エレGY

CHAPTER 2-2『想像の風船』

泉 和良 Illustration/huke

「最前線」のフィクションズ。破天荒に加速する“運命の恋”を天性のリズム感で瑞々しく描ききった泉和良の記念碑的デビュー作が、hukeの絵筆による唯一無二の色彩とともに「最前線」に堂々登場! 「最前線」のフィクションズページにて“期間無制限”で“完全公開中”!

2『想像の風船』

秋も終わりに近づき、寒さで気が滅入った。

今日になって更に気温が下がったようで、なかなか布団から出られず、午後になって起き出した。

メールをチェックすると、CDの注文メールが二通届いていた。

アンディー・メンテのサイト更新頻度ひんどは低下している。ここ数日は放置したまま。最後にゲームを公開してからもう随分と月日が過ぎている。

それでも少ないながら、時々こうして注文メールが届く。僕の貴重な収入源の一つだ。

一通はCD二枚。どちらもやおいゲームのサウンドトラック。

もう一通はなんと全買いだった。

やった、これでしばらく食い繫げる。

アンディー・メンテの取り扱う通販で、最も販売数が多いのはやおい系の商品だ。

やおいとは、女性向けに作られた男性同士の性愛関係を描いた作品の事を言う。

僕は数年前から、やおい好きの女性が抱く、男性には無い特殊な思考に興味を持ち、そうした要素をアンディー・メンテのゲームにも取り入れてきた。

フリーウェアゲーム界では、まだまだきちんとしたやおいゲームが少ない。おかげで、アンディー・メンテは多くの女性ファンを獲得する事ができていた。

現状、通販でお金を落としてくれるユーザーのほとんどは、コアゲーマーなどではなく、そうした女性の同人系ファンだった。昨今のやおいブームの上に、彼女達の多くは同人活動によって通販慣れしているのだ。

しかし、極稀ごくまれに現れる全買いユーザーは、彼女達とは少し違う。

低迷気味のアンディー・メンテではあるが、取り扱う商品の額を全て足すと、その金額は三万円を越す。

気に入ったゲームが一つ二つあったからと言って、個人サイトの通販に三万円をぽんと出す人はなかなかいないだろう。

全買いをするにはそれ相応の理由があるはずなのだ。

アンディー・メンテの全てと相性が合い、その雰囲気ふんいきが大好きになってしまった人、ゲームをプレーして人生を変えるほどの感動や衝撃を受けた人、そして、ゲームやサイトから垣間見れる制作者・ジスカルド個人が好きになってしまった人つまり魔法に完全に掛かってしまった人。そんな人が全買いに至る。

僕は注文メールに返信を書き、商品の梱包こんぽう作業を行った。

エレGYも、この全買いをしてくれたユーザーのように、アンディー・メンテを好きになってくれたのだろうか

そんな事を考えていると、ふと頭にある事が浮かんだ。

エレGYが僕のCDのいくつかを持っている事は知っていたが、いったいどれくらい通販を利用しているのか

もしかしたら、エレGYも既に全買いをしているのではないか?

それらは通販履歴を調べれば分かる。

商品発送済みのフォルダを開き、検索欄に名前を入力しようとして手が止まった。

何度も会ってはいたが、僕はまだ彼女の本名を知らなかった。

正確には苗字を知らない。下の名は確か「エリ」だ。初めの頃のメールで彼女はそう告げていた。

僕は試しに、「エリ」の名で検索をかけてみた。

何もヒットしなかった。

適当に漢字を当てはめ、「絵梨」で検索してみる。

0件。

次に「絵里」で検索

すると、二十一件が表示された。

全て「古島こじま絵里」という女性からの注文メールだった。

二十一件という数はアンディー・メンテの通販としては飛び抜けた数字だ。販売中止となった商品を含めても、これまでサイトに並べた商品数は二十五品くらいしかない。

最初のメールの日付は四年も前。

僕がまだ大学生の頃だ。

エレGYが、アンディー・メンテを知ったのは二年前くらいだ、と言っていたのとは異なる。

メールを開き、住所を確認した。

大田おおた区蒲田」

エレGYと同じ住所だ。

確信には至らないが、僕はこの「古島絵里」がエレGYであると信じた。

一通一通メールを開いていくと、彼女は新しい商品が出る度に、その都度注文をしているようだった。

時には、既に購入済みであるはずのCDを、再び注文しているメールもある。少なくとも僕のオリジナルCDの一つ『music』だけでも、彼女は六枚所持しているはずだ。

「そんなに買ってどーすん!」と、部屋で一人ツッコミをいれた。

彼女の支払いは、半分くらいが郵便為替かわせで行われていた。

僕は、押入れの中のダンボール箱を引っ張り出し、大量に詰め込まれた封筒の中から、差出人が古島絵里になっている物を探した。

小一時間かけて見つかった封筒は三通。どれも今年に入ってから届いた物だ。他は引越しの時などに捨ててしまったのかもしれない。

三通とも同じ白い便箋が使われていた。注文商品名と住所・氏名が書かれ、簡単なメッセージが添えられている。

『いつもゲームを遊んでいます。これからも頑張ってください』

『CDが届くのを楽しみにしています。じすさんの音楽が好きです』

『新作がとても面白くて、寝ずにプレーしています。楽しいゲームをいつもありがとうございます』

更に、僕のゲームのキャラクターの描かれた紙が全てに同封されていた。どのイラストにもハートマークと星が無数にちりばめられている。

メッセージもイラストも、他のファンが送ってくる物と大して変わりはない。

だが、彼女がこれらをどんな気持ちで描いたのかを考えると、何故かつい声を出して笑ってしまった。

笑いながら僕は、エレGYがちょっとだけ怖くなった。

彼女のストーカー的所業が怖いのではない。そんな怖さなら、彼女が「家まで来た事がある」と言った時や、僕と会えない事で手首を切ったと知った時など、とっくに慣れている。

僕が怖いのはあくまで、彼女が失望してしまいかねない事に対する危惧きぐだ。

この二十一通の注文メールがエレGYの物ならば、彼女のジスカルドに対する想いは並大抵ではない。

少なくとも最初の注文メールが届いてから四年

僕が大阪で大学生をしている頃から、彼女は僕を知っていたのである。

その期間、彼女の想像はどれくらい巨大化しただろう。

そしてついに彼女は、現実のジスカルドに出会ってしまった。

理想とのギャップが、彼女のふくらませた風船をじょじょにしぼませていくのは目に見えている。

ジスカルドに対する幻想という名のエアが抜け切った時、彼女を四年分の失望が襲うのだ。

nikoが現実の小山田幸貴の中にも「ききつき」を見たように、エレGYもまた僕の中に「ジスカルド」を見出し、想像と現実を上手く中和してくれたらどんなにいいか。

しかしそれには、あまりに四年は長過ぎるように思う。

nikoがオンライン上の小山田幸貴・ききつきを見ていたのは、ほんの数ヵ月だ。それくらいの期間の想像なら、それ以上の現実時間がやがては溝を埋めてくれるかもしれない。

だが、エレGYの場合はケースが違い過ぎるのではないか。

「にこちゃん、四年だってさ。それでも大丈夫かな

そう心の中で問いかけてみたが、nikoの悪そうなニヒヒという笑い声が思い出されるばかりだ。

梱包した商品を郵便局に出しに行った。

外の寒さに臆して、郵便局が閉まる直前まで家を出るのを躊躇ためらったため、かえって自転車を飛ばすはめになった。

エレGYと次に会うのは明日だった。

彼女と出会う事に、再び抵抗が生まれていた。

うっかり古島絵里の注文メールを調べてしまったばかりに、余計な心配を抱えてしまったようだ。

しかしもはや、彼女に会わないでおく事などできそうもない。

冷たい風が吹いて、落ち葉が道の上を走っていた。

上着のえりを首いっぱいまで締め直す。

魔法が少しでも持続して欲しい。

願わくば魔法が解けた時、彼女の失望が少しでも軽度なもので済むようにしたい。

そう思いながら、自転車を漕いだ。