レッドドラゴン
第一夜 第一幕〜第五幕
「最前線」のスペシャル企画「最前線スペシャル」。三田誠がFiction Masterとしてシナリオを紡ぎ出すRPF、『レッドドラゴン』。参加者は虚淵玄、奈須きのこ、紅玉いづき、しまどりる、成田良悟の夢の5名。音楽を担当するのは崎元仁。最高の布陣で最高のフィクションを創造します。
(漆黒の闇)
(突然のスポットライトに、舞台が浮かび上がる)
(舞台にはまだ分厚いビロウドの幕が下ろされたまま。やがて、客席にアナウンスが流れ出す)
「――皆様」
(男の声。かすかな緊張を滲ませ、厳かに語りかける)
「――皆様、ご拝聴くださいませ」
「これより催されるは、たった六夜の劇。たった一度の開演」
「役者は揃い、お膳立ても万端。筋書きは亜米利加の生んだ鬼才、ゲイリー・ガイギャックス氏作のRPGという遊戯を汲んでございます。書籍の体裁こそとっておりますが、小説にあらず、脚本にあらず、さりとてただの演劇記録にもございません。はてさて雲をつかむような説明ですが、面白さだけは間違いなし」
「役者のひとりは奈須きのこ。かつては世界を制した帝国、ドナティアの誇る黒竜騎士団にて、〈黒の竜〉と契約したばかりの――とある呪いに蝕まれた青年騎士を演じていただきます」
「役者のひとりは虚淵玄。旭日の大国、黄爛の宗教組織・八爪会の武装僧侶にして、意思持つ妖剣・七殺天凌を操る暗殺者を演じていただきます」
「役者のひとりは紅玉いづき。ドナティアと黄爛に挟まれた小さな島国ニル・カムイにて、魔物と融合してしまった哀しき奴隷――つながれものを演じていただきます」
「役者のひとりはしまどりる。かつて島国ニル・カムイを統べていた、人に似て非なる異種族。空と海と大地を巡る魔素流の恩恵を与えられた、ニル・カムイの象徴たる存在、皇統種を演じていただきます」
「役者のひとりは成田良悟。こちらの方の役柄は、今は伏せさせていただきたく存じます」
「いまや舞台は、開演を待つばかり」
「いとも古く、かくも新しきこの舞台で、私たちはあなたに問いましょう」
「さて、あなたは――あなたなら――この劇中で、いかなる決断を下しますか? それはこの役者たちと同じですか? それとも違う決断でしょうか? 彼らの選んだ決断を、あなたはどうお考えになりますか?」
「それでは皆様、最後までお楽しみくださいませ」
(静寂。スポットライトは消える)
(再び、漆黒の闇)
(そして)
(――光とともに、幕があがる)
【第一夜 還り人の島】『第一幕』
――風が、吹いていた。
ひどく、乾いた風。
熱された風。
火山の頂から吹き下ろす間に、すっかり水気を奪い取られた硫黄混じりの気流。その臭気と肌触りだけで、ここが異界なのだと思い知らされる。人間のごとき定命の輩は、この場で息を吸うことも許されぬのだと。
この場所では、空気や一握の砂さえも、すべて主に奉仕せねばならぬのだと。
しかし。
今は。
黙々と、彼らは山肌を歩いていた。
誰もが死を覚悟し、生命よりも大事な何かを腹に抱えていた。
摩り切れた靴や、乱雑になめし革を張り合わせただけの鎧は、いくら貧しい島とはいえ軍隊などと到底呼べないお粗末な装備だが、彼らの瞳にはその劣悪さを埋めるだけの烈しい炎が宿っていた。ひとりひとりの意志の熱量だけが、この火山に棲まうモノへの恐怖を打ち払っていた。
そして、進軍しているのはヒトだけじゃない。
吐き出す息も荒々しい戦士たちの間には、つぎはぎだらけの服を着た少年や少女が混じり、その背後にはさまざまなカタチの魔物が付き従っていた。よくよく見れば少年少女の身体からは奇怪な蔦が生えており、背後の魔物とつながっている。この島に特有の、つながれものと呼ばれる魔物と人間の組み合わせだ。彼らが例外なく年若いのは、ほとんどのつながれものが十六の歳を迎えられずに死亡するゆえだろう。
まるで死を賭した巡礼のごとき、大人と子供と魔物たちの進軍。
――わたしは。
わたしは、そんな軍隊のまっただ中にいた。
フィクションマスター(以下、FM): では、紅玉さん。
紅玉いづき: (緊張した顔でうなずいて)は、はい。よろしくお願いします! うわあああ、音楽鳴ってる……なんか映画っぽい……! ええと、わたしは軍隊に交じって火山にいるんですよね? ね?
FM: それで大丈夫です。……手元に本がありますね?
紅玉いづき: あ、はい。(ぺらぺらとめくって)わ、何これすごい! わたしのキャラの本なんですね! 数字とかイラストとかいっぱい!
FM: それがキャラクターブックです。紅玉さんがつくったキャラクターの人生やできることを全部一冊の本にまとめたものですね。あなたのキャラクターそのものでもあります。
紅玉いづき: わわ、ホントだ。ホントだ! 前に決めたものが、こんな風にまとめられるんですね……(夢中でめくる)。
FM: では、そろそろ自己紹介を。
紅玉いづき: あ、あ、そうですね! (我に返って)名前はエィハです。まだ十歳だけど、奴隷としてあちこちで売買されてきて、すっかり人生について諦めてしまっている女の子。生まれつき魔物と融合したつながれもので、ヴァルって名付けた相手と、魔術の蔦でつながってます。
FM: おお、十歳。それはまた大変な人生を……。これからはエィハって呼びますね。
紅玉いづき→エィハ: はい!
FM: じゃあ、君とつながったヴァルはどういう魔物かな?
エィハ: 両目の潰れた巨大な犬に、蝙蝠の翼を掛け合わせたようなバケモノです! 真っ白い身体が骨が見えそうなぐらい瘦せてて、長い舌をだらんって垂らしてます。吐息にはかすかな毒が混じってるんで、まわりにはかからないように気をつけてるんです!
FM: ず、ずいぶんグロ……
エィハ: グロじゃないです! 気持ち悪いのが可愛いんです、ここは譲りません!(力説)。潰れた目には包帯を巻いて、そこには愛らしい季節の花を添えてます。毒ですぐ枯れてしまうんですが、枯れるたびに新しい花をさしてあげるのが、わたしの愛情です。
実際、わたしと出会ったもののほとんどは、ヴァルを気持ち悪そうに見ていた。
人間を一吞みにできそうな巨体。それでいて、あばらまで透けて見える瘦せた身体。ごわごわした毛並みは固くて摑み甲斐があるのだけれど、ほかの人には血と砂にまみれた不吉な獣としか映らないらしい。
でも、わたしには関係ない。
わたしはヴァルで、ヴァルはわたしで――いいや、わたしの方こそヴァルの一部なんだから。
FM: りょ、了解しました。では、こちらもどうぞ(手元から小さな駒を差し出す)
エィハ: なんです? あ、エィハだ! ペーパーフィギュアになってる! あはは、ヴァルの方がずっと大きい(笑)。
FM: そういう駒があった方が感情移入できますからね。行軍中はヴァルの背に乗ってるのかな?
エィハ: はい! こう、火山の風に吹かれて、いつも以上に毛皮がごわごわしてるんですがそこに身体ごとうずくまってる感じで(ヴァルの駒にちょこんとエィハを乗せる)
FM: ちょっと痛そうですね(笑)
エィハ: 慣れてますから(笑)。んで、この軍隊とはいまいち馴染みきれてないので、後ろの方からちまちま付いていってます。
FM: なるほど。では、そうして一緒に行軍していると、後ろから山がひとつ、のっそりと迫ってくる。
エィハ: 山!?
FM: 正確には、小さな山ほどの巨人。あなたや軍隊のほかの魔物たちと同じ――人間と命を共有しているつながれものです(もうひとつテーブルに駒を出す)
エィハ: そ、そんな大きいのもいるんですか。ヴァルも十分大きいのに……(フィギュアを見て)わ、ホントにヴァルよりおっきい!
山、としか思えなかった。
こうして見上げるのは何度目か分からないが、いつも首が痛くなってしまう。
多分、ニル・カムイ中のつながれものを集めても、これより巨大な魔物と繫がった人間はいないんじゃないだろうか。
エィハ: これって……どれぐらいの高さなんです?
FM: 肩までの高さだと、ドナティア単位で四十メルダ。現実世界の単位だと四十メートルということになるね。
エィハ: よ、四十メートル!?
FM: うん、四十メートル。その高さから、「小休止します!」と、肩に乗った少年が叫ぶと、軍隊全員がそこらへんに腰を下ろすよ。短い時間だけど靴を脱いだり、汚れた革袋から水を飲んだりと、精一杯に休みを貪る感じ。
エィハ: はわぁ……。じゃあ、わたしもヴァルの背中から降りて――いやでも離れて歩くのも嫌だし、ヴァルを丸くさせてその中に寝転がります。
FM: 魔物であるヴァルはともかく、君の身体は十歳の女の子だからね。しがみついてるだけでも、結構疲れてはいるよ。……で、そうするエィハのすぐそばへ、岩巨人の手のひらに乗って、さっきのつながれものの少年が降りてくる。
エィハ: さっきの人が?
FM(少年): うん。「エィハさん、ちょっといいかな」
エィハ: え、あ、うーんと、この人が軍隊の一番偉い人なんですか?
FM: 革命軍の、この戦闘部隊ではトップだ。名前はイズン。年齢こそ低いけれど、なんせこの岩巨人を操れる以上、戦力として彼を超える者はそういない。
エィハ: ですよねえ。四十メートルですものねえ(納得顔)。じゃあ……小さくあくびを返します。
FM(イズン): あくびなんだ(笑)。じゃあ、イズンは少し困ったような顔で、「いや疲れてないかなって思って。ずいぶん歩いたろう?」
「なんだかさ、もう一生分歩いた気がしない?」
頰を搔いて、イズンが言う。
時々、彼はこうして話しかけてくれる。
変わり者といってもいい。同じつながれもの同士でも、わたしと親しく話していた相手なんて、ひとりしかいない。
今回も、一生懸命話しているイズンを、わたしはただぼんやり見つめていた。
FM(イズン): 「でも、島の外はもっと広いんだってさ。昔、阿ギト様がよくそう言ってたよ。阿ギト様のことは何度か話したよね?」
エィハ: 阿ギト様? ううん……よく覚えてないってかぶりを振ります。
FM(イズン): 覚えてない(笑)。少しショックを受けた顔になって続けるよ。「ええとほら、三年前、七年戦争の最後で捕まった僕らの第一指導者。それ以来、ユーディナ様と僕が革命軍を預かってるけど、ユーディナ様はともかく、僕の言葉はほとんど阿ギト様の受け売りみたいなもんだから」
エィハ: ああー、憧れな感じなんですね。
FM: そうだね。まさしく彼にとっての憧れなんだろう。いくつもの戦場を経てるけれど、イズンの精神はまだ少年のものだから。
「あの人なら、ドナティアも黄爛も退けてくれる。僕たちのようなつながれものでもまじりものでも、関係なく生きていける国をつくってくれる」
そんな言葉で拳を握るイズンを、わたしは遠い場所みたいに眺めていた。
きらきらした瞳だな、と思う。
同じ境遇でも自分とは縁遠い、眩しくなるような瞳。
FM(イズン): 「もうすぐ、阿ギト様に恩赦も下されるそうなんだ。七年戦争からずっと市民の人気も高い人だったから、ついにニル・カムイ議会も無視できなくなって、ようやく牢獄の中から……」
エィハ: うーん……。
FM: 何?
エィハ: そんなに大切な人なら、こんなところにいないで、恩赦に立ち会えばいいのにって思ってます。
FM: さて、どうかな。会話が途切れると、イズンは君に「そうだ。声をかけた用なんだけど会わせたい人がいるんだ」って言い出すよ。
エィハ: ……だぁれ?
FM: ひとつうなずくと、イズンとつながっている岩巨人が、大事そうに支えていた駕籠を下ろす。ほかの革命軍の装備とうってかわって、その駕籠だけは一流の職人が手がけたものと一目で分かる。
エィハ: なんか立派だ!
FM(イズン): 「頭を下げていてください」そう言って、イズンがその駕籠の前にひざまずく。エィハにも目配せして、ニル・カムイに伝わる胸の前に手を交差させる礼をとるよ。
エィハ: ひょいっとヴァルに飛び乗って、ヴァルの上で伏せるように頭を下げます。ヴァルも一緒になって。
FM: それは可愛らしい(笑)。――では、イズンは駕籠へとこう話しかける。「忌ブキ様、拝謁を許していただけますか」
エィハ: 忌ブキ様?
FM: ええ。では、しまどりるさん、登場してください。
びりびりと、背中が痛むのをわたしは感じた。
いつもそうだった。何か、どうしようもない大きな流れに巻き込まれるとき、わたしの背中はびりびりと痺れる。
たとえば。
たとえば、深い森に棲んでいたわたしとヴァルを、偶然狩人が見つけて弓を引いたとき。
たとえば、同じ奴隷商人に働かされていたつながれものの友人が、ドナティア貴族の足下にスプーンを落としたとき(彼女はその翌日首をはねられた)。
たとえば、とある伯爵に買い上げられていたわたしが、この自称革命軍にさらわれて――愚かしいことに、二度とつくらないと決めた友人をつくり――一年以上も行動をともにすることになった、その出会いのとき。
今度も、そうなるんだろうか。
わたしの運命は、またどうしようもないところで書き換わるんだろうか。
イズンと違って、彼女と違って――わたしの目には、未来なんて映らないのに。
同じ痛みを感じたのか、ヴァルが低く唸る。
そして。
駕籠の覆いが、内側から開かれた。
『第二幕』
「――忌ブキ様、拝謁を許していただけますか」
その声に、ぼくの肩がぶるっと震えた。
「っ……!」
唾を飲み込む。
拝謁を許す。そんな言葉自体、村にいたころは一度も聞いたことがなかったから。
もう、焼けてしまった村。
この革命軍という人たちが見つけてくれるまで、ぼくがぼうっと座り込んでた焼け跡。
「……」
もう一度、唾を飲み込む。
ぼくのことを皇統種と呼ぶ、その人たちに向かい合おうと決心する。
しまどりる: き、きた! えっと、駕籠の中にいるんですよね。
FM: そうですよ。どうします? 顔を出さずに声だけを返してもいいですが。
しまどりる→忌ブキ: あ、いえ、やりますやります! めっちゃ気になりますから、顔出しますよ!
FM: OK。では、あなたが内側の紐を引くと、駕籠の幕があがる。こちらをどうぞ(忌ブキの駒を出す)
エィハ: こっちにもペーパーフィギュア!
FM: プレイヤーのキャラクターは全員分ありますよ(笑)。エィハの前に現れたのはおそらくは魔物の因子が混じったまじりもの――だというのに、不思議なほどの神聖さを漂わせた少年だ。
見られてる、と思った。
つい最近、自分の額から生えてきた一本の角。
皇統種の証だと、焼け野原でぼくを見つけた人たちが言った角。
FM(イズン): 「ご機嫌はいかがでしょうか?」
忌ブキ: (戸惑って)ご、ご機嫌は……よろしいです。
エィハ: テンパってて可愛い(笑)。
FM(イズン): その感じで続けてください(笑)。では忌ブキに向かって、「こちらがエィハ。つながれものの中でも特に力強いものですので、忌ブキ様の護衛を担当させようかと思います」と話すよ。
忌ブキ: エィハ……さん。
FM(イズン): それからエィハに振り返って言う。「分かりますか? こちらが忌ブキ様。僕らが見つけ出した、この島でももう十人といない皇統種です」
エィハ: こうとうしゅ?
忌ブキ: あ、はい! この島を司り続けた皇統種って一族の末裔なんです。ただ忌ブキ自身は最近まで自分が皇統種だとか知らなくて、平和に村で過ごしてたんですけど、ちょっと村が焼けちゃって。
エィハ: ちょっと焼けちゃって!
忌ブキ: そうなんです。いろいろあって! で、その衝撃で皇統種として目覚めて角が生えちゃって、そんなところを革命軍に拾われたりしたのが今です。
エィハ: こちらもなんだか大変な境遇ですね……。
FM: プレイヤーからの自己紹介も終わりかな? じゃあイズンはエィハに向かって「あなたにはこの忌ブキ様を護ってほしい」と言うよ。
エィハ: 護ってほしい? 何から?
FM(イズン): 「剣からも、槍からも、魔法からも、もっとほかの脅威からも護って欲しいんです。それがきっと、僕たちを自由にします」
エィハ: 自由……
目の前の女の子が、ことりと首を傾げた。
隣に佇んだ犬と蝙蝠を掛け合わせたような白い魔物も、同じようにことりと首を傾げる。つながれものなのだ、とその動きで初めて実感する。
忌ブキ: うわ……
FM: どうしました?
忌ブキ: いやなんか、この駒とか今の掛け合いとか、すごくゲームゲームしてるのに、物語をつくってもいるんだなって。
FM: そう言ってもらえると嬉しいです(笑)。では、間が空いたところで、改めてイズンが忌ブキに話しかける。「ところで、忌ブキ様」
忌ブキ: あ、はい。
FM(イズン): 「……本当に、〈赤の竜〉と話せますか?」
忌ブキ: ……え?
一瞬、頭の中が真っ白になった。
FM: いい顔してますねえ(笑)。
忌ブキ: え、え、え? いやその。なんで? 確かに、〈赤の竜〉に会ったことは、あ、ありますけれど?
FM(イズン): 「あ、エィハは最近合流したから、ちゃんと説明してなかったですよね。僕たちは、これから〈赤の竜〉と話をしに行くんです」
エィハ: 〈赤の竜〉と?
FM(イズン): 「ええ、この忌ブキ様が昔お会いしたことがあるそうなんです。だから、忌ブキ様と一緒に説得できれば、僕たち革命軍は〈赤の竜〉の後ろ盾を得られる」
エィハ: (首を傾げて)忌ブキが、〈赤の竜〉に、乗るの? この子には蔦がないのに?
FM(イズン): 「つながれものでなくとも、話すことはできます。僕たちと忌ブキ様がお話できるではないですか」
エィハ: 少し、承伏していないような顔をしています。本当に心が通じるのは、言葉が通じるのは、蔦でつながったヴァルだけだと思っているから。
FM: なるほど。……あ、まだしまどりるさんが固まってる(笑)。
忌ブキ: (かぶりを振って)……いやその、確かにそうです。会ってます。間違いないです。でも、ちゃんと話したとかそんなのじゃないし、いきなりそんな話を振ってこられるとは思わなくて……
FM: 実際、忌ブキの心情は今のしまどりるさんと同じだと思いますよ。よく分からないままに攫われて、よく分からないままに火山に連れてこられて、よく分からないままに〈赤の竜〉と話せと言われているわけですから(笑)。
忌ブキ: む、村が平和な頃はあんなに平凡な人生だったのに――
そうだ。
ずっと自分は、平凡な子供だと思っていた。
〈赤の竜〉と出会ったことなど、本当にただの偶然で――
FM: あなたには偶然でしょうが、まわりはそう考えなかったということですね。心の準備ができるまで待ちましょうか?
忌ブキ: ……はあ、ふう(深呼吸)。いえ、もう大丈夫です。
FM: だったら、イズンは改めて言う。「忌ブキ様を信じてます。皇統種であるあなたが生き残ってくださったことこそ私たちの希望です。きっと〈赤の竜〉も説得できます」
忌ブキ: あ、あ、はい。よろしくお願いします。
FM: お、今の言葉にぱっとイズンは顔を輝かせるよ。革命軍のみんなに向かって、声を張り上げる。「みんな! 怖がるな! 〈赤の竜〉は敵じゃない! 忌ブキ様がそう仰ってくれているぞ!」
忌ブキ: ……。
エィハ: あ、やっちゃったって顔してる(笑)。
FM: 革命軍の皆からも「おお!」と轟きのような雄叫びが返ってくる。皇統種の言葉に、皆が息を吹き返したかのようだ。それから、イズンは忌ブキに頭巾を渡すよ。
忌ブキ: 頭巾?
FM(イズン): 「御角を隠すための幻術がかかった頭巾です。今後市井に紛れることになれば、その御角は目立ちすぎますので」
忌ブキ: あ、なるほど。じゃあありがたくいただきます。
FM(イズン): 「ここからは忌ブキ様の駕籠もエィハに任せます。忌ブキ様の言うことに従ってください」
エィハ: ん、分かった。ヴァルに持たせるね。
ぼくの乗っていた駕籠を、今度は魔物のヴァルが軽々と背負う。
あばら骨が見えるほど瘦せこけているのに、意外なほどの力強さ。イズンさんがつながれものの中でも特別と言ったのは、噓じゃないのだと実感する。
革命軍とともに、ゆっくりと山を登っていく。
「……」
ひどく、悪寒がした。
この角が生えてから、ぼくの感覚はひどく鋭敏になっていた。見えるものはもちろん、見えないものについて、とりわけ敏感に察知してしまう。
その感覚が、訴えていた。
何か途轍もないものが、近づいているという悪寒。
壮絶なまでの、チカラの塊。
それは、かつて見たものと同じ――
FM: 途中、強烈な魔素におびきよせられた魔物が出てくるが、エィハの力なら問題なく退けられる程度です。そんなことを繰り返す内に……そうですね、一度忌ブキに【知覚】で成功判定をしてもらいましょう。このサイコロを使ってください。
エィハ: わ、何ですこれ? サイコロなのに四角じゃないし、どこを見るんです?
FM: 十面体ダイスっていう特別なサイコロです。もちろん見るのは上になった面ですよ。
忌ブキ: (サイコロを手に取って)十面体ダイス……!
FM: 1から0(10)まで数字が書いてあるでしょう。この片方を十の位、もう片方を一の位にすることで、1から100まで数字を出せるわけです。忌ブキのキャラクターブックにも、【知覚】と書かれた数字がありますね?
忌ブキ: あ、はい! 80%と書いてます!
FM: じゃあこの十面体ダイスを振って出た数字が、80以下なら成功ってことです。常人は40%ぐらいですから、忌ブキの知覚力は常人の倍ほどもあるってことですね。ではどうぞ。
忌ブキ: は、はい。うわ、すっごくゲームって感じ。えい!(サイコロを振る)。ええと……63!
FM: 成功です。皇統種として魔素に鋭敏なあなたの感覚は、〈赤の竜〉の棲まう洞窟まで、革命軍を迷わずに導きます(スタッフに手をあげる)。
(巨大なドラゴンのフィギュアをテーブルに配置。曲を変える)
忌ブキ: でかっ! 曲変わった!
エィハ: わああああっっっ! ドラゴンが出てきた! 岩巨人より大きい! 音楽怖い!
FM: その姿を見ると、革命軍の全員が「おお……」とそれぞれ膝を落とし、先ほどイズンが取ったような、ニル・カムイ独特の礼拝を取る。この島において〈赤の竜〉はそれほどに、おそらくは忌ブキ、あなたたち皇統種と同じぐらいに敬愛されている。
忌ブキ: というか、皇統種ってこんな竜ぐらい凄いんですか……!?
FM: この島ではそうですね。「赤竜さまだ……」とか「皇統種さまと赤竜さまの両方に……同じ日に一度にお会いできるなんて……」とか、感極まった者たちがすすり上げている。
エィハ: すごいことになってる……
FM: そしてイズンが、駕籠の中の忌ブキに語りかける。「さあ、忌ブキ様! 〈赤の竜〉へどうか御言葉を……!」
忌ブキ: (おろおろとして)み、御言葉?
FM: では全員が忌ブキの方を向いて、いったいどんな言葉を竜に掛けてくれるんだろうという感じで見ている。
忌ブキ: こ、声は、届くんですか?
FM: 洞窟まで距離は結構あるけれど、声を張り上げれば届くだろうね。そして、竜はゆっくりとあなたたちの方に顔をもたげる。涎を垂らし、目を血走らせた様相はいくぶん違ってるが、かつて君が会った〈赤の竜〉であることは間違いがない。どうします?
忌ブキ: まずは……絶句ですね。
そうだ。
会ったことはある。
二年前、ぼくの価値観を根こそぎ変えてしまった出来事。
村が焼き払われてしまうまで、ずっと秘密にしていた事件。近くの森で竜と出会っただなんて、そんなおとぎ話みたいなことを、どうして村のみんなに話せるだろう。
だけど。
本当に、これはあの竜か?
怯えたぼくを優しく見下ろしていた――そんな風に錯覚した竜か?
忌ブキ: ……ダメだ。昔と同じで……何も言えません。ごめんなさい。
FM: そう? せっかく現れた〈赤の竜〉に、何も話せないまま終わってしまう?
忌ブキ: ……はい。
FM: じゃあ、忌ブキが呆然とたたずんでいると――〈赤の竜〉の口から、ごっ! と炎の息が吐き出される。
忌ブキ: へあ?(声になってない声)
FM: 忌ブキのいない右翼側に……(サイコロをたくさん振って)30の百倍だから、3000点ほどのダメージを与えるブレスが約1キロメートルの長さに渡って放たれ、あなたたちと一緒に山を登ってきた革命軍の方々がぱたぱたぱたぱたと焼け焦げて……。
エィハ: はい?
FM: すべてが一瞬の出来事。焼け焦げた者は刹那に死亡。ブレスの範囲外だったものも数秒は反応できず、やがて「皇統種、さま……? 〈赤の竜〉……さま……? うわあああああっっっっっ!」と絶叫し、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
忌ブキ: あ、あ……絶望の眼差しで、茫然自失してます……
FM: 了解です。では逃げそこねた兵士やつながれものは狂乱して叫び、あるいはその場に倒れ込み、またあるいは忌ブキにすがりつく。「どうして赤竜さまが!」「こ、皇統種様、噓ですよね!? 大丈夫だと仰ってくれましたよね!?」
忌ブキ: (引きつったような笑顔になる)
エィハ: ……忌ブキを連れて、逃げ出します。忌ブキの駕籠をヴァルにひっつかませて、エィハもそのまま乗っかって山を駆け下ります!
FM: OK。じゃあエィハと入れ違いに、勇敢なごく数人の兵士と、さきほどの岩巨人が〈赤の竜〉へ駆け出し、がっぷりと四つに組む。
それこそおとぎ話だった。
竜の吐息の通った跡は、岩さえも溶け落ちている。
まるで砂糖の山を、水で溶かしたみたいだ。その跡を踏みつけるようにして、巨人の手が竜の顎を摑みあげ、落雷のごとき轟音をあげる。いいやおとぎ話だって、こんな荒唐無稽な絵面があるものか。
何もかもが、遠い。
何もかもが、夢のヨウ。
何もかもカラ、ぼくハ目を塞いデ……
FM: イズンの岩巨人が押さえてる間に、ごくわずかな精鋭が飛び込んでいくが……。
エィハ: ……!
FM: (サイコロを振って)ひとりめは13ダメージ。まったく通らない。
忌ブキ: だ、駄目なの。
FM: (サイコロを振って)ふたりめは17ダメージ。三人目が16ダメージ。一般的なつながれものや兵士としては健闘しているといっていいダメージだけど、竜の鱗一枚を傷つけるに至らない。エィハはどうしてる?
エィハ: 一目散に逃げてます! 勝てないよ、あんなの!
FM: うん。そんな君に、岩巨人の背中からイズンが叫ぶ。「それでいい! 逃げてくれ! 忌ブキ様を阿ギト様のところへ! シュカの街へ!」言う間にも、竜の牙や爪によって、岩巨人の体がどんどん砕かれていく。脇腹の一部がもげ、頭が壊れ……その中をあなた達がひたすら逃げていく。
エィハ: ……ごめん。イズン。
FM: さて、二回目のドラゴンブレス。(サイコロを振って)射程1キロメートル、ダメージ3600点のブレスが君たちに向かってくるので、イズンが割り込み行動を取ります。
エィハ: (喉を引きつらせて)は……はい。
FM: ぶちり、と自分に残った右手を引きちぎり、ブレスから君たちを庇うように投げ込むんですが……エィハさん、ひとつ聞きたいことがあります。
エィハ: 何……です?
FM: イズンの投げてくれた巨人の右手に隠れられるのは、大きさから見て君とヴァルか、忌ブキの駕籠のどちらかだけです。
忌ブキ: ……え?
FM: 逃げながら駕籠から飛び出すほどの時間はない。忌ブキの乗った駕籠を投げ込むか、自分たちだけが隠れるか、選択してください。
エィハ: うわあ、ええと……
FM: (時計を見て)二分だけ時間をとります。決まらなければふたりとも焼け焦げますが。実際にはコンマ数秒のところを、死の間際で感覚が引き伸ばされてるとでも考えてください。
エィハ: あ、あ……忌ブキとは、これが初対面なんですよね。
FM: あなたはごく最近こっちの部隊に合流したばかりですからね。駕籠の中の忌ブキとは面会することもありませんでした。
忌ブキ: ぼくは……。
エィハ: ……生き残るのは、ひとり、だけ……。
FM: あと四十秒。選択を。
エィハ: ……決めました。忌ブキの駕籠を岩の陰に投げ込みます!
FM: 分かりました。ではヴァルが口で駕籠を摑み、岩の陰までぶん投げる。ぎりぎり入ったと確認したところで、竜の吐息が岩巨人はおろかあなたとヴァルの全身も包み込む。3600ダメージの結果はいうまでもないでしょう。
エィハ: ……はい。
FM: 全身が焼け焦げ、周囲はすべて溶岩と化します。ここで第二幕終了です。次のシーンに出る、奈須きのこさんを呼んできてください。
『第三幕』
――世界とは何かだと? ドナティアかそれ以外かだ。
かつて高らかに宣言したのは、ドナティア最強たる黒竜騎士団であった。
七竜のうち三竜までと契約し、世界を征服しかけた東の大国ドナティア。
対して、貨幣統一やマスケット銃の配備を成し遂げ、今こそ隆盛を極めんとしている西の大国黄爛。
その片方の国へと、舞台は移る。
FM: では奈須きのこさん、どうぞ。
奈須きのこ: ちょっとちょっと、FMどういうことよ! 紅玉さんすごい顔してたよ!? 目が死んでたんですけど!
FM: サア、何ガアッタンデショウネー(棒)。
奈須きのこ: こえええええ! FMこえええええ! (マイクに向かって)あーあー。始めに言っておくが、僕は無能だからね? 大抵のことはメイドのメリルさんがやってくれるので(笑)。
FM: まあ、そのためにメイドさん雇ったんですしね(笑)。というわけで、まず自己紹介を。
奈須きのこ: はいはい。えー、スァロゥ・クラツヴァーリです。呼びにくいのでスアローでお願いします。生まれつき、ちょっと厄介な呪いに蝕まれた二十五歳で。目元涼しい貴族のぼんぼんです。でもまったくお金はないですよ? むしろ破算しています。もう気持ちいいぐらい徒手空拳。ええと、このシーンでは黒竜騎士になる前なんですか?
FM: それはこのオープニング中にやります。ではこちらがキャラクターブックとペーパーフィギュアです。
奈須きのこ→スアロー: (本をめくりながら)おおー、いいなあこれ! 本なんだ! すげえファンタジーっぽい! おお、言ってたあれもこれもイラストになってる!
FM: 喜んでもらえて何より。奈須きのこ考案のあれやこれもデータ化しております(笑)。では、舞台はあなたのいるドナティア王都です。
ドナティア王都。
これより豪奢な都は、夢の中にすら存在すまい。
空には何隻もの飛行船が行き交い、地上には賑やかな音楽が満ちている。一年に十数日もある勝戦記念日を、民衆が祝っているのだった。
そんな王都の一角に建てられた、クラツヴァーリ家の屋敷。
その部屋のひとつで。
パリン、と金属の割れる音がした。
端整な容貌をした金髪碧眼の若者の手で、まるで百年の歳月にさらされたかのように、スプーンが根本から折れたのだ。
スアロー: ……あ、早速やってしまったか。
FM(メリル): お隣にたたずんでいたメイドのメリルさんが、きっとまなじりをつりあげるよ。「本日三本目の破損。一流職人の手になる銀食器は、一本で庶民の一ヶ月の生活をまかなえるそうですが……ああ、相変わらず安心安定の不用心ぶりですね。私の心が洗われるようです」
スアロー: それ、物欲が消えて心が綺麗になるってコトかい? メリルには申し訳ないが、いつものことなのでサラッと流してもらいたい。
FM(メリル): 「はい、いつものことです。一日に三本……いえ、間違えました。一食で三本、一日で十本。庶民の生活が、なんと一日で十ヶ月飛んでいく。もちろんスプーンだけでもないですよね?」
スアロー: もちろん。しかし、具体的に言われると、我が事ながら凄まじい。心がすさみそうだ。――まあ、僕は慣れているワケだけど。
呪い。
スアローにしてみれば、確かにいつものことだ。
青年はとある呪いとともに生まれ、この年までを過ごしている。だから、食事の最中にスプーンが折れることなど、彼にしてみれば今更ではあった。
もっとも、メイドのメリルにとっては、そういかないようだったが。
FM(メリル): 「スアロー様、それ以上食器に触れないでください」
スアロー: は、はーい……メリルこぇー。目が笑ってねぇー。
FM(メリル): 「後ろの棚に触れるのもよしてください」ペタペタと差し押さえ済みの紙を貼っていく。
スアロー: あ、もう差し押さえられてるんだ?
FM: もう差し押さえられてます。ドナティア公用語で『差し押さえ済み』と書いた紙を、メリルが先回りするように(笑)。
スアロー: ホントによく出来た、血も涙もない使用人ですね!
FM(メリル): 「当屋敷のものはすべて差し押さえ済みです。お忘れなきよう、貼らせていただきました」
スアロー: はい……分かっているとも。
FM(メリル): 「安心いたしました。なにしろ債権者は私ですので」
そうなのである。
落ちぶれていく主を見かねたメイドが、自ら商会を立ち上げ、破産寸前のクラツヴァーリ家を屋敷もろとも買い取ったとなれば、これは美談といえるかどうか。
スアロー: うん、酷い話だ。
FM(メリル): 「誰のせいでこうなったと?」
スアロー: ま、まあ、それに関しては感謝しておりますとも。
FM(メリル): 「安心いたしました。脳まで駄目になってしまったのかと」
スアロー: ははは、いやだなあ。いくら僕でも自分の頭を使ったりはできないさ! ……いや、使えるのか? ルール的に? ヘッドバットとかあったかな……。
FM(メリル): 「ところで、スアロー様。……そろそろ、お時間でございます」
スアロー: はい? 時間と言うと?
FM(メリル): 「知っております。ええ、あなたがそういう方だとはよく知っておりますが……」呆れるように言った後、メリルは少しだけ声音を落とすよ。「……〈黒の竜〉の面会です」
スアロー: ああ、そっか。じゃあ着けていたナプキンを外して……。
FM: ナプキンを外した瞬間、ぼろっと音がして崩れ落ちる。
スアロー: メリルに見つからないよう、崩れたナプキンの上に手をかざしておく(笑)。「では、行くとするか」と言って立った後も、一生懸命手で隠すので!
FM: そのそぶりは見て見ぬ振りをしつつ、メリルは去っていくあなたの背中に「スアロー様」、と呟くよ。
スアロー: ん、何だい?
FM(メリル): (視線を落とす)「……いえ、どうぞ向こうで粗相のありませんよう」
スアロー: もちろん、努力はするよ。
FM(メリル): 「期待しております」
スアロー: うんうん。……とは言っても、思ったことは口にしちゃうのが僕だからなあ。
FM(メリル): 「期待しておりますので!」
スアロー: はーい!
「……」
明るく言ってスアローが立ち去った後、しばらくメリルは動かなかった。
正直なところ、こんなときまで明るいままの主が信じられず、それでいて彼らしいとも思ってしまうのだった。
祈るように手を組み合わせて、自分には祈る相手などないことを思い出して、メイドはかぶりを振った。
「さ、こっちも準備をしないと」
小さく、呟く。
あの主が、どんな厄介ごとを引き受けても、自分がそばにいるために。
FM: さて、ドナティア王都の北には、民衆がけっして立ち寄らない山岳地域がある。
スアロー: 山岳?
FM: うん。王都にほど近いのだから、切り開いて農地としてしまえばさぞ収益があがるだろうに、開拓どころかまともな道さえつくられていない。君がとある僧侶に案内されたのは、そういう山岳中腹の、ぽっかりと開いた洞窟だ。
洞窟。
そう呼ぶには、大きすぎたかも知れない。
山肌が稲妻で削られたかのような巨大な裂け目。
その裂け目の手前で、案内してくれた僧侶は足を止めたのだ。
スアロー: ……素朴な質問なんだが、今までここに入った人間は何人いるんだい?
FM(僧侶): 「入っていった人間は私の知る限り、記録にある限り二百六十四名。戻ってきたのは二十九名です。私もここから先に進んだことはありません」
スアロー: 一割か……
FM(僧侶): 「それぐらいになりますね。正確にはもうお一方いらっしゃいますが」
スアロー: もうひとり?
FM(僧侶): 「ドナティア皇帝マグヌス・エルンスト様でございます。その他は、ここで任命を受けた二十九名の黒竜騎士が帰還者のすべてです」
スアロー: (両手を広げて)おお、偉大なる皇帝マグヌス! 僕ぐらいじゃ一度もご尊顔を拝したコトはないんだけどね! ……しかし、それは帰還者であっても生還者じゃないよなあ。黒竜殿と契約するか死ぬかってことじゃないか。
FM(僧侶): (無言でかぶりを振る)
スアロー: ……でも、まあ一割か。うん、それだけ可能性があるなら希望はあるな。現実的だ。
FM: なるほど(笑)。
スアロー: まあ、そういう自覚なので。で、今までのお見送りに礼を言って、ちょっとだけ咳払いをしてから進むとしましょうか。
FM: 了解。では、異常なまでに冷え切った洞窟を、君はゆっくりと進んでいく。
ひどく、静かな洞窟だった。
ある意味では、神殿にも似ていた。
人間を拒絶するほどの神聖さと、それと同等の猥雑さが同居しているのだ。
FM: 長いこと洞窟を歩き、やがて時間の感覚もなくなった頃、君は唐突に気がつく。黒々と――しかし暗闇などよりも遙かに奥深い、ふたつの瞳が君を見つめているのだ。
(巨大なドラゴンのフィギュアを置く)
スアロー: (フィギュアを見て)ははは、これは分かりやすい!
FM: ちなみに一般人サイズはこれぐらいね(スアローと同じサイズの駒を見せる)。
スアロー: ……これは無理だわ(笑)。
FM: では、瞳の主――ドナティアと契約した〈黒の竜〉が君に話しかけてくる。「……もっと早く来ると思っていたぞ」、と。
もっと早く。
その意味を、スアローはよく分かっている。
竜と出会ったのは、これが初めてではないのだ。当時の彼は知らなかったが、竜というものは気まぐれに人界に出入りしているらしい。
たまさか――あるいは必然として、スアローはこの竜と出会っていた。
そして、ある約束をした。
スアロー: ……できるのなら、うやむやのまま過ごしたかったんですよ。できるかぎりのんびりと。あの時の出来事は、半分は信じているつもりだったけれど、半分は夢だと思っていたので。
FM(黒の竜): 「そうか。お前に与えた傷は七年で腐れ落ちると言ったはずだが、それも信じていなかったか?」
スアロー: いや、それは信じていた。ただまあ、その事実とわざわざ貴方のような存在を捜すことは、また別の話だ。敢えて〝偉大な〟とかはつけずにそう言う。
FM(黒の竜): 「なるほど。では、命長らえる為の契約はしないと?」
スアロー: い、いや、それは是非してほしい。僕だって死にたくない。
FM(黒の竜): 「……ほう?」
スアロー: ここまでは半信半疑だったが、助かると分かったなら、藁でもすがりたくなるのが人間だ。そういう心情も理解してほしい。
FM(黒の竜): 「なるほど、定命の者らしい言葉だ。……だがお前には、他の黒竜騎士とは違う契約と使命を与えよう」
スアロー: ……と言うと?
FM(黒の竜): 「代わりに、それが成功すれば、命を長らえる契約とは別に、もうひとつ願いを叶えてやる」
スアロー: ……願い……命の次に欲しい願いか、か。……見透かされているのは癪……でもないか。人間以上の存在だ。それぐらいはするべきだ。……えーと、つまり、僕の呪いを解くことができるのか、貴方は?
FM(黒の竜): 「それを、お前がその時望むなら」
スアロー: 含みのある言い方だが……願ってもないチャンスだ。で、問題のその任務というものは?
FM(黒の竜): 「……お前には二度選択を迫る」
スアロー: ん? 二度?
FM(黒の竜): 「ひとつの選択は今ここで。――汝、我との契約を欲するならば、己の呪いを見せるがいい」と竜が言うと、いつの間にかスアローの側に巨大な岩と、その岩に突き刺さったロングソードが用意されている。
スアロー: ……ふむ。ここは敢えて無言で、ロングソードに手をかけよう。で、抜いて岩に斬りかかる。
FM: OK、では実際にダメージを出してもらいます。さっきのキャラクターブックに〈片手剣〉と技能値%が書いてると思います。十面体ダイスをふたつ振って、この%以下が出れば成功です。
スアロー: ほうほう。十面体ダイスとは懐かしい。
FM: ですが、キャラクターブックを見ると分かるように、スアローさんの〈片手剣〉はあっさり100%を超えてる達人レベルです(笑)。
スアロー: まあ、失敗はしないよね(笑)。
FM: ですから、突発的な不幸で自動失敗になる96以上が出なければ成功ですね。どうぞ。
スアロー: 了解。(サイコロを振って)55、成功です。
FM: では成功しました。ただ、今回は『どれぐらい成功したのか』を出す必要があります。〈片手剣〉技能のところに書いてる[効果値]に、今度は十面体ダイスを一個だけ振って、その出目を足してください。
スアロー: (サイコロを振って)[効果値]が14で……サイコロが4なので18。
FM: では18がその攻撃の[達成度]となります。ここにロングソードの威力を足したものが、あなたの出したダメージです。
スアロー: (またサイコロを振って)うお、たったの1。19点ダメージしかねえ!
ロングソードを、思い切り振り下ろす。
緊張のせいか、腕よりも腰のキレが悪かった。体重が乗り切っていない、自分としてはいまいちの一撃。
だが――剣はいつものように――
FM: ここであなたの呪いが発動します。ロングソードのダメージは自動的に三倍になって57点! 量産品のはずのロングソードが深々と岩の中心まで切り込む。
スアロー: (冷ややかに)同時に、剣が砕け散る。
FM: そう、ガラスのように砕け散ります。
いつもの手応えを、スアローは感じていた。
まだまだ使えるはずだった剣の、悲鳴のような手応え。自分の呪いが引き起こす必然の結果。
(――まただ)
醒めた想いだけが、彼の胸を占めている。
そして。
その代償とばかりに、剣は岩の中心まで切り込んで……砕け散った。
FM(黒の竜): 「……なるほど、お前の手にした道具は必ず破壊される。さしずめ粉砕の呪いとでもいうか。そればかりは我にも真似ができぬな」
スアロー: 見ての通りだよ。
FM(黒の竜): 「……その呪いを解きたいのか?」
スアロー: ……可能であるなら。御覧の通り、生きていくには不条理すぎる。
FM(黒の竜): 「ならば、使命について話そう。ニル・カムイという土地を知っているか?」
スアロー: 名前だけは。
FM(黒の竜): 「黄爛とドナティア、その中間にある小さな島だ。……が、その島を平凡ならざる所としているのは、極度に複雑な魔素流と、我らと同じ存在……七竜のひとつ、〈赤の竜〉がいること」
スアロー: ふむ。
FM(黒の竜): 「……が、その〈赤の竜〉が狂った」
スアロー: (眉をひそめて)……少しいいかい? 竜というものは狂うものなのか?
FM(黒の竜): 「私が知る限りでは、初めての例だ」
スアロー: 神に近いものが狂い、それを平然と語る竜がいる。そして話の流れ的に、なんかもうやばい匂いしか感じない。「すごい、これじゃあまるで詐欺だ!」とだけ、呟かせてください(笑)。
FM: 了解。では〈黒の竜〉は続けて言う。「〈赤の竜〉は重しだった。ドナティアと黄爛の両方に攻め寄られながら、あの島がバランスを保っていたのは、我と同じあの存在がいるためだ。だがあの存在が狂ったとなら、間違いなくこれよりニル・カムイは地獄となろう」
スアロー: 地獄……か。
FM(黒の竜): 「それゆえ、ニル・カムイ島の議会、および我らドナティアと黄爛の外務官の折衝の結果……非公式で、混成調査隊が作られることになった、俗な名称ではあるがな。お前にはこの混成隊に加わり、その手で〈赤の竜〉を始末して欲しい」
スアロー: ……ぷ、プリーズ、ワンスモア。い、今、僕の聞き間違えでなければ、捕縛ではなく、始末と口にしなかったか、貴方は?
FM(黒の竜): 「始末と言った。確かに我らは絶対不可侵の存在だ。……が、狂ったのであればいくつか手の打ちようはある」
スアロー: 狂ってるからこその死角があると?
FM(黒の竜): 「その通りだ」
スアロー: しかし……その、狂っているとはいえ、人間程度が竜に傷をつけられるものなのか?
FM(黒の竜): 「お前にはそのための〈傷〉を与える。ただし、黄爛とニル・カムイも、お前と匹敵するだけの精鋭を送ってくることだろう。こと竜については、軍隊よりも少数の超越者の方が力を発揮しうるゆえにな」
スアロー: あっちゃんこー……。
FM(黒の竜): 「……どうした? その気がなくなったか」
スアロー: ええと……状況的に拒否の道はないのだが、なぜ僕なのかな? 少数精鋭と言うのであれば、歴戦の黒竜騎士を数人派遣した方が、効率的かつ実現の可能性は高いのではないか?
FM(黒の竜): 「お前の手で殺すことに、意味があるのだよ」
スアロー: 何か含むものを感じつつも、ここは敢えてスルーします。
FM(黒の竜): 「それに、一度契約した者に二重に契約することは難しい。これより与える〈傷〉は、お前にしか与えられないものだ」
スアロー: もったいつけてくれるな。その傷とはどのようなものなのだろうか?
FM(黒の竜): 「お前の呪いと繫がる」
スアロー: 粉砕の呪いと?
FM: 〈黒の竜〉からは無言ながらも肯定の意思が伝わる。
スアロー: それは……僕の粉砕の呪いをある意味流用するというか、悪用するというか、その類いのことなのだろうか?
FM(黒の竜): 「そう思ってもらって構わない。お前の呪いと我の傷であれば、狂った〈赤の竜〉を殺すには、足りるやもしれん」
スアロー: 壊すだけのこの呪いも、そういった一点で有効利用法はあるのだね……。まあ、考えなしは今に始まったことではないので(笑)。うむ、飲もう!
FM: 早いな、決断(笑)。
スアロー: 滅茶苦茶に無茶な話なんだけど、そういうのを差し置いて、実現の可能性があると分かった以上、やる方向に傾くのがこの男なので。
FM: OK。じゃあ、ゆっくりと闇色の爪があなたの方に持ち出される。傷の場所はどこにします?
スアロー: (フィギュアを見て)……じゃあ、左足に。
爪は、音もなくスアローの左足へと埋まった。
FM: 闇色の爪はあなたの、おそらくは魂までを傷つける。すさまじい痛みが脳髄までも貫き、一瞬の雷のように突き抜けて消えていく。
スアロー: うわああ……帰り道のないこの感じぃ……
FM: その代償に、ここからスアローは黒竜騎士の能力を得ます。まず、【筋力】と【頑健】が三倍になります。
スアロー: うお、三倍!? 【筋力】とか180%になっちゃうよ!?
FM(黒の竜): 「では、今一度その岩を斬りつけてみよ。今刻んだ、契約印も解放してな」
スアロー: キャラクターブックに書いてる恩恵の、《真なる契約》ですね?
FM: そうそう。普段から【筋力】と【頑健】は三倍なんですが、契約印を解放するとさらに三倍になります。
スアロー: (爆笑しながら)540%! チートにもほどがあるわ!
FM: 三倍の三倍、これでお前の【筋力】は常人の九倍だ!(笑)。それにあわせて技能値とかも変わりますよ。
スアロー: コーホー、コーホー(笑)。
やり方は、言われなくても分かった。
おそらくそれが、魂まで傷つけられたということ。刻まれた傷は、生まれた頃から知ってたように、チカラの使い方を伝えてくる。
左足の傷が――契約印が、闇色の魔素を放つ。
焼け火箸を突き刺すような痛みとともに、その痛みに数倍するチカラが、スアローの奥深くからせり上がる。
FM: ロングソードは、新たに岩の近くに転がっているよ。
スアロー: じゃあ、そいつを握りしめて……(サイコロを振って)判定は当然成功。[達成度]が8を足して46。ロングソードのダメージを足して55。
FM: 《粉砕の呪い》でこれがまた三倍……165点!
今度こそ。
剣は、岩を一撃で両断した。
そして、今度の剣はまともに砕けることもできず……砂のように崩れ去った。
スアロー: すばら……恐ろしいな。素晴らしいと言ってはいけない気がする(笑)。
FM(黒の竜): 「気に入ったか?」
スアロー: これは……呪いが悪化しているということなのか?
FM(黒の竜): 「考えるのは、お前の自由だ」満足げに竜が答える。「だが、確かに見た。その力は竜を傷つけるに足る。これより汝、スァロゥ・クラツヴァーリを黒竜騎士として任命する」
スアロー: ……謹んで、拝命いたします。(ぼそりと)何か、騙されてる気がするけど。
FM(黒の竜): 「ひとつの選択がここに終わった。もうひとつの選択はいずれまた」
スアロー: それは今ではないのか?
FM(黒の竜): 「時がくれば分かる」
スアロー: ふむ……では、選択の時はどうあれ、〈赤の竜〉の討伐が為された後には、この呪いは解いてもらえるんだな?
FM(黒の竜): 「その問いにはすでに答えた。契約は終わりだ。去るがいい」
スアロー: む……従うしかないか。踵を返す。
FM: では君の去り際、〈黒の竜〉はひそやかに言う。「おまえは人間そのものだ」
スアロー: ……人間?
FM(黒の竜): 「最後までその願いを抱いたままでいられるか、興味深い。ああ、この我が興味深いと思ったぞ、スアローと言う名の有限なるものよ」
スアロー: ……抱いたままでいるに決まってるだろう。貴方の言う通り、すべては有限だ。こんな呪いは人間の在り方じゃないんだし。……なんてコトをちょっとだけ気合い入れて言い返して、御気分を害する前にトットと立ち去ります!
FM: はい、ではここでシーン終了です。次は虚淵さんですね。
スアロー: く、じゃああの殺人鬼を呼んでくる!(笑)。
『第四幕』
世界を支配するひとつの軸は、ドナティアである。
ならば、新たな舞台がもうひとつの軸となるのは必然であろう。
すなわち、黄爛。
遙か前世より、何度も記憶と魂を受け渡しているという神秘の姫――黄爛霊母が支配する、旭日の大国。
FM: お待たせしました、虚淵さん。
虚淵玄: いやいや。では、よろしくお願いします。(布をかけられたドラゴンのフィギュアなどを見て)何か不穏なものがありますね。
FM: 流石、目端が利く。(キャラクターブックを渡して)さて、まずは自己紹介を。
虚淵玄: おお、キャラクターブック……。あ、キャラの名前ですけど、中国読みじゃない方がいいんですかね? ロー・チェンシーじゃなくてろう・しんかいの方が、と。
FM: ああ、黄爛のキャラが全員やるとルビとか読みにくくなってしまうんで、ニル・カムイでの流儀に合わせて、日本語読みにしてますね。でも、婁についてはロー・チェンシーでいいですよ。黄爛での、実際の発音はそっちでしょうし。
虚淵玄: 了解です。では、ロー・チェンシーで。宗教組織・八爪会御用達の暗殺者です。一応僧侶として受戒もしてますが、ほぼ名目上のものですな。任務上、妖剣・七殺天凌を背中に担いでる以外、格好は一定しません。精々、闇に紛れやすいようにしてるぐらいで。
FM: ありがとうございます。では、舞台は黄爛。首都である玉鳳府の、とある寺院です。
ドナティアに比べ、黄爛の都はつつましやかだ。
そこにあるのは歴史と伝統。精緻と研鑽。色合いこそ赤や緑を基調とした華やかなものが多いが、黄爛独自の思想に裏打ちされていることは変わらない。
もっとも、その思想にも、最近は奢侈の傾向が加わりがちだ。
貨幣の統一から、〈連盟〉など商人たちの動きが活発化し、それをあらわすかのように茶館や商館の建設も続いている。この十年で都の姿は大きく変わったが、続く十年はそれ以上の変化を起こすだろう。あるいはドナティアのように石造りの建物が増えたり、飛行船が空を舞うこともあるかもしれない。
しかし。
今夜、婁震戒の佇むその寺院ばかりは、かつてと変わらぬ静けさを保っていた。
FM: 八爪会の寺院ですね。ほかの宗派ではむしろ悪神とも言われる、軍神蚩尤の像を祭壇の中心に配置しているのが特徴です。
虚淵玄→婁: はい。
FM: 婁がいるのは、正式な受戒を受けたものだけに許された部屋。一般信者にも許された場所と異なり、この部屋の祭壇は、ひどく静謐で――どこかいびつにさえ見える。
婁: (淡く嬉しそうに)……ええ。
FM: 天窓からは月光。祭壇には蠟燭ときつい香が焚かれている。婁はちょうどその真ん中で待機しています。
婁は動かない。
石像のように佇み、月光を浴びている。
必要なら何時間こうしていても、彼にとって苦痛ではなかった。
FM: ……やがて、名前を呼ばれます。入ります?
婁: もちろん。
FM(僧侶): では、祭壇の奥にはさらなる小部屋。息苦しいほどの狭さで、中には僧侶がひとり立っています。「……相変わらず、死人のような顔をしておるな」と、婁の顔を見て一言吐き捨てる。
婁: (気にした風もなく)まあ、うなだれるのみですね。
FM: ソウデスヨネー(棒)。この相手は八爪会とあなたを繫ぐ仲介者です。僧正の位を持っている、ということはなんとなく聞いていますが、それ以上立ち入って聞いたことはありません。
婁: はい。
FM: あなたの実績が上がるたびに仲介者がばんばん代わっていき、この僧侶で四人目というぐらいかな。
婁: ま、嫌われてるってことなんすかねー(笑)。
FM: 好かれてはいないっすよねー(笑)。いや、俺は実はすごいモテカワキャラなんですよ、みたいなことを今から言い出さなければ! いいですよね、こういう対応で?
婁: もちろん。
FM: じゃあ、改めて僧侶の方から訊きますよ。「ニル・カムイという島を知っているか?」
婁: ……まあ、噂ぐらいは聞いたことはありますが。
FM(僧侶): 「かの島の、〈赤の竜〉が狂ったという」
婁: ほう?
FM(僧侶): 「一般的な伝承では竜は世界に七柱きり。もっとも強大な生物であると呼ばれている。黄爛からしてみれば、怨敵ドナティアに『力』を与えた憎むべき存在だ」
婁: ええ。
FM(僧侶): 「件の〈赤の竜〉はどこにも与しない中立的な存在だったのだが、最近になって狂乱し、公文書にある限りで七つの街、二十を超える村を焼いている」
婁: (そらぞらしく)それはまた惜しいことを。
FM(僧侶): 「……どういう意味で言っている?」
婁: いえ……深い意味は。命が失われることは、大変惜しいと思っております。
FM: うわー。すげえ怪しい!(笑)。僧侶はものすごく訝しげな顔をした後に続ける。「これに対して、ニル・カムイの議会およびドナティアと黄爛は、緊急会議を執り行い、互いの利害を乗り越え、混成調査隊を作ることとなった」
婁: 調査、ですか?
FM(僧侶): 「討伐と言い換えてもよいが、方法は委ねられている。狂乱した〈赤の竜〉の脅威さえ取り除ければよい」
婁: ……ほう? それは取り除く方法については一任していただけると?
FM(僧侶): 「表向きはな」
婁: ほうほう?
FM(僧侶): 「表向きはそうなっている。が、霊母猊下がお前を特別に推挙なされたのには理由がある」
婁: 光栄の限りです。なんなりとどうぞ。
FM(僧侶): また僧侶が訝しげな視線をして、すぐ目を逸らす。「その忌まわしき剣にて、〈赤の竜〉を滅ぼせとのこと」
婁: なるほど……。
FM: 例の剣は今もあなたが背負っている……のかな?
婁: はい。
FM: では背中の七殺天凌がふるふると嬉しそうに打ち震えるよ。同時に、あなただけにこんな声が聞こえる。「婁、聞いたか?」とね。
そう。
婁にだけ、聞こえる声であった。
意思持つ妖剣・七殺天凌の声音。
婁: (陰鬱に笑って)いやあ……久々に食いでのある獲物になりますな。
返す言葉も、あくまで念話。
端からは、急に婁が黙り込んだようにしか見えまい。
「おお、よいのう……真に良いのう。霊母の命というのがいささか業腹じゃが、わらわも竜の魂は喰らったことがない」
まさに傾城と呼ぶべき声音を脳で聞いて、婁震戒は思わずこぼれた微笑を隠す。
婁: まあ、どのような給仕で運ばれた料理であろうと、味が損なわれるものではありますまい?
FM(七殺天凌): 「それもそうよの。……のう、婁や。おぬしはわらわに珍味を喰らわせてくれるかえ?」
婁: もちろん。お望みとあらばいかなるものであっても。
FM: うわ、やっぱり(笑)。では、見かけ上黙り込んだ婁に、僧侶が続けて話す。「秘密裏に動くという任務上、行動人数は最低限に抑えたい。各陣営のバランスも保つ関係上、ニル・カムイ議会はふたり、ドナティアと黄爛よりはひとりずつを推挙することとなった」
婁: なるほど。
FM(僧侶): 「ニル・カムイ議会は分からぬが、おそらくドナティアは最強たる黒竜騎士団より人材を派遣するだろう」
婁: 当然でしょうな。
FM(僧侶): 「そして先ほど言ったように、霊母猊下の言ゆえ、我ら八爪会からはお前を推す」
婁: いや、一切異存はありません。
FM(僧侶): 「……そうか」僧侶がまた複雑な顔になる。「そう言ってくれるとは思っていたが、あっさりと言われると難しい気持ちになるものだな。……ひとつ申し置く」
婁: はい。
FM(僧侶): 「これも霊母猊下の御言葉だが、万が一お前が〈赤の竜〉を殺し損ねた場合でも、ドナティアの黒竜騎士にだけは〈赤の竜〉を殺させるなということだ」
婁: (淡々と)……ほう? なるほど。
FM(僧侶): 「そうなれば、我ら百年の計が破綻しかねんそうだ。……手段は問わん。表向きは彼らと協力せよ。その上で、黒竜騎士には渡さず、おぬしの手で竜を殺せ」
婁: 委細承知致しました。
FM(僧侶): 「では行け」
婁: ……はっ。
FM(僧侶): 婁の去り際、僧侶がもう一度口を開きます。「……お前、以前聞かれたそうだな。もしも、その剣が霊母猊下の血を求めたらどうするつもりだ?」
婁: んー……「今は違う獲物にご執心な様子。その気遣いは無用でしょう」
FM(僧侶): 「……そうか」では、あなたが消えていく頃にぼそっと僧侶は口にする。
「羅刹め……」
その言葉は、短さにかかわらず、いつまでも小部屋にわだかまるようだった。
FM: ここでシーン終了です。というか、虚淵さん、本当になんにも迷わないですね!
婁: なんら異存のないポジションですからね。美味しそうだし!(笑)。
FM: なるほど(笑)。では、時間と舞台を巻き戻します。紅玉さんとしまどりるさんを呼んできてください。
『第五幕』
――すべての始まった、その舞台で。
何もかもが、終わっていた。
終わった場所に、ぼくは生きていた。
村が焼けたときと同じに、生き残って、しまっていた。
FM: さて、時間は戻ります。場所はオガニ火山。エィハたちが〈赤の竜〉に焼き尽くされてから、十分ほど後です。曲を変更しましょう。
エィハ: (戸惑いできょろきょろしながら)え、……と。
忌ブキ: あそこから続くんですか!?
FM: いやだって、とりあえず忌ブキは生きてるでしょう。惨たらしい殺戮の後、竜は満足したかのように飛び立って、空の彼方に消えていきます。そして、ブレスの熱で巻き上がった上昇気流が、やがて雲をつくり、雨を招きます。
忌ブキ: 雨……。
FM: 巻き上げられた煤や砂も含んだ黒い雨です。生き残った君が駕籠から這い出すと、革命軍は全滅してますね。
忌ブキ: 全滅! と、とりあえず、かばってくれたエィハさんがどこにいるか捜します!
FM: 了解です。もう、すべてが崩れて何が何やらな状態なんですが。
忌ブキ: そ、そんなに酷いんだ……。
FM: 死体どころか、元の地形さえ分からないですね。ではそんな中、あなたは気がつきます。……まるでそこだけ時間を巻き戻すかのように、地面からぼこぼこと何人もの死体が浮き上がってくるんです。
忌ブキ: し、死体が? それって――
知っている。
ぼくの村が焼け落ちた理由。優しかった宣教師様が、死者となって還ってきて、何もかもを焼き払ってしまった――その現象。
ごくごく稀に、死者が還ってきてしまうという、この島だけの現象。
FM: そう、還り人です。この島では特殊な条件下においてのみ、死者が黄泉還ります。死んでるエィハさんも、【意志】で判定してもらえますか?
エィハ: え、わたしが? ええと【意志】がこれで……判定ってこの十面体ダイスをふたつ振るから……(ころころ)成功です。
FM: ではあなたも黄泉還ります。急速に浮上する感覚の後、いつのまにかあなたは火山にたたずんでいる。ぼんやりしているが、意識はあります。
エィハ: (茫然として)意識……。
FM: ほかにも何人かぼこぼこと起き上がりますが……彼らは一様に意識を保ってないようです。あなたたちなど見えないかのように去っていきます。
エィハ: わたしだけ……ヴァルは?
FM: ヴァルはあなたと一心同体ですから、大丈夫です。
忌ブキ: エィハさん……! だ、大丈夫なの?
エィハ: (何度か深呼吸して)……わたしは、死んでしまったの?
忌ブキ: それは……
エィハ: 痛かったりするんですか?
FM: いや、不思議なほどに痛みも違和感もない。君も還り人という現象は知っているが、今のところ死ぬ前との違いは感じられない。よく聞くような凶暴化も、君が知覚できる限りではなさそうだ。
エィハ: ……そう。だったら、忌ブキに山を下りるよう促します。
忌ブキ: 下りる……?
エィハ: からだが動く。ヴァルも一緒。だったらやることは同じ。わたしも、会いたい人がいるから。……忌ブキは、阿ギトという人のところに行くんでしょう?
忌ブキ: そう、だね……
かろうじて、うなずく。
本当に、エィハは何も変わってないようだった。服も焼け焦げてしまっていることに気づき、あわてて目を逸らして自分の羽織を貸したけれど、その先でうずくまったヴァルもさっきと同じように見える。
本当に?
本当に?
――本当に?
エィハ: じゃあ、忌ブキをヴァルに乗せて山を下り始めます。
FM: 分かりました、ではここで、エィハと忌ブキのオープニングを終了します。次からは本編――二ヶ月後。本編の開始となります!