ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編
第九回 6月22日(水)
竜騎士07 Illustration/ともひ
ゼロ年代の金字塔『ひぐらしのなく頃に』の小説が、驚愕のオールカラーイラストでついに星海社文庫化! ここに日本文学の“新たな名作”が誕生する!「鬼隠し編 (上)」を『最前線』にて全文公開!
6月22日(水)
倦怠感と頭痛。目覚めは…とても悪かった。
「どうしたの。圭一。……今朝は顔色悪いわよ? 昨夜は何時に寝たの?」
お袋が俺の冴えない様子に気付いたようだった。
…昨夜、……俺は深夜に何度も目を覚ました。
それは間違いなく、気配だった。…俺の部屋の扉の前に立つ、誰かの気配。
気のせいに違いないと何度も自分に言い聞かせ、寝付こうと足搔く。
だが………それにも耐え切れなくなり、勇気を振り絞って…扉を開くのだ。……もちろん、誰もいるわけはない。
三度は繰り返したと思う。…あるいは覚えていないだけで、もっとなのか…。
こうして何事もなく、朝の食卓に着けることに安堵を覚えずにはいられなかった。
「風邪かもしれない。……なんだか食欲ないんだ。」
「…あら。…ちょっと熱あるんじゃない…? どうする? 学校、行ける?」
学校って言っても、ほとんど自習状態なのだ。……今日一日休んだって問題はないんじゃないだろうか…。
ひょっとすると…ここ何日か気分が優れないのは本当に風邪のせいなのだろうか。薬でも飲んで、一日よく休めば、明日にはみんなに笑顔で挨拶できるかもしれない…。
ピンポーン…!
びくっとして玄関と時計を交互に見た。…いつものレナとの待ち合わせの時間から十分以上が過ぎている。………レナが迎えに来たのだろう。
「きっとレナちゃんね。……どうするの? 学校行くなら早く準備しないと。」
……レナはいいヤツだ。かなりズレたところはあるが可愛いヤツだと思う。弁当だってうまいし、面倒見もいいし。……それを、何で俺はこんなにも怖がらなくちゃならないんだろう……? レナは悪くない。悪いのはきっと俺の方なんだ…。
きっと風邪のせいなんだ。…きっと。
だから、早く治さなきゃいけない。…風邪が治れば、レナにだってきっと元気に挨拶ができるのだ……。
「休む。…ごめん。」
「そう。じゃあ、母さんが断ってきてあげるわね。」
お袋は玄関に出て行った。…俺の部屋に戻るためには玄関に行かなくてはならない。
レナに合わせる顔がなく…俺はソファーの上の毛布に包まると目を閉じる。
寝不足のせいもあって、俺はすぐに深い眠りに落ちて行った……。
診療所へ
軽く横になったつもりだったが、目を覚ますともうお昼前だった。
呼んでみたが両親の気配はなく、食卓の上に昼食の準備とメモがあるのを見付けた。
親父とお袋は車で遠くまで出かけたらしい。親父の仕事の関係だろう。たまにあることで、そう珍しいことではない。
夕食までには帰るが少し遅くなるかもしれない。たんすに保険証があるから、それで病院へ行きなさい。…そう書かれていた。
メモには丁寧に病院までの地図も描かれていた。…そう。俺は行った事がないから場所もよく知らないのだ。
昼食、と言っても朝の残り物だが…、それを軽くつまむと、一応、病院へ行くことにした。
本来なら絶対にこんなところにいるはずもない、平日の日中。…ただ歩いているだけでもやましさを感じる、変な気分だった。
お袋の地図に従い、いつもは行かない道に入り、しばらく歩くと病院の看板が見えてきた。看板には「入江診療所」とあり、何もかもが煤けている雛見沢の看板にしては割と綺麗に書かれていた。
やがて見えてくる診療所は決して大きいものではなかったが、雛見沢の規模を思えば立派過ぎるくらいだった。駐車場もしっかりあり、バス専用のスペースまである。…儲かっているのかもしれない。
待合室には数人のお年寄りがテレビを見ながら自分の順番を待っていた。
窓口に保険証を出すと、冷房の利いた涼やかな待合室で、自分の番が来るのをぼーっと待つ…。
「前原さん。診察室へどうぞ。」
やたらとおしゃべりな先生の問診に適当に答えると、定番の「風邪ですね」という言葉を返してくれた。
注射をしてお薬は三日分。…ちょっと大袈裟かなとは思ったが、昨日までの陰鬱さがこれで払拭できるなら安いものだった。
会計を済ませ、お手洗いに行ってから帰ろうとした時、いかにも常連っぽいお年寄りの会話が耳に入ってきた。もちろん気に留めるつもりはなかった。……その言葉さえなければ。
「………やっぱり鬼隠しかいね。」
「どうかね。まだまだ若い子だきゃあ。駆け落ちかも知らんね。」
「どこの誰とよ。」
「季節の度に東京モンが来ちょったろ。でっけえカメラ持った若者が。あれと仲が良きゃったって話、知らんかいね?」
……富竹さんのこと!? 自分の耳がピンと立つのがわかった。
「そら知らんけど…。でも…普通、駆け落ちっても仁義あるだろ。書き置きとか、辞表とか書かんかいね。」
「すったらん書かんから駆け落ち言うんね。」
「…若きゃあ看護婦さんの顔、見られんようなるんは寂しいんねぇ…。」
「鷹野さんはしっかり者よ。…どこへ行ってもやっていけるん。」
鷹野さんって言うのか? ……あの、富竹さんの連れの女性は。そして…この診療所に勤めていたのか…!?
またしてもオヤシロさまの影は、俺につながる。
しばらく耳を傾けていたが、話題が釣りの話になり戻ってくる様子がなかったので、諦めて帰ることにした。
こうして、学校という日常を離れている時ですら、俺はオヤシロさまの影を抜けることはできないのだ。
…当然か。だってオヤシロさまは守り神さまなんだからな。…ここ、雛見沢の。
雛見沢にいる限り、逃れられはしないのだ…。
お昼をご一緒にいかがです?
表を歩いたせいか、さっきまでなかった食欲が急に戻ってきた。
診察代のお釣りで菓子パンでも買って帰ろう。そう思い、知っている道を曲がった。
その時、突然、後ろからクラクションを鳴らされる。
…俺、車の邪魔になるくらいど真ん中を歩いているか? もう少し路肩に寄るが、それでもクラクションを鳴らされたので、むっとして振り返った。
「前原さ〜ん。こんにちは。」
大石さんだった。エアコンをガンガンに利かせた車から身を乗り出して、大きく手を振っている。
「こんな時間にどうしたんです? 学校はお休みですか?」
「ちょ、ちょっと体調悪かったんで、今日は休みました。…お昼を買って帰ろうとしてたところです。」
「それは良かった。実は私、お昼に行こうとしてたんですよ。よかったらご一緒にいかがです? ……あぁ、お体に障る様でしたら構いませんよ。」
どうせ帰ったって横になるだけだ。…それに本当は風邪じゃない。
「地元の食堂だと人目もあって嫌でしょう。興宮まで行きましょう。ちょっと走りますがよろしいですかな? 私、おいしいお店知ってるんですよ?」
大石さんの遠回しな言い方が何となくわかってきた頃だった。…大石さんは多分俺に、雛見沢ではしにくい話をしようとしているのだろう。
……本当は風邪じゃない。さっき診療所でもらった薬をいくら頰張ろうとも、頭の中に立ち込める黒い霧を払うことはできないだろう。…でも、……大石さんと話すことで、その霧を少しは晴らせるかもしれない。…そう思った。ひょっとすると、さらに霧が立ち込めることになるかもしれないとも思いながら…。
大石さんの言うところの、ガンガンに冷やした車に乗り込む。外の日差しが噓のように涼しかった。
俺が助手席でシートベルトを締めたのを確認すると、車はすっと走り出した。
「昨夜は遅くまですみませんでしたね。ご家族に怒られませんでしたか?」
「いえ…。」
扉のたった一枚向こうで、ずっとその電話を聞いていたレナを、思い出す。…こうして陽光の降り注ぐ日中であっても…気味が悪かった。
町へ続く砂利道が、ガクンと大きく揺れてから舗装道路になる。
はっと思い出し、後方へ振り返る。………そう。砂利道が舗装道路に変わる境目。富竹さんが亡くなった場所だった。
「…富竹さんの捜査は暗礁に乗り上げています。」
大石さんは俺の様子を横目に見ながら口を開いた。
「自分の爪で喉を搔き破るという異常さから、幻覚作用のある何らかの薬物によるものだと信じているのですが。……こういう症状をそれも急激に引き起こす薬物は、なかなかないらしいんです。もちろん、検死解剖もそれを念頭において充分に行なったのですが…手掛かりはやはりありませんでした。」
「あの、…漫画なんかによくあるじゃないですか。体内に取り込まれると分解したりして、証拠が何も残らないなんて、そんな薬…。」
「ありますよ。塩化サクシ……なんでしたっけ…。まぁ、えぇ結構あります。でもですね、富竹さんのような症状を引き起こす薬物にはそういうものはないそうなんですよ。」
「………じゃあ…警察は富竹さんは祟りで死んだって、そう言うんですか!?」
警察の不甲斐なさに憤慨したのではなかった。…富竹さんの怪死から、一刻も早く祟りという要素を払拭したかっただけだ。
「悔しいですが今のところは。ですが、死因はともかく、死ぬ前に何人かの人間に囲まれて暴行を受けたことだけは間違いありません。……祟りでなく、人間が事件に関わっているのは疑いようがありませんよ。」
ちょっとだけ…ほっとする。
やがて寂れた、それでも雛見沢よりは賑わった駅前に出た。レストランの駐車場に入り、大石さんの後に続いて店に入る。
賑わっているが、この時間にいるのは大人の人ばかりだ。平日の日中に子供がいるわけがない。
「二名です。タバコは我慢します。」
「こちらへどうぞ。ご注文がお決まりになりましたらお呼び下さい。」
目のやり場に困る風変わりな格好のウェイトレスさんに案内され、大石さんとボックス席に座った。
「どうです? このお店のウェイトレスさんの格好、可愛らしいと思いません?」
「え? まぁ…その…どうでしょうねぇ??」
「このお店ね、いっつも大人気なんですよ。お料理よりもウェイトレスさんがねぇ〜。」
「はぁ。……大石さん、目がやらしいですよ。」
「んん? そうですか? んふふふふふふ…!」
他愛のない話をしながら定番のランチセットを突く。…ウェイトレスさんの格好がどうとかはともかく、まぁ美味しかった方だろうか。
最後に大石さんの頼んだ食後のコーヒーが到着すると、大石さんは本題を切り出してくれた。…そして、それが俺の一番望んでいたことでもある。
「昨日、雛見沢の昔話が出ましたよね?」
「えぇ。人食い鬼の里だって言われてた、って話でしたっけ。」
「私もあんまり詳しい方じゃないので、うちの婆さまに今朝、ちょっと聞いてみたんです。」
大石さんは胸ポケットから畳んだメモを取り出した。
「何でもですね、大昔は雛見沢は『鬼ヶ淵村』って呼ばれてたんだそうです。」
「鬼ヶ淵村…。…今とは全然違う名前だったんですね…。」
「今でもその名前、残ってるんですよ。…神主の妻が入水自殺した沼の名前は今でも鬼ヶ淵と言うんです。……沼の底の底は鬼たちの住む国とつながってると言われてたんだそうです。」
もちろん、こんな薄気味悪い沼のことは誰も教えてくれなかったから、それは初耳だった。
「でですね。鬼ヶ淵村は恐れられていたと同時に崇められてもいたんだそうです。」
恐れ敬う。…一種の神聖視だったのだろうか。人でないものたちの住まう、村。
「鬼たちはある種の仙人でもあったらしいんですよ。例えば…不治の病にかかった村人を鬼ヶ淵に運んで、治してもらったりとかしたんだそうです。」
「鬼って言っても……天狗とかみたいな、仙人みたいなイメージですね。そんなに悪い人たちじゃないんでしょうか。」
「でもそこはやっぱり人食い鬼らしいんです。婆さまに聞いた昔話ではですね、息子を治療してやった代償として、連れて来た母親を食わせろ! と、こうなるらしいんですよ。」
「…息子を治療してもらった対価が…自分ですか!? …それは怖いな。」
「もちろん母親は息子を連れて逃げます。これをですね、鬼ヶ淵村に住む村人、つまり鬼たちがですね、全員で追いかけて取り囲んで捕まえたんだそうです。」
村人総出で、か。……それは想像するとかなり恐ろしい光景だ。
「結局、母親も息子も捕まって、食べられちゃったんだそうです。おしまい。」
「その話、矛盾がありますよ。…当事者の二人が食べられちゃったんですから、その話が残るはずがありません。」
「ありゃ? …なはははは! 昔話はこういうの多いですよねぇ。」
大石さんは凄惨な昔話とは正反対にからからと笑いながらコーヒーをすすった。
「でもですね。…他の昔話にも結構あるらしいんですよ。鬼ヶ淵村の鬼たちが総出で獲物を捕まえに来る、というのは。」
ダム工事に抵抗したとき、村人が総出で一丸となって戦った、という魅音の言葉がふと蘇った。……その総出という部分にささやかな重なりを覚える。
「鬼たちの獲物は常に一人で、しかも前もって決められているらしいんです。」
「…決められている?」
聞き流せない部分だった。…大石さんも同じらしく、意味深な表情を浮かべている。
「婆さまが言うにはですね、『鬼の狩り』の時には絶対に邪魔をしてはいけない。家に閉じこもって布団を被ってろ、って言うんです。」
「…つまりどういうことですか?」
「獲物の人を助けたり、かくまったりしてはいけないんだそうです。鬼の狩りを邪魔しない限り、村人には危害を加えない。そういうルールなんだそうです。」
「つまり、被害者を助けるな。凶行を見て見ぬふりをしろ、…というわけですか。……ルールを破ったらどうなるんです?」
「さぁ…。…なにしろ人食い鬼ですからねぇ。」
気になる部分の多い話だった。……話の内容は大石さんの言う、犯人は村ぐるみ説と一部重なるからだ。
犯人が村まるごとでなかったにせよ、数人の犯人の「狩り」を村人たちが「布団を被って見殺しにした」ことは充分に考えられる……? 口にしていて恐ろしかった。
「…じゃあ大石さんは…やっぱり村ぐるみ、もしくは村人数人の犯行だと見てるんですね…?」
「前原さんはどう思います? …あ〜、すみません。コーヒーのお代りいいですか。」
聞いているのはこっちだ。……あるいは…互いに口にしたくない最後の一言を相手に転嫁し合っているだけなのか……。
ウェイトレスさんがお代りのコーヒーを注ぐ間、互いに口を開くことはなかった。
「………去年、悟史くんが失踪した頃から私は不審に感じていたんです。」
大石さんはコーヒーカップの中のミルクの渦を見ながら呟いた。
「それで悟史くんのお友達、…つまり、前原さんのお友達グループの皆さんを、ちょっぴりだけ。…本当にちょっぴりだけですよ? 調べさせてもらったんです。」
以前、俺は仲間を疑うようなことを言った大石さんに逆上した。……だが、今度の俺はそうはならなかった。
「とてもつまらない話になります。…前原さんがつまらない、と感じたらいつでもおっしゃって下さい。終わりにしますので。」
大石さんはこれまで見せた表情の中で一番真剣になった。……俺に、覚悟を決めて聞け、と言っているのだ。
大石さんに聞かされて後悔した話はいくつもある。…だが、そのいずれの話でもここまで脅したものはない…。
心の中のもう一人の自分が警鐘を鳴らす…! よせ圭一。これが多分、最後の……!
その声を、大きく息を吸いこんで黙らせる。………俺は真実から…逃げない。
「……お願いします。」
短くそれだけを告げた。……大石さんはしばらく沈黙し、俺の両目をじっと見、覚悟の程を確認してから切り出した。
「一年目の事件の被害者は現場の監督さんだったんですが、事件の数週間前に園崎魅音さんと取っ組み合いをしてるんですよ。何度か。」
…魅音が過激な抵抗をした、という話は以前、大石さんに聞いている。…まぁあの魅音がヒートアップしたなら、想像に難くはない。
「二年目の事件で推進派の夫婦が事故に遭いましたよね。現場にはお嬢さんも一緒にいたんです。…それが北条沙都子さんなんです。」
「え!? 沙都子って、……沙都子!?!?」
大石さんは目配せで、声が大きいとたしなめる。…俺も気付き、トーンを下げる。
「三年目には神主夫婦が亡くなられますよね。そのお嬢さんが古手梨花さんです。」
「……梨花ちゃん…がッ!?!?」
「四年目に亡くなった主婦は、もうわかりますね。北条沙都子さんの義理の叔母です。……当時は沙都子さんはご両親を事故で失っていましたので、預けられていたのです。被害者宅に。」
唇が乾いていくのがわかる……。俺は…だらしなく開けられた口を閉じる事も忘れていた。
異常な事件だとは思いながらも…ほんの少しだけ、距離の開いた出来事だと思っていた。……それがぱちんぱちんと音を立てながら…俺の足元の周りに組み合わさっていく…。
「ちなみに…四年目に失踪した北条悟史さんは、沙都子さんの実の兄になります。」
「え………その………あ、……ちょっと……待ってください………。」
やっとそれだけを言うのが精一杯だった。……コップのお冷を一気に飲み干し、おしぼりで改めて顔をごしごしと拭く…。冷静になれ前原圭一……!
だが大石さんは残酷だった。…俺の気持ちの整理がつくのを見届けることなく、それを告げた。一番…聞いてはいけない事を…。
「被害者たちはなぜか、あなたのお友達グループに全てつながるのです。」
「……偶然に決まってるじゃないですかッ!!」
「前原さん、静かに静かに…。みんな見てますよ…。」
「魅音が…? 沙都子が!? 梨花ちゃんが!? つながるから何だってんだ!? 俺の仲間たちが、グループが丸ごと…だって!?!? そんなはずは…そんなはずは…。…そうだ、レナは違うじゃないか! レナは今のところどの被害者とも縁がないですよ!?」
「竜宮レナさんは昨年まで茨城の郊外にお住まいでした。まぁ確かに、いずれの被害者とも直接の面識はありませんが…。」
煮え切らない言い方だ。…何か関係があると言うのか…!?
「実は調べてみたら、竜宮さんは引っ越しの少し前に、学校で謹慎処分を受けているんですよ。何でも、学校中のガラスを割って回ったんだとか。」
「レ、レナが!? 学校中のガラスを割った!?!?」
あの…ぽやーっとした…レナが…!? とても想像はつかなかった。
…いや、……でも、……あの、…冷酷な鷹の目をした、あのレナなら、…そんなことをやってのけるのか………。
「三日間の謹慎が明けた後も復学しなかったようです。その間に神経科に通院し、自律神経失調症と診断され、何週間かの間、投薬と医師によるカウンセリングを受けています。」
ノイローゼみたいなものだろうか。…そういうのは几帳面な人や神経質な人がかかると聞いたことがある。……それはいずれも能天気なレナのそれとは一致しないはず…。
「…でですね、そのカウンセリングをした医師のカルテにレナさんの会話内容が記載されているんですがね……。その中に、出てくるんですよ。結構。」
「何がです…?」
俺は無防備にその先を促した。……これ以上、もう後悔することなどあるものか…。
「出てくるんですよ。『オヤシロさま』って単語が。」
背筋を、冷え切った誰かの手に撫でられたような気がした…。……どうして…雛見沢に来る前のレナが…オヤシロさまなんて言うんだ…!?
「オヤシロさまって言う、幽霊みたいなものがですね、夜な夜な自宅にやってくるって言うんですよ。枕元に立って自分を見下ろすんだ、って。」
……思考が凍り付いてしまう。……何を言われてるんだか…さっぱりわからない…。
「その後、しばらくして雛見沢に引っ越されたんです。…………あぁ、そうそう。レナさんはよそ者なんかじゃないですよ。」
「え?」
「住民票でわかったんですが、竜宮一家は元は雛見沢の住人です。レナさんがちょうど小学校に上がるときに茨城へ引っ越されたんです。」
頭の中が真っ白な星でいっぱいになる…。…それは深夜の、放送を終了したテレビの砂嵐によく似た感じだった……。耳もキーンとしてよくわからなくなる…。
「…前原さん、大丈夫ですか? もう終わりにしましょうか?」
その一言にはっとする。……まだ、ここで終わりにしてはいけない…!
「…レナのことはわかりました…。じゃあその……最後の被害者の富竹さんはどうなんですか? …誰と接点があるんですか…?」
焦燥しきった俺の、最後の反撃だった。だが、それに対するこれ以上ない回答は、聞く前からわかっていたことだ…。
「全員ですよ。お忘れですか前原さん。みんなで楽しくお祭りの晩を過ごしたじゃないですか。何人もの警官が皆さんの楽しそうな様子を見ていますよ。」
…もう今更何も言い返せなかった…。……俺は頭を垂れ、沈黙する…。
「そろそろ出ましょうか。あ、前原さん、お昼の薬は飲みましたか?」
大石さんに言われるまで、今日自分が病院へ行き薬をもらったことも忘れていた…。お冷をもう一杯もらい、一気に流しこんだ後、店を出る。
車に乗り込み、再び雛見沢への悪路を戻った。
…自転車ではあまり気にならなかったが、車だとこんなにも揺れるのだろうか…? …まるで、道路たちが何かを伝えようと死に物狂いに猛っているように感じられた。
がくん! ……その大きな揺れは、舗装道路から砂利道に変わる時の段差だ。
富竹さんの声なき叫びを、俺は確かに聞いた…。
俺は一言もしゃべらず、ただ車の揺れに身を任せてるだけだった…。
「おうちの前まで送りましょう。…今日は病気でお休みだったんですよね? 長々とお話してしまって申し訳ありませんでした。」
「……なんで俺に話すんですか?」
ぼそりと言い返した。…本当に、ぼそりと。返事なんか期待しなかった。
「私、一応、確認しましたよね? お話やめましょうか、って。」
「じゃなくて! ……どうして俺に接触してきたんですか。」
…大石さんが一連の怪しい事件の関連性を調べていることはよくわかった。だけど、…なんでそれを俺に話してくれたんだ…?
俺は何も知らないし役にも立てない。大石さんの話はどれも初めて聞く話ばかり。……第一、引っ越してきたばかりの俺に…何がわかるってんだ。
もし……大石さんが俺に接触する理由があるとすれば…。……俺が、大石さんが怪しいと目する、魅音たちの仲間の一人だからだ。
「……私ね、今年で定年なんです。定年したら婆さまの意向で、引っ越しちゃう予定なんですよ。…だからこそ在職中に、この事件だけははっきりさせておきたかったんです。」
「…………で、……大石さんは疑ってるんですよね。みんなを。」
大石さんは特に返事をしなかった。今更、とは思ったが、大石さんなりの良心だったのかもしれない。
「これは…この道、三十年の勘です。……前原さん。危ないのはあなたなんですよ。」
「…え?」
そんなバカな、と反論しようと思ったが、すっかり意気消沈した俺にそんな気力はなかった。
「私は今年で定年ですから、来年の綿流しの日にはもういません。…だから今年中に決着をつけたいのです。」
それは暗に、来年の綿流しの日に自分はいないから、誰が犠牲者に選ばれようとも守ることができない。……そしてそれは俺なのだと脅しているようにも聞こえた。
「署長からも注意を受けています。…一連の事件は個々に解決しているから蒸し返すな、というのです。……これは一種の圧力です。」
「圧力って…何のですか。」
「雛見沢の誰かですよ。………着きました。この辺でいいですか?」
何時の間にか車は自宅へ続く坂道の前に来ていた。時計は二時。…食事に行ってからまだこれしか時間が経っていないことに驚いた。ただ話をしただけなのに、その疲労感からもう夕方くらいだと思っていたのに…。
車の外は暑かった。セミの喧騒も耳に痛い。
「今日の話は全て忘れてくださっても結構です。…ですが私は捜査を続けますよ。オヤシロさまの祟りは今年で終わらせます。」
「……何かあったら連絡しろってことですか?」
「いいんですよ。……前原さんが『どうしても』連絡したくなった時だけでいいんです。」
大石さんの遠回しの言い方を理解できるほど、今の俺は冷静ではなかった。…近い内に、俺が「どうしても」連絡したくなる何かが起こる。そう言っているようにはっきり聞こえた。
「ゆっくり休んでください。…病気でお休みの時に、よくない話ばかりして申し訳ありませんでしたね。」
もう、特に相槌は打たなかった。
「私はいつでもあなたの味方です。…それだけは信じといて下さいよ。それじゃ失礼します。」
車は砂利道の上をがりがり言わせてUターンすると、砂塵の中に消えて行った。
それは、鮫の潜む海に浮き輪ひとつで俺を放り出し、ブイの向こうに消えて行くボートのようにも見えた。………俺は初めて、大石さんを卑怯な人だと思った。
次の被害者にそれを教えた上で、何かあったら自分を呼べと言う。…こんなのは警察の捜査じゃない。こんなの、ただの魚釣りと同じだ。……俺はただの撒き餌に過ぎないのだ。
釣れる魚は犯人なのか。それとも本当にオヤシロさまの祟りなのか。……どちらにせよ、俺という餌は魚のお腹の中だ…。
「……畜生……俺、…死にたくないよ…。」
しばらくの間、大石さんの車のエアコンが作った水溜りを見ていることしかできなかった……。
レナと魅音のお見舞い
横になってどのくらいたっただろう。外は暗くなりかけていた。
帰宅してから、ますます頭の中がぐちゃぐちゃになり、俺は二階の自分の部屋でぼーっと横になっていた。
体は汗でぐっしょりだった。……シャワーでも浴びれば、汗と一緒にこの嫌な気分は洗い流せるのだろうか。
その時、階下の電話が鳴った。多分、お袋じゃないだろうか。
お袋は結構心配性だからな。病院の診察はどうだったのかなんて聞いてくるのだろう。……ひょっとすると気付かなかっただけで、もう何度目かの電話かもしれない…。
「もしもし前原ですけど。」
「お、生きてた! もしもし! 魅音だけど。具合はどう〜?」
「ん、圭一のお友達ですか? 圭一は休んでますけど。代わりましょうか?」
「ヘ!? あ、お、お父様で?? あはははは、すす、すみません!!」
「わっははははははは!! ばかで〜! 引っ掛かってやがるよ!」
「え!? け、圭ちゃぁああぁあぁああぁん!!!」
いつものノリの応酬に、互いにしばし笑い合った。
……だが、笑い合いながら、疑ってしまう…。……みんなは…本当に事件と関係あるんだろうか…? ……ない、とそう言い切れない自分が悲しかった。
「元気そうで安心したよ。レナもすごく心配してたよ? 沙都子はざまぁないですわ! って喜んでたな。梨花ちゃんは病気でかわいそかわいそです、ってさ!」
「ちぇ、みんなで勝手に大盛り上がりしてたみたいだなぁ!」
「まぁまぁ。でさ圭ちゃん。お見舞いに行っちゃ都合悪いかな?」
「お見舞い? いいよ、そんな。重病人ってわけじゃないんだから。」
「うちの婆っちゃが山ほどおはぎを作ってさ。お裾分けに持ってけって言ってんだよ。だから持ってくね!」
「…おいおい、風邪が移っても知らねぇぞ。」
「おじさんもレナもおバカさんだから大丈夫! じゃね! すぐ行くから!」
電話は威勢良く切れた。レナも来るのか? そんな言い方だったな。
……レナに会うのはまだちょっと気になったが、魅音と一緒なら何も怖いことはないのだろうか…。
落ち着きなくそわそわしている内に、玄関のチャイムが鳴った。
「どんなカンジ? ちゃんと薬飲んで寝てた〜?」
「そりゃもうしっかりとな。」
「げ、元気そうで良かった。心配してたんだよ…。」
「悪かったな。…明日にはもう大丈夫だよ。」
全然病み上がりを気遣わない魅音と、心底から心配そうな顔をしているレナ。……その表情に裏はないように見えた。
こうして話をしていると、自分がさっきまで考え込んでいたことは全て下らないことだったんではないかとも思えてくるような気がする…。……だが、そう思うと同時に、それでもなお払拭できない感情があることも否定できなかった。
「……ちょっとお邪魔しようかと思ったけど、まだ本調子じゃないみたいだねぇ。」
「ん、そ、そうか!?」
俺の表情が陰るのを見られたようだった。
「…じゃこれ、圭一くん。…魅ぃちゃんのおばあちゃんが作ってくれたおはぎだよ。」
レナが新聞紙で包んだそれを差し出す。五つくらいは入っているのかもしれない。…ずっしりとした重さがある。家族で食べてくださいということだろうか。
「あ、サンキューな。…作ってくれた魅音のばあちゃんによろしく伝えといてくれよ。」
「うん。あ、その中にね、レナが作ったのも混じってるんだよ! 圭一くんに見つけられるかなぁ…。」
「これ、今日の部活を欠席した圭ちゃんへの宿題ね! おはぎにアルファベットがついてるから明日回答すること!」
「お、お見舞いなのか部活なのかどっちかにしろーッ!!!」
「うんうん、元気元気。これなら明日は大丈夫そうだね〜。」
「この騒ぎで熱がぶり返したらどうしてくれんだよ、まったく。」
「み、魅ぃちゃん、あんまり騒いじゃ悪いよ…。もう行こ。おうちの人にも怒られるよ。」
…二人は両親がいると思っているらしかった。うちの玄関は靴が乱雑だからな。
「そうだね、もう行こっかね。………あ、そうそう圭ちゃん。」
「なんだよ。」
「お昼、何食べた?」
ぴくっと反応し、魅音を見上げてぎょっとした。……これまでに見た事のない、…薄気味悪い顔だったからだ。魅音の顔にこんな表情が浮かぶなんて信じられなかった。その、浮かぶはずのない表情を見る恐怖を、俺はつい昨日、レナで体験してしまっている。
だから、……昨日とまったく同じあの感触が脳髄を昇ってくるのがわかる。家の外で鳴いているはずのひぐらしの合唱が歪みながら一際大きくなり、俺の中の世界を満たしてくるのがわかる…。
しかし…なぜ…俺に今日のお昼の話を聞くんだよ……!?
魅音の言葉は不気味なくらい空虚だった。…俺が何を食べたかなんて初めから興味ないような、そんな言い方だったからだ。本当に聞きたいことはそれじゃないというのが明白だった…。
「お、表で食べたよ…。」
……大石さんと一緒だったことを勘繰られているんだろうか……。とにかくはぐらかしても躊躇しても深読みされると思い…俺はなるべく早く、さりげなく返事をしたつもりだった。
だが……俺のそんな努力とは裏腹に、二人の返事には間があった。まるで、その返事をどういうつもりで言っているのか、吟味しているように見えた。
「…ふ〜ん、圭一くん、お昼は外食だったんだね。」
レナもいつの間にか瞳の輝きを変えていた。それは昨日の、レナに似ていてレナじゃないあの、恐ろしい眼差し。……それはギラギラとして、…一層、言葉に白々しさを感じさせた。………自身はすでに知っていながら、無知を装っている…そうにしか見えなかった。
「どう? おいしかった?」
「…な、なんでそんな事を聞くんだよ……。」
魅音のオクターブは変に低かった。…まるでそれは……俺が…町のレストランで食事したことを…知っているかのような……。いや……考え過ぎだ。…だって…お昼の時間には二人とも学校にいたはずなんだ。……俺の所在を知るはずはない……。
「渋いおじさまとご一緒だったみたいだけど、……誰?」
どさり。
…俺の手からおはぎの包みが滑り落ちる。自分の顔から血の気が、音を立てながら引いて行くのがわかった。
「…へぇ。圭一くん、それ誰? …ひょっとしてこの間の車の中の人かな? ………かな?」
舌の根までカラカラに乾いていく…。もはや……はったりですらない。……こいつらは……全て知っているのだ……!?
「な、………なんで………そんな事……わかるんだよ……?」
やっと、それだけを喉から搾り出すのが精一杯だった。…膝が、かくんかくんと鳴り出す…。
「………さぁてね。…おじさんにわからないことはないからね。」
…魅音は意味深ににやりと、…糸を引くように笑った。
「で、圭ちゃん、何のお話をしてたの? ずいぶんと熱くなってたみたいだけど…?」
「み、みんなの話はしてないよ…! 魅音ともレナとも関係ない…!」
「ふぅん? …聞いてもないのにレナたちの名前が出るなんて、なんだか怪しいなぁ?」
レナはねっとりとした目線で、俺の瞳のさらに奥をうかがっていた。
墓穴だ。こいつらには何も言ってはいけない…、こいつらは俺が言う前から答えを知っていて、俺が素直にそれを白状するかを測っているだけなのだ…。
「ま、何を隠れてやろうとも、おじさんには全てお見通しってこと。…それだけを忘れないでくれればいいかなぁ。」
「……………………。」
頭を縦にも横にも振ることができない。…奥歯ががちがち鳴りそうになるのを必死に押しとどめるのが精一杯だ…。
魅音は小首を優雅に傾げるような仕草をしながらも、決して俺の目をその眼差しから解放しようとはしなかった。
「…圭一くん、顔色悪いよ? もう横になった方がいいと思うな。」
「そうだね。私たちはもう帰ろ。」
二人はまるで何事もなかったかのように笑い合い、玄関を後にしようとした。その表情が、取って付けたかのようなのにあまりにいつもの彼女らの表情で恐ろしい…。
俺はさっき、おはぎの包みを落とした格好のまま、指一本動かすこともできないでいる。
二人が扉を出、…その扉が…ゆっくりと閉じていく。……俺はそれをじっと見ているしかない。…まるで、扉が閉まりきるまで動いてはいけないかのように。
その閉じかけた扉がぐいっ! と開けられ、俺の心臓がもう一度跳ね上がった。
扉の隙間から片目だけを覗かせて、再び魅音の鷹の目が俺を貫いた。
「じゃあね圭ちゃん。」
「…あ、…あぁ…。」
「………明日、学校休んじゃ〝嫌だよ〟?」
ばたん。
……扉が閉まった。二人の低い笑い声が遠ざかり、静寂が戻ってきても、俺は指一本動かすことができずにいる……。
我に返り、俺が最初にしたことは扉にカギをかけることだった。
どうして魅音たちは…俺が大石さんと話していたことを知っている…!?
どうして…!? どうやって!? いや、…そんなことはどうでもよかった。…知られた、ということだけが事実なのだ。
今にして思えば……大石さんが俺を訪ねてきたその最初から…話は全て筒抜けだったのかもしれない。……魅音の言う通り…俺には何も隠し事などできはしないのだ…!
じゃあ……魅音たちは…俺に何が言いたいんだ…?
…そんなのは決まってる。…俺に〝余計な話〟はするな、と釘を刺しているのだ。
余計な話って何だ…? 俺が大石さんとしている話はひとつしかない。……そしてそれが余計だと警告しているのだ。
大石さんが俺にしている話。……それは毎年起こるオヤシロさまの祟りは個々の事件でなく、全て関連した事件であり、……しかもそれは複数犯で雛見沢に潜伏しているかもしれない、というものだ。
いや…もっと踏み込んで言った。…魅音がレナが、沙都子が梨花ちゃんが怪しいと名指しで言ったのだ。
それに対しての警告だというなら……?
「な…、なに馬鹿なこと考えてんだよ……俺ッ!!」
ぱしーん! と大きな音が立つくらい強く、自分の頰を打った。……それで悪い夢が覚めればと思ったが…なぜか布団を叩いたような手応えしかなく…虚しいくらい痛くない。
冷静になれ前原圭一…! 俺はいつからこんなネガティブなことしか考えない男になったんだ!? 冷静になれ冷静になれ! 落ち着いてよく整理するんだ…!
魅音が、俺が大石さんと昼飯を食っていたのを知ってたのは………きっとあのお店に雛見沢の人がたまたま来ていたんだろう。それで魅音に俺が来ていたことを伝えたに違いない…。
そう思えば一番自然だ。それに…よくよく考えれば……魅音は俺がどこで昼飯を食ったかしか聞いてないぞ? …それでおいしかった? って聞いただけだ…! たまたま俺と同席したのが雛見沢の人間じゃなかったから興味を覚えられただけで……別に…他意なんかないのかもしれない…。そうだ、そうに違いない…!
今にして思えば、レナの時もそうだ。俺が大石さんに会ったことを変に濁したので、レナに質されただけなんだ。それを俺が、いつものおっとりしたレナとのギャップに面食らってしまい……驚いてしまっただけなんだ…。そう考えるのが一番自然だ…!
……頭の中がぐちゃぐちゃのスパゲッティになったような気分だ。…こうして頭をぎゅっと押さえていたなら、耳や鼻から真っ赤なミートソースがはみ出てくるかもしれない。そのミートソースは血のように真っ赤で、頭の中身をすり潰した挽き肉が混じって…。
そう思ったら、急に吐き気と頭痛を感じた。……本当にそうなったらいやだったので、俺は頭を抱えるのをやめる…。
誰が何を言っているのか、最近、全然わからない…。
みんなと一緒にいる時は楽しい。表裏なんか感じない。みんな…本当にいいヤツらだと思う…。引っ越して来て、右も左もわからない俺に本当に親切にしてくれた。
レナは本当に親切な、面倒見のいいヤツだ。変な病気さえ出さなければ本当に可愛いヤツなんだ。魅音も最高にいいヤツ。歳や性別を気にせず、ポジティブでアクティブ。あいつと一緒だと退屈しない。…退屈しないなら、賑やかな沙都子だっていいヤツだ。いろいろ生意気だが、それがあいつのコミュニケーションなんだよ。…梨花ちゃんだってそうさ。口数は少ないけど、多彩なコミュニケーションを持っていていつも楽しくさせてくれる。…そうさ、みんな仲間さ!!
…だが…富竹さんや大石さんに、知らなくてもいい雛見沢の秘密を……オヤシロさまの祟りの話を聞かされた頃から……おかしくなり始めた。
そして大石さんから…みんなが、…魅音がレナが沙都子が梨花ちゃんが怪しいと聞かされた。……そして……みんなが変わってしまった。
…そうだ。大石さんが変な話を始めてからだんだんとおかしくなり始めたんだ…! ……やっぱりあの時……変な話なんかきっぱり聞かなければよかったんだ。……それならそもそもあの綿流しの晩、富竹さんに過去の事件の話を聞いたことからいけなかったんだろう…。……俺が変な好奇心さえ出さなければ………出さなければ………。
そうだ…。だからみんなは富竹さんを*したんだ。みんながせっかく俺のために隠してくれていることを、よそ者の分際で俺なんかにしゃべったから。
じゃあ大石さんだって*されるだろう。みんながこんなにも知らないほうがいいと忠告してくれることを掘り返そうとしている。それに…俺にみんなを疑わせるようなことを吹き込んだ許せない男だ。…あんなヤツ*されて当たり前なんだ…!!!
富竹さんも大石さんも所詮はよそ者なんだ。雛見沢の人間とは相容れない存在なんだよ。そんなヤツらこそオヤシロさまの祟りにあって*されるべきなんだ!!
みんなは悪くない。…悪いのは好奇心を抑えきれなかった俺の方なんだ。みんなは悪くない。みんなは悪くない。みんなは悪くないみんなは悪くないみんなは悪くない…。
ぼーっとした…寝起きのような鈍い感覚だったが、さっきまであった嫌な悪寒は薄れていた。……もう大丈夫。…もう怖くない。…もう完全復活。ようやく俺は悪い夢から覚めたんだ………。
明日は元気に学校行こう。みんなに挨拶。部活もやろう。きっと楽しい。絶対楽しい。……俺はみんなの仲間なんだから。
「…あ、そうだ。おはぎ食べないと…。どれがレナの手作りか、当てないといけないんだよな。」
さっき二人が持ってきたお見舞いの宿題を思い出す。…しかし、部活練習がデリバリーされるなんて、うちの部ってすごいよな。
床に落ちたままになっていたおはぎの包みを拾い上げ、居間へ持って行った。
せっかくだからお茶を飲みながらの方がいいかもしれない。…お茶を飲みながら頰張る手作りおはぎ。……お。結構うまそうなシチュエーションだぞ。
新聞紙の包装を開くと、中にはこぢんまりとした、それでいてずっしりとしたこし餡のおはぎが五つ。新聞紙には左端のものから順にA、B、C…とアルファベットが書きこまれている。
さて。この中のひとつがレナの手作りだと言うが……どれだろう?
見た目はどれも大差ない。匂いも雰囲気もほとんど同じだ。……これは…手応え充分な問題だぞ!?
一番差が出るとしたら…おそらく形だろう。魅音のおばあちゃんがどんな人なのかはわからないが、レナのそれとは絶対に違うはず…!
よく見ると中にひとつだけ、とても丁寧に作ったおはぎがあった。じっと見ればすぐわかるくらいに。
「……この一個がレナのか否かが、勝負の分れ目みたいだな。」
さらに頭を落ちつけて良く考える…!
…このおはぎ、魅音は確か、おばあちゃんが山ほど作ったのでお裾分けって言ったよな。…ってことはつまり、この中の四つはその山ほどの中の四つのわけだ。
対してレナはどうか? 多分…これ一個しか作ってないだろう。だからその一個に手間を惜しまないに違いない。……つまり一番丁寧に作ってあるということ。…なら、レナの手作りおはぎはこの…Eだ!!
一瞬、それを見越した魅音のワナではないかとも思ったが、それはないだろう。…魅音が作ったならいざ知れず、レナが作ったと言ったのだからそういう引っ掛けはないはずなのだ。
「よし。お茶も準備OK。まずはディフェンディングチャンピオンの魅音のばあちゃんからだ。……どれ。」
ふむ。…悪くない。こし餡の滑らかさと充分な食べ応えの両立は侮り難し!! その後にすするお茶も引きたてている。…これは…素晴らしい仕事だぞ!
さて、レナの方はどうかな? 高級和菓子を思わせる繊細な作り。食べ盛りの俺としてはボリュームに若干の不安を感じるが…。まずは一口…。
……これは…難しいジャッジになりそうだぞ!? 使っている材料はまったく同じなのだから味に大差はない。違うのは最後の握りの部分だけなんだから、そりゃそうだ。
となると勝負は芸術点と…ボリュームが分ける事になるだろう。しっかりとした食べ応えのチャンピオンに、きめ細かな丁寧さのチャレンジャーレナ!
まだレナのは一口しか食べていない。取りあえず食べ終わってからのジャッジにすべきだろう。……ひょっとすると…何か逆転になるようなすごい仕掛けが隠されているかもしれないんだからな…!
「もぐもぐ。………………ん、」
俺の予想は的中したようだ。俺の舌が何かに触る。食べるものとは少し違うようだったので、取りあえずそれを指につまんで取り出してみた。
…………………これは。…なんだ?
それが何かを頭が理解する前に、俺は食べかけのおはぎごと、それを力いっぱい投げ付ける。壁に叩きつけられ、餡が飛び散った。そして、一心拍置いてからぼろりと剝がれて床に落ちる。
…呆然とする自分。
何やってるんだ、俺は…!? せっかくのレナの手作りに…何て事をッ!?
呆然と、凶行に及んだ俺の手を見、そして…口の中から取り出したそれが何だったのかを思い出す……。
それは初め、髪の毛かと思った。だけど、魅音より短いレナにしたって髪の長さは結構ある。あんなに短くはないはずだ。
それに、髪の毛というにはちょっと硬かった。舌の上でちょっと転がすだけの太さもあった。…ちょっと銀の輝きがあり、…一方の端には、そう、裁縫針のような、糸を通すような穴が開いていて……。
うん、そうだ…。裁縫針によく似ていた。…そっくりだった。…先端も尖っていた。かなり鋭く。…本当に裁縫針にそっくりだった。
あれ? ……さっきのあれは……〝裁縫針によく似た〟、何だったんだ……?
…………答えなんか出ない。だが、俺の中にいるもうひとりの俺にはわかったらしく、…それを奥歯をがちがちと鳴らせて教えてくれた。
…湧き上がってくる恐怖を打ち消せない…。急に鉄の味がし、舌の奥がぴりぴりと痛くなる。…出血を確かめるため、指を口の奥へ突っ込み、ぺたぺたと触ってみた。……突如こみ上げて来る嘔吐感。ひりひりする味の胃液が喉の奥を刺激する。
両の手で喉をぐっと押さえ、しばし悶え苦しむと…嘔吐感はなんとか収まった。
ようやく正常に息ができるようになると、今度は心臓が早鐘のようにばくばく言い始める。………そして、ようやくこっち側の俺も理解する。おはぎに何が混じっていたのかを。
その単語を脳裏に浮かべるより手が動く方が早かった。
どしゃッ! びたッ!! べしゃッ!!!
俺は残ったおはぎを次々と壁へ叩き付けた。飛び散った餡の描く幾何学的模様がどこか不吉なものを想像させる…。それから目を背けると、俺は廊下に飛び出し、階段をどかどかと駆け上がり自室へ、朝のままになっている布団の中へ飛び込んだ。
そして自らの肩を抱き、恐怖と悔しさと怒りと悲しみでぐちゃぐちゃになりながら吠え猛った…。
これは脅しとか脅迫とか釘を刺すとかそんな生易しいものじゃなくて……ッ!!!
雛見沢で何が起こってきたのか。何が起こっているのか。何が起ころうとしているのか。…そんなのはどれもわからないし、大事なことでもなかった。
一体、どこで禁忌に触れてしまったのか!? とにかく俺は…レナや魅音や…あるいは他にも? 敵を作ってしまっている!? そしてそいつらは…俺なんか死んでしまえと思っている!?
殺されてたまるかよ!! こんな、…わけもわからずに!!!
様々な負の感情はまるで渦巻く底無し沼のように、俺を安らかでない眠りへと引きずりこんで行った………。
自殺を誘発するクスリは?
「単刀直入に…自殺させる薬ってないんですか?」
「直接的にはない。」
大石を未だ悩ませているのは、富竹ジロウの不可解な死因だった。
自分の首を自分で搔き毟って死ぬなんて常軌を逸している。なら、そうさせるために誘導する薬物があったのではないかと疑うのは当然のことだった。
だから、それをもっともシンプルな形で鑑識課の最古参に問い掛けてみた。その返事は非常にシンプルだったが、深読みのできるものでもあった。
「遠回しですねぇ。…では間接的にはあるってことですか?」
「自殺したくなる精神状態を誘発することはできる、っちゅうことだ。」
「…難しい言い方になりましたねぇ。何ですかその、自殺したくなる精神状態ってのは。」
「例えば重度の躁鬱病患者だが、一般に鬱状態から躁状態に転じる時にもっとも自殺が多いと言われちょる。」
躁鬱病というのは鬱病とは異なる。
鬱病は鬱状態という非常にネガティブな精神状態のみを引き起こすが、躁鬱病は、このネガティブな鬱状態と交互に、非常にアクティブな躁状態を引き起こす。
「鬱状態の患者は自信を喪失し非常に悲観的だ。だが自殺もせん。自殺をする気力すらないからだ。…躁の状態もまた自殺をせん。今度は逆に、非常に自信過剰で行動的なので、自らを順風満帆と思う。だから自殺などせんのだ。」
「…面白いですねぇ。どっちの状態でも自殺をしないのに、状態が入れ替わる時に自殺するんですか。」
「鬱状態には自殺願望はあるが、自殺という大仕事を遂げる気力すらもない。だが躁状態が始まると徐々に気力が充実し、体の自由が利くようになってくる。つまり鬱状態から躁状態に移る時、一瞬、自殺願望を残したまま行動的になる危険な時期があるわけだ。」
「なぁるほど! つまり自殺する気力が回復するわけですね。」
「そういうことじゃの。だからこの時期に変な気を起こさんように、向精神薬をたっぷりと処方するわけじゃな。」
「…では富竹氏はこの躁鬱病患者だったんですかねぇ?」
「躁鬱病患者の自殺は普通の自殺だ。飛び降りとか首吊りとか。ヤクの禁断症状のような自虐行動とはまったく違うぞい!」
「富竹氏の自殺は普通じゃないですよねぇ。……ではやっぱり薬物中毒による錯乱と考えるのが自然ですか。最初に言った、自殺したくなる精神状態を起こす薬ってのを教えてください。」
「メトアンフェタミン中毒は躁鬱病に近い症状を起こすと報告されとる。覚醒剤のことだ。……それからバルビツール酸誘導体中毒にも異常行為が報告されとるがあまり一般的ではないのう。こっちは睡眠薬のことだ。」
「覚醒剤反応、出なかったんですよねぇ。…他の可能性は?」
「既知でない未知の薬物の可能性も否定できん。ソ連の暗殺機関が使う毒薬やら、中国伝来の暗殺薬などの類は既存の検査方法では検出できんと言われておる。そうでなくとも、漢方系や生薬系は検出が困難と言われちょる。わしらの業界では倫理上秘密にされとるが、一般でも簡単に入手できて致死性が高くてそれでいて容易には検出できん毒物などいくらでもあるぞい。」
「なっはっは、そりゃあ物騒な話です。」
「それらの話を抜きにすれば、あとは病気しか考えられん。バセドー病等の甲状腺異常を引き起こす病気にしばしば躁鬱病に似た症状が報告されとる。だがバセドー病は特徴的な症状が多い。仏は違うの。」
「もっと突発的に発生するものはありませんかねぇ。今回のケースと合うような、突発性で自殺したくなるようなヤツです。」
「急性器質性精神病、っちゅうのを知っとるかの? 早い話が、脳障害によって精神が異常になる状態じゃな。これは薬物中毒でも起こるが、脳の外傷や脳炎、脳卒中、脳腫瘍なんかでも起こる。」
「つまり、薬によらなくても異常な精神状態に陥る可能性があると。」
「仏は犯人に囲まれて命に危険が迫っとったんじゃろ? 極度の緊張が続いて、それに分泌異常が重なって、さらに打ち所が悪くて脳に障害が起こり自虐行動に走った…可能性もあるかもしれんの。」
「……………もうちょっと省略して言ってくれませんかねぇ…。」
「かっかっか! つまり、乱闘中に豆腐の角に頭ぶつけて、それで異常になったんじゃないかと言っとるんだ。」
「なっはっはっはっはっはっは!!! じゃあホシには殺意はなかったってことですかねぇ。ちょいと小銭を巻き上げようと殴ったら、たまたま殴り所が悪かったと!」
二人はげらげらと下品に笑い合う。…そんなことはありえないと充分わかった上でだが。
「………なんてわけはありませんねぇ。」
「こほん。…いかにも。」
「薬物の常用にせよ、精神的なものにせよ、仏の身元がカギを握っとるぞい。そっちはどうなっとるんじゃ?」
「ありゃぁこんな時間! そろそろ戻らないと熊ちゃん、怒っちゃいますねぇ。」
「おう! 頑張れよ! いいお年をの!」
「いいお年を!」
鑑識の老人もそれ以上を追及しない。…長い付き合いで、それが答えに窮した時の大石の逃げ口上だと知っていたからだ。
富竹事件の捜査は、まったく進展していないようだった。
圧力
「……おんやぁ? 今の皆さんは確か…。」
大石と、後輩刑事の熊谷は午前の仕事を切り上げ、署に戻ってきたところだった。その時、受付ロビーに他の来客と一際雰囲気の違う人物の姿を見たのだった。
「議員バッジが二人いたっすね。」
「じゃー、県議と市議の園崎だ。」
「面白いっすね。親戚同士で県議と市議やってんすか。」
「これがズルイんですよ。お互いが同じ苗字なのをいいことに事前運動バンバン。片方の選挙中にはもう片方が別に講演会を開いて、二重に選挙運動やってんですよ。堂々と。」
「よくわかんないんすけど、それって公選法違反じゃないんすか?」
「事前運動にならない限り、政治活動は無制限ですからねぇ。…熊ちゃん、そんなんじゃ選対本部付きになった時、大変ですよぅ? 公選法くらいは勉強して下さい。」
「俺、知能犯課は無理っす…。あそこの連中は本当に尊敬しますよ…。」
「いたのは園崎県議と園崎市議。それから…雛見沢の公由村長もいたな。……どいつもこいつも園崎家の息のかかった連中か。…面白くないですねぇ。」
「お見送りしてんのは…副署長とうちの課長っすね。」
大石はピーンと来る。
その日の夜、一杯飲みに行かないかと課長に誘われた時、やっぱりなぁと思った。
「大石さんは友達多いから聞いてるかもしれないけど……聞いてるかな?」
「いいえ。何も。」
「お母さん、ガンモにはんぺん頼みます。……署長んとこに議員の怒鳴り込みがあったんだよ。」
「あれま。そうなんですか。…お母さん、私にもう一杯下さい。」
園崎は県議も市議も恫喝タイプだ。あんなヤクザと政治家のぎりぎりみたいなのに怒鳴りつけられたら、キャリアのハナタレ若署長にはキツイだろう。
「雛見沢事件の捜査の仕方で、君を指名して陳情してきたよ。」
「ありゃ私? はてはて。」
「とぼけるなよ。例の雛見沢の、過去の事件。蒸し返してるだろ。」
「私、富竹殺しで手一杯でそんな余裕ないですよ? なっはっはっは!」
「本当に? 本当にそうならいいんだけどさ…。」
しばしの沈黙。お互い黙ってもくもくと箸を進めビールを飲み干す。
「いやぁご馳走になっちゃいました。今月は負けっぱなしだったんで財布辛かったんですよ。助かりました。」
「いやいいよ。また馬、教えてよ。大石さんと同じ馬を買うから。」
「なっはっはっは! 最近はダメです。馬の声がさっぱりですから! …タクシー!!!」
私は電車。課長にはタクシーを呼ぶ。公務員の飲酒運転ってのはいつの世も揉める。退職前にして飲酒運転でパーってわけにはいかないのだ。
舌はよく回っても、課長の腰から下はもうすっかり砕けている様子だった。タクシーに押し込み、課長の自宅の住所を伝える。
「ではではまた明日。よいお年を…!」
「大石さん。」
「はいはい。」
「過去の事件は全部個別に終わってる。縦に並べるのはやめるんだよ。村の連中は半ば本気で祟りを信じてるんだから。」
「私だって祟りなんか信じちゃいませんよ。」
「大石さんは来年で退職じゃないですか。退職金でローン返して、お母さんと北海道に引っ越すんじゃなかったっけ?」
「婆さまがどうしても生まれの北海道に帰りたいって泣くんですよ…。最後のご奉公なんです。退職金は、まぁススキノで楽しむことにします。なっはっはっは!!」
「署長は退職時特別昇給を見直すかもってさ。」
公務員の退職金は、退職時の月給を掛け算して算出する。
そこで、退職直前に特別昇格で二号給(二年分)給料を昇給させることによって、退職金を水増しするなんてことが、この辺の地方では慣習で行なわれている。もらう側には嬉しいことだが、もちろんあまり褒められた慣習ではない…。ちなみに二号給違うと退職金の額はかなり違う。
「さすがインテリの若署長は言い出すことが模範的です。…でもまぁ。私たちの給料が血税で支払われてることを思えば、まぁ時代の流れですかねぇ。」
本当はすごく笑えないのだが、取りあえず笑い飛ばしておく。
「僕も模範的なこととは思わないよ。でもまぁ、大石さんはそれだけの退職金をもらってもおかしくない活躍をしてきたからさ。僕としてはぜひもらって欲しいんだよ。」
「運転手さん、引き止めてすみませんね。お願いします。」
威勢良くドアを閉め、課長の会話を少し乱暴に遮る。課長はまだ何か言いたげだったが、苦笑すると手を振った。こちらも手を振って応える。
タクシーは徐々に加速し、すぐに光の川に飲み込まれていった。
「なっはっはっは! ……まいったな。ローン返済できるかなぁ…。」
強気に苦笑いをする大石だったが、胸中は苦々しく、その不愉快さを払拭するためにもう一度のれんを潜らなければならなかった…。