遙か凍土のカナン
第二回
芝村裕吏 Illustration/しずまよしのり
公女オレーナに協力し、極東にコサック国家を建設せよ。広大なユーラシア大陸を舞台に、大日本帝国の騎兵大尉・新田良造(にったりょうぞう)の戦いが始まるー。
第二章 黒溝台決戦
この頃、遠く砲撃の音を聞きながら、日本軍から黒鳩金と呼ばれるアレクセイ・クロパトキンは日本で釣り上げたボラを思い出していた。この年五七歳になる。眠りにつく、前であった。
名前の短さから分かる通り、そんなに立派な生まれではない。父は釣りが好きなだけの大尉止まりの退役軍人だった。その息子は成績優秀で知られたが、にもかかわらず帝政ロシアにおいてその出自から大変な苦労を重ねた。
普通はそこで世の中に不平不満を持つところである。ところが庶民出といって良い彼は世の中の誰かを恨んだりしないでも良いくらいの才能に恵まれた、戦略の天才であった。少ない資源を最大限利用し、大きな事を成し遂げる事に、希有の才能があったのである。だから彼は誰も憎まず、世の革新も求めることがなかった。
その彼が若い頃、出世のために立てた戦略が二つある。
一つはかなりどうでもいい庶民という出自を利用した、徹底した局外中立策である。彼は貴族同士の争い、貴族出身軍人と平民出身軍人の争いを中立的な立場から仲裁し、仲裁することで少しずつ立場を昇っていった。慎み深く、欲深いことは一つも要求せず、それ故に出世した。常に小さな分け前を得てそれを積み上げる、アレクセイ・クロパトキンのやり方である。
もう一つは、貴族への便宜である。彼は軍事というものが貴族という血族的集団から技術官僚に移っていく大きな流れの中で、技術官僚として可能な限りの便宜を貴族達に払いつつ、大きな流れの上をゆっくり流れていった。
彼は他の庶民出身者と異なり、急進的ではなかった。むしろ貴族をも偉大なるロシアの一部として愛してさえいた。滅びゆく貴族達に愛惜を惜しまず、弱体化し消え去りゆく貴族達は、この天才に感謝しながらゆっくり小さくなっていった。
今少し彼に力があり日本を破っていたら、おそらくは貴族階級はもっと穏やかに心静かに消えていっただろう。この時、内戦など起きなかったはずである。
彼は若いときに立てたこの戦略を、持ち前の気の長さでゆっくりと実行していったが、一方で厳しく自分を律した。偉くなり、可愛がられるようになってつきあいが増えた貴族階級にかぶれないように、必死に努力したのである。
どこまでいっても自分は庶民であり、庶民だからこそ価値がある。クロパトキンはそう思い、派手な趣味など一切やらず、父と同じく釣り糸を垂れるのを趣味とした。彼は釣り人であった。その妻は魚料理を自慢としており、クロパトキンはそれをもって、自分の境遇の全部を許した。羊飼いのような格好をして、嬉々として夏の河へ出かけた。魚釣りに行った回数だけ、己と家族の身を守るのだと思っていた。
そのクロパトキンは、日本軍を高く評価していた。
日露が戦う直前である明治三六年に日本へ行き、実際見聞きした上での判断である。
一方で戦略の天才である彼は日本に勝つ方法に、簡単に気付いてしまった。ロシア軍人的にいって、馬が少なすぎたのである。
彼はあっさり、日本は優秀だがすぐに兵站面で破綻すると判断していた。輸送馬の少なさを人力輸送で補うにも、限界がある。
補給が弱い軍隊は敵にもならない。弱小国の悲しみだなと、クロパトキンは思う。とはいえ同情するのは勝ったあとでということになろう。
ところが、このクロパトキンの考えは、本国ではあまり受け入れられなかった。
後退によって相手の補給線を引き延ばし、しかるのちに反転攻勢に入るというのはロシアの伝統的なお家芸であるのだが、これを採用したクロパトキンを、本国は弱気となじった。
なじったのには理由がある。海外の報道である。
日露戦争はニュースメディアの戦争である。当事国だけではなくアメリカでもヨーロッパでも日露戦争の様子は注視され、ニュースは続々配信されていた。このニュースで、クロパトキンは連戦連敗しているとはやし立てられたのである。
この報道に、国内の反体制派が飛びついた。政府がいかに駄目であるかの喧伝に使った。
クロパトキンからすればどうせ何をしても文句を言う連中と、敵国とつるんだイギリスの宣伝工作ではないか、動揺するにあたらないという態度だったが、本国では貴族達の力が弱まっていたこともあり、民衆の動揺を抑えきれないでいた。
対応に苦慮した宮廷は、対策として新たな高級将官を送り込んでいる。
オスカル・フェルディナント・カジミーロヴィチ・グリッペンベルク。長い名前のこの将軍は、日本軍から黒鳩金と呼ばれるアレクセイ・クロパトキンのメディアでの評判と消極的な戦略に対して、軌道修正を要求するためにサンクトペテルブルクから送り込まれてきた老将軍である。
ところが彼は、クロパトキンより上の立場を以て来たわけではなかった。指揮系統は二重化し、混乱した。クロパトキンは先年冬からずっと軍の指揮権を取り戻すのに躍起だった。
遅れてやってきたグリッペンベルクが最初にやったのは軍の閲兵である。閲兵を通じて練度や士気が驚くほど良好であることに自信を深めたグリッペンベルクは今後の後退は許さずと訓示、停滞した戦線から全軍による反転攻勢に転じるつもりであった。
クロパトキンはあきれた。兵の練度や士気が高いのは組織的にうまく撤退し、負け戦だと兵に認識させなかったなによりの証拠であるし、グリッペンベルクは味方の状態を見れども敵の状態を見ていない。補給の乏しい敵は、ここに来て防御を固めている。火力の増大した現代において冬期攻勢は自殺行為としていさめたが、グリッペンベルクは取り合わなかった。
グリッペンベルクにも言い分はある。クロパトキンは満州に来て、満州のことしか見ていないと苦い思いをしている。本国の置かれている状況を無視して戦争など出来はしないのである。新聞とうわさ話にあふれ、株価や先物に一喜一憂する人々を、忘れてしまったのか。
結局、政治的妥協が成立した。グリッペンベルクもクロパトキンも、互いの言わんとする事が分かっていたので、強く出る事が出来なかったともいえる。
軍事における政治的妥協に良かったものなど一つもないが、この時もそうだった。グリッペンベルクは全軍の三分一にあたる第二軍一〇万人だけを用い、限定的な冬期攻勢に出たのである。
狙うところは一番手薄な左翼の突破。突破すれば消極的なクロパトキンも考えを改め、その上で全軍攻勢となるであろう。進撃路が限定される問題はあれど、火力の集中点が明確になっていると思うべきだ。
「そんなにうまくいくわけがあるか」
遠く砲撃の音を聞きながら、日本軍から黒鳩金と呼ばれるアレクセイ・クロパトキンはそう呟いて、ため息をついた。補給が細いとはいえ、数日いや、一週間は日本軍は勇ましい戦いが出来るだろう。短期決戦は日本の求めるところですらある。グリッペンベルクの行おうとすることは敵への施しでしかない。よしんばこの戦いに勝ったとしても、それがより悪い状況を生むと何故分からない。一度の敗戦は日本人を正気に目覚めさせるだろう。補給の細さに攻勢の限界を感じ取って、戦略を変えて海岸まで後退し防御に専念すれば、単線でしかないシベリア鉄道だけでロシアは全軍を維持することになる。そうなれば彼我の補給状況は逆転する。いずれロシアは補給にあわせて兵力を削減することになり、日本はまた再び襲いかかる。ロシアは常に東に頭痛の種を持つ事になる。
ロシアの陸軍は強い。強いがロシアの海軍はさほどでもない。現にロシア海軍でもっとも有名かつ尊敬されていたマカロフ提督は戦死され、ウラジオストクの艦隊は亀のように閉じ籠もって出てこれないまま沈んでしまった。
相手が海岸線に籠もった後、状況を打開するとすれば頼りない海軍次第になる。
クロパトキンは陸軍と海軍の確執など問題にしない人間だったが、海軍にこの戦いの全部を預けられるかといえば、話はまた別であった。
ため息をつく。弾薬が続くであろう短期の戦いでなら日本は強い。体格が劣っていようと銃や砲での攻撃力に彼我の差はない。ロシアが一方的に優れているわけではないのだ。その上陣地を構えた上での防衛戦なら丁度彼らが旅順要塞に手を焼いたのと同じ目に、あうことになる。
もう、寝よう。
クロパトキンは目をつぶり、日本という国を思い出す。思い出すのはボラのこと。次に思ったのは素朴ではあるがあの気持ちのいい国と戦うのは心が痛む事だった。
明治三六年六月。
クロパトキンは皇帝の密令を受け、満州、ついで日本に訪れている。陸軍大臣の要職にありつつ、大した供もおらぬ。満州、続いて朝鮮と権益を広げ、軍を拡大するロシアに対し、喉元に剣を突きつけられた形になった日本は強烈に反発。日露の関係は日に日に悪化しており、新聞雑誌では元旦記事からして両国が対決したらどうなるのかという分析記事が掲載され、覆面の軍人座談会が誌上で行われていた。ロシアに少しでも不利なニュースがあれば、今ぞ開戦の時とぶちあげて部数を伸ばそうというものも少なくなかった。
そんな中で、供回りもほとんど連れず、敵国で現役の陸軍大臣がそこに降り立ったのである。剛胆という他なかったが、本人は至って平然としていた。端から見れば小役人に見えた。
クロパトキンが平然としていたのには、それなりの理由がある。一つに日本の開戦準備が未だ整っていないと、欧州の諜報網から連絡を受けていたからである。国産設計にはしたものの、量産することが出来ずに日本は主たる大砲である三一式野砲の量産をフランスとドイツに委ねていた。その受注と消化状況をロシアは良く摑んでおり、前年の秋にようやく受注消化をしたものの、配送と配置、訓練にはまだまだ時間がかかり、開戦は明治三七年以降になると踏んでいた。
もう一つは、皇帝ニコライ二世の予測である。皇帝はクロパトキンに対し、日本人はこの期におよんでも危害を与えないであろう事を伝えている。
ニコライは皇太子時代に日本を訪れており、その時の印象を強く持っていた。不愉快な国ではあるが、今度は暴漢を取り押さえるだろうとも。
ともあれ、クロパトキンは上陸後、東京に入った。六月一一日のことである。要人との会談はさほど多くもなく、クロパトキンはロシア国としてのメッセージを伝えただけであった。そのまま彼は釣り竿を持ち、東京湾に釣りに行っている。
警護は、慌てた。
一方で釣りを制止することもなかった。内容が内容なだけに、禁じるうまい理由もなかった。クロパトキンは意気揚々と深川で釣りをした。隣の釣り客に喋りかけることすらした。
「この辺りでは何が釣れるかね」
この時通訳が喋る前に先客はドイツ語で、ドイツ語と日本語しか分からないと答えた。答えたのは、休みをあてて習志野から馬で乗り付け、丸善で取り寄せていた騎兵についての洋書を受け取りついでに釣りをしにきていた良造だった。相手がクロパトキンであるとは、想像もしていない。
「ドイツ語が喋れるのか」
クロパトキンは嬉しそうに言った。当時ロシアでは伝統的にドイツ人技術者やドイツ人学者を招いて移民させていたこともありドイツ語を扱える人間が多かった。
「まあ、仕事上、少し。フランス語は片言ですが」
「そうか。フランス語はわしも苦手でな。で、何が釣れる?」
「ボラ、ですかね」
「ボラか。どんな魚か分からないが、楽しみにしている。食べられるんだろうね?」
「そりゃあもう。西日本では高級魚という話らしいです」
東京では下魚であるが、それについては良造は何も言わなかった。個人的にボラは良く洗えばうまいと思っていたのである。
クロパトキンは朗らかに笑い、鼻歌すら歌ってまだ見ぬボラを楽しみに待った。餌は良造に分けて貰っている。代わりに両切りの煙草を一本振る舞った。勢いよく肺で吸おうとする良造をとめ、クロパトキンは薄い唇に煙草をつけてゆっくりと吸って見せた。ふかすのがうまいのだと教えた。
良造は些かお節介がすぎるが人は良さそうな横のおじさんを見て、ロシア人かなと思い、ついで今時ロシア人は肩身が狭かろうと深く同情した。釣り人は同類に優しくなれるものである。煙草を貰ったのならなおさらだった。
「長崎や神戸ならロシア人も過ごしやすいらしいですよ」
「長崎か。お栄というホテルの主人を知ってるかね」
「いえ、どんな船宿の主人なんで?」
良造の言葉に、クロパトキンは朗らかに笑った。見事な返しで竿を動かし、一匹のボラを釣り上げた。この人物の釣りという趣味は最初は戦略上の必要と、家族や自分の身を守るための保身と、それと父への憧憬からはじまったのかも知れないが、この頃にはすっかりその身に馴染み、どこから見ても立派な釣り人になっていた。
「ロシア海軍のお母っさんと呼ばれているそうだ」
「日本人みたいな名前ですね」
「日本人なんだよ」
良造は目を白黒させた。クロパトキンは実に楽しそうに笑った。二匹目のボラが釣れたのである。深川の漁港から出入りする漁船を見ながら、これだけ釣れるのに漁船は大きくないんだねと言った。
「しかし、日本はいい国だが、問題もあるな」
「そんなもんですか」
「そんなもんだよ。馬車からずっと眺めていたんだが、馬が極端に少ない。それどころか人間が馬の代わりに車を牽いている。あれは良くない。どんな罪人だか、農奴がやっているのか分からんが、人を馬のように扱ってはいかん」
クロパトキンは真顔でそう言った。その目には野蛮人を糾弾する光と、心底親切そうな輝きがある。
「馬はそうですね。少ないですね」
良造は力車についてどう話すか、少し考えた。浅草あたりには騎兵中尉より多くの金を稼ぎ出す車夫がごろごろしているし、馬と人間が同じ仕事をしていても、日本人は特に問題にしない。そもそもそれが問題という意識すらない。牛馬があれば便利だが、なければないで人力で畑を耕すくらいは、ロシアでもやるのではなかろうか。
「馬が少ないので、馬だけがやる仕事というものがないのです」
我ながらうまい説明だと、良造はボラを釣り上げながら言った。夕食はボラの刺身になりそうだった。
「人間がやるといっても重いものはどう運ぶんだね。家具は?」
「大八車に載せて人力で運びますね」
クロパトキンは満足なロバもないのかと納得しえないような顔だったが、何匹目かのボラを釣った後、ぽつりと呟いた。
「馬がなければ鉄道と海運になるね」
良造は勝手にこのおじさんは日本に居づらくなって故国に帰りたがっているのだと勘違いした。このおじさんが無事にロシアに帰れるといいなと思い助言することにする。きっとこの人物は、三国干渉前にロシアから招かれた教師であろう。
釣り糸を垂れながら、静かに言う。
「そもそも大陸に帰るとかいうのであれば地続きではないですからね。神戸にも長崎にも大きな港はありますよ。上海行きの定期航路もあるそうなんで、大陸に行くこともできます」
「船の修理は自前かね」
「そりゃあもう。大丈夫ですよ。日に何隻も出ているんですから」
クロパトキンはうなずくとボラを入れた袋を手に立ち上がった。
良造も応じて立ち上がった。
「君の名は?」
「新田良造です」
「ニタか。ニタ。もし、ロシアと日本の敵対関係が終わったら、また一緒に釣りをしよう」
「そうなるといいですね」
心の底からしんみりと良造は言った。
「なに、直ぐ終わるさ」
クロパトキンは年長者の余裕と笑みを浮かべて言った。
「ところで、君はまだ独身かね」
「ええ」
「日本の弱点と言えば、馬が少ない以外にも、もう一つあった。女はスラブのほうがいい。多少やかましいがね」
良造は笑った。ロシア風の冗談は、日本と同じく下世話なものだった。
クロパトキンは笑って戦争が終わったら良縁を取り持つと言って去り、良造は笑顔のまま、警官と憲兵に囲まれてそのまま意見聴取に連れて行かれた。一日に渡って何を話したのか再現を求められ、それで良造は自分が煙草を貰った相手が誰かを知った。
紫煙を吐き出し、良造は煙草を中程で消して誰かが拾いやすいように置いた。紙巻きをほどいて他の吸い殻とあわせ巻き直して吸う者が結構居るのである。ちょっとした親切というものだった。
戦場には存在しない観念上の生き物である女のことを考える。良縁というがこれだけ殺し合いをしておいて良縁も何もないように思われた。あの将軍も、こんなことになるとは思っていなかったのかもしれない。それにしてもロシア女か。男を見るに、牛のようないかつい体つきに違いない。牛の嫁を貰わないで良かった良かった。
土肥と交代し、夜の射撃戦を指揮する。一時間ほどで援軍が来た。後備歩兵第三一連隊から抽出された応援の中隊だった。後備の多くは若くもなく、訓練も完全とは言えなかったが、実にありがたいものだった。陣地に続々入ってくる味方を見て、多くの兵は心を強くした。
援軍が来たところで射撃を止め、耳を澄ます。敵の動きはないか。ひどく緊張する。
呼吸が聞こえるような、そんな気がする。気がするだけだった。恐怖が幻聴すら呼びそうになっている。
待つ事しばし、土を蹴る音がする。手を動かし、銃を構えさせた。
「撃て」
声が少ししわがれていた気がする。
部下が一斉に射撃を開始する。月の光が欲しい。いや、星の光でも。
松明でも投げつけたい気分だったが、そこに向かって攻撃が集まることは分かりきっていた。汗が出る。
「撃ち方やめ」
銃声が止む。息をもとめる勢いで、日本兵は耳を澄ましている。土がこぼれる音にぎょっとする。火薬の臭い。小さな火花。
「爆弾だ! 投げ返せ!」
良造が声を上げるより先に、うさんくさい空気を感じ取って復帰した土肥が声をあげていた。良造はありがたいと思いながら、助広を抜いて塹壕を出た。投げ捨てられた爆弾が爆発する。爆発の光に照らし出されたのは地面に這いつくばって口に布を詰め込み、匍匐前進を続けていたロシア軍工兵の姿だった。肩には銃撃を受けたあとがある。瞳孔を一杯にあけてこっちを見ていた。
助広で喉を刺し、もう数名を切り捨て塹壕に戻る。頭上を銃撃が通り過ぎる。ロシア兵の剛胆さと耐久力に恐れさえ抱いたが、そんなことは訓練された日常が押しつぶした。こう言うときに的確と思われる命令を考えずに出すのが、軍事訓練の成果であった。
「撃て」
猛烈な射撃が再開される。敵も撃ち返す。転がり落ちるようにロシア兵の死体が塹壕に落ちた。抱いていた爆弾が爆発する。火口をポケットに入れてあったのか死体の上着が燃えている。その火の明かりを利用して、良造はロシア兵の喉を狙って突き殺した。
かけつけた後備の援軍の兵が射撃を開始する。月が厚い雲から再び姿を見せる。
良造は笑いがこぼれそうになるのを我慢して撃てと言い続けた。この世に地獄が現れたようだった。誰も彼もが笑いながら撃っていた。待望の灯りだった。
機関銃が火を吹き。月がまた隠れるまでに弾をばらまいた。
月が隠れ、銃声が止む。高ぶる神経を落ち着かせようとする。あちこちでまだ息のある敵味方のうめき声がする、そんな中でも、落ち着かねばならない。
倒れている日本兵の一人が、日本は大丈夫ですかねえ、日本は大丈夫ですかねえとずっとそう言い続けた。周囲の兵が助け起こして大丈夫だと言いきかせている。土肥が現れてお言葉をあたえてやってくださいと呟いた。手の施しようがないようだった。
「お国はどこだ。一等兵」
不意に意識が戻ったか、兵は寝かされながら、勢いよく敬礼した。
「はっ。熊本であります」
「俺は秋田だよ。思えば馬に乗るために、俺たちゃ日本中から集まったな」
良造は安楽死させる馬に接するように、優しく言った。
「大丈夫だ、日本は大丈夫だよ。御一新から四〇年でここまで来たじゃないか。あと四〇年もすれば世界一等国にだってなれるさ」
出血で兵は意識を失っている。不意に目を開いてにこりと笑った。
「中尉殿、騎兵はどうでしょうか。その頃には一等の騎兵国になっておりますでしょうか」
「当然だ。その時には車夫が全員失業して、一家に一頭馬がいるようになってるよ」
それは騎兵にとって、心躍る夢物語だった。兵は満足して死んだ。良造は立ち上がった。他の兵がむせび泣く声が聞こえた。
ここは兵の遺志を継ぎ、生き残った我々は頑張って戦っていこうと言うべきだ。
言うべきだが、良造は何も言えなかった。涙が落ちるのを自覚して、今が夜であることに感謝した。自分が地獄の鬼ではなく、地上の人間であることを思い出し、こんな時に思い出したくはなかったと考えた。それで、死者を士気向上の道具にして部下に言葉をかけることは出来ず、良造は月も見えぬ上を向いて口を開いた。
「こんなところで、馬にも乗らずに死ねるか。なあ。ここは一つ、馬を守って戦おうや」
小さく笑いが漏れた。
漏らしたのは援軍に来ていた後備の歩兵らしかった。騎兵の気持ちを、歩兵が分かるはずもない。良造は歩いて損害確認に入った。部下は死体を片付けた。
三〇分後、三度月が厚い雲から再び姿を見せ、良造はロシア軍が一時撤退したことを知った。続く攻勢の失敗は士気を低下させ、この暗さでは脱走がでても容易には気付かないだろうから、それを嫌って攻勢をやめたのかも知れなかった。
見る限り遺体はほとんど収容されているようである。これこそロシア軍という動きだった。
彼らは遺体収容に強い情熱を持っている。朝は何か大きな手違いでもあったのかもしれない。
良造は音による警戒をさせつつ、ようやく部下を休ませることが出来た。損害は戦死戦傷あわせて二〇人を越えており、部隊の二割が一日で損耗したことになる。敗北と言っても良い大損害だったが、大隊全部を見渡すとそれでも損害は少ない方であり、また敵を見ればロシア軍はそれ以上の損害を得ており、さらに後退したのだから、勝利といえなくもなかった。
勝利といえなくもない、か。良造は暗い気分になる。こんな曖昧な勝利を重ねる内に、日本という国はすり切れてしまうのではないか。
明けて二六日。この日朝から敵の準備砲撃が始まっている。昨日の敵の動きから、この砲撃が囮である可能性もあると判断されたが、判断されただけで、特に何もされなかった。
実際問題、反撃に出るだけの戦力がないのである。兵は疲れ果てており、準備砲撃を見ても何の表情の変化も見せなかった。
捕虜と敵の遺体からロシアの歩兵銃と弾を集め、予備とした。射撃の衝撃がきつく、命中率に繫がる収弾率は悪かったが、威力はありそうだった。
夜半に損害報告をまとめて報告に行ったときには他の防衛拠点の状況は分からなかったが、今日の段階では全部の場所が攻撃を受けていたことが判明した。
敵は左翼にて大攻勢に出ている。
援軍は未だ到着して居らず、秋山支隊は一万人に満たない人数で一〇万の軍と戦っている状況だった。
午前中から敵は攻撃を開始していた。前日と同じ北側からの攻撃だったが、今度は大砲を直接陣地前に運びだそうとしていた。
嫌なものを見たような顔で、土肥が口を開いた。
「間接射撃ではアテにならないと思ったようですな」
「間接射撃が出来るだけ凄いんだがな」
日本が苦労して設計し、諸外国に生産を依頼してかき集めた三一式野砲は、直接照準しか出来ない。相手が見えるほどの距離でしか砲撃出来ないのである。対してロシア軍の装備する大砲は日本軍より新しく、直接照準に加えて間接照準も可能だった。相手を視認できない位の距離から撃つことができたのである。
それにしてもナポレオンの時代じゃあるまいし、彼我の距離がわずか一kmの戦いで大砲を持ち出してくるとは。ロシアは思ったよりずっと、損害を受けていたのかもしれない。
「とはいえあれで直接陣地を狙うとなれば、それは脅威だ」
土肥に負けず、しかめつらになって良造は言った。距離からいって騎兵銃では命中は難しい。歩兵銃でも腕が相当に良くないといけないだろう。しかも彼の大砲には防楯までついている。
苦笑いする。気負いすぎだと、自分で思った。
「ここはうちの中隊が対応出来る範囲を超えてるな。一応報告しといてくれ」
「了解しました」
土肥は伝令に伝えた。この陣地には砲兵も入っている。大砲に対する大砲というのは最近良く聞く戦いの形式だが、そうなって欲しいと、良造は思った。
「まあ一応、ロシア兵の小銃で撃っておけ。あれならあの距離でも威力充分だろう」
「練習もしてないので気休めにしかなりませんが」
土肥の言葉に、良造は口の端を動かした。
「まさに。気休めだ。分かったか」
「了解であります。気休めに努めます」
敵は木の車輪がついた大砲を馬で牽いて前線に出そうとしている。とは言っても一kmでは大砲どころか小銃が届き始める距離だ。馬では的が大きすぎて、無謀に見える。無理して急ぎ押しだそうとしているのか、そもそも河から引き上げるのに人力では足りないのか、どちらにせよロシア軍は馬を使って大砲を前に立てようとしていた。
土肥が臨時に編成した小銃班が射撃を開始している。狙うのは馬だった。
どうせ使いにくい銃だからと、弾を盛大に使って良いと指示している。幾ら距離が遠くてもたまには当たるはずだった。
そんなに待たないでも銃弾が当たったようだった。馬がいななき、前脚を高く上げて狂乱している。このままでは危ないと砲から馬を切り離そうと近づいた兵が馬に蹴られた。たぶん死んだ。
前日の攻勢失敗のせいか、近づくのを諦めていたロシア軍歩兵達が射撃を開始した。援護のつもりではあろうが、敵の方がどうにも分が悪いように見える。
大砲を牽く八頭引きの馬のうちの一頭が暴れたせいで、前車をつけた大砲が横倒しになった。一門に至っては消えた。後方、河の土手を転げ落ちたと推定された。
時間を稼ぐうちに事前に構築していた堡塁に味方の砲が据え付けられる。撃てばいいのにまだ撃たない。
弾が不足しているのだろうと当たりをつける。
多くの歩兵が塹壕から固唾を吞む中、味方の砲が火を吹いた。二、三発で大砲の近くに着弾し、また大砲が傾くのが見えた。歓声があがった。
直後に衝撃、倒れた大砲にロシア人達がへばりつき、今度は人力で立て直し、射撃位置を取り始める。どんな早業かすでにこちらへ撃ってきていた。
一発撃たれただけで味方の歓声は消え、ほとんど全員が塹壕に隠れた。首を縮めて地面が揺れるのに耐えた。
ロシア軍が前面に立てて使う事が出来た砲は二門だけだったが、その二門が、猛烈な射撃を始めている。こちらも同数だったが、敵の方が盛んに撃っていた。大砲は厳密な数学の世界、撃てば撃つほど直撃が増える。こちらの頼みの綱はせっせと作った陣地だった。
秋口に陣地を構えはじめたのは良かったなと思いつつ、いや、十分な補給さえあればそもそも陣地を構えなくても良かったし、うまくいけば雪を見る前に勝負がついていたかも知れなかったと考えた。
たった二門の敵の大砲が姿を見せただけで、すっかり味方の射撃の勢いは減ってしまった。おちおち顔も上げていられないからである。一方敵は勢いを盛り返し、匍匐前進をはじめようとしている。
「どうしますか」
土肥がいい手はありませんかという顔で自分を見ている。
「そのままだ」
そんなものがあるかという顔で言い返した。
「了解であります」
土肥は持ち場に戻る。ここは我慢のしどころだった。
敵の大砲が味方の大砲を納めた堡塁を捉えた。着弾修正を何度か繰り返し、命中弾を出し始めたのである。日本の大砲は命中弾が出た後も中々安定しなかったが、ロシアの大砲は一度命中し始めると、良く当たった。この差は我が三一式野砲の砲安定に問題があり、一発撃つたびに少し動くのが理由らしかった。
良造はこの話に対し、騎兵士官としてロシアの大砲が日本のそれと比べ重いのではないかと考えていた。重い分、安定性は増える。マスダンパーという奴である。
いずれにせよ。狙いをつけられた我が大砲は、引っ込んだ。不利な撃ち合いをやめ堡塁を放棄、後ろにある大砲用の広い連絡壕を使って、手で押し手で牽き、別の堡塁に移動するのである。それで、いきなり火力は半分になった。
我が軍の砲兵は何をやっていると言いたかったが、こらえた。文句を言っても始まらない。いや、よくやったというべきだろう。
これは塹壕に踏み込まれるな。苦い顔をして、またも銃剣がないことを嘆いた。報告書に毎日欠かさず書き、いつか日本騎兵に銃剣を装備できるようにしたい。騎兵銃に銃剣なんて他国では聞いた事がない話だが、今まさに欲しくてしょうがないのだからしょうがない。
「切込隊を編成しておこう」
良造は塹壕を見ながら言った。
「全員が白兵するには場所が狭すぎる。切込隊員を五人に一人の割合で配置する。急げ」
「はい」
大きな損害を受けた旧白石小隊と入れ替えに藤島小隊を入れた。藤島少尉は直ぐに切込隊を編成している。
良造は助広を柄の上から叩いた。昨日それなりに使いはしたが、それなりの使い手である自分が剣で奮戦しても、状況には些かも寄与しなかった。僅かに味方の士気に貢献しただけだ。
だから自分に切り込むなよと言い聞かせる。ちょっとばかし腕に自信があるもんだから、すぐに抜こうとするのは悪い癖だ。剣の最上は抜かずして目的を達成することだ。
敵の大砲が一門沈黙した。我が大砲の弾が、近くに着弾したのだった。大砲は無事だったが操作する人員が派手に死傷した。その後味方の大砲は直ぐに匍匐前進をする敵を狙って砲撃をしはじめた。地面を埋め尽くす緑色の軍衣の上に土が被さり、時に宙に跳ね上げた。それでもロシア軍は前進をやめず、じりじりと寄っている。
砲の脅威が和らいだので、射撃の勢いは以前より上がった。敵の脱落が増え始める。動きが止まっているところが出始めた。味方の死体を盾にするようにして、震えている兵が見えた。そばかすの浮いた若い兵だった。
行為は恥ずべき事だったが、涙目を浮かべている姿を見てしまうと、何もいえなくなってしまった。
そばかすの浮いた兵の頭が撃ち抜かれた。脳をばらまく方向からいって、後ろから撃たれたらしかった。督戦というやつかと良造は思う。敵の士気は相当に下がっているのではあるまいか。それにしても我が軍と比べ、ロシア軍は一兵卒に至るまで革の長靴を履いている。革不足で靴も足りず、くるぶしから砂だの虫だのが入らぬよう、布を巻いたりかぶせたり涙ぐましい努力をしている日本軍とはえらい違いだった。牛馬の数が圧倒的に違うようである。
それにしても人が死んでも考える事が長靴とは、自分も随分死に慣れてきたじゃないか。良造は薄笑いを浮かべながらそう考えた。戦争が終わった後のことなど、頭の中から消えている。おそらくは部下も、敵も同じであろう。
敵が一斉に立ち上がって突撃を始めた。
良造が指示するまでもなく全力で部下達は射撃を開始する。前日大活躍していた機関銃も火を吹いて、面白いようにロシア兵をなぎ倒した。
良くやっているじゃないかと思ったが、前日よりも敵の数は多かった。単純に数の力で味方の射撃を飽和し、ロシア兵が塹壕になだれ込む。切込隊が切り込み、一人倒すが別の一人に銃床で耳から何かが吹き出すまで殴られていた。
良造は意味不明の何かを叫びながら鯉口を切った。怒りのまま一人斬り殺し、後備の歩兵の援軍が銃剣で突撃するのを見た。部下をまとめ直そうと声をあげる。
土肥が器用に騎兵刀でロシア兵の喉を突き、側に寄ってきた。
「押し返すぞ」
「はい」
言って簡単にできるものではないが、ここを後退して第二陣地に下がると、敵は大砲を運んできて厄介なことになるであろうことが予測出来た。どうにも第一陣地帯を守らねばならなかった。
塹壕に入った敵には機関銃も大砲も役には立たず、ただ肉弾での戦いのみが勝負をつけることになる。この期に及んで頼みになるのは人の数である。
大隊から派遣されてきた予備と応援の後備中隊の歩兵の力を借り、奪還のために逆襲に転じる。
切込隊が交じっていたことで、突入されても部下は容易に全滅はしていなかった。
良造は自ら助広を手に、ロシア兵を追い出すために注力した。追い出すと言っても実際ロシア兵が逃げるような余地はなく、捕虜になるか殺されるかだけが道だった。
突入を許した塹壕に、続々後続が入ろうとしているところを、機関銃が阻止している。良造はありがたく思いながら数名を率い、ロシア兵達に襲いかかった。塹壕の中で大振りなどは出来ぬから、基本、突き殺した。
三人目を倒したところで上から飛びかかられ、地面に倒れた。咄嗟に持ち替え刺し殺したいところだったが、しつらえが洋刀なので持ち替えがうまくいかなかった。護拳があるせいだった。馬上で振るった際剣を落とさぬ為の工夫も、ここでは役立たぬ。舌を嚙んで血の混じった唾を吐きかけ、相手の肘を取って反対側にひん曲げた。遅れて到着した土肥が拳銃で止めを刺した。目が合う。
「新田中尉を助けるとは思いませんでした」
「いつも助けて貰ってる気はするがどういうことだ」
「いや、剣と馬術についちゃ大したもんだとみんな噂してますよ」
「どっちも現代じゃ廃れかけだ」
「そう怒らないでくださいよ」
「怒ってはない。ところでなんで拳銃で助けたんだ」
「あぁ、それですか」
土肥は良造を連れて後退しつつ、レンコンを見せた。
「こいつなら相手の体の中に弾が確実に残るんで。刀だと中尉も傷つけるかもと思ったんですよ」
「そうか。威力が弱いレンコンにも良いとこあるな」
苦笑し、状況の推移を見守った。応援の兵が入れ替わりで走っている。手持ちとして予備が他にあるでなく、抽出するような場所もない。見るしかないのが辛かった。
腕に包帯を巻かれている。随分きつい締められ方だった。
応援が突入してロシア兵を追い詰めている。穴は埋められ、敵は足がかりをなくした。
安堵のため息をついて、立ち上がる。損害報告をまとめないといけない。
ロシア軍はこの朝の攻勢後、思ったよりかなり早く後退した。昼前には波が引くように後退し、その後は一五時過ぎから砲撃による攻撃を開始している。今度は直射ではなく、間接照準による遠距離からの攻撃だった。昨日とは明らかに違う砲撃の音が交じり、高く凍土を跳ね上げていたために、ロシア軍はより大きな大砲を、それも複数運んできたと推定された。
敵の砲撃は間断なく続いたが、被害はそれほどでもなかった。塹壕にさえ籠もってしまえば、直撃でも食らわない限り、そうそうやられないというのがこの戦争を通じて得た感想だった。
敵が積極的に攻めてこないと、そして豊富な予備も持っていないと暇になる。耐える以外に手はなくなるのである。良造は午後を通じ、敵の砲撃が直撃し穴が開いたら配置間隔を直すという作業だけをこなし続けた。夕刻には砲撃も止み、昨日と比べれば格段に敵の攻勢が弱まったように感じている。
「今日の戦死は三、負傷一〇というところです。上出来ですね」
夕刻の報告を土肥の口から聞きながら、良造は苦笑する。昨日今日で部隊の三割を喪失している。
「上出来ね。部隊の三割を二日で無くしたんだが」
「上出来ですよ。陣地は守りきったし、敵には四倍は損害与えてますって」
五倍と言わずに四倍と言ったのは慎み深さであろうが、釈然としない話ではあった。勝っている気がまったくしない。
「敵は重砲を持ってきてるな」
「おそらく」
良造は頭をかく。どうにも明るい未来が見えない。
「この調子で砲撃が続くとして、後何日くらい持つかな」
「仮に塹壕が崩れても修復がままなりません。せいぜい土囊を積み上げるだけのもんです。そうですな。一週間ですかね」
土肥は笑いながら言った。
「一週間か。その前にこっちの弾がつきそうだな」
「兵員も怪しいですな」
二人して笑った。頭をかかえた。
「弾薬も兵力も足りない」
「まったくです」
「敵は攻勢を続けている」
「攻勢を続けそうですな」
「大変な危機だな」
「まったくで」
漫談のようにでも聞こえたか、近くにいた兵士が吹き出した。土肥は怒る真似だけして兵を遠ざけた。士官が変わり者であってもいいが、親しみやすくては困るのだった。
「上は弾も兵力も出し惜しみする気がする」
「確かに攻めてくる兆候有りと何度も報告したのに取り合いませんでしたが……」
土肥は良造を見て怪訝そう。
「流石に攻められたら対応せざるをえないでしょう。待ってれば援軍も来ますよ」
「それはそうだ」
良造はそう答えた後、少し考える。
「問題はその援軍がいつにきて、敵はその前にどれくらいの猛攻をかけてくるかだな」
土肥はそうですねと言った後、遠ざかっていった。士官の相手ばかりをしていられるわけでもないらしい。土肥の形のいい頭を見ながら、良造は腕を組む。一介の中尉が気にするような話ではないが、敵があのおじさんである以上、気になるのだった。一度あっただけで知り合いといえるかどうかも怪しいが、クロパトキンの存在は良造の考え方に結構な影響を与えていた。中尉という立場だけでものをみなくなった。広い視野を得たのである。
敵が攻勢を行うとして、どんな風にやってくるか。あのおじさんはどうでるか。
考えながら夜襲対策を行う。前夜の反省から離れたところに警戒用の光源を作る事としたい。夜陰に乗じてこっそり三〇mほども進み、そこで松明を立てるのである。脂を多く含んだ木はないのでたき火のようになりそうだったが、これだけで随分楽になるはずだった。何より砲撃と夜襲への恐怖で参っている兵の士気回復に役立つはずである。
松明ならぬたき火を立てたところ、盛んに小銃弾がやってくるようになった。砲弾は飛んでこなかったが、これは暗い状況では照準が難しいためであろう。
ロシア軍はそれ以外に夜襲をかけてこなかった。小銃弾が良く飛んでくることで思ったより気は休まらず、良造の思いつきはあまり意味が無いことが分かった。単にすこしばかり敵の弾を無駄遣いさせただけであった。
明けて二七日。
早朝よりロシア軍は砲撃を再開した。ますます砲火力を集中し、砲によって陣地を黙らせる手に出たようだった。凍土が跳ね上げられ、土の雨が降る。これがいつまでも続く。
歩兵の突撃が控えられているのが唯一の救いだったが、長い砲撃に精神に変調を起こした者が稀に出て、良造は対応に苦慮した。損害に医療兵の対応が追いつかない。
他陣地では前夜より援軍が到着しつつある。第八師団を中核とした予備が到着を始めたのである。一万対一〇万の戦いは、三万対一〇万になりつつあった。とはいえ楽になったかと言えばそうでもなく、良造の知らぬ間に他陣地では危うい状況があちこちで現出した。
黒溝台は夜の内に放棄されていた。一旦手放した後、援軍を得てまた再占領するという案であったが、これはうまくいかなかった。敵は奪った陣地を活用し、また大砲を運び込んでいた。
昨日の午前中、自分が体験したのと同じ状況だ。自分は陣地を放棄しなかったが、放棄していたら今頃大変な事になっていたかもしれない。
その後、態勢を立て直し黒溝台奪還のために予備であった第八師団が突撃したものの、死傷率五割と全滅に等しい損害を受けている。
この頃、会戦においては損害一割で敗北、一割五分で大敗北というのが勝敗を分ける線である。損害が二割ならその後脱走兵が相次いでまともな指揮を執ることが出来ず、最悪反乱にあって士官が殺されてもおかしくはない。死傷率五割は戦後再建も難しい状況である。人体でいえば手足となる兵だけでなく頭脳にあたる士官などの基幹人員まで損傷しているからだった。士官ほど育成に時間のかかるものもないから、一旦傷つくと再建はかなり困難になる。
それでも日本は、良造の部隊は、戦い続けようとしている。損害は二割を越えていたが反乱は起きず、脱走もまだ許容出来る数に抑えられていた。それどころか全滅とされる部隊でもまだ組織だって動こうとしていた。
背景には恐怖があった。ロシア人達が日本を占領するという恐怖である。ロシアは満州から朝鮮に、また大陸の海岸部に進出を始めていた。日本海という楯があると唱えていた不戦論者も、ウラジオストクに艦隊が置かれたときに黙りこくった。諸外国が介入して内戦になり、一方で不平等条約を結ばされた幕末を覚えている者も多くいた。
ロシアが、世界が考えるよりずっと、日本は怯えていたのである。反乱が起きないほどに。
砲撃は午前中どころか午後も続き、敵の弾薬の備蓄はどれだけあるのかとあきれさせた。
砲と弾薬を運び込む、それだけでも国力の差は歴然としている。
あのおじさんは日本の弱点を馬の数だと言い切っていたが、確かにそうだなと思った。ここまで弾が来ると士気向上のための演技をすることも出来ず、ただ陣地に籠もるだけだった。良造は紫煙をくゆらしながら、敵の都合について埒もないことを考えている。どういう考えにいきついても一介の中尉ではどうしようもないので、本当に埒がない考えである。
一五時頃の段階では死者は二名。負傷は四名である。前日、前々日より少ない数字だが、これは敵の攻撃が激しすぎて塹壕から顔も上げられないせいである。反撃もままならぬまま陣地は激しい砲撃にさらされ続けている。味方の砲も機関銃も、この日は沈黙したまま火を吹くことがなかった。
新聞で読んだ月の表面みたいだな。
ちらりとではあるがたまに顔を出して周囲を見る良造はそんなことを思った。月は大戦争の結果ああなったのかもしれない。
敵の攻撃は夜になるまで続き、砲撃が止んでもなお、地面が揺れる感覚を覚える者が少なくなかった。
「今日はまた、凄い攻撃でしたな」
間断なく降ってくる土のせいで昼飯も食えなかった土肥が言った。
「砲撃の規模はそうだが」
誰よりも先に身なりを整えて見せなければならぬ良造は革靴を磨きながら口を開く。
「歩兵、騎兵は来ませんか」
「たぶん。少なくともこの陣地に夜襲はないな。明日だ。明日。敵は明日来るよ」
「そういうもんですか」
「そういうもんだよ」
半信半疑の土肥に、良造はそう答えた。
ロシア軍は歩兵の損害に耐えかねているのではないかと考えている。日本軍側から見れば敵の損害は損害の内に入っていないように見えるが、おそらくロシアでは別の基準があるに違いない。正確には、そう考えねば帳尻が合わない。敵が砲弾より歩兵を出し惜しみする理由がないように思えたのである。
「そうなるといいですね」
土肥はしんみりと言った。上官が意味不明の楽観主義に憑かれていると思っているようでもあった。
「昨日のたき火の件は悪かったが、今回は大丈夫だ。実際どうかは蓋をあけてのお楽しみだが、やることはやらなきゃならん。塹壕の修復を急ごう」
「了解であります」
空腹に耐えながらも兵は塹壕の中にたまった土を搔き出しはじめた。
直撃を受けて崩れた連絡壕や塹壕には土囊を積み上げ盛り土し、どうにか戻そうと努力した。幸い敵の砲撃が凍土を削り取り、あちこちに阿蘇の外輪山のごとく土を盛っていたので、それを利用して省力化した。シャベルで叩いて固め、夜の内に水や小便をかけておけば、水分が凝固しこれらの応急措置は応急とは言えないほど強固になる。
良造はその後、今日はゆっくり休めといって休ませた。土肥は半信半疑だったが従った。昼間に神経を使いすぎて、反論する気力もあまりないようでもあった。
良造は紫煙をくゆらせつつ、のんびり待つ。味方の援軍はどうしているかと考えた。もちろん、土肥軍曹の言う通り、今頃どうにかして援軍を送ってきているであろう。
その上でおじさんはどうでるか。腕を組む。
「そろそろ撤退してもおかしくないが、どうかな」
口に出して次に思ったのは、日本軍でそんな事を言っているのは自分だけだろうという自負だった。
翌二八日払暁にかけ、ロシア軍は異様な密度で前進を開始している。
日本軍将兵が半分口をあけるような、大集団である。せいぜい幅二kmもない北側正面に、肩幅ほどの幅でロシア兵が並んで前進を始めている。小銃の性能が飛躍的に上昇し、機関銃が戦場に出始めた現代から見れば、前近代的な密度の高さだった。
「畜生、敵は我々を押しつぶすつもりだ」
そんな部下の声が聞こえそうであった。
良造自身はどうかと言えば、腕を組んで考えていた。目を細め、敵の進軍を見る。
敵の数に脅威は感じているものの、不思議な気持ちの方が遙かに強い。前日出し惜しみをする程度には損害に耐えかねているのになぜ敵はこんな兵力密度で突撃しようとしているのだろう。この数日の反省から、数で押し切るという選択にしたのは分かるのだが、それにしても些か過剰な配置である。敵に援軍が来たか。いや……。
景気づけか、敵の準備砲撃が始まる。良造は揺れながら敵について考える。答えにたどり着いた気がした。
笑って、部下達を見る。今日は演技ではなく、本当の笑いである。
「散兵もしないで攻めてくるとは間抜けなやつらもあったもんだ。喜べ、弾は当たり放題だ、撃って撃って撃ちまくれ」
部下がバカを見るような目で尊敬の眼差しを送っている。否、この状況においては本気で尊敬をしているようにも見えた。兵は一斉に持ち場について、盛んに射撃を開始した。敵の数が多すぎて、引きつけるようなことはとても出来なかった。
「良いお言葉でした。中尉は野戦に向いておられる」
「役者としての評価じゃなくてか?」
「本気で言っておられるように見えました」
「ああうん。本気なんだ。敵は追い詰められている」
「……その理由を聞いても?」
良造は黙って敵兵の様子を見る。味方の機関銃が火を吹き、隠れていた野砲がまだ無事な堡塁に入って射撃を開始した。敵が吹き飛び、手だの脚だのが吹っ飛んでいく。機関銃で面白いように人がなぎ倒される。ロシア語では意味ある言葉なのかもしれないが、日本人からきけば意味をなさない言葉で生き残った兵が死体を踏み越え、突撃している。血煙に土煙で鼻水が止まらぬ必死の形相の敵兵達を、兵士が銃で狙い撃った。
「あれを見て、何かに似ていると思わないか。騎兵軍曹」
良造の言葉にヒントを感じ、土肥は目をさまよわせた。
「……訓練はしても一度もやったことはありませんが」
「そうだ。あれは騎兵突撃に良く似ている。騎兵突撃はなぜ密集してやるか、覚えているか」
「馬が逃げ出さないように……ですな」
土肥の言葉に、黙って頷く良造。土肥は苦い顔をしている。敵を哀れだと思ったか。
「敵は一昨日の夜襲で不意に兵を引いたろう。あれで相当士気がくじけているんじゃないか」
「なるほど」
敵歩兵の内左右の部隊は伏せて銃撃を続けている。突撃している兵は、とても長い歩兵銃を射撃したりは出来ないから、こうするしかないのは分かるのだが、距離がある分効果は今一のようであった。
「もっとも、だからといって騎兵突撃が弱いかと言えばそんなことはない。この突撃も同じだろう。敵は大損害を被るだろうが、引き替えに軍事目的を達成するだろう。事実がわかっても俺たちにはなんの救いにもならない」
「いえ、意味はあると思います」
良造は目をしばたたかせて土肥を見た。
「敵が恐れているとなれば、突撃が解かれた時が好機でしょう。すなわち塹壕に突入した時です」
「数の暴力に押しつぶされて死にそうだが」
「敵の戦意がくじけているなら、数に頼んでも意味はないかもしれません。今はそれを頼りに戦いましょう」
精神のありようで現実をどうにかできるものかと良造は思ったが、何も言わなかった。まあ、与太話で軍曹のやる気が出たのなら万々歳だろう。
良造は良造で敵の数の暴力に対する備えをしなければならない。
陣地に突入された際、塹壕に対応できるように前々日と同じく切込隊を編成する一方、塹壕に突入された際に塹壕を敵の墓場として射撃できるよう兵の配置場所を決め直し、情勢に応じて下がれるようにした。
陣地にしがみつき過ぎても被害は大きくなる。これまで学んだことを生かすつもりで良造は再配置できるようにした。
機関銃は良く敵の突撃を破砕している。わずか一丁の機関銃でこれだけ破砕できるのなら、未来の戦争はどうなるんだと考えた。
その分、時間が出来る。何分かは。
考えは中断する。その何分かが終わったようであった。おびただしい数の遺体を踏み越え、その上にまた倒れ、壁のように折り重なる。敵が肉の壁の向こうに籠もって出てこなくなる。凄惨な光景だった。かつて仲間だった者の遺体に銃弾が刺さる音を聞きながら、敵は隠れているに違いない。
敵の突撃が止んだと思いきや、いくつかの叫び声がして再び敵の動きが始まった。遺体を踏み越え、必死の形相のロシア人達が突撃してくる。
後ろから銃でも撃たれて督戦されたか、病的な突撃だった。機関銃が他の方向を撃っている僅かな間に走りより、半数以上を射撃されて脱落しながら陣地に突入される。ロシア兵は小銃代わりに拳銃を持ち、中にはシャベルや騎兵刀を持っている者もいた。
即座に切込隊が反撃に出て、ロシア兵と白兵戦に入る。はたして土肥軍曹の見込みは当たり、白兵戦になると敵は直ぐに崩れた。気持ちをうまく切り替えられぬうちに討ち取られるものが多かった。
それでも、前後の銃火から逃げ出すように、敵は塹壕に次々と飛び込んでくる。
「構え、撃て」
良造は味方を再配置、塹壕を狙い撃ちしはじめた。
塹壕まで逃げ込んで、さらに銃弾の雨に遭うのは敵の精神に深刻な打撃を与えた。良造は切込隊の活躍と併せて相当の戦果を叩き出した。ロシア兵の恐怖に歪んだ死に顔が並ぶのを見て、大戦果だなと思った。どんな仕事であれいい成績をあげれば面白くなるものである。良造は戦争が面白くなってきた。
「弾が残り少ない状況です」
土肥の言葉を聞きながら、軽く頷く。
昨日、弾を温存していたこともあり、これまでの二倍の弾を用意したにも拘わらず、弾の補給は間に合わない。良造は鯉口を切り、鞘を鳴らし、助広を抜いてロシア兵の一人を斬り倒した。手の届くところまで敵が来ている。こりゃたまらんなと思いつつ、今戦争が面白くてしょうがない。予想は全部当たって作戦も用兵も申し分ない。もっと戦果を出せるような、そんな気がした。今、日本兵一人の死につき三人は殺している。まだいける。
「弾を節約する状況にはならないだろう。弾が切れた後はロシアの小銃を使うか、近くで倒れている仲間の懐から弾を探せ。なければ白兵だ」
最低の指揮だなと自分の指示を評価しつつ、良造はロシア人の鼻を柄頭で叩きつぶした。
土肥が拳銃をぶっ放しながらこちらを見ている。
後退は出来ないのですかと言う目。できんなあと、良造は目を走らせた。
敵は大挙して押し攻めている。おそらくはこれが最後の突撃と決めてかかっているのだろう。これを破砕できなければ左翼から日本全軍は崩れさるし、もし破砕できれば、敵は撤退するだろう。士気が持たない。
だから。ここは死んでも守るところだ。
良造はそう考えて助広で突いた。また一人崩れ落ちる。拳銃で撃たれるが、当たり所が良く、死にはしなかった。前に出て助広を振るった。銃ごと腕を切断し、敵の敢闘に報いた。ロシア兵が悪鬼羅刹を見るように良造を見ている。見ている間に土肥に射殺された。
「弾が切れました」
「よし白兵戦だ。俺が死んだら下がって良いぞ」
良造はそう言ってまた一人の首筋を切った。捨て駒のような使い方ですまんと土肥に謝ろうかとも思ったが、やめた。
土肥は苦笑している。
「そいつはまた、それまで生きているのが大変そうですな。中尉は剣術上手でいらっしゃる」
良造は笑って血でぬめる柄を握った。この血が凍って凍傷が悪化しそうであった。
まあいいかと思った。心には郷里の事も両親も、あるいは天皇陛下のことも浮かばなかった。ただ今はいい仕事がしたかった。
「突撃はするな。受身で戦え、突撃して楽に死のうとするなよ。一分でも一秒でも生きて戦え」
「ロシア人は中尉殿を恐れているぞ! 続け、かかれ!」
土肥が声をかぶせた。既に中隊規模とはいえない程の数になった部下が一斉に抜刀した。
良造が先陣切って助広を振るうために前に出ると、その横を何発もの銃弾が通り過ぎて行った。敵からの発砲ではない。背後の、味方だった。
日本兵だった。援軍だった。良造の戦いぶりに敬意を表すように、先陣を切る歩兵少尉が頭を軽く下げて走って行った。
「陣地内の敵を押し返せ! かかれ」
良造はなんだ、思ったより全然速かったなと思いつつ、部下に後退を命じ、自身はしゃがみこんだ。銃弾を受けたわき腹が痛かった。
命じてもいないのに兵と土肥軍曹が自分を抱えて走っているのを感じる。
良造はこれが馬だったらなと、部下には言えない事を考えた。
この日、日本は右翼や中央から戦力を引き抜き、防衛戦に投入している。三万対一〇万の戦いは、五万対一〇万の戦いとなり、各所でのロシア軍の攻勢は破砕された。
日付が変わったころの二九日には、ロシア軍は奇襲の失敗を認めて撤退。戦死・戦傷あわせた損失は約一万で、これは全軍の一割だった。欧州基準では立派な敗北である。
他方、日本軍の損害は約九○○○であった。損害の半数は黒溝台救援に向かい、逆襲を行った第八師団が被っている。
この損害から、この左翼をめぐる戦いを黒溝台会戦と呼ぶ。
一方ロシア側は主たる攻撃の目標であり、また大損害を受けた場所であることから沈旦堡の戦いと呼んだ。沈旦堡において日本軍は、黒溝台と異なって陣地を守り切ることを選択し、実際成功している。
この戦いは日本軍の将兵にとって謎の戦いだった。優勢なロシア軍が優勢なまま撤退したかのように見えたのである。日本軍の将兵は、一割五分の大敗という言葉を知らなかった。実際には日本の戦国時代も一割五分で大敗だったが、江戸という長い平和の時代とそこで行われた各種の思想教育が、その概念を日本人から奪っていた。日本は負け際を知らぬまま、戦争の時代を走りだしている。
新田良造は黒溝台会戦において戦傷を負った。傷は内臓に達していたが弾は無事に取り出すことが出来、鉛毒による後遺症もなかったが、ただ長時間戦線離脱を余儀なくされた。
良造が戦線に復帰したのは明治三八年も半ば頃になっての話である。
一方、この戦いののちロシア軍を指揮したグリッペンベルクは病気を理由に本国に辞意を打電、受理され本国へ戻った。クロパトキンは指揮権を取り戻したのである。
ただ、だからと言って状況が良くなったわけでもない。
皇帝ニコライにグリッペンベルクはクロパトキンに対する恨み事をぶつけ、世界中のニュースメディアはクロパトキンの戦いを大敗と言い立て続けた。
ついにはロシア内でも主としてクロパトキンの政敵が、あれは敗戦だったと言い始め、戦費や動員に苦しむ民衆の請願を武力鎮圧した、血の日曜日事件と併せて国内が大混乱を起こし始めていた。
戦略的に勝ち、多くの戦いで損害を相手以上に与え続けながら、クロパトキンはニュースメディアに殺される形で失脚した。
ロシアと日本の戦いの趨勢は海軍にゆだねられ、ロシア海軍は日本海海戦で記録的惨敗を喫することになる。