2013年のゲーム・キッズ

第十四回 解放政策

渡辺浩弐 Illustration/竹

それは、ノスタルジックな未来のすべていまや当たり前のように僕らの世界を包む“現実(2010年代)”は、かつてたったひとりの男/渡辺浩弐が予言した“未来(1999年)”だった——!伝説的傑作にして20世紀最大の“予言の書”が、星海社文庫で“決定版”としてついに復刻。

第14話 解放政策

FREE AS A BIRD

わたしは同じ中学に通っている小林くんのことが、好きになった。

だから、告白した。

そしたら、OKだった。

なので、結婚して、性交をすることにした。

昼休みに職員室に婚姻届を出した。

受理され、その場で許可証がもらえたので、それを持ってすぐに二人で「性愛保健室」(通称〝ラブ保〟)に行った。

それから休み時間や放課後を利用して、週に数回はラブ保に通った。

そのうち妊娠にんしんした。

胎児たいじはわたしのおなかのなかですくすく育った。

産休をとり、元気な赤ん坊を産んだ。

その子供はすぐに学校と隣接する育児施設に預けた。5歳まではここで育ててもらうことになっていた。

鉛のシャッターで密閉された完全防護施設なので頻繁に面会することはできなかったが、そのぶんわたしは勉学に専念できた。

「解放」前の、「暗黒時代」については歴史の授業で習ったことがある。当時の人が今のこういう話を聞いたら、さぞ驚くだろう。

その頃はたいていの人々が20代まで結婚しなかったそうだ。30歳や40歳を超えてからようやく恋愛したり結婚したりする人も少なくなかったという。

中学生や高校生が性交を行ったら犯罪になるケースまで、あったらしい。若者の恋愛はタブーとされていたのだ。だから本来なら最も性欲の盛んな10代、20代の人々は、代用行為にふけるしかなかった。ちまたには下品きわまりないポルノグラフィーが、そして金銭授受を伴う不健全な避妊性行為が蔓延していた。

禁止されたことは地下に潜り、いやらしく、不潔なものとなってしまうのが当然の流れなのだ。それらに絡んでの犯罪も多発していたらしい。

それがどれほど不自然な状況であるか、当時の人達が気づかなかったことを不思議に思う。

そもそもこの国でも19世紀頃までは男子は14〜15歳、今なら中学生くらいの年齢で元服げんぷくつまり成人儀式を行い妻をめとったというし、女子はもっと若く嫁に入ることも珍しくはなかったらしい。

それが20世紀、軍国主義の台頭によって禁欲主義が暴走した。早い話、老人が嫉妬しっとして、若者から、若者の特権である恋愛を剝奪はくだつしたということのようだ。それは明らかに誤りだった。

性交渉そして出産というプロセスに最も適している時期に、倫理的・法的な圧力がかかることによって、当時の若者は歪みきってしまっていた。恋愛はとてもまどろっこしいものになり、男女関係をめぐっての詐欺さぎや傷害の事件が日常茶飯になった。

本能を抑えた状態で、勉学や仕事も手にはつかなかったはずだ。人々は10代20代の肉体的ピーク期に、意味のない葛藤かっとう妄執もうしゅうにとらわれ、貴重な時間を無駄にしていた。

そして年老いてからやっと結婚し生殖活動に入っていたわけだが、当然ながら多くの人々が不妊に苦しみ、それは社会問題になるほどだった。

繁殖期の世代に生殖行為を禁じてしまったことで、生物学的にも極めて深刻な事態を生み出してしまっていた。不妊に苦しむ高年齢者をよそに、若く健康な精子や卵子が大量に破棄され続けていたのだ。

それは種としての人類の、大きな損失だった。出生率の低下はひどく、人口は激減し続けた。有史以降の全ての戦争、飢饉ききん、疫病の記録をしのぐ勢いだった。

今は、ほんとうに幸せな時代だと思う。わたしたちは、天下晴れて性欲を解放し、本能をまっとうし、元気な子孫を生み出すことができるのだ。

わたしは青春時代をすっきりと過ごし、勉学に、仕事に、打ち込むことができた。

そして先日、わたしの最初の子供が中学に上がった。そろそろ誰かを好きになって結婚して、子供を作ってくれることだろう。楽しみだが、どこまで見届けられるかは、わからない。

わたしはもうすぐ30歳になる。すでにがんを発症している。

わたしは、まもなく死ぬ。

21世紀に入ってから、うち続く大事故によって、放射性物質が世界中に拡散した。人々が大量に即死するようなことはなかったが、放射線はDNAを高速で傷つける。人類は短命になった。現在、平均寿命は、30歳と少し。

しかし、パニックになる必要はなかった。スーパーコンピューターによって、すぐに正しい解決策が弾き出された。それがこの「解放」政策だった。

医療システムと教育システムの連携によって、低年齢のうちに子供をもうけるライフスタイルが推進されることになったのである。

寿命が短くなったのならば、サイクルを早めればいいだけなのだ。

7年生きる虫もいるし、年一化性すなわち1年で必ず死ぬ虫もいる。どちらがすぐれているということはない。毎年世代交代をしながら何億年も存続している種も存在する。

人類も、同じことだ。寿命が三分の一に縮まったのならば、生殖のペースを三倍速にすればいい。

コンピューターの出した答えに、間違いはなかった。

今、昔よりも人は早死にするようになった。けれども、種としての人類は減ることはない。むしろ増えている。

若いうちに子供を作ることによって、昔よりずっといきいきと人生を過ごすようにも、なっている。30年の人生で、昔の人の90年分の成果を、出せているといっても過言ではないだろう。

こうして人類は元気に、発展を続けている。

これでよかったのだ。

そういえば暗黒時代の人達は、死をおそれ、どれほどみにくくなっても苦しんでもいつまでも長生きすることを誰もが望んだという。気の毒なことだ。

死を目の前にして、わたしは今すばらしい気分だ。

みなさん、愛し合い続けてくださいね。さようなら。

ラブ、アンド、ピース!