NOeSIS 嘘を吐いた記憶の物語
千夜の章(前編)6
cutlass Illustration/cutlass・たぬきまくら
我々の後継者はスマホの中にいました———田中ロミオ 累計50万ダウンロード突破のスマートフォンノベルゲームcutlass自ら完全改稿のうえ待望の書籍化。
「どこかで火災警報器を作動させたのね。わざと大きな騒ぎをおこして、職員室から教員を誘い出すつもりだわ――」
夜も七時を過ぎて生徒のほとんどが帰宅し眠りかけた校舎が、非常ベルの音により目を覚ましたのだ。教員の足音や戸惑いの声が、階段を下りるオレたちの耳に届く。
毎週のように自殺者の出る水曜日。教職員たちのほとんどが近所の見回りに出かけていて、職員室にいる人間はわずかだった。その少ない教員も、突然の警報に驚き慌てふためいている。
「どこでベルが鳴っているかは重要じゃないわ。まずは、監視カメラの制御装置のある職員室に向かいましょう」
「なあ先輩、どうしてテープを回収に行く人物があらわれるって思ってるんだ? この事件は自殺だ」
「さっきまで殺人事件だと気を吐いていたのは、だれだったかしらね? なにか――殺人事件だと都合の悪いことでも?」
オレは頭を振った。自殺した少女の横を歩いていたのは、こよみだ。憂姫も、一緒に階段を上がって行くところを目撃している。
でも……オレたちが三階に着いたときにはすでにいなくて、トイレの個室にはあの少女だけが残されていた。オレたちが三階にたどり着く前に、反対側の階段から階下に下りたか……、いや、少女にロープを巻きつけて吊るすのは、そんなに短時間じゃできないはずだ。あとは、トイレの中から……そういえば、窓――開いてたよな。
「自殺した子のロープの結びかた、ふた結びといってちょっと特殊なものだったわ。あの結びかたを習得している人物なら、短時間で人を天井に吊りあげることができるんじゃないかしら」
「――何が、言いたいんだ?」
「窓が少し、開いてたでしょう。サッシの部分にロープを特殊な方法で繫いで、二階まで降りたらロープの反対側を引っぱれば、私たちに気づかれずに逃げおおせることができる、そう言いたいのよ」
コイツは……いつもいつも遠回しに――っっっ!!
「急いでカメラのテープを回収しましょう。そうすれば疑いも晴れると思うわ。もっとも、私は犯人がいようといまいと、どっちでもいいのだけどね」
オレたちが、階段を二階まで駆け下りたときだった。
――バチンッッッッ!!
ふっと、校内の明かりが一斉に消えた。階下から聞こえてくる教員たちの声は、突然の停電に対して悲鳴にも似た叫びに変わっていく。彼らは、随分と混乱しているみたいだった。
「やってくれるわね」
階段の手すりに拳をたたきつける千夜先輩。唇を嚙みしめ、そのまま走りだす。非常灯のぼんやりした緑の揺らめきの中に、彼女の長い黒髪が溶けていく。
千夜先輩は階段の踊り場から、階下に向かってジャンプした。風をうけて、長い黒髪が舞い、スカートが円形にひろがる。階段全段飛ばしとは、やるな……電波女。
先輩におくれまいと背中を追い、一階へとたどり着く。昇降口を抜けて職員室の扉を開いた。残っていた教員は火災発生場所を探しに出かけたのか、中は無人だった。闇の中、オレは考えを巡らせる。
もし――もしも、この事件が殺人事件だったとしたら、どうだろうか?
相手は六人も殺している。そして、監視カメラに記録されることを覚悟のうえで、今日は犯行をおこした……。
景色がスローモーションのように流れていく。そんな中、意識だけが明瞭にオレたちの行動を先読みしていった。
相手は記録テープを回収するさい、オレたちが追ってくるとは考えなかったのだろうか?
監視カメラの記録装置があるのは、職員室の奥。そこは別室になっていて、職員室からでないと出入りはできない。非常ベルが鳴ってから、オレたちはすぐに駆けだした。まだ相手は、奥の部屋から出てきてないはず。
いや……違う。職員室は一階の校庭側に面している。その隣にある制御室も当然、窓に面しているだろう。職員室の扉をつかわずに、窓からだって逃げられるはずだ。
そして――追っ手が職員室から来ることを、あらかじめ推測している。自分が、相手の側だったとしたら――。
千夜先輩がドアノブをひねる。
オレは間髪いれずに、その背中を突き飛ばしていた。
***
チクチクとした痛みが、背中を這いまわっている。
「もう少し我慢して、時雨君。ガラス片はあと三つくらいだから」
千夜先輩は夜の保健室で、オレの背中に突き刺さったガラス片をピンセットで一つずつ取り除いてくれていた。
「もっと、派手に爆発すると思ってたけど、大したことなかったな」
「大した……ことよ。だって時雨君、ケガ……してるじゃない」
あのあと、ちょっとした爆発がおこった。ドアノブの向こう側にはガラス瓶がぶら下がっていて、それはパーティー用のクラッカーに繫がっていた。遠心力でガラス瓶が振られ、その力で爆発するという簡単なつくりだった。
気がついたときには制御室はすでにもぬけの殻で、テープは抜き取られていた。旧式のビデオデッキは四隅のネジを外すと、遮るものなく簡単にテープを取りだすことができる。ドライバーの操作に慣れてさえいれば一分もかからないだろうし……、もしかしたら、事前にネジが緩められていた可能性もあった。それならば停電の最中、あんなに短時間でテープを奪うことができたのも納得できる。
「非常ベルも停電も、時限装置によるものだったわ。二階の空き教室から発火装置と、コンセントをショートさせる装置が見つかった。どちらも目覚まし時計を改造した、簡単なものだけどね」
「手が込んだこと、するんだな」
「でも――」
消毒用のヨードを染みこませた綿棒が、空中で止まる。先輩は動きを止め、思案しながら呟いた。
「今日は時雨君に声をかけられていなかったら、六人目の子とすれ違って……現場を目撃することができなかったかもしれない。あなたは、もしかして――」
「偶然だ」
オレは先輩に背中を向けたまま、答える。
「さっきの爆発だって、確かに瓶は破裂したの。……私の目の前でね。なのに、ケガをしたのは時雨君のほうだった」
「火事場のバカ力だよ、それも偶然だ。先輩は、オレを買いかぶりすぎてる」
「……そう。そう……よね……」
止まっていた腕が動いて、背中に消毒薬の染みる痛みが伝わった。
「先週の防犯テープもね、何も映っていなかったの。屋上から飛び降りた子、それだけが映っていたそうよ。アレを回収するだけなら、防犯カメラの設置されていない花壇から近づけばいいだけだものね。でも今回は納得いかないわ、どうして……監視カメラに映るように学校へ移動させたのかしら……」
ぶつぶつと、先輩は消え入りそうな声で呟いていた。回収とはいったい、何を指しているのだろうか?
「やっぱり先週屋上にいたのはマズかったか。こりゃ、明日オレらどうなるかわからねーな」
「私は生徒会長よ。教員が街に巡回に出るように、先週の件は屋上で何も起こらないか見張っていたと、言いくるめておいたわ。今日もそう。あなたは、私の手伝いをしていたことになっているの。安心しなさい、私たちに妙な疑いがかかることはないから」
爆発のあと、騒ぎを聞きつけた教員が戻ると、オレたちは更に厄介なことに巻きこまれた。千夜先輩がどのように教員たちを言いくるめたのかはわからないが、オレたちは早々に解放され、今こうして……彼女の手当てを受けている。
「アンタは不思議なヤツだな。性格最悪なのに、教員から信頼されてる」
「私たちがあの子を殺したんじゃないからよ。監視カメラは各階の廊下の端と、校門、校庭の数ヵ所にしか設置されてない。きっと犯人はね、カメラに映っていたのよ。だから騒ぎを起こして、回収した。私たちにテープを発見される前にね……」
「やっぱり……いるのかよ、犯人……」
テープはすでに消失している。そのことに何故か、オレは安堵していた。そう、まだアイツが何かやったって証拠は、何も出ていないんだ。
「どうして……」
そんなオレの瞳を覗きこみ、千夜先輩は表情を曇らせる。
「私は時雨君のこと、わからないわ。どうしてこよみさんのことを、かばうの?」
「アイツはそんなことする人間じゃねーし、こんなチマチマした罠しかける頭は持ってない。誤解だよ。オレは仲間がピンチのときは助ける主義なんだ、もちろん、アンタもな」
「仲間ですって? だから私を……助けたの……? そのせいで、時雨君は……傷ついた」
「こんなん、ケガのうちにはいらねーよ」
「あなたは……こよみさんも、身体を張って助けるのかしら? みんなに、優しいのかしら……?」
「だれを選ぶかなんて、そんな深く考えてねーよ。身体が勝手に動くだけだ」
「もしだれかが殺されかけたら、時雨君はかばって――自分が犠牲になると言うの――っっっ!?」
「……そういうことも、あるかもな」
パン――ッッッ。
千夜先輩がオレの頰を、平手で叩いた。
「自分を大切にしなさいっ!!」
「……殴っといて、言うなよ。だがな、美人の先輩の半泣きビンタ、オレは嫌いじゃないぜ。まさか心配してくれるとはな」
「か……家畜の身体に傷がついたら、商品価値が下がるからよ。自分を人だと勘違いするなんて浅ましいわ、ブタ……の……クセに……」
しゅんと、先輩はイスに座りこんでしまう。
「このままじゃ巻きこまれて死ぬわよ、時雨君……。遊びじゃないもの、この事件は」
「そんな簡単に、死んでたまるか」
「ふふ、時雨君は舐めてかかってるのね、いい度胸だわ。今日死んだ子の制服についていた血液は、妙に黒ずんでいた。まるで、首を吊る前から死んでいたみたいに……。そうよ、アレはそんな簡単に扱える代物じゃない。どうせ、みんな死ぬ。そうしたら私が、取り返すのよ――」
ゆるゆると立ちあがる、先輩。
「なあ――っ」
振り向いた彼女は、指先でオレの唇を塞いだ。冷たい夜の校舎の中、先輩の人差し指のぬくもりが皮膚を伝わる。
静止した時間。千夜先輩は、何も答えてくれなかった。
***
「もう、帰ってこないかと思った」
家に帰るころには、すっかり遅い時間になっていた。家の前にはこよみが立っていて、顔は泣き腫らしたように充血していた。
「どうしたんだ、こよみ。帰ってこないって、そんなわけないだろ」
「時雨、あのさぁ、今日は……」
言いかけて、彼女は顔を俯かせる。煤けて黒くなったように、彼女の顔に影が落ちた。
「今日も、校舎で人が死んでた」
隠してもしょうがないと思い、オレは洗いざらいぶちまける。
「首吊りだった。この前みたいに教師連中に捕まっちまって、事情を聞かれて帰るのが、遅くなっちまったんだ。なあ……こよみ、今日首吊ってたヤツの隣……歩いてたか?」
こよみは、こくんとうなずく。
「友達から首を吊ってたって聞いて、ショックなんだ。放課後にその子を昇降口で見かけて、その……あまりにも様子がおかしかったから、話しかけたんだけど……」
保健室を出たあと、オレと先輩は再び情報収集を開始した。あの時間でも部活動をしていた生徒はちらほら残っていたようで、昇降口から階段に向かうこよみと自殺した生徒の姿は、何人かに目撃されていた。
「あの子口から血を流してて、制服にまでたれてたんだ。ここ数日は学校にも来てなかったから、変だなって思ったの。目の焦点も合ってなくて、話しかけてもずっと黙ったままだったし。だれか呼びに行こうと思ったら、見失ってしまったの。そうしたら、あんなことになってたなんて――」
今のこよみは明らかに、様子がおかしい。オレは自分の心にわき起こる黒い感情を、必死におさえつけた。
「ソイツは、どこで見失ったんだ?」
「時雨……。どうして、そんなこと聞くの?」
「あ、いやさ、こよみとソイツが一緒に歩いてるの、見てるヤツらがいたんだって。もしかしたら教師連中から明日、事情聞かれるかもしれないからさ」
「見失ったのは、二階だよ。そのあと、女バスの部長にあって……すぐに火災報知器がなって、校内の明かりも落ちちゃったから、怖くなって一緒に帰ったんだ」
ほっと胸をなで下ろす。そう、明かりが落ちたときに目撃者がいるなら、こよみは犯人じゃないはずだ。
「腹が減ったぞ、こよみ」
努めて、平静に振る舞う。こよみはオレの幼なじみで、家族とおなじだ。自分が信じてやらなくて、だれがコイツを守ってやれるんだ。
オレがこよみの背中をバシバシたたくと、彼女は安心したように微笑んだ。
「ごはんはテーブルの上にラップしておいてあるよ。よかった、いつもの時雨で……」
こよみと一緒に、玄関をくぐる。ふと振り返り空を見あげると、夜は一段と暗くなっていた。その闇はオレの心を覆う千夜先輩の影に、少し似ていると思った。
***
翌日、こよみにおこされた後に学校に向かう。ふだんどおりに乱暴におこされ、無理やり朝ごはんを口に詰められた。いつもと変わらない朝が、いつもと変わらない日常としてぐるぐると回っている。昨日の夜一瞬だけ覗かせたこよみの不安は、消え去っていた。
こよみは午前中職員室へ連行されたが、女バス部長の証言により無罪放免となった。
二週連続で校内で自殺がつづき、悪質な悪戯までおきている。学校側はだれか犯人がいるのかよりも、どうやったらもみ消せるか……そんなことに腐心しているように思えた。
「きのこたけのこすーぎのこー♪」
廊下の窓から差しこむ光が、彼女の笑顔を照らしていた。
「おいよせこよみ、その村の場所を知ると消されるらしいぞ」
「いまの若い子、知らないらしいんだよ……、寂しいよね」
「キンモクセイの匂いを嗅いで、トイレを連想しない連中の話なんてどうでもいい」
「人との関わりあいは重要だよ、ちゃんと世代を跨いで、付きあいを広げなきゃ」
こよみはオレの眼前に人差し指をつき立てると、催眠術をかけるようにくるりと回した。
「時雨の今年度の目標、リア充ー♪」
「何だそれ? 罰ゲームか何かか? 今期の深夜アニメは久しぶりに豊作なんだ、ブルーレイもどれを買うか迷うくらいだ」
「いや、だからっ、それが充実してないって言ってるんだよっ」
「お気に入りアニメのキャラソンを依存症になるくらいリピートしたり、ちゃんと充実した高校生活を送っているぞ」
「だれも時雨の耳の嫁の話なんか聞いてないし、そもそも三ヵ月ごとに替わるのはお嫁さんじゃないよ。ちゃんと婚姻届市役所に出してあげなよ、内縁の妻だなんてかわいそうだよ」
「違うんだ、法律上結婚できる年齢の子を、好きになれないんだ」
「あーはいはい、滅ぶがいいよロリコン」
「いずれロリコンが滅びようとも、ロリコンの刻んできた歴史は消せぬっ!!」
「うるさいよ、ヘンタイ」
下らないやりとりを続けながら、ふやけたような昼休みの廊下を進んでいた。するとこよみは何かに気づいたように立ち止まり、ドンッ、とオレの腕に肘をぶつける。
「痛ってーな、ちゃんと真っすぐ歩けよこよみ」
「違う違うっ!! 教えてあげたんだよ、私は」
くんと顎を前に突き出し、オレの視線を誘導する。こよみの視線の先には女子生徒にかこまれたあの人がいた。
「―っ♪」
こちらの存在に気づいたのか、千夜先輩は軽く手を振る。かたわらに佇む友人たちに会釈して別れると、そのまま小走りでオレたちのほうへと駆けてきた。
昨夜の冷たさは失せ、明るくて優しい社交的な彼女。つまり、生徒会長さんと呼ばれているほうの、千夜先輩だった。全く上級生だと言うのに、腰の低い人だ。
「お久しぶりです、時雨君。それと……よみよみ」
「久しぶりーっ!! 生徒会長さん、無事に任期終わって良かったねっ!!」
「もうほんと、在職中は心細くて死んじゃうかと思ったよ〜。体育祭のときによみよみの前で泣いちゃったの、覚えてる?」
「ああ、うんうん、あのときはひどかったよねー。正直生徒会なんか辞めちゃえばいいのにってね、思ったよ」
「でも、よみよみも今部活……大変でしょ?」
「あはは……自分たち――だけ、でも――。何とかするよ……一年生もいるし……」
「大丈夫だから、私がちゃんと存続させておいてあげるからっ。ああ――もうっ、不安な顔のよみよみかわいい〜〜〜〜っ!!」
ぎゅうぅぅぅぅと、こよみを抱きしめる生徒会長。
――はぁああああっ!?
疑問は確信に変わっていた。コイツはやっぱり、千夜先輩ではないっ!!
彼女たちのやりとりをぽかーんと眺めていたオレだが、徐々に整合性の取れない彼女の存在というものにイラつき始める。
オレはなぜこんなにも女子同士がいちゃいちゃとくっついている、ご褒美イベントに対してムカツクのだろうか? それはきっと、千夜先輩というクールでミステリアスな存在が目の前で破壊されたからに他ならない。そんなオレの疑念を知ってか知らずか、生徒会長はこよみを抱きしめ、その腕を艶かしくはわせた。
「よみよみ柔らか〜い♪」
スカート越しにこよみのお尻を触り始める、生徒会長。この人本当、何なんだろうか……。
「きゃっ――!? ちょ……ドコ触ってるんですか、セクハラですよそれっ!?」
同性だということをいいことに、生徒会長の手はわりとガチな動きになりつつあった。ああ、前にこよみが言っていた、男嫌いとはつまり、女好きって意味だったのか。
「ひゃ、ひゃぁぁぁぁぁ―ッッッ!?」
耳まで顔をまっ赤に染めたこよみが、ふだんとは違う、少し甘い香りの悲鳴をあげる。いや……これは……。いいぞ生徒会長っ、もっとやれっ!! すばらしいぞこの展開。
「――あ」
「え――?」
二人同時にオレの視線に気がつき、行動を停止する。
「――こほん」
わざとらしい咳払い。
「わ、わかった――時雨? 生徒会長さんって、こういう人なの」
制服を整えながら、何事もなかったようにふる舞うこよみ。そうか千夜先輩はそうだよな、結構付き合いも長くなってきたから良くわか――。
――って!!
「オマエ、だれだ―っ!! 勝手に千夜先輩の名前を騙りやがって」
びしっと生徒会長を指差し、威嚇する。しかし彼女は一歩も譲らず、丁寧に頭を下げた。
「いつもお世話になっております、時雨君。私は前期まで当校の生徒会長をつとめさせていただきました、鷹白千夜と申します」
生徒会長が言い終わるのと、こよみの平手がオレの後頭部に叩きつけられたのは、ほぼ同時だった。
「何を言わすんだよっ!! 失礼だよ時雨っ!!」
「痛ってー。んだよこよみが会ったことあるか、確認しておけって言ったんじゃないか」
「んーっと、以前お会いしたことがあるか――ですか? ふふ、それはちょっと、ココで説明すると誤解されちゃいそうですねっ」
その言葉と同時に、こよみはオレと生徒会長の顔を交互に眺めた。なんというか目が据わっていて、なぶるような痛い視線だった。
「きっと、時雨君自身が私と会ったことを、覚えていないでしょうから。私を迎えにきてくれた白馬の王子様――。時雨君は私にとって、そういう人なんです。ふふ、顔がまっ赤ですよ……し・ぐ・れ・君♪」
「え? 何? どーいう意味っ?」
こよみはオレと、頰を赤らめる彼女の顔とを交互に見つめる。
「……ふ……ふーん……そっ、そういう……関係……だったんだ…………」
こよみはじっとオレの顔を覗きこんだ後、目を伏せる。たじろぎながら、こよみは少しだけオレと先輩に対して距離を空ける。
「いいよ、私は時雨の幼なじみだし――。わ、私に気を遣って知らないなんて言わなくったってさ――」
明後日の方向を向きながら、人差し指で自分のもみあげをぐるぐると巻き取るこよみ。
「いいよ、本当に――。私に気を遣わなくて―」
空気の変化を敏感に察知したのか生徒会長は明るく微笑み、こよみの頰を両手で持ちあげる。そのままぽんぽんとこよみの両肩をたたくと、今度はオレへと視線を移す。彼女はオレにくっつきそうなほど顔を近づけると、つんと胸を突いた。
「ふふ、お二人の関係に水を差しちゃいましたね。お邪魔虫は退散しちゃいます。それじゃあ――」
軽やかに手を振り、生徒会長はくるりとターンする。遠心力で引っ張られた黒髪が優雅に宙を舞い、さわやかに光を反射させた。遠ざかる生徒会長、廊下のすみで待っていた一団に合流すると、彼女は楽しそうに階段の向こうへと消えていった。
その仕草すべてが、喉につかえた骨のようだった。
「なあ、こよみ。生徒会長ってさ……。友達、たくさんいるよな?」
その疑問を投げかけたとき、こよみは不思議そうな表情を浮かべた。
「男子からは、そう見えるんだね……」
こよみの口から漏れる、意味深な言葉。
「あれは友達なんかじゃないよ。そうだね御付きの人、そんな感じ。女王様……ああいう八方美人は、とても孤独なものだよ。私もきっと、女バスの二年グループの一人くらいにしか、思われてないんじゃないかな?」
オレは窓の外を泳ぐ新緑の葉を眺めながら、こよみの話を聞いていた。木々を覆う緑色の葉は一枚だけ、赤色だった。