2024年冬 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会

2024年1月16日(火)@星海社会議室

個性の光る良作続々!沈黙を破る作品は現れるか!?

今回は候補作が3作!

戸澤 さて、星海社FICTIONS新人賞は今回で第40回です。

太田 今回は候補作がちらほらあったよね?

栗田 片倉さん、岡村さん、丸茂さんから、計3作が上がっています。

丸茂 3作もあがるのは久々なんじゃないですかね。僕はミステリをあげましたよ! 心なしか投稿されるミステリの水準が上がってきていて嬉しいですね!

太田 ミステリ以外ももちろん期待しています。しかし今年は良いスタートだ! 星海社からビッグウェーブを起こしていこうよ!!

時代は才能に追いつくか?

片倉 自分が読んだ『バニラ・クラシック』は、前回の座談会で前田さんが話題にした『概念的少女機械』の方の新作です。詩的な文体で良かったと聞いていたので、かなり期待して読みました。が、個人的には残念ながらイマイチ楽しめませんでした。でも確かに、しっかり個性がある文体で一定の評価には値しますね。

前田 残念というと?

片倉 前回の講評でも「設定が不鮮明でストーリーが追いにくい」というコメントがありましたが、この作品も詩的すぎて話の筋が読み取りにくかったんです。あらすじの冒頭を見てみましょう。

逗子での二つの自殺。ある奇妙な女の39回目の爆破自殺は世界の色彩を揺らしたが、ある小説家の偽装自殺は世界の色彩を変えなかった。

片倉 こんな具合に、あらすじが明晰でないんですよ。本文もこのような調子で、自殺未遂を繰り返している人がいて、 それに関して何やら刑事が調べているらしいことはわかったんですが、事件を追っていく間に「世界とは何か」「生きるとは何か」といった哲学的な議論が挟まれていて、全体として曖昧模糊あいまいもことした読後感です。おそらく投稿者さんなりに長編小説に挑んでくれたのだと思うのですが、正直うまくいっていません。ただ、繰り返しますが、文体は一度読めばこの人のものだとわかる癖の強いもので、その点は良いんです。

前田 一目でわかる個性があるところは、素晴らしいんですよね。

片倉 気づいたんですが、この作者さん、生まれてくる時代を間違えたんじゃないかと思うんです。謎めいたキャラクター、衒学的げんがくてきな断章こういった舞台仕立てが一世を風靡したある時代に生まれていたら、この方はきっとポピュラーになれていたのではないかと。

太田 いつなら良かったの?

片倉 物語の間に思弁的なフレーバーが挟み込まれる感じ、2000年前後の美少女ゲームそっくりなんですよ。『さよならを教えて』とか、『ジサツのための101の方法』とか。

太田 あぁー! あったね!

片倉 この方は2000年ぐらいに美少女ゲームのシナリオを書いていたらすごく受けたかもしれません。が、今その文体で小説を書くのは厳しいですよね。

持丸 2000年代に太田さんと出会っていたら

片倉 星海社にこの作品を送っていただいた理由はよくよく分かったんですが、今これをどうすれば良いかというと

太田 うーん、やっぱりタイミングって大事だからね。この作品はこの時に出たから良い、という評価は、どうしてもあります。時代に選ばれるという感じかね。

片倉 この方、あと20年早く生まれていたら一躍時の人になったのかもしれません。

太田 でもさ、「壊れた時計も1日に2回は正しい時間を刻む」っていう言葉があるように、ずっと同じことを続けるのにも意味はあるんだよね。横溝正史の『犬神家の一族』がまさにその例で、1970年代、江戸川乱歩作品の映画を作りたくても権利が取れなかった角川春樹が、「そういえば乱歩みたいな作品を書いていた作家がいたな」って正史のことを思い出して、著作権継承者に挨拶しに家に行ったんだって。そうしたらまだ正史ご本人が生きててびっくりしたっていう、嘘みたいな本当の話がある。でも、その後映画『犬神家の一族』は大ヒットして、70歳を過ぎた横溝の旧作が大ベストセラーになったわけだよ。横溝正史は時代に取り残されてもずっと同じことをやっていたから、また人生の時が来たんだよね。ところで、高木彬光って知ってる?

片倉 名前だけは

太田 そうだよね、名前だけだよね。

丸茂 まあ僕らは世代的になかなか触れないと思う。代表的な名探偵に神津恭介っていうキャラがいて、もしかしたら虹北恭助の名前の元ネタなんじゃないかな今度はやみねかおるさんに聞いてみよう。

太田 横溝先生も高木先生も、どちらも当然面白いし唯一無二の小説家なんだけど、高木先生はすごくテクニシャンで器用な作家だったんだよ。ミステリにおいても歴史ミステリやら列車ミステリやら、さまざまな作品をさまざまに、しかしすべてハイレベルに書かれていた。だけどその結果、今「高木彬光を読んでます」って言ったら、かなりのミステリマニアだねって言われる。でも、横溝正史ってみんなが知っているじゃない。しかし正史の書き手としての「幅」は、狭いんです。これ、すごく示唆的だなと思うんだよね。だから、この投稿者さんもずっと同じことをやっていたらいつか時が来るのかもしれないよ。

片倉 美少女ゲームの再評価というと、最近『16bitセンセーション』もアニメになりましたもんね。2000年代の流行が復活するかもしれない。

太田 そうそう。あとは、発表の場を少しずらすのもありなのかもしれない。2000年代も、美少女ゲームだからできたことってあるから、小説じゃない何かに表現を変えてみるとか。それが今の時代だと何にあたるか、考えてみても良いと思うよ。

前田 グラフィックな表現と相性が良さそうな文体だなと、前回作のときに強く感じましたね。

片倉 あるいはVTuberの台本かもしれないし。

太田 そうそう、TRPGとかかもしれないし、もしかしたらまだ名前の付いていない何かなのかもしれない。ただ簡単に「今これは流行らないから変えたほうが良い」とも言いづらいね。少なくとも僕は積極的には言いたくない。

丸茂 思弁的なことがやりたい気持ちだけでは、ダメだと思いますけどね。広く伝わる「面白さ」が抜けちゃうと、何だかわからないものになってしまいかねません。

太田 やりたいことがはっきりしているのは良いことだから、そのうえで、ちゃんとエンターテインメントに昇華してほしいなと思います。やっぱり、読まれてなんぼは正解だと思います。

底力を感じるものの

岩間 私からは、『花の魔王と』を紹介したいです。どんなお話かというと、世界に7人いる魔王の1人、花の魔王が、かつてはさまざまな戦いに身を投じていたものの、今は城に閉じこもって1人静かに暮らしていているんです。そんなある日、彼女の力を狙い1人の少年が現れ、この2人の出会いが花の魔王を大きく変えていく、という物語です。まず良かったところは、思わず応援したくなるキャラクター設定ですね。完全に悪い人がいなくて、全員好感が持てました。タイトルになっている花の魔王も可愛い女の子で、完璧ではなくて親しみを持てる性格なんです。もちろん過去にはさまざまな戦いがあったんですが、その理由も物語の中で描かれているので、実は優しい魔王の人柄が分かると、読み手は魔王のことが好きになってしまうんです。主人公たちの敵になる存在もいるんですが、お互いに事情があるから敵になってしまったことがわかる展開になっていて、極悪人としては書かれていないんですよね。

丸茂 何をする話なんですか?

岩間 魔王と少年が、共通の敵を倒すために頑張る話です。王道といえば王道、悪く言えば既視感があるお話ではあります。

戸澤 主人公と魔王は敵同士ではないんですね。

岩間 はい。最初は退治しようと押しかけるんですが、だんだん一緒に戦う存在になっていくんです。なので2人ともすごく応援したくなりました。ただ、短編としては物足りず、中編、長編としては短すぎたんですよね。

丸茂 そんなに短かったんですか?

岩間 原稿用紙60枚の、長いプロットでした。この作品で起こる出来事はわかるんですけれども、小説というよりも小説を書く前のプロットの状態だと感じました。

丸茂 さすがに小説としては短いですね。このプロットを元に小説にしたらどうでしょう?

岩間 うーん、やはりキャラクターやエピソードの既視感は否めないので、厳しいと思います。ただ、今回の投稿作品を拝読して、構成や設定を考える力がある方だと感じたので、きっと作品のボリュームを調整しながら書くこともできるはずです。明後日の方向を向いてしまっているということもないですし、今回はじめてのご投稿でしたので、ぜひ先行作品の研究をしながら、自分だけの作品を書き上げてほしいですね。

ここも見てます、新人賞

戸澤 片倉さん、『鏡の中の私は殺人犯』は何やらすごく苦戦していましたね。

片倉 そうなんです、物理的にすごく読みにくかった。内容以前の話で、そもそもデータ形式が応募規定を守られていなかったんですよね。星海社FICTIONS新人賞の応募規定では、「txt」「docx」「doc」いずれかのデータ形式で、投稿専用メールアドレスに添付してお送りいただくことになっています。

栗田 でも、この方からはメール添付ではなく、ダウンロード用の転送リンクが送られてきて、それをダウンロードしたら体裁が崩れてしまって。色々試してみたんですが、結局崩れたデータしか取りだせなかったんです。

太田 どんな世界でも例外はあるんだけれど、小説家と編集の関係はやっぱり基本的にはどこまで行っても仕事相手なんだよね。新人賞の受賞者だって、投稿作を書いている間はたんなる趣味でも、受賞したらすぐに仕事になるわけじゃない。だから、応募の時点で一緒に気持ちよく仕事できるかできないか、ある程度編集側は考えてはいるんです。応募作品をデータじゃなくてプリントアウトして送ってもらっていた頃はもっと分かりやすくて、ちゃんと相手のことを考えて読みやすい形でプリントして送ってくれる人って、その時点で相手のこと、読み手のこと、つまり仕事相手のことを考えているのがわかって、好感が持てるんだよね。もちろん、作品がすごく面白ければ体裁はどうだって良いんだけれど、よっぽど良くないとそのマイナスをカバーするのは難しい。それに、やっぱり面白い作品を書く人はプリントアウトもちゃんとしている確率が高かったですね。

片倉 規定外の方法で投稿されたデータがうまく開けないとか、何か問題があったとしても、個別対応は難しいですしね。投稿者のみなさまは、規定に則って応募をお願いします。

戸澤 肝心の内容はどうでした?

片倉 ミステリの新境地に挑む野心は買いたいところではありますが、まず文章が読みづらく、そして登場人物への感情移入がしづらかったので、エンタメ小説としての評価は辛くならざるを得ない、そんな小説でした。

若き投稿者に期待高まる!

前田 『監獄島の囚人たち』、投稿者さんはなんと16歳です!

太田 若い! 若い人が挑戦してくれるのはやっぱり嬉しいね。

前田 本当に、ぜひ頑張ってほしいと思います。話としては、主人公が目を覚ましたらいつの間にか監獄島に収監されていて、何やら重大事件の犯人になっているらしいと。しかし身に覚えなく、記憶も喪失しており、冤罪であることを主張していくというストーリーです。罪が重いほど早く仮釈放されていくという謎めいた状況です。

丸茂 ファンタジー?

前田 いえいえファンタジーではないです。ただ、監獄島っていう定番の設定に対して、ストーリーの意外性がまだ少々足りない。

太田 映画の『シャッター アイランド』とか、すごく似てるよね。

前田 そうなんですよ。もう少しひねりがあってほしい。ただ、文体はすごく読みやすく、上手な方だと思います。

丸茂 どうしたら良いと思いますか?

前田 構成はこれくらいシンプルでも良いんです。ただ「登場人物が知っていること」と「登場人物は知らないこと」、それに「読者だけが気がつくこと」と「読者にも隠されていること」、それらのメリハリをがっつりつけていただきたい。ハラハラ感を出すためのサスペンスの基本的な技法です。まずは過去作品をぜひ沢山読んでみてほしい。

丸茂 サスペンスっていうと誰が良いかな、伊坂幸太郎さんとか?

前田 そうですね! あと、監獄島というジャンルにこだわるなら、すでにお読みになられているかもしれませんが、まずは『モンテ・クリスト伯』ですよね。古典ですし、派生作品もたくさんあります。映画も含めれば、先ほども触れた『シャッター アイランド』はすごく面白いですし、『ショーシャンクの空に』『大脱走』もエンタメ的参考にできそう。松本光司さんのマンガ作品『彼岸島』のようなサバイバル的作品も見ていただくなど、視野を広げていってください!

キラリと光るものアリ!?

片倉 『髪飾り』、これは最後の最後まで受賞候補にあげるかどうか迷いながら読むくらい良かったです。全ての情熱を小説に注いだんじゃないかと思わせる、かなり力のこもった作品でした。

太田 それを落としてどうするんじゃ!

片倉 まあ、ちょっと聞いてくださいよ。話はアウシュビッツ収容所から始まります。主人公は囚人で、収容所の中でレジスタンスに誘われます。ただ、その誘い自体が反抗者をあぶり出すための罠ではないかとも疑って、レジスタンスに乗るか乗らないか葛藤します。これが第1話。そして第2話は、それを書いた人の話。つまり、アウシュビッツの話は作中作です。第1話の小説が大いに物議をかもし、主人公は小説家として成功します。その先も、小説投稿サイトのレビュアーとして誰も見向きもしない小説に熱をあげたり、列車のテロに巻き込まれたりと、世の中の暗い部分に触れた体験を小説にしていきます。そして最後、話はアウシュビッツに戻ってきて、実は今までの話は主人公が看守に気に入られ、パンを恵んでもらうための作り話だった、と明かされます。この、世界が一周ぐるっと回って戻ってくる技巧が良いなと思いました。そして文体はとても良かったです。

丸茂 へぇー。アウシュビッツをちゃんと書けてるんですか?

片倉 アウシュビッツを史実通りに描いているわけではないでしょうね。生還率1%以下で、大半は数ヶ月以内で命を落としてしまうような場所でレジスタンスができるかは疑問ですから。そこはきっとフィクションなのだけど、作品内ではリアリティがあって説得されてしまいました。

丸茂 リアリティがあるなら、素晴らしいじゃないですか。

片倉 全体的にドストエフスキーとかウエルベックとか、そういう下向きな書き手に特有の熱量があって非常に良かった。言ってしまえば素人臭いけど、その素人臭さが逆に味になっています。もうちょっと素人臭かったらダメだという微妙なバランスで。最後の最後まであげるかどうか本当に迷いました。

岡村 でもあげるには至らなかったの?

片倉 そうなんです。ラストは主人公が看守に怪談を語るシーンなんですが、その演出が酷かった。幽霊の手が出てくるシーンで、ひたすら「手」という字が原稿いっぱいに並んでいるんです。その数、6480個、10ページ以上。

栗田 狂気だ

片倉 この方の素人臭さは魅力だと思いつつ読んでいたんですが、さすがに10ページ以上「手」が続くのには興ざめで、期待が高かっただけラストで非常にがっかりしてしまいました。熱量を持った人にしか書けない小説で、途中まで面白く読んだだけに、終わり方が悔しかったです。

前田 私が読んだ『第442亜人兵団』もすごく惜しい、光るものを感じる作品でした。ダークファンタジーのバトルもので、共和国軍と魔王軍が戦っているという設定。主人公は共和国軍のリザードマンです。設定はコテコテの定番で、構成としては前後半に分かれたものになっています。前半は、主人公が若い一兵卒として始まって、魔王と軍と戦うんだけれども無残に敗北、仲間たちも死んでいってしまうんですね。

丸茂 ハードモードですね。

前田 文体は重くなくて、割とトントンと読み進められるので、みんな死んでしまったあたりで「あれ、この話暗いのかな?」と急に気づかされましたね。後半は、前半の敗北を受けてリベンジすべく、主人公が肉体改造したり鍛えたりして、魔王と接敵します。

丸茂 ここまで聞く限りは、定番の流れですね。

前田 そうなんです、世界観はすごく定番なんだけれど、ちょっと工夫を感じるところもあります。「なんで魔王は何度も戦いを仕掛けてきて、いつもちょうど良く勇者に負けるのか?」というメタ的な謎解きを用意しているんですよ。

片倉 気づいてしまったか

前田 結論としては、裏にはやっぱり仕組みがあるんです。以下ネタバレになりますが、魔王軍というのは、それ自体に謎の謀略のようなものがあって、世界の人口を調整するために仕組まれたバトルフィールドだったと。それを主人公は暴いていきます。こういうダークファンタジー作品って、すごく長いシリーズになってしまうことが多いんですが、それを手際よく1冊サイズの中編にまとめてくださっていて、うまいんですよ。ただ惜しかったのは、 後半のバトルの読み味が薄味だったところです。 魔王との戦いはもうちょっとドキドキさせてほしい。アクションならば技とか動きの描写、バトルならば知的な駆け引きなどそこはデカ盛してほしい。ただ、構成の工夫が光っていたので、ぜひ再び鋭いアイデアでのリベンジをお待ちしています!

議論白熱! ミステリの禁忌

戸澤 ここからはお待ちかね、候補作ですね! 今回は候補作が3つあがっています。まずは片倉さんの『legato トレミーの腕The Ptolemy's arm』から見てみましょうか。

片倉 この作品は、2020年秋の座談会で『玉虫色の信仰』というオカルト学園百合作品で候補にあがった方からの投稿で、今回も学園百合です。あらすじとしては、田舎のとある女学園で、2人の少女が両腕を切り張りして交換した形で死んでいるのが見つかります。それが自殺なのか他殺なのかを、死んだ2人の親友である主人公が探っていく、というストーリーです。

丸茂 この冒頭の事件の描写はすごく面白いですよね。

太田 そうなんだよ! 冒頭20ページ、これは確実に受賞だなと思って読んでいたんだよね。空から腕が降ってくるところなんて、最高に面白い。

片倉 そうそう、2人の少女の死体の謎を解く鍵が、空から129本の腕が降ってくるという未解決事件「腕の雨事件」で、これもインパクトが強いですよね。主人公は、人気ミステリドラマの主演女優の娘で推理力抜群の女子校生・六花と手を組んで真相を探ります。そこで片腕を失った娘に腕を移植してあげようと、人生をかけて奔走する医師の日誌を見つけたり、とある片腕がない少女と出会ったりと、腕を起点に話が進んでいき、ある答えに辿り着きます。六花の推理は、2人の少女の死は自殺で、腕の交換はお互いへの愛を示すものであったというもの。しかし、それは間違っていると、主人公は自らの推理で反駁はんばくします。最後までキャラが立っていて面白く、ゴシックミステリとしての雰囲気も楽しめる良い小説でした。

丸茂 掴みはすごく良かったです。でも、この作品の一番の問題は、結局のところ空から降ってきた腕は超常的な現象でしかなかったところですね

太田 そうそう。事件自体は最高に面白いんだけれど、その後の解決が良くないね。この設定で本格ミステリを書いたら、というか書けたら、島田荘司さんの作品みたいなめちゃくちゃ面白いミステリになると思うよ。腕のファフロツキーズ現象なんて、めちゃくちゃ面白いシチュエーションじゃない。みなさん、読んでみてどうでした?

岡村 キャラが良いですよね。今回読んだ作品の中で一番良かったです。

栗田 岡村さんのおっしゃる通りキャラはとても良いんですが、私は扱いが少し気になりました。最初は刑事・有馬の視点から物語が始まっているんですが、途中で彼が消えてしまった感じがしてアレ? と。

戸澤 私はオカルト要素が出てきたあたりから、どういう楽しみ方を求められているのか分からなくなってしまいました。

岩間 確かにオカルティックではあるんですが、前作よりも圧倒的に大衆向きになっていた点は良かったですね。

持丸 みなさん結構辛口ですね。私は正直、俳句で言うところの「直しはありません」という感じでしたよ。

丸茂 マジですか!

持丸 冒頭の事件から、川端康成の『片腕』のエロスに通じる官能美を楽しめました。結局こういう話だと思うんです。「少女たちの分析的推理が真実に達したかに見えた瞬間、マジカルに打ち砕かれる」、そこんところが鮮やか。ミステリの規範から外れるのかもしれませんが、「怪異が少女たちの探偵ごっこをあざ笑う」展開は作者の意図したもので、そこを評価したいですね。

丸茂 うーん。論理的な推理の結果、奇妙な着地点に辿り着いてしまうミステリはままあるんですけど、この作品は推理し甲斐がある部分が見当たらない。持丸さんもミステリとして楽しんでいるわけじゃないですし、刊行するならミステリとは謳わないほうがよいのではと。でも、だとしたらどういうパッケージで売るのかというと僕はビジョンが浮かびませんでした。

片倉 ミステリ小説において謎をオカルトで解決するのは、そんなにタブーなんですか?

太田・丸茂 そりゃそうだよ! 何でもアリになっちゃうじゃん!

丸茂 まあ「謎」と「解決」があれば広義のミステリーと言っていいと思います。そして丁寧に説明すると、オカルトが存在することが悪いわけではなく、推理可能で納得させられる真相がないのが厳しい点ですね。たとえば手代木正太郎さんの『涜神館殺人事件』は超常現象が山程発生しますが、論理的に推理可能な点も用意されています。

片倉 「面白ければ斜め上の真相でも良い」というわけではないのか

丸茂 本格ミステリに求められるのはもちろん「意外な真相」なんですけど、「意外かつ納得できる真相」でもあるわけです。つまり「読者が推理可能である」けど気づけなかったから読者は驚く。たとえば「実は宇宙人が空から腕を降らせてたんです!」って真相は人によってはおもしろいかもしれないけど、伏線が回収されなければ納得感はないですよね。ただミステリ的にNGというだけで、エンタメ小説として面白ければ良いと思う。ホラー小説としては面白かったですか?

片倉 ゴシックホラーとしては端整で、古典的な魅力があると思いますね。しかしやはり、「腕の雨事件」の収束ができていない点は、ミステリ作品として読むのは難しいですか?

太田 そうだね、なかなかこの作品をミステリです、とは言いきれないんだよね。ミステリ作品を「ミステリではありません」と言ってはいけないんだけど、この作品は、本当はミステリではないのにミステリのような導入があるのが良くない。少なくとも相当に損をしている。ホラーかと思わせておいて、ミステリ的に綺麗な着地をする、だったら鮮やかだと思うけどね。だったらいっそ、この人が思うホラーを書いてきてほしいと思うな。今回の作品の構成は、ミステリの形式に思い入れがない人だったら楽しめるのかもしれないけれど、思い入れがある人からするとかなり許せないものなんだよ。

片倉 つまり、それまでに提示されていた証拠から合理的に推理できないのがダメなんですね。

太田 そうそう。

丸茂 たとえば呪いという超常的な現象があったとしても、「呪ったのは誰か?」は推理可能なものとして組み立てられるよね。だから「この怪現象はなぜ起きる?」以外に、ちゃんと推理できる謎があれば良かったんですけど。

片倉 ホラーにしても、「この怪現象はなぜ起きる?」という謎があって、それを情緒のロジックで解いていく、という構造はミステリと一緒ですね。なのでホラーに挑んでいただくにしてもやはり、「それまで出ている証拠に基づいてフェアな解決をする」という課題はありそうです。

丸茂 うーん、この方、ミステリ読みの好みに対して前進してきていはいると思うんです。前回の投稿作は、言ってしまえば不思議なことが起きるだけだった。無論ミステリにしなくても道はあると思うのですが、具体的にその路線を片倉さんが提示できなかったのが前回でしたよね。あとは推理できる部分も作るというところを達成できれば、受賞は狙えると思うんです。冒頭の引きは満場一致で良かったですからね。

片倉 改稿でミステリ的にも納得のいくものにできればあるいは

太田 この事件から論理的な解決に導くって、できるのかな。でもそれをやるのがミステリ作家なんだよね! 通常の読者が、「こんなの無理だ」と思うものをやってのける、それでこそミステリ作家なんだと思う。

戸澤 では、今回は受賞というところで言うと、どうでしょう。

太田 難しいね。僕はこれは受賞させるべきではないと思う。

片倉 悔しいですね。この作品、僕はかなり好きだったので、この方とは、一度お話をしたいです。

太田 うんうん、ぜひ連絡取ってみてよ。

読者をうまく裏切る工夫を!

戸澤 では、岡村さんからの推薦、『虐殺人形と国際法廷』です。

岡村 これはSFものです。一言でまとめるとしたら、未曾有みぞうの大虐殺を引き起こしたであろう人工知能を、人は国際司法で裁くことができるのか? というお話です。

太田 わかりやすい!

岡村 もう少し詳しく話すと、ある国の副大統領がベアトリーチェというAIで、このAIには、大量破壊兵器により100万の人間を虐殺した容疑がかかっています。作中の世界ではロボット工学三原則などの一定の条件を満たすAIには「ヒト」として法的人格が付与されており、ベアトリーチェも人間と同等の権利能力を有する「ヒト」とされています。で、主人公である検察官はベアトリーチェが有罪であることを主張・立証しようとするのですが、国際人道法には死刑の規定がありません。つまり、たとえ100万の人間を虐殺したとしてもベアトリーチェが「ヒト」とみなされている限り、終身禁固刑までしか処することができません。それは償う罪としては軽すぎはしないか。そもそもAIに禁固刑を処すことに意味はあるのか? そこで主人公はAIの法的人格そのものを否認してベアトリーチェを「モノ」として処分すべく、ロボット工学三原則違反で訴追に踏み切るのだがという物語です。

持丸 全体的に倫理的な問いが込められていましたね。

岡村 そうですね。候補にあげた理由は、大きく3つ。まず、少し硬めの文体なんですが、ところどころに隠しきれない良い意味での中二病感があるところ。これは結構僕の好みです。次に、国際法廷や司法を全然知らなくても、読めばしっかり分かる内容になっているところ。あとは、一言で「こういう作品です」と伝えられるところです。

栗田 確かに、何が起きてるかは分かりやすいですよね。

岡村 太田さんはきっと、僕の好みに合わせてこの作品を振り分けてくれたと思うんですが、僕は至道流星さんの『羽月莉音の帝国』のような、スケールの大きい作品が好きなんです。この作品、AIが一国の副大統領をしていて、名前がベアトリーチェなんて、中二病感丸出しじゃないですか?  僕は最高だなって思ったんですよ。好みの合う合わないというのは、厳然たるものなので仕方ないですが、好みが合う者としては、作品のクオリティは水準には達している、という印象でした。ただ、「そうきたか!」と思わせるような驚きは正直なかったです。

太田 あぁ、わかる。この作品のラストは、「それはそうだよね」っていう内容なんだよね。

丸茂 サプライズと納得、両方ほしいですね。

太田 納得はするんだけれど、「このラストの解決はAIならではの感性だな、すごいな」というわけではないんだよ。「そうだね、それが合理的だね」に収まってしまってる。人間の感性の範囲内。僕でもそうするかもしれない。

岡村 そこはちょっと弱いなとは思ったんですが、みなさんどうでした?

持丸 この作品、私は読むのがすごく辛かったです。

岡村 序盤はやや辛いかもしれないとは思いましたが、全体的に辛かったですか?

持丸 割と全体的に辛かったな

丸茂 僕も持丸さん寄りです

持丸 最後まで読んだら、作品の意図がしっかり分かるんですよ。要は「目的は手段を正当化できるか?」という議論を小説にしたかったんだと思います。例の「トロッコ問題」ですよね(4人を救うために1人を犠牲にしても良いか)。

太田 確かに、これはスケールの大きい「トロッコ問題」なんですね。

持丸 人間の責任をAIに肩代わりさせる、その非情な側面を硬質な文体の小説にしたかったんだということは伝わりました。

戸澤 私は結構楽しく読んだんですが、司法を丁寧に書いていているところと、思いっきりSFの部分との乖離というか、温度差にちょっと違和感がありました。

片倉 僕はこの作品、架空戦記のような叙事的な文体で読みやすかったです。ただ、この内容を10万字の長編で書く必要はないですよね。たとえば星新一だったら4ページくらいの短編で同じ内容を書けるんじゃないかと。

太田 そうだね、短編で良いというのは僕も思った。

丸茂 この話って、基本的には1つの問題についてずっと話している談合小説なんですよ。それが原稿用紙300枚続くっていうのは、なかなか苦しい。

岡村 でも法廷ものって、フォーマットとしては優れていると思うんです。将棋とかカードゲームと一緒で、ターン制のバトルで、最後にどちらが勝つのかを追っていくっていう。

太田 『逆転裁判』とかもあるからね。

丸茂 この作品の場合、逆転してない裁判だからなぁ

片倉 「小説で学ぶAI倫理」のような感じで、国際法の勉強にはなるんですけどね。

太田 この作品はやっぱり、内容が読者の想定の範疇はんちゅうで、驚きのなさが課題だと思うよ。たとえばAIが真逆の判断をして、全世界の人類を犠牲にして小さな都市だけをこの世に残した、それはなぜか? というテーマだったら面白いと思うんだよ。「100万人を犠牲にして全世界を救いますか?」って問われたら、普通の人は100万人を犠牲にすることを選んじゃうと思う。だけど、AIならではの理論で「本当に地球の未来に必要なのはこの100万人だけで、その他の人は世界には意味が全くないんです」なんて言われたら、衝撃じゃない?

岡村 たしかに。

太田 「あなたを生き残らせるために50億人殺しました。これで人類はもう大丈夫です。」とか言われたら「ええっ! なんで!?」ってなるじゃない。

岡村 そんなこと言われたら、もう太刀打ちできないですよね。

前田 この作品、僕はたとえば語り順が逆だったら良かったのにな、と思いましたね。

太田 と言うと?

前田 結論からスタートするんです。AIはすごく合理的な判断をした、という裁判結果が出るんだけれど、時系列を遡っていったら、やっぱりAIには自我があって、めちゃくちゃ利己的な行動をしてたことが明るみになっていく、だけど、やっぱりみたいな。プロットで意外性が作りにくいときは、そういうやり方も。

太田 なるほどね、それも面白いね。うーん、そう思うと受賞はちょっと難しいな。

岡村 そうですね。でも明確に作品としての色はありましたから、そこはすごく良かったです。

ミステリの面白さとは?

戸澤 最後は、丸茂さんからの候補作、『マリー・ロジェ幻相』です。

丸茂 本格ミステリです。 エドガー・アラン・ポーに『マリー・ロジェの謎』という、実際に起きた事件を元に書かれた作品があるのですが、この『マリー・ロジェ幻相』は『マリー・ロジェの謎』には別解があったんじゃないかというテーマをベースに作られています。舞台は19世紀アメリカ。語り手は原因不明の幻想に悩まされている女性・アビゲイル。彼女が『マリー・ロジェの謎』には別解があるんじゃないかと、なんとポー本人に問い詰めるところから物語が始まります。作家・ポーとオリジナルキャラクターのアビゲイル。この2人が『マリー・ロジェの謎』の元となったメアリー・ロジャース殺人事件を辿り直していく最中に新たな密室殺人が発生。双方の真相を解明する筋書きです。

戸澤 この作品、前回の座談会でも丸茂さんのご担当でしたよね?

丸茂 はい。いくつか直してほしい点をコメントして、今回はその改稿版ということなんですが、正直あんまり直っていなかった!!! でも一定水準のクオリティはあるし、僕の評価だけで1行コメントを投げ続けても仕方ないだろうと、候補作にあげました。僕がいちばんプッシュしたいのは密室殺人の図版ですね。これが絵的にめちゃくちゃ面白い。みなさん、図版は見ました?

片倉 ちょっと複雑だったな

丸茂 複雑じゃないよ! とてもシンプルです。 ポーの著作が遺体を囲むように意味深に置かれています。

太田 なんか、魔術っぽい図でワクワクするよね。本格ミステリは図版も命だよね。

丸茂 このまま装幀にあしらいたいくらいでした。パッと見て「なんだこれは?」と気になる図は良い謎だと思います。謎の設定としては及第点以上というのが僕の評価でした。この事件についての謎解きが過去の事件の謎にも絡んで、最終的にある程度の着地をしたところで、その解決とは別に幻想的な着地も見せるというのが、この作品の大まかな構成です。もう一つ推したい点は、語り手のアビゲイルですね。語りに良いリズムがあって、物語をぐいぐい引っ張ってくれます。ポーの造形も、人によってはポーがこんな性格で良いのかと思う人もいるかもしれないけれど、キャラ小説としてアビゲイルと良いタッグが組めていました。

岩間 キャラクターが立っていて非常に読みやすかったです。2023年秋の時点で、丸茂さんがすでにアビゲイルが物語を引っ張ってくれるところを絶賛されていましたが、非常に頷けます。文章のクオリティが高いです。

片倉 うーん、僕はどちらかというと否定的ですね。

太田 お、いろんな意見が出るのはいいですね。

片倉 最初の数十ページはすごく面白かったです。主人公のアビゲイルと探偵小説の父たるポー、2人の魅力的なキャラが『マリー・ロジェの謎』の真相を追っていくのだと期待が高まりました。が、読み進めるにつれてストーリーがあちこちに散っていってしまう感じがしたんです。メアリー・ロジャーズ殺人事件を追うという大きい目的と、今目の前で起きている事件にどういう関係があったのかが、読み進めて情報量が増えるにつれてだんだん分からなくなってきて、そこにフラストレーションがありました。実際にふつうの小説2冊分の分量がありますし、体感的にもメインストーリーが進まず冗長さを感じてしまうというのは、エンタメとして良くない点ですよね。

丸茂 前回のコメントで「メインの事件の発生は前倒ししてほしい」と書いたんですけどね。今回の改稿版でも、密室殺人発生まで星海社FICTIONSのフォーマットで約200ページかかってる! 遅すぎます!!!! その200ページの間は、モデルになった過去の事件の関係者から、事情聴取をやり直しているのですがタルい! でも、ここは改稿でどうにかなる要素だとも思います。

栗田 私も、すごく良かったとは言いにくいというのが正直な感想です。冒頭、アビゲイルが尊敬する作家であるポーに対して必死に書き直してほしいと頼むところから、その強い動機にあまり共感できないまま物語が進んでいってしまいました。好みの部分もありますが、好感の持てる言動の登場人物が見つけられなかったんです。文章はとてもレベルが高かったのですが、応援したくなる、好きになれるキャラクターがいたらと感じました。

前田 私は楽しく読みました。ポーが生きた時代の社会史的なこと、たとえばイエロージャーナリズムみたいなものが蔓延はびこっていて、新聞は実に信用ならない。その怪しげな都市社会に、ミステリ作家として際立った才能を見せた人がいて、それがポーなんだと。マリー・ロジェの謎というのも、新聞というエビデンスが覆されるところから再捜査可能になっている。前田愛さんの評論を読んでいるときのようなワクワクをミステリにうまく落とし込んでいて、高評価です。

持丸 ポーの元ネタよりも面白いところは良いですよね。ポー作『マリー・ロジェの謎』はなぜ失敗に終わったのか? という謎を追究しつつ、作中で読者代表の女の子がポーと一緒に事件を調べる。この構造が良いんですよ。実際の『マリー・ロジェの謎』で探偵役のデュパンは新聞記事を元に推理するんですが、この作品では本人とアビゲイルが自ら訪ね歩きます。ただ、2日ぐらいの弾丸ツアーなので、詰め込みすぎです。ポーを読んだことがある人だったら、色々な作品を引用しているっていうのはすごく楽しいですよね。作品内の時系列を史実に揃えているのも評価ポイントです。

丸茂 持丸さんの評価は、ポー作品をいくつか読んでいる前提での楽しさがある、ということですよね。その前提を共有していない人に対してはテーマが狭すぎるのも大きな欠点だと思ってます。

片倉 『マリー・ロジェの謎』はポーの中でもマイナーな作品で、ポーやミステリが好きな人にとっても小粒すぎるかもしれません。

太田 そうだね。しかしこの作品、ポーの有名作品の引用の部分が面白いんだよ。だから、これは無理筋のリクエストだけれどメインのテーマが『黒猫』の新しい解! とかだったらすごい、面白い! となると思うんだけどね。

丸茂 ポーの『マリー・ロジェの謎』は世間的な評価が高くなくって、つまり原作が不出来だったからこそできるアプローチの投稿作ではあるんです。ただそれゆえミステリオタク向けですね。『マリー・ロジェの謎』を題材にしてるというポイントのみでは、僕は読者を獲得できないと思います。

岡村 ただ、新人賞って万人受けする必要があるかと言ったらそうでもないんじゃないかな。今までの受賞作だって万人受けするようなものではなかったし、一定の層に深く刺さるんだったら受賞させて良いと思う。丸茂くんから見て、ミステリとして世に出しても恥ずかしくない作品だったら、良いんじゃない?

丸茂 ミステリとして世に出しても恥ずかしくないかどうか、僕の答えは「微妙!」です。結局のところ、ポー云々は丸っと無視して単純にこの作品オリジナルの事件解決がミステリとして面白いか否かが、この作品の評価点だと思います。なので僕は微妙だったけど、ほかの方の評価も聞きたいのであげさせていただいたわけですが、密室殺人事件のパートはいかがでしたか?

持丸 実はここあんまり印象に残ってなくて、それよりも「ポー自身による分身(=デュパン)殺し」というテーマが面白かった。ポーの最期を『ウィリアム・ウィルソン』に擬してリミックスした作品であって、こうした重層的に読めるところが魅力なのでは?

太田 ミステリ小説としての面白さがあるかっていうと若干疑問ではあるよね。密室に残された犯人からのメッセージは解読すると「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」になるんだけれど、それではやっぱり弱い。解いた甲斐がないと思う。

丸茂 意味深に置かれたポーの本は、結局のところ暗号でしかないんですよね。犯人当てに絡んでくるような論理はそこから引き出されない改稿でどうにかしてほしかったんですけど。難しかったようです。

太田 しかしこの投稿者の方、男性で50代だけれど女の子の書き方がしっかりしていて、おじさんが書いた女の子の感じが全然しないのはすごく良い。だから、この作品はいわばポーの夢小説なんですよ。ポーのファンが読んだら絶対に楽しい。

持丸 アビゲイルが古書店を継いだっていうのも良い終わり方でした。

太田 そうそう。探偵小説に限らず小説を読むときって、あぁ自分がこの世界の登場人物だったらな、ってみんな思うでしょう? この作品は、読者のその気持ちをちゃんと代弁するような話になっているんですよね。そこは非常に良い。でも、ミステリとして水準以上かというと、やっぱり弱いね。現代の時系列で起きる事件をメインの事件として展開しなきゃいけないんだけれど、たとえば本の配置が「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」じゃなくってポーの詩の一篇になっていてそれが犯人からの挑発になっているだとか、謎が解かれた先にあっと驚くものがあってほしい。この方は、本格ミステリ小説としてこの作品を投稿してくれたはず。だとすると、メインの謎の弱さは致命的な欠点になるよ。すごく受賞させてあげたい気持ちはあるんだけれど、強く推せる作品ではないと思います。

丸茂 誰か僕と違って高評価な方がいるかなと思ったのですが、やっぱりなさそうですね。この方へも、連絡だけはさせてください。

太田 良いじゃない、じゃあ連絡してみようか。この方はいずれデビューは必ずできる方だとは思います!

惜しくも受賞者は出ず

戸澤 候補作が3点、なかなか白熱しましたが、受賞者はなしとなりました。

太田 くーっ! 惜しい感じではあったんだけどね。

岡村 最後に受賞者が出たのは、2019年冬の回ですからね。もう4年も受賞者が出ていないことになりますよ。

太田 悲しいわあ

前田 ハードルが高まっていくのを感じるけど、感じたくない。感じないでほしい

丸茂 べつにいくら賞金が釣り上がっても、僕たちのなかのハードルは上がりませんけどね。誰か賞金もらっていってほしい。できれば面白い本格ミステリでっていうのは完全に僕の好みですが(笑)。

太田 もちろん星海社FICTIONS新人賞はジャンル不問ですから、みなさんバリバリ書いてバリバリ投稿してくださいね!

栗田 最後に、本新人賞では紙ではなくデータをメールに添付しての原稿投稿をお願いしています。ご投稿の際には、応募規定を今一度ご確認いただければと思います。

1行コメント

●『アンセスター・パラサイト 神楽恋物語』

世界観はしっかり構築されているので、それを活かすためにどのようにエピソードを並べたらリアルに感じさせられるか、読者に没入感を味わってもらえるかを考えてみていただきたいです。(栗田)

●『一番好きな子を殺さないと脱出できない百合デスゲーム』

デスゲームものとして『バトル・ロワイアル』や直近の『死亡遊戯で飯を食う。』などと比べると、推したい秀でた点を見つけられなかったです。バトル・ロワイアルに巻き込まれるのは、全員ふつうの一般的な学生の範疇にして卑近さを感じさせるか、全員特殊な能力持ちのヤベーやつらにしてアクションや頭脳戦や異能バトル要素で見せるとか、どちらかに振ったほうが良かったのではと。リアリティがチグハグな印象でした。(丸茂)

●『オスカーをつかむまで

登場人物の言動が古く、リアリティが感じられませんでした。(岡村)

●『ジュラシック・テイル〜猫耳転生と恐竜少女〜』

「異世界転生したと思ったら白亜紀だった」という最初の掴みは、続きが気になる面白いものでした。しかし、その後の展開には冒頭ほどの驚きや感動がなく、後半で失速した印象が否めません。(片倉)

●『蒸気機関車に竜を乗せて』

なし崩し的に旅がスタートしてしまうので、読者に興味を持ってもらえるような旅の目的を最初に提示したほうが良いと思います。それも含め、淡々と紀行が書き連ねられる過程はずっと設定を説明されているような気分になり、エンタメとしてはそこで読者に何を楽しませるのか、もっと明快に設定していただきたかったです。(丸茂)

●『ひとでなしのかれら』

読みやすい筆致でストレスなく一気に読めた作品で、筆力の確かさは感じます。ただ残念ながら今回の作品は、人と戦闘機械の交流を描いた作品、というテーマでの近年の出色『86』を超えるような深みは感じられず、「悪くはない」以上の評価が難しいです。(片倉)

●『オレゴンから愛とか言ってる時間はない!』

オレゴン州にホームステイした高1の僕とステイ先のオレゴン娘の関係を描いたラブコメ。ちょっと違うと思ったのはステイ先の家族の発話(英語)を大阪弁にしているところ。それと「オレゴン州PRラブコメ」とあるとおり、二人は観光名所めぐりをするのですが、物語の推進デバイスとしてはうまくいってない。略歴に書かれた「満月のような妻をめとる。珠のような長女を授かる。おにぎりのような次女を授かる」、こういうユーモアを作品で読みたいですね。(持丸)

●『水辺のペガサス』

優しく心温まる作品でした。山路さんのような、日常の中でこういう人いるな、と思わせるようなキャラクターづくりが魅力だと思います。しかし、強い引きがなく、ずっと同じ温度感、空気感で進んでいくため、楽しさ、面白さを見いだすことがやや難しいです。物語の推進力を高める工夫を凝らしてみていただきたいです。(戸澤)

●『ガロワのソラの下で』

物理学や数学の部分が、難しくてわかりませんでした。そういった部分がわからなくても楽しめる小説になっているかというと、そうでもなかったです。(岡村)

●『鬼人探偵・虎居光竜骸島のアスラ

恐ろしい冒頭にはインパクトがありました。終戦直後の日本についてもしっかり調べられていてリアリティがあります。しかし殺人のトリックには驚きが少なかったです。屋根に寝かせた死体の下にりんごをかませておき、そのりんごを猿に食べさせて死体を落とすという部分には、「球体であるりんごをかませておいたら、死体はすぐに落ちてしまうのでは?」と疑問を感じました。(栗田)

●『夜泣き川の仏』

童話的な情緒のある地の文の作品で個性的でしたが、そのぶん没入感が薄かったです。会話にも重複が多く、川に赤ん坊を捨てようとしてしまう親の切迫感やヒリヒリ感も薄まってしまっている印象でした。(栗田)

●『監獄ホテル』

世界観がよくできていて、楽しく拝読しました。しかし、会話の中では不自然な言葉選びや、ややくどい表現が気になります。一部主語のブレもあるため注意していただきたいです。小さな不調和は提示されているものの掴みとしては弱く、終盤で一気に駆け抜けてしまうのはもったいないです。時系列や構成を整理してみてください。(戸澤)

●『お前の愛は人のかたちをしているか』

社会全体の大きな話と主人公たちの小さな話、2つの視点からなるディストピア譚ですが、前者の設定が稚拙すぎてシリアスな話が台無しでした。小さな世界の人間ドラマだけに焦点を絞ることをおすすめします。(片倉)

●『死に産まれる』

設定自体がとても面白く、誰の記憶・魂がどこにあるのか、整理しながら追っていくのがとても楽しかったです。しかし、全体的に抑揚に欠ける印象があり、臨場感やドキドキ、ハラハラさせるような部分を作り込んでいただきたいです。(戸澤)

●『星を結う』

さまざまな要素を入れ込もうとしていることは伝わるのですが、それが裏目に出てしまって、全体の印象が薄くわかりにくく、冗長になってしまっている印象です。まずは分量を半分から2/3ほどに抑え、話の軸として「誰の何を書きたいのか」をもう少し意識していただきたいです。(戸澤)

●『恋愛リアリティポリス』

黒幕の動機を筆頭に、無理がある箇所が散見されます。ところどころ描きすぎな印象で展開も遅く感じます。主人公のリアリティショーでのすれ違いっぷりは、面白いところもありました。(岡村)

●『さらば、人斬りナンバーフォー』

色々な要素を詰め込みすぎで、どういう面白さを提示したいのかがわかりませんでした。(岡村)

●『奇跡の神様』

地獄や鏡の世界が舞台となっているため、読みながらその情景を思い浮かべられるよう、地の文の描写を豊かにしていただきたいです。とはいえ、現段階で30万字を超えていますので、10万字程度で一つのお話をまとめることも意識していただければと思います。(栗田)

●『カント セタ ユカラ』

読みやすい文章でテンポもよく、最後まで楽しく拝読しました。しかし、どこか他の異国の地でも成り立ってしまうのでは? せっかくアイヌ文化を織り込むのであれば、主人公たちの触れあいのなかで、何か互いに影響し合ったり、新しい何かを生んだり、アイヌを設定に据えたからこそ生まれるストーリーがほしかったです。(戸澤)

●『彼岸の刹那と四人の死者』

短編連作で、特に最初の短編は大変面白く読みました! 文章も読みやすかったです。前作の岩間さんのコメントから、キャラクターを若く設定し練り直していただいたのだと思います。けれど、設定と最初の短編から期待する感動ものの路線から徐々に外れていき、ラストの展開にはやや強引な部分も見受けられました。星海社に合わせたテイストにしてくださったのだと思いますが、ご自身の作風も大事にしていただきたいです。(栗田)

●『羽囮同』

残虐でグロテスクな、芯からゾクゾクさせる表現が素晴らしかったです。個性的な文体ではあるのですが、「」が過剰で読みにくいため、使いどころを絞って効果的に使っていただきたいです。徹底して暗く、救いのない話自体は良いのですが、全体的に隠喩的すぎて、話の筋が見えにくくなってしまっています。(戸澤)

●『猫は世界を救ったかもしれない。』

「さたんのこども」の登場までの盛り上がり、登場シーンがとても良かったです。しかし、登場後に子どもが淡々と説明してしまうのはもったいないです。もう少し、子どもらしい奔放さで読者と捜査員たちを振り回しても良いのかなと思います。また、子どもの発言にあまり可愛げがないところも気になります。(戸澤)

●『Beyond Dimensions』

変人とそれに巻き込まれる主人公という2人組の軽快な掛け合いがとても楽しい作品でした。憑依、雌雄、次元と盛りだくさんで、それぞれの仕掛けはとても面白かったのですが、相乗効果が生まれるところまでは達していなかったように思います。どれか一つで二転三転する面白さを突き詰めてみていただきたいです。(戸澤)

●『電脳彼女はシンギュラリティーの夢を見る』

ダメダメな男性主人公が愛されてという恋愛描写には、夢が詰まっていると感じました。しかし、主人公がこの物語の中でどう成長するのか、その変化が少なく、読者が応援したくなる要素がやや欠けている点が気になります。(栗田)

●『生命の樹』

オリジナリティのある世界観を提示いただき、傑作になりうる潜在的な可能性を感じます。随所に工夫を感じるものの、世界観を分かりやすいストーリー・プロットに落とし込むという点では、まだまだ改良の余地があります。特に導入で引き込めるかは、勝負です。この点、三宅乱丈さんの『イムリ』を参考作品として挙げます。(前田)

●『人生二周目刑事』

強くてニューゲームな特殊設定が、性格以外の部分、探偵の能力にはあまり活きていない印象です。設定に対して、事件の展開が地味なのも歯がゆいところでした。(丸茂)

●『統覚少女』

小説ではなく、ゲームブックのご応募をいただきました。星海社FICTIONS新人賞の応募規定から外れており、評価が難しいです。小説を書きたいのか、ゲームを作りたいのか、舞台の脚本を書きたいのか、いただいた原稿からは読み取ることができませんでした。もしも小説を書こうという気持ちが確かなものになったときには、また弊社への応募についてご検討いただけたらと思います。(栗田)

●『エクスプロイト・コード』

ストーカーがストーキング対象の殺人事件を推理する第1話の筋は、某有名作を彷彿とするノリで惹かれました。前提知識が必要な解決だったのは傷。各話も連作としても、ミステリとして非力な印象でした。(丸茂)

●『黄泉路を爆走疾走中』

若き陰陽師を主人公にした歴史伝奇。地獄の王に抜擢されて(純友や将門などの)事件の調査に関わっている。このジャンルに必要な文体を使いこなしているのは素晴らしいと思いました。式神を駆使した戦いのシーンも迫力がありました。若者が偉大な父との関係に悩むところも「らしさ」充分。もったいないのは妖狐たちの陰謀がメインの「謎」なのに、ここが印象に残らないところです。脇役・敵役の造形を厚くしたり、伏線の張り方に工夫が必要だと感じました。(持丸)

●『夜間限定魔法少女』

良い成長譚でした。ラストの締め方も好きです。一方、驚きや「そうきたか!」というインパクトがなかったのも正直な印象です。王道というかオーソドックスな小説はしっかり書けているので、それに読み手をうならせるプラスアルファがほしいです。(岡村)

●『霧の国、からくりの君』

スチームパンク×少女小説という建て付けで、上質な喫茶店に住まったような美しい世界観です。候補作に推すことをためらったのは、少々「薄味」に思われること。ストーリーをまとめあげる力はすでにお持ちだとお見受けします。プロットの起伏を大きくしていってほしいです。(前田)

●『嗤うケルベロス』

オカルト要素を盛り込んだミステリで、特に冒頭には引き込まれ、実力のある方だと拝察いたしました。推しきれなかった要因は、静泉のキャラとしての魅力が引き出し切れていないように思われたこと、また犯人の犯行動機の説得力・面白さが、全体のオカルト的建て付けとうまく調和していないように思われたことの2点です。(前田)

●『無敵同盟』

ダークな世界観で現代社会の歪みを表現なさっています。作中の大事なテーマである「お金」に対する見方がさらに深掘りされると、物語もより深みを増すのではないでしょうか。加えて、無敵同盟と自称して、お金持ちを殺害していく、彼らが仮面などで姿を隠しながらも動画に登場するシーンは、もっと冒頭に持ってきたほうが、読者を引き込めると感じました。(栗田)

●『流星の魔法使い』

主人公が国際問題の発端となるというプロットが面白く、ここが序盤の肝ですね。理不尽をどう受け止めるかという成長物語のポイントも、あの場面に凝縮されています。しかし本作の主人公の怒りの描写は、少々激烈すぎます。確かに現実ではあのような感情の流れが起こり得るのですが、自然主義的すぎて、かえって感情移入しにくかったです。これは作品全体にも言えることで、自然主義的な精細な描写とハイ・ファンタジーをどう折り合わせるか、一層の工夫のある物語文法的戦略を打ち出していただかなくては、作品が極めて長大になってしまう傾向への解決も得られないと私は感じます。バルザックの『サラジーヌ』とミッシェル・セール『両性具有バルザック『サラジーヌ』をめぐって』を参考書籍として推薦します。貴族的世界を描く中編作品に対して、どのような物語構造を与え、プロットの取捨選択を図るか、示唆があるはず。まずは中編を!(前田)

●『僕たちの希望は静かに時を刻む』

登場人物の人生の厚みを感じさせる真摯な作品として拝読いたしました。あくまで商業的なエンタメ作品としての評価を申し上げれば、物語が大きく動いて、幻想的な世界に迷い込むのが、弊社版組で140ページ付近となり、これでは少々遅いんです。宮﨑駿『君たちはどう生きるか』のようなプロットは、小説だと結構難しい。幻想世界と現実世界の往復を頻繁にするようなプロットでしたら、たとえば映画ドラえもん『のび太と夢幻三剣士』がエンタメ作品として大変参考になります。(前田)

●『螺旋眼グラディウス』

描きすぎで冗長になってしまっているのと、キャラクターの言動が昭和すぎるのが気になりました。昭和すぎるのが一周回ってメタ的に面白いのであればそれも一つの強みかもしれませんが、そうではなかったです。(岡村)

●『〈王の知恵〉のマルジナリア』

どこか古代アラビア風の架空世界。図書館の蔵書であり〈魔神〉でもある1冊の本に育てられた孤児の娘が帝国の内紛や外敵との戦いに巻き込まれていくヒロイックファンタジー。〈本に育てられる〉ヒロインに違和感がなく、〈語り手は本〉という設定がプロットに活きています。センスがある人だなと思いました。ヒロイックな部分は壮大に広がっているわけではなく、どこか異国の貴種流離譚のような味わいがありました。愛らしい作品です。(持丸)

●『ハードボイルド入門』

人気漫画家が殺された? 遺されたマンガに描かれた「悪徳の街」? 魅力的な設定なので期待を持って読み進めましたが、人物、描写、推理など作品全体が多分に紋切り型な印象。また、一つの書き漏らしも許さないようにシーンが切れ目なく続くのも悪手だと思います。ところどころハードボイルドな会話、終盤のボクシングシーンは良かったです。(持丸)

●『平安京のマイスタージンガー 歌仙vs.陰陽師

スラップスティックファンタジー平安劇。大河に便乗するのは厳しそうなテンションでした。Xでバズりそうな描写はあるけれど、ネタでなくエンタメとして面白いかというとぐぬぬ。せめて主人公の香子になにか目的を持たせた方が良かったと思います。(丸茂)

●『自殺検閲官概説』

キャラクターや設定、世界観が魅力的でした。物語全体の構成を意識していただけると、より多くの方がエンターテインメントとして楽しめる作品になるはず。(岩間)