サクラコ・アトミカ

第六回

犬村小六 Illustration/片山若子

「最前線」のフィクションズ。サクラコの美しさが世界を滅ぼすーー。 畸形都市・丁都に囚われた美貌の姫君、サクラコ。七つの都市国家を焼き払う原子の矢は、彼女の“ありえない美しさ”から創られる......。 期待の新星・犬村小六が放つ、ボーイ・ミーツ・ガールの新たな金字塔、ここに誕生!

三.

来る日も来る日も、丁都は暗闇のなかにあった。

天空から降り注いでくる陽射ひざしは、この街にはない。あるのはただ、とぐろを巻いて天を目指す高すぎる天井、そこに穿うがたれたわずかな採光口から注いでくる四角く切り取られた陽光だけであった。

高空庭園に囚われて以来、サクラコは日光を浴びた覚えがない。隙間からの日射しはサクラコの庭園を避けるようにごみごみした街をでて、消えていってしまう。

「あぁ、鬱陶うっとうしい。まったく鬱陶しい。いつまでもどこまでも鬱陶しい」

陽射しもないのに麦わら帽子をかぶり、袖のない白のワンピースを身につけたサクラコはぶつぶつ文句を言いながら花壇に水をあげていた。裸足はだしにそのままサンダルを履いて、装いだけは夏である。

「それ、なんの花?」

屋敷の縁側に腰を下ろしたナギが、サクラコの背中に問いかける。サクラコは振り返りもせず、

「知らん。ひまじゃから花のタネを寄越せ、とあの変質者に命じたら送ってきおったのでとりあえず植えてみた。陽も照らんのに咲くのかのう」

「ふーん」

大して興味もなさげに、ナギは傍らのお茶を口に含んだ。

ハンカチで顔を拭き拭き戻ってきて、サクラコもナギの隣に腰を下ろす。側女が持ってきた麦茶を一口いただき、泣きそうな表情を浮かべ、ふへえ、と妙な溜息をつく。

「退屈じゃあ。暇じゃあ。のうナギ~。なあナギ~。遊びに行こうよ~。お外に出たいよ~。あれ、あのここから見えるでっかい観覧車があるじゃろう? あれに乗りたい~」

「ダメ。無理」

「ちょっとだけじゃあ。一日だけでいいんじゃあ。ちょっとだけ遊んでくれたらもうわがままは言わんから、のう、一日だけ見逃してくれ~。あの遊園地に行きたい~」

「あのねえ。きみは捕虜ほりょなの。捕虜。わかる? 自分の立場、知ってる? 牢番と一緒に遊園地に出かける捕虜なんているわけないでしょ?」

いさめるナギにむかって頰をふくらませ、サクラコは投げ出した両足をばたばた動かし、

「うるさい黙れ常識など知るか。お外に出たい。遊園地に行きたい。かわいらしい服を着て、風船を片手に持って、綿菓子とイチゴソフトを食べたい。それのなにが悪い」

「悪くないけどね。でも諦めて。お願い」

「おんしにも情くらいあるじゃろう? のう。こう言うとどうせまた『ぼくは人間じゃない』とか言うのであろうが、バケモノであっても一分のたましいくらいはあるはずじゃ。うんうん。あるある。じゃから、のう、ナギぃ。ここから出してくれ~」

幾百の異性をとりこにしてきた端正な顔立ちをこれでもかと歪め、サクラコは哀願する。

はぁぁと長い溜息をこれみよがしにつき、ナギは面倒臭そうに後頭部をぼりぼり搔きむしると、うつむいて、ぽつりぽつり、自信なさげに、

正直、きみのことはかわいそうだと思ってる。知事のしたことは、立派なこととは言えない。恥ずかしいことだよ。生みの親にむかってこんなこと言うのはバケモノとして失格だけど

サクラコの顔がぱぁっと明るく輝く。ますますばたばたと両足を動かして、

「な、な、な! そうじゃろ、そうじゃろ!? やはりおんしはわかっておるのう!」

でも、それとこれとは話が別。ぼくはただの生物兵器で、自分の考えなんて持たないんだ。命令されたことをそのまま実行する機械。それがぼく。だから、きみの願いはきけない」

きっぱりそう言い切って、ナギは毅然とした表情をサクラコへむけた。

明るかったサクラコの顔は途端にしらけて、

「なんじゃそりゃあ。格好悪いのう。おんしも男なら、恋した娘のために親を裏切れや」

「恋してない。恋してないから」

「なんじゃと!? おんし、まだわらわに恋しておらんのか!?」

「ねえ、きみの頭のなかでぼく、どういうことになってるの?」

ふむ。まあいいわい。そのうち時間が経てばおんしもわらわの魅力のとりことなるじゃろう。さかりのついた駄馬のように、間抜け面をして、よだれを垂らして、わらわの名前を呟きながらへこへこと腰を前後に動かすのじゃ」

「やめて。一瞬、そうなったぼくのすがたを想像しちゃった。ひどい絵づらだった。ほんとにやめて」

両耳を両手で抑えていやいやと首を左右に振るナギを横目で一瞥いちべつし、サクラコはふんと鼻を鳴らした。

そのまま縁側に両手をついて、丁都の天井を見上げる。

いつもと同じ、陰鬱な天井。はああ、と日課のように長い溜息をついた。

「つまらんのう。退屈じゃのう。遊びに行きたいのう」

何度も言ってるけど、無理。きみは囚われのお姫さまだから、ほいほい遊びに出かけられたら困る」

「ぶっふえー」

「変な合いの手いれない。真面目まじめに話してるんだから真面目に聞いてよ」

「腹が減ったー。下僕ども、あんみつを持ってこい。ナギ、お前はなにがいい?」

「え、ぼくも食べるの?」

「おやつ、おいしいぞ。おやつを食べていけ、ナギ。おーい下僕ども、あんみつふたつじゃ、ふたつー」

サクラコがせがむ。ナギを帰らせたくない様子だ。ひとりっきりで時間を過ごすのが辛いのだろう。ナギは思わず苦笑してしまう。

「囚人と一緒に縁側でおやつを食べる牢番って、聞いたことないや」

「なんでもいいわい。こんなふざけた街で常識を語っても仕方あるまいよ。囚人と牢番が一緒にお茶できるような牢獄を造りおったあの変質者が一番悪い」

「まあね。知事のお考えは常人の及ぶところではないから」

側女が音もなく、ナギとサクラコの傍らにあんみつを置いた。

ふたり並んで、スプーンを動かす。

「うまいなあ」

「うん。おいしいね」

サクラコは上機嫌で、庭にむかって投げ出した足をぱたぱたさせる。そして笑顔で、

「ナギ~。ナギ~」

「ん?」

「呼んだだけじゃ」

子どもじゃないんだから

「わらわは花の十七歳。立派な子どもじゃぞ」

「ぼくも同い年だけど」

「ほう、そうじゃったか。子ども同士じゃな。お医者さんごっこでもするか」

「しないけど。ていうかぼくの場合は人間じゃないから、生きてきた年数はきみと同じでも中身の密度が違うよ。きみが五十年かけても経験できないようなことを、ぼくは十七年で経験させられた」

「おう、なんじゃ、苦労自慢か。わらわも苦労なら負けんぞ、なにしろ誰よりも美しく産まれてしまったがために変質者に目をつけられてこの美しさを核分裂物質に置換させられて世界を滅ぼしてしまうのじゃからなあ。どうじゃ、わらわに課せられたこの壮大なスケールの不幸に勝てるか」

「いや、別に、勝ち負けどうでもいいし。ていうか、ごめん、ぼくの失言だった。確かにきみの言うとおり、不幸自慢だったね」

「わかれば良い。というわけで、命令じゃナギ。おんしの生まれ持った不幸をわらわに自慢しろ」

「もう、なんていうか、きみの言うことがいちいち理解できないんだけど

「退屈しのぎに昔話を聞いてやると言っておるのじゃ。他にやることもないしのう。おんしの薄汚れた、みじめで情けなくてバカみたいな過去をおもしろおかしくわらわに語れ」

「語る気しないな~。なんでそんなもん必死に語らなきゃいけないかわかんないな~」

「やかましい、黙れ、おんしに拒否権はない」

「わかんないなあ。なんでそんなもん聞きたいかなあ」

サクラコは縁側に腰を下ろしたまま、両手を腰に当ててふんぞり返ると、

「暇だからじゃ! 話さんとまた退屈しのぎに飛び降りるぞっ! それでも良いのかっ!」

ていうか別に隠すほどのものでもないから話してもいいけど。でもたぶん大して面白くないよ? きみのお気に召すようなハラハラとかドキドキとか無いから」

「うむ。つまらんかったら途中で寝るから心配するな。ZZZ。さあ、汗水垂らしてしょうもない過去を語れナギ。ZZZ

「もう半分寝てるし。いいけどさ。それじゃあもったいぶるような話でもないけどまあ、きみの退屈しのぎのために」

そうしてナギは昔話をはじめた。