
2025年春 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会
2025年5月13日(火)@星海社会議室
正反対の2つの候補作、受賞ならず! しかし期待できる才能多数!
あの大河ドラマで、編集者が主役に!
太田 大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』、みなさん観てますか? 僕も最新話までちゃんと見てますよ! 中盤に差し掛かって、蔦屋重三郎が編集者として開眼してきた感じで、いいですねえ。しかし蔦重、いつもあんなに強引に原稿を頼むなんて、酷いですよね。
丸茂 どんな頼み方をしてるんですか?(テレビを持ってない)
太田 「来年は先生に10冊原稿をお願いしたいんですよ」なんて無茶なことを言うんですよ。「あっ、俺は12冊頼んだことあるなあ……」とふと思ったけど(笑)。
持丸 ドラマで描かれているやりとり、ちゃんと編集者と作家のそれになってますよね。
太田 「10冊!」ってお願いされた作家が「そんなの無理だ」って弱音を吐いたら、蔦重は「どのぐらいなら書けるんですか」って返す。そこで作家が「3冊」って答えたら、じゃあ1冊書けるごとに、いまで言ういわゆるソープランドにお泊まりさせてあげます、とご褒美で釣る。もう、これが現代なら本当にろくでもない編集者ですよね!(笑)
結局、ドラマでは作家の先生も、すっごいやる気になっちゃうんですよ。やる気になりすぎて、腎虚になっちゃうっていうオチがつく。非常に秀逸な脚本ですね。
岡村 そのシーン、面白かったです。
太田 今回の大河は、脚本がほんとにうまい。技巧をこらしてる繊細でしなやかなうまさだね。大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』は観たほうがいい。編集者が主役の大河ドラマなんて、今後僕が主役になるまで、きっと実現しないと思う。
栗田 大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』の話は尽きませんが、私たちも編集者としてしっかり応募作について語っていきましょう!
太田 気合い入れて話していきましょう!
豊富な歴史知識をどう活かすか?
岩間 今回初めてご投稿くださったご投稿者さんの『ネイザーラント独立戦記』についてお話ししたいと思います。
太田 これは僕がみんなに応募作を振り分けるときにさっとあらすじを見て、結構いいんじゃないかと思った作品ですね。
岩間 はい、設定がとても面白いと思いました。戦国史が大好きな青年が異世界転生して、織田信長や豊臣秀吉など戦国武将の戦略で無双する話なんです。主人公は戦国時代が大好きな青年。戦国武将のゲームを制作することを夢見て大学では歴史学科を選び、大学院では織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の合戦史を研究してきたという大の歴史好きで、同時にアイドル声優の推し活にも夢中な青年なんですね。彼が、推し活の帰りに階段から落ちて異世界転生するところから物語が始まります。戦国史が大好きな青年が異世界に転生して、三英傑たちの戦略を応用して活躍するという設定が面白くて、歴史好きの読者にも訴求力がある、非常に魅力的なアイデアでした。特に、主人公が大学院で戦国時代の合戦史を研究してきたという設定は説得力がある描写です。また、長篠の戦いや設楽原の戦いなど日本史上の実例を用いた描写には読み応えがあったと思います。ロマンスもあり、推しのアイドル声優に似た異世界の令嬢との恋模様も物語に彩りを加えていました。
丸茂 アイドル声優に似ていたって要素は、必要なんですか。
岩間 推し活をしていた主人公が、推しに似ている女性に恋をするという展開は読んでいて納得感がありました。ただ、全体的に粗いと感じる部分があり、受賞候補作にあげるには至りませんでした。気になったのが、世界観の描写と展開の整合性です。中世ヨーロッパ風の文化や人名が登場する世界で、日本史の戦国時代の戦術に関する知識を活かして活躍する描写が大きな見せ場となっているのですが、起こっている事はわかるものの、描写の密度だとか説得力に欠ける部分があって、展開がやや強引に思われました。
太田 「日本人で歴史オタクの俺が無双する!」みたいな気持ちよさが削がれちゃってるのか。
岩間 そうなんです。知識を使って無双するという魅力が、ストーリーの面白さに直結していないような印象を受けました。設定は魅力的だったのですが、物語全体としてはまだこの方が書きたいと思ってることを書いている段階にあるように感じます。このジャンルにはすでに多くの先行作品が存在しており、差別化が難しい面もあります。ただ、もしご投稿者さんが本当に戦国史の知識を活かした物語を目指しているのであれば、まずはシンプルに戦国時代へタイムリープする形の物語として構成してみるのもひとつの方法かと思いました。現代の知識がどのように通用するのか、武将たちとの関係性をどう築いていくのか、といった点を意識していただくことで、よりドラマが描きやすくなるのではないでしょうか。
丸茂 『織田信奈の野望』や『信長のシェフ』みたいに、未来を知っていることや現代知識で無双するっていう形ですよね。信長から離れるのがむずそう……。
岩間 実はご投稿作品のキャッチコピーが「異世界で、戦国史オタクが信長や秀吉の戦略で無双する!」だったんです。おそらく、ご投稿者さんが一番書きたかったのは、現代知識で無双する物語だったのではないかと思います。ただ、中世ヨーロッパ風の異世界が舞台となる物語の中に合戦史の解説を入れるというアイデアが成功していたかというと、そうではない印象です。まずはシンプルに現代知識で無双する物語に挑戦されるのが良いように感じました。合戦史を活かしたエピソードをどのように読者に伝えたいか整理することで、物語の魅力がより伝わりやすくなるはずです。
勝つ見込みがあるか
持丸 次の『御所家騒動始末記』は候補作にあげてもいいかなと思える作品でした。「食べログ」でたとえますと星「3.5」くらいですかね。ジャンルは和風伝奇ファンタジーで、文章もうまくケレン味もある。最後まで気持ちよくスイスイ読めて読後感も清々しかったです。読んで損はないと、他人に自信をもって勧められる作品でした。お話は近未来の富士山周辺が舞台で、そこで御術使たちが特殊な能力を使って怪異退治をします。今も富士山の周辺には御師といって、参拝者を案内したり祈祷をしたりする宗教者の習俗が残っていますが、そんな富士山周辺のローカライゼーションにもリアリティがありました。その御術使たちが各家ごとのチームに所属して、『パトレイバー』や『攻殻機動隊』みたいに鎬を削ってるんですね。
丸茂 どんなチームなんですか。
持丸 古い、新興、大きい、小さい等、色々あるんですが、主人公が所属しているのは総代(女性リーダー・当主)を含めてたった3人のチームで、正統性の継承に難題を抱えています。
丸茂 王道ですね、スリーマンセル。
持丸 主人公の青年はフリーの御術使だったんですが、そのチームにスカウトされて女性リーダーに仕えます。青年と女性リーダーの関係は『スター・ウォーズ』のハン・ソロとレイア姫みたいになってて、レイア姫には自分の正統性を証明するという大きな目標があるんです。もともとハン・ソロの方はアウトロー的な男で、姫を助けながら成長し自分の価値を上げていきます。対するレイア姫の方はすごいポンコツで、防御の技しか使えません(ただし超強力)。このポンコツなレイア姫と下層出身のハン・ソロと、もう1人超絶な異能を持つ少年(ルークですね)がいて、この3人が絶妙なコンビネーションなんです。候補作にしようか最後まで迷ったのですが、この方はもっと面白く書ける方だと考え直しました。
丸茂 クライマックスはどうなるんですか。
持丸 一連の怪異事件の裏に、御術使ワールドを転覆させる陰謀があって、レイア姫の正統性が確立されます(『ジェダイの帰還』みたい!)。
片倉 聞いている限りだと悪いところがないですね。なのに星4〜5には及ばなかった理由は、何か欠点があるというよりは、突き抜けたポイントがなかったということでしょうか?
持丸 売れる売れないを考えたときに、本屋さんでどういうふうに扱われるかを考えましたね。この作品をデビュー作として書店に推していいのか?
丸茂 持丸さんの感覚的に、伝奇バトルファンタジーはあまりウケるとは思えないってことですよね。難しいな……僕は大好きなジャンルなんですけど。たしかに『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』がウケた一方で、小説だと昨今は異能バトルものの有力な新作が上がらなくなってきている印象です。強いて挙げるなら今村翔吾さんの『イクサガミ』とか?
片倉 そうした現状を覆すほどの強みはないと。
持丸 そうですね。そこまで革新的なものが出てきたというわけではありません。でもね、アニメの原作にすごくいいんじゃないの? って思いました。
岡村 持丸さんがおっしゃっていること、よくわかります。たとえ「いい作品」だったとしても、本という形にパッケージングして売ったときに勝ち筋が見えるのかということは、新人賞の選考をするときはもちろん、ふだん小説を企画・編集する際にも必ず考えなければならないことですから。
持丸 勝ち筋、大事ですよね。大河『べらぼう』でも、いつも蔦重は勝ち筋を探してますよね。
時代もの2つから考える題材にすべきもの
前田 太田さん、龍造寺家はお好きですか⁉︎ 鍋島家も!
太田 もちろん、どっちも嫌いじゃないよ!
前田 『サムライ星』は、佐賀を舞台にする時代ものでした。この方、書きぶりがいいんです。時代ものの雰囲気がすごく出ているけど、読みやすさも兼ね備えておられます。
栗田 そうですよね。8回応募をしてくださってて、私も以前読むのを担当したとき、書きぶりがいいなと思って拝読しました。
前田 架空の主人公をしっかり立てた上で、その生き様を魅せる。冒頭がめちゃくちゃいいんですよ。龍造寺家が島津軍の釣野伏せ戦法にあって敗退する、沖田畷の戦い。そこに主人公が参陣していて、あの「弥助」を殺すんですね。信長配下にあった黒人武将です。
太田 弥助が島津に逃げてたって設定なんだ。
前田 そう、面白いですよね。散々な敗戦で主人公の父も殺されてしまう。そのときに「実はお前は龍造寺隆信の孫である」と明かされる。ただ、今回候補作に推しきれなかった理由でもあるのですが、貴種流離譚のよさを活かすというところはもっとやれたと思う。禍蛇という暗躍する集団との対決を描いて、その正体を突き止めていくと龍造寺と鍋島の陰謀が見えてくるという流れなのだけれど……。時代ものとエンタメのどこでバランスを取るか、相当たくさん検討をしてくださっていることはひしと伝わってきましたが、これほどやってもまだ地味な着地に見えてしまった。
太田 たとえば島津はね、その身内話の基礎票があるのよ。龍造寺にはまだそれほどのファンの基礎票がないんだよね。鍋島でいえば化猫の騒動は有名なんだけど。だから小説にするのならば、何かその仕掛けを打たないといけないんだよね。「龍造寺家があったから、今この世の中がある」みたいな強烈なコンセプトが必要。
丸茂 「実は龍造寺が日本を統一し得たかもしれない」とか。
太田 「龍造寺の戦いぶりに今の令和の我々が生きる大きなヒントがある」とかでもいいと思う。かつての「坂本龍馬」ってまさにそうだったわけで……。
持丸 明智光秀がね、大河ドラマの主人公になって「明智光秀は麒麟だった」ということで脚光を浴びたけど、そこまでの何かを引き出せてはいないのかな。
前田 基礎票がまだないテーマに取り組むことは、まさにチャンス。プロットを文章にする力はかなりのものがある方なので、とんでもないコンセプトを据えた次回作を楽しみにお待ちしています! そして、実は時代ものでもう1作品、紹介したい作品があります。『琉球巫女と痴れ者兄』というタイトルなのですが、太田さんは、平将門は好きですか?
太田 好きだよ!
丸茂 平将門は、みんな好きでしょう! 僕も大好きです。
岡村 そう? 負けちゃった側だけど。
丸茂 負けた側、日本史的に怨霊側だからいいんじゃないですか。後醍醐天皇とか好きな人は平将門も好きですよ! いや、一般的にはそこまでの人気じゃないのかもですが。
前田 このお話は、日本とよく似た架空過去が舞台。琉球は与南国島出身の主人公とその妹が「山都」にやってくる。平将門の頃ですから、およそ平安中期。政権中央に接近し重要な戦いに参加し、実力が認められて、最後は平将門に仕えて一緒に戦うところまでいく。
丸茂 この作品を推しきれなかったのはなぜですか?
前田 この作品も、先ほどと同じく、架空設定を盛り込んだエンタメ小説としてコンセプトや仕掛けがまだ弱いと思う。荒唐無稽にしてほしいということではないんだけれど!
栗田 どういう感じのイメージですか?
前田 本作の構成は、一例でいえば、映画『もののけ姫』に少し似ているんですよね。山都王権の外縁部から主人公がやってくる。中心から外部に冒険に出るのとは逆のベクトルだというところが似ている。しかし『もののけ姫』でいえば「デイダラボッチ」が出てきますよね。それに「たたら場」の社会を描くというコンセプトもある。本作にも、妹に予知夢の能力があるなど、とてもいい異能設定が盛り込まれているんだけれど、まだまだコンセプトも仕掛けも弱いと思う。新人賞の応募には「キャッチコピー」を必須にしているんだけれど、それがそのままオビとして書店に並んだときに、他の小説作品を圧倒するような存在感を目指して、もっとドーンと勝負してみていただきたいです!
死ぬ力、という目の付け所はいい!
片倉 『咆哮の党派 ~死ぬ力・入門から初段まで~』は、主人公も妻も年齢を重ねてヨボヨボであるということをひたすら書いている小説でした。投稿者さんご自身も70代で、随所に私小説的な要素が見え隠れします。老後の生活のリアリティが垣間見える描写があって、それに非常にハッとさせられるんですよ。
持丸 ご本人は小説を書いているという意識があるのかな?
片倉 おそらくそうでしょう。ただ、主人公も70代半ばの老人なので、私小説というにやぶさかではありません。面白かったところを紹介すると、主人公は妻に対してとっくに愛想がつきており、早く死なないかと思っていたところ、妻が癌であると発覚します。そのときに主人公は何を考えたか?――妻の隠し預金がどこにあるか、です。いわゆる「へそくり」ですが、妻は何歳まで職場に勤めていたから貯金はどれくらいだとか、市外の銀行にあった場合には預金先を調べるのが大変だけど、どういう揺さぶりをかければ白状するかとか、はたまた治療費がこれくらいかかったら預金を崩すに違いないとか……妻の癌という一大事に、「へそくり」のことをこれほど考えられるのかと驚くほど主人公の発想が生々しくて、非常にリアリティを感じました。ただ、そういうシーンは10万字中の5千字くらいで、残りは散漫な印象が強く、残念ながら候補作には推薦できません。ただ、人に話したくなるくらい読んでいて印象に残りました。
丸茂 でも、タイトルが良いですね。『死ぬ力・入門から初段まで』って書店に小説でなくて新書が並んでいたら、手には取ります。「初段ってなんだよ!?」って気になりませんか(笑)。
片倉 そうですね。例えばもし瀬戸内寂聴さんがご存命でこういうタイトルの本を書かれたら、どんな内容か気になりますもんね。
ベタなミステリを書いてくれたけれど!
丸茂 『緋川彩の事件簿 五龍殿の殺人』を書いてくれたのは、以前に候補作にあがったことがある期待の投稿者の方です。前回はメタミステリに走ってしまったので、ベタなものを書いてくださいとお願いしました。そして、ベタにクローズドサークルの本格ミステリを書いていただけたんですけど……微妙! 僕の力不足でしたね……申し訳ないんですけど、今回は候補にあげません。
太田 なんでだめなのよ、せっかくベタなミステリを書いてくれたのに!
丸茂 パッケージはおもしろいと思いますよ。有力者が支配している〈裏世界〉という地域が日本の端々に存在していて、警察や司法が介入できない〈裏世界〉で警察的な役割を果たす、探偵の一族がいる。ある日、〈裏世界〉である集落を支配している一族から殺害予告をされたと依頼の手紙が届き、調査に赴くとすでに当主は殺されている。そして当主を引き継ぐための儀式が始まるなか、当主候補の5人がひとりまたひとりと殺害される。犯人は誰なのか?……おもしろそうでしょう。僕もプロットを見て「これならいける!」と思ったんですけど、ダメでした。
太田 設定はおもしろそうじゃない、なんでよ!
丸茂 全体的に雑でしたね……。まずキャラクターが浮いてる。メルカトル鮎を西尾維新が書き直したような……って言うと褒めすぎなんですけど、すっごくピーキーでシニカルなラノベタッチのキャラが探偵役で、人が死んでもシリアスにならない! ダラダラ語られる衒学がなんの伏線でもなく意味がない。あと陰陽師の末裔が支配する村が舞台なんですけど、あまりにも記号的すぎてなんでこんな引き継ぎの儀式をやるのか必然性がなく、トリックのために用意した設定だというのが透けすぎている。麻耶さんの『鴉』のようなバランスにできなかったかな……と。最後に推理を反転させる多重解決のアイデアはいいんですけど、やはり全体的に雑なんです。これをもとに改稿してもらうのか、あるいは新作を考えてもらうのか、また打ち合わせをしてきます。
太田 わかりました! よろしくお願いします!
丸茂 この方にはやっぱりうちでデビューしてほしい。1.5か月ぐらいでこれを書きあげているので、筆は速い。ただ急ぐとこの仕上がりになるんだな……ということもわかったので、一度立ち止まって考えましょうって感じかなぁ。
エンタメ度をもっと高く!
片倉 『グレートパン棟の殺人』、これは語りたい作品です。この投稿者さんは僕が過去、何回か候補作にあげた方です。前回はバラバラになった腕が129本も空から降ってくる話でした。
丸茂 ホラーみというか、怪奇幻想みが好きな方ね。今回は『パンの大神』ですか。
片倉 はい、元ネタはアーサー・マッケンの小説ですが、やはりニッチな傾向は否めません。今回、中身は少しエンタメに寄せてくれたんですが、まだ足りないです。今までが怪奇幻想点が90点、エンタメ点が60点だとしたら、今は両方75点くらい。もう少しこの方向を突き詰めて怪奇幻想点60点、エンタメ点90点くらいまで持っていってもらえたら、この人なりの隠し味も活かしつつ広く受け入れられるエンタメ小説になると信じています。
丸茂 ストーリーはどういう感じなんですか。
片倉 あらすじは魅力的でした。主人公は世界各国の難事件を解決する名探偵で、あるとき世界中から探偵が集められた館に行きます。この作中世界には、「探偵とは、ある特殊な知的作用を脳が持ってしまった病気である」という仮説があって、それを検証するために探偵がこの館に集められました。やがて殺人事件が起こって、みんなが侃侃諤諤と推理していくという流れになります。ここまではいいんですが、一つ残念だったのは探偵病という設定が途中から存在感を失ってしまうことです。この設定が事件に深く関わっていたらいいんですが、最後の最後で取ってつけたように出てくるだけで、途中の推理バトルでは大した役割を果たさないのです。ことほどさように、まだエンタメとしての伏線の作り込みが甘いと思いました。
丸茂 推理と、その結果の真相はいいんですか。
太田 雰囲気は良さげなのにね。
片倉 真相は残念ながら取ってつけたようなやっつけ感がありました。かいつまんで話すと、主人公は世界一の名探偵なのに、この事件の推理は間違っていました。しかし、間違っていたのも含めて主人公の企み通りだったのです。つまり探偵病という病気は実在し、自分より強い探偵に推理バトルで負かされることでしか治らない。なので、自分の推理の過ちをわざと助手に指摘させ、めでたく主人公は探偵であることをやめられる――という結末です。
丸茂 なるほど、いい着地なんじゃないですか。
片倉 悪くはないんですが、キャラものとしての書き方が淡泊すぎました。名探偵は男性、助手は女性で疑似恋愛的な仄めかしがあるわけですが、それが最後の最後にいきなり描かれるだけなんです。助手は名探偵が好きなんですけど、いざというときに前触れもなく重い感情をぶつけるのでメンヘラみたいになっている。キャラ同士の関係性描写はもっと随所に入れるのがキャラ文芸のサービス精神ですよね。
丸茂 どういう事件が起きるの?
片倉 首のない死体が相次いで発見されます。
持丸 前作と似たようなモチーフですね。
片倉 今回の謎は合理的に解決できているんですが、探偵病というガジェットとキャラ同士の関係性をうまく料理できてないという明確な課題がありました。殺人事件としても各探偵の推理が錯綜するゆえの複雑さを感じましたね。
丸茂 探偵を何人も集めなくてよかったかもしれないね。
片倉 探偵たちが館に集まってわいわいやっているのは設定としては魅力的ですよね。この投稿者さんが目指す方向はキャラものだと思いますので、推理はもっと分かりやすくして、魅力的なキャラ同士の掛け合いに力を注いでいくのがいいと思いました。キャラの個性はしっかり描けているので、あとは関係性がうまく描ければ申し分ない作品に仕上がるのではないでしょうか。
太田 キャラ小説なの? 幻想系の作風の人なんでしょう?
片倉 今回の作品では幻想要素はかなり薄まっていて、大衆向けに歩み寄ってきてくれているように感じましたよ。一般人が想像するベタな探偵らしさをちょっとコミカルに描けているんですよね。まだ若干ペダンティックが過ぎるんだけれども、典型的すぎる探偵キャラを、ちょっとしたおかしさも交えつつ楽しむキャラ小説を十分目指せる筆力だと思います。具体的な先行作品をあげるなら『謎解きはディナーのあとで』や『ビブリア古書堂の事件手帖』でしょうか。
丸茂 連作短編の方がいいってこと?
片倉 そうですね。本格ミステリの方向だと凝りすぎて多くの読者がついていけなくなりそうなので、キャラ同士の掛け合いを力を抜いて楽しめるくらい軽めの作品をぜひ読んでみたいです。
もっと謎解きを本格的に
持丸 『くまなき月がわたるやう』は「候補作」候補。候補作一歩手前の出来栄えでした。この方が以前送ってくれた建築探偵が建物の謎を探るうちに真相にたどり着くっていうシリーズの続編です。今回、すごい腕を上げてきたなと感じました。
丸茂 本当ですか!? 僕も前の作品覚えてますよ。
持丸 この投稿者さんはもっと書けるだろうと思います。もっと謎解きのところを本格化させたら、ちゃんとデビューにたどり着ける人かなと。それぐらいの筆力があると思います。
丸茂 今回はどんな物件の謎なんですか。
持丸 舞台は京都で、川床のある古い料理屋の調査をします。森見登美彦さんをはじめとした、京都ものの系譜もわかってるし、辻真先さんの品のいい探偵小説の良さもすごくわかってる方です。さらに、倉知淳さんばりのユーモアもあります。
片倉 かなり好評価ですね。
持丸 でもね、本格じゃないんですよ。京都の建物の雰囲気、情緒、人間関係に重きを置いている。急階段の裏に仏像を飾ってる秘密の厨子があって……とか、建物の調査を丹念に進めながら真相にいたる道筋はとても分かりやすい。ただ、トリック自体には驚きがない。この方は実際に京都で古建築の調査や修復を本業とされているので、建物の描写がいちいち正確で実に興味深いんですよ。建築探偵(大学教授)、助手役の元教え子の女性、狂言回し役の警部補、この3人組が活躍する作品にまた会いたいですね。というわけで、さらなる面白い作品でのご応募をお待ちしています。
ネトゲ廃人の恋
片倉 『3万5894時間22分』、これも記憶に残る作品でした。『秒速5センチメートル』を思わせるタイトルですが、これは何の時間かというと、ネトゲ廃人の主人公がゲームに費やした時間です。なんと10年以上! 20代から30代の働き盛りをほぼネトゲに費やしたアラフォーの男性が主人公です。
太田 なるほど。ざっくり言えば氷河期世代の主人公だね。
片倉 この作品は、そんな小説家志望のネトゲ廃人である中年男性がネトゲを通じて恋愛をして、失恋するお話です。描写の妙があって、ネトゲ中毒の中年男性と18歳のメンヘラ少女がチャットを通じて惹かれ合う描写の瑞々しさが印象に残りました。
ただ、作品全体を牽引するには、ストーリー面で今ひとつ決め手に欠けていました。映画で例えると単館系のような通好みの作品です。小説で例えるなら唐辺葉介さんの『電気サーカス』が近いですね。「つまり出来がいいのではないか」と言えなくもないのですが、『電気サーカス』の場合はデビュー作ではなく、既に唐辺さんのファンがいる状態で出版されているため、マニアックな作品でも商業小説として成立するんですよね。逆にこういう作品はデビュー作向きではない……。
なので、みなさんに話したいけれども受賞候補作として推薦はできないという作品でした。
岩間 面白そうだけど、確かにデビュー作としては弱いですね。
前田 ちなみに、なんで最終的に恋愛は成就しないんですか?
片倉 少女がメンヘラだったからです。主人公が「青春18きっぷ」ではるばる東京から仙台まで行って女の子に会うんです。でも、次に会いに行こうとしたらLINEをブロックされていて連絡できなかった……。
栗田 悲しい……。
片倉 筆力のある方だとは思いますが、今回のご投稿作品はまだどう磨けばいいのかわからないくらいの原石という印象です。エモさを突き詰めていっても10倍エモければ10倍の人が読むわけではないでしょうから、何か掛け算が必要だと思います。例えば三秋縋さんのSF的なギミックが参考になるのかな。
岩間 Xとかでタワマン文学みたいに流れてきたら、つい読んじゃいそうですね。氷河期世代の方々に刺さって共感されるのでは、という気がします。
ハードボイルドに大きな謎を!
太田 よし! いよいよ今回の候補作について話していこうじゃないの!
栗田 私が候補作にあげたのが『Romantics:東方事件』です。サスペンスで、刑事もの、かつ医療ものみたいな感じ。3部構成になっていて、時間が巻き戻ったりします。始まりは1999年、切断ジャックの事件を追う刑事の東方が、未成年の情報屋を間違って銃で撃っちゃう。自分が撃っちゃったから、刑事の東方は病院に行くんだけど、誰も医者が空いてない。東方は、かつて自分が殺人容疑で逮捕した心臓外科医に手術を依頼する。この医者は裏社会の開業医をやってて、手術を引き受けて少年は一命を取り留める。手術時に医者が銃の玉をすり替えていたので、東方も殺人未遂にはならず、無期限の停職処分にとどまるっていうのが第1部です。
第2部は時間軸的にはこの第1部の前になっていて、医者が殺人容疑で逮捕されて無罪になったものの、刑務所でボランティアをしていて、刑務所に収監中の殺人犯ハサミ男が重症の心臓病で死にかけている。医者が手術をするのかしないのか。一方で刑事の東方はカエル男を追っててハサミ男の事件と実はつながりがある。結局医者は手術をするっていうのが第2部です。
第3部は第1部の事件から2年後になります。また切断ジャックが再来したような連続バラバラ殺人事件が発生して、左遷されてた東方が復帰する。これまでの登場人物をたくさん巻き込みながら物語が進んで、バラバラ殺人事件も一応解決して終わります。
片倉 こうしてあらすじをまとめると複雑に思えますが、作者さんの情報開示が見事で作品はとても読みやすかったです。
栗田 めちゃくちゃ複雑だなと思ったんですけど、いいなと思ったのは、会話がすごく軽妙で、ラリーが面白く続いていくところです。ハリウッド映画見てるような、ジョークがきいてるシーンも結構あるのと、ご投稿者の方が実際お医者さんなので、医療現場の描写がしっかりしています。医者としての倫理観が問われるところだったりとか、刑事としてずっと凄惨な事件を追ってるっていうところで、2人の男の仕事への姿勢がしっかり描かれている小説かなと思います。ただ、ちょっと気になるところもあるんですけど。まずは皆さんの意見を聞きたいと思います。
太田 どうでしょう、皆さん。
岩間 登場人物たちの複雑な関係や、過去が事件を通して交錯していく構成は見ごたえがあったと思いました。中でも私が印象に残ったのが、医者のキャラクターです。冷淡で現実的でありながら、どこかに医師としてのプライドを持ち続けている姿に深みを感じました。ご投稿者さん自身が心臓外科医の方なんですよね。だからこそ書けたであろう、ご投稿者さんならではの視点や感性が反映されており、独自の魅力が感じられました。医療シーンの描写であったり、登場人物の心情だったりはリアリティがあったと思います。
特に、手術をめぐる人間関係の緊張感だとか、命を前にしたときの葛藤みたいなところは、すごく説得力があったように感じます。その点においては、物語に専門性がしっかり活かされているんじゃないでしょうか。
一方で、個人的には、物語の核となる事件や謎、いわばサスペンスの骨子みたいなところに関しては、もう少し考え抜くこともできたのかもしれないと思いました。意外性や驚きという点では、物足りなさもあったと感じています。キャラクターづくりや心情描写のうまさに比べて、物語の進行であったり謎解きの新しい強さみたいな驚きがもう1個欲しかった……というのが、率直な感想でした。
持丸 ハードボイルドや警察小説を50年以上読んできた立場から言うとですね、ちょっともの足りないといいますか……いろんな要素が混じっててもいいと思うんですけど、この作品は混ざり方がよくない。この手の小説の肝は、個性的な文体と、苦さを抱えた人間と、複雑な伏線を張ってラストであっと驚くような回収をするところですよね。この方は、すごく時系列を入れ替えたり視点を変えたりして、それでうまくいってないのかなって思いました。小説はうまいんだけど、プロットは下手みたいな、そういう印象。
丸茂 変にシーンを細切れにしているところがありますよね。
栗田 私はこの細切れになっているところで、話についていくので精一杯でした。
持丸 あとね、やっぱりあの医者も刑事も、堕ちていった人間じゃないですか。そこがもっとも気になるところ。彼らがどうして堕ちていったのか、ここでどんな辛い気持ちがあったのかってところをもっと読みたかったですね。
丸茂 時代錯誤な言い方になってしまいますが、ハードボイルドにそういうイメージがあったことは確かだと思います。
持丸 そこで酔わせてほしい。
太田 北方謙三的なハードボイルド観ですね。「ブラディ・ドールシリーズ」にも医者の登場人物がいるので、この作品にもちょっと影響与えてるのかなと思ったりしながら読んだんですけど。
片倉 繰り返しになりますが、この方は文章がすごくうまいです。時系列が入り組んでいる話なのに、それを感じさせないくらい読みやすかった。ただ全体の3部構成がそこまで成功していなくて、それぞれの事件の関連性が薄く見えてしまうのは要改善点ですね。
前田 ハードボイルド小説にも様々な文体があるけれど、ちょっと会話文に頼りすぎだと思う。イケオジたちが「お喋り」に見えてくる。
丸茂 このジャンルの読者には、もう少しキャラの浮ついてる感じを抑えた方がいいかもしれないね。かっこいいというよりダサ寄りかな? みたいなところはあったから……でもそれは改稿でチューニングできるレベルだと思います。
前田 登場人物が多く、かつ会話文を追うのに苦労したので、僕にはそこまで読みやすくなかったんです。
片倉 そうですか? 登場人物が何のために行動しているかが分かりやすくて、ストーリーを追う上で迷子になりにくい設計だと自分は感じました。
持丸 あれ。これ最後どうやって終わるんでしたっけ?
栗田 切断ジャックは医者に手術してもらって、病院から逃げおおせるっていう。でも、もう出会った赤ん坊のことをすごい愛してるから、殺人鬼としての彼は死んでるみたいな感じではあります。
持丸 季節はまわりまわったということですね。
栗田 岡村さん、この方の投稿1作目を読んでるんですよね。そのときは、どんな作品だったのでしょうか?
岡村 1作目は本作に出てくる東方と女性の水沼さんがバディを組んで進行する、本作とは全く別の事件の話でした。
片倉 この長編を読んだだけで、3部作の外にまで広がる作品世界が作者さんの頭の中にあるのはよくわかりました。この世界観でシリーズが作れそうですよね。
太田 僕、これを候補作にあげるのは正しい判断だと思うのね。大昔に漫画家の王欣太さんがデビュー作『HEAVEN』で描いているのは、まさにこんなノリなんだよね。かっこいい男の人が次々出てきて、気の利いたセリフを放つ爽快感、っていう。北方さん的なハードボイルドを今風にやったらまさにこうなるって感じで、文体もある人だと思うんですよ、ちゃんと。ただ、わかりやすいか、わかりづらいかで言うと、わかりづらいんだよね。
漫画で例えると、見せゴマの派手さで持っちゃってる状態。つまり、それはよく言うと魅力なんだけど、悪く言うとごまかしているんじゃないかな? だって、作中で起こっている出来事は、やっぱりわかりづらい上に小さいからね。なので、残念だけど手放しで「デビューさせましょう」とは僕はならなかったです。
ただ、次に何を書いてもらったらいいのか? というと、悩ましいよね。個人的には、もうちょっとストレートに、温故知新でモダンなハードボイルドを書くことに回帰した方がいい気がするけど。
丸茂 いま日本においてハードボイルドは非常に難しいジャンルですよね。ミステリはそっちが主流だったはずなのに。
片倉 小説よりもドラマや映画などの映像作品が人気な印象もありますね。
太田 ハサミ男ってのが出てきたりとかね、この方がどのぐらいゼロ年代の残党なのかはわかんないんだけど、若干メッセージを感じるね。弱い波長を感じます。たとえば、医者のこういうのは舞城王太郎さんの『煙か土か食い物』でしょ。この舞城さんのデビュー作も、ある種のハードボイルド小説として読めるからね。
丸茂 だから僕は舞城さんと比較しちゃいました。そして、そこまで高く評価できなかった。
太田 比較するのは違う気がするんだけど、ただ舞城さんの作品ってさ、最後はちゃんと泣かせる話で回収するじゃん。それまですごいドライブ感で新本格世界をめちゃくちゃに蹂躙しながら、最後は女の子の胸に抱かれて……っていうところで、ハードボイルド小説的にちょっとほろっとさせる。他には家族の関係性の回復とか、そこはすごく気持ちよくやってくれるじゃない。そういうものがきちんとわかりやすくあったら、商品性が出てくる気がするんだよね。
いや、この小説にはハードボイルドに絶対必要な気の利いたセリフの応酬については、原稿に丸印をつけるくらいいいものがたくさんあったんですよ。だから、大きなそのストーリーラインの部分でもしっかりやってほしい、そういうのを読みたい。
栗田 一定の水準にあると思って候補作にあげたんですけど、自分がハードボイルドを読んできた人間ではないので、太田さんと持丸さんの意見はとても参考になります。
私としては、このキャラクターがすごい好きとか、なんか応援したくなるとか、このキャラクターをもっと見たいみたいな気持ちにまではならなかったっていうのは、多分、持丸さんが言ってたみたいな、苦悩に至るまでの葛藤があまり描かれてなかったところもあるのかなと思いつつ。
片倉 僕はキャラクターの内面の葛藤のようなものを感じましたよ。
丸茂 葛藤がないわけではないんですけどね。ただ、もうちょっとフォーカスしてもいいかな。
持丸 これ、主人公が成長していくとしたらさ、やっぱり医者より刑事の方なわけでしょ。
栗田 このご投稿者さんは医者なので、 私としてはできれば医者をメインに持ってきたいですね。
丸茂 現状ハードボイルドが市場にないわけではないですけど、生き残ってる人は超高水準の域だと思うんですね。トップランナーがトップランナーすぎて、ちょっと格落ち感が否めない。悪くはないんだけど、やっぱり強烈にこの作品を読ませる動機ってなんなのって思っちゃうんですよ。例えば「連続殺人鬼の正体とは?!」みたいな売り方になるんですかね?
片倉 読みはじめたら一息にサクサク読めてしまう作品ですが、しかし興味のない人に「これ面白いよ」とプレゼンするためのアピールポイントが今一歩弱い。この作品は佳作ではあるけど、ハードボイルドの名作が数ある中で他にない光る何か、差別化できる何かがあるかというと言葉に詰まってしまいます。
丸茂 やっぱり強烈な謎は必要だと思いますよ。新たなオリジナルのすんごい殺人鬼を登場させるとか。
片倉 ああ、確かに探偵役に比べて犯人が弱かったですね。
丸茂 ハサミ男とかカエル男とか、既存作品のキャラ名を使用する意味があんまりよくわからなかったです。単純にご存じなかった可能性もあると思いますが。あとは犯人にもすごい強い動機や葛藤があり、それが明かされていく過程ももっとほしい。
片倉 犯人の感情をしっかり描くとなると、犯人が誰か分かっていながらも、だけど事件が解決しないという倒叙風の作りになるわけですか?
丸茂 倒叙にしてもしなくてもいいと思いますけどね。サスペンスのストーリーって「事件の犯人を追う」になるんですよ。犯人自体の行動原理を知る過程、そこがおもしろくなければいけない。
太田 目標として近いのは『探偵はバーにいる』じゃないかな。
栗田 あと、やはり星海社FICTIONSの組版にデータを流し込んでみると、ざっくり344ページはあるので、ちょっと長いですよね。もう少しコンパクトにしても、この方の書きたいことは書き切れるはずだと思います。
太田 うん、やっぱりもうちょっと原稿を整理したほうがいいですね。
岡村 ハードボイルドって、主人公が「こうじゃなきゃいけない」って作法が何かあるの?
丸茂 うーん……口数は少なめが僕は好きかな(笑)。警察小説とかピカレスクロマンとか、いまはいわゆる犯罪小説にその味が求められてる印象ですが。
岡村 そっち側がやっぱ多いんですね。ちなみに、『地面師たち』は、ハードボイルド?
丸茂 『地面師たち』はピカレスクロマン、犯罪小説で、たしかにハードボイルド作品と言っていいのではないでしょうか。
岡村 例えば『地面師たち』みたいに、普通に生活していたら大半の人が知らなかった世界が、現実感を伴って見えてくるような作品にできると良いよね。
丸茂 警察や探偵が地道に捜査を行うこととか、犯罪に手を染めてしまう人のリアリティが期待されるから、社会派に近接してきますよね。
持丸 ハードボイルドは日本と海外の文脈が全然違うので。
丸茂 やっぱり僕は大きな謎は絶対必要だと思う。そしてミステリとして売りたい。
太田 この方には、ハードボイルドの適性が絶対あると思います。ただ、丸茂さんの言う通り、今のままでは足りない。大きな謎が必要です。その点を意識して、またぜひ書いて送ってください!
クトゥルー神話につられて
丸茂 僕は『私立ルルイエ女学園生徒会室の裏』を候補作にあげました。女学園が舞台の生徒会ミステリ? って感じの作品です。私立ルルイエ女学園の生徒・夢野さんが主人公なんですけれど、彼女には「僕」というおそらく男性の別人格にとって代わられているという、謎な設定があります。そして生徒会にはキャラがとがった生徒会役員たちがいて、彼女たちとのやり取りの中で、かつて吹奏楽部でコントラバスを弾いていた先輩を探すことになり、しかしその先輩にはかなり不可解なことがあり……彼女に出会えるのか? というストーリーです。
持丸 すごく不思議な味わいがしました。女の子の中に「僕」が入ってる設定なんですね。ほんとに入ってるかどうかはわかりません。自我が分裂して二重人格かもしれないし。自我の一部が薄くなってるか、本当に他人なのかもわかんない。そういう興味でも引っ張ってくれる。で、最後に自我の分裂が解消してよかったね、百合の愛も成立してよかったねっていうんじゃなくて解消しないで終わる。
丸茂 主人公についての謎はほったらかしですね(笑)。
持丸 ミステリとも読めるし、百合小説とも読めるし、現代小説とも読めるっていう点が不思議な味わいということですね。百合小説に見せかけたモダンな小説。結局、謎のところは大した謎じゃないんですよね。
丸茂 候補作にあげておいて言うのはなんですけど、問題点は2つあります。まずは、謎解きが大したことではないこと。その大したことない謎解きの着地もふわっとしていること、です。
太田 まずこの作品はタイトルがすごくいい。良い意味で80年代的でもあるし。ただ、なんで「ルルイエ」なのかが全くわかんない! 俺にはクトゥルーの呼び声が聞こえてこないよ! きっと人がたくさん死んだり狂気に陥ったりする話なんだろうな、最高だな……と思って読んだんだけど、全くそういうことがないじゃない!
丸茂 僕があげた理由はひとつで、この方は抜群にキャラの設計と描写がうまい。才能があります。
太田 そうなの? やっぱり俺は百合の読み手として合ってないのか……。岡村さん、どうだった?
岡村 丸茂くんに完全同意。はっきり言ってこの人、この作品じゃ難しいけど、いつかうちでデビューしてほしい。さっき栗田さんがあげたハードボイルドの方が、僕には正直あんまりピンとこなかった。
太田 そうか……。ハードボイルドと百合ってターゲットが真逆なのかもね。
丸茂 いや、別に岡村さんも百合小説としておもしろかったわけじゃないでしょう。あとこれ百合小説ではないと思います。TSものっぽいし。
岡村 そうです。百合だから面白かったというわけではまったくない。
太田 えぇっ!? だって、でかい話がまったくないじゃん! コントラバスの人が知りたかったらさ、人に聞けばすぐわかるじゃん!
片倉 わかります、「ネット検索しなよ」と思いました!
太田 本当にそう!
片倉 「あるはずのケーキが消えた、どこにある?」レベルの小さな謎なんですよね。それが魅力的な見せ方ならいいけど、そうは思えなかった。
太田 そうなんだよ! 探してる人が、YouTubeで瞳の色がわかるところまでアップで姿が映ってるんだったら、すぐにわかるでしょ! これが1980年代で「ビデオテープが不鮮明でわかりません」という事であれば謎になると思うよ? あとは、この先輩がそれこそ20年くらい前の人ならわからないということもあるでしょう。でもさ、たったの2個上じゃん? なんでわかんないのかな? それくらいさっさと調べろよ! って思って終始イライラしちゃった。俺にはこの作品の面白さがまるでわからなかった。
片倉 僕は「ルルイエ」というタイトルで上がりきったクトゥルー期待値に応えてもらえなかったのが残念でした。
丸茂 僕と片倉さんと太田さんは「ルルイエ」がわかるから、まあそうなりますよね。「ルルイエ」はラヴクラフトが書いた『クトゥルーの呼び声』に出てくる、クトゥルーという化け物が眠っている都市とされています。だから、クトゥルー神話を知らない方の感想のほうがフラットだと思うので聞かせてください。
栗田 ルルイエについてわからないまま読んでて、まずすごい文章は読みやすいなって思いました。ちょっと百合的な要素を楽しめる素養が私にないからか、すらすら読めるけど、そんなにときめくことなく読み終わってしまったって感じです。
前田 今年は、ルルイエ浮上100周年で、界隈はすごい盛り上がってる。1925年に一度浮上して以来なんです。
丸茂 そうなんですよ。クトゥルー神話を知ってる人の「どう絡んでくるのか?」って期待に、本作はほぼ応えてくれません。
片倉 キャラの名前なんかの固有名詞がラヴクラフト作品に引っかかっているのかと伏線を予想しながら読んでいたのに……!
太田 それでええんかい! ……いや、わかるよ? そこは勝手に期待するほうが悪いレベルだと思うんだけど。でもさ、やっぱり肝心の丸茂さんと岡村さんがいいって言ってるとこは、わからなかったんだよね。
前田 ……僕は編集界、出版界でも数少ない「リヒャルト・シュトラウスの『ツァラトゥストラはかく語りき』をオーケストラで弾いたことがある人間」としてコメントしたいです。
太田 そうだった! チェロ弾きエディター! どうだった?
前田 オーケストラ版と吹奏楽版ではコントラバスも全く違う譜面だと思いますけれど、「学問について(“Von der Wissenschaft”)」でコントラバスの三連符が複雑に重なっていく響きは忘れられないですよ。それだけに「コントラバスの先輩」はどんな演奏をしたのか、クラシック音楽好きにも響く設定ですよね。さて、しかし、閑話休題、僕の意見も太田さん寄りです。キャラは立っているけれども、立て方はもっと工夫できると思う。キャラクターの登場が一気に進むので、頭にポンと入る感じではなかったと思います。
丸茂 作者さんの箱庭でキャラを楽しく動かしてる感はありますね。それが作者以外が読んで楽しいかと言うと……ってところでしょうが。太田さんと片倉さんの言う通り、クトゥルー神話を絡ませる絡ませない問題はうまく処理できてない。だけど、キャラ立ては抜群で文章のノリもいいと思う。
太田 岩間さんはどうだった?
岩間 お嬢様学校の生徒会という舞台設定に、人探しという定番ながらも物語を大きく動かす力を持つ謎要素があったので、引き込まれましたよ。推進力がしっかり感じられるお話で、楽しく拝読しました。生徒会という閉鎖的な空間の中で、タブーとされる人物をめぐる探索が、徐々に進んでいく構成には惹かれるものがありましたね。ただ、その一方で、この作品ならではの新しさであったり、他の作品にはない大きい謎といった部分が見えづらく感じられたのも正直なところありましたね。設定やキャラ、展開の力強さはすごく感じたんですけれども、それが他の作品との差別化に繋がってるかというと、もう一歩踏み込めたんじゃないでしょうか。
栗田 丸茂さん的には、この投稿者さんに、次は何を書いてもらったらいいと思いますか?
丸茂 クトゥルー神話が絡まないミステリじゃないですか? 投稿者さんとしては、「星海社だから、こういう作品が喜ばれる」と思って送ってくださったのかもしれません。確かに『新訳クトゥルー神話コレクション』を出してる版元ではありますが、デビュー作でクトゥルー神話を読んでいないと楽しめない作品だと思わせちゃうのは損です。
岡村 それにしても、丸茂くん以外のみんなはキャラに対する評価が高くないんだね。
丸茂 うん、びっくりしました。僕はめちゃくちゃいいと思った。
岡村 僕は弱いんですよ、こういうのに。たとえば生徒会長のメッセージを代弁するだけの母楽ちゃんというキャラクター、めちゃ良かった。あと一人称の「僕」視点、〈戯言シリーズ〉とかもそうなんだけど、僕は視点人物の行動原理や思考を深掘りしていくタイプの作品が好きなんですよね。
丸茂 この方は明確に西尾維新さんフォロワーだと思いますよ。
岡村 なんか、尋問するためにボールペンを1本1本折ってくとか。
丸茂 そうそう、めちゃくちゃいいなって思う。
岡村 もちろん、この作品では受賞は難しいというのはみんなと全く同意見。でも、この投稿者さんは才能がありますよ。
太田 わかりました。じゃあこの方にはご連絡してみてください。
丸茂 僕からお話だけさせてもらいます。
持丸 この方は、百合を書きたい方なのかな?
丸茂 女学園が舞台なだけで、かつやっぱり「僕」っていう人格を女生徒に入れてるだけで、べつに百合にフェティシズムは無いんじゃないかなと。どちらかと言うと超ハーレム空間を作ってる小説なんですよこれ。
栗田 その割には、ハーレム感というか変な性欲を描く違和感がなくていいなって思いながら読みました。
丸茂 そう、僕っ子っぽいバランスで書いてるし、変に性欲を発揮してる場面がないから読みやすかった。
持丸 主人公の女の子が、自我の問題に揺れてるっていうのが魅力のひとつかな。
栗田 岡村さん的には、この方に今後どういう作品を書いてほしいですか。
岡村 「読んでいてちゃんと気持ちいい」+「クライマックスに読者が満足するに値する驚きorカタルシスがある」作品。今回の作品は前者はけっこうクリアしているけど後者は満たせていない印象でした。
太田 『ルルイエ女学園』はすごくいいタイトルだったと思うよ。俺はタイトルに悪い意味でつられちゃったんだな。この作品はちゃんとした日常の謎を解く物語ですよって、そういうタイトルにしてほしかった。「消えたトロンボーン」とか「コントラバスの呼び声」とかさ。
丸茂 「呼び声」は、もうクトゥルーじゃないですか(笑)。ともかく、クトゥルー神話にこだわりがあるか、ファンタジー要素なしで書けるか、トリック考えられる方なのか、ぜんぶ謎なのでお話ししてみます。
『世界観を創る』という新書が出ました!
前田 さて、一つダイレクトに宣伝をさせてください。鈴木貴昭さんの新書『世界観を創る クリエイターのための設定・考証入門』という新書が5月に発売になりました! 装画は、星海社でも『まりんこゆみ』でおなじみ、野上武志さんです!(どどんっ)
栗田 過去の座談会では、唐木厚さんの新書『小説編集者の仕事とはなにか?』もみなさまに紹介させていただきました。
前田 はい、さらには太田忠司さんの新書『読んだら最後、小説を書かないではいられなくなる本』も紹介させていただきました。これらは決してシリーズというわけではなく、一冊一冊が独立して企画された入魂の新書ですけれど、他方で次代のクリエイターを目指す方のために、本にしなければ消えていってしまいかねないクリエイティブの「秘密」を「書籍」という形でしっかり歴史に残すというのは、単なる「ハウツー本」をはるかに超える星海社新書のレーベルミッションだと思うのです。
片倉 鈴木さんの著書はどのような内容になるのでしょうか?
前田 ファンタジーや時代もの、SFやミリタリーなどジャンルを問わず「架空世界」の設定を、整合的に組み立てる「思考の流れ」。それを入門として分かりやすく紹介しています。
丸茂 鈴木さんは『ストライクウィッチーズ』や『ガールズ&パンツァー』など、数多くのアニメ作品に考証などで参加されていますよね。小説家志望の方にはどこが一番役に立つポイントですか?
前田 「大きな嘘を一つだけ」でしょう! もちろん古くから「鉄則」として語られてきていることではありますが、じゃあ実際にどうアイデアを組み立てるかというのを、ここまで明らかにしている本は他にないんです。
岩間 星海社FICTIONS新人賞にはファンタジー作品のご応募も多いですしね。
前田 はい、勿論この本からまだ見ぬ新しい作品が生まれるならば嬉しいですけれど、やりかたは人それぞれがいいと思うんです。それよりも「架空世界っていいよね」という原点の気持ちに還れる一冊なんです。その気持ちを、小説執筆という最前線に立つみなさまと共有させていただけるならば、担当編集としてまさに望外の喜びですね。
栗田 太田さんから最後になんか応募者の方々にメッセージをお願いいたします。
太田 今年の賞金! もし次回で獲る人がいたら、この積み上がった賞金はなくなっちゃいますからね。バンバン応募してきてください!!
栗田 最後に、本新人賞では紙ではなくデータをメールに添付しての原稿投稿をお願いしています。ご投稿の際には、応募規定を今一度ご確認いただければと思います。添付データに不備のないようご確認の上ご応募をお願いいたします。
また8月8日の締め切り後に、応募方法が変更になります。応募フォームからのご投稿になりますので、そちらもどうぞよろしくお願いいたします。
1行コメント
『帝都の魔城』
語りたい内容がたくさんある野心作であることは伝わりましたが、エンタメ小説としての完成度が残念ながら今一つで、読んでいて感情移入しかねる部分が多かったです。(片倉)
『ふたりのフラグメント 竜の心臓』
作中で起きていることはわかります。ただ作品への興味が保てませんでした。読み手を惹きつけて離さない工夫がもっとできないか、さらに考えてみてほしいです。(岡村)
『女王蟻殺虫事件?』
蟻の話でビビりました。しかもストーリーは感動系。トリックがシンプル過ぎるのと、蟻の話ならもっと蟻の生態を活かした話にするべきでは、という点が引っかかりました。(丸茂)
『キラーズチェイン 殺される不死者』
SFとミステリを融合させた特殊設定が秀逸で、物語の独自性と謎解きの妙が相まって、次の展開を追わずにはいられない構成力が光っていました。一方で、一部のエピソードにはご都合主義的な印象を受け、物語の緊張感や説得力が損なわれた点は惜しいです。斬新な発想と綿密な設定が魅力なだけに、整合性への配慮があれば、より完成度の高い作品になったいたのではないでしょうか。(岩間)
『誅戮のヘイトレッド』
地の文の装飾や比喩などが細やかで、言葉一つひとつを楽しんで選んでいらっしゃるのを感じます。その楽しさは伝わってくるのですが、表裏一体で伝わりにくさもあります。どうしたら書き手の想像する世界を、読者の頭にスッと映像のように浮かび上がらせられるのか考えてみていただきたいです。(栗田)
『識域のホロウライト Hollow White, Starry Sky.』
とてもよく世界が作り込まれており、抽象的な言葉のチョイスにも引き込まれます。それだけにバトルの描写はまだ単調に読めてしまい、もう一声を期待させてください。参考になりそうだとイメージした先行作品は中村恵里加さんの『ダブルブリッド』です。(前田)
『転生戦記:世界を変えた六人』
壮大な世界観・設定で物語を書こうとした結果、作品としてまとまらず表面的な内容になってしまっている、という印象でした。(岡村)
『ファンディング群青』
「突然男たちが部屋にやってきて」そこから始まる巻き込まれ型のストーリーです。青春小説なのか社会派サスペンスなのか、それともどちらも狙ったのか? どっちつかずの印象でした。マンガのコマ割を見てるようなスピーディな展開はよいと思います。主人公や設定にどれだけ説得力を持たせられるかですね。(持丸)
『ダンジョン救助隊』
ダンジョンでの救助ということで、踏破ではなく救助をテーマにしているのは着眼点としていいなと思いました。ただ、セリフ、地の文ともに説明的に感じる部分、やや唐突で主人公の心情に共感しきれない部分がありました。(栗田)
『禁忌を犯した僕らは、見えないものが見えるようになって、死ぬ。』
パニックもの好きにはたまらない設定です。いまどきの配信者たちがひどい目に遭う描写や「結末」は、読む人を選びそうですが、面白いです。他方、敵と世界観にはコンセプトと意外性が必要とも思います。『巨蟲列島』であれば、「巨大な虫」ですよね。なんらかの一発で作品を特徴づけるさらにガツンとしたアイデアを希望です。(前田)
『セイレーンの選択』
「少女が歌を頑張る × 特殊能力」という魅力的な設定に加え、会話箇所多めな文体で、非常に読みやすかったです。また、前回のご投稿から文字数を見直して、10万字程度に抑えた点も素晴らしいです。一方で、内容については目新しさに欠け、先行作品と比べて打ち出せる新しさをあまり感じられませんでした。(岩間)
『ワールド・キングダム・日本編』
テーマや思想がしっかりとあること自体は良いことです。ただそれが先行しすぎて物語や登場人物が都合良く動いてしまっている印象でした。(岡村)
『顔をめぐる冒険―ドールストライク―』
ファンタジックなお話が好きなので楽しく読ませていただきました。ただ、後半に進むにつれて、設定が固めきれていないがゆえに展開の説得力、納得感が弱くなっていった印象があります。この作品を拝読してのアドバイスとしては、①このテイストは長編ではなく連作短編や絵本向きではないか、②長編にするなら前半部分のような「小さい話」を、キャラクターの魅力を一層立たせて丁寧に描くのがいいのではないか、です。(片倉)
『余命三ヶ月の殺人』
余命僅かのヒロインの殺人を手伝う、というアイディアはすごくいいと思いました。ただヒロインが殺人を願う理由をもっと前から明かさないと、彼女に好感を持てないと思いますし、もっと共感できる事情がほしかったです(妹はいいキャラ)。(丸茂)
『俺はロリコンなんかじゃない!』
ハイファンタジーで現代と異なる世界を描いてくださっていて、世界観がご自身の中では構築されているのだと思います。それをまったく知らない読者にどう提示すればすーっとその世界に誘うことができるのかが課題と感じます。(栗田)
『魔都物語』
魔王をはじめキャラクターに魅力がありました。一方で、先行作品との差別化にはやや弱さを感じました。また、30万字超の文字数は星海社FICTIONSの書籍にすると500ページを超え、かなりの厚さとなります。商業作品として書店で埋もれないためにも、描写の整理と構成を考え抜くことが課題です。(岩間)
『絵師アネシュカは光を描く ~チェルデ国絵画動乱記~』
書きたいことは書けている印象ですし、主人公にも好感が持てます。ただシンデレラ・ストーリーとして主人公が成功する説得力は弱く、トントン拍子に話が進みすぎに感じました。(岡村)
『紋章都市ラビュリントス』
主人公が冒険を開始する理由がふんわりしてました。冒険する理由をドラマチックに作るか、魅惑的な入り口(あっちの世界へのトビラ)を用意するか? どっちかを意識したほうがいいと思います。冒険世界の深いところへ入っていく感じはうまく書けていたと思います。一方で視点(人称)のコントロールや情報の出し入れは改善の余地ありです。(持丸)
『宙の恋歌 -波空国交響史-』
世界の生まれ変わりという壮大な話と、主人公たちの恋愛の両方が描かれていて、話の粒の大きさはキャッチーだと思いました。世界観や魔法については独自性があるぶん、わかりにくさも感じます。読者に文字だけで想像してもらうためには、情報整理や想像しやすいとっかかりをつくるなど工夫が必要になるのではないでしょうか。(栗田)
『転生者の楽土』
文章が大変上手く、「演説」もよく作り込まれていました。ただその「演説」が物語を動かす動因になるのですが、分かりやすい敵やライバルが登場する異世界ものに比べるとストーリーが平坦にみえてしまいます。聖書モチーフなどに込められた物語の思弁性をどうエンタメにするか、もう一工夫が欲しいところです。(前田)
『バーガルタンク』
『ハーモニー』以後、難しそうですが「感情を操作できるようになった管理社会」という設定をもっと突き止めて考察するような部分がほしかったです。あと長かったです。(丸茂)
『記号という名の魔法 竜騎士、エーコ、サリンジャー』
「批評」はたしかにカテゴリーエラーですが、力作をありがとうございます。議論のトピック(トポス)が常に横移動していってしまい論点が散ってしまっているのが勿体ないので、がっちりした大きな問いを一つ立てていただきたいです。そして私の読んだ印象では「記号としての愛はなぜ可能なのか」という問いなのではないでしょうか。記号を愛するのではなく、愛それ自体が記号でありうるというのはなぜなのでしょうか。そのためには「記号とは何か」という定義をよりがっちりと決める必要があるとも思います。その点について私のオススメ文献は、マニアックで恐縮ですが『物語について』(テオリア叢書・平凡社)です。(前田)
『Causal flood Prelude』
この作品の世界観を理解するのに、かなり労力を費やしました。読み手が序盤で脱落しないためにはどうしたら良いか、読み続けさせるにはどうしたら良いか、考える必要があります。(岡村)
『ケイコクシニカ』
病気の妹と、妹のために奮闘する兄という設定は、キャラクターの切実な動機に説得力を与えており、物語の導入として非常に効果的でした。戦争に巻き込まれていく流れにもドラマがあり、今後の展開を期待させる魅力があったと思います。ただ、全体としては粗削りな印象も否めず、先行作品と比べた際に独自の新しい魅力を感じることができませんでした。(岩間)
『そしてメインヒロインはいなくなった』
投稿者の方が意図したこの作品の真の意味は理解できましたが、それに驚きや良い意味でのインパクトがあったかというと、そうでもなかったというのが正直なところです。(岡村)
『紅蓮の空、青い世界』
良く言えば「エモい青春小説」ですが、厳しく言えば「よくあるライトノベル」止まりの作品でした。冒頭から読者をあっと驚かせるような、期待を上回る展開で惹きつけてほしいです。(片倉)
『ビキニアーマー響』
「第三十一話」が大変印象に残ったのですが、個々のエピソードの刺激が強すぎて、物語全体のメッセージとしてはまだ埋もれてしまい、勿体ないと感じます。第三十一話に、あえてR18作品で問いかける文学的な意義があると感じましたので、ここにあるメッセージを主軸にストーリーラインをさらに分かりやすくしていただきたい。(前田)
『山下美月の帰還』
日本海側のとある地方に住むバドミントン女子・山下美月が某国に拉致されて殺人マシーンに改造されてしまいます。レイプ、拷問、近親相姦、銃撃戦とやりたい放題の展開。登場人物たちは実在のアイドルと同じ名前を持っています。あの子やこの子が大変な目にあうのを楽しむナマモノ小説なのかな? タレント名を登場人物名に使うのはパブリシティ権に触れる可能性が高く、商業出版は難しいでしょうね。(持丸)
『長いネコと佐藤さんと。オズワルド』
あらゆるものに変身できる猫、ユニークですね。物語が壮大すぎて、240万字というのは書籍にすることを考えると現実的ではないです。10万字をひとつの目標にして書いてみていただきたいです。(栗田)
『スイッチ』
描写がひとつひとつ丁寧で重みがあって好感を持ちました。近未来的なSF技術があるわりに、あまり社会が進化しておらずわりと素直な刑事ものっぽい感じが気に掛かるところ。近未来要素なしで、現代サスペンスを書かれてもいいのではと思いました。(丸茂)
『秘密組織シャドウと宝剣争奪戦』
リアリティラインやノリが読んでいてつかめず、楽しみ方があまりわからなかった、というのが正直な感想です。(岡村)
『貢がせ嬢と無敵の人』
冒頭、非常に良くなっていると思います。しかしまだ小説の良いところが、様々な要素のなかに埋もれていると思います。たとえば「過去をお貢ぎして」という台詞は本当に心に響きました。そういう登場人物の台詞の強度を、これくらいの強いレベルで維持すれば、マキマさんのような強い魅力があるキャラ立てが可能なのではと感じながら読みました。また改作ではなく、思い切った新作も読みたいです!(前田)
『ソングクエスト』
わかる人にだけわかれば良い、というテイストの小説に見受けられましたが、私にはわからなかったです。(岡村)
『Smells Like Teen Spirit』
麻雀に興味がない読者が興味を持って追えるストーリーかというと微妙、麻雀が好きな読者が楽しく読める事件かというと微妙な印象でした。(丸茂)
『みんなのアイドル、佐度野朝美の疾走』
何度もタイムリープして交通事故に遭う友人を助けようと奮闘する設定は魅力的ですし、ドラマ『ブラッシュアップライフ』的なよさも感じました。しかし、さまざま先行作品があるタイムリープものの中で突出した魅力は感じられませんでした。(栗田)
『ベアウチフル』
主人公の繊細な心情描写と、読者と共に謎を追う展開は本作の大きな魅力です。ただし、20万字という長さに対して独自性や訴求力にやや欠け、物語の核が埋もれている印象もあります。読者視点に立ち、内容の取捨選択と構成力を磨くことで、物語の魅力がより明確に伝わるでしょう。(岩間)
『戦場の傭兵譚』
2024年春にご投稿いただいた作品の改稿をありがとうございました。設定やテーマに惹かれるものがありました。ただ、主人公のキャラクター性がやや弱く、魅力が伝わりづらく感じました。内面描写の加筆は見られるものの、まだ浅く、感情の深掘りが不十分です。加えて、全体的に文章や構成に粗さが目立ち、丁寧な推敲が必要だと感じました。(岩間)
『鬼神-KIJIN-』
丁寧に書いてくださったことが伝わってくる好印象な作品でした。反面、ストーリーが「この展開なら次はこう来るな」という予想の範囲内に小さくまとまっている、既視感があるのがもったいなく感じます。この筆力で、かつ読者の想像を良い意味で裏切るような二重三重のどんでん返しがあれば、もっと面白い小説ができるはずです。(片倉)
『あすなろウインドアンサンブル』
2人の教師の会話からはじまる冒頭は不穏な感じがよく出てますね。吹奏楽部を舞台にした物語でありながら、問題児を主人公に据えた点や音楽の魅力に焦点を当てているのが好印象でした。主人公の2人の他にも、仲間や、教師へすらも優しい眼差しを向けているのは素敵です。ただ吹奏楽部をテーマにした作品はたくさん出てますので、それらを越える特別な魅力がほしいところです。(持丸)
『陰キャ先輩の催眠アプリで友達になるわけがない』
天才野球少年は気になる陰キャ先輩女子のいる文芸部を選ぶのか、それとも野球部を選ぶのか? 物語を進行させるアイテムとして催眠アプリが登場しますが、相手に催眠術をかけるのではなく偶然自分がかけられてしまった点に工夫がありました。会話も楽しかったんですけど、ラノベで賞を狙うならもっとオリジナルな設定かキャラが欲しいです。(持丸)