Fate/Zero 1 第四次聖杯戦争秘話

第13回

虚淵 玄(Nitroplus) Illustration/武内 崇・TYPE-MOON

あの奈須きのこがシナリオを担当した大人気ゲーム『Fate/stay night』の前日譚を虚淵玄が描いた傑作小説『Fate/Zero』が星海社文庫の創刊に堂々の登場! 1巻目となる「第四次聖杯戦争秘話」は『最前線』にて全文公開!

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時臣はまだ地下の工房から出てこない。綺礼は誰もいなくなった居間を我が物顔で独占して、あらためて衛宮切嗣に関する報告書を子細に読み込んだ。

この一面識もない異端の魔術師に、なぜこれほどまでに興味をかれるのかは解らない。師である時臣が拒絶する人間像というものに、ある種の痛快さを感じたせいだろうか。

この屋敷で三年に亘り続けられた時臣と綺礼の師弟関係は、どこまでも皮肉なものだった。

綺礼の真摯な授業態度と吞み込みの速さは、師からしてみれば申し分のないものだったらしい。そもそも魔術を忌避してしかるべき聖職者でありながら、あらゆるジャンルの魔術に対して興味を懐き、貪欲な吸収力でそれらの秘技を学んでいった綺礼の姿勢は、時臣を大いに喜ばせた。いまや時臣が綺礼に対して寄せる信頼は揺るぎなく、一人娘の凜にまで、綺礼に対して兄弟子の礼を取らせている程である。

だが時臣の厚情とは対照的に、綺礼の内心は冷めていく一方だった。

綺礼にしてみれば、なにも好きこのんで魔術の修練に没頭していたわけではない。永きに亘る教会での修身に何ら得るところのなかった綺礼は、それと正逆の価値観による新たな修業に、いくばくかの期待を託していただけのことだ。だが結果は無惨だった。魔術という世界の探究にも、やはり綺礼は何の喜びも見出せず、満足も得られなかった。心の中の空洞が、またすこしけいを拡げただけのことだった。

そんな綺礼の落胆に、時臣はつゆほども気付かなかったらしい。はたして“父の璃正と同類”という見立ては、ものの見事に的中した。時臣が綺礼に寄せる評価と信頼は、まさに璃正のそれと同質だった。

父や時臣のような人間と自分との間に引かれた、越えようのない一線。それを嫌というほど意識させられてきた綺礼は、だからこそ時臣の忌避する人物像というものに惹かれたのかもしれない。この衛宮切嗣という男は、あるいは“線のこちら側”に属する存在ではあるまいか、と。

衛宮切嗣に対する時臣の警戒は、ひとえに“魔術師殺し”の異名に対するものだったらしい。そんな時臣の要請によって作成された調査書は、あくまで“対魔術師戦における戦闘履歴”に焦点が当てられ、それ以外の記述はきわめて簡素なものだった。

だが、切嗣という男の遍歴を年代順に追っていくうちに、綺礼は、ある確信を得つつあった。

この男の行動は、あまりにもリスクが大きすぎる。

アインツベルンに拾われるより以前のフリーランス時代に、切嗣がこなした数々の任務。それらの間隔は明らかに短すぎた。準備段階や立案の期間まで考えれば、常に複数の計画を同時進行していたとしか思えない。さらにそれに並行して、各地の紛争地に出没しているが、よりによってそのタイミングが、戦況がもっとも激化し破滅的になった時期にばかり該当している。

まるで死地へとおもむくことに、何かの強迫観念があったかのような明らかに自滅的な行動原理。

間違いなく言える。この切嗣という男に利己という思考はない。彼の行動は実利とリスクの釣り合いが完全に破綻はたんしている。これが金銭目当てのフリーランサーであるわけがない。

では何を求めて?

いつしか綺礼は報告書を脇に退しりぞけ、顎に手を添えて黙考に耽っていた。衛宮切嗣という人物の、余人には理解の及ばない苛烈かれつな経歴が、綺礼には他人事には思えなかった。

誇りのない魔術師、信念を見失った男、そう時臣は言っていた。

だとすれば、切嗣のこの狂信的な、まるで破滅を求めたかのような遍歴はあるいは、見失った答えを探し求めての巡礼だったのではあるまいか?

そして、飽くことなく繰り返された切嗣の戦いは、九年前に唐突に幕を閉じる。聖杯を勝ち取る剣闘士グラディエイターを求めた、北の魔術師アインツベルンとの邂逅かいこう

つまり、そのとき彼は“答え”を得たのだ。

いまや綺礼は切実に、衛宮切嗣との邂逅を待ち望んでいた。ついに彼はこの冬木での戦いに臨む意義を得ていた。

依然、聖杯などというものに興味はない。が、それを求めて切嗣が九年の沈黙を破るとなれば、綺礼もまた万難をはいしてそこに馳せ参じる意味がある。

この男には問わねばならない。何を求めて戦い、その果てに何を得たのか。

言峰綺礼は、是が非でも一度、衛宮切嗣と対峙しなければならない。たとえそれが互いの生死を賭した必滅の戦場であろうとも。