2024年秋 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会
2024年9月4日(水)@星海社会議室
投稿数は今年最多! この盛り上がりに乗り遅れるな!
投稿作品数は今年最多!
戸澤 第42回星海社FICTIONS座談会を始めていきたいと思います。今回も、受賞候補作が2作あがりましたね。
太田 今回投稿数も多かったよね? 何作だっけ?
戸澤 58作でした! 中には「軍師の本を読んで投稿しました!」という声もちらほら……。
栗田 星海社FICTIONSの軍師を務める編集者・唐木厚さんの『小説編集者の仕事とはなにか?』は編集者に限らず作家を志す方にも役立つ本だと思いますので、担当編集者としては嬉しい限りです。
前田 次世代の星海社FICTIONSを引っ張っていくような作品、ぜひお待ちしています!
繊細な雰囲気作りが光る!
岩間 私からは『ロリポップ・ローティーン』を紹介します。
丸茂 ロリが出てきそう(ロリポップがなにかは知ってます)。
岩間 はい。出てきますね……。ロリポップは棒のついたキャンディのことですが、ローティーンと続くことで、少女が出てくる物語かな? と、タイトルだけみても期待してしまいますよね。一言で表すならば、ヤングケアラーの少女二人が死体を山に捨てようとして、やっぱり思いとどまる話です。
戸澤 「少女」×「死体」の組み合わせ、不穏ですが何か惹かれるところがありますね。
岩間 あらすじを紹介すると、主人公は、北九州の離島に住む中学2年生の少女です。この主人公は神社の娘で、お母さんが亡くなってしまってから、お父さんと二人で慎ましく暮らしています。しかし、お父さんはお酒を飲んで暴力を振るうし、毎日家事に追われるし、学校では孤立するし……と、あまり楽しいとは言えない日々を過ごしていました。そんなある日、これまで島で見たことがない魅力的な美少女が現れます。なんと、この美少女が、主人公の父親が管理するお社に無断で入り、島で行き倒れていた病気の青年を匿っていることがわかります。さらに、この青年は逃亡中の犯罪者だということが判明します。そして、美少女の押しの強さに負けて、主人公は彼女の手伝いをする羽目になります。明らかに危ない雰囲気で、主人公も危険だと感じていながら、誰かに頼られたり、温かい食事をしたりすること、何よりも同世代の友人と過ごす何気ない時間があまりに楽しく、誘われるがまま行動していってしまいます。ただ、この美少女、中学生なのに学校にも行かず、看病のために早朝や深夜にお社に出入りしたりしているわけです。小さな島ですから、しばらくすると学校にも通わずフラフラしている美少女は島民たちから「あの子、怪しくない?」と目を付けられ始めるんです。さらに、逃亡犯の青年の状態がかなり悪くて、看病を始めて数か月経って亡くなってしまいます。絶体絶命の中、二人はこの死体を山に埋めに行こうと計画するというお話です。
持丸 ダークな展開、ドキドキしますね。
岩間 はい。文章がお上手なので、最初から最後までハラハラドキドキ、楽しく拝読しました。登場人物全員に少し悪い部分がありますが、それぞれの行動には理由があるため、どんどん良くない方向に行ってしまっても、憎みきれないというところも魅力的でした。何気ない日常だったり移りゆくヒロインの心情、道徳的なジャッジを下さずに、読者に委ねる絶妙さのようなところに、是枝裕和監督の映画作品のような魅力を感じました。
片倉 かなりの高評価ですが、でも受賞候補作にはならなかったんですね。
岩間 細かいところの甘さがどうしても気になってしまいました。設定や展開の細かい部分が予想できる範囲内にとどまっているので、全体的にあっさりとした印象になってしまうんですね。
丸茂 具体的にはどういうところですか?
岩間 例えば、逃亡犯である青年の正体の設定です。この人が逃亡犯になった経緯も、恋人が飛び出してきた人を誤って轢いてしまって、その罪を肩代わりしているというありふれたものでした。物語が進む中で「驚きの真実」が明かされていくのですが、それも、この作品だからこその驚きではなく既視感のある展開であっさりとしていました。これだけ筆力がある方なので、こういった細かな部分を丁寧に詰めることでさらに完成度が高くなると思います。
太田 乙一さんの『GOTH』みたいな、そんな雰囲気なのかな。
丸茂 少女に追いつめられる話は連綿とあるので、類似の作品を読んでみるのも良いかもしれませんね。
細部まで描ききるための題材選びを!
栗田 私が読んだ『ミリオンハニー Ver.O』は、キャッチコピーが「足りないのはカネと愛とアイデンティティ」です。
太田 全部が足りてないやないか!
栗田 正直、このキャッチコピーを見たときはあんまり期待できないかもと思ってしまったんですが、読み始めたらスルスル読めて、楽しく拝読した作品でした。内容をものすごく簡単に説明します。すごく美形の主人公は、自分の顔にそっくりな「ミリオンハニー」という高性能アンドロイドを作って売っています。彼は伯母からの命令で20億円という年商のノルマが課されていて、ノルマ達成のためにアンドロイド開発に奮闘するのですが、そのアンドロイドとレンタル先との間でトラブルが起きます。
戸澤 ここまでだと、確かにカネが足りていませんね。
栗田 愛とアイデンティティの部分はというと、主人公の生い立ちも影響しているんですね。彼は恋愛や性愛に全く興味がなく、遺伝子操作を受けた出生のため、子どもは持たないと決めています。自分は一応人間だけれど、アンドロイドと違いがないのではないかと自問し続けているんです。
丸茂 SF作品なんですか?
栗田 2040年代の東京を舞台にしたSF作品ですが、サイエンス要素はあまり強く感じませんでした。
片倉 結末はどうなるんでしょう?
栗田 結局年商ノルマの20億円が達成できず、主人公はダークウェブのオークションで売り飛ばされそうになるのですが、競売の主催者と対決してなんとか逃げ出し、彼に恋しているアンドロイドと二人で新たな人生を歩み出すという、明るめのエンドです。主人公は年商20億を達成しなければいけないし、愛情や性愛を感じられないし、アンドロイドと自分の違いも分からない、という意味では、読んだ後に「確かにカネも愛もアイデンティティも足りていないな」と感じます。引きもあるのでぐいぐい読ませてくれるのですが、もう少し大きな山場や驚きがあってほしいなと思い、候補作にあげるには至りませんでした。とても読みやすい文体だったので、ぜひまた応募していただきたいです。
岡村 次に書いてもらうなら、どんな作品が良さそうですか?
栗田 そうですね。現代を舞台にしたものを読んでみたいです。今回、参考文献もつけてくださっていて、たくさん調べて書いてくださったのだとは思うのですが、やや難解さを感じる部分が気になってしまいました。文章そのものの読みやすさは十分あると感じたので、もう少し身近なテーマだったり、日常の謎を描いてみたりしても良いのではないかと思います。
秀逸なアイデアながらも……。
前田 『殺し屋小六は殺せない』は、なんとも惜しいミステリ作品でしたね。面白そうなんだけど、惜しくも面白くない。緻密そうなんだけど、惜しくも緻密じゃない……みたいな。本当に惜しくも惜しい作品でした。
太田 『無能の鷹』みたいなことになってる(笑)。
前田 まさに! 『無能の鷹』感がある主人公設定なんです。ちょっと内容を紹介すると、探偵役は殺し屋なんです。なんですが、殺しが苦手で、行く先々ですでにターゲットが死んでいる。
片倉 設定は面白そうです。
前田 そう。設定はとても面白くなりそうなのですが、面白くしきれていないんです。アイデアをうまく活かしきれていない。孤島にある「3Dプリンターでつくられたホテル」が舞台なんですが……。
丸茂 面白いじゃん、それだけで面白いじゃん!
前田 でも、存分には活きていないんですよ。3Dプリンター自体はミステリの筋に大いに関わりますが「ホテル自体が3Dプリンタでつくられた」というところが活かし切られていない。まったく新しい「館ものミステリ」になり得る設定なんだけど、そこまでは展開されていないなと思った。主人公は「殺せない殺し屋」なので、どこに行くにも所属している組織に協力者をつけてもらうんです。なので、孤島に着いてから、まずは協力者が誰なのかを探す謎解きがあるんです。
片倉 協力者が誰かを主人公は知らされていなくて、そこから探さなければいけないんですね。
前田 そうなんです。さらに、協力者が主人公より先にターゲットを殺してはいけないというルールがあるんです。なので、組織からヒントを貰いながら協力者を探します。例えば「髪が長い人」とか。ここで主人公はずっと協力者を勘違いしてしまうんです。髪が長い人は一人だと思っていたら、実はもう一人髪が長い人がいたという。ネタばらしをすると、この協力者はヘルメットの中に髪をしまっていたから分からなかったというオチなんです。
片倉 思ったよりオチが小さい!
前田 そうなんです。アイデアは良いんだけれど、提示が上手すぎて回収のハードルが上がってしまっている悩ましい作品なのです。謎解きも、◯◯◯◯が使えた人が犯人で……というように、オーソドックスな消去法がメイン。もうすこしひねってあると嬉しい。ただこの作者の方はしっかりとした実力があると感じます。
栗田 以前、2023年秋の座談会でも取り上げたことがある方ですね! その時も落ちこぼれ皇子が主人公でしたし、無能系の主人公がお好きなのかな?
丸茂 聞いている感じ、もっと面白くできそうだよね。
片倉 起承転結の「起」はとても良いから、ぜひ頑張ってほしいですね。
前田 まさにその通りです。現状のネタからさらに面白くできると思うので、ぜひこのネタで書き直してみてほしいと思います。
最後まで楽しみたい!
戸澤 私からも1つ紹介したいです。『【金こそパワー】ITスキルで異世界にベンチャー起業して、金貨の力で魔王を撃破!』です。
丸茂 やっぱり長文タイトルって、どんな話か一発でなんとなく分かって良いね。
戸澤 内容は、本当にタイトル通りではあるんですが、主人公は異世界転生した元IT企業勤めのエンジニアです。転生時に付与された特殊スキル「IT」を持っているのですが、使いどころが分からず役に立たないから、という理由でパーティを追い出されてしまいます。
片倉 確かに、異世界のITって何をするんでしょう。
戸澤 このスキル「IT」というのは、いわゆるデペロッパーツールのようなものを使って魔方陣を自在に組めるようになるというスキルなんです。パーティを追い出された後に発覚するんですが、途方に暮れる中で試しに作ったテトリスのようなゲームが、ひょんなことからバカ売れするんです。最終的にはどんどんビジネスを大きくして法人化し、国一番の大富豪になります。恐らくこの作者さんはAppleがお好きで、ジョブズの名言が章タイトルになっていたり、会社名が「Orange」だったりするんですよ。
片倉 異世界ジョブズ。
戸澤 まさにそうですね。ここまで色々なストーリーがありながらも、綺麗にまとまっていてサクサク読めるんですが、ここから失速してしまうんです。
栗田 たしかに、国一番の大富豪になったんですもんね。この先はどう展開するんですか?
戸澤 この先は国政に関わっていったり、魔軍と戦ったり……最終的には宇宙の秘密を知ってしまう、というように、爆発的にスケールが大きくなっていくんです。
岩間 ベンチャー企業からどんどん離れていきましたね……。
戸澤 後半はどうしても大味な感じがありました。ITは登場するものの活かしきれていない印象で、後半に関してはスキルが「IT」でなくても成立してしまう内容だったと思います。前半でITならではの面白さで勢いがついていたので、最後まで活かしてほしかったです。全体の分量としてはちょうど良く収まっていて、文体もとても読みやすかったので、作品の面白さの軸をブレさせないというところを、より意識してみてほしいです。
本格ミステリとB級グルメは、混ぜるな危険?
戸澤 丸茂さんの『B級グルメコンサルタントディテクティブ』もかなり気になりますね。
丸茂 これは我々の領分の話でしたよ、太田さん!
太田 そうね、我々はグルメコンサルタント漫画を非常に愛好しているからね! 『らーめん再遊記』を筆頭に!
丸茂 なので『らーめん再遊記』のB級グルメ版を期待して読み始めましたが、どちらかというと『ラーメン店の殺人』って感じのストーリーでした。ラーメン店の試食会で殺人事件が起きます。
前田 グルメコンサルタントが探偵役っていうことなんですね。
丸茂 プロのコンサルタントではなく、B級グルメ好きの大学生ですけどね。
太田 『喰いタン』じゃん! 君たち『喰いタン』分かる?
戸澤 分からないです……。
太田 なんと! 食いしん坊探偵、略して『喰いタン』! めちゃくちゃ面白いんだから!
岡村 僕たちの世代はドラマで見ましたね。懐かしい。
丸茂 先ほど出た『らーめん再遊記』も、課題解決型のお話なので、何が問題でどういう解決を提示するかというところは、基本謎解きミステリと同じ構造なんですね。この基本をしっかりやっていれば、それだけで十分面白さを提供できるはずなので、特別に殺人事件を起こす必要性はなかったんじゃないかと思いました。
太田 でも我々は、カレーラーメンとか好きじゃない? ハンバーグスパゲティとか。好きなものと好きなものを掛け合わせたら、めちゃくちゃ美味しいかもしれない。それこそが「新しい様式」かもしれないよ? 可能性は感じるんだけどな……。
丸茂 うーん。そもそも本格ミステリというのは、ノーブルで上品なものが好まれるという前提があると思うんです。
太田 ヤクザは出してはいけないとかね。
丸茂 そうそう、だからB級という字面は本格ミステリとは相性が悪いと思うんですよ。書き方によっては、可能性はあるのかもしれないですけどね。今回に関しては、あまり相性の良くないものを混ぜてしまっていると思いました。混ぜた結果、新たな味が生まれて美味しくなっているかというと、カレーとラーメン別々に食べた方が美味しかったかも、という感じです。
片倉 殺人事件にB級グルメは絡んでこないんですか?
丸茂 絡んでないわけでは無いけど、メインは大学生が殺人事件に遭遇して解決する話なので。このタイトルなら連作短編形式でラーメン店の試食以外にもいろいろ行ってほしかったですね。そしてB級グルメ好きの大学生たちがそんなに殺人事件に遭遇することを期待されるかというと、どうだろう……語り口は良かったので、もっと人が死なない現実味ある謎解きや課題解決のほうが相性いいのではと思いました。
医学部出身、大型新人が登場⁉
片倉 僕が読んだ『吊された白衣』は大学が舞台のミステリで、いうなれば『白い巨塔』のような作品でした。著者の方がユニークで、大型新人といいますか……。
太田 大型新人、というと?
片倉 既にプロとして商業出版をされている大学の先生なんです。人類学の専門家として、発掘物から古代人類史を科学的に解き明かす本を出されています。
太田 めちゃくちゃプロだ! なるほど、小説家としては新人ということだね。気になる。
片倉 話の主人公は大学の准教授で、友人の准教授が教授選の日に首吊り死体で見つかる事件が起きます。
太田 面白いじゃん!
片倉 主人公は自殺の理由を解明していくんですが、捜査の中で科研費の闇やアカデミックハラスメント疑惑が明らかになっていきます。大学の村社会的な質感がリアリティたっぷりに描かれていて面白かったです。
持丸 いいですね〜! 面白そうです。
片倉 途中までは面白く読めたんですが、読み進めるにつれてストーリーの淡白さが気になってしまいました。この小説をミステリの分類でいうと、自殺の理由を突き止めていく「ホワイダニット」ですが、誰も他殺の可能性を疑うことなく話が進んでいくんです。例えば、もし自殺か他殺かが分からないから真相を探っていく話にしたら、それだけでスリリングさが増しますよね。そういう次の展開を読みたくさせる工夫がもっとほしかった、惜しい作品でした。
太田 結局自殺だったの?
片倉 自殺でした。
丸茂 自殺なんかい‼
片倉 真相はよくある人間関係のしがらみです。事件が二転三転する、手に汗握るような感じがないのが残念でした。
前田 ドキュメンタリー的な良さはどうですか?
片倉 ドキュメンタリー的なものを書く才能はおありだと思います。アカデミズムのどろどろ感や閉塞感の描写はとてもリアルで、客観的視点は感じました。ただ、それだけで良い小説になるかというと、小説1冊分、10万字読むとさすがに飽きるから難しいですよね。
丸茂 どうだろう、「宗像教授」シリーズみたいな作品を書いてもらったら面白いかな?
片倉 それができたら面白そうなんですが、作品を読んだ限りでは研究者らしい実直な書きぶりで、大きな嘘をつける方ではないような印象を受けました。
持丸 今回の作品では大型新人ならず、というところですかね。
世代を超えて熱狂させられるか?
戸澤 ここからは、候補作ですね。持丸さんから2作あがっています。まずは『超越国大戦』から見ていきましょう。
持丸 とても面白い作品でしたよ。キャッチコピーは「レンジャーが怪人との戦闘中に遭遇する本格ミステリ」。超越国という国で、バーマウ、人民防衛軍、鬼頭軍、第六機関、ボーリョック帝国という5つの勢力が戦っています。初めは「スーパー戦隊シリーズ」のパロディーかなと思いながら読み始めたんですが、読んでいくと色々な要素が入っているということに気づかされてしまって……。
丸茂 色々な要素というと、例えばどういうものでしょう?
持丸 まずは、戦隊レンジャーものの楽しさですよね。レンジャーの一人ひとりが異能力(必殺技)を持っているので、異能バトルが楽しめます。そして、争いの発端から数えると、70年から90年間の歴史を描いているんですが、ベトナム現代史をトレースしているというのが見えてくるんです。
太田 超「越」国だもんね。
片倉 ああ、越南の「越」でしたか!
持丸 そうなんです。風刺が利いた歴史SFとして琴線に触れるものがあったんですね。特に良いなと思ったのは、戦隊にテレビ撮影のクルーが密着して(プロパガンダとして)戦闘の様子をお茶の間に届けているところです。現実世界でも湾岸戦争のとき、ビデオゲームの中の戦争と評されたわけですが、それに近い白日夢みたいな非現実感がありました。
戸澤 レンジャーと怪人の攻防、私は少し混乱してしまいました。
持丸 この作品では、みんな自分たちを「戦隊レンジャー」と呼び、敵を「怪人」と呼んでいるんです。それぞれの陣営が交互に出てくるので混乱しますよね。それも面白い要素かなと思っていて、敵と味方が曖昧になっていく不気味さが出ています。みなさんは読んでみてどうでした?
前田 僕は、実はあまりスルスルとは読めなかったです。時系列が飛ぶ仕掛けを、その意味合いや繋がりと検証しながら読むことはできていないです。この時間を飛ばすところにも、なにかベトナム戦争に引っかけた意味があるんでしょうか?
持丸 ベトナム戦争の帰趨を決する分岐点をもれなく入れたかったんだと思います。正義と悪の見分けがつかなかったり、非対称戦争だったり、この作品にとってベトナム戦争は魅力的なモチーフだったと思いますね。
丸茂 綿密に練られた作品ですね。つまり、ベトナムをモチーフとした架空歴史小説としての側面があるということですね。
片倉 さらっと読んだ感じ、一発ネタ的な小説なのかと思ってしまいました。
太田 年齢によってもこの作品の読み方や受け取り方は変わるんじゃないかな。持丸さんにとってのベトナム戦争は、人生の中でかなり大きな出来事だと思うんです。ベトナム戦争の頃って、おいくつくらいでした?
持丸 中学生のとき、新聞部が「ベトナムに平和を」みたいな見出しの記事を出していたのを覚えています。
太田 やはりその年代差がわれわれの温度感の違いに繋がっているのかも。持丸さんの世代の人からすると、この小説は生々しいライブ感のある話。でも、70年代生まれの僕にとっては、ベトナム戦争は遠い話に感じてしまう。ましてや僕より年下の世代には、もっとリアリティのない話なんじゃないかな。
岡村 確かに、歴史上の話ですね。
太田 そうだよね。だから、候補作にあがったときは正直意外な感じがしたんだけれど、この作品が持丸さんに刺さったというのは、すごく納得できる。30年後にウクライナ戦争がベースになった作品を読んだら、きっと心が締め付けられる思いがするというのと同じだね。
前田 恥を忍んで言うと、僕はベトナム戦争を元ネタにしていることに、最後の方まで気づかなかったです。
丸茂 笠井潔さんの『ヴァンパイヤー戦争』とか、あの時代の伝奇を読んでいたら気づきやすいかもね。
前田 例えば冒頭に地図があって、それがベトナムの形をしている、みたいなヒントがあったら少し違うのかもしれません。
太田 確かに。本の作り方次第では、この人が目指したところに若干近づくことはできるかもしれないけれども、しかし万人が楽しめる作品になるかというとそれは難しいと思うな。
丸茂 ベトナム戦争の知識がなくても楽しく読める作品であるべきではありますね。
太田 そうそう。題材自体、今問う話かというとやはり疑問だし、頑張っていることは伝わるけれど、編集部の反応を見る限り成功できていないと思う。一つの要因としては、仕掛けがうまく機能してないことだね。仕掛けそのものとしてはよく出来ているんですけど。
岩間 仕掛けですか?
太田 戦争って、各々の正義のぶつかり合いでしょう? だから、全員「正しい」んです。そこで「正義って何?」となったときに、日本でいう正義のヒーローの保守本流は戦隊ものなんだよ。
持丸 戦争の正義と悪に対する批評でもあるんです。テレビや催事場のステージでおなじみの戦隊レンジャーを使ってるところにも意味があります。ちなみにスーパー戦隊シリーズは現在まで約50年近く続いていて80か国で放送されているそうです。
太田 うんうん。日本のポップカルチャーを使った批評ですね。
丸茂 ベトナムが舞台なのに、なぜ日本の要素を掛け合わせたんだろう? と思ってしまいます。逆に、正義のぶつかり合いを日本的な価値観で表現したかったのなら、ベトナム戦争じゃなくても良かっただろうし。
太田 丸茂さんが言いたいことも分かるよ。でも、この作者さんは年齢としてはお若いけれど、なぜかベトナム戦争に対する深い理解があって、思い入れがあるんだと思うんです。
丸茂 うーん。だったらベトナムの史実の方が面白そうだなと思ってしまうなぁ。
岡村 かと言って、ベトナムの史実をそのまま書いても難しいと思う。
丸茂 やっぱり、レンジャーで表現するっていうところが引っかかります。
太田 僕は、それはありだと思う。この作品においては残念ながらうまくいってないだけの話で、仕組み自体は大いにありだと思うよ。
丸茂 レンジャーと怪人という仕組みを、トリックとして使うことはできると思います。また本格ミステリの気質の話になってしまいますが、本格ミステリにするならば、レンジャーは合わないと思います。これは感性の問題でもあるけれど、例えば「人間対吸血鬼」だったら、もっと本格ミステリっぽさが出ると思うんです。
岡村 この作品、キャッチコピーで「本格ミステリ」と謳っていますが、本格ミステリなんですか?
太田 本格ミステリではないね。世界が逆転する仕掛けとして、実は全員が◯◯◯〇◯だったというのはあるけれど。この作品は、本格ミステリにしなくても良いとは思う。
片倉 もう一つネックなのは、キャラクターが多すぎてだんだん誰が誰だか分からなくなってくる点ですね。レンジャーと怪人との混乱以前に、色々なレンジャーが次々と出てきては消えていくので、色々なキャラについて「結局誰だったっけ?」という印象で終わってしまいます。
太田 そうだね。何度も言うけれど、僕は構想自体は非常に良いと思う。日本のポップカルチャーの中で正義とは何かを考えたときに、ずっとブレない戦隊ものを持ってくるのがベストではある。
丸茂 うーん。そこまで読み取れるかなぁ……。
戸澤 ここは年代差や性差もあると思います。私個人としては、戦隊ものにあまり触れてこなかったので、いまいち分からないというのが正直なところです。なので、馴染みのある「プリキュア」や「セーラームーン」みたいな感じかな、と置き換えて考えてみるものの、ざっくりと「子ども向けに道徳を教える作品」という認識なんですよね。
太田 いやいや、もちろん始まりはそうなのよ。でも90年代に入ってね……。(レンジャーの変遷談義が続く)
片倉 レンジャー、奥深いですね……。それでも、レンジャーを小説でやろうとすると、どうしてもくだけた作品になってしまうんですよね。
太田 うーん。全員に正義があって、時系列も重ねて作るとしたらベトナム戦争は良い題材だし、正義とは何かを日本のポップカルチャーで描くのなら、戦隊ものしかないとは思う。この仕組みがうまく作用していたら、そのくだけた感じも内包できるものになっていたかもしれない。
丸茂 むしろ、それが「正義と正義がぶつかって戦争なんておかしい」という批評としても作用するかもしれませんね。
太田 残念だけど、現状ではそれが実現できる水準には到達できていないなと思います。あとは名称も気になる。ボーリョック国とか、絶妙なダサさ、ちょっと馬鹿っぽさが出てしまうのは僕は好きなんだけどやっぱり良くないと思う。本当に残念ながら、受賞は難しいですね。
「ファンタジー」×「超長編作品」はやはりハードルが高い!
戸澤 いやはや、白熱しましたね。候補作はもう1作ありますよ。次も持丸さんからの推薦、『女神の国の物語』です。
持丸 この作品、原稿用紙1288枚、50万字超の超大作でとっても長いんですが、面白いから、2日で読めました。
丸茂 それでも2日かかってますね……。
持丸 どんな話かというと、ここは女神が君臨し精霊や魔術が飛び交う「神国」。孤児だった少女は田舎から首都へやってきて、女神に連なる一家の養女として育ちます。ある日彼女の義母が暗殺されて首都を脱出。旅を続けながら自分の出生の秘密、迫害され続けてきた「境の民」の存在、義母を暗殺した組織が生まれた背景、女神の化身の真実を知ると神国の革命を志すようになります。少女は4つの神器を集め、祖母殺し、母殺しを果たし、世界に安定を取り戻すというお話。少女は騎士団や民衆を率いる英雄でもあります。
戸澤 学園生活、事件、旅路、革命と、それぞれしっかり分量があって、かなりボリュームのある内容ですよね。
持丸 そうですね。よくあるファンタジーものかと思って読み始めたんですが、いざ読み進めてみると、隅々まで神経が行き届いた気持ちのいい文章で、それだけで高評価です。ファンタジーでは珍しいと思うんですが、母娘の葛藤を描いているあたりに現代性を感じます。
丸茂 なるほど。
持丸 もちろんとても長いので、長いというのは良くも悪くも一つの特徴だと思います。それで、『指輪物語』『風の谷のナウシカ』『ナルニア国物語』など、色々な匂いがしたんですよ。事件も解決するので謎解きミステリの要素もあるし、学園も出てくるので『ハリー・ポッター』の要素もある。
丸茂 僕は「小説家になろう」に投稿するにしては、縮約されすぎている「なろう小説」という印象を抱きましたね。
岡村 そう? 僕はなろうっぽさは全然感じなかったけど。
丸茂 異世界転生こそしていないけれども、ファンタジーとしてオーソドックスなつくりだなというニュアンスです。
持丸 そりゃフォーマットの手つきは目に付くでしょうけど、補って余りある文章のきれいさは特筆したいです。ここぞというところで名セリフを決めたり、適切な箇所に涙腺決壊ポイントを置いたり、なかなかできるものではありません。(長いけど)良い作品だなあと思ったんです。ただ、目新しさがないところがね……。
片倉 ウェルメイドだな、という感じですか。
持丸 そうなんです。
太田 ファンタジーは、なんとなく書けちゃうという利点と欠点があって、味噌ラーメンみたいなものなんです。味噌ラーメンってのはそもそも味噌そのものが美味しいから、どうしても美味しくなってしまうわけ。塩とかは作るの大変なんですよ。僕、一回もラーメン作ったことないけど……!
栗田 ここだけB級グルメディテクティブ……!
太田 塩は「なんかこれ違うな」というのが顕著なのに対して、味噌ラーメンは「美味しくない」があまりないと思うんです。ファンタジー小説も味噌ラーメンと同じで、ある程度書けちゃうし読めちゃう。基本美味しいものだから、飛び抜けているところがあるかどうかというところは疑問ですね。
持丸 たしかに、SFやファンタジーのジャンルで世に出てくる人って、すごい作品でいきなり出てきますからね。荻原規子さんとか、佐藤亜紀さんとか。そういう作品と比べてしまうと、物足りなさはあります。それと、これは応募作全般に言えることですが、タイトルが凡庸です。みなさん巨匠がつけるようなタイトルをつけてくる。新人らしいタイトルってあるんですよね。
丸茂 異世界ファンタジーで攻めるのならば、今は2パターンのどちらかだと思うんです。ひとつは直近の人気作品だと『レーエンデ国物語』のような、非なろう系ファンタジー。もうひとつは、「小説家になろう」を中心としたゲーム的異世界ファンタジー。この作品はどちらかと言うと前者なんだけれど、前者にしては物足りない。かといって、後者と戦うにしてはフックがないと思うんです。
片倉 物足りなさはどうすれば解消できるんでしょうね。
太田 やっぱり、何か1つ大きな仕掛けでしょう。
丸茂 コンセプトでも、ドラマでも良いと思うんですが、「このお話って何が一番面白いの?」というところが弱いですね。
片倉 個人的にはスルスル読めるけれども推進力はあまりない印象です。立ち読みだったら途中でやめてしまうかな。
丸茂 持丸さん、この作品の一番の読みどころって何だと思いますか?
持丸 原稿の最後に設定資料が付いてるんですが、地理、自然、通貨、暦、神話など、全編にわたってよく作り込まれているところです。とくに魔獣の住まう生態系などの細部は魅力的でした。場面としては、一番良いところが最後の最後に出てくるんです。この作品の第4部、大きな戦争のパートなんですが、攻城から、騎士や魔術師たちの乱戦、中ボス戦、ラスボス戦まで、ボリュームも密度も十分で読み応えがありました。
片倉 しかし逆に言うと、最後の最後まで来ないとその楽しみが味わえないのが難点とも言えてしまうんですよね。
持丸 もちろん、ページターナーな細部があるから最後まで行くんですけど、みなさんそこまで行けなかったのかな。
丸茂 ファンタジーは難しいよなぁ。国内のファンタジー市場が、なろう系以外はかなり小さいから。
太田 えーっ、でも『レーエンデ国物語』は大ヒットしてるよ。
丸茂 多崎礼さんの作品は、『レーエンデ国物語』以前からずっと面白いんですよ。ほかの作品だって『レーエンデ』くらい面白かった。そのなかで『レーエンデ』は、出版社の宣伝、押し方がうまく作用して、一際目を惹く大ヒットに繋がったと思うんです。
太田 なるほどね。売れるかもしれないファンタジー作品はたくさんあっても、作品のみの力でドカンと売れる状況でもないということだね。
戸澤 ここまで分量にあまり触れてきませんでしたが、私は分量の多さに苦戦しました。原稿用紙1288枚……。
丸茂 なんだ〜。南海遊さんの『傭兵と小説家』+たったの200ページじゃないですか!
前田 そうですよ、先日新装版を刊行した、清涼院流水さんの『コズミック』と『ジョーカー』を足したくらいですよ。
岡村 どれも規格外ですよ。具体的な厚さをイメージすると、めまいがするな……。
片倉 その分量を読みたくなるほど面白いかというと、ちょっと弱いかな。
戸澤 やっぱり長くなると、その分ハードルも上がりますね。
太田 そうね。あとは非常に夢のない話になってしまうけれど、長い作品はどんどん売れにくくなっているね。本の値段も日々、どんどん高くなっているし、ページ数が多ければそれだけさらに値段も上がってしまうからね。さらに無名の新人の作品となると、分厚くて価格も高い作品を出すっていうのは基本も応用も難しい。あの京極夏彦さんの『姑獲鳥の夏』みたいな、規格外の作品の前例があるからこの賞は枚数無制限にはしているけれど、相当不利になると思っておいてほしいな。新人に限らず、いくらお金を出しても買いたいと思うような作品や、初版から部数がたくさん刷れる作品ではない限り、長い作品で売れる作品というのは難しい。
前田 具体的な数字だと分かりやすいかもしれません。『コズミック』と『ジョーカー』を単純に足すと、6000円くらいになるわけです。新人賞のデビュー作品で、6000円払って読むというのはかなりの難しさだと思いますね。または、本来その値段で売りたいけど読んでほしいから……と価格を抑えてでも出したくなるような作品。50万字の原稿というのは、そういうハードルの高さになりますね。
岡村 それでも、まれにそんなことがどうでも良くなるくらい面白い作品が来るんですよね。南海遊さんの『傭兵と小説家』がまさにそれでしたけれども。
栗田 『傭兵と小説家』のときは、出版のときにページ数を減らしたりはしなかったんですか?
岡村 減らす余地はあったけど、できるだけそのまま出したかったんだよね。今送られてきても出すと思う。あの値段ではもう出せないけど。
太田 当時の藤崎社長が九州男児の男気で安くしたんだよね……。他社では無理だと思う。
栗田 この方に、10万字で短い話を書いてくださいって言ったらどうでしょう?
持丸 長編第1作は1冊のイメージで(外伝を構想してみるとか)。
岡村 きっとこの文字量だったから、うちに送ってきてくれたんでしょうけどね。
持丸 長いんですけど、読んで良かったと思えた作品でした。
2024年の新人賞は次がラストチャンス!
太田 残念ながら今回も受賞者はナシ!
栗田 やはり、作者さんにとっても小説家デビューになる大切な作品だと思うので、ぜひ諦めずに書き続けていただきたいですね。
太田 小説の書き方本も出たしね……!
前田 はい! 8月に星海社新書から、太田忠司さんの著書『読んだら最後、小説を書かないではいられなくなる本』が出ました!
太田 コラムに載ってる実践例の小説、前田さんが書いたんでしょ?
前田 タイトル通り、読んだら書かないではいられなくなりまして……。でも太田忠司さんの考え方に愚直に従ってみたら、僕の場合はするすると書けてしまったんです。これから書いてみたいと思っている人はもちろん、ずっと書いているけど基本に一度立ち返ってみようという人にもぜひ読んでいただきたい一冊です。
栗田 太田忠司さんの著書もぜひ読んで、作品づくりに活かしていただけたらうれしいですね。みなさまのご応募お待ちしております! 次回の締めきりは12月2日、2024年最後のチャンスですね。
戸澤 最後に、本新人賞では紙ではなくデータをメールに添付しての原稿投稿をお願いしています。ご投稿の際には、応募規定を今一度ご確認いただければと思います。
1行コメント
『淵上冥と不可解なセカイ』
SFとミステリを融合させた特殊設定ミステリです。作品のオリジナリティは確かに存在するのですが、作品の「どこ」にオリジナリティがあるのかを探すのが読者目線ではやや苦労しました。つまりやりたいことが「てんこ盛り」でまとまりを欠く印象に繋がったのですが、第1章の設定の提示をよりコンパクトにしたり、設定のネーミング(「局所現実」「セカイ」etc.)に一層のオリジナルな統一感を持たせていただくと作品の強度が高まると思われます。(前田)
『Outsider ~こうして俺は美少女と死体を担ぐことになった~』
視点が入れ替わりながら進んでいく構成で、語り口や内容から視点人物を読み解かせるのは面白さもありますが、読みにくくも感じました。視点となる人物をもう少し絞ったり、もう少し分かりやすいヒントを入れ込むなどしていただきたいです。#000とラストが繋がっている点は良かったですが、#000はやはり突拍子がなく感じ、「なるほど、こう繋がるのか!」という驚きや納得感が薄かった点は残念です。(戸澤)
『サマーソルト』
爽やかで甘酸っぱい描写をしっかり書けていたのは良かったです。ただヒロインが思い出を売った以降の内容が、期待を超えるようなものではなかったです。(岡村)
『闇の児童相談所 ―光の章―』
おもしろい題材だと思いますが、重い内容とキャラクターの戯画的なテンションがミスマッチだった印象で、「本当にこういう組織がありそう」と思わせてほしかったです。(丸茂)
『ゾンビの眠る丘で』
ゾンビウイルスに感染しやすい「夜行性」症の少女が治療薬開発の秘密任務を帯びた青年と出会います。青年は少女を守って死ぬというタイタニック型のラブストーリーです。「夜行性」や「路地裏プラネット」など、メインとなる設定がふわっとしてましたね(印象に残らない)。それとゾンビものなら、主人公たちを追い詰めるゾンビの活躍をもっと描いてほしいです。(持丸)
『キラーB』
スズメバチ密室という一点突破のフックは悪くないのですが、貴志祐介さんの『雀蜂』と比べると地味だな……と思ってしまいました。(丸茂)
『ワンサイデッド・ラブストーリー』
いわゆる異能バトルものですが、冒頭で作中の世界観を魅力的に提示することに失敗しているきらいがあり、作品を読み進める推進力が今一つでした。(片倉)
『リトライ&リバース&リサイクル』
蘇生能力を持った多重人格の主人公が好きな女の子に何度でも殺してもらえる権利を得るハッピーエンドというアイデアが面白かったです。一方で展開がやや遅く冗長で、せっかくのアイデアが活かせていない印象です。また、意図的な文字化け、語り部を登場させる演出の効果も伝わりづらく残念でした。(岩間)
『紺青ヨリ来ル』
参考文献もあり、1200年代当時のことを調べた上で書いてくださっているのだと思います。しかし、地の文が淡々として説明っぽさが強く、仲間や主人公本人の死の描写にも読んでいてあまり感情が動かされませんでした。(栗田)
『ラバーマッチ・ドッグ』
作中で起きていることはちゃんと分かります。ただ味方側も敵側も人物が画一的な印象でした。驚きや意外な魅力を提示していただきたいです。(岡村)
『ウェンディゴ島の殺人』
完成度が高く、面白く拝読しました。ただ、これまでのご投稿に比べ全体的にややあっさりした印象で、ご投稿者さまだからこそ書ける要素が物足りないと感じました。目の肥えた読者さんに向けて渾身のデビュー作を届けましょう。次回作に期待しています。(岩間)
『右側に置かれた脇息』
平安時代を舞台にした歴史ミステリとして確かな筆力を感じました。ただし脇役である安倍晴明が主人公である藤原道隆や親友である藤原義孝より魅力的で、逆に言うと主人公が今一つ地味でした。主人公を魅力的に、キャラを立たせることを意識していただくともっと良くなるはずです。(片倉)
『ネバーランド』
「行きて帰りし物語」という定番を踏まえるのはいいのですが、この作品ならではの印象に残る物があるかと言われると微妙でした。(丸茂)
『なぜ彼女はギャルなのか』
学園ミステリとして読みやすく、キャラも立っています。今回の物語の大きな軸は「ミスコンを復活させる」というところにあるのですが、現在ではミスコンは中止になったり形を変えているところが多く、いまの時代に合った物語にする工夫や取材がほしいと思いました。(栗田)
『メルヘン・ヴェルト ~世界に童話を~』
文体や登場人物の描写・会話がライトな印象です。とっつきやすいのは良いのですが、それが小説として魅力になっているかというと、そうでもなかったです。(岡村)
『ナイトメア・ドリーマー 朝焼け色に呪われた学園』
悪夢の描写がリアルで、ハラハラしました。赤音と生徒たちの軽妙なやりとりや、生徒それぞれのキャラが立っている点がとても良かったです。一方で、事件とボクシングと青春と……と盛りだくさんの要素がバラバラに点在していて、アンバランスな印象でした。(戸澤)
『宇和島応援隊』
「不登校」や「SNS」「地方創生」といった超現代的なテーマに取り組んだ作品です。私が押しきれなかったのは「青春もの」ならではの文体にまだ到達していないように思われたからです。やはり青春ものであるからには、読者も若い方を想定したいところ。たとえば「五月蠅い」は「うるさい」に開いたほうが良いのでは……などなど。文体を平易にしつつも強度のある演出をするというのが、このジャンルの鍵だと思うのです。(前田)
『ノエル・ドウデシムス』
神経の行き届いた原稿作りと、ハッとするフレーズがちりばめられていた点がとても好印象でした。モナ、ブランツ、タウトが鼎立するシーンも迫力があり、余韻の残るラストが素敵でした。一方で、中盤はそれぞれの登場人物への思い入れは感じるものの、淡々として起伏が弱い印象でした。(戸澤)
『量子言語の呪い』
現代国際情勢や量子コンピュータなどに興味がある人にとっては面白いのかもしれませんが、そうでない人でも楽しめる内容にはなっていない印象です。登場人物同士の会話のテンポはとても良いです。ただ、セリフで説明させすぎなところが気になりました。(岡村)
『人狼口碑 --cloaked curse--』
ストーリーの起伏が弱く、起承転結の「転」にあたる驚きや意外性があまりなかったので、中盤以降が中だるみしてしまっていました。(片倉)
『鳥に追われる』
まだ誰も読んだことがない作品を書くぞという気概を感じる作品でした。不穏な雰囲気の醸し出し方が魅力的でドキドキしながら拝読しました。ただ、残念ながら物語に新味は感じられませんでした。(岩間)
『電子の織りなすその夢は人の希望となりうるか』
文章も話の展開も、良くも悪くも書き手にとってマイペースな印象でした。「読み手がここで読むのをやめてしまわないか」という意識はしてほしいです。(岡村)
『かそうとし。』
特殊な設定でありながら、それぞれのキャラクターの生々しさを感じるエピソードに魅力を感じました。ただ、物語全体としては散漫な印象です。主人公を絞った物語にも挑戦していただきたいです。(岩間)
『かたつむりの愚行権』
「そこそこ可愛い子であるし、お近づきになりたくない訳ではないが、自分から努力してまで仲良くなりにいこうとまでは思わない」という同じ予備校に通う女の子に、「逃げちゃわない?」と誘われた主人公がデートしちゃうまではわかるのですが、生活を捨てて彼女と逃避行するまでの動機に納得感がなく、物語に入り込めませんでした。(栗田)
『剣の鼓動は無窮の空に鳴り響く』
母親による虐待によって妹が殺されてしまったことをきっかけに、目的を持って剣道をしてきた主人公の変化を面白く拝読しました。ただ、起こる出来事、筋立てに既視感があり新鮮さに欠けました。次回作はご投稿者さまの作品だからこそ読める展開に期待します。(岩間)
『九尾の間は乱に躍る』
読者に馴染みのない1000年前の並行世界を舞台に設定しているので、映像が頭に浮かぶような情景描写を増やしたり、冒頭でもっと主人公のことを読者が好きになる工夫をしてほしいと感じました。(栗田)
『携帯遺跡と革命のパズル』
言語解析ファンタジー? 読者になにを楽しんでもらおうとしているのか、よくわかりませんでした。(丸茂)
『君が変して ~Mother & Daughter~』
主人公が少女、母親に愛着を抱いていく様子に心温まる作品でした。テンポ良くお話が展開していくので、読み進めやすかったです。主人公の毒舌キャラは魅力的ですが、不快感が強く、これ必要なのかな?と思う表現がちらほらあるため、うまくバランスを取っていただきたいです。(戸澤)
『白銀譚――怪異の王と白い夢』
死と記憶喪失という大きな驚きがあり、引き込まれる冒頭でした。最後の戦いで、主人公はトドメをさすことなく決着するわけですが、さらに盛り上がる山場がほしいと感じました。(栗田)
『廻り続ける透明ウィール』
主人公が目覚めたら突然幽霊になっていた、というシーンから始まる幽霊たちの群像劇でした。登場人物の心情描写がていねいに描かれている作品ながら、最初の「気付いたら幽霊になっていた」というやりとりが予定調和的でリアリティが薄く、セットアップでつまずいてしまった印象です。(片倉)
『レッド殺人事件』
レンジャーものでミステリというのは、意外な組み合わせでした。描きたい背景や設定がたくさんあることが伝わってきましたが、書きすぎていてくどくなってしまっています。ジャミンガーのキャラの軽さが悪目立ちしている点も気になります。また、文章については、全体を通して違和感のある表現や長すぎる文などが多く、改善の余地ありだと思います。まとまりで読み返したり音読したりして、違和感がないか確認してみてください。(戸澤)
『誘拐婚 アラ・カチュー』
貧困にあえぐ中卒フリーター女子が誘拐され、見知らぬ異国(異世界)で無理矢理結婚させられそうになります。異世界ものの「型」に、「誘拐婚」という習俗を組み込んでいるわけですが、さほどオリジナリティは感じられませんでした。(中央アジアの国で今も行われている)誘拐婚アラ・カチューは題材としても前向きに評価しづらかったです。(持丸)
『不完全な手紙』
男39歳と女19歳の恋人同士が手紙のやりとりをする書簡体小説です。書簡体小説は告白の内容がキモであり全てでもある形式ですが、二人の手紙は奇矯な男女のディスカッションのように読めてしまうのが不満です。とはいえ、あれほど盤石と思われた20歳差カップルの関係がいつのまにか変わってしまうこと、闖入者たち(の書簡)が唐突に登場してくるのは小説的で面白かったです。(持丸)
『どことなく青色』
ヘビーなテーマに軽やかな語り口。若い方からの投稿であることを喜びつつ、そういった先入観無しに拝読しまして、この「自殺suicide」というテーマの扱い方にどこか80〜90年代的な懐かしさを良くも悪くも感じたのは、私の主観の偏りによるものだけではないと思います。林道郎さんの『屋上に佇んで』という優れた批評があり、インターネットで調べれば無料公開されているので、ぜひ見てみてください。その上で、「このテーマで、2024年に問うべきオリジナリティはここだ」というのをより鮮明にみせていただきたいです。たとえば金子玲介さん『死んだ山田と教室』は研究対象となるはずです。(前田)
『お鷹と鯨の物語』
本格的な大河小説の投稿をいただきありがとうございます。調査と知識に裏付けられた労作であり、2巻〜4巻分が想定されるような分量が出版的には難題ですが、すごい読み応えです。推しきれなかったのは「お鷹の一代記」としての作り込みには改善の余地があると思われたからです。冒頭、第3幕の文化十二年のところまでに、すでに分量が割かれています。しかし「一代記」としてつくる場合、冒頭でお鷹の魅力やキャラが持つメッセージ性を打ち出し、その後もしつこいくらいに繰り返し発信する必要があると思われます。(前田)
『あたしの幼馴染は本気で世界征服を企んでいる』
ヒロインの語りが引っ張ってくれているので、サクサク読めました。全体的に単調な印象なため、物語自体の推進力は弱く感じます。キャラの造形、口調などは不自然なものも多く、改善の余地ありだと思います。(戸澤)
『永劫のふたりの道行』
リーマンショックの影響を受けて仕事がうまくいかない主人公が謎の美女と一緒に暮らし始めるストーリーやキャラクターに新鮮さを感じず、王道というには魅力が不足しているように感じました。(栗田)
『病照二股概論』
全編ヤンデレフルスロットルで圧倒されました。全員が全員狂っていて、ハラハラドキドキさせる展開が楽しい作品です。しかし、後半は打算的な主人公に対する嫌悪感が勝ってしまい、あまり後味が良いとは言えませんでした。どうしようもないのだけれど憎めない、そんな魅力を持たせてほしいです。(戸澤)
『ゴートの首飾り』
冒頭でちゃんとキャッチーな出来事や事件が起きるのは良いです。ただ1つ1つのシーンが冗長で、役割が重複していて不要と思われるシーンもありました。無駄な文章は全てカットして、必要な文章だけで構成する、くらいの気持ちで書いてほしいです。(岡村)
『鮮烈のパルジャ』
作中の世界観がしっかり作り込まれた骨太なファンタジーでした。しかし、初見の人にこの作品世界に興味を持ってもらえるようなキャッチーさが欠けており、エンタメとしては力不足です。「◯◯が××だった件」というような、作品のセールスポイントをこれでもかとアピールする「小説家になろう」のタイトルのつけ方、ストーリーの作り方を参考にしてみてください。(片倉)
『バタフライ・アフェクト』
タイトルにはセンスを感じました。中身はラブコメとバトルものを合わせた典型的なライトノベルで、これでキャラクターやストーリーに十分な魅力があれば「王道の面白さ」と言えたのですが、残念ながらこの作品はその水準に達していると感じられませんでした。(片倉)
『貢がせ嬢と無敵の人』
現代の人間生態を切り取る力量を感じます。ふんだんな固有名詞が用いられ、リアルで生々しい描写です。アブノーマルな人間性をテーマにするのは文学的で興味深いのですが、問題は感情移入先がよくわからなくなってしまうところ。やはり冒頭が大事です。いくらなんでも怪しげなDMにあっさりとひっかかりすぎているし、18禁の世界に全速力で突入している。感情移入のためには、もう少し普通の人物が、いつの間にか怪しい世界に絡め取られていく感じの工夫された導入が必要だと思います。(前田)
『モノクロームの街並みに少女は消えた』
ご投稿者さまが表現したいことを詰め込んだ作品だと感じました。回想シーンは時系列が分かりづらくなるので入れる際には慎重に。全体の構成を考え抜くと、よりドラマが伝わりやすくなるはず。(岩間)
『二人の配達員と死地の冒険者』
冒険者の注文を受け、危険なダンジョンを探検して食料を届けるフードデリバリーの話で、独自の設定に意表を突かれました。しかしながら、「なぜ危険なダンジョンに入る冒険者が充分な食料を持っていかないのか」といった細部の謎を抱えながら読み進めるストレスもあり、必要十分な情報開示という点で改善の余地がある作品でした。(片倉)
『迷宮のスフィア』
連続する密室殺人にはわくわくしましたが、解法がどれも「なるほど!」となるものではなく残念でした。読者が気づけたはずなのに気づけなかったことを突きつけられてこそ、真相には驚きと納得が生まれます。その点最後の大ネタは悪くない、また新作を投稿していただきたいと思うくらいよかったのですが、そこに到達するまでの推理過程を徒労に感じさせてしまう構造になってしまっている本作は辛い評価になりました。(丸茂)
『銃よ薔薇よと育てられ~死に神戦闘録~』
地の文をどう見せるのか、ファンタジーな「死に神」の世界観をどのように物語の中で語るのか、考えていただきたいです。例えば死に神の鎌が6種類あって、自分にあった重さの鎌しか自在に操れないこと、それぞれがどう階級が違うのか、などの説明を説明として地の文で行うのではなく、自然に情報開示できると読者を引き込むことができるのではないでしょうか。(栗田)
『メモリーズ・オブ・ユー』
プロ麻雀界を追われた元プロ雀士の私立探偵のもとへ麻雀専門誌の女性記者が変死事件の調査依頼を持ち込みます。これは嬉しい国内ハードボイルド作品で、麻雀や違法カジノのシーンは手捌きが見えるようで読み応えがありました。ロン牌が見える(「鬼門が開く」と表現)特殊な才能を持つ主人公も魅力的でした。書きたいことを慣れた手つきで書き切っているのは高評価なのですが、時間的・空間的に狭い範囲で登場人物たちが都合よく繋がっている印象がぬぐえませんでした。事件の構図がちょっと小さかったですね。(持丸)
『狂炎の宴~火狩宴~』
今回のご投稿作品に関しては、アクションの描写が弱い点が課題かと思います。様々なジャンルに挑戦しながら作品を書き上げる馬力、筆力は素晴らしいと思います。繊細な心理描写や人間模様がお得意なのではないかと思うため、強みを活かせる題材選びを意識していただけると良いかと思います。(戸澤)
『不退転の花』
謎解きの真相が後出しジャンケン的で、読み手に対してアンフェアな印象でした。(岡村)