ひぐらしのなく頃に 鬼隠し編
第六回 6月19日(日)
竜騎士07 Illustration/ともひ
ゼロ年代の金字塔『ひぐらしのなく頃に』の小説が、驚愕のオールカラーイラストでついに星海社文庫化! ここに日本文学の“新たな名作”が誕生する!「鬼隠し編 (上)」を『最前線』にて全文公開!
6月19日(日)
それから数日が経つ。
あれから今日まで、魅音に用事があったり、梨花ちゃんにお祭りの手伝いがあったりとでなかなかメンバーが揃わず、部活はお預けになっていた。
部活の度に命を削るような大立ち回りをさせられて二度とやるものかッと思うのだが、こうして何日もお預けになれば、日々の学校などまるで炭酸の抜けたコーラみたいなもんだ。
つまり、俺はすっかり部活に魅せられて修羅場中毒と化してしまっているらしい。だから、今日は本当に久しぶりの部活が開催されることになり、全身の血が泡立つほどわくわくするのを抑えられなかった。
それもただの部活ではない。その名も「綿流祭五凶爆闘」!! 神社の境内で行われるお祭り会場でわいわい遊ぶ、我が部の一大イベントらしい。
…しかし、部活部活って言うけど、俺たちって何部なんだ? まぁ名前なんてどうでもいいか!
「圭一〜。この浴衣、まだ着られるかしら? ちょっと袖を通してみてくれる?」
お袋がほこりの匂いがする浴衣を引っ張り出してきた。息子がお祭りに遊びに行くからと、季節感たっぷりなのを引っ張り出してくれたわけだ。
「いいよ浴衣なんて…! 恥ずかしいから普段着で行くよ。」
「でもお祭りなんだから。着て行きなさいな?」
「レナとかは普段着でいいって言ってたぜー? 浴衣なんか着てったらかえって恥さらしだよ!」
俺はいつものよそ行きの上着を着る。早く表に飛び出したくて仕方がなかった。
「祭りにはレナたちと行くからさ。俺のことは放っておいて大丈夫。」
「そう? じゃあ母さんは父さんが起きたら二人で行くわね。」
親父はソファーに毛布で高いびきだ。
「あの調子じゃ…昨夜も徹夜かな。」
「急ぎの原稿をようやくさっき発送したとこなの。ひょっとすると起きないかもねぇ…。」
親父はたまに美術雑誌のコラムとかも書いてるらしい。…一度も読んだことはないが。
ひょっとして俺の親父ってすごい画家なんだろうか。…実の息子が言うのもなんだが、そんなに売れているとは思えないのだが。でも家族三人をしっかり食わせているし、生活には何の不便もない。俺が知らないだけで……ひょっとするとすごい大画伯なのかもしれない…。
ぴんぽ〜〜ん!
「圭一くん、いらっしゃいますか〜〜!!」
しまった! もう待ち合わせの時間だったか!! レナの元気のいい声が聞こえてくる。
家に来られたくなかったから、早々に家を出て外で落ち合うつもりだったのに…!!
「あらあらレナちゃん! いつもうちの圭一がお世話になってまして…!」
「あ、…お、おばさま……こ、こちらこそ…お、お世話に…なって……、」
息子の友人、しかも異性ともなれば挨拶したくなるのが親の習性ってもんだ! しかしレナ、なんでうちのお袋に会うだけで赤くなるんだぁあぁあ!!!
「そこで真っ赤になるな! 実に気まずい! 行くぞレナ!」
放っておけばいつまでもぽやーっとしているだろうレナの手を取り、ずんずんと歩いて行く。
「いってらっしゃい。レナちゃ〜ん! 圭一をよろしくね〜!」
「はぅ! はい、おばさま〜〜〜! 圭一くんはレナが命に代えましても〜☆」
「えぇい、やっかましい!! ウチのお袋と会話するなー!!」
引き摺られながらもお袋に手を振り返すレナ。俺は気恥ずかしさを隠すため、ずるずると引き摺っていくしかなかった。
待ち合わせ場所にはもう魅音が待っていた。登校の待ち合わせの時は遅れることが多いくせに、遊ぶ時の待ち合わせだけは遅れた例がない。
「ぃよッ、圭ちゃん! 今日はお腹空かしてる? 露店で済ますんだからね!」
「部活が露店勝負とわかってて、腹を無駄に膨らますと思ったかよ!!」
「くっくっく! そうでなくっちゃ!」
魅音と互いに嫌らしい笑いを浮かべ合う。きっと今夜もとんでもない目に遭わされるだろう。でも、きっとものすごく楽しい時間になるに違いない…!
「おいレナ、沙都子と梨花ちゃんは? もう神社に行ってるのか?」
「うん! 梨花ちゃんはお祭りの実行委員さんだもん。沙都子ちゃんもきっと一緒だよ。」
「そっか。よっしゃ! ならさっそく神社へ向かおうか! 今日は目いっぱい騒ぐぞぉ!!」
「「お〜〜〜〜〜ッ!!!!」」
俺たち三人は、祭り会場に入る前から早くもテンションはマックス!
神社へは自転車で向かうが、とろとろのんびり走るわけもない。わずかの時間も惜しいと、遅刻を争う時でも滅多に見せない気迫で会場を目指すのだった。
古手神社は以前来た時の静かな様子からは想像もつかないくらいの大賑わいを見せていた。
色とりどりの提灯が並び、連なる露店やそれに群がる人々の雑多な雰囲気が、とても心地よい。
「すげぇ人だなぁ!! 雛見沢ってこんなに人がいたんだ…。」
「綿流しのお祭りはみんな来るよ。多分、雛見沢の人の半分くらいは来てるんじゃないかな。」
村人参加率五〇パーセントはいくらなんでも大袈裟な! と笑おうと思ったが、普段の閑散とした雛見沢を思えばレナのその表現はそうおかしくもないかもしれない。それくらいに境内は大賑わいしていた。
「それだけじゃないよ。近隣の町の町会や子供会も招待してる。子供の賑わいはお祭りの花だからねぇ。」
「そうだよな。俺たちの学校、あれしか生徒いないのに。今日は子供の姿がやたらたくさんあるぜ!」
これだけ村人が大勢いるとなれば、レナも魅音も面識のある人とたくさんすれ違う。
「あ、どうもこんばんは〜!」
「あぁらレナちゃん。この間はお惣菜をありがとうね! うちの子もおいしいって喜んでたわ。」
「あ、いえいえ! 気に入ってもらえてうれしいです。和正くんにもよろしくお伝えくださいね!」
「よぉ! 園崎のお嬢ちゃんじゃねぇの! 今年も屋台担いで来てやったぜぇ!!」
「おっちゃん、太ったぁ!? 今からそんなお腹じゃ果ては心筋梗塞だね!」
「お。この兄ちゃんは新顔だなぁ。嬢ちゃんの後輩かい!?」
「うちの新入部員だよ! 期待のニューフェイス! 侮ると一晩で屋台潰されちゃうよ〜?」
「がっはっは! 嬢ちゃんのお墨付きかい! そりゃーお手柔らかに頼むぜ〜!!!」
想像通りというか、魅音は屋台のおっさんたちととても親しげに話している。
「魅ぃちゃんは元気いいからね。おじさんたちにすごく人気あるの。」
「あー、何かわかるなぁ! でも、レナも人気あると思うぜ? 可愛いしな!」
もちろん悪い病気が出なければ、という条件付きだが。
「…へ……レナが……? ……だ、…誰に人気あるのかな? あるのかな!?」
「へへ、誰かにだよ。」
レナの頭を乱暴にぐしゃぐしゃなでてはぐらかす。
色々と妙なところはあるが、それらを受け入れられるならレナもとても面白いヤツだった。もっとも、大抵のヤツは数々の奇癖に面食らうだろうがなぁ。
「すっごいたくさんの露店でしょ! 町からわざわざ来てくれてるんだよ。やっぱりこういうのがないとお祭りは盛り上がらないよねぇ。」
「まぁなぁ、祭りの最大の楽しみって露店で遊ぶことだもんなぁ! で、それを俺たちは荒して回るわけか。…どんな勝負にせよ、俺は負けないぜ!!」
「そうだね。……えへへ…がんばろ!」
レナと二人で意気込んでみせる。魅音もニヤリと笑い、今日のお祭りをそれ以上に楽しいものにするとその表情で語るのだった。
「あーーッ!! 遅いですわ皆々様!! レディーを待たせるとは圭一さんもなってないでございますわ〜!!!」
そこへ、甲高い声が飛び込んできた。先に来ていた沙都子である。
「ほ〜。そりゃすまんな。で、その待たせた『レディー』ってのはどこにいるんだ?」
「ぬわんですってぇえぇええぇえッ!!!!」
「あっはっはっは! 沙都子も元気が有り余ってるようじゃん! 結構結構!」
「当然ですわー!? 何しろ今日は部活部活また部活の連戦ですのよ? このくらいのパワーじゃまだまだ足りませんわ!」
「へへ、絶好調みたいじゃねぇか! でも気持ちはわかるぜ。何だかんだ言って久しぶりの部活だもんなぁ。」
その時、レナが感嘆の声をあげた。どうやら梨花ちゃんの登場らしい。
「…わぁ〜あ☆! 梨花ちゃん……か、かかかかか…かぁいい!! お持ち帰りぃい!!」
レナが梨花ちゃんにがばっと引っ付く。梨花ちゃんは赤い袴の印象的な巫女さん姿だった。どことなく神秘的な雰囲気と相まって、なるほど、レナならずともお持ち帰りしたくなる気持ちはよくわかる!
「……こんばんはですよみんな。圭一もこんばんはです。」
「おう! その服、なかなか今日の雰囲気によく似合ってるぜ!」
「みー、ありがとうなのですよ。」
「魅ぃちゃん家のおばあちゃん、本当にお裁縫上手だね…! 梨花ちゃんにぴったりサイズ合ってるかな!」
「採寸に何度か呼ばれてましたものねぇ。まさに梨花専用の一点物ですわね!」
「へぇ! じゃあこれ、魅音の家のばあさんが作ってくれたのかよ。すげぇな!」
「まぁねぇ。婆っちゃも色々多芸だからねぇ。着心地は問題ない?」
「みー! とっても良い着心地なのです。」
「梨花ちゃんはお祭りの最後に大切なお仕事があるから、その衣装なの。」
「あー、なるほどな! 梨花ちゃんは確か、今日の祭りの実行委員だったとか言ってたよな。その仕事が祭りの巫女さん役ってことだったのか!」
「……お仕事はお祭りの最後のところだけなのです。…だから、まだまだゆっくり遊べますですよ。」
「ってことはここで時間を無駄にできないということですわ〜! さぁさぁ、皆さん参りましょうですわー!!」
「おっしゃあぁああッ!!」
こうして部活メンバー全員が揃い、俺たちは五人の郎党でさっそく祭りを練り歩き始める。やっぱり祭りの雰囲気ってのはテンションを上げる魔力があるよな!
魅音は目に付いた屋台にみんなを誘っては珍妙な勝負を提案するのだった。
「まずはここから行くよッ!! たこ焼き早食い勝負〜ッ!!! 各自購入の上、よーいどんッ!!」
屋台の定番、たこ焼き屋ッ! たこなど名ばかりの小麦粉玉というエセっぷりがいかにもだ!!
「あッ熱ッアツがツがぁあぁあぁああッ!!!」
「け、圭一くん、大丈夫!?!? お水お水!!」
「あ〜あ〜…そんなアツアツたこ焼き、丸吞みなんて自殺行為でございますわぁ!」
「コツを伝授すると、作り置きの冷めたヤツを購入するのがミソかなぁ。」
「……実においしくないですよ。」
もちろんこんなのは前哨戦だ。口の周りの青海苔を拭うのもそこそこに隣の屋台へ駆けて行く。隣の屋台はかき氷だ。ちょっと季節が早いが、俺たちには関係ない!!
「よしみんな! 今度はカキ氷の完食早食い勝負で行こうぜッ!! レディ、…ゴーッ!!!」
「…か、かき氷の早食いなんて……む……むり〜…!!」
「体温で少しでも溶かせば……!! つッ!? 冷たいですわよぉおぉおお!!!」
「甘いね! おじさんはシロップ大盛で頼んだのさ!! 混ぜればすぐに溶ける!!」
「へっへへへ!! 遅過ぎるぜのろまども!! 正攻法の時点でお前らの負けだぁあぁあああぁあ!! 見ろこの超絶技ッ!! んぐッ、ぷはぁあぁあぁッ!! 完食だぁああぁああッ!!!」
「け、圭ちゃんがぁ!? は、早過ぎる…ッ!!!!」
「ま、……まさか…圭一くん……後ろの……金魚すくいのお水を入れたんじゃ……!!」
「ポイントは金魚のフンが入らないように気をつけるところだ。みんなも試してみろ、早いぞ!?」
「……実においしくないですよ。」
四人は揃って首をぷるぷると横に振る。
さぁさぁ次の露店はなんだ! お次はこれまた定番! 綿アメ屋だッ!!
「次はこちらにしませんこと!? もちろん早食いですわっぁああぁあ!!!」
「ね、ねぇねぇ…綿アメの早食いなんて、どうやるのかな、かな!?」
「いや、……ひとつ手がある!! くそ、だがこの技はまさに綿アメに対する冒瀆!!」
沙都子のよーいドンッ!! の合図と共に俺と魅音、そして沙都子が手の平でばしんばしんと叩いて一瞬にして綿アメを潰してしまうッ!!! 割り箸ごと口に入れるまで……三秒ッー!!!
「ほぅ!? 言い出しっぺの沙都子はともかく、圭ちゃんまでもこの技に気付いてたとはね…!」
「へっ、俺をいつまでも新入部員扱いしないことだぜぇえぇええぇ!?」
「……実においしくないですよ。」
そういう梨花ちゃんも両手でぺたぺたにしてから割り箸をしゃぶっている。
「こんな綿アメの食べ方。きっと日本中でもここだけだよぅ、はぅ。」
ひとり完全に出遅れたレナは、諦めて大人しく綿アメを頰張る。多分、レナに食べてもらえた綿アメが一番幸せだっただろうなぁ。
しかし……、このまま行くと終いには「ヤキソバを犬食いで完食!」とか「トコロテンを鼻で食べる勝負!」とかに発展しかねないぜ…。
「くっくっく! それでもおじさんは勝つけどねぇ!」
「悔しいですけど、悪食勝負では魅音さんにはかないませんわねぇ…。」
「みー。魅音はお行儀が悪いのが大好きなのですよ?」
「何よあんたたち。次はヤキソバにブルーハワイかけて食べる勝負にしたいわけぇ??」
ブンブン! 沙都子と梨花ちゃんが同じモーションでブンブン首を振る。
「あ、あのさ…! 今度はちょっと食べ物から離れたゲームにしないかな? かな?」
レナもこのままヒートアップすれば、洒落にならない勝負に発展しかねないと感じたのだろう。他のゲームにしようと提案してくれた。
「じゃあレナ。次のゲームをあんたに任せるよ! 何でもいい!!」
「じゃあねじゃあね! レナは審判だよ! このお祭り会場でかぁいいものを探してくるの!! 制限時間は一分〜!!」
「ほほぅ? おじさんを試すつもりぃ!? レナのセンスはわかってんだから!」
「上等ですわぁあぁ!! 私だってレナさんの好みは熟知していましてよ!!」
「よし…。……多分、あれなら勝てるッ!!!」
「よーいどん!!! ………あれ? 圭一くんと梨花ちゃんは…なんでスタートしないんだろ? しないんだろ?」
魅音と沙都子は猛ダッシュで会場に散ったが、俺と梨花ちゃんは焦る様子もなく、ただ立ったままだ。
「ひょ、ひょっとして……もう見つけてあるの?? かぁいいの!」
「……もう見つけてありますです。…圭一もですね?」
「あぁ。」
「なんだろ! なんだろ!! 楽しみ〜!!」
魅音と沙都子が戻るまでのわずかな時間を立ち尽くす俺と梨花ちゃん。
「梨花ちゃん、……あの技を使う気だろ。」
「……みー? 圭一は一度見たことがありましたですね。ボクも部員です。…勝つためなら会則第二条ですよ。」
梨花ちゃんのせいいっぱいの冷笑。…上等だぁあぁあぁッ!!!
魅音も沙都子もそれぞれ秘策を胸に戻ってきたようだ。
「じゃあじゃあ順番にね! 一番は部長さんの魅ぃちゃんからぁ!!」
「悪いけど。いきなりキメさせてもらうよ!!! おじさんはこれだッああぁあぁ!!」
こんなのどこから拾ってきたんだ。それはブリキでできた古いひし形の看板だ。
「…凡カレーに…緊張蚊取線香…オロ波ンCぃッ!!! どうッ!?!?」
し、渋い……渋過ぎるぜ魅音…。そんな時代を感じさせるお宝をよく一分で搔き集めてこれたもんだよ…。しかし、それのどこがどうかぁいいのか説明してくれ。
だが、レナは両耳と鼻の穴からチリチリと音を立てながら煙を吹いている!?!? ……わ……わからねぇ…。
「い、いいねいいね!! お〜持ち帰りぃ〜!!」
「魅音さんのもまずまずの線でしたけど、私のは手作りの分、強力ですわよぉ!? ご覧あそばせッ!!! これでございますわぁああ!!」
「んなんじゃそりゃあ…!?」
…それは婦人会の出店する焼とうもろこし屋の手作りの画用紙ポスターだった。
いかにも絵心のない主婦の手描き。…まるでデッサンの取れていない擬人化された焼とうもろこしのイラストが哀愁を誘う……。だが、………ぷッ! という鋭い音が響き渡る!
それはレナが鼻血を噴き出した音だったッ!! ってことはその評価は、魅音より上だってことかッ!? わからねぇ、わからねぇよレナのセンス、五世紀遅れてるか、さもなきゃ五世紀先取りしてるかのどっちかだ…。
「なんてこと…! 降り積もった年月の渋みなら勝てると思ったのに…!」
「をっほっほっほ!! 所詮は量産看板! 手描きには勝てませんわぁ!!」
悔しがる魅音に高笑いの沙都子。そして満面に至福の笑みを浮かべるレナ。…何だか、俺の「アレ」が通用するかちょっと不安になってきたぜ…。
「……では次はボクが行きますですよ。」
「さて、梨花ちゃまはどんな手で来るのかなぁ? さっき探しに行った様子もなかったし。」
忘れたのかよ魅音も沙都子も。……梨花ちゃんにはあの技があるじゃねぇか……。
梨花ちゃんは俺たちのところから十メートルくらい離れると、レナに向かってよちよちと歩き始めた。…………その様子に魅音と沙都子がはっとする!!
「し、しししまったぁ!!! その手がありましたわ、というかずるいですわぁ!!」
そうなんだよ、ずるいんだよ!! でももう遅いッ!!!!
梨花ちゃんは…何もない平らなところでコテン、と転ぶと動かなくなった。……レナが慌てて駆け寄る。
「り、梨花ちゃん、大丈夫かな!? 大丈夫かな!?」
梨花ちゃんは額にこぶを作り、半分涙を溜めて……、袖からは指だけを覗かせて…。(そしてここが肝心だッ!!)でも手の甲は袖に隠れて見えないようにし……ッ!!
「……みぃ。」…と一言、「鳴いた」。
「はッはぅ〜〜!!!! か、かかか、かぁいいかぁいい!!! お持ち帰り〜〜!!!」
レナは真っ赤になって頭をぐるんぐるんと回しながら興奮した様子で梨花ちゃんに抱き付き頰擦りを繰り返している…ッ!!! 三人の中で最高の評価だ!
「梨花ってたまに狡猾ですのよね…。将来が末恐ろしいでございますわぁ…。」
「しかし、さすがだぜ……。どこを取っても一分の隙もない。ロリ! 巫女! 半涙! みぃ! 完璧だッ!! ただのコケを萌えにまで昇華した! これぞまさに芸術と呼ぶに相応しいぜぇえぇッ!!」
「……圭ちゃんってこーゆうの好きなんだねー。へー。」
魅音のつっこみにカミソリを感じるが気のせいということにしておく。
完全にかぁいいモードに浸かり込んだレナをなでなでしながら、梨花ちゃんが不敵に俺に振りかえる。
「……さぁ圭一☆ ボクに勝てますですか?」
…冷静な笑顔がコワイぞ梨花ちゃん。やっぱり梨花ちゃんは狸だ…。
「そう言えば、圭ちゃんもさっき、探しに走らなかったよね。何か秘策があってのことだろうけど。……何を見せてくれるのやら…。」
「そうですわね。梨花の技は梨花だからこそ可能なんでございましてよ? 圭一さんがどう振舞ったところで、梨花以上の萌えを表現できるとは思えませんわ!」
「……圭一も芸をしますですね?」
「へへ、………さぁどうかな。判断は審判のレナに委ねるぜ。…見てろよぉ!」
俺は未だかぁいいモードの冷めないレナを梨花ちゃんから引き剝がした。
「はぅ〜!! かぁいいのかぁいいの〜…☆ 圭一くぅん……離してぇ…!」
「今から俺がもっとかぁいいのを見せてやるから少し我慢しろ。」
「え…? へ? も、もっとかぁいいの……?? そんなのあるの? あるの!?」
「だがここはちょっとギャラリーが多い。あっちの陰へ行こう。」
俺は目を白黒させるレナを神社裏の物陰へ引きずって行く。
「……私たちには見られたくなくて、それでレナさんがお持ち帰りしたくなるようなかぁいいもの、ですの? 何でございますのかしら。」
「……って、……ふぇ!? い、いや圭ちゃんに限って……いやまさか……。」
「……みー! ファイト、おーです。」
ほどなくして俺はみんなのところへ戻る。……やや遅れてたどたどしい足取りでレナも戻ってきた。
「まさか圭ちゃんのヤツ! ねんねのレナに…ヘンな事したんじゃあッ!!」
魅音たちが俺を追い越しレナに駆け寄る。
「へ、ヘンなことって一体なんでございますのぉ!?」
レナは、ぽーーっとした様子で惚けていて、話し掛けられていることにしばらくの間、気付かなかった。
「は!? ……はぅ、なんだ魅ぃちゃんかぁ……はぅ…。」
「レナ! だ、大丈夫!? 圭ちゃんにヘンなことされなかったッ!?」
「ぅ……うぅん、…レ、レナ……ヘンなことはされなかったよぅ……はぅ…。」
「……か、かなりの重症ですわ…。圭一さんは一体、レナさんにどんなかぁいいのを見せましたの!?」
「…うん………とってもかぁいかったよぅ……はぅ〜……☆」
「だから何!? レナあんた、何を見せられたのッ!?」
はぅ〜……と、大きくため息をもう一度つくレナ。そして目を輝かせながら言った。
「かぁいかったよ☆ 圭一くんのオットセイ、」
ぐしゃ、どしゃああぁあッ!!!
瞬きするより早く、俺の顔面に魅音と沙都子の肘が埋め込まれる……ッ!!!
「え? えぇ!? なに? なに!?」
驚くレナをよそに、大激怒の魅音と沙都子は俺に馬乗りだ。ちょ、やめ、ぐぎゃげごぷげッ!!
「いくら勝負とは言え、圭ちゃんの汚い物を見せるなんてーー!!」
「こンのド変態〜!!! 調伏してさしあげるでございますわッ!!!!」
「ちッちがちがッ、誤解だぁあぁああぁああッ!!!!!」
「魅ぃちゃん、沙都子ちゃん!? 何だかわかんないけど…誤解だよ!! 圭一くんは…!!」
「……みー。オットセイさんのキーホルダーなのです。」
梨花ちゃんが俺のポケットをまさぐって、カギに付いたキーホルダーを取り出す。
「ふぇ?」
「……昔、夏休みの宿題で作ったと言ってますです。恥ずかしいので滅多に人に見せないとも言ってますですよ。」
「うん。……ちっちゃくて、かぁいくて。…せいいっぱいがんばったって感じがとっても素敵だったよ…☆」
「な、…なぁんだ…!! てっきりおじさんは圭ちゃんのかぁいいオットセイかと〜!!」
「をーっほっほっほ! さすが魅音さんですわ〜! 間違える方向もお下品ですことぉ。」
「ああぁあ!? あんただって同じモンに勘違いしたでしょーがー!!」
互いを威嚇し合い一触即発状態の魅音と沙都子!
…頼む。……疑惑が解けたなら取り敢えず、この踏みつけている足をどけてもらえないかな……。あんまりグリグリされてると…新しい快楽に目覚めちまうだろうが…、きゅう。
そのドタバタの光景をパシャリとカメラのフラッシュが捉えた。
「やぁみんな。相変わらず元気そうだねぇ…! はははは!」
やはり富竹さんだった。先日会った時、お祭りの写真を撮るまで滞在するって言ってたっけ。
…ボロ雑巾のようにKOされた俺に、その上でいがみ合う魅音と沙都子。梨花ちゃんは俺の頭を撫でてるし、レナはかぁいい状態が継続中…。……さぞや賑やかな写真になっただろうな…。
「こんばんはではございますがぁ! レディーに断りもなくお写真を撮るのはエチケット違反でございますのことよー!?」
「そうだな、レナや梨花ちゃんには必要だな。だが少なくとも沙都子の許可は必要ない。ぐぉをぅッ!?!?」
沙都子が靴のごつい踵で俺を踏みにじる!! じょ、冗談だって、うぐぐぐ…。
「あー、こんばんは〜! そっか、…明日、帰られちゃうんですよね。素敵な写真はいっぱい撮れましたか?」
「御陰様でね。いい絵がたくさん撮れたよ。」
「富竹のおじさまに会えるのも今晩限りなのねぇ〜! お名残惜しいですことー。いい加減、とっととメジャーデビューして下さいよねぇ〜!」
「あ、相変わらず口が悪いなぁ…! でも、その毒舌もまた何ヵ月か聞けないかと思うと寂しいよ。」
「せいぜい今夜を楽しんでらして下さいな。明日の夜にはもう東京なんですからねぇ!」
「…そうだね。東京に帰ったらこんなにも満天の星は見られないからね…。」
富竹さんは陽気に笑いながら夜空を見上げる。笑顔なのに寂しさを感じさせる、そんな間があった。
「富竹さん、いっそ住めばいいじゃないすか。雛見沢。」
「…え?」
富竹さんは一瞬言葉を失った。
「確かに不便なとこです。店もないし。娯楽もないし…何にもないかもしれないけど。えっと、…んっと。」
俺の言いたいことがみんなにもわかっていた。……きっと富竹さんも、わかっていたに違いない。
だからレナも魅音も。沙都子も梨花ちゃんも。誰も茶化さない。
「俺はまだここに引っ越してきてひと月も経たないからよくわからないけど。」
俺の普段なら饒舌な舌は、この時だけは言葉をなくしてしまったらしい。でも、伝えたかった。ついこの間まで、富竹さんと同じような都会に住んでいて、こちらに引っ越してきて初めて知った数々の尊いことを伝えたかったのだ。
でも、それを伝える言葉が、俺の貧弱な言葉の中に見付からなくて、うまく口に出せない…。すると、富竹さんは、それ以上を言わなくてもわかるよとでも言う風に、手を上げて軽く制した。
「…ありがとう、圭一くん。魅音ちゃんにレナちゃん。沙都子ちゃんに梨花ちゃん。」
薄い、吹けば飛ぶような笑顔だったけれど。富竹さんは柔らかく笑った。
「僕もここに住めたらきっと楽しいだろうなぁ…って思うよ。」
働かなくても食事の心配をしなくてもいい子供の、残酷な言葉だったのかもしれない。
富竹さんにだって仕事や生活がある。それでも雛見沢に惹かれていて、休みをとっては足を運ぶことで何とか雛見沢の一員に短い時間だけでも加わろうとしているのだ。
その社会人の苦悩に対し、俺が掛けた言葉はよく考えれば残酷なものだったに違いない。
俺の背中に手が当てられた。……レナだった。
「圭一くん。富竹さんは雛見沢に住んではいないけど。私はこの村の一員だと思うかな。」
「……そうだよな。ごめん、俺、変なこと言っちまった!」
そして再び喧騒が戻った。
「ま! しばらくのお別れなんですからね! 今夜は富竹さんにもたくさん楽しんでもらわなくっちゃ!」
「そうだね! ぜひそうさせてもらうよ。」
「あ! ねえねぇ魅ぃちゃん!! どうだろ!? 富竹さんを今夜だけの、一日部員にしてあげるのは!!」
「あら、それは面白い話ですわねぇ!? 私も賛成ですわ!」
「み〜! みんなで富竹をいじめて遊ぶのも楽しいと思いますのです。」
「…ふーむ……。さて! どうしようかねぇ…? 入部条件のひとつに雛見沢在住ってのがあるんだけどねぇ〜?」
「そんな魅ぃちゃん…、今日くらい意地悪しなくても…。」
すんなりOKと言わずもったいぶってるだけだ。魅音はしばらくの間、レナをからかうとニヤッと笑って宣言した。
「ま、こつこつ毎年来てるからね。富竹さんを、雛見沢名誉村民と認定してあげよう!!」
「わ!! やった!!!」
「さぁてさて! こんな旬を過ぎたご老体にこの私の相手が務まるでございましょうかしらぁ!?」
「……老獪な大人の知恵を見せてもらいましょうです。」
「へへ! 俺たちの若さについて来れるかな?」
俺たちの不敵な笑いに、思わず富竹さんは後退る…!
「部長ッ園崎魅音の名において、名誉村民富竹氏の我が部への入部を許可するッ!!」
「「「異議なぁしッ!!」」」
「な、なんだい、その部活ってのは…!?」
「我が部はだな、複雑化する社会に対応するため、活動毎に提案されるさまざまな条件下、…時には順境、あるいは逆境からいかにして…!!」
「…レナは弱いから…いじめないでほしいな。仲良くやろうね!」
「子供のごっこ遊びと侮るつもりなら好都合でございますわぁ!!」
「身包み剝いでッ!! ケツの毛までひん剝いてやるぜぇえぇえッ!!!!」
「…つまり、みんなでゲームして遊ぶ部活です。」
やはり梨花ちゃんだけが、的を射た説明をしてくれた。
富竹さんに、つまり部活ってのはハチャメチャなことをして遊ぶことなんだよと説明すると、すぐに理解して乗り気になってくれた。
「よぅし! 望むところだよ。その挑戦を受けてたとうじゃあないか! お手柔らかに頼むよ先輩方!!」
一気に十は若返った富竹さんが力こぶを作って奮起する! 上等だッ!!
「さぁて、何のゲームで行くかねぇ…! せっかく富竹さんも加わってくれてるんだからね! くっくっく、また罰ゲームありで行こうかぁ〜!? ビリには素敵な罰ゲームありってことで行こう!」
「な、何だい罰ゲームってのは!? きき、聞いてないよ魅音ちゃん…!」
富竹さんは驚いたようだったが、俺たちにとっては馴れっこだ。…そして絶対に侮ってはならないことも!
「はぅ、大丈夫だよ富竹さん! だって、負けなきゃいいんだからね!」
「へへ、レナがいいことを言う。そうっすよ富竹さん。負けることなんて考えてたら、本当にビリになっちまいますよ?」
「さぁてどなたが罰ゲームになるのやら! をっほっほっほ、少なくともそれは私以外の誰かでございますわぁああぁ!!」
「みー! その可哀想な人を、ボクはかぁいそかぁいそと慰めてあげますのです☆」
「なるほど。…これが童心ってヤツなんだなぁ。」
賑やかに盛り上がるみんなを見て、富竹さんは誰にともなくつぶやく。
「ヘイ、イラッシャイイラッシャイ!! 挑戦者はいねえかい!?」
そこへ威勢のいいオヤジの声が響いた。射的屋のオヤジで、棚の上にずらりと景品を並べ、コルク鉄砲を振り回しながら客引きをしているところだった。
「おやおや! 来たかい、園崎の嬢ちゃん! しかも、今年は大人数みたいじゃねえの!」
「くっくっく! あんたの店、根こそぎかっさらいに来たよッ!! みんな、いい〜? ルールは簡単ッ!! 三発撃って、得られた景品のデカさで勝負しよう!!」
全員が異議な〜し! と叫ぶ。
勝利条件が景品のデカさである以上、事前の品定めは欠かせない。三発という限られた弾数の中で狙える獲物はどれかということだ。
射的屋の景品の中には大きなぬいぐるみなどもある。それを落とすことができればかなりの高スコアだろうが、ああいう獲物を落とすには何発かの弾をまとめて撃ち込んで、少しずつ打ち崩していく必要があるのだ。しかし俺たちには一人三発しか与えられない。となれば、より慎重にターゲットを選定する必要がある…!
しかし、慎重さが必要と言われれば言われるほど、ならば狙いたくなるのが男のロマンってもんだ。…この店で一番デカい景品は……あれか!?
「わぁ…あ……あの…くまさん、か、…かぁいいよぅ…☆」
レナが物欲しそうに眺めるのは大きなくまのぬいぐるみ。
わざと不安定な台の上に載せてあるので、うまく当てれば獲得できるかもしれない!
「…と、一瞬思わせる絶妙な配置が見事だな。」
「さすが圭一さん。なかなかの眼力でございましてよ…。ここのオヤジ、いかにも狙えそうに攻略不能な景品を配置するトラップセンスになかなか長けているでございますわ…!」
「ふむ。となれば、ここは無難にキャラメルや人形を狙うのが定石のようだね。」
「……富竹もなかなかよい見方をしますのです。」
部活は無策で臨めばただただ食われるだけだ! 本番直前までにどれだけの策を講じられるかが全て…ッ!!!
いつの間にか、俺たちのまわりを人垣が囲んで大賑わいになっていた。我が部の大騒ぎは、この祭りの悪名高き名物なのだろう。
「……くまさんを落とせれば勝利は確定しますです。」
「だが三発しかないんだぜ。それを確かめるために使うには…重いな。」
「へいへい! 他のお客さんも待ってるんだぜぇ!? 最初のチャレンジャーはだれからだい!?」
「先に挑戦した方がラクな景品を狙えて有利かもしれないけど……鉄砲のクセが見えない内の挑戦は危険だね。」
富竹さんの読みもなかなかいい。我が部をよく理解した慎重さだぜ…!
「じゃあさ、公平に…ジャンケンで決めるのはどうかな、かな!?」
「結局それしかないかね。じゃ一発でキメよ! じゃーんけーんッ!!!!」
何度かのあいこ合戦の末、一番バッターは魅音に決まった。
「一番は避けたかったんだけど……ま、ハンデってことにしとくかな。おっちゃん!! 銃ッ!!」
「そらよッ!!」
射的屋のオヤジから鉄砲を受け取り、入念にチェックする魅音。弾のコルクのチェックも怠らない。
「OK。…この銃は下ろしたてだね? クセはなし。悪くないッ!!」
魅音がくわッ!! と一気に銃を構える!! 事前のチェックと違い、入念な照準などない、直感の射撃!!
撃つ! 詰める。…撃つ! 詰める。…撃つッ!! 魅音らしい大胆な三段射撃だった。
ぱたり。…ぱたりぱたり。…お菓子の箱が三つ、次々に倒れる。大戦果だッ!! ギャラリーがどよめきッ、そしてそれが歓声に変わる。
「わぁあぁああぁあッ!!! すげぇええぞぉおおぉおぉお!!!!」
パチパチパチパチ!
「さすが魅ぃなのです! ぱちぱちぱちぱち!」
「なるほど…。この苛烈な部活で部長を張るだけのことはあるぜ…。恐ろしいヤツ!」
「す、……すごいよ魅ぃちゃん!! 三つ! 三つ!!!」
命中率もすごいが……標的の選別も悪くない。魅音が狙った三つはいずれもやや大きく、やや倒れやすいといった、非常にハイリターンな標的ばかりだ…!
「参ったなぁ、僕も狙ってた的をほとんど取られちゃったよ。先頭バッターの利点を活かしきったねぇ…!」
「あ、やっぱり富竹さんも同じの狙ってました? 銃が新品ってわかってたら先頭打者を名乗り出るべきだったぜ…。くそ、出遅れた!」
「二番手は誰? 沙都子? ……気をつけて。弾が軽い。」
「ほほほ、了解ですわ。今の魅音さんの射撃で、大体の弾道は摑みましてよ!」
次は沙都子だ。華奢な体にはちょっと大きめな鉄砲だが、重たがる様子はない。女の子ではあるが、鉄砲の玩具でも遊びなれているようだった。
「やはりここは、………大物狙いで行かせてもらいますわぁッ!!」
ってことは、あれか!? それは射的屋最大の標的、くま狙いの予告だッ!!! 沙都子め!! 大胆に…来やがったッ!!!
だが沙都子は直前の品定めで、そのくまを倒せそうで倒せないトラップだと読んでいたはず。にもかかわらずくま狙いに躊躇なく変更する。……多分、魅音の獲得したスコアを相当大きく読んだのだろう。その結果、くま狙いで行かなくてはもはやトップがありえないことを知り、下手をすればビリの可能性すらあるリスクを背負ってくまを狙うという方針変更を瞬時に決断したのだ。…その切り替えの早さに舌を巻く…! 沙都子め、歳は下かもしれないが、部活においては俺の先輩なだけある…!!
「確かに、そいつを落とせばその時点で沙都子ちゃんのトップは確定するね!」
「沙都子ちゃんがんばれ〜ッ!!」
沙都子は魅音とは逆に冷静に的を狙い……引き金を絞る! パカンと気持ちいい音がしてコルク弾が綺麗にぬいぐるみの胴体を捉えた。
「……ちっ、…弾が軽いですわ…!」
だが敵は重量感ある大物だ。一発当てても微動するだけ。いや、少しはズラすこともできたのか? …とにかく一発だけでは何とも言い難い…!
沙都子は、額に当てればもう少し揺れるかと期待し、狙い通りの場所に二発目を叩き込んだ。だが、確かに多少は揺れたが落とすには至らない…! 沙都子の顔が歪む。やはり一番最初に自分で看破した通り、このくまには安易に手を出すべきではなかったのだ…。
「残念でございますけれど…、私にくまは荷が勝ちすぎているみたいですわね…!」
沙都子の三発目はくまではなく、そのわきのキャラメルの箱を転ばせた。
大胆な大物狙いが、最後の最後で小物狙いに移ったので、ギャラリーは苦笑している。度胸なし、と笑っているのだろうか? ……わかってないヤツらめ!!
「ほほぅ、沙都子もなかなか状況判断が冷静になったね。…渋い、いい判断だよ!」
「その程度の判断力もございませんと、我が部じゃ罰ゲーム常連でございましてよ!」
魅音の差し出す手の平をぱーん!! と小気味良く叩く沙都子。
沙都子め、一見大胆な口を叩きながら、その実は極めて冷静! 優勝を狙うため、一番の大物を狙う無謀さを持ちながら、ビリを回避するために、最後の一発を冷静に手堅い目標に切り替える冷静さも持ってやがる…! 俺だったら三発目も無謀に挑戦しビリを確定させてたかもしれない。くそ、見事だぜ…!
「くまはレナさんに譲るでございますわ。健闘をお祈りしましてよ!」
「うんうん! ありがとね沙都子ちゃん☆ ……はぅ〜、くまさんかぁいいよぅ!!」
次のバッターはレナだ。
いつものレナなら的にかすりもしなさそうだが………あのくまをレナはかぁいいと言っているッ!! あぁああぁ、レナの目が見る見るとろんとしてきて、神もビビって道を空けるかぁいいモードになっていく!!
「レナちゃんはどうだろうね。…ひとつくらい当たるといいんだけれど。」
「富竹さんはちょっとレナを甘く見てますね…。……あのレナっすよ? 竜宮レナっすよ!? かぁいい物をお持ち帰りするためなら、」
「「「うぉおおぉおぉおおおおッ!!!!」」」
観客がどよめき、富竹さんも何事かと振りかえる!
あのぬいぐるみをお持ち帰りできるなら、…………画鋲の穴だって狙撃できるんだよッ!!! 竜宮レナってヤツはッ!!!!
「ゆゆゆ、揺れてる揺れてるよ………はぅ……かぁいいよぅ…!!!」
くまの緩やかな揺れに興奮を隠しきれない様子だ…! こうなればレナは負けない!!
「さすがレナさんですわ…!! 冷静さを失えば失うほどに…、」
「強いッ!!!」
「「「ぅおおおぉおぉおおおぉッ!!!!」」」
また大歓声だ! 再びレナの着弾はくまの額を捉える!! あんな微妙なポイントをよくもこんなに正確に狙撃できるもんだ! 心なしか、さっきより大きくくまが揺れたように感じられた。
「……でも、あと一発では無理かも知れませんです。」
「い、いやぁわからないよ!? レナちゃんの腕だったらひょっとすると…!!」
富竹さんもギャラリーも興奮気味で、レナが奇跡を起こせると確信しているようだが、…梨花ちゃんの分析は冷静だった。
確かに、レナにあと十発も与えればきっと倒せるだろう。……だが……あと一発ではどう考えても………無理かッ!
「「「あぁあぁあぁーーーーー…ッ!!!!」」」
ギャラリーの落胆の声が響き渡る…。三発とも額に命中し、くまをその玉座から確実に押し出しつつあったのに、やはり打ち崩すには至らなかった…! そしてやや遅れて健闘の拍手が鳴り響く。
最後の一発を手堅い的に切り替える柔軟さは示せなかったが、最後まで奇跡に挑戦したひたむきさに、ギャラリーはしばらくの間、拍手を惜しまなかった。
「……はぅ………くまさん……お持ち帰り…………はぅ……。」
健闘は称えられたが…戦果はゼロだ。…だがその時、屋台のオヤジがキャラメルの箱を手でぱたん、と倒すとレナに渡した。
「こいつぁ嬢ちゃんのだぜ。」
「………へ……? ……くれるの……? レ、レナに……はぅ、」
「あんなすげぇの見せられて手ぶらで帰しちゃあ…お天道様に申し訳が立たねえぜ!」
そしてもう一度割れんばかりの拍手! すっかりのぼせて真っ赤になったレナの腕を引っ張ってこっちへ連れ戻す。
「頑張ったじゃないかよ! かぁいいモードのレナにゃ驚かされるぜ! それにキャラメルのオマケももらえたしな、少なくともビリは回避できたぜ? はっはっは!」
「……はぅ……。でも、欲しかったよぅ……くまさん………ぅぅ……。」
もう一息だった分だけ、落胆している様子がよくわかる。
……レナにはいっつも世話になりっぱなしだ。うまい弁当の借りもある。
「よっしゃ! そんなら俺が、」「僕が取ったらプレゼントするよ。」
んなッ、俺がたまにおいしいセリフを口にしようとしたら! その先を富竹さんに奪われてしまう。
「うん! うん! お願いね富竹さん!! がんばれ〜!!」
「富竹のおっさんめぇえぇええ!! 人のおいしいところを…!!!」
「はっはっは、ここでこう言えたら男はかっこいいよねぇ! じゃあすまんね圭一くん。ちゃちゃっとくまを撃ち落としてくるよ!」
「うおおおお、何でここで俺の順番じゃないんだーーー!」
「……圭一もファイト、おーですよ。」
富竹さんもやはり慎重にくまを照準している。…一度目を戻すと、残りの二発の弾を握ったまま鉄砲を構えた。
「ん!? どういうことだ?」
「……うん、間違いない!! 富竹のおっさんの狙いは……!!!」
ぱかん! ぱかん! ぱかん!! 発射の間隔が短い!!
一撃ごとに揺れが収まってから撃つのでは何の意味もない!! つまり、富竹さんは連射で一気に強い衝撃を与えて打ち崩そうと目論んできたのだ!!
「こ、これは…!! た、倒せるんでございますのッ!?!?」
これまでとはまるで違う、誰が見ても揺れとわかる大きな揺れ…!!!
……だ、だがそこまで!! 転げ落ちるには至らない!!!
「はぅ〜〜〜………ざ、残念だったぁ………。」
レナは大きな揺れに一瞬期待するも、すぐに落胆のため息を漏らす。
「…う〜ん…結構行けると思ったんだけどなぁ…!!」
「をっほっほ! 男だとキャラメルはもらえないようでございますわね!」
つまりはそういうこと! 富竹さん、戦果ゼロだ。
「つまり、圭ちゃんと梨花ちゃんは手堅く、ラクなものを撃ち落とせばビリ回避ってわけだね。」
「ビリ回避、か。………………あ、すみませんね。」
「うーーん。格好いいこと言っても実績が伴わないと恥をかくだけだねぇ…。見せ場は圭一くんに譲るよ。がんばれ!」
五番手は俺。富竹さんから鉄砲を受け取る。
非情に徹するなら魅音の言う通り、ここは小物狙いだ。戦果ゼロの富竹さんがいるのだから、どんな物でもいいから一つ転ばせればそれで罰ゲームは回避できる。
……だが……!!
「約束しちまったからな。…レナに。」
「…え、……え? …約束って……なんだろ? なんだろ?」
「あのくまを撃ち落として。……レナにプレゼントするって。」
「へ………へ………それって………はぅ…………。」
このやりとりを見て、ギャラリーがヒートアップする!!
「おぉおおぉおぉ!!! 兄ちゃんいいぞぉ!! 男見せたれぇえぇええぇッ!!!!」
「うーん! 愛だね、愛の力だねぇッ!!」
「へ? 愛ぃい!? ちち、違うぞギャラリーの諸君! ……こうしないと、この屋台のオヤジ、帰りにレナに追い剝ぎされるかもしれないからだよ…!! 俺は屋台のオヤジのためにあのくまを撃ち落とさなきゃならねぇんだよ…、あぅあぅ、じゃなくてじゃなくて!」
あぁもう、どうして俺ってヤツはもっと素直な言い方ができないんだ!?
「圭一さんも男を見せますのね。……でも実際、どうやってくまを落とす気ですの?」
「……レナや富竹の弾で幾分、傾きはしましたですが。やはり難しいと思いますです。」
「…け、圭一くぅん………。」
「富竹さんの連射戦術は間違ってなかった。でも足りない! もっとなんだ。もっと素早い連射力があれば…一撃ごとの揺れにパワーを上乗せできるのに…!」
「頑張って! 圭一くーん!!」
…そうか、……この手なら富竹さんの連射力を超えられるか!? へへ、頭が固かったぜ、前原圭一! 普段の射的屋なら一度に何人もが射撃をしているが、今は俺たちの大会のようになってしまって、他の客はみんなギャラリーに徹してしまい射撃をしていない。……だから、…可能!!
俺は二つ深呼吸してから、オヤジに注文した。
「鉄砲をもう二丁貸してくれ。」
どよ!? ギャラリーがざわめく。
「圭一さんは何を企んでいるんですの!?」
「読めたよ…。圭ちゃんも……考えたじゃん!! つまりさ、一番時間がかかってるのがこのコルク弾の装塡なんだよ。富竹さんは連射の発想は悪くなかったけど、この装塡時間を甘く見てしまった…!」
「はぅ、レナにもわかった! じゃあ、先に弾を詰めた鉄砲を三つ並べておけば…!!」
「圭一くん!! 今こそ討ち取る時だよ!! 僕に決定的瞬間を見せてくれ!!」
富竹さんはファインダー越しに俺とくまを捉える。カメラマンの血が、これから起こる奇跡を予見させるのだ!! そしてギャラリーも遅れて俺の狙いを理解する!
「「「おおぉおぉお、兄ちゃん、頑張れぇええぇ!!!」」」
割れんばかりの大歓声!! 圭一コールが巻き起こる!!!
連射が命! 外せば意味もなし!! 激しい連射の中にも失わない冷静な狙撃! ……ふーーーーーッ!!
息を深く吐いてから…止める。……緊張が止まる。
………今だッ!!!!
その瞬間、時間が止まったようにすら感じた。俺にはコルク弾が飛んで行く軌跡まで見えていたのかもしれない。
当たれ……、そして……倒せッ!!!!!
くまの頭に弾が一発二発……三発ッ!!!! 大きく揺れるくまの巨体!! そして……!!
「きゃ、…きゃーーー!!! やったぁあぁあぁあぁあッ!!!!」
「ぅおおぉぉおおおぉおぉおおッ!!!!」
大歓声はぬいぐるみがごろりと棚を転げ落ちるのを待たずに巻き起こった。
それが地面に落ちる前にオヤジがキャッチし、俺に投げてよこす。勝者の栄誉を土で汚すまいという粋な計らいだった。
「……まさか本当に落としやがるたぁなぁ。…完敗だぜ兄ちゃん!!」
「す、すごいや! おめでとう圭一くん!! これは現像が楽しみな一枚になった!」
「やりますわね! 圭一さんも頭を使えるようになったじゃありませんの!! 少しは我が部の部員らしくなってきましたわよー!」
「へへ、俺ひとりで落としたわけじゃないぜ。みんなで当てて、少しずつずらして落としたんだ。……だから、こいつぁ俺たち全員! 我が部の戦果だぜッ!!!」
「そうそう! 全員の力の結晶だね〜!!」
「……魅ぃはくまさんに一発も当ててませんです。」「……う。」
俺はトロフィーのように大きくぬいぐるみを抱え上げると、それをぼすんとレナに押し付けた。戦果はみんなのものだが、このぬいぐるみはレナのものだ!
「そら。こいつは俺から……いやみんなからだな! いつもうまい弁当をありがとよ。こいつぁそのお礼だぜ!」
レナはまさか本当にもらえるとは思わなかったらしく、一瞬面食らったようだった。
「だ、だめだよ圭一くん……、だってこれはみんなの……はぅ、」
「じゃあ落としたのは俺! だからこれは俺の! 俺のだからレナにやるッ!」
もう一回、レナの胸にぬいぐるみを押しつけてやる。…今度は素直に抱いてくれた。
「俺が引っ越してきてから、いろいろ面倒を見てくれたよな。…すげぇ感謝してるんだぜ? ありがとな!!」
「……は、はぅ〜〜!! 圭一くぅん!! ありがとぉ〜〜☆!!!!」
レナが飛びついてくる。後日魅音に、レナはキスしてたよって言われたが、この時は興奮しててよく覚えていない。
かつて、俺は雛見沢を何もないところだと言った。
確かにここには何もない。都会に比べたら、何もかもが何にもないひなびた田舎でしかない。……でも、ここにしかないものもたくさんある。
俺はきっとこの雛見沢に来てたくさんのものを手に入れた。…今この瞬間だって。それはかつての都会の生活では、絶対に手に入れられなかっただろうものばかり。
ギャラリーの大歓声がいつまでもいつまでもこだましているのだった…。
綿流し
やがて社の前の祭壇からどーんどーんと大太鼓の音が響き始める。
もうこの賑やかなお祭りもフィナーレなのだ。
「……じゃあボクはそろそろ出番なので、お先に行くですよ。」
「おっと! 僕も早く行っていいポジションを確保しないとな。…じゃあみんな、後ほどね!」
梨花ちゃんと富竹さんはぺこりと頭を下げるとぱたぱたと人ごみへ消えていった。
「二人ともお勤め、しっかりでございますよ〜!! ささ! 参りましょうでございますわ!」
「ふむ、んじゃ、梨花ちゃんの艶姿を見に行きますかね。行こ!」
「おう! あれ、レナは? ……な、何やってんだよ??」
「け、けけ、圭一く〜ん! 魅ぃちゃ〜ん、……たすけてぇ〜…!」
馬鹿デカいぬいぐるみを抱いてるものだから人の流れにすっかり翻弄されている。
「何やってんだあいつ…。くまの世話で手いっぱいなんだな…。」
「じゃあ圭ちゃんにはレナの世話を頼むかねぇ。私は沙都子の世話で忙しいし。」
「誰が魅音さんの世話になるでございますの〜!! 痛い〜! 手ぇ引っ張らないで下さいましぃ〜…!」
魅音を見失う前にレナの後ろ襟をふん摑まえる。
「けけ、圭一くん……そこ違う…、摑むとこ違う…!」
「注文のうるさいヤツだな。どこならいいんだ。」
「…え……と………はぅ…………、」
レナが俺の分まで恥ずかしがってくれるものだから、俺に恥ずかしさはあまりなかった。レナの手をきゅっと握り、小走りに魅音たちを追う。
「置いてかれる。早く行こうぜ!」
「………う、うん…!」
レナの手ってこんなに華奢だったのか…。……少し運動と栄養が足りねえんじゃねーのか?
……じゃなくて! じゃなくて!!
自分の耳がカーッと熱くなっていく。
冷静になろうとしても、頭の中が「冷静になれ前原圭一」という活字でいっぱいになるばかりで、ちっとも冷静になれそうになかった。
そんな顔をレナには絶対見られたくないと思ったので、俺は振りかえらずにレナを引きずってずんずん進んでいった。
社の前の祭壇はもうすごい人だかりだ。
焚かれた祭壇の炎が真昼のように明るく、熱い。その祭壇にはしめ縄で飾られた布団の山が積まれている。
そう言えば、布団の綿をなんだかするお祭りだって言ってたな。
「圭一さん! レナさーん! こちらでございますのよ〜!!」
沙都子が最前列で手を振っている。
「お! すまんすまん!」
人ごみの間をすり抜け、魅音たちが陣取ってくれた場所へ辿りつく。
「どう〜? ちょっとはレナとドキドキできた〜?」
「やや、やっぱりてめぇ、そーゆうつもりだったのかぁッ!! 俺たちだけ放り出してずんずん先に行きやがってー!」
「レナはどうだった? 圭ちゃんの手って意外に大っきいとか思わなかった〜?」
「はッ、…………はぅ〜……………、」
レナが真っ赤になってしゅうしゅうと蒸気を上げている。
その時、風を切る音がしたので振りかえると、魅音が顔面にあざを残して倒れていた。
「…魅音、…お前、いつ食らったんだ…?」
「はぅ〜、の『は』と『ぅ』の間くらいだったか…な…。」
「レナ…。照れ隠しに友達を殴るのはよくないぞ…。」
「レ、レナ殴ってないよ…し、しし知らないもん…………はぅ。」
…レナの照れ隠しは物騒だ。覚えておかないと命がいくつあっても足りないな…。
どーんッ!! と大きい太鼓が響くと一気に場がシーンとした。
「お静かになさいませ!! 始まりですわ!!」
それは厳かな神事だった。
巫女役の梨花ちゃんが神官に扮した町会の爺さま方を引き連れて登場する。
お年寄りは梨花ちゃんの姿にありがたがりながら手を合わせている。静寂を乱すのは富竹さんのフラッシュだけだった。
「梨花ちゃんが持ってるあのデカイのは何だ?」
「祭事用の鍬だよ。巫女さんしか触っちゃいけない神聖な農具なの。」
農具にしちゃややこしい形をしている。実用性はないだろうなぁ。でも、祭事用なんてそんなもんだ。
祝詞をあげた後、梨花ちゃんは作法に基づいて鍬を振ったり、布団を突っついたりし始めた。
「今度は何だ? 布団叩きかな?」
「あれはね。人間に代わって冬の病魔を吸い取ってくれたお布団を清めてるの。」
「圭ちゃんの布団叩きって表現も、まぁハズレじゃないかね。」
見ると、梨花ちゃんの顔はすでに汗だくだ。
……あの鍬は本当に重いのだろうな。梨花ちゃんが振りまわす度に、重さに負けて体を右に左に振られている様子がよくわかる。
それをじっと見詰め、沙都子は親友に無言の応援を続けていた…。
「…心配か?」
「梨花は毎日毎日、お餅つきの杵で練習してましたですの…。…きっとやりきるでございますわ。」
沙都子は手に汗を握り、梨花ちゃんがよろけそうになる度に息を吞んでいる。
「…魅音とかは巫女役、立候補しなかったのかよ。…梨花ちゃんくらいの子にあの重さは気の毒だろ。」
「そりゃ頼まれりゃやるけどね。…神聖なお役目だからね、誰でも務まるもんじゃないし。」
「そうだよな。巫女は清らかじゃないと駄目だもんな。魅音みたいな下ネタ好き、……ぎゅおぉをぉ…ッ!!」
魅音がわき腹の急所に肘を捻り込む!!
大太鼓がどん! と鳴ると、梨花ちゃんは黙礼をし、祭壇を降りる。…そしてそれを大きな拍手が迎えた。
神官役が、清め終わった布団をお御輿のように担ぎ上げると、見物人たちが一斉に腰を上げる。そして神官たちの後に付き従い、みんなぞろぞろと移動を始めた。
神社の大階段を行列がぞろりぞろりと下って行く。
「今度は何が始まるんだ? 布団を川で洗濯か?」
「あははは。だから、綿流しだってば。」
行列に続き階段を下りていくと、沢のほとりまでやって来た。かがり火がこうこうと焚かれ、ここも真昼のように明るい。
人々が沢に群がり始め、きゃあきゃあと騒いでいる。
「はい、順番順番。並ぶよ圭一くん。」
…何だろう? お神酒でももらえるんだろうか? 紅白まんじゅうかな?
「あはは。食べ物じゃないよ。だから、ワ・タ。」
「あ、あぁ、そうだもんな。綿流しだもんな。ようやく理解したぜ。」
そこでは町会の人たちが、布団の中身の綿を手際よく引き出して、お餅のように丸めてどんどん配っている。
レナがひょいと行列をくぐって、俺の分ももらってくれた。
そしてもらった人々はめいめいに沢のほとりへ向かう。俺たちもそれに続いた。
「圭一くんは初めてだから、やり方知らないよね? レナのやり方を真似するんだよ。」
ワタを右手にもち、左手で御祓いみたいにしてから、額、胸、おへそ。そして両膝をぽんぽんと叩く。
「これを三回繰り返すの。そして心の中で、オヤシロさまありがとうって唱えるんだよ。」
「オヤシロさまってのが、この神社で祀ってる神さまの名前なのか。ふむふむ。」
レナに倣い、ぽんぽんと三回繰り返す。オヤシロさまありがとう…オヤシロさまありがとう…オヤシロさま……。
初めて名前を聞く縁のない神さまだが、俺も雛見沢に引っ越してきた以上、このオヤシロさまの世話になるわけだ。そういう意味ではちゃんと敬わないといけないだろうな。
「これでね、体に憑いてた悪いのがこの綿に吸い取られたの。……で、あとは沢の流れにそっ、と流してね、おしまい…。」
レナと一緒に、俺も綿をそろりそろりと水面に浮かべる。
雛見沢中の病魔を吸い取り、綿の花が次々と水面に咲き、そして流れに消えて行く。
…悪いものを吸い取った綿が、沢を下って闇の向こうに消えていく。
それは、悪いものを浄化してくれる清浄な世界に続いているのだろうか。……俺は何となく、目が吸い込まれるように、その闇の向こうへ流れていく沢の流れを見つめているのだった……。
「うん。これで今年も一年、健やかに生活できるんだよ。」
レナはそう言いながら微笑んだ。
テレビで見た灯籠流しのような華やかさはなかったが、引っ越してきたばかりの俺が、ようやく雛見沢の住人として認めてもらえたような、通過儀礼的な心地よさがあった。
今年は誰だろうね
沢の流れをぼんやりと見詰めていた俺は、いつのまにかレナとはぐれていた。
でも、そんなに心細いとは思わない。もうここは知らないところじゃないんだ。…自分が住む、地元だ。
ヘタにうろちょろしないで、ここで待っていた方がいいだろう。きっと夕涼みでもしている内に誰かが見つけてくれるに違いない。
…その時、ふと、知っている声が聞こえた。富竹さんの声だった。
俺はそちらへ足を向ける。富竹さんとおしゃべりでもしていれば、その内誰かが見つけてくれるさ。
「どうですか富竹さん、いい写真はいっぱい撮れましたか?」
「あぁ。御陰様でね!」
富竹さんは女の人と一緒だった。…気付かなかった。ちょっと悪いことをした気がするな。
「前原くんはどうだったかしら。お祭りは楽しめた?」
その女性の口調からすると雛見沢の人のようだ。向こうは俺を知っていても、俺が向こうを知らないのが申し訳ない。……そろそろいい加減、俺も住人の顔を覚える努力をしないといけないな…。この人は何て名前だっけ……。
「その………えぇと…、楽しかったです。」
俺が必死に名前を思い出そうとする様子がよっぽど表情に出ていたのだろうか、女性は愉快そうに笑った。
「圭一くんはまだ引っ越してきて日が浅いんだそうだね。他の子たちととても親しげだったから、とてもそうは思えなかったよ。」
もしもそう見えたなら、それはレナや魅音や、みんなのお陰だろう。
「あなたも今日のお祭りに参加して、自分が雛見沢の人間になれたんだ、って自覚できたんじゃないかしら…?」
「………うーん…どうなんでしょうね。」
「おや、圭一くんらしくない返事だね。あんなに元気にみんなと遊べるなら、もうそれは立派な雛見沢の仲間ってことじゃないかい。」
自分ではもう雛見沢に馴染めたつもりでいる。
だが…俺にはまだまだ知らないことが多過ぎる。例えば、こうして出会う人たちの顔とか。……過去の出来事とか。
過去の出来事。
……その言葉に、俺は一度は忘れられた気でいた、あのことを思い出してしまう。
レナや魅音に聞いたのに、知らないの一言で片付けられてしまった、あの事件。
でも、写真週刊誌には確かに掲載されていて、確かに雛見沢で起こった、あの事件…。
「…なぁんだ。その程度のことで君は疎遠に感じていたのかい?」
「疎遠なんて大袈裟なもんじゃないですよ。…ただその、……なんていうのか……。」
この村の大事件、ダム工事のこととか。それを巡る戦いのこととか。……聞いても知らないふりをされる、過去の残酷な事件のこととか。
終わったこととは言え。…雛見沢に住まう人間として、明るい部分だけでなく、暗い部分についても知っておきたいと思ったのだ。
それを知ることは義務ではないかもしれない。自分の低俗な好奇心のせいかもしれない。
「それを知ることで君が納得するなら……、僕の知っている範囲で何でも教えるよ。」
「ほ、本当ですか!」
富竹さんの笑顔がいつになく頼もしい。
そうさ、俺のこんな下らない好奇心は、ちゃんとした話を聞けばそれで解決してしまうのだ。しかも、俺が知りたいのは真実じゃなくて、ただすっきりしたいだけ。それだけの、本当に下らないことなのだ。
「じゃあ………、えっと、まずダム工事について聞かせて下さい。雛見沢が水没するとかいう、大事件だったんですよね…?」
「ダムについては……多分、ここの人に聞いたほうが詳しいと思うけどなぁ。ま、僕が知っている範囲でいいんなら。…新聞で読んだ程度だけどね。」
富竹さんは遠くを見るような目で記憶を辿ると、それを語ってくれた。
「ダムの計画が決まったのは七、八年くらい前なんだ。黒部に次ぐ巨大な計画だったと聞いてるね。」
当時の日本の重点課題は三つ。交通網整備による列島改造と需要の高まる電力供給。そして治水だった。
中でも発電と治水、そして莫大な経済効果を生み出すダム建設はラッシュだったという。そしてこの地でもダム建設の気運が高まり、この雛見沢に白羽の矢が立ったのだった。
「ダムの完成に伴って生まれるダム湖はかなりの面積になったらしいね。この雛見沢からずーっと上流の谷河内辺りまでが全部沈むことになったらしい。」
「…しかし…、なんだって人が住んでる雛見沢にわざわざダムを造るんすか? もっと他の、人が住んでないところに造ればいいのに。」
「んん〜…、…よくは知らないんだが…ダムを造るのに適した地形ってのがあったって聞いてるね。」
となれば雛見沢では当然、反対運動が起こった。以前、梨花ちゃんが「戦った」と表現したが、それからも激しいものだったことが窺える。
「裁判にもなったし議会でも取り上げられたんだ。東京の新聞にも載ったよ。」
魅音も確かそんなことを話してたと思う。きっと雛見沢住民は一丸となって戦ったんだろうな。…雛見沢の、アットホームの一言だけでは言い表せない連帯感は、きっとこの戦いの賜物なんだろう。
「で、いろいろな不祥事や汚職が発覚してね。ややこしいことになっている内に工事中止が決まったんだそうだよ。」
「…………なるほど……。」
「これで充分かい? それとも、まだ他にもあるのかい? 圭一くんの疑問がそれで晴れるなら、僕の知ってることなら何でも教えてあげるよ。」
富竹さんは頼もしそうに胸を叩いてくれた。……なら、聞いてみるなら今しかないだろう。…富竹さんなら、きっと惚けずに教えてくれる…。
いかにも年頃の男の子が興味を持ちそうな猟奇事件。
レナや魅音にちょっとお預けをくらったからといって、かえって興味を持つ自分の安っぽさがちょっぴり恥ずかしかった。
でもせっかくなので聞いてみる。それでこの妙な好奇心が引っ込むなら……。
「あの………バラバラ殺人って…ありましたよね?」
「あぁ、あったね。偶然、その時期に雛見沢にいてね。だからよく覚えてるよ。」
恐る恐るの切り出しに、富竹さんはさも何でもなさそうに答えてくれた。
「……ちょうど四年前の今頃だったかなぁ。あれも確か綿流しの日だったね。」
ダム工事の継続を巡って議論が紛糾、相次ぐ不祥事に揺れに揺れたダム騒動の末期の出来事。…そして、ダム計画に終止符を打つことになる事件だった。
ダム工事の現場の人たちで喧嘩があり、被害者を殺してしまったという。発覚を恐れた加害者六人は遺体を六分割し、それぞれが遺体を隠したらしい。
結局、六人の犯人の内、五人は逮捕されたというが、残った一人は依然逃亡中。彼の隠した右腕部分が今でも見つかっていないという。……なるほど、富竹さんが前に言っていた、腕が一本まだ見付かってないんだろというのはこれのことなのか…。
あとの大まかな内容は、以前拾った写真週刊誌で読んだのと同じだ。
確かに悲惨な事件だが……、レナや魅音が俺にひた隠すほどのものとは思わなかった。そこは男の子と女の子の感性の違いだろうか。
…あるいは、引っ越してきたばかりの俺に雛見沢のマイナスイメージを持たせたくなかったんだろうな…。
そんな友人たちの気遣いに感謝すると共に、にもかかわらず興味を持ってしまった自分をちょっぴり悔いた。
「当時はダムのトラブルの末期だったからね。オヤシロさまの祟りだ、って言ってずいぶん騒がれたんだよ。」
「オヤシロさまの祟り…か。」
オヤシロさまってのは今日のお祭りをやったあの神社で祀られている神さまの名前。……なるほど。雛見沢を水没させようとする悪のダム工事に守り神さまがバチを当てた、ってことなのだろう。
「若い人たちはそうは思わなかったみたいだけれど…。お年寄りたちはオヤシロさまの祟りだと強く信じたわねぇ。」
さっきまで黙って聞いていた富竹さんの連れの女の人が、そう言いながらいたずらっぽく笑った。
合わせて富竹さんも笑ったので、俺もつられて笑うことにする。
「…でも、…今ではどうかしらね。結構いるんじゃないかしら。若い人にも。」
「いるって、…何がですか?」
「信じてる人だよ。…オヤシロさまの、祟り。」
富竹さんも女の人も、笑顔のままだったが、目から笑いは消えていた。
……その時、今まで涼しいと感じていた風が、…なぜかひゅぅっと、冷え込んだように感じた。
後に俺は後悔する。…聞かなければよかったと、後悔する…。
「その後ね。毎年起こるんだよ。……決まって今頃にね。」
「起こる、って…何がですか。」
富竹さんはそこで少し、もったいぶるように間を置き。周りをうかがうようにしてから小声で続けた。
「毎年…綿流しの日になるとね。………誰かが死ぬんだよ。」
富竹さんはそこで一度言葉を区切る。…世界から人々の喧騒が消えていって、急に静かになった気がした。
「バラバラ殺人の翌年の綿流しの日。雛見沢の住人でありながらダムの推進派だった男と、その妻が旅行先で崖下の濁流に転落して死亡した。奥さんに至っては死体もあがってない。」
「雛見沢の人間でありながらダムに賛成していた、ある意味、裏切り者の男だからね。事故当時、お年寄りたちはオヤシロさまの祟りだと囁きあったものよ。」
女の人はやはりいたずらっぽく笑って言った。
「さらに翌年。綿流しの晩。今度は神社の神主が原因不明の奇病で急死した。奥さんはその晩の内に沼に入水自殺した。」
「神社の神主って……今日のこの神社の神主ですか?」
女の人は頷く。
「村人たちは、オヤシロさまのお怒りを鎮めきれなかったんだ、って噂したわね。」
「さらに翌年。これもまた綿流しの晩。今度は近所の主婦が撲殺体で発見された。」
…主婦?
これまで怪死した人々は、みんなダム関係者やオヤシロさまに縁がある人ばかりだった。
それを思うと……ひょっとしてこの主婦も何か関係があるのでは……と思ってしまう。
「その通りよ。前原くんはいい勘をしているわね。くすくす。」
女の人はいたずらっぽく、…いや、むしろ残酷にそう断じた。
「被害者の一家はね、…その二年前に転落死したダム推進派の男の弟一家に当たるのよ。」
「弟本人はまだ生きてるらしいね。でもやはり……かなり気にしてね。近隣の町に逃げるように引っ越してったらしいよ。」
「……………………。」
…しばらくの間、俺は呆然としているしかなかった。
雛見沢存亡を賭けたダム工事との戦い。そしてその最中に起きた凄惨なバラバラ殺人事件。
俺が知っているのはそれだけだったし、また聞きたかったこともそれだけだったはずだ。
だが…実際はそれだけではなかった。
殺人。死体損壊・遺棄。事故死。病死。自殺。撲殺。
……俺は、基本的に現代っ子だ。祟りなんて本当は信じない…。…だが…こんな怪死が毎年、それも綿流しの日に起こり、しかも死ぬ人がいつもダム工事の関係者だなんて……?
考えたくないが、何かの意志に基づいて事件、…いや、…祟りが起こっているのは明白だった。
そのいずれもが、個々に偶然だと断じるのはあまりに容易だ。
だが……それらもこうして積み重なっていくと……それを偶然だと決め付けることの方がよっぽど冷静さを欠いているように思えてくる…。
祟りなんか、信じない。…だけど……毎年、綿流しの日に何かが起こるという「意志」だけは確実に、……ある。
俺のそんな様子を見て取ったのか、女の人はくすりと笑った。あたかも、怖がらせ過ぎちゃったかしら、とでも言わんばかりだ。
内心を見透かされたのが恥ずかしくなり、少し苛立つような、急かすような口調で富竹さんに先を促した。
「で? その調子でいくなら、その翌年の綿流しの晩にもまた人が死ぬわけですよね…? 今度は誰が死ぬんです?」
「さぁてね………圭一くんは誰だと思うかな?」
「は……はぁ!?」
それまで、聞きたいことを親切に頼もしく教えてくれた富竹さんが、急にもったいぶるような口調になった。
早く先が聞きたい自分は、その嫌味な言い方にちょっとだけかちんと来る。
「はぐらかさないで下さいよ…! 俺は結構、真剣に…!」
「…くすくす。前原くん、落ち着いて。」
女の人にやんわりとなだめられ、自分が取り乱していたことに気付く。
「別にはぐらかしたつもりはないんだよ圭一くん。つまり……その翌年の綿流しってのはつまり…、」
「今日よ。」
富竹さんの躊躇をあっさりと女の人が片付ける。
……じっとりとした汗を誘う、嫌な風がどっと吹いた。
「みんな口にしないけど……。今夜また何か起こるんじゃないかって思ってる。」
「こ、こんなにお祭りで賑わっているのに!?」
誰もが今日のお祭りを満喫していた。誰もが至福の笑顔を浮かべていた。…なのに、その心の中では、今夜もまた誰かが祟りで死ぬんじゃないかと信じているってのか……!?
「あのね、去年の被害者の主婦は不信心者だったらしくてね。綿流しのお祭りに参加しなかったらしいの。」
「今年の綿流しに参加しないと、オヤシロさまの怒りに触れるかもしれない、って噂。…圭一くんなら聞いてるんじゃないかい?」
……そんな噂、微塵も聞いていない。
「…じゃ、じゃあみんなのお祭りの参加は…………祟りを恐れて!?」
「そうなんじゃないかと思うね…。…今年の綿流しは例年になく参加者が多いと思うよ。」
「やっぱりみんな、……怖いんでしょうね。オヤシロさまの祟り。くすくすくす。」
「………………。」
絶句するしかなかった……。
この昭和の時代。あらゆる分野が目覚しい進歩を遂げ、無知と未知の闇を照らし出してきた。白黒テレビは絶滅したし、宇宙ロケットは人類を月へ運んだ。
なのに…。そんな現代社会なのに……?
「サクラってことで近隣の町の子供会をかなり招待したらしいけど、やっぱり一連の事件を受けて…あんまり参加はなかったみたいね。子供が来てくれない、って町会の人がぼやいてたもの。」
「警察もね、過去の事件は全て別個のもので関連性はないとしてるみたいだけどね。……警備ってことで私服警官をだいぶ立たせてたみたいだよ。今年は結構見掛けたね。」
レナや魅音の口が重かった理由が…少しずつ見えてきた気がした。今年の綿流しで何も起こらなかったなら、俺には何も知らせずに済むのだろう。
……何も起こらなければそれでいい。そうすれば、全ては杞憂だ。
俺は初めから何も知らないふりをすればいい。彼女らも何もなかったかのように振舞うだろう。…そしてまた、いつもの日常が戻ってくるんだ。
最後に残る感情は、みんなの気遣いを蔑ろにして下衆な好奇心を優先させた自分の浅ましさだった。
「…やっぱり刺激が強過ぎたかしら?」
女の人は緩く髪をかきあげながらため息をつく。
「い、いえ、…そんな、全然…、」
精一杯強がったつもりだったが、かえって狼狽ぶりを露呈するだけだ。
富竹さんはそんな俺の様子を見て、少し後悔しているようだった。そしてひとつ息を吐くと、いやに明るく振舞いながら言った。
「まさか圭一くん、祟りなんて信じてるわけじゃないだろ?」
「…そりゃ…まぁ……。」
「全ての事件が原因不明で犯人も手口もナゾ、っていうなら僕も祟りを疑ってもいいよ。だけど実際には違う。どの事件もちゃんと警察が捜査して真相や犯人を究明してる。」
「え、…そうなんですか?」
警察という単語がなんだかとても頼もしく感じられた。祟りというキーワードと最も対に位置すると思ったからだ。
「……例えば、一番最初のバラバラ殺人。言ったよね? 犯人は一人を除いて全員逮捕されてる。残った一人だって時間の問題さ。動機だって、酒の上での口論からと判明してる。祟りなんかじゃない。……だろ?」
確かに…綿流しの日に起こった事件でさえなければ、祟りとは無縁な事件だと思う…。
「次の、推進派の男の夫婦の事故死だってそうさ。恨みを買う立場だったからね、警察が特に入念に捜査したと思うよ。それで発表は事故。他殺じゃない。」
「でも……また綿流しの日に起きたんですよね…?」
「ははは。考えてもみなよ圭一くん。…雛見沢に敵が多かった彼が、地元のお祭りにおちおち参加できると思うかい? 彼にとっては綿流しの時期は特に雛見沢に居辛い時期に違いないよ。だからわざわざこの時期に旅行をし、意図的に雛見沢を離れようとしたんじゃないかな? それでたまたまその旅行先で偶然の事故に遭ってしまった。」
いまひとつピンと来ない説明だったが、富竹さんが何を言おうとしているのかはなんとなく伝わった。
だから俺は敢えて素直に、そうだと思えるに足る疑問をぶつけてみた。
「じゃあ富竹さん、…その次に死んだ神主さんはどうです? 原因不明の奇病だ、って。…それも、またしても綿流しの日に…。」
「神主さんはもっと説明が付き易いよ。綿流しのお祭りは神主さんにとっては年に一度の大行事。過労に体調不良が重なったんだろうね。あるいは元々持病があったのかもしれない。」
「でも、奇病ですよ? この医学の進歩した時代に原因不明なんて…。」
「尾ひれだよ。病気で亡くなったって噂を、誰かが祟りっぽく奇病だ祟りだと騒いだだけさ。三年連続で事件が起こればそう考える人が現れても不思議はないさ。……急死は確かに不自然だったかもしれないけど。こういう死に方をすると必ず警察が検死をする。…で、事件性は発見されなかったんだろ? 本当に偶然の病死なんだよ。」
「…確か神主の奥さんが自殺してますよね? じゃあこれは?」
「すでに説明したとおりさ。三年目の事件に村人たちは動揺していた。信心深い人たちはすぐに祟りだと決めてかかったのさ。……もちろん、神主の奥さんもね。自殺の際に、死んでオヤシロさまの怒りをお鎮めする……みたいな遺書が見つかったらしいし。」
「じゃあじゃあ! ……次の主婦の事件は? またしても綿流しの日に!」
「この事件は犯人も逮捕されて解決してるよ。一種の異常者で、雛見沢の祟り騒ぎを面白がって再現したと自供してる。」
「じゃあじゃあじゃあ! …次の年の事件は!? …あ、えぇと…。」
そうだ。その次の年は今年だ。富竹さんが明るく笑う。
「はははは、もう何も起こらないよ。今度こそね。…オヤシロさまの祟りなんて元々ない。一連の偶然を、あると信じている人たちがそうだと吹聴しているだけさ。」
「………な、…なるほど……。……んんん…。」
…ようやく、脳のコンピューターが冷静さを取り戻してくる。ややもするとパニックを起こしていた自分のお子様加減が恥ずかしい…。
「僕は圭一くんが雛見沢をとても好きだと思ってること、よく知ってるよ。……仮にオヤシロさまの祟りが実在したとしても。そんな圭一くんに祟りがあるなんてとても思えないね。」
「そうでしょうか…。」
「そうさ! オヤシロさまは雛見沢の守り神さまだよ? こんなに雛見沢を愛していて、綿流しのお祭りでこれだけ楽しそうに遊んでた君を、どうして祟ったりなんかするんだい。はっはっはっは、だろ?」
……少し、心が軽くなる。
そして、ようやく自分の心に今日まで居座っていたもやもやが完全に払拭されるのを感じた。
今夜聞いた話は早く忘れるべきなんだろうな。レナや魅音たちには明日、いつものように笑顔で向かい合おう。みんなだって今夜が無事過ぎ去り、俺を不安がらせることなく明日からを過ごして行くことを望んでいるはずだ。
俺のそんな様子を見て取ったのか、岩に腰掛けて耳を傾けていた女の人が、伸びをしながら立ちあがった。
「……さて、と。そろそろ私は戻らないとね。」
「おっと…! そうだったね。僕も少々長くお喋りし過ぎたかな!」
すっかり話に夢中になってしまっていたが、気付けばだいぶ時間が経っているようだった。
あれだけいた大勢の人々の姿はすっかり減り、今では夕涼みを楽しむ何組かの家族連れが目に留まるだけだ。
時計を見ると…たっぷり小一時間くらいは話しこんでしまったらしい。
「前原くんもお友達といっしょに来たんでしょ? みんなを探したら?」
「…そうだった…! みんな、俺のことを探してるかもしれない!」
「はははは! 女の子に探させるなんてなかなかの罪人だねぇ。」
「じゃあね、おやすみなさい前原くん。…ジロウさんもね。また後ほど。」
…富竹さんも充分に罪人みたいだぞ。そうか、富竹ジロウさんて言うのか…。下の名前が初めてわかった。
女の人はお尻の埃を払う仕草をすると、まだ撤収で賑わう境内の方へ去っていった。
それを見送っていると、入れ替わりにレナが駆けて来るのが見えた。その後にみんなの姿も見える。
「圭一く〜ん!! ごめんなさぁ〜い!!」
「悪ぃね圭ちゃん! すっかりみんなで話しこんじゃっててさ! あっひゃっひゃっひゃ!」
「私、言いましてよ!? 早く圭一さんを探しに行きましょうって!!」
「みー! 迷子の圭一が心細くて泣き出すまで放置していたのですよ。にぱ〜☆」
…別にみんなに非はない。俺の方だってみんなのことをすっかり忘れて話しこんでいたからな、おあいこだ。
「あぁら、富竹さんもご一緒でございましたの! 丁度よかったですわぁ〜!!」
「……今日の射的の結果発表がありますです。」
「くっくっくっく! 今日の射的勝負には、ビリに素敵な罰ゲームがあるっての、忘れてもらっちゃ困りますねぇ〜!」
「あ、…そ、そうだったねぇ…! 結局、ビリは僕なのかな?」
結局今日の勝負は、俺の劇的な大勝利の後、最後に梨花ちゃんが挑むが、何しろもう標的がほとんど残っていない。…あるにはあるが、どれも小さくて難度の高い的ばかり。
しっかり狙って撃つが三発とも見事に外し、富竹さんと同着ビリとなったハズだった。
…が、店頭でみぃみぃと泣きだし、露店のオヤジを萌え殺す。残念賞としてガムを入手。これによってビリを回避するという暴挙にて見事ビリを回避したのだった…。
「俺は今夜の一連の梨花ちゃんの振る舞いで確信したよ。…梨花ちゃんって、…結構狸だろ。」
「み〜☆ 圭一の言ってる意味がわかりませんです。」
「なワケで! ビリは富竹さんに決ッまり〜!!!」
みんなできゃっきゃと騒ぎながら拍手。富竹さんはよくわからず照れて苦笑している。
「じゃ〜富竹さん、覚悟はいいかなぁ? 罰ゲーム!!」
「え? あ、……あはははは! い、一体どんな罰ゲームなのかなぁ…?」
「くっくっく! まぁ富竹さんは正規部員じゃないからねぇ…? アレで行くかねぇ!」
魅音がポケットからマジックを取り出す。……あぁ、アレだな。
「魅音、武士の情けだ。せめて水性にしてやれ。油性は辛い。…あの後、顔を洗うの大変だったんだぞー!」
「あはは、油性じゃないとだめだよ。お洗濯したら落ちちゃうじゃない。」
「わわ! なんだいなんだい!? お手柔らかに頼むよ!?」
みんなで富竹さんを羽交い締めにし、そこに魅音がマジックを片手に近付いていく。
「きゅきゅきゅ、っと!」
だが魅音が書いたのは顔面にではなく、富竹さんの着ているシャツにだった。
〝今年こそメジャーデビューだね! 魅音〟
次にマジックを受け取ったレナは〝今度写真も見せて下さいね☆ レナ〟。
……なぁんだ。ちょっぴり微笑ましくなり、苦笑いしてしまった。
「はは、これじゃあ罰ゲームってより、寄せ書きじゃないか。」
「ほほほ! 私は甘くはありませんのよ? ちゃんと罰ゲームで行きますわぁ!」
〝やーいビリ! 沙都子〟
〝次回はがんばりましょうです。 梨花〟
「圭一もどうぞです。思いっきりキツイのを書くとよいのですよ。」
「そうだなー、俺は何にするかなぁ…。」
だいぶ迷ったが、この罰ゲームの趣旨を考えれば……これが一番妥当だろう。
〝また遊びに来てください。 圭一〟
富竹さんはずっと黙っていた。初めは面食らっている様子だったが、最後の方は違う表情を浮かべていた。
「これを着たまま帰京するのも、罰ゲームの内に入るのかな?」
「もっちろん! ちゃんと着たまま家に帰ってね〜!」
「あははは、次に来るときにも着てきてくれるといいかな。かな!」
感極まった様子だった。恥ずかしさとか、他にもいろんな感情のごちゃ混ぜになった、真っ赤な顔だった。
「わかった。次に来るときもこれを着てくるよ。約束する!」
みんなの歓声と拍手。今夜で一度お別れする仲間への最高のプレゼントだった。
境内の方に富竹さんの連れの女の人が待っているのが見えた。富竹さんもそれに気付いているようで、もう別れの時が来たことを悟る。
「お連れ様がお待ちみたいじゃ〜ん? そろそろお時間かなぁ? ん〜?」
「ん、ん〜、そうみたいだねぇ…はは。」
照れ隠しに笑いながら、富竹さんは女の人のところへ駆けて行き、待たせたことを詫びているようだった。
俺たちはめいめいに冷やかしの言葉を富竹さんに投げかける。その度に富竹さんは振り返り、手を振ってくれた。……やがてその後ろ姿は夜の闇に溶けこみ見えなくなった。
わりとあっさりとした別れ際だった。でも、みんなにとってはこれが初めての別れじゃない。もう何度もしてきたことなんだ。
「…行っちゃったね。」
「じゃ、うちらも引き上げるかね。」
梨花ちゃんは実行委員さん同士で集まりがあるので残るらしい。沙都子もそのオマケで付いていくらしい。俺らはいつもの下校チームで帰宅する。
また明日学校で! それだけを交わし合うと、俺たちは解散した。
帰り道で、今日の戦果についていろいろと盛り上がる。あそこはああすればよかったとか、これにはやられた、とか。まだまだみんなの余韻は冷めぬようだった。
魅音と別れ、レナと二人になり、そして俺の自宅に着きレナとも別れる。
「こんな時間だけど、…一人で大丈夫か?」
「うん、全然平気だよ! 近いし。走って行くし。」
「…ヘンなヤツがいたら大声出せよ。」
「出したら…助けに来てくれるのかな? ……かな?」
「聞こえたらな。」
「はぅ…! …………ぅ、うん! 聞こえるくらい、大きな声を出すね!」
レナはこれ以上ないくらい、ぶんぶんと腕を振りまわしながら元気よく去って行った。大丈夫。あの状態のレナなら大の大人でもかなうまい。
レナの賑やかな気配も消え、ようやく深夜の静寂が戻る。
……誰もが微塵ほども口にしない祟りの話。……知れば知るほどに不安になる、今夜。
みんなも…表情に出さないだけで、きっと不安に思っているに違いない…。だからこそ、今夜をあれだけ元気に騒いだのだろうか。
だが、何も起こらなければそれはただの杞憂だ。
何も起こらないさ。不吉なことなど、何も。
家に入り、お袋に今日の祭りはどうだった? 楽しかった? と聞かれ、俺は胸を張って最高に楽しかったと答えた。
「母さんは行った? 綿流しのお祭り。」
「結局、お父さんが起きなかったからね。行きそびれちゃったわ。残念。」
お袋はさも残念そうに舌を出すのだった。
ダム推進派の転落事故
××日午後二時頃、鹿骨市雛見沢村×丁目、会社員×××さんと妻××××さんが、県立白川自然公園内の展望台から二十七メートル下の渓流へ転落、行方不明になった。警察と消防で下流を捜索し、同日夜七時頃、×××さんの遺体を発見した。妻の××××さんは依然見つかっていない。渓流は先日の台風三号の影響で増水しており、捜索は難航している。
××さん夫妻は展望台で柵にもたれかかっていた所、柵が壊れ転落した模様。柵は老朽化しており、警察は公園内の設備管理が適正だったか関係者から事情を聞いている。
古手神社神主の病死
××日午後十時頃、鹿骨市雛見沢村×丁目、古手神社神主の××××さんが体の不調を訴え病院で手当てを受け一時は回復したが、深夜に容態が急変、死亡した。関係者の話では、当日開催されていた祭りの準備等で相当の心労があったと言う。
また、××××さんの死亡直後、妻の××××さんが遺書を残し行方不明になった。警察と青年団で捜索を続けているが、遺書で自殺をほのめかした鬼ヶ淵沼は地元では底なし沼として知られており難航している。
主婦撲殺事件
(新聞には掲載されなかった……)
無線記録
「興宮STより、三号どうぞ。三号どうぞ。」
「三号です。感度良好ー。」
「応援が向かいました。別命あるまで維持でお願いします。どうぞー。」
「はいー、三号了解。」
「それから回転灯は点けないでお願いします。静か静かで願います。」
「STー、今、地元の先生が到着しました。運びたいそうですがどうしますか。どうぞ。」
「了解しました。先生に任せてください。」
「はいー。了解です。……あ、応援も到着しました。運ぶ前に写真撮らせた方がいいんじゃないですか? …ガイ者、もームダだと思いますしー。」