分注意したまえ」
婁: どのような口実でこちらにいらっしゃいましたか?
FM(祭燕): 「最低限の情報収集を行なうと言った。禍グラバについての情報を、街中で聞ける程度に伝えればいいだろう」
婁: 分かりました。
FM(祭燕): 「そうそう。最後にこれを渡しておこう」すっと懐から念話の護符を取り出すよ。
婁: これは?
FM(祭燕): 「念話の護符だ。このニル・カムイでは魔素流の複雑さから通信魔術が使用困難だが、それは特別製でね。およそ五回は私と連絡が取れるはずだ。ただし距離的には島の広さの半分ぐらいが限界となる」
婁: なるほど通信用の護符か。――ありがたく戴きます。
FM(祭燕): 「私の協力が必要ならいつでも言ってくれたまえ。では、私は今から楽紹と合流してあれを止めてこよう」
婁: お願いします。
FM: では、祭燕が指を顔に突っ込むと、ぐにゅぐにゅと顔が粘土のように歪んで、元の老人の顔に戻る。フードを深く被って、婁に別れを告げるよ。「では、また」
婁: (うなずきだけを返す)。
FM: 婁の背中で七殺天凌が鳴る。「あれも卦体で面白い男よのう。味わってみたいが状況が状況。今しばらくはこらえよう。……だが、今話に出た女黒竜騎士とやらには興味が湧いた。あちらは賞味しても良いのだろう?」
婁: 食指が動かれましたか。……まずは、顔を確かめる必要がありそうですな。
FM(七殺天凌): 「おお、任せたぞ婁」その言葉とともに剣は眠りにつきます。では、ここで一旦シーンを切りましょう。
スアロー: 婁さんが戻ってくるまでなんだが……ええと街はどこもお祭り状態なんだっけ。
FM: ですね。「禍グラバ様が起きたんだって! すげーよ禍グラバ様、目覚めただけでこのお祭りだよ! 飲み放題食い放題だってよ!」って感じです。あちこちで酒が酌み交わされたり、腕を組んでダンスしたりですね。
スアロー: ……僕らは禍グラバという商人について誤解をしていたかもしれない(笑)。
忌ブキ: (大真面目に)ど、どんな人なんでしょう……。
婁: では、そのへんで、街の入り口に戻ってきましょうか。――(ひとつうなずいて)お待たせしました。中々興味深い話が聞けましたよ。
スアロー: 婁さん婁さん、忘れてるものはないかい?
婁: ん? ……ああ、合言葉は〝赤〟でしたか。
スアロー: ここで、【知性】判定をしたい。
FM: ん? 何?
スアロー: 失敗すると、僕が合言葉の色を忘れる(一同爆笑)。
FM: (目を白黒させて)ど、どうぞ。その発想はなかった……。
スアロー: でやあーっ! (サイコロを振って)まかせろ、90で失敗! 何も覚えてないぞおっ! ……え、赤? 赤でしたっけ?
婁: と、とりあえず後ろにいるメイドさんに「メリルさん、これは一体……?」といぶかしげな顔を。
FM(メリル): 「合言葉は〝赤〟でございました。スアロー様の脳が知的なチャレンジをされていることはご存じの通りかと思います。どうかお許しくださいますよう」
スアロー: くそっ、メリルー! ひっかけられるかと思ったのに! まあ、ここは素直に情報を教えてもらいましょうか(揉み手をしながら)。
婁: ふむ。まあ、あくまで噂話の域を出ないのだが。どうも禍グラバという男、かなりこの島の平和について神経を割いていたようです。
スアロー: おや?
婁: 〈赤の竜〉の乱心については激怒しています。
忌ブキ: 激怒?
禍グラバ: おやおやおや? 婁さん、何を言い出してるのかな?(笑)。
婁: (重々しく)禍グラバ自身の手で、かの竜に鉄槌を下すと、そう宣言してはばからないという噂です(一同爆笑)。
スアロー: ほ、ほほう?(動転しながら)。
エィハ: し、知らないから、そうなんだぐらいに聞いてます……!
婁: で、俺はそういう発言をしながら、スアローがどういう反応を返すかをずっと観察しています。禍グラバに殺されても問題ないのか、と。
FM: なるほど、そういう策略……!
スアロー: (少し考えて)まあ竜を殺す手段は結構あるかもしれないしなあ。……つまり、禍グラバに我々を売り込む余地があると?
婁: さあ、どうだか。むしろ余計な手出しに感じて不興を買う可能性もありますが。――どうです? この段階でスアローは何か慌てたりはします?
「……」
婁の言葉に、スアローはただ沈黙した。
もし、スアローが〈黒の竜〉からの使命を第一に考えていたなら、もっと別の反応を返しただろう。つまり、自らの手で〈赤の竜〉を殺せと言われたことだ。スアロー自身の手で殺すことにこそ意味があると、かの黒竜は告げていた。
だが。
青年にとって、あの言葉は目指すべき目標であっても、逆らいがたい枷ではなかった。
ゆえに、ただ沈黙するのみ。
スアロー: うん、そういう理由では動じないな。
婁: (首を傾げて)おや? これは見込み違いかな? てっきり〈赤の竜〉の命を他人には譲れない理由があるかと思っていたが。
婁の瞳は街を彷徨いつつ、その『隅』でスアローを凝視する。
彼の独特の特技であったが、黒竜騎士の表情にこれといった変化は見受けられず、それゆえ婁は意外に思っていた。
八爪会を通じて、霊母からはこう言われている。
――黒竜騎士にだけは〈赤の竜〉を殺させるな、と。
だからこそ、スアローも自分と同じく、自らの手で〈赤の竜〉を殺す密命を帯びていると考えていたのだ。
禍グラバが激怒していると偽ったのも、その密命を探るための牽制であった。
婁: ふむ。これは、出し抜ける目があるかもな。
エィハ: (スアローを見て)出し抜かれそう。
スアロー: (頭を抱えて)一体どういうパーティなんだ!
禍グラバ: ……ふむ、FM。彼らが入り口に集まってるなら、禍グラバの監視網にひっかからないかな? 遠見の護符も使ってるんで。
FM: ああ、それは自然ですね。ぐるりと外壁で囲んでて門も四つしかないですし、問題なく見つかるでしょう。
禍グラバ: よしいた! 本当にふたり目っぽい婁さんがいる! で、つながれものの子がいるんですよね?
エィハ: はい。
禍グラバ: 見る限り、奴隷のように扱っているとかそういう気配はないですね?
FM: ありませんね。ただ禍グラバなら分かりますが、よくよく見ると、つながれものの少女には魔物のような獣耳も生えてます。どうやらつながれものであると同時に、まじりものでもあるようです。
禍グラバ: ほう、珍しい。
スアロー: ダブルか。あの獣耳、普通のつながれものじゃなかったんだ。
FM: ですね。つながれものは魔物と接続してるだけの普通の人間。まじりものは自分自身の身体に魔物の特徴が浮き出た人間。ニル・カムイでもよく一緒くたにされてしまってますが、両方の特徴があるのはかなり珍しい事例です。
禍グラバ: そんな子を奴隷扱いもしないとは、あの黒竜騎士は高潔な御仁に違いない! つながれものだったらシャディを、まじりものだったらソルを迎えに行かせるところだったんだけど……じゃあ、ふたりで行ってもらおう。
FM: 分かりました。
街の入り口で話していたのは、そう長い時間ではなかった。
しかし、そのスアローたちを見ている『目』があった。
禍グラバの瞳。
彼の宝庫には多くの魔術の品が渦巻いている。その総数は彼自身把握してないが、遠隔地を見渡すための遠見の護符は、常に供給を怠らない品のひとつだ。魔術が彼の力ではなく、情報こそが力なのだから、それも当然だったろう。
ゆえに、『目』はすぐに『手』を送る。
自分の最も信頼する、ふたつの『手』を。
すなわち。
蠍の尾をしたまじりものの少年と、ヴァルとも似た――大蛇の魔物を従えたつながれものの少女だった。
FM: では、スアローたちが今後の方針を話しているところに、ふたりの人物が歩み寄ってくる。
スアロー: ん?
FM: 街の人間の目を引く、どうやら街でも有名人らしい相手だね。少年と少女がひとりずつ。
スアロー: スコーピオンのまじりものと……。
婁: 俺は見覚えがあるよね。
FM: もちろん、婁さんはございます。うっかり殺しかけたふたりですので(笑)。
婁: じゃあ、近寄る前にそっとスアローに耳打ちしよう。――ほら、早速嗅ぎつけられたようですよ。
FM: では、つながれものの女の子の方が頭を下げるよ。「初めまして! 禍グラバ様のところから来たシャディって言います! こっちはソルです! 禍グラバ様にみんなを連れてきてくれって言われて来ました!」
スアロー: じゃあ、婁さんの忠告に少し警戒しつつ……禍グラバ商人のところから?
FM(シャディ): 「はい」
スアロー: おかしいな。僕らはこの街には来たばかりで、何の行動もしていないはずなのだが。なぜ商人の方から僕らのようなこんな、よく分からないパーティに声が?
禍グラバ: あ、じゃあ、男の子のソルの方が言いますよ。「はぁ? そのぐらい自分で推察してくださいよ」(一同爆笑)。
スアロー: やばい! メリルと同じ匂いを感じる!(笑)。
禍グラバ: ソルはまじりものとつながれもの以外には冷たいヤツなのです。で、逆にシャディの方は親しみやすい感じで「禍グラバ様はすっごく遠くのものも見えるんです!」と話します。
忌ブキ: 遠くのものも……。
スアロー: なるほど。さすがは禍グラバの個人要塞と言うか、私物化された街ということか。確かにこれは信用がおけませんな、婁さん……って、スアロー騙されてるー!
忌ブキ: (キャラクターブックを見ながら)すいません。現象魔術の《ディテクトエネミー》っていうのをこっそり使えます?
FM: 近くの敵意を探る魔術ですね。だったら生体魔素を消費するだけで結構です。範囲内だと、警戒心レベルの淡い敵意を感じるぐらいですね。多分これがソルのものでしょう。シャディはまったく警戒もしてないようです。
忌ブキ: なるほど。
FM: 婁さんは……今は敵意とか持ってないんだろうなあ。
婁: (淡々と)切り替えの早い男ですので。
忌ブキは、そっと念を凝らす。
少年の知る、魔術のひとつである。
魔素の濃淡を汲み取ることで、ある程度人間の敵意を読み取れるのは、これまでの体感で分かっていた。それが現象魔術ということは、つい先日まで知らなかったのだけど。
忌ブキ: (スアローに向かって)この人たち、信用しても大丈夫だと思います。
スアロー: ……ふむ。忌ブキさんがそこまで言うなら、乗ってみようか。まあ、禍グラバ商人に会えるのならば、僕たちも願ったり叶ったりだしな。
エィハ: (ことりと首を傾げて)このふたりは禍グラバの奴隷なの?
禍グラバ(ソル): 「我々が奴隷であるか何であるかは、あなた方が見て判断していただければ幸いです」と、つながれもののエィハに対しては、丁寧にソルが答えましょう。
スアロー: (かなり考え込んで)……まあ、毒を喰らわば皿までか。どうだろう、みんな? こういうお呼ばれもされているし、行ってみようと思うんだけど。
婁: 異存はありませんが、くれぐれもお気をつけください。決して相手の言うことを真に受けるべきではない(笑)。
忌ブキ: ろ、婁さん……(笑)。
婁: (抑揚のない声で)腹に一物があると思って接した方が、得策でしょう。
スアロー: 婁サンハホント、ミンナノ守り神ヤデ……(棒)。
FM: では、異存がなければ、禍グラバの要塞へと舞台を移動しましょう。
『第五幕』
ソルとシャディ。
ふたりの従者の先導で、あっけないほど簡単に衛兵たちは道を空けてくれた。
丘を登る山道。途中、異常なほど細くなったり曲がりくねったりして、外部の軍隊が攻めてきたときの備えであることは明白だった。たとえ攻め手の数が数倍であっても、この山道を使えば容易に防ぎ切れそうだ。
(……難攻不落というのは、伊達じゃなさそうだなあ)
ぼんやりと、スアローは思う。
同時に、その狭い山道を使って要塞を築く困難さを思えば、禍グラバという人物がただの商人でないことも窺われた。
――七年戦争を止めたという噂、
――つながれものやまじりものも差別しないハイガの街の在り方。
善悪を超えて、禍グラバという相手を、興味深く感じ始めていたのである。
(……不死商人)
異名を、思う。
何のために、彼は百数十年も生き続けたのか。
そんな疑問を抱えたスアローの前で、ゆっくりと最後の砦門が開かれ、重々しい要塞の姿を露わとした。
FM: ソルとシャディが要塞の門を開け、その中央まであなたたちを案内してくれます。禍グラバはどこで会う? さっきのポッド? それとも玉座?
禍グラバ: そうですね、玉座にカシャンと座っていましょう。多分見た目には変な置物が置いてあるようにしか。
婁: すごいね、何か淫祠邪教の祭壇のような気配が(笑)。
スアロー: ちょ、玉座にこのドラム缶ですと! ふおおおっ、なんじゃこりゃあ!
忌ブキ: す、すごい。もう何が何だか分からないすごさです!(笑)。
要塞・中央。
ひんやりとした、静まりかえった空気。
その奥まった場所につくられた、豪勢な玉座。
しかし、その主を見て、スアローも忌ブキも思わず声をあげた。ヴァルとともに来たエィハさえ密かに目を見開いたほどだった。
唯一、その正体を知る婁だけは沈黙。
そして、ソルとシャディが恭しく膝をついた。
スアロー: あなたが……本当に禍グラバ商人か?
禍グラバ: うむ。私は禍グラバ・雷鳳・グラムシュタールのはずだとも。その名を語ってるのは、この島には私しかいないはずだ。
スアロー: まあさすがに動揺するよなあ。同時にこの面白生物はってワクテカしちゃうんだが、これは少し置いとこう。――よし、ではお初にお目に掛かる、大商人禍グラバ殿。スアロー・クラツヴァーリという。
婁: ふむ。
スアロー: なぜ、街の支配者であるあなたが我々を?
禍グラバ: うーん、なぜ呼んだかと聞かれれば……。私自身も呼ぶ必要があったのかどうか、いまだに悩んでいるところではあるのだが。
エィハ: 悩んでるの?
禍グラバ: まあ、興味が湧いたというのが一番近いところだろうね。ドナティアの皇帝君お気に入りの黒竜騎士が、わざわざこの街に来たのだから。しかも傍らには珍しい供まで連れている。街の主として気になっても不思議ではあるまい?
忌ブキ: なるほど。
禍グラバ: うん。などと言ってみたが、ほとんどは気まぐれだ。私の言うことは八割方デタラメと思ってくれていい。
スアロー: げ。いかん、いきなり親近感が湧いてきた! 僕以上にいい加減な男がこの世にいるなんて!
FM(メリル): (疲れたように)「……そうですね」
エィハ: (手をあげて)……わたし、この人に聞きたいことある。
スアロー: お、エィハくんどうかしたの?
エィハ: (禍グラバを向いて)あなた、本当に〈赤の竜〉を殺す気なの?
冷たい玉座の間で、まっすぐにエィハが問うた。
その思いがけない質問に、ほんの一瞬、禍グラバも静止した。
禍グラバ: 私が? 赤き先人を?
婁: 俺はずっとスアローの反応を観察してます。
スアロー: うひい、隣から見られてる。とはいえ、これはちょっと補足しよう。――禍グラバ商人、そういう話を風の噂に聞いたのです。
禍グラバ: なるほど、風の噂か。……だがしかし、私は見ての通りの形だ。言葉でいくら言ったところで、信用する者などいないよ。
スアロー: くそお、婁さんだけじゃなくて、こっちもゆらがねえなあ!
禍グラバ: 私は多くの商人たちの信用を得てるつもりだが、それらはすべて行動と結果で勝ち取ってきたものだ。君たちが何か私の腹を探りたいというのであれば、君たちも私の行動と結果を見て判断するというのはいかがかね?
忌ブキ: なるほど……。大人の意見です……。
禍グラバ: 逆に聞くが、そもそも君たちは私にどうしてほしいのだ? 私に〈赤の竜〉討伐を成し遂げてほしいのか、それとも討伐をやめてほしいのか。
婁: どうするんだろう? ってじーっと見てる。
エィハ: 婁さんすごく嬉しそう(笑)。
スアロー: い、いや……ぼ、僕としては、街でそういう噂を聞いて……。やばいな、スアローだけ腹の内を明かしてしまいそうだ。
忌ブキ: (顔をあげて)ぼくは、今赤い竜が島で暴れていて、多くの民が傷ついているのなら、それをなんとかしたいです。
今度は、忌ブキが告げた。
まるで、今こそは自分が言葉にせねばならないときだと、そう悟ったかのように。
禍グラバ: ほう?
忌ブキ: あなたなら、何か力になってくれるかもしれないと思ってきました。
スアロー: (小声で)助かったぜ……。
忌ブキ: で、頭巾を取って皇統種であることを明かします。
禍グラバ: その角、皇統種か。――君の名前を訊こう。
忌ブキ: 忌ブキといいます。
禍グラバ: FM、聞き覚えがある名前だったりします?
FM: 《広域商人》を持っていますしね。何か知ってるか、【知性】で判定していいですよ。
禍グラバ: (サイコロを振って)お、01。
FM: うお! 01は、決定的成功です! [達成度]が三倍になります。
禍グラバ: ほっほー、なら[達成度]は54ですね。
FM: げえ、それはいろいろまずいことまで知ってますね。ちょっと待ってくださいよ(メモを渡す)。
メモを熟読して、成田良悟が目を見張る。
禍グラバ: これは……こんなことまで知ってていいんですか?
FM: 知ってる[達成度]だったから仕方ないでしょ! 俺だってもっと後にバラすつもりだったよ! まあ、どこまで喋るかは自由です。
禍グラバ: ふむ。ふうむ……そうか、忌ブキか。本当に偶然なのだが、私は同じ名前の人物を知ってるよ。
忌ブキ: 同じ名前? ええとぼくは知らないですよね?
FM: ですね。忌ブキは知らない。
忌ブキ: すいません。ちょっと心当たりは……。
禍グラバ: なるほど。やはり偶然かそれとも……いや、今語るところではあるまい。
エィハ: (わなわなして)き、気になる!
禍グラバ: ともあれ、君が皇統種だというのは分かった。ならば、君が島を救いたいというのは皇統種の使命感かね? それとも君個人の願いかね?
忌ブキ: ……考えたこともなかったですが、多分、ぼく個人の願いです。
禍グラバ: なるほど。……私は、商人という者は人の欲望を取り扱う者だと考えている。使命感であれば商売にならないが、欲望であればいくらでも商売になる。つまり、君は私の商売相手たり得る人間ということだよ。
忌ブキ: ぼくが、あなたの商売相手に?
禍グラバ: うむ。やはり君たちをこの城に招いて良かった。(スアローを向いて)――で、黒竜騎士である君も同じ目的なのかね?
スアロー: いや単に道に迷っただけで――というのはわりと本音なんだけど、あなたの情報網なら、〈赤の竜〉の調査隊が結成されたことは、もう聞き及んでるのではないだろうか?
禍グラバ: なるほど、あれか。君がその代表ということかい?
スアロー: (大変苦しそうにうつむいて)……いつの間にか。
(一同爆笑)
スアロー: えへんおほん。まあ、個々の目的はどうあれ、我々は一度この目で〈赤の竜〉を目の当たりにしなくてはならない。そのため、手がかりを知っているというあなたに会いに来たはずが、いつの間にか会わされていた。何を言っているか分からないと思うが、僕にも分からない(笑)。
禍グラバ: (鷹揚にうなずいて)大丈夫大丈夫、自分のことなど自分が一番分からないものだよ。
スアロー: や、やばい! 禍グラバ師匠!
FM: スアローはいろんな人を師匠や兄貴にしてるなあ。
禍グラバ: ともあれ、君たちの立場は分かった。つまり各国の政治状況に拘わらず、非公式に動く調査隊ということだろう。もっとも、私はどの国に手を貸しても、かまわないといえばかまわないのだがね。
スアロー: うひい、商人こえー。
忌ブキ: あの、あなたは、本当に〈赤の竜〉の手がかりを知ってるんですか?
忌ブキの言葉に、禍グラバはもう一度言葉を止める。
どこから話したものかと、吟味しているように。
禍グラバ: まあ、知ってはいる。……あくまでヒントというか一部の情報だけだがね。それを打ち明けるのは簡単だし、協力を惜しむ気はないのだが。
忌ブキ: ないのだが?
禍グラバ: (婁を見て)障害がある。たとえば、今ここを目指しているドナティア軍と黄爛軍かな?
スアロー: そうなんだよねえ。
婁: それに対してはこちらに秘策が。
禍グラバ: ほほう?
忌ブキ: ろ、婁さんが喋った! 婁さん、秘策ってどういうこと!?
これまで黙っていた婁が、ゆっくりと切り出す。
「聞けば、ドナティアの武将はウルリーカ。黄爛の武将は楽紹。かたや守りに徹し、かたや先走る武将だと聞いています」
禍グラバ: ああ、楽紹くんか。直接の面識はほとんどないのだが、昔マスケット銃を売りさばいた後に黒色火薬の値段をつり上げたことがあってねえ。彼女には恨まれてる気がするなあ。
FM: 禍グラバが七年戦争を止めた手段のひとつですね。
スアロー: そういえば、祭燕がそんなこと言ってた……。
婁: 黄爛側の軍には伝手があります。
禍グラバ: ほほう?
スアロー: ん?
婁: 楽紹に一旦進軍を思いとどまらせ、しかる後に慎重派のドナティアにはハイガが黄爛と組んだかのように装う。いかがでしょう?
スアロー: え、え、え? 婁さん聞いてないよ? 僕らそんな権限は――
ひそやかに、婁は微笑を押し殺す。
彼にしては珍しく政治的な――このために祭燕とともに築き上げてきた策。
中立を保つ禍グラバを、一時的な偽装とはいえ黄爛に引き込めば、〈赤の竜〉の探索も大いに黄爛優位に持ち込める計算だ。スアローには黒竜騎士としての立場と密命があろうが、こうして利を説いてしまえば、彼も正面から反対はできまい。
もはや、策が覆る道理はない。
しかし。
しかし。
禍グラバは、言う。
「……装う必要などあるのかね?」
婁: ほう。
スアロー: へ? ふえ?
エィハ: ?
禍グラバは、続けて言う。
「正々堂々、黄爛と組もうじゃないか!」
スアロー: ちょ、ちょっとおおおおおおおお!
忌ブキ: ……! ? !?(状況が変動しすぎてあたふたしてる)
婁: これは予想以上の反応。スアローの顔色も窺おう。
スアロー: もう脂汗をダラダラ流しながら、無理だよ! それ無理! ってしてる(笑)。
禍グラバ: しかし、さすがは〈赤の竜〉の調査隊だ。まさか軍の条約締結の権限まで受け取っているとは。さすがはドナティアの黒竜騎士殿!
スアロー: い、いや、僕関係ないから! って言いたいけど無言でやり過ごす!
FM: ちなみに、後ろのメリルもすごい険しい顔になっているよ。スアローだけに聞こえるようにこう呟く。「まずいです、このままでは私たちが黒竜騎士団を裏切ったと見られます」
スアロー: いや、十中八九その通りだねこれ!
婁: (スアローに向かってひそひそと)……あなたの面子を潰すことになってしまうが、ここは〈赤の竜〉に関する情報と、さらにはこの島の平和を守るため。どうか、苦汁を飲んでもらいたい。
予想以上の反応。
それに乗じて、婁は囁く。
不都合は何もない。問題は起きてない。運命という馬が速度を速めたのなら、騎手もそれに合わせればすむだけのこと。
しかし――
禍グラバ: まあ、待ちたまえ。黄爛とばかり仲良くしては、スアロー君の黒竜騎士としての立場がなくなるだろう?
スアロー: そ、そ、そうなんだ! 分かってくれよダディ!
禍グラバ: ここはフィフティ・フィフティで行こうじゃないか。
婁: (振り返って)……禍グラバ殿?
禍グラバ: うむ、分かってるとも、黄爛と同盟を結んで、ドナティアとも結ぶなんて都合の良い真似はできまい。だが、いささか立場を変更すれば話は別だ。たとえば正式なドナティア大使として黒竜騎士に滞在してもらうとかね?
スアロー: ま、まさか……。
禍グラバ: うむ、君だよ!
スアロー: 勘弁してくれーっ!(涙)。
禍グラバ: 無論、君にも〈赤の竜〉の調査があろう。だが、たとえ名目上でも、この街に黒竜騎士が正式な大使として滞在し、活動拠点にしてるのならドナティアの面子は潰れまい。黄爛も他国の大使を拒絶するほど狭量ではなかろう。
忌ブキ: これが、権力……!(呆然として)。
禍グラバ: 幸い見せかけだけではなく、大使館を造る財力も、黒竜騎士団に何らかの援助を行なう用意もある。あくまで一時的な、かりそめの処置かもしれないが、君たちのような調査隊にはそういう時間が大切ではないかね?
FM: そうですね。《天性の勘》もあるし一度【知性】で振っていいですよ。
禍グラバ: 【知性】ね。(サイコロを振って)お、08。効果的成功で[達成度]は36。
FM: なら、あなたの見当だと、この措置で一ヶ月は稼げるね。
(……まあ、もって一ヶ月というところか)
禍グラバは、自分の試算を反芻する。
実際、でたらめな処置には違いなかった。
長らく他国の介入を排除してきたハイガの街が、突然黄爛軍と同盟を組み、ドナティア大使として黒竜騎士を受け入れる。あまりの変貌に一ヶ月はそれぞれの国が対応に追われるだろうが……その先は、再び欲望の渦だ。
おそらくこちらが譲歩したことを足がかりに、さらなる旨みを両方の国が要求する。
そのときは、最低限どちらかに付くか、再び双方と手を切って中立に戻るかを考えねばなるまい。
もちろん、それまでに〈赤の竜〉がすべてを灼き滅ぼす可能性もあるのだが。
スアロー: あ、あなたの話を聞いていると、なにやら僕の、この二十数年に渡る信念が揺らぎそうで怖い……。
禍グラバ: はじめに言ったではないか。私の言うことは、八割は受け流した方がよいと。残り二割をどこに置くかは君たちの判断次第だが。
スアロー: 確かに、僕らとしても戦争は望んでない。〈赤の竜〉の調査の障害になるならなおさらだ。そのためなら大使になるというのも……やっぱりすごく逃げたいが、受けてもいい。
禍グラバ: (大きくうなずいて)素晴らしい。
スアロー: だけどその前に、ひとつ疑問が残る。
禍グラバ: ほう、何だね?
スアロー: 何故あなたはそこまで我々に協力するんだ?
忌ブキ: あ、そうですよね。
スアロー: 確かにこのままではこの街が戦場になる。それを避けたいというのは分かるが……我々の任務に協力する必要はないだろう。つまり、あなた本人にも〈赤の竜〉を放っておけない理由があるのではないか?
禍グラバ: (少し考えて)君に協力する理由か……いくつかあるね。まず五割ぐらいが純然たる私の趣味。
婁: 五割が趣味って時点で、なんともはや。
スアロー: 駄目だ、僕の性質だと信じざるを得ない(笑)。うん、趣味なら仕方がない。
禍グラバ: 今は具体的に言えないが、もう四割は私の古き友からの約束だ。残りは、昨日友人になったばかりの相手に頼まれてね(ちらと婁を見る)。
婁: さてさて(わざとらしくかぶりを振る)。
忌ブキ: それを……信じろということですか?
禍グラバ: 信じるのかな? 信じないのかな? すべては君たち次第だよ? 君たちの双眸で判断する通りにしたまえ。
婁: (スアローに耳打ちして)十分利用できる提案ではないかと。
禍グラバ: 利用されてるなあ(笑)。
スアロー: (考え込んで)……エィハくんと忌ブキさんはいいの?
忌ブキ: そうですね。……それで、誰も戦わずに済むんですよね?
スアロー: 今のところは。
忌ブキ: なら、忌ブキはまったく異存はないです。
エィハ: わたしは、忌ブキが無事ならいい。
スアローは、小さく息をつく。
いろいろ乗せられた感は否めないが、これよりマシな案も思いつかない。
なら、やるしかないだろう。
いつもと、同じだ。
スアロー: 分かりました。じゃあ婁さんが黄爛側に、僕がドナティア側に働きかけて、この街での戦争を止める。その見返りとして、〈赤の竜〉の情報を教えてもらう……ってことで相違ないかな?
禍グラバ: 約束しよう。ただ、私の知ってる情報が直接〈赤の竜〉につながるとは限らないことも覚えておいてほしい。手がかりにはなるはずだがね。
スアロー: ええ、それでかまわない。
言い切る。
後ろで忌ブキが力強くうなずき、エィハがヴァルの頭を撫でる。
婁は、ただ佇むのみ。
「では、取り引き成立だ」
禍グラバ・雷鳳・グラムシュタールの人ならざる声が、広間に響き渡った。