2024年春 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会

2024年5月8日(水)@星海社会議室

今年は確実にビッグウェーブ来たる! 新時代到来の兆しがここに!

またも候補作が3作! 高まるミステリ熱!

栗田 FICTIONS新人賞、今回で第41回です。

太田 いやあ、今回の応募作も、いい感じだね!

戸澤 まったく個性の違う3作品が受賞の候補作に挙がっています。

丸茂 レベルの高い投稿作が増えてますよね。しかもミステリが! 星海社は去年の秋に続いて、今年の6/29(土)と6/30(日)にジュンク堂書店 池袋本店さんでイベント「ミステリカーニバル」を開催予定です。ぜひ遊びに来てくださいね。星海社FICTIONSはどんどんミステリ熱が高まってますよ!

岡村 太田さんと丸茂くんはミステリが大好物ですが、編集部にはいろんな編集者がいるのでエンタメならどんなジャンルでも歓迎です。

太田 そう、おもしろければ、何でもありです! じゃあ早速、座談会を始めましょう! いくぜっ!

ビジュアルの個性は抜群!

岩間 私は『孤独マンvs感情撲滅委員会』を取り上げます。孤独であることを力に変えて戦う男子高校生「孤独マン」の戦いを9話の短編で描いたヒーロー譚です。人間から咲く感情の花を摘み取ることで感情を根こそぎ奪う悪の組織「感情撲滅委員会」を、正義のヒーロー孤独マンが頭に突き刺さった包丁を引き抜きやっつけます!

丸茂 「感情撲滅委員会」、響きが良いですね。犯罪被害者救済委員会みたいで。

岩間 いいでしょ? 設定がおもしろくて印象に残りました。主人公の孤独マンは、強くあるために孤独でなければいけないというかせがある男子高校生なんですよ。彼の親友となり、孤独を癒すことで彼を無力化させようと近づく敵組織のスパイで、好きな人に大怪我をさせる加虐嗜好を持つ女子高生との淡い恋愛っぽい要素もあるんですね。

戸澤 淡いんですね。

岩間 そこは、淡かったですね。主人公は孤独じゃなければいけないので、塩対応され続けるんですもの。メインとしては特殊能力バトルもので、水戸黄門パターンで1話ごとにバトルが展開されていきます。漫画の『チェンソーマン』みたいに正義のヒーローでありながら血まみれで頭に包丁が突き刺さっている主人公にワクワクしましたし、ヴィランである感情撲滅委員会のキャラクターも『僕のヒーローアカデミア』みたいにそれぞれワクワクする個性があるんですよね。ヴィランがめっちゃたくさん出てくるんですけど、その中で一部を紹介すると、人間の腕くらいある太い鍵が頭部を水平に貫いている人であったりとか、ドアノブがたんこぶのように髪の間からのぞいている人なんかがいます。

片倉 どういうこと!?

岩間 キャラクターのビジュアルにすごく個性があるんですよね。小説作品なんですけれど、絵として非常に映えるキャラクター設定が好印象でした。 孤独という枷もすごいおもしろくて、孤独じゃないと無敵の強さをキープできないので、誰とも仲良くできないんですよね。最初から強い、負けない主人公像でありながら、みんなに慕われる完成形のカリスマ的存在ではなく、ひっそりと活躍する設定は結構魅力に感じます。

栗田 物語の設定やキャラクター設定はおもしろそうです。

岩間 では、なぜ候補作に挙げなかったかというと、正直小説作品としてはもっと工夫ができたと思うからです。全体を通して書きたいシーンのために筆が走りだしている印象だったんですね。敵キャラも多いので、散漫になってしまっているのもちょっと残念だったなと思いました。全体的にちゃんとまとまってるんですけども、舞台とか映像の脚本のような雰囲気があり、テキストと小説の間みたいな読み味で、小説を書き慣れていないように感じました。実際には、過去に4回もご投稿いただいているベテラン勢の方なんですけどね。

栗田 この応募者の方は24歳で、今回の応募が5回目ですもんね。

片倉 漫画原作のほうが向いている作風にも思えます。

岩間 そうですね。物語の設定やキャラクターが魅力的だったからこそ、もっと小説作品として深まりのあるものを期待したのですが、今作は達していないと判断しました。次回は、もう一段階上の視点でご自身の小説と向き合われた作品が読めることを期待して取り上げました。

醤油ラーメンから組み立てよう!

丸茂 『幽闇館の呪殺』はホラーミステリです。大学のサークル仲間たちが旅行である山荘に行ったら殺人事件が起きてというすごく王道な展開になります。

栗田 丸茂さん、めっちゃ笑顔!

太田 ミステリファンはこのシチュエーションだけでうれしくなっちゃうんだよ。

丸茂 「こういうのでいいんだよこういうので」って気分になりますね。

太田 みんな奇抜なシチュエーションをつくろうと注力するわけなんだけど、やっぱり王道がいいんです。

丸茂 殺人事件の犯人は人間なのか、呪霊なのか。呪霊だとするなら誰の霊で、何が目的なのかを究明するなかで、ミステリからパニックホラー的な展開へもつれこんでいきます。どちらかと言うと館からの脱出を目指すパニックホラーの比重が大きく、ミステリとしては調べたら判明したことが多くて推理する余地が少ない印象でした。僕はこの設定だと、やはり担当したので手代木正太郎さんの『涜神館殺人事件』と比べてしまいましたね。『涜神館殺人事件』についても、ミステリとオカルトのバランスは賛否両論ありましたが、推理可能かつ驚きのある真相の提示は一定以上求めたいところです。ホラーミステリ自体は可能性の沃野だと思うのですが、この方にはもっとミステリに比重を置いてほしい。あとパニックホラー展開にも力を入れるなら、もっとホラー小説らしいおどろおどろしいシチュエーションにしてもよかったと思います。

太田 ちゃんと王道の設定を持ってきて、書いているのは好印象だね。いままでにないオリジナルなものを編み出そうって考えると、職人でもない素人がすごい創作ラーメンをつくろうと頑張って空回りしてしまうみたいな感じに陥りがちなんですよ。『涜神館殺人事件』は館ミステリにオカルトやゴシックホラー要素を加えてオリジナリティを出してるわけだけど、この作品はホラー要素の追加はいいけど醤油ラーメンの基礎が弱くて負けてしまった、という感じなのかな。

丸茂 まずはオーソドックスな醤油ラーメンをつくって、醤油ラーメンの枠組みのなかでハイスペックなものを目指したり、オリジナリティをちょい足ししたりする。それでいいんだと思います。『らーめん再遊記』に毒された物言いになってきたな。

太田 ミステリを書きたい人はマジで『らーめん再遊記』を読んだほうがいいよね。

丸茂 円居挽さんの受け売りですが、『ラーメン発見伝』『らーめん才遊記』、そしていま連載中の『らーめん再遊記』にわたるシリーズは、らーめんを通した創作論であり文化論ですからね。

太田 ラーメンに型があるのと同じで、ミステリでもとくに本格ミステリはジャンルの意識に否応なしに縛られるんだよね。型にはめながらも没個性にならないようにつくるのか、型にはまるのが嫌だからって別の方向に行くのかで、みんなが舵取りに苦労する。ただ僕は、基本は前者、王道の型をやればいいんじゃないかって思います。ちなみに『らーめん再遊記』の主人公の芹沢さんは、料理のサブジャンルだったラーメンを「料理」の段階まで引き上げようとしたキャラクターなんだよね。実際90年代にそうした動きがあり、2020年代の現在にはある程度成功した。「でも」「だからこそ」って話に『らーめん再遊記』は向かってるんですよ。ラーメンが「料理」になったがゆえのジレンマが訪れてるわけ。

片倉 サブジャンルがメインジャンルになった後、1周してどうするかという問題ですね。

太田 そうそう、それは今の本格ミステリの状況と近い。僕もラーメンハゲよりちょっと年下なんだけど、だからよくわかるんです。たとえば僕が講談社で携わっていたメフィスト賞でいうと、メフィスト賞を獲った人が直木賞を獲るとか、メフィスト賞をスタートさせたときは誰も思ってなかったのよ。それが達成できちゃったわけ。でも達成しちゃったがゆえに「それじゃあメフィスト賞ってなんなの?」って話になる。『らーめん再遊記』だと「ラーメンってなんなの?」って話に突入しているわけです。

片倉 ラーメンは、サブカルチャーがメインカルチャー化した現代そのものを映している、と言えるわけですね。

太田 ただ「世の中」みたいな規模の話はすごく大きくてわからなくなるから、ラーメンに絞って考えるとすごくわかりやすいの! そして本格ミステリを読んだことない人はごまんといるけど、ちょっとおいしいラーメンを食べたことがない人は少ないでしょう。狭いけどポピュラーなジャンルの話だからこそ理解がしやすくて勉強になる。以上です!

都市伝説には可能性がある?

片倉 自分が読んだ『都市伝説マンがゆく』はタイトルと内容に乖離かいりがあって印象的な作品でした。まずペンネームが「都市伝説マン」なんですよ。法月綸太郎方式なのかなと。

丸茂 そこはエラリー・クイーン方式でいいでしょ(笑)。筆者=語り手のドキュメンタリーっぽくしてるの?

片倉 いえ、そうかと思って読み始めたところ、まったくそういう要素はありませんでした。あらすじを説明しますと、都市伝説を収集している主人公がいて、彼のもとにオカルト関係のお悩みが持ち込まれてそれを解決していく、という話です。まず第1話、都市伝説マンは少女から死神がいると相談されて調べていくんですが、なんとその少女自身が死神だったので討伐したという話です。都市伝説を超えて、いきなりエクソシスト!

戸澤 都市伝説じゃない

片倉 第2話は田舎の廃村に鬼が現れ、村を訪れる人を殺して回っていて、それを討伐していく。ますます都市伝説じゃないよなと。

太田 都市じゃない、確かに

丸茂 田舎が舞台の都市伝説はありますけどね。都市伝説は昔話ではない「現代で広がった口承や噂話」のことなので、必ずしも都市の話であるわけではないです。

片倉 そして最後は総理大臣が妖怪にさらわれる事件で、もはや都市伝説とは言えない大スケールの展開に発展します。

丸茂 都市伝説という単語から期待されるイメージ、現代においての「真実めいたオカルト話」からは外れてるのかもしれませんね。詳細は朝里樹さんの『21世紀日本怪異ガイド100』を読んでほしいんですけど、とくに2ちゃんねるのオカルト板から拡散された「八尺様」とか「コトリバコ」みたいなネットロアを題材にした作品がかなり輩出され、モキュメンタリー/フェイクドキュメンタリー系のホラーの流行もすでにあります。そもそも実話怪談が強いジャンルとしてありますしね。都市伝説を謳うなら、そことどう戦うべきかということをかなり考えなくてはならないフェーズに入っているのではと思いました。

異能探偵ミステリの意欲作!

栗田 では、候補作の3つを順番に話していきましょう!

前田 ひとつ目の『HIRAETH』。このタイトルの言葉は「望郷・憧れ」という意味のウェールズ語です。ミステリ色が濃厚ですが、果たしてミステリと認め得るかどうかが論点となるような意欲作です。ヒロインの探偵役マリィ=アーミヤは、目の前の事件を物語のように認識して解決することができる少女です。事件が起こると「タブラ・ラサ」という白紙の魔導書(グリモワール)にマリィの体験が書かれていく。マリィにはこれを読み解いて推理する能力があり、つまりある種の「異能探偵」なわけですね。
そんなマリィに挑戦状が届きます。「解決不可能な謎をご用意しました」と。そして島に招待される。その島には「六花館」という館があり、「双子の主人」と「6人の亜人」がいて殺人事件が起こる。「おお、殺人事件だ!」と思うんですが、これはある種のベタベタなトリックだとマリィにはすぐわかって、あっさり解けちゃうんです。

丸茂 双子がいるなら真っ先に思いつくような、あえてベタなトリックを採用してますね。

前田 マリィも「あまりにも簡単すぎるぞ、これが本当に解決不可能な謎なのか」と疑問に思います。で、ここからがこの小説の白眉ですけれど、マリィの異能の設定がポイントで、マリィが果たして「現実(物語内現実)」の中にいるのか、「物語(物語内物語)」の中にいるのか、謎はほとんど解けているんだけど、二択になっちゃうんですよ。そして、ついにはマリィの本当の過去が明らかになっていくというところで、みなさんの講評をお願いします。

片倉 僕はあまり楽しめなかったです。なぜかというと、話がすごく演繹えんえき的なんですよね、「こういう作中設定があるから、こう進むはずだ」っていう論理の連続で。定理Aと定理Bがあり、その組み合わせで定理Cが導かれます、という、いわばスピノザの『エチカ』方式で話が進んでいくんですが、そもそもその架空設定の定理AやBに興味がないと、おもしろいと思えないんですよ。

栗田 私も設定をすんなり飲み込めず、読んでいてなかなか頭に入ってきませんでした。

片倉 というわけで、あまりおもしろくなかったなというのが正直なところです。何か方程式的な推理をやっているのはわかったんですが、エンタメとしての評価は辛くなってしまいますね。

丸茂 ペダンティックでメタな展開だけど、僕は難しくはなかったと思うけどな。

持丸 新鮮な設定に感じましたけど、現実と物語の間を行き来する構成が複雑でね。つくり込んでるけど、文芸としてもミステリとしても弱い。

片倉 文章の雰囲気はあるんですが、幻想文学として楽しもうとすると推理要素がノイズになるんです。雰囲気だけを楽しんでいると推理の議論についていけなくなるし、推理をしっかり追おうとすると今度は雰囲気に浸れない、と。たくさんの情報が出てくる中で、どれが事件の本筋でどれがそうでないのか取捨選択するのが難しかったです。

前田 確かに難しいことをしようとしている作品です。かなり論理的にコントロールされたメタフィクションですから。マリィと他の人物たちの行動した時間帯など、タイムスケジュールの表などをつくれば整理できるかもしれないですけど、複雑。だけど僕も結構スルスル読めたので、丸茂さん寄りの感想ですね。

片倉 前田さんとして、これを候補作に推薦したポイントは何だったんですか?

前田 メタ的な仕掛けに驚きがありますよね。マリィを取り巻く本当の謎が明らかになったとき、もしやそこまでの叙述を「物語内現実」としても「物語内物語」としても読めるのでは、と、ハッとさせられる。それはこの書き手の方が狙った効果でしょう。だけど、この小説はそれだけじゃない。読書家が共感できるテーマが書かれている。「読書に没入して現実逃避するってことは、必ずしもネガティブなことじゃない。だけど、そればかりでもいけない、現実を生きていかなきゃな」とか思いながら、僕たちは暮らしていますよね。読書の喜びと罪悪感。それがマリィの謎の本質だと思った。つまり、マリィは応援できるキャラなんです。マリィ自身が「読む異能」ですから。

持丸 エピローグまで読んでようやく全体が見えたんです。館の世界で亜人が6人出てきますが、現実世界でも同級生6人殺しがあって、それが館の世界に反映してたんだって。だけど、現実の事件を変形させた夢の中(幻想)バージョンを9割ぐらいまで読み通して、残り1割のところで主人公が現実に還ってくる。「えっ夢落ち?」「同級生6人殺しはどうなった?」って思いました。

片倉 確かにメタフィクションだったら現実とメタの相互干渉があってほしいけど、核心にそういう要素はなかった。

前田 序盤をもっと圧縮して、「解決不可能な謎」の回収のほうを中盤でたっぷりやったほうが盛り上がっただろうと。その印象は、確かに否めません。

栗田 岡村さんはどうでしたか。

岡村 物語が頭に入ってこなかったです。頑張ってこの世界を理解しようと努力しなきゃ読めないっていうのは、評価としてはマイナスポイントです。

太田 賛否両論、いろんな意見が出てくるのはいいことですね!

栗田 岩間さんの感想もお聞きしたいです。

岩間 私がこの作品で一番心惹かれたのはキャッチコピーでした。「一度解けたら二度と解けない」。こんな帯の本があったら、ちょっと手に取りたくなる。あとキャッチーに言うと、『不思議の国のアリス』に探偵の要素がプラスされた雰囲気の設定で。投稿者さまにとって馴染みのある設定だったのかなと思うんですけれども、心惹かれました。亜人たちがマザー・グースの歌っぽく表現されてるシーンにもときめきました。主人公の流れるような心情描写もワクワクした部分があります。ただ、やっぱりちょっとラストの描写は安易に見えて損をしているように思います。

戸澤 私も岩間さんの感想に近くて、すごい世界観が好きでした! キャッチコピーもいいので、本屋さんに置かれているパッケージもイメージできたくらい。ただ、自分が読者としておもしろそうと思って書店で手にとったと想像すると、思ってた期待値よりもかなり低い読後感になっちゃいそうだなっていう印象です。ミステリを深く楽しみたい人に思いっきり向けるのか、世界観の素敵さをライトに楽しみたい人に向けるのかが、混ざっちゃってる感じと言いますか。

岩間 大衆向けって感じではなかったですよね。

岡村 ふたりに対してキャッチコピーと世界観で期待を持たせたのは、素晴らしいことです。本は中身を読む前に買う商品ですからね。

片倉 どういう読者に読まれるか、つまりどういうジャンルに区分されるかを考えると、ホラーミステリというジャンルはあるものの、ファンタジーミステリというジャンルはあまりメジャーではないですもんね。

丸茂 メジャーではないけどファンタジーミステリはあるよ! それこそのちに直木賞を獲った辻村深月さんのメフィスト賞受賞作『冷たい校舎の時は止まる』だってファンタジーミステリだよ! みなさんの側が世間的なマジョリティの反応だと思うんですけど、設定を真に受けて読みすぎなのではと思いました。要するにこの作品がやってることは『冷たい校舎の時は止まる』なんですよ。素材がぜんぜん違うだけで、ミステリの意匠を採りながら非現実的な空間で、現実におけるトラウマの解消を描いている。あるいは『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の「世界の終り」側の話が幻想的な館ミステリの形をしてるって捉えてもいいし、萌え要素を抜いた『左巻キ式ラストリゾート』って捉えてもいいでしょう。構造はシンプルです。だからメタフィクションとして評価できる点とできない点があるよねってディテールの議論をもう少ししたかったけどな門前払いだったね。

前田 みなさんからの「難しい」というこれだけの反応があったということは、改善いただくべきことが大いにある、ということでしょう。推薦者としては悔しいですが。

丸茂 幻想小説的なことをメインにやりたいのでしょうが、そこだけだと僕は勝負しきれないと思います。でもこのペダンティックだけど優しさがある筆致は僕好きなんですよね。だからどう勝負するべきか、どうミステリに落としこむべきか僕から声をかけてみてもいいですか。

太田 残念だけど、受賞はなしだね。でも丸茂さんが希望するなら、もちろんお話ししてきてください。

がっつり取材した作品づくりにチャレンジを!

岡村 『死、のち殺人』は一言で表すなら憑依ひょういものです。簡単に説明すると、主人公は目覚めると別人に憑依していました。 過去の記憶はなくて、自分が死んだことしかわからない状態です。最初はバンドマンに憑依していたんですけど、慣れてきたと思ったら、また別人の風俗嬢に憑依してしまう、という感じで話が進みます。
その後、主人公は自分のような憑依者が定期的に4回憑依して、生前の未練を晴らさないと悪霊化して殺人を犯してしまうことを知ります。加えて、未練を晴らすと転生して新たな人生を手に入れられることも判明します。主人公は生前の未練を晴らし、自分(憑依している体のもとの持ち主)が殺人を犯さないようにするのを目的に必死にあがき、なんやかんやあってハッピーエンドっていう話です。

栗田 推しポイントをお願いします!

岡村 まずシンプルに文章がうまいです。文体に味があるというよりは、あまり癖がなくスッと読める文章です。あとはプロの人にとってみたら当たり前のことかもしれないですけど、物語に推進力がある。それは何かっていうと、謎と主人公の目的ですよね。そもそも主人公は何者なのか、憑依されてる人間は誰なのか、次々と憑依先が変わりどうなってしまうのかという謎があるし、途中で目的も明確になるので、僕は最後まで楽しく読めました。

持丸 おもしろかったですよ。スラスラ読めるし、ちゃんとラストでスカッとさせてくれます。僕は岡村さんと違って文章的にはちょっとイマイチだったかな。それでも意味不明なところは一切なく、最後まで迷いなく話を運んでいるのはいいですね。

岩間 私はこの作品を拝読して、「読者に対してこういう気持ちになってほしい」っていう、明確な意図を持った構成に魅力を感じました。「私って誰だったんだろう?」って憑依していく主人公になりきってほしいと書き手は思ったんだろうなと。
最悪な状況になるまでのカウントダウンには、読者として物語世界に一緒に入っていくような感覚があって、ドキドキさせられたんですよね。最後まで物語がどこに向かっているのか忘れないような工夫を感じて、ラストですべてのエピソードがピタッとハマる結末は楽しめました。 ただ、やっぱり欲を言えば、登場人物それぞれが抱えている問題はもっと深掘りできたように思いますし、終盤のweb会議のシーンは急いで書いている印象がありました。
キャラクターであったり、構成であったり、謎と真相であったり、文章であったりどれかひとつでも突出した点があれば、受賞作に推したと思います。
太田さんがいつもおっしゃってることですけど、書店に著名な作家さんの新刊と一緒に並べられたときに、その中から選んでもらうための個性がやっぱり欲しかった。ただそれを差し引いても、今回の作品の中では、読みごたえがある作品だったと思うので、私個人としては好感を持っています。

栗田 私もテンポよくどんどん物語が進んで、「次はどんな人に憑依しちゃうんだろう?」みたいなところも含めて最後まで一気に読めて楽しかったです。それぞれの生活とか年齢に合った描写がちゃんとされてるし、アルバイトの描写とかもちゃんとしてますよね。

太田 そうだね、ちゃんとしてるんだよね。ただ、僕の感想としては、なんか小さくまとまっていて新人らしくない。これだけ書けるのはすごいんだけど、「これは見たことないな」みたいなデビュー作らしい部分がもうちょっと欲しかった。

岡村 言いたいことはわかります。

太田 新人らしさっていうと、曖昧な感じで申し訳ないんだけど、 そこをあえて求めたいんですよね。もう少し具体的に言うと、主人公に憑依される人たちも、いわゆるフィクションでよくみんなが取り上げるような人生で、 驚きがないんだよね。

戸澤 バンドマンとか子持ちの風俗嬢とかって、わかりやすく悩みを抱えてそうな人たちで、小説でありがちな人物造形だって思いました。

太田 バンドマンでも、何かひとつ、この小説で初めて知る部分があればいいんだけど。

丸茂 厳しい言い方になりますが、我々が想像しうるバンドマン、我々が想像しうる風俗嬢の範疇でしかないという印象でした。

太田 そうそう、それはちょっと残念だなって。徹底的に取材をしたのかなと疑問に思う。たとえばホストの話だと、佐々木チワワさんの本におもしろい話が書いてあって、新宿の花園神社で酉の市が行われると、ホストが大挙して押し寄せるんだって。なぜならそこには新宿中のキャバ嬢や風俗嬢が集まるから、自分の売掛金を飛ばした女がいるんじゃないかって探しにいくわけです。だから、ホストが全力疾走してキャバ嬢を捕まえたりしてる姿を目撃することもあるらしいんですよ。

片倉 酉の市で尋ね人を捕まえたら300万円ゲット、みたいな。

太田 商売繁盛の熊手とか買ってる場合じゃないっていうね、おもしろいエピソードでしょ。そんなのがちょっとでもあったら、また印象も変わる気がするんだけどね。だから、「風俗嬢を書くな」なんて言うつもりはまったくないんですよ。むしろ読みたい。そこに僕たちの知らない世界がちょっとでも含まれていたら、おもしろさが増すと思うんだけど、この作品にはドラマなんかでよく見る人物描写から抜け出るところがなかったように感じたんです。この応募者の方は筆が達者であるがゆえに、愚直に取材しなくても、するっと書けちゃう人なんだと思うんですよ。

片倉 確かにドラマの原作になりそうな話ですよね。この話、俳優が演じてこそおもしろいのかもしれない。

太田 それはちょっと思いましたね。

片倉 全体的に読ませる力があってそつなくおもしろくはあったんですが、ラストはハッピーエンドでサクッと終わってしまっていて、種明かしの後で何かもうひと山見せ場をつくる工夫がありえたかもと思いました。娘を選ぶのかそれとも配偶者を選ぶのか、とか。

丸茂 この作品を改稿するのではなく、完全新作を書いていただきたいですよね。

太田 「見たことのない世界を読者に見せる」を意識して書いてほしい。

岡村 みなさんの意見もわかります。力がある人だからこそ、もっと良くできるのではと期待しますよね。

太田 今日みんながいろいろリクエストしたけど、それに応えてくれるものを書ける人なんじゃないかなと思ってます。また次作をぜひ応募してください!

好きを全部詰め込んだ、幕の内弁当小説!

前田 『死神のプレイタイム』、ミステリです。3つの事件が起きます。ひとつ目の事件はいわゆる「日常の謎」。ふたつ目の事件はちゃんと人が死ぬタイプの「密室殺人事件」。そして3つ目の事件はなんと「館もの」。ばらばらな構成の作品は、普通だったら推しにくい。が、この作品は、それを補って余りあるキャラクターの魅力、会話劇のセンスが光ります。

戸澤 あらすじはどんな感じですか?

前田 おばあちゃんの営んでいる古本屋でのバイトで夏休みを過ごすことにした主人公。古本屋の経営は、最近、急に悪くなっている。そこにヒロインの綾森さんが現れて、意外な事実を指摘するんです。「90円均一」のはずが「990円」の値札が上から貼られてるぞ、と。これがひとつ目の事件です。
その犯人は首尾よく突き止められるんですが、今度は第2の事件として、その犯人のお兄さんが密室で殺されています。結論をいえば、その犯人の一家のなかのある家族が犯人。値札の犯人とは別の家族です。
3つ目の事件は、シックススター堂という館での殺人。これは、綾森さんとそのおじいさんについての物語なのですがなんと容疑者は綾森さん! 館のトリックは割愛としますが、ハッピーエンドを迎えます。

丸茂 重要なモチーフとしては、謎の人物が主人公のもとに預ける黒猫がいます。その黒猫は、事件を誘発する「死神」なんです。その黒猫が導く形で、3つの事件がひとつの筋に繋がるようにつくられている。ファンタジーの要素が、独特なバランスで入っているんですよね。

前田 そう、ファンタジーっぽいんですけど、考えてみれば、犬も歩けば棒に当たるが如くして、探偵も歩けば事件に出くわすのが「ミステリ」。そのことを、ちょっとしたウィットに仕立てたような、良い意味での「軽み」がある文体です。
そして会話劇がおもしろい! キャラクターが非常によく立っている。古本屋のおばあちゃんが、もうね、商売上手だったり抜け目なかったり、おもしろいんですよ。

丸茂 おばあちゃん、キャラ強いよね!

前田 もしかしたら『アマガミ』を研究されているのかも。綾森さんというネーミングだけではないですよ。この会話劇の巧さと、捨てキャラをつくらないプロットは、美少女ゲーム的なセンスかもしれない。

持丸 日常の謎から始まって「あっ、これ殺人事件起こらないんだな、いい感じ」って思って読んでいくんです。すると、途中でラブコメの主人公みたいな綾森さんが実は家族全員殺されていたという衝撃の事実が明らかになってテイストが急変する。これって最初から計画してこういう構成なんでしょうか。

丸茂 主人公とヒロインの物語をどうにかドラマチックに演出しようっていう意図が、事件性のエスカレートの要因なのかもとは思いました。

持丸 ビブリオものの文芸としてすごく楽しく読めました。それが一番の感想。ただ、最後の殺人はちょっとよくわかんなかったです。動機とか、そこ、ちゃんと解決してないですよね?

丸茂 そこはわりとほったらかされてます。

太田 丸茂さん、最後の1行に気づいた?

丸茂 えっ、何でしょう気づいてないです。

太田 この方いくつだっけ?

栗田 21歳の大学生です。

太田 21歳だけど、きっとゼロ年代の残党なんですよ。最後の1行は、舞城王太郎さんなんだよ。これは僕が講談社ノベルス時代に編集担当した『煙か土か食い物』の最後の1行と同じ。だから、狙って星海社に応募してきてる。かなり意図的だと思いましたよ。丸茂さんともあろう人が、気づかなかったの?

丸茂 気づかなかったな悔しいっ!!! ああ、じゃあこの外してる感じも少し納得しますね。

片倉 ゼロ年代の残党へのシンパシーはありつつも、僕はこの作品、そこまでおもしろいと思えませんでした。夏休みが舞台の青春小説として読み始めたところ、爽やかというには癖がありすぎ、癖があるにしても森見登美彦さんを狙いつつその域に達していないニュアンスを感じ、中途半端な印象が最後まで残りました。

丸茂 現代が舞台だけど現実から一歩浮かせようとしてる感じは、確かに森見さん的かもね。

太田 僕は乙一さんとか、西尾維新さんの雰囲気を感じたなあ。岡村さん、どうですか。

岡村 キャラクターとしての人物には魅力がありますね。僕は小説の人物は「登場人物」か「キャラクター」かを自分の中で分類してます。ざっくり説明すると登場人物は映像化したときにドラマになるもの、キャラクターはアニメになるものって感じで勝手に考えてます。
そういう意味だと、この人のキャラクター的な人物描写はとても魅力的です。わかりやすく言うと西尾維新さんとか、僕が担当してる方だとこの新人賞出身の綿世景さんみたいなキャラクター描写を想起させます。ただ、みなさんも言ってますけど、やっぱり最後の館・シックススター堂の話から一気に粗くなった印象です。最後の事件はホワイダニットが何もわからないですよね。

丸茂 しかし、この人はめちゃくちゃ才能あると思います。語りが本当にいい。個々の事件のできはさておき、自分の「語り」がある。会話でキャラを立てながら話を進めていくという基礎体力的な部分をこの人はセンスでできている。瞠目すべきことです。

岡村 会話がおもしろいっていうのは本当に才能。そこは編集者がどうこうできる部分じゃないから。ただこの作品は全部を入れ込みすぎてる印象です。この人は会話とかキャラが立ってるから読めてしまうけど、もっと魅せる要素を絞る必要があると思う。

丸茂 『名探偵コナン』の青山剛昌さんも、ラブロマンスと殺人事件の謎解きを両立させるのは難しいって「プロフェッショナル」で語ってましたね。対してこの作品は、森見登美彦さん的なテンションと、ラノベっぽいヒロインとのラブコメと、〈日常の謎〉と、本格ミステリ的な殺人シチュエーションとが集まって大渋滞を起こしてる!

太田 幕の内弁当なんだよね。この人にとっておいしいもの、スパゲッティもハンバーグもカレーも全部入れてみましたってところがあって。これは、僕が考えるところのいわゆる新人らしさなんですよ。舞城さんも森見さんも乙一さんも西尾さんもいて、とにかく自分が好きなものを全部一作に詰め込みたいっていう、この無謀さ。それが新人らしさですよ。

片倉 さっきの候補作2作目の方と足して2で割りたい

太田 本当、そうだよね。僕は前半を読んでるとき、ひとつ目の事件あたりまで、この人を受賞させようと思ってたのよ。ただやっぱり、後半である種の息切れが起こってるんじゃないかなって思ったんですよね。僕ね、小学校2年生のころにザリガニの絵を描いたのよ。1匹目のザリガニは一生懸命に描くのよ。ただ2匹目や3匹目とかになるとなんか雑になって、描いた順番がわかってしまう。

栗田 この投稿者の方も、書く体力・集中力が続かずだから、冒頭のところはすごく上手ですよね。

太田 異様によくできてる。

丸茂 丁寧ですよね。丁寧すぎて、あの規模の謎にあんなに文量使っちゃダメだと思いましたが。

太田 そうなのよ。館が出てくるミステリなのに3分の1まで読み進めても、人が死ななかったからね。それにおばあちゃんの描写は非常によくできてるのに、最後のおじいちゃんの描写は紋切り型になってるよね。逆に言うと、最初の事件は丹念に書き込んだのよ、ザリガニを。そして後半は多分失速しちゃってるんです。でも、天性のセンスがあるからなんとなく読めちゃう。だから、やっぱり僕はこの人とは話してみたいと思ったんだよね。ちゃんと話をして、もう一作書いてほしい。これだけ才能がありそうなんだから、これでデビューするのは本人のためを考えても早すぎるんだ。

岡村 後半まで読むと、本作をそのまま受賞とするのは難しい。

太田 うん。僕からの次稿のお願いの仕方としてはひとつだけです。 「あなたの『GOTH』を書いてくれ」。 最高の連作短編をやってみてください。

丸茂 各話をつなげたい感じもある方だから、乙一さんの『GOTH』はいい見本かもしれませんね。

太田 「子どものザリガニ論」が当たっているとすれば、いまは謎を1個書くところで力尽きちゃってる。だけど、それは最初から「長編」を書こうとしたからじゃないかな。『GOTH』みたいに1個1個書いて結果的にそれが長いものになっている感じにしてほしいってアドバイスをすれば、集中力が持つはずなんです。

岡村 なるほど。

太田 とにかく、この人はもっとおもしろいものを書けるはずなんですよ。今回候補に挙げてくれた前田さんと一緒に、この方とは話をしておきます。

この2024年は、5人同時受賞もありえる⁉︎

戸澤 今回も、惜しくも受賞作はなし、ですね

太田 はっきり言って、現状の星海社FICTIONSはレーベルとして必ずしも強いところではない。このレーベルで出しているからこそ売れる、的な意味ではね。だから、見込みがあるにしても完成度が一定以上でなければ、そう簡単には受賞させたくない。人の人生をむやみに無茶苦茶にしたくないという思いが、どうしても働くんですよ。せっかく才能がある人たちなんだから、麻雀で言えばもうちょっといい役を揃えて小説家として舞台に上がってほしい。でも、いまはすごく期待の持てる応募者が集まりつつある状況だと思います。流れが来ている。

前田 あ、そうだ、流れが来ている、といえば

栗田 はい! 星海社FICTIONS軍師・唐木厚さんの著書『小説編集者の仕事とはなにか?』が完成しました!(※「軍師」について詳しくはこちら

太田 そう! 皆の衆、我らが軍師の本が出たぞっ! これは、編集者のみならず、プロの作家や、この新人賞に応募してくれている作家志望者が読んでも勉強になる本です。作家の一番身近な仕事相手は編集者。やっぱり仕事相手のことがわかるって大事だからね。しかも、唐木さんは講談社で文芸局長、つまり文芸部門のトップまで務めた人。現場のトップですよ。そのクラスの人が編集についてまとまったものを書くって、稀有なことなのよ。

栗田 タイトルの付け方やあらすじの書き方など実践的なことに触れているので、応募者のみなさまのお役にも立てる本だと思います!

片倉 ちなみに、文芸局長ってどのくらいすごいんですか?

太田 軍でたとえるなら、大佐クラスだね。

片倉 それはすごい!

岡村 僕たち編集者も読んで気合いを入れていきます。

太田 あえて厳しいことを言うんだけどね、今の星海社は創立から10数年経って、新興出版社らしさを忘れていると思う。唐木さんが創設に携わったメフィスト賞では、初期に新人3人同時受賞ってことをやったんです。乾くるみさんと、浦賀和宏さんと、積木鏡介さんの3人でした。つまり、我々星海社は5人同時受賞とか、そういうことをやるべきなんです。そのぐらいじゃないと、おもしろくないじゃない。だから本当に、これを読んでいる応募者のみなさん、マジで原稿を送ってきてください。来たるべき受賞ラッシュの波に乗ってください。待ってます!!

栗田 次の締め切りが8月5日で、その次は12月5日、今年はあと2回チャンスがあります。この夏から冬にかけて、全力投球で書いた作品をご投稿くださったらとてもうれしいです。

戸澤 最後に、本新人賞では紙ではなくデータをメールに添付しての原稿投稿をお願いしています。ご投稿の際には、応募規定を今一度ご確認いただければと思います。また今回、空白のみのファイルを添付している応募も見受けられましたので、添付データに不備のないようご確認の上ご応募をお願いいたします。

1行コメント

●『実況ガールズ&ペアゴルファー』

ゴルフのルールや単語を知らなくても楽しめる、知っていたらきっともっと楽しめる作品だと思います。実況をナレーションに進んでいく点も、展開が早く良かったです。ただ、ゴルフはあまり熱血、手に汗握るというイメージがないため、登場人物たちの盛り上がりにイマイチついて行けなかったところは少し残念でした。たとえば初心者のキャラを立てるなどすると、もう少し読者との距離が詰められるのではないでしょうか。(戸澤)

●『少年少女ファイト』

路上格闘小説(『赤×ピンク』の系譜?)。読ませるシーンもあるのですが、ストリートファイトに生きる少年の掘り下げと、ヒロインを救うプロットがあまり噛み合わず、反戦的なメッセージもふくめ乱暴に要素が混ぜ合わさっている印象でした。(丸茂)

●『Double Psycho Collide』

自由に書きすぎな印象です。書くこと自体が目的ならこれでも良いですが、人に読ませたいのであれば、もっと読み手を意識して文章を書いていただきたいです。(岡村)

●『トリス・メギス』

冒頭の展開がスピーディで、「次はどうなるんだろう」と読者の関心を摑みにきていたのは良かったです。が、全体を通してみるとありきたりな話という印象が否めません。(片倉)

●『メイン・ファターランド』

ストーリーの壮大さは目を引きますが、登場人物が記号的すぎる印象でした。(岡村)

●『彼岸式クレナズム×ブラッド』

かつてご投稿いただいた難病ものよりはオリジナルな味を感じられて好感を持ちました。殺人事件を追うミステリらしいプロットには、もう少し驚きがある着地を期待しましたが主眼ではないと思うので措くとして。現代伝奇ファンタジーとして、少年漫画的な軽快さのある展開と言えば聞こえがいいかもしれませんが、主人公が抱えるもの魔眼の設定については(たとえば「直死の魔眼」のように)哲学的考察まで踏み入るような重さがほしいと思いました(もっと短くても実存的な領域まで踏み込むことはできるはず)。シンプルに異能バトルものとしての良作を目指すなら、もっと俺TUEEE作品的な読者が気持ちよくなれる要素があったほうがよさそうです。ご投稿を続けていただけるのはありがたいのですが、せっかくまた他社さんでご担当に恵まれたご状況かと思います。一般的な話として、しばらくはそちらの担当編集さんと次作を煮詰められることをオススメします。(丸茂)

●『或る貴族の暇潰し』

序盤、ひとりひとりにフォーカスしているパートは少し冗長に感じます。もう少し整理ができるのではないかと思います。また、極限の状態でワインを1本一気に飲み干す、という始まりには少し違和感がありました。些細なことですが、誰も酔っ払ったりしないのかな、2本しかないのに飲み干しちゃって大丈夫なのかな、ということがずっと気になっていました。せっかく見取り図をつくっていただいたので、もっとトリックに組み込めると良いかと思います。(戸澤)

●『TRIGGER‘z[トリガー‘ズ] 砂塵に散るは神々の懺悔

アイデアやキャラクターなど企画内容が魅力的でした。ただ、地の文が状況説明や情景描写にとどまっており、苦心して織り込んだであろうアイデアやキャラクターのおもしろさが小説作品としては伝わりづらかったです。(岩間)

●『天外の推理 無間村事件

アイデアの意外性は抜群で、次を読み進めたくなる小説です。しかしホームズ役とワトソン役が一心同体であるという最も肝心な設定が、物語のおもしろさに昇華しきれていないと読みました。枝葉の「意外性」を思い切り捨ててでも、骨太な一作を望みます。(前田)

●『代行業社相模原さんの役回り』

連作短編で、一つひとつにちゃんと謎と謎解きがあるのは良いです。ただトリックや犯行動機に違和感を覚える点や、表現の重複が見受けられるなど、全体としては粗さが目立つ印象でした。(岡村)

●『Husk』

敵対するふたつの国では少年兵が戦場に駆り出されていた。「記憶を消去する銃弾」を撃たれた主人公の記憶は戻るのか? 数日間にわたる少年兵たちの葛藤と愛憎を描いています。記憶を消去する銃弾ーーなんておもしろいアイデアなんだろうと感心しましたが、プロットを前進させるのに役立っていない印象も受けました。記憶についての自己省察が長く、そこに遠い過去、近い過去、さらに多視点が入り乱れて小説としては読みにくくなってしまいました。(持丸)

●『コンコルディア・ベータ』

過剰なほど登場するオリジナル設定に追いつくのが大変で、通読するのがつらい作品でした。エンタメ作品として勝負するには、「この設定は読者を楽しませるのに必要か」を考えたうえで必要十分な設定だけを作中に盛り込んでください。(片倉)

●『追跡・サンディエゴからのメキシコ縦断』

メキシコで失踪した双子の兄を追う日本人青年の探索行。<依頼→代行→出発→発見>という物語の型を使っているのですが、ストーリーがあまり躍動しません。冒険はあっても謎がないというか、小説としてのたくらみが希薄です。世界にどんどん入り込んでいけるような、主人公の探偵的な行動やミッションの障害となる困難がほしかった。(持丸)

●『解放の咆哮』

とても読みやすく、応援したくなる主人公でした。ですが、もっと物語を深く厚く(長くということではなく)できると感じました。たとえば、魔獣は戦争の道具であることが当たり前の価値観は、どのように形成されてしまったのか? どうして主人公は異なる価値観を持つことができたのか? などいろんな問いを立ててみるのもひとつの方法だと思います。(栗田)

●『神々の狂宴』

偽史ミステリの力作として拝読しました。「総統を真正面から描くキャッチーさ」で思い切りよく勝負いただいたと読みましたが、その狙いによってかえって世界観が平板化し「陰謀論的ロマン」が打ち消されてしまった読後感があります。またあくまで商業的な意味では、よりポピュラーな主人公を据えて、強くキャラ立ていただくほうが俄然有利だと思います。(前田)

●『Causal flood Prelude』

SFの世界観を細やかに構築されていると感じました。しかし、それがゆえに世界観の説明的な部分が多い点が気になりました。読者を物語に引き込みながら、世界観をスッと伝える工夫が必要です。脳内で映像化した世界が、初見の読者にわかりやすい文章で表現できているのか、チェックしてみるとよいかもしれません。(栗田)

●『ふりかけ』

会話がメインになっていて、地の文が淡々とした印象です。物語の中の山場はどこか、その山場を演出するためにどう地の文とセリフを印象的にするか、どう緩急をつけるか。考えてみていただきたいです。(栗田)

●『B橋享楽厨/ animal pleasure』

緊張感のある語り口のSFとして読みました。強く推せなかったのは、今作の作品内の専門用語や設定提示がどうしてもわかりにくかったからです。カタカナの用語とアルファベットの用語の統一など、単語レベルでさらに磨いていただくだけでも、世界観が引き締まると感じます。(前田)

●『春を待つ』

近くの生物に擬態する謎の生物と人類の遭遇を描いた終末SF。人間化していく模倣生物の悲しみがよく描けていました。マイノリティ、弱者、病者への優しい視線があるのはいいですね。鮮烈なシーンもありました。惜しむらくはSFとして既視感があり、全体におとぎ話のような読後感だったこと。作者はまじめなテーマをやりたい人だと感じましたが、SFでいくなら設定も展開も極限まで突き抜けてほしいと思いました。(持丸)

●『牡丹雪は小夜に舞う』

百人一首を題材に、主人公の成長が美しく描かれています。高校生が主人公ながら、高校内ではなく外部の大人たちとの関わりの中での発見やドラマを描いている点も、新鮮で良かったです。百人一首が出てくるパートが説明的すぎてしまっているところがやや気になりました。物語の盛り上がり、ここぞというところで一首決めて欲しいです。(戸澤)

●『魂を差し出す私とアラビアの魔女』

オフピートな作品で、読者にページをめくらせる推進力が弱いのがネックでした。主人公や登場人物の目的意識をしっかり設定することで、作品のゴールがわかりやすくなります。(片倉)

●『The Final Answer』

難解すぎました。ここがコンピュータサイエンス専門誌の編集部であれば。あるいは理系の友人に布教して感想を聞いてみたい欲望にも駆られますが、一読者としては白旗気味です。「将棋小説をエンタメとしてどう書くか」という問題と同種の難しさがここにあります。(前田)

●『ニルワヤの檻』

頑張りは伝わってくるものの、描写でやや設定がチープに感じられる点がちらほら。もっと即物的な乾いた文体のほうがこの作品には合っていたと思います。お読みかもしれませんが、中村文則さんの作品を読むと強度が上がりそう。遺伝学を補助線に「狂人の論理」を抽出する手つきは悪くないと思うのですが、最終的にはもっと予想できない不可知な領域に到達してほしかったです。障碍者の描写は注意深く行わないと、ただの悪趣味どころか差別的と捉えられてしまうと思います。僕個人は「変格」的なものを担当してないわけではないですが、ミステリとして売り出すなら「本格」としての手堅さもほしいです。(丸茂)

●『ビッツィー』

設定や世界観に個性を感じました。万人受けを狙わないとしても、読み手を意識した大衆向けな要素を取り入れた作品にも挑戦していただきたいと思います。(岩間)

●『反救世主(アンチメシア)』

主人公の歪んだところが魅力的で、タイトルのアンチメシアにぴったりの良いキャラクターでした。個人的にはとても好きです。しかし、全体として彼らが何をしようとしているのか、主人公はどうしたいのかが少し曖昧なまま進んでしまうので、やや疲労感のある読み味でした。(戸澤)

●『箱入り娘の条件』

読み始めは恋愛小説という雰囲気で、魔法界のことがもう少し冒頭で示されていてほしいです。また15万字以上あり文量が多く、またその文量がどうしても必要な作品とは感じられませんでした。削るところはしっかり削ってメリハリをつけるように意識すると、冒頭でどのように読者に期待感を持ってもらうのか、構成も変わってくるのではないかと思います。(栗田)

●『失恋は愛の始まり』

プロのギタリストを目指す15歳の少年と寄り添う少女。妊娠と別れ、15年後。少女が産んだ娘が、(父親とは知らず)人気バンドのメンバーとなった父親に恋していく。ああ、怒涛のメロドラマ展開が次から次へと起こります。音楽と青春とメロドラマを融合させたらかくありなんという作品です。作者はいわゆるエモい書き方の勘所をわかってる方なので、ストーリーや道具立てを整理するといいと思いました。(持丸)

●『代理戦争~実力主義の世界で唯一無二の男性代行者~』

「代理戦争」というアイデア自体はおもしろくなる可能性がありそうですが、SFファンタジー要素も盛り込んだことで情報過多になり、最初のアイデアの良さが消えてしまっているように感じました。(片倉)

●『お前は将来ハゲるであろう』

タイトルと書き出しは、これは作品提示として「損をしている」と私は率直に思います。読み進めると、たとえば『トライガン』のようなハードとコメディの二兎を追う魅力がある作品だとも読めてくるのですが、いかんせん世界観やノリのコントロールがまだまだ不安定にみえます。主人公の目標設定をもっともっとわかりやすく打ち出したほうがコントロールしやすいと思います。(前田)

●『文鳥は斉藤を殴りたい。』

女子高生が事故死して文鳥に転生してしまう、という冒頭はキャッチーでした。ただ、この物語がどこに向かっているのかがなかなか掴めず、推進力が足りないと感じました。(栗田)

●『音楽で人が殺せる世界の従軍記』

トランペットやバイオリンなど楽器が兵器として使用される世界がファンタジックでした。音楽兵器をあつかえる選ばれし子どもたちの喜びや苦しみ、音楽が喜びでもあり殺戮兵器でもあるというアイロニーが胸を打ちました。ラストの戦い、フィナーレもいい感じです。一方で楽器には既成のイメージがあるので、この設定は両刃の剣でもあります。とはいえ作者にとって楽器兵器は必然のモチーフだったことがよくわかる作品でした。(持丸)

●『それでも勇者を救いたい』

作中で起きていることはわかります。ただ、突出して悪い点も良い点もなかった、というのが正直な読後感です。(岡村)

●『戦場の傭兵譚』

他者がレオンハルトを語る形から本人の語りになる構成はとても良かったです。ただレオンハルトの内面の動きや、傭兵という立場から生まれる葛藤をもう少し厚く描いてほしかったです。ただ、とても筆力を感じましたし、少しダークなドラマはとても文体に合っていると思います! ぜひまた投稿していただきたいです。(戸澤)

●『緋松悠斗。十四歳。きょう、僕は人を殺した。』

殺人に始まり、殺人に終わるのが無為に過剰な印象でした。野球とソフトボールに励む青春のなかで心身の悩みや人間関係の揺らぎを確かに描いていく、そういう作品にしてもよかったのではと。(丸茂)

●『私を作った物語』

このおもしろさを読み手に提示するのに、これだけの長さが必要かは考えてほしいです。文体はリズミカルで小気味よかったです。(岡村)

●『浅芽市高校生探偵団の結成。シールと絵画と消えた遺体の謎

キャラの立て方は素直というかのびのびしていていいなと。ただ探偵団ものの難しさですが、キャラを立てないといけない人数が多い点まで御しきれていたかというと疑問です。探偵役ワトソン役のふたりに絞ってもよかったのでは(あと探偵チームが窃盗を計画するのはさすがに倫理観どうなのとは思ってしまいました)。そして人死にが発生する事件と探偵団の軽いノリもミスマッチな印象で、やけに大仰な計画犯罪も無用に大変な感があり(偽装したとだけで済まされていることも多いのが気になる)。次作は〈日常の謎〉路線の学園ミステリにしてみてはいかがでしょう。(丸茂)

●『なんとなく』

瑞々しい青春と恋が丁寧に描かれており楽しんで執筆されたことが伝わりました。次の課題は構成です。内容に対して今回の原稿枚数は多いです。目標は200〜300枚程度。原稿枚数に指定がないからこそ、書店にどんな風に並ぶのかまで想像する力が問われます。(岩間)

●『写身のジェミニ』

写身という設定や、それぞれ個性的なキャラクターがとても良かったです。チームとしてとてもバランスの良いキャラたちでした。アクションシーンが課題かなと思います。淡々とした状況説明感が強く、もう少し書き込んでほしかったです。(戸澤)