エレGY
CHAPTER 1-6『自転車の前カゴの中の少し美味しいハンバーガー』
泉 和良 Illustration/huke
「最前線」のフィクションズ。破天荒に加速する“運命の恋”を天性のリズム感で瑞々しく描ききった泉和良の記念碑的デビュー作が、hukeの絵筆による唯一無二の色彩とともに「最前線」に堂々登場! 「最前線」のフィクションズページにて“期間無制限”で“完全公開中”!
6『自転車の前カゴの中の少し美味しいハンバーガー』
「学校帰り?」
エレGYの制服を見て聞いた。
「んーん。あ、これ着てるだけ。学校ずっと休んでるから」
「近くに住んでるの?」
「うん、蒲田、このマックちょー来るよ」
「僕の家はすぐそこだよ。戸越公園の裏なんだ」
「うん知ってる。CDとか注文した時、住所載ってて、わー近くだって思って。一回家の前まで行った事あるよ。びびってすぐ帰っちゃった」
「え、本当に?」
「本当に……あはは、ごめんね」
「『アンディー・メンテ』って知ってる? 僕のサイトなんだけどさ」
彼女が知らないわけがない。冗談のつもりで聞く。
「知ってるよ」彼女はにこっとして、軽快に答えた。
「いつから知ってるの?」
「結構前、……二年前くらい」
「へー、長いね。何のゲームが好き?」
「全部」
「全部かっ」
「うん、全部」
「て言うか、なんでこんな早くから居るんだ。三時からって言ってたのに」
「私行くとこ無いから……、暇人だし。あはは」
「しかも、CDこんなに持ってきて広げてるしさ」
「えー。広げてないと誰が私なのか分かんないじゃん」
「ああ、そうか。広げてたからすぐ分かった」
「でしょっ」
「広げておいてくれてありがとう」
「あれー、じすさんって、どうして『ニャー』って言わないんですか? ネットの日記とかじゃ猫語なのにっ」
「言うわけないだろっ」
「語尾に『ニャ』とか付いてないよ? なんで?」
「だからそれはネットだけだよっ。それにもう、最近はそんな書き方してないし。リアルで喋ってたら怖いニャ」
「ぎゃはははは、ウケル、きもい」
「だ、だから言ったんだ……」
「あははは。んーん、大丈夫だよ、じすさん。へぇ……やっぱり『ニャ』って言ってるんだ」
「だから言ってねーよっ」
「ぎゃはは」
「企画書持ってきたの? ほら、ゲームの案があるってメールに書いてた」
「うん、持ってきたよ。えとね、ほら見て。……これとね、これ」
「どれどれ……。なるほど、全然面白くなさそうだ……」
「えー……、ひどーい」
「はは。よしっ。これ持って帰っていいかい?」
「うん、いいよ。持って帰ってっ。作ってっ。スタッフロールにエレGYって入れてねっ」
「作ったらね」
「やったあー」
「そうだ。携帯ムービー撮った?」
「え、あ、うん、撮ったよ。見たい? 見たい? 見る?」
「うん、見せて」
「ちょっと待って。うわまじ、見たい? じすさんえろいよっ。どうしよ……、えーと、はい、これっ見てっ」
「うわっ、脱いでるじゃないかっ」
「で、でで……でしょっ。私頑張ったからねっ。欲しい? ねえ、欲しい?」
「……あんた、顔真っ赤だよ」
「えーーーっ、噓、ちょ、ちょっと、もうっ、あー恥ずかしいっ」
「じすさん、はいこれっ。ちゃんとCD‒Rに焼いてきたよ。これに入ってるからっ」
「何が?」
「このムービーが……」
「あはは、馬鹿じゃないの」
「うわー……、ひどい、いらないの?」
「いるよ! もちろんいる! やった。もらった。もらったぜ!」
「それ見て、ひとりでやるんでしょ……」
「ああ、やるよ」
「やらし……」
「悪い?」
「悪い、へんたいっ」
「おめぇが撮ってんじゃん!」
「あははは、あー緊張した……、フー…」
「ステストって知ってるかい? ステッパーズ・ストップっていうサイト」
「えーと、ポーンさん? ……っていう人の所だよね?」
「そう、ポーンさん。アンディー・メンテと同じようにゲーム作ってる所だよ」
「ちょっとだけ知ってる。時々じすさんの日記にでてくるから」
「そうか」
「ねえ、じすさん。メアド教えて、携帯の……」
「えー、いいよ」
「あ、あとメッセもっ、登録して!」
「えー、いいけど」
「パチパチパチパチ」
「じすさんって囲碁好きなんでしょ?」
「ああ、好きだよ」
「日記によく出てくるもんね」
「ここから歩いて二分くらいの所にあるんだよ。僕の行ってる碁会所」
「へーーっ。実は私も囲碁やってみたんだっ。じすさんの真似して……。時々ネット碁やってるの」
「ふーん、どうせすぐ止めるさ」
「なんでっ、私やるもんっ。てんてんてん、にこにこあせまーく!」
「なんじゃそら……」
「さてと、どうしよう。まだお昼も来てないし、……帰ろうか」
「えー……、じすさん、もう帰るの?」
「何か面白い事ある?」
「うーん、……自転車、うしろ乗せてっ」
「乗ってどこいくの?」
「そこら辺」
「あそう……。いいよ、よし、自転車乗ろうぜ!」
「うん」
「あっ、これどうするんだ、大量のハンバーガー!」
「じすさんにあげる。私食べると太るから」
「こんなに食えるかよ!」
自転車の前カゴに詰めに詰め込んだハンバーガー達は、後ろに乗せた人間のせいで数度転倒する度、道路に投げ出されては転がった。
その日の午後、ハンバーガー達は僕の胃袋を必要以上に満たし続けたが、結局全ては食べきれず半分以上が捨てられた。
しかしそれでも普段何気なく食べるハンバーガーよりかは、確かに美味しい味に違いなかった。それらはどれも形が崩れて冷めていたが、彼女の笑い声を聞きながら食べると、他のどんなハンバーガーよりも不思議と価値のある味に思えた。
夕方になって帰ることにした。
マクドナルドの前に再び戻り、そこで別れる。
自転車に一人で乗り、漕ぎ出そうとして「あっ、じすさん」と呼び止められた。
振り向くと、彼女は両手首を頭の横につけて、うさぎのように飛び跳ねながら、
「ありがとう、バンソウコウ!」と言った。