エレGY
CHAPTER 2-12『魔法解除』
泉 和良 Illustration/huke
「最前線」のフィクションズ。破天荒に加速する“運命の恋”を天性のリズム感で瑞々しく描ききった泉和良の記念碑的デビュー作が、hukeの絵筆による唯一無二の色彩とともに「最前線」に堂々登場! 「最前線」のフィクションズページにて“期間無制限”で“完全公開中”!
12『魔法解除』
小山田幸貴に助けを求めたのは、泣き出したエレGYをそのまま帰す自信が無かったからだ。
泣き止まぬ彼女を強引にすぐ帰すのはあまりに危険だった。彼女は一応リストカッターなのだ。
戸越銀座商店街にある毎度のゲームセンターに、小山田幸貴はnikoを伴って現れた。
nikoまで来るとは思っていなかったので驚いた。
普段、小山田幸貴と焼肉屋へ行く時、彼女はいつも仕事で時間が合わず、彼一人だけの事が多かったからだ。
前回の喧嘩の事で少し心配になっていた僕は、二人が一緒にいる姿を見てほっとした。
「こんにちは」と、エレGYは畏まって二人に挨拶をした。
「この人は小山田君だよ。僕のゲームにも時々出てくる」と、エレGYに紹介する。
小山田幸貴は会釈をして微笑んだ。
次にnikoを紹介しようとしたら、彼女は自分から「私、にこだよ。エレちゃん初めまして」と言って、エレGYと握手をした。
焼肉屋へ移動し、四人でテーブルを囲んだ。
エレGYに食べたい物を聞くと、お酒と答えた。
さすがに店内で高校生にお酒を飲ませるわけにもいかず、代わりにコーラを注文する。
店員の持ってきた肉をnikoが率先して焼いてくれた。
素直にそれらを次々と食べていたら「にこも食べるの!!」と不服そうに訴えた。
「食べなよっ。僕焼くからさ。ほら、食いねえー食いねえ」
僕とnikoのやり取りを見て、エレGYが笑った。
エレGYは初めはぎこちなかったが、小山田幸貴と知り合った頃の話や、彼とnikoの出会い話などを聞かせていくうち、いつもの元気を取り戻してくれたようだ。
小山田幸貴には既に聞かせた内容もあったが、エレGYとの出会いから今に至る経緯を、彼女が少しでも良い気分になるよう、僕は面白おかしく話した。
一通り食べ終わると、最後にまた、とうもろこしを注文した。
網の上でコロコロと転がしながら焼く。
その頃には、エレGYとnikoはすっかり仲のいい友達同士になって、携帯のメールアドレスを教え合っていた。
どうやら彼女の衝動を落ち着かせる事には成功したようだ。
焼きあがったとうもろこしを食べていると、「それが一番おいしんでしょ」と小山田幸貴が茶化した。
食べ終わって店を出る段階で、僕は青ざめた。
もう財布には千円札が一枚しか無かった……
小山田幸貴に何度も謝りながら、僕とエレGYの二人分をおごってもらった。
「エレちゃんまた遊ぼうね」と、nikoが手を振りながら言った。
「うん、遊ぶよ! 小山田さん、にこちゃん、バイバイ!」と、エレGYも笑って手を振り返した。
終始、僕は笑顔で振舞ったが、心中では彼女が泊まると言い出した事を忘れてくれるよう願っていた。
二人と別れて、僕とエレGYは大井町駅まで歩く事にした。
「今日は帰れるよね」と聞くと、エレGYは「うん、ありがとう」と答えた。
彼女の持ってきた二つの紙袋を持って歩いていると、中からフライパンが見えた。
他にも色々な物が入っていそうだ……
いったいどうするつもりだったのか聞いてみたかったが、あまり彼女の目的を探って、また「やっぱり泊まる」と言い出されては困る。
僕は、自分のゲームの曲を口ずさんだ。
「それ、『スターダンス』だよね。私、『スターダンス』大好き」と、エレGYは言った。
この曲を彼女が知っている事は分かっていた。
ゲーム『スターダンス』を作ったのは、僕が大学生の頃だ。
エレGYが僕を知ったのもその頃なのだろう。
僕の口ずさむ曲を聴いて、四年前の頃の事を思い出しているのかもしれない。
夜道を歩く彼女の横顔を見ると、どこか哀しげだった。
駅に着いた。
ホームまで来て、エレGYは「帰りたくない」と泣いた。
終電間近で、ホームにはほとんど人が居なかった。
電光掲示板は、次の電車が来るまでまだ数分ある事を告げている。
「そろそろ飽きてきたでしょ? 僕に」
彼女はうつむいたまま首を横に振った。
僕はホームのタイルをつま先で蹴りながら溜め息をついた。
……エレGYがどんなに僕に接近しようと、辛い思いばかりをさせてしまう。
なぜなら、僕はジスカルドではない。
最初から分かっていた事なのに、利己の想いを優先して彼女を傷つけてしまった。
終わりまでの時間を少しでも長引かせようとして、いたずらに彼女の心を振り回してしまった。
彼女の涙を再び見て、これ以上泣かせてはいけない、と強く思った。
……それにはもう、魔法を自ら解くのが一番いい。
回送電車が通り過ぎるのを待った。
脳裏で、これまで僕に会って去っていったファン達や、ユメの事が思い出される。
エレGYとの事も、そこに加わるだけだ。
静かになってから僕は彼女に言った。
「一時的な陶酔で、それが依存に連鎖しただけじゃん」
「…………」
「君が好きなのはジスカルドの方で、僕じゃないよ。僕の事はあまり好きじゃないって、もう分かってるでしょ?」
「…………」彼女は何も答えない。
「ジスカルドなんて居ないから、無理して僕を好きになろうとしてるだけなんだよ。もう、会うの……止めた方がいい……」
ずっと俯いたままだった彼女の姿勢に変化があった。
そして僕は、その時突然起こった出来事をしばらく把握できなかった。
彼女は、僕の腹部を半ば本気の力を込めて、グーでドスンと殴り、僕が「うぇっ」と腹を押さえてよろめくと、
「うるせえ、いずみかずよし!!」と、泣きべその顔で言い放ち、物凄い速さで階段の方へと走って行ったのだ。
「ちょっ……」
僕が呼び止める間も無く、彼女はホームの階段を駆け降りながら「ばーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーか!!」と、絶叫した。
静まり返った夜のホームに、エレGYの叫び声は痛烈に響いた。
彼女の姿はもう見えなかった。
階段を昇って来た帰宅途中のサラリーマンが驚いて、彼女が去っていった方を呆然と振り返っていた。
彼女が忘れていった大量の荷物がまだ僕の足元にあった。
僕は、本当にバカみたいに、ホームの端っこで一人、右手で腹を押さえながら、ただ突っ立っていた。