
2026年冬 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会
2026年1月14日(水)@星海社会議室
7年ぶりの受賞者現る。しかも続々! 星海社の新たな伝説がここから動き出す!!
新たに2026年度シーズンが開幕!
榎本 星海社FICTIONS新人賞座談会を始めます。今回から12月締切回までが、2026年度となる新シーズンになります。絶賛キャリーオーバー発生中です!
岡村 今年こそ出したいですね。
太田 今回は受賞作が出るような気がする……ような気がする!
丸茂 毎回言ってませんか、それ。出ないフラグになりかねない。
前田 そう言う丸茂さんは、今回一番多く候補作を挙げてますよね。
丸茂 僕が読んだ投稿作は1行コメントにするものも含めレベルの高い作品が多かったです。今回の僕は「候補に挙げる」ではなく「受賞作に推す」感覚で臨んでますよ。
太田 今年最初の座談会から受賞作を出していい流れを作っていきたいですね。
あなたはハクビシンになれるか?
岩間 『暗渠といえどもきらきら流れる』は、ある女性が一時的にホームレス生活をしていた中学生時代を回想するお話です。彼女はお父さんと2人で貧しくも幸せに暮らしていたのですが、借金で家も家財も差し押さえられてしまい、お父さんと離れてホームレス生活をすることになります。
片倉 いきなりつらい……。
丸茂 世相を感じます。ホームレス生活をしなければいけない方の大変さとは比べられないでしょうけど、物価高にみな苦しんでますからね。
岩間 彼女はホームレス生活のなかで、助けてくれたある女性に「暗渠をくぐればハクビシンになれる。苦しまなくていいんだよ」と教えられるんです。
榎本 ハクビシン!?
丸茂 調布に住んでたときけっこう見ましたね。
太田 音羽にも住んでるよ! 僕、星海社の裏通りでも見たことがある。
岩間 ハクビシンは自分で巣穴を作らず、元々ある穴などに棲むようです。主人公はハクビシンとして暮らす誘いを断り、暗渠の近くにあったフリースクールに拾われて、現在はそこで子どもを支える立場になっているという話です。子どもの時の記憶が呼び起こされていくところは『おもひでぽろぽろ』のような感覚でした。
片倉 助けてくれた女性はそれっきり登場しないんですか?
岩間 フリースクールの近くで見かけるハクビシンはもしかしたら……という終わり方です。
丸茂 暗渠で生活することを比喩としてハクビシンになるって言ってるわけじゃなくて、本当にハクビシンになってたかもしれないって話なんだ!?
岩間 そうなんです。ホームレスから抜けだし生きる場所を見つけなければならないという重い展開ですが、幻想的ですごく読まされてしまう。いい文章ではあったのですが、ハクビシンや作中の特殊能力に粗があるように感じました。
丸茂 幻想的なのはいいのですが、本当にファンタジーの要素を入れるかどうかは悩んでよかったかもしれませんね。このタイトルを据えるなら、比喩でもファンタジーでもハクビシンとして暗渠で生活する姿が描かれるのを期待するところでした。
トリックが不適切?
前田 『2008年に百合ギャルゲーは存在しないし、妹ルートだって存在しない(はず)』についてお話しします。みなさん2008年ですよ。2008年が来ちゃいましたあああああああ!
榎本 テンション高いですね。この小説のジャンルはなんですか?
前田 味のあるバカミスでした。アラサーのオタク青年が主人公で、家のなかで身に覚えのない2008年のゲームソフトを見つけます。そしてプレイするやいなや、そのゲームの世界に転生。転生先は女の子がいっぱい出てくるタイプの「学園百合ゲー」だった!
丸茂 ちなみに2008年以前にも百合ゲーはあります。みなさん『カタハネ』(2007年発売)をプレイしましょう。続きをどうぞ。
持丸 性別も変わるんですか?
前田 そうです。学園百合ゲーの世界なので、主人公も女性キャラになります。百合ゲーは2008年頃にはあまり存在しなかったはずなのに……ということも語られつつ、当時の懐かしいディテールが取り上げられるなかで殺人事件が発生。幼馴染が殺されちゃいます。
太田 おもしろそうやん?
前田 学園ミステリのシチュエーションをゲーム内転生と絡めて成立させる、ユニークなアイデアだと思います。しかしオチがですね……謎解きの核心ですが、当時の美少女ゲームが×××であることを利用したトリックなのです。ある種の叙述トリックだと言えるでしょう。
丸茂 それは厳しい……とくにうちは界隈の方ともお仕事があるから、まったく顔向けできないトリックですね。
前田 長編としてこのネタ一発では厳しいと思いました。コンプライアンス基準が2008年と2026年とで変わってしまったことも丁寧に書いてくださっていますが、それでもなお難しいなと。宮藤官九郎さん脚本の『不適切にもほどがある!』的なおもしろさも追求しているのですが、いかんせん近過去すぎて、時代の差分を抽出しようとするとネタが内輪的になりすぎますね。
太田 現在の20年代はまだ文化的にはゼロ年代の延長上にある。笑い飛ばすには近すぎる過去なので、舞台にするにはその難しさがあるよね。
羽目は外していいけれど
持丸 『俺たちの楽園』は、一昔前のSFのテイストを感じさせる作品でした。この小説の世界では男は40歳になったらとある島に隔離され、60歳になったら安楽死させられるんです。
榎本 ずいぶん男性にハードなディストピアですね……。
持丸 と思いきや、島は衣食住不自由なく暮らせる「楽園」だったんです。男たちはみんな、フンドシ一丁で優雅に暮らしているんですよ。
榎本 なんでフンドシなんですか?
持丸 暖かい島だからです!
太田 いいねえ!
榎本 ふつうの下着でもいいじゃないですか!
持丸 そこには謎の理屈があるようです。とにかく、本土では悲惨な扱いを受けてきたオジたちが、島ではキャッキャと楽しく暮らしている。このギャップがまずおもしろい。そんな楽園だったのですが、本土で労働力が不足したため、政府から強制帰還命令が出ます。そこで「俺たちは帰りたくない、ここで暮らしたいんだ!」とオジたちが叛旗を翻します。島にある居酒屋ごとの常連グループで作られた戦闘部隊が結成されます。
岡村 居酒屋があるんですね。てっきりサバイバル生活みたいな感じかと(フンドシで居酒屋に通ってるのか……)。
持丸 この居酒屋部隊が、ドローン兵器やロボット部隊相手に戦う絵面がよかったですね。現代の中年男性が置かれている「立場のなさ」みたいなものを、カリカチュアライズしてるんですよ。悲哀と滑稽さが同居している。
岡村 なるほど、ようやく話の趣旨が吞み込めました(フンドシの謎は解決してないけど)。
岩間 男性の「中年危機」みたいなものを、笑いに昇華する話なんですね。
持丸 作者はかなり筆力があって、書き慣れている方だと思います。読んでいて「ああ、日本のSF第一世代の大御所たちが楽しんで書いたような『バカSF』の復権だな」とニヤリとしました。
前田 アイデアは光っていて、雁屋哲さん原作の『黒鍵』的なおもしろさはあるんですけどね。
持丸 一発ネタ感が強いんですよね。「こういう設定、おもしろいでしょ?」という提示で終わってるのかな? でも、こういうやさぐれた大人のユーモアを書ける書き手は貴重なので、今後なにかのタイミングで化けるかもしれません。ふと思い出して話題にしたくなるような、愛すべき作品でした。
太田 時代が一周して、こういうSFがまた受ける土壌ができるかもしれませんよね。次はぜひ設定だけでなく、構成で唸らせてほしいです!
意外と社会派?
榎本 突然ですが、私のXのタイムラインは、常にミソジニーや男女論をめぐる応酬や論争で溢れているんですね。
岡村 ……どんな使い方してるとそうなるの?
榎本 望んでこうなったわけではないのですが、つい興味深く眺めてしまうんですよね。そうするとまたそういうタイムラインになっていく……そんな私に、この『作家志望の舞姫』はピッタリでした。主人公は「彼女いない歴=年齢」にコンプレックスを持つ中年の男性。彼が小説の勉強会に参加するところから物語は始まります。
丸茂 男性のルサンチマンの話ですか。
榎本 そうです。出会った女性と恋仲になり、「貢ぎ界隈」を題材にした小説を準備して軌道に乗り始めた矢先、勉強会にいるモテ男に彼女と小説のアイデアを取られてしまう……というおそるべき筋書です。
片倉 持っていたなけなしのものを失うところから物語は始まる、と。
榎本 すべてを失った主人公は復讐に走ります。現実の事件が脳裏をよぎるので、読んでいて緊張感もありました。私がこの作品に惹かれたのは、序盤のリアリティです。SNSの向こう側にいる人物や人間関係がそのまま登場している感じで、「今の時代を映している!」と思いました。「社会的に追い詰められた男性のプロレタリア文学」ですよ。
岡村 「貢ぎ界隈」っていうのがあるんですね。
榎本 男性がネットの“お嬢さま”に貢いで快感を得る、というのが「貢ぎ界隈」です。残念だったのは、中盤で「モテ男」の視点が入ってしまうことです。そこで「どうやって小説を作るか」という創作論が始まり、せっかく主人公が抱えていたドロドロとした怨念や、ヒリヒリするようなリアリティに水が差された印象でした。
片倉 あまり必要なさそうな脱線ですね。
榎本 登場人物たちも、最初は社会的にも精神的にもギリギリで緊張感がありましたが、後半になるとただの「単なる小説好きの人たち」に感じられてしまって。私が期待していた地獄のような展開とは違ってしまいました。
片倉 クライムノベルでも社会派リアリズム小説でも、最初に決めたコンセプトに沿って話を展開してほしい。
榎本 「貢ぎ界隈」の設定も後半は活かされず、ただの恋愛トラブルになってしまったのが残念です。最初のディテールと熱量がすごかっただけに、後半の失速が惜しまれる作品でした。
亡霊たちへ
丸茂 続いては『ビットビビットワットダニット・バイブルバイラスワンダーランド』。これは、ミステリでした。
太田 タイトル長いよ!
丸茂 同意します。あんまりイメージがつかめないタイトルはよくないですよね……。しかし中身はけっこう王道。謎の館に個性溢れる探偵たちが監禁され、連続殺人事件が発生し推理合戦が披露されます。
岡村 こてこての展開だね。
丸茂 ミステリ好きが求める王道展開なので、これは僕としてはプラス評価です。ユニークなポイントとしては冒頭に謎の挑戦状があるんですよ。「犯人は俺です! これはいったいなんなのか当ててください!」みたいな。
片倉 斬新ですね。そういうタイプの挑戦状って時々あるんですか?
丸茂 ないですね。オチは「今までの事件は×××でした」です。
片倉 うーん……。
丸茂 これを「推理しろ!」と挑戦状で挑まれてもな……という感じですよね。この趣向は失敗だったと思います。ふつうにフーダニットを混乱させる仕掛けとして活用しきってほしかった。あとすごく気になったのは、「大顰蹙ハヤシライス」という名前の探偵が出てくるんですよね。
太田 ……あーっ!!!
丸茂 ノーリアクションのみなさん、舞城王太郎さん検定が足りてないですね。
太田 わかってやっているのがしっかりわかるわけですから、そこは問題ないですよね。しかしこういうアピールは「あなたは劣化版じゃないの?」っていう厳しい目で読者から見られることに対して、受けて立たないといけなくなるよね。
丸茂 そうなんですよ。小ネタくらいならいいですけどシチュエーションも意識してるっぽいし、「これやるなら『ディスコ探偵水曜日』くらいおもしろいんですよね?」という構えで読んでしまいます。悪手!
太田 先行作に影響された方から新たな作家が誕生するという循環はすごくいいことだよ。それで文学という車は走っていくわけですから。でも「影響されました」と作品内で表明することが、新人賞という場での選考にとってプラスばかりになるとは必ずしも限らないのです。
丸茂 ほかの投稿作でもその気がある方多いので釘を刺しておくんですけど、安直なゼロ年代フォロワーアピールは、やめたほうがいいです。それで僕たちが喜ぶと思ってるとしたら大きな勘違い!
太田 本当? 丸茂さん、2020年代に『セカイ系入門』なんて本を担当した人間がどの口で言ってるんだ!?
丸茂 この口ですよ! ゼロ年代が好きだから言ってます! 僕たちはあの時代をなんらかの形で乗り越えないといけないんですよ……。「まったく新しい作品」なんて無くって、どんな作品も既存の作品を変奏したりフォローしたりする部分がある。それ自体は否定しませんし創作の前提ですが、アピールする必要は無い。
太田 うーん。僕らはあの「ゼロ年代」の熱狂をリアルタイムで体験してるから、パロディを読むくらいならパロディ元の作品を読むよ、となってしまう。それは僕らがゼロ年代という「一年戦争」を生き延びたゲートキーパーだからですね。
岡村 「ゼロ年代ゲートキーパー」!?
太田 言わば僕らは宇宙を彷徨うジオン軍の残党、デラーズ・フリートみたいなもんなんだよ!
一同 (またはじまった……)
太田 「星海社に行けばデラーズ閣下(ゼロ年代の残党)と共に戦える!」と思って新人が集まってはくるけれど、僕らはもう戦争が終わったことを誰よりも知っているんです。その上で戦っているわけです。
※デラーズ・フリート:『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』に登場する本国が負けても戦い続ける残存勢力。
※デラーズ閣下:『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』に登場するキャラクター。デラーズ・フリートのトップ。
丸茂 『機動戦士ガンダム0080』はゼロ年代ですらないんだよな……。
太田 ガンダムの宇宙世紀は教養として勉強しなきゃダメなものだからいつでも持ち出していいの! そしてつまりね、「もう戦争は終わってるんだよ、アナベル・ガトーじゃあるまいし」という気持ちが僕にはあるんだよね。さっき言ったことにも繋がるんだけど、ゼロ年代の延長上に「今」がある。確かに、ゼロ年代の頃に世のなかは確実に変わったんだよ。たとえば、昔は職場の机にフィギュアなんて置いたらダメだったけど、今はそんなにおかしくないでしょう?
※アナベル・ガトー:『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』に登場するキャラクター。デラーズ・フリートのエースパイロット。
前田 その通りですね。
太田 ゼロ年代に青年向けゲームというそれまでになかった場所で物語を紡いでいたTYPE-MOONが、今や『Fate/Grand Order』で日経平均を左右するような作品を展開している。新海誠さんも超メジャーになった。ゼロ年代に戻ってその頃の新海ファンに「俺たちの誠は10年代の東宝のラインナップのヘッドライナーを務めてるぞ」って伝えたらきっと誰も信じない。そして竹さんはポケモンとガンダム描いてるんだよ! つまり、かように、様々な既成概念との「戦争」を経て、俺たちのゼロ年代が勝ったという特異な世界線に僕らはいるわけです。
榎本 当時マイナーとされていたり、過激すぎると見られていたものが、今やスーパーメジャーになったわけですね。
太田 そう。こんなにおもしろいことはそう滅多には起こらない。だからこそ、今あえてその「ゼロ年代」をやるなら、単なるノスタルジーやパロディではなくて、今の時代に合わせたアップデートが必要なんだと思います。ゼロ年代の亡霊をただ蘇らせるだけじゃ、僕ら「デラーズ・フリート」は納得しませんよ! 「新しさ」で僕たちを唸らせてください! それこそがネオ・ジオンならぬネオ・ゼロ年代の幕開けになるはずです。そして私は、ゼロ年代の元に召されるであろう!
流行りのデスゲーム“だけ”ではもったいない!
片倉 次の『スナップショット』はデスゲームものでした。孤島に集められた少年少女たちが、ゲームマスターの命令で「猟奇的な写真」を撮れと命じられます。写真の評価が高ければ脱出できるというシステムです。そして、島には「殺人鬼」と呼ばれる怪物が徘徊しています。
榎本 なるほど、鬼を撮ればいいんですね?
片倉 ……ところが参加者たちは「人間をいたぶり殺して、その死体を撮るほうがいい」と判断して、人間同士の殺し合いに発展してしまいます。
前田 極悪!
片倉 こういう話なんですが、総じて設定が甘いんですよね。デスゲームものって、運営側の「裏の目的」が肝になるじゃないですか。でもこれは「金持ちたちが猟奇的な写真を配信して楽しむため」という、オーソドックスな真相しか用意されていませんでした。
持丸 うーん、もう一捻りほしい!
丸茂 そこはそういうものでいい気もするけど。たしかに捻れたらいいですが、納得がいくデスゲーム主催者の狙いなんてあまりないと思います。『カイジ』も『イカゲーム』も『死亡遊戯で飯を食う。』もそこはほぼ一緒ですし、個人的にはゲーム自体がおもしろければOKかな。
片倉 この作品、全体的にとにかく薄味なんですよね。演出のメリハリが利いていなくて、ここぞという見せ場も淡々と進んでしまう。どこかで見たことあるような感じがする。文章のリーダビリティは高くて非常にスラスラ読めるんですが、それだけに構成や演出の弱さが目立って物足りなさがありました。
岩間 いい文章を書ける人なのであれば、設定が甘かったのはとても悔しいですね。
前田 味の濃い作品を私たちはすでに知ってしまっているがゆえに、というジャンルですものね。
丸茂 デスゲーム自体はかなり普遍的なジャンルで、まだまだポテンシャルあると思いますよ。ただ、ふつうのデスゲームをふつうに書いても厳しい。
太田 そうだね。だったら、その実力を活かして「異世界デスゲーム」みたいな掛け算で勝負してほしいな。思いもよらない掛け算が、まだまだたくさん眠っているはずだぜ!
片倉 今回は厳しい評価になってしまいましたが、実力がある方なのは間違いないと思います。次こそは突き抜けた作品を期待しています!
学習物語ではなくエンタメを!
榎本 ここからは候補作になります。今回は5作品挙がりました。
岡村 まずは僕が挙げた『【物語】ギリシア哲学者列伝』から。
片倉 前回の座談会でも自分が取り上げた作品ですね。
岡村 主人公が最初の哲学者・タレスに拾われて、聖杯をめぐり数々の哲学者のもとを渡り歩き、彼らの教えを書き記していく……という、いわば「ギリシア哲学オールスター列伝」です。
持丸 後半の「哲学が神の力を失わせる」という展開、ロジックとして美しかったですよね。不老不死から解放されて人間として死んでいく、その過程を描くために哲学者たちと対話する。
太田 やっぱりさ、この哲学者の時代のギリシアって特異だよね。日本では「どんぐりうめー!」とか言っていた時に、これだけの知の巨人が一時期に集中して現れて、万物の根源について論理的に考えていたわけじゃん。その圧倒的な格差には打ちのめされるね。
片倉 ただ、あまり親しみのない古代ギリシアの世界に没入するまでのハードルはやや高いですよね。
前田 私みたいにギリシア哲学にそこまで詳しくない人間からすると、世界観に入り込むまでに時間がかかっちゃいました。リアリティ・ラインがどこにあるのか、わかりやすいシーンやギミックが、冒頭にどかーんとほしいところ。せっかく「タレスが水になっちゃう」みたいなおもしろいシーンがあるのに、そういう作品だと気がつくまでにかなりの知識量を要求されるんですね。
岡村 そこなんだよね。結局、このおもしろさが「知っている人向けのニヤリ」に寄りかかりすぎていないかが気になった。
丸茂 ここまでの話を聞いてもギリシア哲学はハードルが高いと実感しますね。この題材をエンタメにするなら『Fate/stay night』や『終末のワルキューレ』みたいにする必要があったんじゃないですか? ギリシア哲学を知らなくても楽しめないといけないし、手に取ってもらわないといけない。
榎本 バトルですか!
丸茂 そう! 哲学的な論戦を物理的なバトルに変換するとか、もっと大きな嘘をつかないと、単なる学習漫画のテキスト版になっちゃう。「異能バトル・ギリシア哲学」くらい振り切ってほしかったな。
片倉 『文豪ストレイドッグス』の哲学者版みたいな!
太田 それだ! 表紙でディオゲネスがハルペー(鎌)を構えてるくらいのインパクトがほしいわけよ。
片倉 「万物の根源は水!」なんかの箴言が特殊能力の決めゼリフになったりして(笑)。
丸茂 おもしろそう! 「哲学者縛りで召喚される聖杯戦争」って聞いたら、かなりワクワクしますけどね。
前田 この作者さんは、もしかしたら清涼院流水さんの『神探偵イエス・キリスト』シリーズを知っていて、星海社に投稿くださったのかもしれません。この方からも、ギリシア哲学をライフワークにされているような気魄を感じました。
片倉 古代ギリシアに本格ミステリを掛け合わせて「哲学者探偵ソクラテス」をやってみてもおもしろそうです。ソクラテスは問答法で犯人の矛盾を崩していく、プラトンはイデアの話しかしないから現実に興味がない、とかキャラも立てやすい。
太田 史実をなぞるだけなら専門書や解説書を読めばいいってなっちゃうからね。この方は、知識はあるし文章も書ける。だからこそ次は、その豊富な知識を活かして、エンタメとして跳ねる「大嘘」をついた新作を期待したいです!
片倉 「小説でわかるギリシア哲学」になるか、エンタメ小説に昇華できるかの分水嶺はそこですね。
岡村 おもしろいのは間違いないけど、みなさんの意見にも納得です。次は改稿じゃなくて、まったく新しいテンションで書かれた「新作」を見てみたいです。
120点がほしい!
丸茂 僕は3作品を候補に挙げました。1作目は『Green Mystica』です。ジャンルは「クトゥルー✕SF✕BL」。
太田 要素が多いな!
丸茂 困窮した生活から脱出するためユートピアを求める主人公が、閉ざされた宇宙船で連続殺人に巻き込まれていく話です。『グノーシア』とか『Among Us』を彷彿とさせる人狼ゲーム的シチュエーションで、手記を断片的に挟み込むことでクトゥルー神話的な不穏な雰囲気をつくっていく手際は好みでした。
榎本 貧困や差別のある環境から脱出するところは『エイリアン:ロムルス』とか最近の海外SFっぽい味付けをすごく感じました。ただ主人公の目的が変わって物語の推進力が弱まってしまったのが残念でした。脱出という目的が見えにくくなって、「あれ、この人たちずっと船の中にいるの?」と思った瞬間がありましたね。
前田 船内や飛行機内を舞台にした素晴らしい先行作は色々ありますけれども。『イントゥ・ザ・ナイト』など、海外ドラマでヒット作がありますよね。
岩間 海外の映画では、BL的恋愛とSFの取り合わせも見かけます。
榎本 クトゥルー神話的要素とSFなら『Dead Space』が有名ですね。本作も主人公の名前が『Dead Space』と同じアイザックなので影響あるんじゃないかと思います。でも、本作は宇宙船の密室感や閉塞感をそこまでうまく活かしきれていないように感じました。
持丸 最初は宇宙の海賊船が出てくるスペースオペラ的なノリで楽しく読んだんですが、途中から濡れ場が多くなってきて……。「あれ? 俺を宇宙船の謎で引っ張ってくれた興味が、横に逸れちゃったぞ?」と。
丸茂 最初の目標設定と、BLとしての展開が乖離してるというかうまく噛み合ってないというか。リーダビリティも高いし、一定水準以上のクオリティはあったので候補に挙げたのですが。クトゥルー神話要素は知らない方でも許容できる塩梅なのはよかったのですが、断片的な手記が雰囲気づくり以上の機能があったかというと疑問がつきます。
太田 SFもBLも、それぞれ60点〜80点くらいはあるんだけど「ありふれたものの掛け算」で終わってしまっている感じかな。サクサク読めるしクオリティはあるんだけど、せっかくの要素がてんこ盛りの作品なわけですから、そこから「突き抜けた何か」がほしかったね。
片倉 そう、予想の斜め上をいく120点の要素がなかったのが残念でした。
丸茂 うーん、挙げたけど否めない!
前田 キャッチコピーの「幸福とは侵略だ」っていうのは、すごくカッコいいんですけどね。
太田 オチがわかっちゃうじゃん! 今回はどこか想像の範囲内に留まっちゃってたのが敗因ですかね。力のある人なのは間違いないので、次回作はここからのジャンプを期待したいと思います。
端正な青春ミステリの登場
丸茂 2作目は『桜密室』です。こちらは「受賞作に推す」つもりで挙げました。濃厚なノスタルジーを纏った青春ミステリです。舞台は1990年代の地方、主人公は不登校になってしまった高校生の少年です。彼がかつて仲の良かった旧友と再会し、非常に湿度の高い親友関係を温めていくストーリーと、彼が第一発見者となってしまった「桜の木の下の殺人事件」の真相を追うストーリーが交錯します。
太田 この方は文章が端正だよね。変にレトリックに凝ってなくて、それが緊張感のあるリリシズムを生んでいる。決して華美ではなく、淡々とした筆致で書かれているけれど、ちゃんと次々に情景が浮かぶんだよなあ。ただ「でかい話」じゃない。 受賞に値する実力はある。でも、「まとまって」しまっている。これを完成度の高さとみるかどうかは分かれると思う。僕はいいと思います。
丸茂 派手な事件や派手なトリックがあるわけではありません。分量は200ページ足らずくらいで、めちゃめちゃソリッドです。だからこそ我々と等身大の世界がしっかり描けていて、それがエモーションを喚起してくれるんですよ。
片倉 しっとりしてエモい味わいの作品でしたね。でも話があっさりしすぎじゃないですか?
丸茂 もっともっと主人公の心情とか、ディテールは改稿してもらって書き込めると思います。トリックも腑に落ちないところは手直ししていただきたい。でもなにかを足す必要はないです。この作品はこれで完成してるんですよ。
榎本 いわゆる「日常の謎」を据えたほうが、この文章には合った気もするのですが、どうでしょうか。
太田 いや、殺人があるから、最後がエモいんじゃないか!
丸茂 ミステリとしてわかりやすいから殺人事件がほしいということもありますが、これは回復するかと思われた日常が壊れてしまう話だから、殺人を描くことにはちゃんとした必然性がありますよ。
太田 この人がいいのは、いわゆる「ゼロ年代の重力」がまったくないところだよね。
丸茂 わかります。ノスタルジーはあるんですけど、ゼロ年代の亡霊感はない。
太田 悪く言えば展開に捻りはないけど、叙述やメタな仕掛けに頼らずに本格ミステリをしっかり書けているわけです。キャラクターもマンガやラノベみたいな濃い味つけの立て方ではなくて、すごくシンプルで正統派なんだよね。
丸茂 次に話題にする作品と対照的なんですけど、西尾さん・舞城さん・佐藤さんフォロワー感はゼロなんです。だからこそ、広範な読者を獲得できる文章の書き手だと思う。
太田 でも繰り返しになるけど、この作品はリリカルがゆえに大きくはない話なんだよな……。この作品でこの人をデビューさせていいのか、それが心配なんだ。
丸茂 そこは今後の課題として立ちはだかるとは思います。現状、この方はすごく複雑なトリックやロジックを考えられるタイプではないと思います。これはめいっぱいの全力で書いた、等身大の小さな話なんです。たしかに太田さんが言うように、今後エンタメを書き続けていくに当たっては大きな事件をつくるとか、大きな仕掛けを書くとか、キャラクターを立てるとか、なにか現時点でのこの方の適性以上に背伸びして「映える」工夫は求められるでしょう。ただ、それはこの作品を落とす理由にはならないと思います。
岡村 作品自体はしっかりあるんです。伸び代に期待してデビューしてもらうのはアリじゃないですか。丸茂くんの熱い想いもあることですし。
太田 丸茂さんがここまで熱心に推すんだから、僕も覚悟を決めよう。この人のポテンシャルの高さは僕も認めるところです。独特の緊張感もまたいい。デビューして書き続けてもらいたい。受賞です!
丸茂 よし!……いや〜よかった!
岩間 私が星海社に合流してから初めての受賞作です!
太田 7年ぶりに沈黙が破られた! ここから、新しい星海社FICTIONSの歴史をつくっていきましょう!!
異才を放つ青春サスペンス
丸茂 今回はまだまだ僕が挙げた候補作が続きまして……次は3作目の『誰ものための執筆ガイド 翌藤和汝には向かない所業』です。ジャンルは……ジャンルはなんなんでしょうね、これ。
岡村 挙げたの丸茂くんでしょ! でも言いよどむ気持ちはわかる。なんなんだろうね、これ。
丸茂 強いて言うなら「暗黒青春サスペンス」……なのかな。 あらすじを説明しましょう。大学生の主人公が、愛読している小説家と偶然出会います。その小説家は盲目で、助手と一緒に生活していました。彼らと主人公が交流を深めていくなかで、主人公の友人が目をくり抜かれて殺害される事件が発生します。その真相はなにか……というプロットです。僕はもう、3ページ読んだ時点で受賞してほしいと思いました。文章が圧倒的です。
太田 ふつうの作家ならちょっと一息つくところがあると思うんだけど、この人だと会話文だけじゃなくて地の文まで癖があって一息もつかせないところがすごいね。
片倉 個性的なのはよかったですが、常に饒舌体なので読んでいて胸焼けするきらいもありました。
丸茂 たしかにくどい。内省的で、〈戯言〉シリーズのいーちゃんの語りを思い出す方は多いと思います。 終始この文体なので、さきほどの『桜密室』の作者のような淡々とした文体であれば200ページ足らずくらいで終わるプロットなんだけど、この作品は300ページある。
岡村 でも最後まで読んじゃうね。
丸茂 文体は〈戯言〉シリーズの西尾さんの感性が、妹や姉との関係性を絡めるプロットは〈鏡家〉サーガの佐藤さんの感性があり、それが合体したような作品です。「ゼロ年代の重力」バリバリ。でもいずれの劣化コピーにはなってないセンスがある。
榎本 しかしストーリーが希薄ですよね。このようなドラマというかキャラクターの決着で納得していいのかとは思いました。作品のメッセージみたいなものも、よくわからないまま終わっちゃって。
丸茂 とにかく思わせぶりで、はったりで最後まで駆け抜けてるという評価もあるでしょう。 「姉と妹との関係」とか「過去にどんなことがあったか」とか、深刻なものが示唆されるけど、なにも語られずに終わっている。
太田 なにもかもが重大そうで、しかしそのなにもかもが掘り下げられずに仄めかされて終わる。 そこが魅力的で、うまいんだけど、100%褒められない悔しさが残るね。やっぱり『クビキリサイクル』にしろ『フリッカー式』にしろ、実はちゃんとミステリらしい太いプロットがあるのよ。この作品は、そこの組み立てが甘いのかもしれない。
岡村 しかし、はったりだけで見事に戦ってるなっていう感じ。読んでいて凄さと悔しさと両方ありました。
片倉 後でわかったんですが、この投稿者さんは以前の候補作『私立ルルイエ女学園生徒会室の裏』の方なんですね。
丸茂 あ、そうなんだ。前回の投稿作は「キャラはいい!!」って僕と岡村さんが豪語したんですけど、ミステリ書こうとしてくれたのかな。でも本格ではないにしろ、これをミステリとして売り出すのは、読者の期待をすかしそうで抵抗がありますね。どうすればいいのかな……。
岡村 盲目の作家の眼球を取り出すっていう謎のプレイがあって、よかったですね。
丸茂 あのシーンがいちばん記憶に残りますよね。
太田 かましてきたなってシーンだ。
岡村 僕としてはあのシーンで評価が上がったけど、一般読者的にはむしろ下がるかもしれない。
丸茂 眼球にまつわるフェティッシュは、文学的にはベタベタだな〜と思う気持ちはありました。
片倉 『春琴抄』しかり『眼球譚』しかり。
岩間 暴力や残酷さを、綺麗に美しく書きたい人なのかなって思いました。
前田 フィルム・ノワール的な感性があると思いました。
丸茂 この眼球出し入れプレイが、瞬間的なインパクトがあるだけでなくて、もっと作中の流れの中で機能してくれたら……と思いました。盲目の書き手が小説を書くことについての議論が交わされるんですけど、これは現実に現実感がない語り手の感覚を拡張するための話だと思うんです。そこにテーマが結ばれそうで、しかし形にならないままだったなと。このあたりも結構どうにかできないかな……。
太田 この文体のまま、もっとおもしろい話を書けるんじゃないかなって気はするね。西尾さんのデビュー作の主人公はしゃべくりまくってはいるけれど小説自体は本格らしい太いフォーマットを使っていたし、何よりキャラクターのドラマがあった。佐藤さんも歪んだ自意識の語り手を描きながら、いわゆる特殊設定的なものを導入してきちんとプロットをつくっていた。この方はミステリというレールに乗るんだったら、もうちょっとそのあたりをきちんと構築しないといけないんじゃないかな。
前田 ミステリかなと思って読み始めると、どんどんミステリらしさがなくなっていくプロットだと思いました。謎解きというよりは、主人公がどんどん事件の深みに巻き込まれていく感じ。
丸茂 そう、だから「ミステリ」とはアピールしがたいです。まずタイトルが最悪すぎる。ぜんぜん中身がイメージできない。そして人が死ぬまでが長くって、どんな話になるのかなにもわからない。強いてジャンルを挙げるんだったら「青春サスペンス」だと思うけど……それにしたって改稿もがっつり必要だと思います。
太田 しかしね。これだけ僕たちが何かひとこと言いたくなっている時点で僕たちの負け。この人の勝ちなんです。この人は今、才能だけで小説を書いてるんじゃないかな。だからこそ、「この小説を一言で言うとなに?」と聞かれて答えられるようなテーマ性は良くも悪くもまだないと思う。そこが魅力にもなっている。
岡村 そうなんですよね。作中で世の中に対して訴えたいこと、みたいなのはあまりない。
太田 でもね、西尾維新さんの初期の投稿作も似たようなものだったように記憶してる。あの頃の西尾さんは才能と手の勢いだけで書いていた。そこから、もちろん編集部からの様々なディレクションもあったとは思うけれど、最終的には西尾さん自身が見事にしっかりとしたテーマ性を自らに見つけて打ち出したわけです。
丸茂 うーん……では、そういう作品を待ったほうがいいですかね。
太田 いや、本人が望むのであれば、これで受賞でいいんじゃないかな。改稿でテーマやジャンル、エンタメ的な骨子が明瞭になるならよし、ならなくても次はそういうもの書いてね、でいいと思う。センスで戦う人だと思うから軽やかにいったほうがいいと思う。
丸茂 承知しました。
太田 おめでとう、これで受賞2作品目です! どんどん行くぞ、行くぞ!
ポテンシャルを問う!?
榎本 それでは最後の候補作となります。前田さんお願いします。
前田 『黒宮蜜理の甘やかな事件簿、あるいは振り回される私の回顧録』です。以前に2回投稿してくださり、いずれも候補作に残りました。今回が3度目の挑戦になります。ジャンルは青春ミステリ。「学校の七夕の短冊が切り刻まれる事件」「漫画部のタブレット水没事件」「町ぐるみの連続放火事件」と、複数の謎が段々スケールアップして描かれ、女装の不思議な転校生・黒宮蜜理が探偵として解決していきます。ただこの人物に探偵以上の役割を負わせているところが、おもしろい。本作はとくに登場人物が魅力的です。
丸茂 「文体とキャラ立ちは抜群にいいけど、トリックが古すぎて令和じゃ戦えない」という評価だった方ですね。
前田 はい、そこは前回厳しい評価でした。加えて「後半に進むにつれてキャラ造形が荒くなって失速する」という課題もあって受賞は見送りになったんですが、今回は連作短編という形式をとることで、最後まで集中力を切らさずに駆け抜けてくださっている!
丸茂 そこは異存があるな、集中力は後半切れてると思う。でも会話は大変いいですね。キャラ造形と会話を書く力は並みでない。
太田 あらためて、この方は「書ける人」だと思った。一読してわかるけど、文章に迷いがない。最近の新人賞投稿作は、どこか教科書通りというか、お利口な文章が多いなかで、この人の筆致にはいい意味での「癖」と、読者を強引に引っ張っていく推進力がある。一見バラバラに見える事件が最後には1つの真相に収束していく仕掛けにも、連作短編としての完成度がある。これは僕がこの人にとっての『GOTH』を書いて欲しい、というリクエストに真正面から応えてくれた成果だと思います。ありがとうございます。
榎本 キャラクターたちの掛け合いもすごく楽しいですよね! 最後は駆け足でしたが、主人公が咄嗟に相手をボコボコにしたり、黒宮くんと絶妙な距離感で事件に首を突っ込んでいったりと、とにかくキャラクターが魅力的でした。
岩間 ちょっと気になったのは、引用されるネタが『刃牙』だったり『古畑任三郎』だったり、お若い作者さんの割にセンスが渋すぎるんですよね……!
太田 今時、珍しいよね。その「渋さ」が逆に今の読者には新しく映る可能性もあるんじゃないかな。
岡村 でも、1話が長いですよね?
前田 100ページくらいありますね。
太田 そう、この作品の「20万字」っていう物理的なボリューム、原稿用紙に換算して500枚超え。正直、今の出版市場で新人のデビュー作がこの厚さになるのは相当なハンデになると思います。
丸茂 以前からそうですが、現時点ではこの方もロジックやトリックを突きつめて考えられるタイプではないですよね。終盤の解決が爆発オチ気味だったり、探偵役が多すぎて役割がボヤけていたりもする。でも、その「穴」をキャラクターの魅力と文章の巧さで埋めきっちゃう才能がある。
太田 この作者は「おもしろいことを思いつくたびにプロットや文章を書き足しちゃう」タイプなんじゃないかな。だから第1話だけで100ページも使っちゃう。さすがにもっと情報を整理して、もっとシャープに「デフラグ」しないと。でもさ、これだけ言葉遊びのセンスが光っている才能を落とすのはもったいなさすぎる!
岡村 僕はこの作品もまずは受賞として、読者の反応を見せてあげるべきだと思う。この圧倒的な「キャラと文体」に賭けて。
太田 そうそう。この人は読者という一番厳しい批評家の目に晒されて輝くタイプの才能だと思います。そして、肝腎なのはそこでサバイブできるかどうか? 課題は山積みだけど、この人なら上手に解決してくれると思います。全部クリアしてもらって、この規格外の才能を世に送り出そう。受賞おめでとう!
トリプル受賞! 受賞に続け!
太田 しかし今回はついに出たぞ!
丸茂 ついに出ましたね、受賞作。それも3作品も!
榎本 本当に受賞ってあるんですね。
太田 なに寝言いってるんだい、君は。素晴らしい才能、作品が来れば受賞はもちろんありますよ。でも、今年はきっとこれだけでは終わらないからな!!
岡村 そう、FICTIONS新人賞は、その年の受賞者で賞金を山分けにします。2026年度は、始まったばかり。賞金を受け取るチャンスが今年はあと2回もあります。
太田 3人だけに賞金を取られていいんですか? みなさんドシドシ応募してください!
前田 ここでお知らせがあります。投稿の規定に追加があります。
榎本 次回の投稿から、AIの使用についての規定を次のように加えます。
1 AIを利用した作品(プロット作成や文章表現の支援など)は、応募原稿にどのようにAIを用いたかについて記載してください。
2 使用に伴い第三者の権利を侵害しかねない作品と判断された場合には選考対象外・受賞取り消しとなる場合があります。
ご投稿の際には、応募規定を今一度ご確認いただければと思います。添付データに不備のないようご確認の上ご応募をお願いいたします。
一同 皆さんの傑作をお待ちしています!
1行コメント
『アインシュタインの誤算(傀儡)』
これだけの量の文章を書けるのはすごいことです。ただ、その文章量が読者のためになっているかは真剣に考えたほうがいいです。(岡村)
『エルフエナジー 赤黒い瞳の王国』
ファンタジーSFで緊張感がありました。ただファンタジーという設定は必要だったのかと感じられたことと、物語としては未完の印象が強く、1つのまとまりのある作品が読みたかったです。(榎本)
『ステイ・グリーン』
青春部活ものを多視点で仕上げていただき、人間模様を楽しく拝読いたしました。商業デビューを目指す作品としては、少し薄味と思い推しきれなかったです。より難しい試練や「嫌なやつ」との和解など、読み応えのある起伏に富んだプロットを期待です!(前田)
『転生した登山家ですけど、ハズレスキルで異世界ハック』
タイトルから想像される内容とはいい意味で違った作品でした。ただ様々な要素を入れているせいか各所粗さがあり、最終的な問題解決までとんとん拍子に進みすぎな印象でした。(岡村)
『2046』
ト書きのような文章で、SF設定から期待されるような社会的な状況の描写が薄く、いまいち物語にのめりこめませんでした。書式の問題でしょうか、空行がいっぱい入っているのが読みづらかったです。(丸茂)
『麻雀道 ー僕たちは煙のなかでー』
麻雀小説というと、文学史に残る名作からなろう系までいろいろあるわけですが、初心者の主人公が麻雀に強くなる姿と雀姫2人との恋愛の鞘当て?が楽しく描かれています。初心者視点で「メンタンピンは最強」など、麻雀の仕組みを学べるのはいいのですが……物語の根幹となるプロットは既存の麻雀マンガの枠を超えていない印象です。課題は、既存枠で勝負するならキャラでどこまで独自性を出せるかではないでしょうか。(持丸)
『センチメンタル・ファニー・ストーリーズ』
SFのガジェットやエピソードが印象的で筆致も美しい作品です。外形上はいわゆるストーリーテラーが出てくる「枠小説」。枠構造には理由があって、それが物語の推進力にもなりおもしろさにもなるわけですが、各小話間のトーンの差異が大きく、バトンリレーに失敗してる印象です。読感が安定するよう各小話のトーンの調整をしてください。読者を導く感情の焦点を一段明確にすれば、余韻はいっそう深くなると思います。(持丸)
『無冠の命令者』
軍事SFとして興味深く読みました。作品の魅力の1つにカッコイイ用語があると思いますが、その多くが作品の内容をわかりにくくするものとなってしまい、作品に入り込めなかったというのが正直な感想です。(榎本)
『贖宥符の悪魔と狼の皮 ~ 罪穢れた町が滅びを免れるはなし』
文章は矛盾なく書かれています。ただ内容に興味を持ち続けて読むことができませんでした。(岡村)
『アマゾネス・フリル』
女子プロとアイドルとはおもしろい取り合わせですよね! 筆致も丁寧で読みやすい文体だと思います。リアリティは申し分ないのですが、少しバックヤードを緻密に描きすぎて、ちょっとビートが低い感じがしたのです。ベタですが『ロッキー』のようなバランスで、ハイテンションなシーンを増やすと、今描かれている舞台裏や心情の描写も映えるだろうと感じました。(前田)
『時遡りの番人』
ある理由で高度経済成長期から現代日本にタイムリープした主人公が、歌舞伎町のホストとなって冒険を繰り広げる物語。戦後パートと現代パートのつながりがいまひとつで、現代に転移した主人公の行動に説得力が見出せず、キャラクターやストーリーにそこまでの魅力を感じられませんでした。(片倉)
『アフリカ生まれ、鈴木民民のカオスな冒険』
アフリカ系日本人の主人公が自らのアイデンティティを探していく話でした。キャラクターの名前など、文体に個性を持たせようとした努力は買いたいです。ただし心理描写が粗く、主人公の悩みにあまり感情移入できなかったのは大きな減点要素と言わざるを得ません。(片倉)
『伝奇転生 狂人キャラに転生したが、発狂だけは免れたい』
キャッチコピーがおもしろそうで、主人公の目的もわかります。ただ目的達成までの過程がずっと説明を聞いているような感じで、心が動かされなかったです。(岡村)
『ソラと竜の空島』
空島という設定はワクワクするものでした。主人公らのバディが空島らの住人達の設定と重複して主人公サイドの魅力が減っている気がしました。また、主人公達の戦う動機をもっと納得できるようにして欲しかったです。(榎本)
『魔女の計劃』
しっかりした描写を連ねていく文章には好感を持ちました(いまの多くの読者にはやや重くて読みづらいかなとは思います)。レクター博士のような魔女のキャラを活かすなら、ストレートにいわゆる「狂人の論理」を推理する猟奇連続殺人事件を解決する展開を読みたかったです。(丸茂)
『白花銀狼譚』
前回に引き続きご投稿をいただき、ありがとうございます。世界観や文体のクオリティが高く、大変悩みながら今回も拝読しております。商業作品のファンタジーとして考える時、世界観や文体の完成度がある分、辛口な評価をしてしまっている自覚はあるのですが、これらの要素に比べて、プロットはまだ弱いのではないか、というのが率直な感想です。キャラ立ちと物語構造が一気に立ち上がるような、より印象的なシーンが必要だと思います。私が思い浮かべているのは、高橋留美子さんの『犬夜叉』の第1巻部分の見せ方なのですが、傑作が生まれそうな予感に満ちているので、ご検討をいただけたらと思います。(前田)
『この王国にはヤンデレが多すぎる! 〜ヘタレ小説家の革命迷走記〜』
ツミッターというワードセンス、冴えてます! 他方でイエベ族とブルベ族、というのは笑えるといえば笑えるのですが、物語の根幹の設定なので、そのネーミングも遊びに振り切ってよかったのかどうか。という細部へのコメントから入ったのは、「迷走記」とある通り、やはりコメディテイストの作品だと感じたので、ギャグとリアリティのラインの調整がとても重要だと思ったからです。その方向性で、会話劇のメリハリがもうちょっと出ましたら!(前田)
『誰そ彼は白の月を抱き』
どことも知れない異界の村の雰囲気はよく書けていると思いました。次第に異界にはまりこんでいく様子がスリリングでした。タイトルは素晴らしいですね。ただ多視点にしたことでゲームノベルみたいな軽い読感になったと思います。一人の視点で書き切ったほうが没入感と怖さが増したのではないでしょうか。(持丸)
『セカイはラブソングでできている。~ロックンロールは鳴り止まないっ~』
主人公が読んでいる物語の中へ転移する作中作ファンタジー。①物語の中へ入る理由と主人公に訪れる変化 ②物語の中へ入ることによって生じるバグや事件 ③物語の中へ入る鍵と帰還方法。このあたりの準備が足りてない印象です。この世界の理(ルール)を読者に提示し、信頼してもらうことを最優先にスタートを切ってください。5部作の第1部ということですので、旅は始まったばかりのようですね。(持丸)
『棺か檻か雨除け』
異世界ファンタジー✕本格ミステリとありましたが、異世界ファンタジーとして求められるシチュエーション(ダンジョンで連続殺人が起きるとか、魔王城で首斬り殺人が起きるとか、不死の竜が殺されるとか……)から設定がかなり外れている印象でした。特殊設定を採用するなら、もっとシンプルな設定にするほうがよいかと。デビュー作の人を食ったような感じが好きでしたが、一方で手堅い物理トリックが置かれていたことがあの作品の評価の根底にあったと思います。引き続きどこかには、本格ミステリ読みにウケそうな手堅さが必要なのではないでしょうか。またご投稿いただけるなら、完全新作を読みたいです。(丸茂)
『仕える主は鬼か蛇か』
主人公が鬼という設定は魅力的に感じました。しかし、描写が説明に終始していて、報告書を読んでいるような内容に感じられました。登場人物に魅力を感じられるようなキャラクターの行動や心情に力を入れた描写を意識した作品を読んでみたいです。(榎本)
『砂漠の聖戦士学院~果てた地のクローザー~』
近未来に戦争が起きて文明が荒廃するポストアポカリプスものですが、文体やストーリー、キャラ立ちなどの諸要素がどれも平均程度で、忌憚なく申しますとどこかで見たような話だという既視感が否めませんでした。先行作品の中に埋没しない、突き抜けた個性のある作品を希望します。(片倉)
『ダンボールと野猫』
「恋ではないけれど、誰よりも側にいたい」という、二人の微妙な距離感が非常に丁寧に描かれており、心に響くものがありました。最後まで物語を書き切ったという熱量は、何物にも代えがたい素晴らしい才能です。次のステップとして、ぜひ「読者の手に届く瞬間」を想像してみてください。物語が詳細な分、ページ数が増えると本が分厚くなり、初見の読者にとっては少し手に取るハードルが高くなってしまうことがあります。次回作では物語の「一番の見どころ」をギュッと凝縮し、原稿用紙250枚程度のボリュームで構成を練ってみてください。要素を削ぎ落とすことで、登場人物の関係性の魅力がより鮮明に、より多くの人に伝わる作品になるはずです。(岩間)
『レッドムーン・インベーダー』
「死者が蘇る」という一見馴染みのある設定から、実はエイリアンが関わるコズミックホラーへと変貌を遂げる構成が鮮やかでした。死者と生者の見分けがつかないという設定の不気味さも、確かな筆力で描き出されています。全体の話運びがスムーズで読みやすい分、物語の中盤以降で読者の想像をさらに上回るような劇的な展開が加わると、作品の持つ恐怖とポテンシャルがより一層引き立つはずです。(岩間)
『青に揺れる』
ボーイズラブ愛読者でなくても楽しめる、クオリティの高い学園BLでした。ただ、BLに強いレーベル以外からBL小説を出すなら単なる「上質なBL」だけでは弱く、何か別のフックと掛け合わせたいです。そうでないと、中身がいい作品でも「まず興味を持って本を手に取ってもらう」という最初のハードルを超えるのが難しいですから。例えばミステリやSFの要素を組み合わせた「学園BLミステリ」や「学園BLSF」だったら、BL好き以外にも読者が広がるはずです。(片倉)
『ヒーローの、背中には。』
文章はしっかりしていてストレスなく読めました。内容もスッと頭に入ってきましたが、こちらの想像を超える驚きやカタルシスはなかったです。(岡村)
『告白されたらどうする?(記録に基づく罪に関するペダンチックな言論)』
突き放したようなPOPな文章が個性的です。書き出しがいいですね。メタフィクション的な要素やラブコメ的に配置されたキャラたちのおもしろさもあるのですが、この作品の本質は学園を舞台にした青春思想劇です(演劇作品のノベライズのようなルックスをしています)。物語としては重たく、読者への負荷も大きい。「牢獄」という設定のリアリティや、その「効果」のほども疑問に感じました。ラストは教訓的と感じる読者もいるかな。読者を選ぶ作品ですね。(持丸)
『バスカヴィルの魔犬が死んだ』
読み応えのある展開で最後まで楽しませていただきました。次のステップとしては、「大衆的なエンタメのおもしろさ」へと昇華させる工夫を意識してください。 専門的な背景とエンタメとしての心地よさのバランスをご投稿者さんの感性で見つけ出してください。(岩間)
『それでも鏡はうつらない』
前回の投稿作とキャラが同じなのは残念。完全新作を読みたいです。孤島の館が舞台の連続殺人というド王道な展開はいいと思いますが、山程書かれているシチュエーションでもあり、読みやすくはあるんですけどキャラも謎解きもあっさりで、もっと濃いなにかがほしいです。教授がな……経済用語を口にする様子に「頭がいいキャラとしてがんばって書こうとしてる」感が透けて見えます。もっと変に背伸びせず活き活き書ける探偵役を設定したほうがよさそうです。謎解きには、もう2、3くらい驚かせてくれるポイントがほしいところでした(近しいネタを扱っているので、飛鳥部勝則さんの『封鎖館の魔』をぜひ読んでください)。(丸茂)
『のけものたちに再演を』
作中で何が起きているかはちゃんとわかります。ただ、いろいろな要素が入っていますがどれも決定打になっていない、という印象でした。(岡村)
『探偵のサロゲート ―犯人すら気づかない―』
トリックはおもしろいものとそうでないものの差が大きかったです。中盤からあまり惹きつけられなかったため、作品としての仕掛けにも魅力を感じませんでした。(榎本)