エレGY

CHAPTER 1-10『仕事』

泉 和良 Illustration/huke

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10『仕事』

午前中、アンディー・メンテの仕事をした。

主な仕事はまず通販作業。

メールを受信し、迷惑メールを消し、通販メールとそれ以外を抽出する。

通販メールは0件

若干の絶望感をさらっと心の中で流す。

三ヵ月前に新作を出してからは、アンディー・メンテは半ば停止したままだ。通販利用者数の激減は必然である。

パソコン雑誌の編集部からメールが届いていた。

三ヵ月前に公開したゲームの掲載と収録の依頼だ。

返信メールを書く。

許可するといった旨を書き、掲載誌の送付先も記入する。送信。

こうした雑誌掲載の依頼は頻繁ひんぱんに届いた。

雑誌にゲームが紹介されれば、それが広告の役目を果たす。ネット以外からのファン獲得において有効だ。

ソフトウェア・ライブラリー・サイトからも、状況報告メールが届いていた。

こちらはネット内でのファン獲得において重要なサイト。

このサイトに自分で制作したゲームを登録するのだ。

登録されたゲームは、ライブラリーにジャンル分けされて保管される。

ユーザーは、そこから自分の好みに合ったゲームを見つけて、ダウンロードする事ができる。

アンディー・メンテが登録しているゲーム数は約百二十。僕が大学時代から作ってきたほぼ全てのゲームが、そこには収められていた。

送られてきた報告メールによれば、僕が登録しているゲームの中で、現在最もダウンロード件数の多いゲームは『自給自足』で、二十万件。無人島で生き残るためのシミュレーションゲーム。二年程前にネット上で口コミによって人気が広がり、ダウンロード数が一気に跳ね上がった。

その次に多いのは『スターダンス』で七万件。初期の頃に公開した正統派RPG。地味に人気があり、今でも毎月少しずつ数を伸ばしている。

三番目は『アイラム・イヴ』という医療シミュレーション。五万件。こうした定番シミュレーションはいつでも人気がある。

それ以外の僕の百十余りのゲームは、全て二千件〜四万件の間。

他のゲーム登録者の報告メールを見た事がないため、僕はこれらの数字が大きいのか小さいのか長い間分からずにいた。

だが、二年前に『自給自足』が、このサイトで毎月発表されているダウンロード数ランキングのシミュレーション部門の一位を記録した時、だいたいの見当が付いた。多分十万件を越えればヒット。それ未満は普通。

これだけのダウンロード数を得ても、ひと月に十五万円を稼ぐのがやっとだ。

先月の収入は五万円もなかった

フリーウェアゲームは、ゲーム自体が無料。収入を得るためには、サウンドトラックCDなどを制作して売らなくてはならない。

しかし所詮身一つ。

それらを作るのにも、ゲームを作るのと同じくらいの時間を要してしまう。

『自給自足』のようなヒット作が毎月作れればいいが、そうもいかない。

ジスカルドの魔法に頼りながら、なんとかぎりぎり作品を作り続けてきた。

僕のように本業ではないにせよ、フリーウェアゲームを作っているクリエイターは大勢いる。

彼らとのつながりもあったが、百を越えるフリーウェアゲームを一人で制作して、それらを生活のために公開しているクリエイターを僕はまだ知らない。

僕は常に孤独だった。今もだ。

ネット上のどこにも、お手本や見本は無い。

中にはフリーウェアゲームから商業作品へと昇華させ、サクセスストーリーの階段を昇っていくクリエイターもいた。

だが、そんなクリエイターが生まれる度、僕はより陰鬱いんうつに、あくまでフリーウェアゲームである事にこだわった。

気付けば毎日が仕事に追われていた。

やがて疲れ果て、今に至る。

今日の通販メールが0件なのは、やはり必然だった。

通販の仕事が無かったため時間が空いた。

ゲームやCDの制作、サイトの更新など、やらなくてはいけない仕事は山ほどある。

全くやる気がおきなかった。

代わりに囲碁の本を取り出して、棋譜きふ並べをした。棋譜並べは気持ちが落ち着く。

午後になると碁会所へ行った。

昼食は抜き。お金を少しでも節約しなくてはならない。

碁会所の席料は本来千円のはずだったが、僕だけはタダだった。

「遊ぶ金がないなら、毎日ここに来て碁を打てばいい。そしたら強くなるぞ」と言って、先生は僕の席料を全日無料にしてくれたのだ。

夕方の五時になると、慌てて対局中のお爺さんに頭を下げ、碁会所を飛び出した。

そこから自転車で四十分かけて、荏原の郵便局へと向かう。

夜の十二時まで、郵便物の仕分けのアルバイトを行った。

帰宅すると深夜一時だった。

午前中に仕事をし、午後は碁会所。夕方から夜まではバイト。

そんな日が続いた。

エレGYからは毎日メールが届いた。

メッセンジャーでも、時々会話を交わしていた。

彼女とのネット上でのリアルタイムな交流は、午前中か、アルバイトから帰宅した後の深夜に限られた。

僕がメッセンジャーにログインしてわずか0.5秒で話しかけてくるエレGY。

僕が送る一通の携帯メールに対し、五通を返信してくるエレGY。

彼女は朝夕に限らずいつでもオンラインだったし、こちらから携帯メールを送って、返信が少しでも遅れた事はなかった。

エレGYが抱いているであろう幻想におびえながらも、熱心なアピールを前にするとなすすべがなかった。

日の目を見るきざしもないゲーム制作作業の上に、郵便局の夜間アルバイトの辛さが加算した今の僕には、エレGYの存在が女神にも等しく思えてしまう。

彼女と一度話せば、あらゆる苦痛が消えてくれるのだ。

たとえこれが魔法であっても、いつか彼女が僕に飽きるとしても、僕はこの心地よい波に何もかもをゆだねたくてしょうがなかった。

彼女からは、引き続き「次はいつ会えるの?」と催促さいそくを受けていた。

いずれ訪れる傷心から身を守るためには、活発な行動は控えるべきだ。

なるべく会う機会を減らし、僕の中の気持ちを小さくする事ができれば、魔法が解けた時のショックは軽度で済む。

僕は何とか、彼女と会う事を引き延ばし続けた。

しかしそれも一週間が限界だった。

多くの意味で弱体化した僕に、もはや気持ちの流入を止める事などできなくなっていた。

一週間後、僕は再びエレGYと会う約束をした。