エレGY

CHAPTER 3-2『革命の終わり』

泉 和良 Illustration/huke

「最前線」のフィクションズ。破天荒に加速する“運命の恋”を天性のリズム感で瑞々しく描ききった泉和良の記念碑的デビュー作が、hukeの絵筆による唯一無二の色彩とともに「最前線」に堂々登場! 「最前線」のフィクションズページにて“期間無制限”で“完全公開中”!

2『革命の終わり』

それから二日間、エレGYからは何の連絡も無かった。

彼女の荷物を宅配便で送ろうと、一度コンビニまで持っていったが、大きな荷物二つ分の送料は予想外に高く、僕は店員に「すみません、お金足りませんでした」と恥ずかしいセリフを吐いて、再び家まで持ち帰った。

アンディー・メンテの通販には新たに三件の注文が来た。

どれもCD一、二枚の小さな注文だ。

内一通には、備考欄にメッセージが書かれていた。

『初めてCDを買わせて頂きます。

つい最近アンディー・メンテを知って、ちょっと変わった雰囲気に、あっという間にハマってしまいました。「怪盗プリンス」や「自給自足」が凄く面白くて、これがフリーだなんて驚きです。じすさんの日記も大好きです。

もし良かったらメッセンジャーのアドレスを書いておくので、登録して下さい。

youko_loves_am_xxxooo@hotmail.com』

昔はこうしたメッセージに対して一通一通返事を書いていたものだが、いつの間にか億劫おっくうになって書かなくなった。

この差出人の女性もジスカルドを見ている、と僕は沈んだ気持ちでそれを読んだ。

全くやる気は出なかったが、貴重な収入のためだと自分に言い聞かせて、返信と梱包作業を行った。

郵便局へ持っていくと、三件分の発送料は、僕の全財産にギリギリ収まってくれた。

これで数日中には数千円が口座に振り込まれるだろう。

ただそれまでは飲まず食わずになりそうだ。

毎日ネットバンクで残金を確認したが、なかなか入金はなかった。

数日目の朝、携帯にエレGYからのメールが届いてるのを発見した。

『荷物、忘れちゃった。ごめんね、じすさん。ごめん』とだけ書かれていた。

返事は出さなかった。

代わりに、既に空腹の絶頂に達していた僕は、「二つ目のごめんは、きっと僕の腹を殴ったことに対する謝罪だ」と勝手に決め付け、エレGYの荷物の中にあったチョコレートを慰謝料として全部食べてやった。

インスタントラーメンやパスタも入ってはいたが、ガスが止められているのでお湯が沸かせず、どうしようもない。通販の振込みがあったら、まずガス代を払おう。荷物の中にある食料で一週間は生きながらえそうだ。

エレGYと会わなくなっただけだというのに、一日がとても長かった。

経済的危機を乗り越えるために、それらの時間を全て新作のゲーム開発にあてた。

僕は猛スピードでプログラムを組み、絵を描き、音楽を作った。

そこには何の思い入れも、信念も無かった。

ただ金にさえなればいい。

今更、誰かのために作るなどという理由も無かった。

エレGYは僕の新作をやるだろうか。

やるかもしれないし、やらないかもしれない。

どちらにせよ、もう彼女の事を考えたくなかった。

意識すると、辛くなった。

少なくとも、僕の方は彼女の事が好きだったのだ。

ただ、彼女が見ていたのは僕ではなく、僕が生み出した幻影の方だった。

今まではユメの事を思い出す度に飲んでいた抗不安剤が、エレGYに関する思考の中断用にとって代わった。

二、三日して、通販の代金と郵便局からのアルバイト代が振り込まれた。

それらは一瞬にしてガス代と家賃に消えた。

濡れタオルで体を拭くだけの日々に別れを告げ、久しぶりに湯船につかった。

腕に自然治癒途中のアザがあった。もうほとんど治りかけていたが、よく見れば足にも幾つか跡がある。

脳裏にエレGYの屈託の無い笑顔や、甲高い笑い声が蘇った。

自転車に二人乗りをして、分離帯の上から転倒した時のアザだ。

随分と昔の事のように思えた。

どのアザも、もう消えかけている。

エレGYの残したインスタント食品を全て消化し終えると、残りの彼女の雑貨や衣類、CDなどを全て一つにまとめ、今度こそ宅配便で古島絵里の住所へ送った。

エレGYからは、まだメールが届き続けていた。

着信音が鳴る度に、抗不安剤を摂取する癖がついた。

僕は、それら全てのメールを読まずに削除する事で、なんとか心の傷を最小限に留めようと努めた。

削除したメールは数え切れない。

それでも、いっこうにメールの止む気配が無かった。

僕は、仕方なく終止符を打つための一通を書いた。

『僕はもう以前ほど君に興味がありません。だから、僕の事はなるべく早く忘れるように努力して下さい。僕もそうします。君と知り合えた事はとても良い事でした。ありがとう。今は傷つくかもしれませんが、手首は絶対に切らないで下さい。僕からの最後のお願いです。さようなら』

なんて勝手なメールだろうと思った。

しかしこれがベストであると判断した。

会って直接別れを告げるのは、お互いを引きらせてしまいかねない。

送信して、すぐに抗不安剤を二錠口の中に放り込んだ。

しばらくソワソワした。

なかなか薬が効かない。

自己嫌悪は増幅する一方だった。

そのうち、胸が焼けるように熱くなり、嗚咽おえつが止まらなくなった。

息が上手く出来ない。

寒気もしだした。

布団に横になる。

着信音が鳴った。

すぐに携帯を取り、見ずに消去した。

消去したら、涙が溢れ出た。

薬をもう一錠だけ飲み、毛布にくるまって目を閉じる。

ただ、早く時間が流れて欲しかった。

そうすれば忘れられる。

エレGYとの事も、ユメの時と同じように。

痛みが意識と共に拡散していく。

じょじょに呼吸が楽になって、そしてやがて眠った。

次の日から、もうメールは来なくなった。