エレGY

CHAPTER 1-3『新着メール』

泉 和良 Illustration/huke

「最前線」のフィクションズ。破天荒に加速する“運命の恋”を天性のリズム感で瑞々しく描ききった泉和良の記念碑的デビュー作が、hukeの絵筆による唯一無二の色彩とともに「最前線」に堂々登場! 「最前線」のフィクションズページにて“期間無制限”で“完全公開中”!

3『新着メール』

『パンツ姿の写真を下さい』などと馬鹿げた日記を書いた次の日の朝、僕はいつものように目覚め、ぼうっとした脳にうんざりしながらパソコンを起動させた。

ウィンドウズがブートするまでの時間、顔を洗い、歯を磨く。

シャツ一枚では肌寒く、毛布をマントのように羽織はおって机に座り、昨日書いた日記の内容を思い出した。

たしか僕は、この怠惰たいだな日常をいる世界を冒瀆ぼうとくしてやったのだ。

そう、自分のブログでパンツ姿の写真を募集する事で

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

そこまで思い出して、深い深い溜め息が出た。

なんとおろかしく、むなしい事か。

急激に自分が情けなくなり、落ち込んだ。

昨日、あれほど情熱にあふれていたのが信じられなかった。

よくもまあ、こんな下らない事で熱くなれたものだ。

あんな日記を書いたところで、何かが変わるわけがないのに。

『セフレ募集』? そんな事をする気も起きない。

僕はブログの管理画面を開き、昨日の日記を削除した。

ふん、やっぱりか。

これが日常ってもんだろ。

今日もまた、昨日と同じ一日が始まるだけなんだ。

いつものようにメールソフトを立ち上げると、受信された大量の迷惑メールを見て更に気が滅入った。

迷惑メールを処理するだけの毎日だ、と人生を呪う。

メールの件名を確認しながら、次々と削除した。

迷惑メール、削除、迷惑メール、削除

「ん?」

一通のメールが目に留まった。

件名は『じすさんへ』とあった。

スパムメールや広告メールでない事は明らかだ。

開こうとして、少し躊躇した。

フリーウェアゲームを制作し公開するようになってから、色々な人から感想のメールが届くようになった。中には中傷的な物や、侮辱ぶじょく的な物も少なくなく、そうしたたぐいの物は、読んだだけで気分が滅入り、一日仕事が手につかなくなったりする。

そうしたメールを何度も目にするうち、感想メールは開かずに捨てた方が無難だ、という結論が僕の中で生まれていた。

ただでさえ今は落胆の真っ最中だというのに、これがそんな中傷メールなら泣きっ面に蜂だ。

よく見ると、メールには添付ファイルがあった。

昨日の日記の内容がよみがえる。

まさか、パンツが

いやいやあせってはいけない。

そんな都合のいいパンツなどあるだろうか。

ここぞとばかりにウイルスを混入させたメールを送ってくるやからだっているかもしれない。

もしそうだとしたら、僕はまんまとそのトラップにはまってしまう事になる。

ああ神よ、僕は既に精神的にボロボロです。

僕を苦しみに突き落とすような試練は、もう十分ではありませんか

いや待てよ。

ここまで苦しんでいるのだから、もしかしたら、ようやく神様がご褒美ほうびにと、女の子のパンツ姿付きメールを授けて下さったのでは

散々迷った挙句あげく、僕はそのメールを開いた。

これでウイルスだったら、神を呪ってやると決意して。

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僕はしばらく、モニタを見つめたまま硬直した。

なんだこのメールは

まず、『まゆみ』とは僕のもう一つのHNだった。

他にも無数のHNがあったが、『ジスカルド』以外のHNを知っているのは、コアなファンである証拠だ。

次に、『UNPOKO』とは、サイトで売っている僕のオリジナルCDの一タイトル。

通販利用経験者だと判断できた。

しかしそのタイトル名から予想できるように、一般のファンがほとんど買わない一枚である。僕が冗談のように通販ページに並べた実験的CDだった。

メールの出だしでそのCDの事を持ち出してくるだけでも、相当なファンである事が予想されるが、その内容が「タイトルをローマ字にした事への批判」とは、これはいったい

僕のゲームについても触れられているが、メールに書かれた『れいんぼーラン』とは、恐らく『レインボー〝ライン〟』の事だと思われる

『まゆみ』という別HNまで知っており、マイナーなCDまで買っている程のファンが、僕の最近のゲームタイトルを間違えて憶えるだろうか。それとも単なる脱字なのか。

前後の調子から見ると、わざと間違えて書いて、僕を挑発しているようにも思えた。いや、もはやそうとしか思えない。

そして何より気になった点は、この差出人のはなはだ批判的な文体だ。

ただの批判メールならいくらでも読んだことがあるが、このメールはそれらの類とは全く別物である。

これがもし真性の批判メールだとしたら、添付された写真が偽物だったり、いたずらな物である可能性は高い。

だが僕にはそうは思えなかった。

僕は数度メールを読み返し、差出人の思考の輪郭をなんとか想像しようと努めた。

相当なファンである事が端々から感じられるが、それとは裏腹にあげつらった喋り口調

差出人は女子高生か、中学生か?

なんにせよ、このメールはおかしい

通常ではない。

ツッコミ所も含めて不可解な点があり過ぎる。

僕はPCのモニタを前に、この差出人の人格は到底はかれるものでは無い、と判断せざるを得なかった。

いや、残された情報がまだ一つあるのを忘れてはいまい。

右手でそっとマウスを握り直した。

マウスカーソルをゆっくりゆっくりと移動させ、添付アイコンへと導いていく。

緊張。

ワンルームのこの部屋に、僕以外の人間がいない事を確認する。

そして、恐る恐る添付ファイルを開いた。

か、神よ!

そこには、純白のパンツを身につけた女の子の下半身が写っていた。

顔や胸までは写っていない。

正面から撮られており、おしりは見えないが、色白の細い両足がすらっと伸び、小さな膝小僧ひざこぞうがなんとか写真の中に納まっている。

太股の丸みが生み出すハイライトは、パンツそのものよりも白く輝いて見えた。

そして写真の中心部に写る、彼女の下半身にぴったりと密着したそのパンツは、恐ろしいほどみだらな魅力を、PCのモニタを突き破って発していた。

下着の種類や、足の細さ、肌の質感から察するに、この被写体はまだ若そうだ。

ただの写真画像だというのに、僕は自分の顔が火照ほてるのが分かった。

たまげた。

本当に、自分のパンツ姿の写真を添付して、メールを送ってきた女の子がいたのだ。

羽織っていた毛布がいつの間にか肩から落ちていた。

拾いなおしもせず、呆然ぼうぜんと画面を見続けた。

この写真画像がネットのどこかから入手された偽物である可能性や、メール自体が冷やかしの偽メールである可能性を、僕は完全に取り払った。

あまりに不思議過ぎる文体と内容が、それが作り物ではない事を既に証明していたが、写真を見て確信に至った。

この写真には、被写体の後ろにパソコンのモニタが写っており、そこには僕が作ったゲームが表示されていたのである。

か、神様

ほんの少しでも疑ったりして申し訳ございませんでした。

僕が間違っておりました。

なんと素晴らしい贈り物でしょうか。

神様はついに、救いの手を差し伸べて下さったのですね。

ああありがとうございます。

本当にありがとうございます。

でも、神様

この女の子のメールは、どうしてちょっとおかしいのですか

僕はその後も、何度もメールを読み返し、そして何度も写真を見た。

文章と写真の被写体を、様々な角度で組み合わせてみる。

だが、いくら考えても「頭のおかしな女の子」というイメージ以外、いてこない。

それ以前に、この文章がどこまで本気なのかすら分からない。

この『eri_k7721@yahoo.co.jp』という女の子、謎だらけだ、謎過ぎる。

何歳なのか

どんな顔なのか

どこに住んでるのか

いったい何の目的でメールを送ってきたのか。

何も分からない。

僕のゲームのファンであることは確かだが、他のファンとは全く違う異質さを感じる。

もっと彼女の事が知りたい、と思った。

そうだ、返事を書かなくては。

何しろ「へんじがこなかったらじさつします」と書かれている。

返事が来ないくらいで自殺されたらたいへんだ。

僕は細心の注意を払いながら返事を書いた。

相手は得体の知れない子だ。些細ささいな事で気を悪くさせてしまってはいけない。何しろ事によっては自殺を促してしまう可能性すらある。かと言って、どんな事を書けばこの女の子が喜ぶのか、全く推測できない。

五百文字程度のメールと一枚の写真画像。

その僅かな情報から感じ取れる、彼女の神秘さと破天荒はてんこうな魅力

僕はいつの間にか、得体の知れない彼女に夢中になっていた。