エレGY

CHAPTER 2-7『小山田幸貴とniko2』

泉 和良 Illustration/huke

「最前線」のフィクションズ。破天荒に加速する“運命の恋”を天性のリズム感で瑞々しく描ききった泉和良の記念碑的デビュー作が、hukeの絵筆による唯一無二の色彩とともに「最前線」に堂々登場! 「最前線」のフィクションズページにて“期間無制限”で“完全公開中”!

7『小山田幸貴とniko2』

食事を終え、また小山田幸貴の家へ遊びに行くことにした。

途中、コンビニでお酒とお菓子、遊戯王カードを買っていると、「悪ガキどもがいるぞー」と後ろから声がした。仕事帰りのnikoが僕らを指差してにんまりと立っていた。

三人で肩を並べ、戸越銀座商店街の道を遮断するように歩いた。

普通なら小山田幸貴とnikoは並んで歩くのに、今夜に限っては何故か僕を間に挟んで歩いていた。朝、仕事前に喧嘩けんかでもしたのかな、と邪推する。

人でごった返す昼間とは違い、夜は帰路につくサラリーマンがチラホラ見えるだけ。

ずっと続く街並の先に、真円の月が浮いている。僕の両隣には友人二人。僕を中心にして、全てがシンメトリカルに構成されているように見える。バハムートくらい召喚できそうなほど荘厳そうごんな雰囲気だった。

酔っていい気分になっていた僕は、「この世は我等の物ぞー!」と、コンビニ袋を掲げて叫んだ。

「きゃはは」nikoが笑いながら「物ぞ!」と続けて言った。

小山田幸貴は、すれ違うサラリーマンの視線を気にしながら、仕方ないなという感じで

「ぞ」と小さい声で繫げた。

「泉君、久しぶりに囲碁打って」と、家に着いてから小山田幸貴は言った。

「うん、打とう」

「にこも! そのあと、にこも打って!」

小山田幸貴も、僕と同時期に囲碁を始めていた。しかし、仕事で忙しく、碁会所にも行った事がないため、彼の棋力きりょくは初心者のままだった。nikoに至っては、最近ようやくルールを覚えたばかりである。しかし、こうしてたまに打ちたいと言ってきては対局した。

小山田幸貴はテレビの下から、初心者用の九路盤きゅうろばんを取り出した。

ハンデとして小山田幸貴に二つの石をあらかじめ置かせ、対局は始まった。

しばらく囲碁を打っていると、nikoが暇そうにして「しすみん、エレちゃんは?」と聞いてきた。

「会ってるよ。僕が風邪引いちゃったから、最近ちょっと間が空いてるけど

「風邪かー、しすみんはよく風邪引くなあ」

小山田幸貴の手番だったが、やや複雑な展開になり長考していた。

「エレちゃんに看病しに来てもらった?」

「もらうわけないじゃんっ」

「なんで? まだ付き合ってないの?」

「付き合ってないよ」

「なんでー? 嫌いなの?」

「そうじゃないけど

「なにそれ。はっきりしない男は駄目だよ!」

「う」

小山田幸貴が石を置いた。手番が僕に回る。nikoの追及に動揺した僕は、思わず間違った場所に手拍子で石を打ってしまった。

「あ、違う。しまった、待って」

「だーーめーー、いひひ」と、小山田幸貴がニヤリとしながら次の手を打った。

致命的なミスでこちらが一気に敗勢になる。

「あああ、デビルニコの心理攻撃にまどわされたせいだっ

「グヒャヒャヒャ、愚かなしすみんめ。はっきりしないからぢゃ」

僕が頭を抱えていると、小山田幸貴は気分良さげに「泉君、バイトをクビになっちゃったんだよ」とnikoに言った。

「噓ーっ、あははは、しすみんらしい」

「もう働いた方がいいよ、泉君。仕事を紹介するからさ」

僕は無視して、なんとか形勢を取り戻すための妙手を探し続ける。

「駄目だよっ。しすみんが定職に就いたら、しすみんのいい所が消えちゃうの!」とnikoが代わりに反論した。

「綺麗事じゃ食えないでしょっ」と小山田幸貴が言うと、

「何よっ。にこには仕事ばかりしないで趣味持て、ってうるさく言うくせに」nikoの声のトーンが大きくなった。

「それはおまえが趣味なくて、僕にうざったくしてくるからだろ」

「うざったくしてない。遊びたいだけだもん」

「こっちはいつも仕事で疲れてるのに、遊べるわけない」

「にこだって疲れてるよ。でも一緒に話したり遊んだりしなきゃ、付き合ってる意味ないもん」

「趣味もないおまえと何の話するわけ? だから趣味持てって言ってるんだろ」

二人の言い合いをよそに、碁盤と睨めっこを続けていた僕は、なんとか凌げそうな一手をようやく見つけることができた。

「よし、これでなんとかいけそうだ。小山田君、打ったよ」

突然、碁笥の蓋が飛んできた。

びっくりして見ると、nikoが小山田幸貴を狙って投げた物だと分かった。

いつもの口喧嘩程度かと思っていたら、nikoは涙ぐんだ目で小山田幸貴を睨んでいた。

「じゃあまたネットゲームするよ、そしたら趣味できるもん」

「勝手にしろよ。男でも作ってくれたら、こっちも楽だし」

小山田幸貴の言葉に、nikoの顔が更にゆがんだ。

nikoは近くにあった化粧品や小物を摑むと、次々に投げ出した。

幾つかが小山田の体に当たり、彼も同じように物を投げて反撃した。

「な、なんしとんじゃああ!」と、僕は困惑しながら叫んだ。

再び物が飛んできて、碁盤の上の石をバラバラにしてしまった。

もう碁どころではないにもかかわらず、今までの手は全部憶えてるから並べ直せば大丈夫だ、などと心の中で無意味に呟く。

「ぎゃああああ」とnikoが叫びながら、小山田幸貴の体を殴り出した。

「い、痛いだろっ。やめろ! ああもうっ、にことなんか付き合うんじゃなかったよ!」

「うるさい、ききたんなんか死んぢまえ!」

怒鳴り合いが続く。

「あわわわ、僕のために争うのはやめてええ!」と、なんとか場を静めようと失笑覚悟の冗談も言ってみるが、二人の耳には届かない。

「もういいよ! 意味わかんねっ。ああもうっ」

小山田幸貴は急に立ち上がり、コートを乱暴に持つと、扉をバタンと閉めてアパートの外へと出て行ってしまった。

部屋に僕とnikoだけが取り残された。

数秒置いて、「うわあああん」とnikoが泣き出す。

なんじゃこらあ

あまりに唐突とうとつ過ぎて、わけが分からない。僕の頭の中は、まだ碁盤の上の石の続きを読もうとしていた。対局の復帰不可能は明白だ。

nikoをどう慰めてよいのか分からず、ただ呆然とする。

「な、何がどうしたって言うわけ?」

nikoは答えず、泣き続けた。

お酒のせいで頭がグラグラしていたが、ほろ酔い気分はすっかりめていた。

こんな状況で二人きりでいるのは何か危険だ。

場の空気に耐え切れなくなった僕は、仕方なく自分の家へ戻ることにした。

「にこちゃん、ごめんね。僕、帰るよ。よくわかんないけど、仲直りするんだよ」

nikoは泣きながらも玄関まで僕を見送ってくれた。

扉を閉めようとすると、閉まる直前で止められ、その隙間からnikoは泣き顔を覗かせて「しすみんは、エレちゃんと喧嘩しちゃ駄目だよ。分かった? うわああん、また来てね」と言った。

アパートを出て数分の所で、小山田幸貴が道端に座って煙草を吸っていた。

「にこちゃん泣いてるよ。寒いし、戻りなよ。僕、今日はもう帰るからさ」

「すまんね、泉君」

すぐには動きそうにない彼の雰囲気を見て、僕も隣に座った。

「シリウスって知ってる?」

星かと思って夜空を見上げたが、曇って何も見えない。「にことよくパーティー組んでた」と付け足されて、ネットゲームの中のプレーヤーのHNだと気付いた。

「ああ、うん。エルフやってた奴だっけ」

「そう。あの人、前の彼氏だったってさ」

「ん?」

「シリウスが、にこの前の彼氏なんだよ」

「ええ、本当に?」驚いて聞き返す。シリウスの事を思い出そうとしたが、僕らとnikoがゲーム内で知り合ってすぐの頃に、数回見かけただけで、ほとんど憶えていない。

「うん。でもまあそれは、にこの過去の事だからいいんだけどさ。それ聞いてからはもうゲームもしなくなったし。にこもやってないんだよ」

二人がゲーム内に現れなくなったのは半月ほど前だ。知り合いが居なくなってつまらなくなり僕も同時期にやめていた。そんな理由があるとも知らず、時折二人に「またネットゲームやろうよ」などと言った事を思い出して後悔した。

「そしたら、ほら、にこには他に趣味がないでしょ。それまではゲームの話が共通の話題だったからね。あとはもうお互いの仕事の話しか無くてさ。二人とも仕事で疲れて帰ってきて、また仕事の話なんかしたくないし。そんな感じなんだ。にこはもっと話そうとか言ってくるけど、無理に話題作るのもしんどいから

「趣味がないとか言ってたのは、そういう事か

「うん。せっかく碁打ってもらってたのに、ごめん」

「いやいいよ。しばらく喧嘩にも気付かないで、ずっと碁の手筋読んでたわ

「あはは」

小山田幸貴はようやく笑って「あれ、僕勝ってたでしょ?」と言った。

「いいやっ、コウの筋があったよ。コウ材次第だけど、まだ僕にもチャンスあったはずだ」

「えー、負け惜しみー」

「ちげーわい」

体温が下がってきて、上着に首をうずめた。

「共通の話題とか、焦らなくてもすぐできるよ。『一緒に居れるだけで幸せだよ』とか言ってあげな」僕は立ち上がりながら言った。

「おええっ」小山田幸貴はふざけて吐く真似をして、「ありがと、さっきは、綺麗事じゃ食えない、なんて言ってごめん」と謝った。

「そんなこと言ってたっけ? しょっちゅう言われてるから気付かなかったよ」

小山田幸貴は苦笑しながら僕の足を叩いた。