エレGY

CHAPTER 2-6『ユメ』

泉 和良 Illustration/huke

「最前線」のフィクションズ。破天荒に加速する“運命の恋”を天性のリズム感で瑞々しく描ききった泉和良の記念碑的デビュー作が、hukeの絵筆による唯一無二の色彩とともに「最前線」に堂々登場! 「最前線」のフィクションズページにて“期間無制限”で“完全公開中”!

6『ユメ』

週末になって、再び小山田幸貴に焼肉に誘われた。

ゲーセンで待ち合わせて焼肉屋に向かう道中で、郵便局のバイトをクビになった事を伝える。

彼は「えーーーっ、どうするの」と驚いて心配そうな顔をした。

「仕事紹介しようか?」

「いらない」

「アンディー・メンテ一本で、いつまでも行くってわけにもいかないでしょ」

「一本だよ! いっぽんぽんだよ! てんてんてん、にこにこあせまーく」

「なんだそれは

不安そうな目で僕を見る小山田幸貴に、僕は「大丈夫だよ、なんとかなるさ」と陽気に答えた。

実際、半月分のアルバイト代は月末に振り込まれるだろうし、何よりエレGYからのメールの返事を思い返すと、本当になんとかなるような気がしていた。

焼肉屋に入ってから、エレGYとの進展について報告した。

「その子、泉君のこと、本当に好きなんだね。めちゃ惚れだ」

「でも、ファンの人達ってみんな最初はそうでしょ。僕の事が好きになるようにゲームとかで演出してるんだから。熱烈なメールとか送ってくる人もよくいるしさ」

肉をひっくり返しながら「いいじゃん、モテモテで」と、小山田幸貴は言った。

僕は、まだ焼け切っていない肉の一切れをはしで摑むと、無理矢理口に放り込んで「でもそれって、僕を好きなんじゃなくて、アンディー・メンテのジスカルドってやつを好きなんだよ!? むしゃむしゃっ」と、半ば怒り気味に答えた。

「それまだ赤いよっ」

「妄想の膨れ上がった末の勝手な思い込みなんだからっ。今までもそういう人が居たの、話した事あるでしょ。そういう女の子のファンって、リアルの僕と会うと、みんなしばらくして居なくなってるじゃん。当たり前だけどさ、現実が妄想に勝てるわけないしっ」

小山田幸貴は呆れた顔をして、焼けた肉を僕の小皿に入れてくれた。

「で、エレGYちゃんはどうなの? そういうファンと同じ?」

「わからん」

「でも、相当好きそうだよね」

「中学ん時から、もぐもぐ、アンディー・メンテ知ってたって。四年前から」

「うへー、凄いねっ。僕らがまだ大阪にいた時じゃん」

「四年も肉焼いてたら、焦げまくりだよっ。炭の味しかしないよっ」

「え、うん、え、どゆこと?」

「いや、自分でも意味不明だなと思いました。すみません、小山田さん、とうもろこし頼んでもいいですか

小山田幸貴は笑いながら店員を呼んだ。注文を済ませて再び会話に戻る。

「でもある意味、泉君のことを誰よりも理解してる所はあるよね。多分」

「えーっ?」

「だってさ、アンディー・メンテって、泉君のスピリットのかたまりじゃん。まあ、ちょっとやそっと好きになったくらいじゃ、単なる一時的なファンかもしんないけどさ。エレGYちゃんの場合は四年間はそれを見てきたわけだし。今までのファンとはやっぱり違うんじゃない」

確かにエレGYは他のファンと明らかに違う。

と言うか、そもそも普通の女の子とも全く違う。彼女は変だ。

僕が彼女に魅かれる部分はそこにあった。

そして、小山田幸貴の言うように、彼女が僕の作品に対して持つ視点は、誰よりも僕の作品を理解しているような感じを受けさせる。だからこそ僕も彼女の独特の価値観に共鳴させられるのかもしれない。

もしそれが本当なら、物を作る者としてこれほど嬉しい事はないのだが。

とうもろこしがテーブルに来た。五つに分割されたそれらを網の上に均等に並べる。

「にこちゃんがさ、しすみんはエレちゃんにメロメロだ、って言ってたよ」

「ぐええっ」

僕は恥ずかしいのを誤魔化ごまかそうと、網の上のとうもろこしを何度も転がした。

「まだだよっ、それ焼けてないのに食べたら死ぬよっ」と、注意された。

「彼女が本当に僕をどう見てるのかは分からないけどさ。こっちが本気で好きになった後になって、やっぱり想像と違ってたから、さよなら、ってなったら。そういう失望されるの、もう辛いじゃん」

小山田幸貴の表情が憂慮ゆうりょの色で染まるのに気づいて、思わず本音を言ってしまった事を後悔した。

しばらく間があって、「ユメちゃんの事、早く忘れてさ。新しい恋をするべきだよ。傷つくかもしれないけど、前に進むのっていい事だよ」と彼は言った。

ユメとは僕の前の恋人の名前だ。

もう僕の中では消えかけた名ではあったが、僕の精神状態を気に掛けてくれている彼がそのように心配するのは当然だった。

現に今でも、時々ユメと別れた頃の事を思い出すと、抗不安剤を飲まねばならない事もある。

ユメが僕から去った原因は、経済的な面や将来性の無さだけにあるわけではなかった。

ユメもまた、かつては僕のファンだった。

それもアンディー・メンテを始めて間もない頃の、最も初期のファンの一人。

その頃の僕はまだ夢と希望と自信に満ち溢れていた。

フリーウェアゲームのフロンティアを開拓しようと熱意に燃えていた。

そんな僕をユメは好きになった。

ユメとの会話の中で出てきた、くだらない冗談などを次々とゲーム化した。

ユメに「うんちのゲーム作って」と頼まれれば、本当にうんちのゲームを作って公開し、二人でケラケラと笑った。

二人で様々なゲームを作った。好き放題に。

だが、アンディー・メンテを仕事として運営するようになってからは、そんな事はできなくなった。

いや、違う。できなくなったのではない。

僕が変わってしまったのだ。

ユメは、その事を嘆いた。

「どうしてもっと変なゲーム作ってくれないの? またうんちのゲーム作ってよ」

ユメがそうせがむ度、「駄目なんだよ、そんなゲームじゃ。やおいゲームとかを作らないと生活費が足りなくなるんだ」などと言って拒んだ。

受け手に喜ばれなければそれが収入の減少に直結する。その恐怖が、僕からフリーウェアゲームクリエイターに最も大切な何かを奪っていってしまった。

その事が彼女には許せなかったらしい。

生活のためだからという大義名分を口実にして、本当に作りたい物を作らず、ジスカルドという幻影を演出し続ける僕に、彼女は失望したのだ。

しかし僕にはどうすることもできなかった。

その事で苦しんでいたのは僕も同じだったからだ。

現実に対する様々な妥協だきょうや割り切った考え方が、作品から芸術性を失わせていくのは分かっていても、それに打ち勝つだけの力や若さが、時間が経つほどに僕から消えていく。

そんな僕の弱さを、彼女は執拗しつように批判し続けた。

言い争いが絶えなくなり、破局は当然のように訪れた。

それからもう数ヵ月が過ぎている。

彼女の事を忘れる事はできた。しかし、自分の弱さが原因で大切な物を失ってしまう恐怖は、今でも僕の心の奥底に痛みを伴ってある。

炭火でいい具合に焼けたとうもろこしを食べた。

「とうもろこしが一番美味しいよ。一番美味しい!」

僕が大声でそう言うと、小山田幸貴は安心したように笑った。