エレGY

CHAPTER 2-1『小山田幸貴とniko』

泉 和良 Illustration/huke

「最前線」のフィクションズ。破天荒に加速する“運命の恋”を天性のリズム感で瑞々しく描ききった泉和良の記念碑的デビュー作が、hukeの絵筆による唯一無二の色彩とともに「最前線」に堂々登場! 「最前線」のフィクションズページにて“期間無制限”で“完全公開中”!

CHAPTER 2
1『小山田幸貴おやまだこうきとniko』

土曜日の夜、僕は友人の小山田幸貴に焼肉屋へ食事に誘われた。

小山田幸貴は、僕が大阪の芸大に通っていた頃に出会った友人だ。僕と同じ頃に上京し、都内でシステムエンジニアとして働いている。こうして時折、僕の貧乏暮らしを見兼ねてご馳走ちそうしてくれる。

戸越銀座とごしぎんざにある焼肉屋へ行く前に、近くのゲームセンターで待ち合わせた。まずはそこでゲームでもして腹を空かせるのが僕らの常だ。

先に到着したので、一人でシューティングゲームをプレーした。

ゲームオーバーになって、店内を見回そうとすると、いつの間にかすぐ隣の席に小山田幸貴は座っていた。会社帰りのため背広姿だ。

来たらすぐ声をかければいいのに、アクション系ゲームのプレー中に呼びかけるなど無粋ぶすいだとするのが彼の流儀だ。

「もう予約してるよ。泉君、行こう」

僕らは焼肉屋へ移動した。

小山田幸貴は上着を脱ぎながら「どう? 調子悪くない?」と聞いた。

「ああ、大丈夫だよ。ありがと」

数ヵ月前、前の恋人と別れた時、精神的なショックで立ち直れずに混迷する僕に精神科のクリニックを勧めてくれたのは彼だった。その時は随分世話をかけてしまった。以来、僕の体調や精神状態を親身になって気にかけてくれる。彼には感謝が尽きない。

店員が運んできたドリンクで乾杯する。

「さあ、たんとお食べ」小山田幸貴は冗談ぽくそう言って、肉を焼いてくれた。

「そうだ、変な子がいるんだよ」一口目を食べて僕は言った。

「誰?」

「エレGYって子なんだけどさ、あ、ほら、ブログ見た? パンツ姿の写真募集の

「ああっ、見た見たっ。笑ったよ、あれ面白かった。あははは」

「それがきたんだよ、本当にっ。パンツ姿の写真添付して送ってきたんだ。そのエレGYって子がっ」

「えええっ、まじで?」

「まじでっ」

「凄いな、僕もブログ作って書こうかな

肉を食べながら、既に彼女と直接会っている事や、彼女が少し変わった子である事などを話した。

小山田幸貴は驚きながらも、興味深そうに話を聞いていた。

「いいなー、楽しそうで。ああ、でも良かった。泉君、前会った時は暗い顔してたからさ」

そう言われて、前回彼と食事した時の事を思い出す。

自分がどんな顔をしていたのかは憶えていないが、エレGYと会ってから、毎日ががらりと変わったのは確かだ。

郵便局でバイトを始めた事も話した。

「バイトなんて珍しいね。アンディー・メンテ苦しいの?」と彼は心配そうに言った。

「なかなかやる気が出なくて、新作もずっと出してないんだ」

「バイトするくらいなら、そろそろ仕事探すのはどう?」

彼は、数少ない僕の理解者ではあったが、会う度に定職に就く事を親のように勧めてきた。

「絶対イヤ」

「言うと思った

食事の後は、人通りの無くなった夜の戸越銀座商店街を二人ではしゃぎながら歩き、彼の家へと向かった。

途中コンビニに立ち寄り、お酒一缶と遊戯王ゆうぎおうのカードを三パック買った。

それを見た小山田幸貴は、既に買い物を済ませていたにもかかわらず、対抗意識を燃やして遊戯王のカードを倍の六パック摑み取り、レジへと持っていった。僕も彼も、遊戯王のカードゲームが大好きなのだ。

彼の家へ着くと、室内に散らばる女性の所持品類が目に入った。ついこないだまでは無かった物だ。

彼は今、オンラインゲームで知り合ったnikoという女性と交際中だった。

そのゲームに彼を誘ったのは僕だったが、ある日、仲のいいプレーヤー同士でオフ会を開く事になり、そこで小山田幸貴はnikoの事が好きになった。

二人で遊戯王のカードゲームに没頭ぼっとうしていると、仕事を終えたnikoが帰宅してきた。

nikoは僕を見るなり「しすみん、何してんの!」と彼女独特のアニメキャラのような声で言った。

nikoと出会うきっかけとなったゲーム内では、僕は『sismi』というHNを名乗っていたため、以来彼女は僕の事を『しすみん』と呼ぶのだ。

小山田幸貴の場合は『ききつき』というHNだった。これまたnikoは今でも彼の事を『ききたん』と呼ぶ。

ネットやゲーム内で知り合った同士にとっては、その時のHNがいつまでも名前としてリンクされる。軽い気持ちで変な名前を付けると後でたいへんだ。

「遊戯王やってんだよ、あはははは、にこちゃん、お帰り」と、僕は言った。

「また遊戯王かっ。あっ、また新しいパック買ってる。あ、ききたんもだっ」

僕らもniko同様、リアルでも彼女を「にこちゃん」と呼んだ。

nikoの本名は千原南鈴、「ちはらなんり」と読む。日本人と台湾たいわん人のクォーターだそうだ。小柄な体と子供っぽい喋り方が彼女を幼く見せているが、二十歳だった。働くのが好きらしく、いくつものバイトを掛け持ちし、毎日夜遅くまで仕事をしているようだ。

「泉君のターンだよ、早くっ」

小山田幸貴にかされて、慌ててカードをドローした。

お酒に弱いくせに、彼と遊ぶ時はいつも強がってお酒を飲む。

焼肉屋での一杯とコンビニで買った一缶で、すっかり酔ってしまっていた僕は、手札を見つめて作戦を練るうち、瞼が重くなってきてしまった。

「あーしすみん、寝てるよっ。ほら見てっ。お酒弱いのに飲むから、すぐ寝ちゃうんだよっ」

着替えを終えて室内に入ってきたnikoが僕に指摘した。

「うっ、寝てないっ、寝てないよっ」と目をぱっちり見開いて反論したが、お腹も気持ちも満ちて眠くなった僕は、言葉虚しくそのままスリープモードへと突入していった。

半睡眠の中で、小山田幸貴がエレGYの話をnikoに聞かせているのが耳に入った。

nikoが「えーー、しすみんめ、しすみんめ」といじわるそうな声で喋っていた。

      ×

次の日の朝、シャワーの音で目が覚めた。

隣の布団ではnikoが一人で眠っていた。バスルームにいるのは小山田幸貴だ。

僕が起床したのにつられて、nikoものそっと上体を起こした。

「あーそうだ、今日ききたん仕事だった」

寝ぼけ眼でnikoが言った。

「あれ、日曜だよ? 今日」

「うん、にちよーしゅっきん。ききたんたいへんなの」

「そうかー、悪い事したな。泊まっちゃってごめんね、にこちゃん」

「いーのいーの。にこは休みだから、しすみん今日、にこと遊んでね」

「えーっ、僕がっ?」

「そだよ、しすみん、にこのおもり」

nikoはそう言うと、シャワーを終えて出てきた小山田幸貴と入れ代わるようにしてバスルームへ消えていった。

「おはよー」と、濡れた髪を拭きながら小山田幸貴は言った。

「おはよっ。小山田君、今日仕事なのかっ。泊まってすまんね」

「いーよ。にこちゃん一人だから、どっかに連れてったげて」

「にこちゃんにもそんな事言われた、どうしよう」

早々と身支度を終えた小山田幸貴を見送って、部屋には僕とnikoだけが取り残された。

nikoが着替えと化粧をしている間、僕は携帯ゲームをして時間を潰した。

互いにまだ目が覚め切っていないせいか、二人ともほとんど喋らなかった。

別に気まずいわけではないのだが、親友の彼女と二人きりになるのは、くすぐったいような変な気分だ。

見ればnikoはそういうことをほとんど気にしていない様子だった。鏡に向かって黙々と化粧をし、服を着替える時だけバスルームへと消えた。

nikoは僕の事を完全に信用し切っているようだった。思えば初めて会った時から、彼女は僕にも小山田幸貴にも親しく、まるでよそよそしい所がなかった。誰に対してもそうであるのかどうかは分からないが、おかげですぐに仲良くなることができたのだ。歳が離れているにもかかわらず、今では親友と話すように僕と口を利いてくれる。僕は彼女のそんな気さくな人柄に好感を持った。彼女が僕を警戒するような人間だったら、こうして小山田幸貴の家に泊まることもできないだろう。

「しすみん、コンビニいくべ」と、マスカラとの格闘を終えたnikoが言った。

nikoはいつの間にか髪を後ろで束ねて、耳に白色の小さな三角形のイヤリングをしていた。落ち着きのあるベージュのワンピースを着て、下には足首まで伸びた少したるみのある黒いスパッツを穿いていた。どちらも暖かそうな生地をしており、動くと各所にできる布のしわが可愛かった。

外に出ると、空は晴れていたが、夜の間に降った雨でアスファルトが濡れていた。

両手を精一杯伸ばして、潤った朝の空気を肺の奥まで吸い込んだ。

「あー気持ちいい。ビューティフルサンデーだぜ」

「しすみん、年寄りくさいね」

「げえっ、なんでえっ。朝の空気吸ったらじじいなのかっ」

「酔ってすぐ寝るし、じじいじゃね」

「うっ

コンビニでパンとヨーグルトと牛乳を入手して、再び部屋に戻り朝食を取った。

その後はnikoを大井町のデパートへと連れて行くため、二人で駅まで歩いて向かった。

道の途中、nikoは昨夜小山田幸貴から聞いたエレGYの事を尋ねてきた。

「しすみん、エレGYちゃんの事聞いたよ」

ニヒヒと悪そうな笑みを浮かべてnikoは言った。

「き、聞いたかっ」

「聞いた。付き合うの?」

ドキリとする。

「ええっ。えーーと

エレGYとの具体的な進展について考える事に、僕は回避的だった。

数度会って、互いに引き寄せ合っている事を実感してはいたが、僕は未だエレGYの視線の先にある人物が、自分であるようには信じられなかった。

「なんだっ、はっきりしろ、しすみっ」

「わ、分からんっ」

「なんで? 好きなんでしょ?」

「ええっ、あんた、手厳しいね

「当たり前ぢゃ、あほか。にこに全部言うてみ」

隣を並んで歩いていたnikoは突然立ち止まって、横から僕の顔を覗き込んだ。その目は獲物を狙う大蛇だいじゃのように光っている。

「怖いなっ!! にこっ!」

「好きなんじゃろ。どうなんじゃっ、うひゃひゃひゃ」

「ほら、あれだよ。あれ。エレGYはさファンだろ。だからなんか、アイドルとかを好きになるみたいな感じで、僕を美化して見てるんじゃないかと思ってさ」

僕は、大蛇nikoに正直な所を告げた。

「あーーー、ファンかーーーー。しすみんはアンディー・メンテの王子様だもんねえーーーー」

nikoは大袈裟おおげさに腕を組んで、何度もうなずいて見せた。

で、好きなんじゃろ?」

「す、好きだよっ! ああ好きだよっ! でも、なんか、駄目じゃん! エレGYが好きなのはジスカルドって奴で、僕じゃないんだよっ。今はお熱って感じだけどさっ。そのうち、僕がただのつまらない男だって気づいて、熱も冷めて、ね?」

「しすみん、ださーーい」

「ガーーーーーン

nikoは笑っていたが、僕の言いたい事がどこまで伝わっているのか判然としなかった。

自分の虚像が一人歩きしたり、相手の虚像を追いかけたり、そんな境遇を経験した事がなければこの気持ちは分からないかもしれない。

そう思いかけていたら

「しすみんも、ききたんも、ゲームの中と一緒だったよ」と、nikoは言った。

「え?」

今度は僕がnikoの顔を覗き込んで、その先を聞いた。

「会う前も、後も、しすみんはしすみんだったし、ききたんもききたんだったよ。にこもにこだったでしょ?」

「う、うん」

「エレGYちゃんはどうか知んないけどねっ。だって、アンディー・メンテのしすみんは、格好つけてるしぃーーー」

「ガーーーーーン

結局、nikoとの会話の中では何も分からなかった。

しかし彼女は彼女なりに僕を励ましてくれたのだろう。色々と子供っぽいところはあるが、人の気持ちに対して敏感な頭のいい優しい子なのだ。

僕は自然と彼女のそうした部分に癒されて、少しだけ心が安らぐのが分かった。

その日は午後まで、大井町のデパートで買い物に付き合った。

別れ際、またしてもニヒヒと悪そうに笑い「しすみん、がんばれよ」とnikoは言った。