2023年秋 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会

2023年9月12日(火)@星海社会議室

実力派投稿者の候補作に期待膨らむ編集部! 三度目の正直なるか……?

あの才能が三度目の挑戦!

戸澤 第39回星海社FICTIONS新人賞座談会を始めます。今回は候補作があがりましたね!

岡村 僕から1作あげさせてもらいました。実は候補にあげるのは三度目の方です。過去に桑田真澄選手を題材にした問題作と、週刊少年ジャンプを題材にした問題作で候補作にあがった方の、3回目の投稿になります。

丸茂 今回は問題作ではなかったですね、たぶん。クリーンな作品。

太田 良い意味で記憶に残る投稿者の方が、また投稿してくれるのはうれしいよね! じゃあほかの作品から語っていきましょう。

作品に合った文体を!

戸澤 まずは持丸さん、『竹取戦争 〜逆襲のかぐや姫〜』はどうでした?

岡村 『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』みたいなタイトルですね。

持丸 現代が舞台の話で、かぐや姫が竹取のおじいさんの子孫のところに押しかけて「本当の『竹取物語』はこうなんだ」と語り始めるんですね。『竹取物語』は平安時代にかぐや姫が事実をもとに書いた物語だったと。筆者なりの解釈で『新・竹取物語』を提示していて、コンセプトはおもしろかったんですがすっごく読みづらかったです。というのも、『竹取物語』の原典の引用がガンガン出てくる。

丸茂 古文の授業で暗記したな「今は昔、竹取の翁といふものありけり」ですか。

持丸 そう、教科書に出てくるあれが、見開き半分くらいの量で出てきて、読みこなせなかったです。

片倉 ちなみに「本当の『竹取物語』」というのはどういう内容なんですか?

持丸 かぐや姫は、実はおじいさんが好きだったというお話なんです。

丸茂 まさかのラブコメ⁉ おばあさんほったらかしでいいの⁉

持丸 竹取の翁が好きで、かぐや姫は言い寄ってくる男たちと結婚しなかったということでした。そして1000年の時を超え、竹取の翁の子孫であり転生体である現代の高校生のもとにかぐや姫が会いにきて、やっと結ばれようとするというわけです。

丸茂 めちゃめちゃ王道な押しかけヒロインラブコメですね。物々しいタイトルだったので、悪しき惑星・地球を滅ぼそうとかぐや姫が攻めてくるような話を想像しました。

持丸 あ、戦争もあります。

丸茂 あるんだ⁉

持丸 1000年前同様に、かぐや姫を奪い返すため月軍が地球にやってくるんですね。

岡村 いや地球サイド、勝てなくないですか?

持丸 かぐや姫が相当強いので拮抗します。もう孤軍奮闘ですね。

栗田 かぐや姫、最強ですね(笑)。

岩間 うまくやれば『トニカクカワイイ』みたいになったのではないでしょうか?

戸澤 要素が盛りだくさんですが、話としてはまとまっているんですか?

持丸 そこの引っかかりは少なくて、最後もとってもいいオチでジンとしました。課題はとにかく古文パートの読みづらさ。それ以外は楽しく読めました。

太田 この人はきっと原典を置く構造のものを作りたかったんだろうね。

丸茂 『竹取物語』をモチーフにするのは、いいセンスだと思いますよ。かなりの数の日本人が知っているし、国語の授業で習うわけじゃないですか。みんな知ってるものだからこそ興味を引きやすい。

片倉 しかし、ラブコメ読者に届けたいなら、古文の原文は要らなかったように思いますね。

クトゥルーものの可能性は?

丸茂 『月鱗のナツキ』はキャラとリーダビリティが非常に良かったです。遠からずプロデビューできる文章レベルだと思いました。メインキャラは、異性装した美少年の高校生と、メガネをクイッてやってそうな冷静冷徹なお兄ちゃん。

前田 キャラが対照的に立ってて良いですね、バランスが良い。

丸茂 このふたりの家が漢方薬局を開いていて、そこに事件が持ち込まれ解決に赴くという連作短編集です。解決といってもミステリではなくて、「名状しがたいもの」による怪奇現象を収束させる、どちらかというと退魔ファンタジーですね。今の言い回しで片倉さんは分かったと思うんですけど

片倉 クトゥルーもの!?

丸茂 そう、これキャッチコピーが「ライトなクトゥルフホラー」なんですよ。そのコンセプトが世間的に引きになるのか、なかなか頭が痛い。「クトゥルーホラー」星海社は「クトゥルフ」ではなく「クトゥルー」派ですを銘打ってしまったら、原典の知識が要請されてしまうと読者は身構えるわけです。

片倉 そして元ネタが分かったとしても、それが面白いかという問題もありますね。

丸茂 そうなんですよ。高里椎奈さんの『薬屋探偵シリーズ』を思い出す感じで、抜群にキャラが立った少年主人公チームがいて事件解決に当たる、フォーマット自体は王道を押さえられています。ただなんか不思議なことが起こって、力技で解決されてるように読めてしまうかな現状だと。ミステリでなくてもいいけど、理屈がある退魔ものが読みたい。

片倉 クトゥルーだけではなく、他にも引きになる要素がほしいと。

丸茂 モチーフにすること自体はいいんですよ。でもプッシュする点ではないと思う。やはり読者が限定されすぎてしまいますから。ライト文芸に多いあやかしものとかのガジェットに寄せた方が、芽のある作品にはなるんじゃないかと思いました。もしクトゥルー推しでいくなら、原典を知ってる人向けにハードな和製クトゥルーホラーをやったほうがいいんじゃないかな。でも筆力はあると思うので、良い作品の構えを作れたらデビューできるんじゃないでしょうか。

戸澤 ぜひまた投稿してくれると嬉しいですね。

ゾンビへの熱意は感じるが

岩間 次は「シスターフッド&犬VSゾンビ」がキャッチコピーの『タウン・オブ・ザ・リビングデッド』です。

丸茂 ちょっとおもしろそう(笑)。

岩間 主人公は警官の女性。親友が失踪した真相を解き明かすべく赴任したとある地方で、元町長の娘と知り合い協力しながら捜査しますが、そこでは住民のゾンビ化が蔓延していました。そして一人の警官がゾンビ化する事案が発生し、二人がゾンビ化の謎を突き止めたとき、惨劇が起こってしまう。失踪した親友は無事なのか。そして、町民たちが次々とゾンビ化する中、果たして主人公らは助かるのかというお話です。

片倉 ゾンビものはどうしてもB級映画感が出ますね。

丸茂 書き方によってはセイラムズ・ロットや外場村みたいな怖さも出せるんじゃないですか。

岩間 B級映画というより、セイラムズ・ロットみたいな怖さを出そうとされたのではないかと思います。セイラムズ・ロットというアメリカの町が舞台の小説『呪われた町』は「吸血鬼」でしたが、それを日本を舞台に「ゾンビ」にしたようなイメージです。冒頭の掴みが強くて、展開もサクサク進んで、印象的なシーンへの盛り上げがすごくお上手でした。強くて頑張り屋な女の子がどんどん行動していく様子がワクワクするので、とくに読み始めは誉田哲也さんの『〈ジウ〉シリーズ』や『姫川玲子シリーズ』が好きな方には刺さりそうですね。

太田 キャラを応援したくなるというのはとても大事だね。

岩間 ラストもちゃんとびっくりする展開で、シリーズ化できるような細かな工夫がされていました。書店に並べることをイメージして執筆されていることが分かる点は、好感が持てます。

栗田 でも、候補にあげるには至らなかったんですか?

岩間 以前の座談会でも担当者から指摘があった点なんですが、要素の掛け算じゃなくて足し算をされているんですよね。一つひとつのエピソードはすっごく楽しく読めるんですが、全体を通すと何を書こうとしているのかが分かりづらい。帯にバーンと載せる言葉にすごく悩むような感じなんです。ゾンビ作品への熱意は伝わってくるし設定もキャラもいいのに、読後の印象がすごく薄くなってしまっているのは、とてももったいない。

岡村 この作者さん、前回の投稿作もゾンビ作品じゃなかったですか?

岩間 はい。きっと今後もゾンビを書いていきたいという強い意志があると思うんですよね。なので次回作は、よりじっくりゾンビと向き合って書いてほしいです。

丸茂 ゾンビものかやっぱりゾンビが発生した世界の特殊設定ミステリで新機軸を目指すとか? あるいは『がっこうぐらし!』みたいなゾンビサバイバルにふるのか。個人的にはちゃんと怖いゾンビが読みたいですね。

核兵器に要注意!

片倉 僕からは『鋼鉄少女黙示録 回天の1945』についてお話しさせてください。タイトル通り1945年の太平洋戦争を描いた架空戦記なんですが核兵器の扱いについて物申したい!

太田 さすが星海社新書『核兵器入門』の担当編集!

片倉 むしろ太田さんが「核兵器」という単語で僕にこの作品を割り振ったんじゃないですか?(笑)

前田 具体的にどういうあたりに物申したいのですか⁉

片倉 放射線の遮断方法です。分厚い鉛の壁で放射線を防ぐ描写は創作物によく登場しますし、実際に鉛は多用されているのですが、その理由は単純に質量が大きいからなんです。1kgの鉛でも1kgの水でも、同じ質量の物質であれば遮断する能力は実は変わりません。鉛は安価な金属の割に重くて防御力があるのでよく使われている、というだけのことなんです。でも、この作品だと「鉛しか放射線を防ぐことはできない」と語られているんですよ。

持丸 放射線というと鉛のイメージがあります。

丸茂 確かに。レントゲンがあるからでしょうね。他の物質でもいいんですね。

片倉 この「鉛は放射線を防ぐ特別な金属である」というのは典型的な誤解です。映画『スーパーマン』でも同じ間違いがあるくらいで、この作者さんを特別に責めるつもりはないのですが、冒頭に「作中の核兵器の取り扱いについて」とわざわざ説明書きがあるくらい核兵器について真剣に考えて書かれたであろう作品なので、この描写で興醒めしなかったと言えば嘘になります。ということで、小説に核兵器を登場させたい方はぜひ、エンタメにおける核兵器描写の要点まで丁寧に説明している多田将さんの『核兵器入門』を読んでください!

太田 おっ、いいねー! うまく宣伝もしていくねー!

片倉 小説としては冗長で立ち上がりが遅いのがネックでした。「不死の兵士」や「最終兵器」など設定はあれこれ練られているのに、最初の10ページを読んでも何の変哲もない戦闘シーンが出てくるだけで、せっかく工夫した点にたどり着く前に飽きがきてしまう構成なんです、もったいない。冒頭から、いや冒頭こそアピールポイントを出し惜しみせず読者の心を掴みにきてください。

歴史に挑むスタンス

丸茂 僕に割り振られたのはやっぱりミステリが多くて、今回いちばんポテンシャルを感じたのは『ガス室の殺人』でした。舞台は強制収容所。ガス室の執行吏である少尉と派遣されてきた少佐が、収容所内で事件に遭遇します。

持丸 ガス室側の人たちが主役なの?

丸茂 その通りです。収監された側ではなくて、管理していた側目線です。密室殺人もありますが派手な事件が発生するわけでなく、複数の事件に当たる連作短編です。強制収容所という職場を舞台にした、一種のお仕事ミステリと言えるでしょうか。

岩間 手放しで褒められなかったのはどういう理由だったんですか?

丸茂 このガス室、明らかにナチスのものがモデルですが、舞台は将軍による独裁国家の「共和国」で秘密裏につくられていたガス室と設定されてます。「共和国」、つまり当時ドイツと同盟国であったスロバキアを指していると思いますが、国名を明言していない。「ナチス」も「ドイツ」も「ユダヤ人」も文字として出てこない。これが僕には「逃げ」の姿勢に見えてしまいました。

片倉 実際の歴史を舞台にするなら、複雑なテーマにもしっかり向き合ってほしいですね。史実とフィクションが混ざっているのは、ある種の都合の良さにも思えてしまいます。

丸茂 フィクションは混ざっていいですよ。でも舞台を曖昧にしてるから、これは架空の異世界の話と言い張れてしまうような余地がある。なんでこうしたのか僕は明示して書いてほしかった。歴史的結節点を舞台に、派手な事件を起こすのではなくむしろ静かな日常にフォーカスしたのは妙手だと思います。だからこそ、「実際にこんなことがあったかもしれない」と思わせる緻密さや、やっぱりミステリですから現代の私たちの想像力が及ばなかった真実を見せてほしいんですよ。翻訳小説なら強制収容所が舞台の作品ってそれなりにありますし、ミステリならやっぱりみんな『哲学者の密室』と比べるわけじゃないですか。

一同

丸茂 そうでもない??? ナチスに加担したハイデガー哲学を乗り越えるべく矢吹駆が(『哲学者の密室』を熱く語る)。とまあ比較するには『哲学者の密室』はすごすぎるのですが、なんかぼかし方も含めて歴史ものとして非力な点は否めなかったですね。もちろん直截に書くと、歴史的な悲劇を都合よく利用しているんじゃないかと批判をされることもあるかもしれませんが、そこを真っ向から受けて立ってほしい。コンセプトはこのままでいいです。ただちゃんとこの世界の歴史上のこととして書いてください。

持丸 どう書いても、何かしらの批評はつくものですよね。

丸茂 すでにお読みかと思いますが、収容所についての歴史書やアーレントの『エルサレムのアイヒマン』みたいな哲学書、収容所舞台の翻訳小説ももっと読み込んだうえで、ミステリとしてももっと深さや捻りがほしいです。深緑野分さんの諸作品や逢坂冬馬さんの『同志少女よ、敵を撃て』、あとそうだな米澤穂信『黒牢城』がかなり書き方の参考になると思います。そのうえで大改稿して、もう一度送ってきてほしいです。

そのバトルに、何を賭けるか?

栗田 『没落皇子アーネストの受難』は、キャッチコピーが「落ちこぼれたちをまとめ上げ、難関試験を乗り越えろ!」という、学園バトルアクションです。主人公は大国の23番目の皇子なんですが、この皇子が怠け者の落ちこぼれで、小国に留学したところで出身国のクーデターが起き、後ろ盾を失ってしまいます。主人公は留学先の小国の大統領の娘と婚約をしていたのですが、これもクーデターで破棄され、通っていた軍士官学校でも後ろ盾があったのでサボっていて成績はギリギリ。なんとか学校に残るために、元婚約者と学期末の試験で対決することになります。努力が嫌いな主人公が隠していた実力を発揮し、落ちこぼれだらけのチームで、それぞれの埋もれた才能を見抜いて無事に試験を通過するという話です。

丸茂 どんなミッションが与えられるんですか?

栗田 攻撃と防衛に分かれて、情報端末を手に入れるために戦うんです。銃や戦車も使って、本格的な模擬戦争をします。

持丸 僕も読みました。戦争要員を育てる、まさに軍の学校で進級試験として戦うんですよね。

栗田 そうです。物語の途中で主人公がなぜ怠惰なフリをしていたのかも明らかになっていき、構成には一定のまとまりを感じましたし、ずっと主人公の近くにいる毒舌でツンデレなメイドさんや、もっと皇子が主体的だったらと歯がゆい思いをする元婚約者など、女の子たちが可愛くて好印象でした。ほかの登場人物も個性的で、方向音痴な戦車乗りや、実験しては爆発させる科学オタクなど、魅力的なんです。ただ、推しきれないと思ったのが、自国のクーデターによる危機という大きな設定があまり効果的ではなく、主な話が学期末試験だけにコンパクトにまとまっている点です。「何を賭けて戦うのか?」という点が弱く感じてしまいました。この学期末試験も、武器や戦車などを使いますが、戦闘自体はバーチャル空間で行われるものなので、試験内で死亡しても現実では痛みは感じるものの無傷。バトルもののドキドキ感が薄れるんです。

丸茂 ちなみに技術レベルはどのくらいなんですか? 没落皇子という単語から中世ぐらいなのかと思ったらバーチャル空間があるようですが。

栗田 近代的な装置や道具も出てくるのですが、時代感は明確には表現しづらいですね。ファンタジーで、軍士官学校の中にも亜人とか竜人とかエルフとかがいるような世界なんです。

持丸 すごく楽しく読めました。『サイボーグ009』的に、みんな一長一短あるんですよ。みんないろいろなものを背負っている。はじめはダメチームなんだけれど、それぞれの長所を活かしてエリートチームを倒す痛快さがありました。

戸澤 シリーズものの「進級試験編」のような印象ですね。この作品には魔法は出てきませんが、『魔法科高校の劣等生』を彷彿とさせる作品でした。

岩間 栗田さんとしては、もう少し規模を広げてほしかったんでしょうか?

栗田 そうですね規模感もありますが、試験を乗り切らなければいけない必然性の薄さがとくに気になります。これほど主人公が有能であるなら、他にいくらでも逃げ道があると感じてしまいました。主人公にはどうしても留学している小国で生きなければいけない動機も薄い。バトルでは、何を賭けて挑むのかが大切だと思います。いろいろ言いましたが、全体的に安定感があって、バトルシーンの描写はとてもよかったです。

持丸 すごく迫力がありましたね。

栗田 序章にもバトルシーンを持ってきてくれてる分、期待を持って読み始められました。今回はあと一歩のところで推しきれませんでしたが、またぜひ応募していただきたいです。

なのか?

前田 『概念的少女機械』は悩んだ作品でした。才能はあるとはっきり感じたのですが、突き詰めていえば、星海社FICTIONSで「詩」をあげて良いのかという

太田 詩はやっぱりやめてくだされ!

持丸 でもこれけっこう、良かったですよ。もちろん詩ではなくて、詩的な言語で物語を作ってるという感じです。

栗田 読んでみたんですが、けっこう序盤で「濃い!」と思って私は離脱してしまいました。

持丸 メモりながら読むと、ちゃんと構造を把握できます。

片倉 メモを取りながらでないと読めないというのはエンタメとしてはどうなんでしょう

前田 書きぶりは良いんです。どういう日本語を書きたいのかもはっきりしてるし、1ページにつき1箇所はかっこいい何かがある。かっこいいということは、エンタメもできる。

丸茂 うーん、でもパッと見た感想ですけどこれは散文すぎるよなぁ。物語を書いてほしい。

持丸 この作品は書き出しが「僕は」「私は」と書き分けられていて、それで構造化されてるんですよ。語りの層が3つぐらいある。作者の層があって、作中で物語を書こうとしている私の層があって、そこで語られている僕が語っている僕の記憶があって。それを掴んでからは、割とちゃんと読めたんですよ。ヨコハマやコウベなど、具体的な女の子が4人くらい出てきて、そこは結構切実な体験っぽい、リアリティも感じられます。

戸澤 名前が地名になっているのは何か意図があるんですか?

前田 何かメタファーとして読みたくはなります。が、なにかこの本文に書かれていないプライベートなイメージも重なっているのか、わかりにくいことも確かです。登場人物としては、厚生局局長という人がいて主人公の世話人をしているんですが、そのあたりももっと鮮明に書かないともったいないと思った。

持丸 設定が不鮮明なのは大きな問題ですね。荒削りで、すごく思わせぶりなところがあるんだよね。

丸茂 前田さんからなにかアドバイスをするとしたら?

前田 持丸さんのコメントを受けるのならば、たしかにこの作品は物語としても読める。だとすれば、やはり物語としてはキャラをもう少し立てていただきたいし、その上で、これが「反=物語の物語」であることを分かりやすく伝えて欲しい。一人一人のキャラの背景がありそうですから。ただ、やはり詩人としての才能みたいなものを感じ取ってしまっていやなんていうのかな。「マンガの新人賞に画集を送ってこられた」という感じがするんですね。

太田 その表現うまいね!

丸茂 僕は画集、つまり詩の枠でもダメだと思うけどな

前田 あと、センチメンタルに寄りすぎるところ。ムードはもう十分伝わっているから、もう少し禁欲的にして、機械質に引き締めるとグッとよくなると思う、かな

持丸 僕らの中でこれだけ混乱しているということは、結局技術が不足しているということなんじゃないかな。

丸茂 エンタメとしてはそう言わざるを得ないですね。

片倉 きっと詩を書くには発想が小説的すぎるんでしょうね。しかし流し読みができない密度の小説は、エンタメとしては重厚すぎるかもしれません。詩も小説も書かれている岩倉文也さんの小説『終わりつづけるぼくらのための』『透明だった最後の日々へ』を読んで参考にされてはいかがでしょう?

実力派投稿者、再来!

戸澤 では、今回の候補作に参りましょう!

岡村 僕から『大丈夫。問題ない。次は絶対に的中あたるから!』を挙げました。

太田 良いね、相変わらずタイトルが良いね! 応募者の名前を見た瞬間、これは岡村さんに振らなきゃって思ったよ!

岡村 そして僕は読んだ瞬間にあげようかなって思いました。しかも今回は、権利関係も問題ありません。ざっくり内容を話すと、主人公・宇高は、元騎手志望の男子高校生で、幼少の頃から牧場で競走馬と共に生活していた生粋の競馬玄人。彼は趣味でレースを観に競馬場へ行くのですが、そこでばったり高校の英語教師・あかりと遭遇します。彼女は品行方正・清楚可憐な教師なのですが、主人公との出会いがきっかけで競馬の沼に落ちてしまい、負けると罵詈雑言をはき散らすギャンブラーになってしまいます。罪悪感と責任を感じた主人公は、彼女を負けさせないために競馬予想を教えることを決めます。後日、宇高はあかりのための競馬本を書店に買いに行くのですが、その帰り道、とあるトラブルに遭ったところを通りすがりのギャル・昂子に助けられます。このキャラは競馬好きのギャルという、男性競馬ファンの妄想を詰め込んだような「競馬オタクに優しいギャル」です。

丸茂 お手本のようなギャルですよね。悪く言えば典型的なキャラ付けですが、それが嫌にならないバランスがこの方うまいですよね。

岡村 そこに宇高が牧場で働いていた頃の幼馴染み・カレンも加わり、3人仲良く競馬を見に行きます。他方あかりは相変わらずボロ負けなんですが、ここであかりがわめき散らしているところを、「馬主にならないか」と誘われて競馬場に来た彼女の両親に目撃されてしまいます。厳格な両親に競馬中毒がバレてしまい、あかりは両親に教師をやめさせられそうになります。何とかあかりに教師を続けてもらうべく、宇高、カレン、昂子は奔走し、交渉の末、有望な競走馬を発掘して馬主としての両親に提供することを交換条件に、あかりは教師を続けられることになり、ハッピーエンドのうちに終わります。この作品、僕はおもしろいと思ったんですが、自分が競馬好きだからなのかもしれないので、皆さんの意見を聞きたいです。

栗田 私は競馬は詳しくないんですが、ヒロインのあかりさんがどんどん外していくところが気持ちよくて、競馬知識がなくても楽しめました。

戸澤 説明が詳細すぎず整理されているところも良かったですね。

岡村 競馬好きな身からしても、競馬を再認識するおもしろさもありました。

岩間 私は観客視点というのが良いなと思いました。2022年放送のテレビアニメ『群青のファンファーレ』のノベライズを担当させていただいたのですが、『群青のファンファーレ』は、ジョッキー視点だったんです。あとは第13回GA文庫大賞《銀賞》を取られていた『ブービージョッキー!!』も、ジョッキー視点の作品でした。最近の競馬を題材としたエンタメ作品は、ジョッキー側の視点が多いと感じていたので、純粋に競馬場に行ってギャンブルをする人たちの青春という視点は、私には新鮮で面白かったです。

岡村 競馬の面白さを描いた作品はけっこうあるんですけどね。漫画の『ウイナーズサークルへようこそ』とか。あと『きみと観たいレースがある』は超好きな作品なので、全競馬ファンはコミックス買って読んでね。

持丸 小説作品も菊池寛の時代から結構あります。馬券を買ってギャンブルするカルマを描いたものです。

岡村 星海社で刊行させてもらってる漫画『ぱちん娘。』も、ギャンブルの勝ち負けそのものおもしろさというより、勝ち負けから生まれるキャラクターの感情や共感をコミカルに描いてあるので、読んでいて笑ってしまうんですよね。

前田 しかし、盛り上がりはちょっと不足していると思いました。最後の一押しで説得してほしかったなぁ。

岡村 確かに。馬券で負けてるんだったら馬券で勝ってほしい気持ちはあるし、この作品の面白さとして何を押し出すか、というところはズレているような気はします。

持丸 でも主人公は高校生だから、馬券が買えないしなぁ。

岡村 エンタメ作品としては、正しいことをしてると思います。違う魅力を持った女性3人から、主人公がちゃんと理由があってモテてる。これ、すごく大事。

丸茂 マジ大事ですよね、そこ。

岡村 モテるといっても容姿とかではなく、主人公の能力や心構えに対してモテてるんですよね。視点となる人物が評価されるって大切なことで、この作品はそれができていると思う。正直、都合良い箇所が全くないと言ったら嘘になるけど。

岩間 でも、そこをあまり気にしすぎると、毒にも薬にもならない作品になってしまうから、うまくバランスを取ってほしいですね。

丸茂 しかし「競馬ファンの青春」を描くというのは難しかったように見えます。スポーツで置き換えると、スポーツ選手ではなくファンの小説を書いているわけですよね。騎手とか生産者といった当事者は、分かりやすい青春や熱血の要素が用意できるんですが、ファン活動の熱気を伝える文学ってあまり成功例がないんじゃないかな。

岡村 僕は目の付け所は悪くないと思う。王道の騎手や生産者が主人公の競馬ものは既に名作がいっぱいあるから、それこそ難しいんじゃないかな。他ジャンルだと『推しが武道館いってくれたら死ぬ』もファンが主人公の作品だし。僕としては、読んでて面白かったり、笑っちゃったりするところがあるんだったら良いと思っていて、この作品はそれが比較的できてる。

片倉 主人公が能動的に起こせるアクションの少なさをどう克服するかが問題ですね。麻雀だったら自分で牌を切ったり、ポーカーだったらお金を上乗せしたり降りたりできるわけですが、競馬だと、馬券を買った後はただ見ているだけになってしまうんですよね。緊張感をキープするには筆力が試されます。

岡村 それこそ福本伸行作品の「ざわざわ」感がないといけないね。

丸茂 そうですね、福本作品も麻雀においては頭脳戦要素があるわけで、頑張る瞬間がありますからね。競馬は頑張る瞬間がないじゃないですか。

岡村 いやいやいや、ある。だって身銭を切るんだよ? めっちゃ頑張って予想するよ。

丸茂 馬券を買えない高校生は頑張れないじゃないですか‼

片倉 でも最後に頑張ってるのは人間じゃなくて馬では...? ラストでの主人公の活躍というと、牧場にいい馬を探しに行ってきましたというくらいですよね。

岡村 まぁ競馬の主役はあくまで「馬」だからね。でも実際のホースマン(競馬にかかわる人)たちの苦労や情熱は大変なものなんだよ

持丸 競馬ファンの究極の夢ってね、馬を所有して走らせることなんだよ

岡村 脱線しました。もとに戻すと、麻雀やポーカーは「対人戦」のギャンブルなんですよね。それをおもしろく描こうとすると将棋ものみたいに、プレイヤー同士の心理戦や哲学、もっと言えば生き様みたいなところが焦点になる。競馬の「馬券」メインの作品なら、今風だとさっき『ぱちん娘』で言及したように「ギャンブルの勝ち負けそのもののおもしろさというより、勝ち負けから生まれるキャラクターの感情や共感をおもしろく描けるか」だと思う。X(旧Twitter)にはスマホゲーのガチャでSSR当てた人の勝利報告があふれていますが、爆死報告や負けっぷりなんかもたくさんツイート(今はポストか)されてますよね。それって送り手・受け手ともにそういったことを楽しんだり共感したりしたいから、わざわざそんなことするのだと思うんですよ。

丸茂 ここで厳しめな意見になるんですが、この作品って「よく分かる競馬」とか「漫画で分かる競馬」みたいな、ノウハウ本のストーリー部分のような印象なんです。解説以上のものになっているか、単品で成り立つエンタメになっているかというと難しい。

太田 小説というより読み物になってしまってるんだよね。リーダビリティは非常に高くて素晴らしい。だけど、たとえば小説が漫画化したとき、「漫画も良かったけどやっぱり原作の小説が最高だったね」とならないといけない。現状だと、それは難しいんじゃないかな。この方はきっと小説家になりたいんだろうから、原作はやりたくないかもしれないけれど、今のままだと漫画の原作を作ったほうがスタイルには合っていると思う。

岡村 これは穿った見方かもしれないけど、今回は過去にこの方の作品を読んできた僕に寄せすぎて、無理矢理作ってきたような感じもします。

片倉 何を吹き込んだんですか!?

岡村 マジで何も言ってない。ただ、今までの投稿作品も今回も、ちゃんと題材を調べ上げていることは伝わってきました。

持丸 岡村さんのことも調べ上げて競馬を選んだと(笑)。

岡村 そのうえで、ギャンブル的な面白さを書く、かつ青春的な作品にすることを目指したんだと思うんですが今回は受賞には至らなかった、という次第です。

持丸 じゃあ次は、何を取り上げてもらいますか?

片倉 調べるのがお上手だからトラベルミステリとか?

丸茂 観光要素があるの良いかもね、ご当地もので京都本大賞とか狙ってもらいましょうか。

岡村 京都競馬場にすればよかったか

丸茂 そういうことじゃないです、たぶん。

太田 次は“館もの”を書いてくれるよ! きっと!

丸茂 おっ! いいですねー。僕は(何を書いてもらうかでしばし盛り上がる)。

太田 何にせよ、この方のリーダビリティは満場一致で素晴らしいものだから、ぜひ本人が興味を持ったものを書いてみてほしいね。

タイトルにこだわろう!

太田 う〜ん。今回はちょっと低調だったなぁ〜。

片倉 タイトルがおもしろい作品はちらほらあったんですけれどね。

太田 それはすごく大事なことだよ! 特に新人は、最初のうちは作品タイトルと作家名しか情報がないわけだからね。ペンネームが最初の作品で、デビュー作のタイトルが2つめの作品ともよく言うよ。多くの作家さんは、ペンネームとデビュー作でリファレンスされます。例えば『姑獲鳥うぶめの夏』の京極夏彦さんや『十角館の殺人』の綾辻行人さんみたいな大作家であってもそうです。もちろん『Fateシリーズ』の奈須きのこさんみたいに、デビュー作以外の作品でイメージが定着している人もいるんだけど、やっぱりあまり多くはないね。投稿者さんには「星海社FICTIONS新人賞を取ったら、このペンネームとタイトルでデビューするんだ!」というイメージを持って書いてほしい!

栗田 太田さんが思う、最高のデビュー作のタイトルは何ですか?

太田 やっぱり僕は『姑獲鳥の夏』だなぁ。

丸茂 まず漢字が読めなくて気になるもんなぁとかいうと難読タイトル作品が押し寄せてきそう。

太田 読めなければ良いというわけでもないからね! タイトルというのは奥が深いんだよ内容はもちろんのこと、タイトルから僕らを唸らせる作品を期待しています!

戸澤 最後に、本新人賞では紙ではなくデータでの原稿投稿をお願いしています。ご投稿の際には、応募規定を今一度ご確認いただければと思います。

1行コメント

『ウォーターメロンマン』

「トランペットって、どうやって音を出すんだ」という一行目の書き出しがいいですね。小3でトランペットと出会い、吹奏楽部、ビッグバンドジャズの活動を通して、助け合い、ともにする音楽に没入し、恋を知る主人公。ラストの時点が「語り」の現在地で、小6~中2の数年を再構成した作品。いい青春小説にしか入っていない成分がたくさん確認できました。音楽シーンのリアリティはなかなかのもので高評価です。一方で感情面のドラマ(挫折、孤独、ビターな感情など、なんでもいいのです)が弱いように感じます。それとこの内容だと長すぎますよね。(持丸)

『トーンオブザウイングスオブザプリズムインザスカイ』

宙虫と密猟者の設定は惹かれるものがあったのですが、「蝉と人のあいのこ」という設定にはぎょっとしてしまい、虫はあくまで人とは異なる虫として取り扱ったほうがよかったのではと思いました。想定読者に悩むスペース冒険小説でした。(丸茂)

『あの【声】が聞こえる』

序盤は地に足が着きすぎで、終盤はトンデモすぎな印象でした。(岡村)

『blind(ブラインド)』

広告業界のリアリティの部分はしっかりしたものを感じました。ただ、話の展開がゆったりすぎるように感じられました。冒頭と終盤の見せ場を、もっと際立ったものにしてほしいです。主人公が必ずしも善人である必要はないのですが、終盤の改心する場面まで好感を持ちづらく、応援することが難しく感じました。(栗田)

『リミット17/36』

病の蔓延と陰謀論、17歳と36歳という「リミット」をテーマに据えた現代的な作品で、世界観設定に惹かれます。ただ語り口において、どうしても単調な印象が否めませんでした。地の文の安定感はそのままに、登場人物の話し方の設定を作り込んで会話のメリハリを強化いただきたいのと、書くことと書かないことの取捨選択を思い切りよく、やってみていただきたいです。(前田)

『一つ頭のケルベロス』

31万文字起こっていることのひとつひとつを書きすぎている印象で、半分の長さで書ける内容だったのではと。現代異能バトルは可能性あるジャンルだと思うのですが、主人公の動機や目的を理解するのに必要な情報が多く、設定に凝るのはいいですがその部分はもっとシンプルにしたほうがよいと思います。(丸茂)

『巫姫の杜、紅き風』

文章に安定感があり没入して拝読しました。全体を通して作者の愛情を感じます。一方で、筋立てに既視感があり、キャラクター設定がやや定型で新鮮さに欠ける点が気になります。人物の描き方に工夫を凝らすことで、より感動の度合いが強い作品が描けるはず。(岩間)

『鶴翼館の殺人』

遺産争いは定番ですが、せっかく浮世離れした館が舞台なのに世俗っぽいドラマに終始するのが、もったいなく感じました。明治、大正、昭和初期くらいの時代設定にすると迫力というか雰囲気が出るのではと。せっかく変わった設計の館なので、それを活かしたトリックがほしかったです。(丸茂)

『いつでもFACE TO FACE〜それはいつも放課後になったら〜』

ひとつの部活の青春を丸ごと小説にしてくださったという力作です。部活モノなので当然登場人物が多いですが、読みやすく書かれていて、筆力を感じます。ただ、星海社FICTIONSの組み方で800ページに迫ろうかという分量でして、商業小説として世に出すという意味では構成を引き締める必要があります。(前田)

『カオス・パレス』

トリックについては、しっかり成立していると思います。ただトリックの内容について特段感銘を受けたわけではなく、トリック以外にこの作品に何か強い魅力があるかというとそうでもない、というのが正直な印象です。(岡村)

『かわいいネットストーカー』

独特の淡々とした一人称で、語り方が特徴的です。ストーリーとしては、予想ができない結末ではあったので驚きはあったのですが、唐突なものに感じました。またタイトルと内容にも乖離があり、ストーキングと登場人物たちの恋愛との結びつきが弱い印象です。(栗田)

『学園は生徒たちを『リア充値』で管理することにしたそうです』

作品の端的な説明であるとともにインパクトの強い、本編が読みたくなる秀逸なタイトルでした。一方で実際に拝読してみると、作品の鍵となる「リア充値」の設定が詰め切れていないのがストーリー上のネックになり、想像を超えた面白さには至っていない印象でした。(片倉)

『アブダクティヴな彼女とタブララーサ』

告白を受けた美少女が「俺は男なんだ」と断ってくる冒頭はキャッチーでした。ゲームやデジタルに対する知識が豊富で、世界観の構築も知識に裏打ちされています。ただ難解な部分も多く、18万字あり冗長に感じました。10万字でよりわかりやすいエンタメ小説を目指していただきたいです。(栗田)

『十字路の精霊の楽器』

綺麗な文体で綴られた、綺麗なストーリーでした。ただ何か突出した魅力が作品にあったかというと、そうでもなかったというのが正直な感想です。(岡村)

『冨士見ホテル』

中盤の入り口あたりまで、大変面白かったです。吾妻ひでお『失踪日記』やいましろたかし『釣れんボーイ』を思い起こさせる語り様で、異郷への迷い込み方は昨今話題であったスタジオジブリの『君たちはどう生きるか』を思い起こさせます。中盤以降はまとまりを欠いたのですが、おそらく異郷との行ったり来たりを継続する設定上の仕掛けが必要だったのではないでしょうか。センシティブな表現に関する商業出版的なチューニングが必要ですが、文学的に問われるべきテーマと思われます。(前田)

『邪恋(じゃれん)』

序盤は事件と謎があり良かったのですが、主人公が組織に入ってからが読んでいてあまり引き込まれなかったです。(岡村)

『魔法使いが死んだ夜』

魔法ファンタジーとミステリという掛け合わせで構想されており、しっかりと文体が制御されて読みやすく、各キャラもよく立っていて、探偵役のヒロインもかわいいです。魔法による犯行説が「魔法痕」の有無によって否定されることで、ミステリとしての論理性が保証される構えですが、その否定が幾分早すぎるように思われ、明証的ではあっても、ミステリとしての新味が出し切れていないとみました。魔法? 非魔法? というところで粘りのある論理を展開できれば、ミステリでもありファンタジーでもある見たことがない作品になったはず。今回は、推し切れませんでしたが、次作を待望します。(前田)

『悠久の夢幻』

過去の応募作を改稿して送ってくれました。現代と古代アトランティスが激しく交錯する伝奇SFロマン。現代パートの登場人物たちがことごとくアトランティスの転生者であることが明らかになっていくところに面白さがあります。とはいえ過去と現在を行ったり来たりする難度の高い構成、加えて登場人物たちの二重性(各人が2つの名前を持つ)がリーダビリティを損なう急所でもあります。500 ページを超える長編を読ませるストーリーテリングが足りないと思います。終盤の怒濤のメロドラマ展開はなかなかよかったです。新作を送っていただきたい。(持丸)

『Story of the Swan』

設定もストーリーもキャラクターも平均以下ではないのですが、突出した良さを見出すことは難しかったです。特にスチームパンクのような、既にジャンルとして確立している分野で挑むのなら、古典や名作を超えるくらいの心意気でこの作品ならではの尖ったアピールポイントを作ってください。(片倉)

『一億二千万人の決められない日本人』

文体が説明的でくどく、読み進めるのがつらかったです。作中の見せ場はしっかり見せる、重要でない場面はサクッと済ませるなど、読者の集中力を最後までリードするための文章の緩急の付け方を意識してみてください。ディベートを題材にするのは悪くなかったと思います。(片倉)

『ブラッドレッドフラワーズ』

軽やかな文章で、密度の高い戦闘シーンも重苦しくなく読みやすかったです。その反面、手に汗握るような緊迫感も薄くなってしまっている印象です。また、極道一家の跡目争い、女子高生ひとりを狙ったクローズドな問題に対し紛争レベルの戦闘規模にまで発展していくところや、銃火器に対し剣術で対抗する点は違和感がありました。(戸澤)

『廃墟で殺されるのにうってつけの日』

よく構成されていて、過去から現在まで、複雑に絡み合った人間関係が一転二転しながら紐解かれていき、最後まで楽しめました。また、それぞれの純粋な感情が、いびつな形で悲劇に繋がっていく様子もゾッとしました。しかし、神咲と未来の関係だけが唐突に飛んでいる印象です。ぜひまた送っていただきたいです。(戸澤)

『【備忘録】弊社の爆散について』

こういうキャラクターと物語を描きたい、というのはわかります。ただ全体的に「描きすぎ」で、描かれすぎた箇所が退屈に感じます。何を描いて何を描かないかを取捨選択して、読み手の興味をつなぎとめることを意識してほしいです。(岡村)

『ドラゴンフライ』

とてもあたたかい気持ちになる作品で、全体に漂う空気感が素敵でした。特に美魚に告白するシーンの疾走感は、全身全霊の愛だなということが伝わってきました。ただ、刻一刻と近づく彼女の死への焦りや、それを誰にも言えない葛藤など、柊の複雑な心の動きがもう少し描かれると、後半パートが引き立つかと思います。また、美魚の家族が再び一つになる過程は、少し不自然なスムーズさだったように感じます。(戸澤)

『大正庭球物語』

史実に基づいて、日本のテニス文化がどのようにして築かれていったのか、その立役者となった善造の生涯が詳細に書かれており、楽しく拝読しました。淡々とした文章で無駄がなく、テンポが良い一方で、試合の熱気や緊張感が伝わりにくくなってしまっています。エンタメ小説として書くのであれば、淡々と進めるところとドラマを描くところは、もっとメリハリがつけられると良いと思います。(戸澤)

『リノリウムバックパレード』

どのような言葉、文章を書きたいのかがはっきりされている方なのだと思います。素敵だなと感じる表現がたくさんありました。しかし、主人公がなぜこんなにもセンチメンタルなのかがわからないまま進んでいくため、少しくどく感じるところがあります。読後感がすっきりせず、もったいなく感じます。(戸澤)

『比良坂ビルの火葬屋』

作品の世界観や雰囲気がハッキリしているのは良いです。ただ全体的に冗長に感じ、驚きも足りていない印象でした。(岡村)

『死の嵐が吹いた町』

原因不明の脳腫瘍が一斉発症した町。自衛隊系秘密組織(別班?)の戦闘員である主人公が脳腫瘍に苦しむ友人たちと「余命の旅」に出発する。彼らにつきまとう公安系組織の狙いは何なのか? 終盤にいたるまで物語内の対立構造や登場人物の感情の動きがわかりづらく、かなり視界の悪い道行きでした。原因は「ここぞ」という箇所での情報(説明)不足ではないかと。一方で銃撃戦などガンアクションは迫力があって引き込まれました。全体的にプロット、設定が未整理な印象です。(持丸)

『スノーホワイト』

ヒロインの魅力があるものの、物語の展開がスローだと思われます。かわいいシーンやハッとするグロ描写など美味しいシーンはあるのですが、会話劇に埋もれて、のんびりした読み味になっているのがもったいないです。(前田)

『光陰館コンフィデンシャル』

しっかりとミステリを読まれている方の作品だと感じました。「不思議な時間の流れ方をする館」というテーマが、良いですよね。それをロジカル/アンロジカル(オカルト)のどちらで落とすのか、そこをややメタな視点で読めるミステリ慣れした読者向けの構成かもしれません。が、だとしても、序盤から手の内を明かしすぎているのではないでしょうか。その分、中盤で読者を惹き付け続ける仕掛けが今ひとつ働いていないように見え、推しきれませんでした。他方で、「残念な美人」という探偵像には魅力があるので、くどいくらいダメ押しで、面白いエピソードを盛り込んでいただきたいです。(前田)

『神様の眠る場所』

ある種のジブリ作品を想起させる、神と人間が共存する世界の話で、映像映えするだろうと思いつつ拝読しました。描写の瑞々しさを感じる悪くないファンタジーでした。欲を言えば、未読の人にもあらすじだけで面白そうと思ってもらえそうな、キャッチーな要素が欲しくもあります。(片倉)

『卑弥呼立国記』

魏志倭人伝に記された倭国大乱の時代。記紀神話のパーツを取り込んだ架空の史書「倭記」を設定し、小国の少女ヒメが卑弥呼になり、邪馬台国立国までを描いた古代史ファンタジー。ヒメの可憐なヒロインぶり、人間的な武人として描かれるおなじみの神々のキャラ化が楽しい作品でした。ヒメの奮闘を諸葛孔明の薫陶を受けた大陸から来た青年が助けます。大きな神話(遠景)と武人たちの活躍(近景)のバランスがいいと思いました。キャラ小説として過不足のない出来なのですが、一方でファンタジーの魅力に欠けたのは記紀神話のパーツをたくさん取り込んだせいかもしれません。(持丸)

『幻想標準世代』

思春期の不安定さや脆さがうまく表現されており、前半の同級生たちのやり取りのオフビート感が心地よかったです。ただ、それゆえに後半の加速とのミスマッチ感があるので、全体のまとまりを意識していただきたいです。また、それぞれのグループは特徴的ですが、主要人物がわかりづらく、ひとりひとりが薄まってしまっている印象のため、主要な人物を立たせる工夫があると良いかと思います。(戸澤)

『マリー・ロジェ幻相』

ものすごく楽しく読みました。ポーはもちろん、ヒロイン・アビゲイルのキャラの強さがぐいぐい物語を引っ張ってくれる。しかしそれでも最初の調査パートは長すぎで、メインの事件の発生は前倒ししてほしいです。そして最終的な真相はラストシーンに収束させるとしても、そこまでにもう2段階くらい密室殺人は意外な推理段階(ダミー推理)を踏んでいただきたかった。せっかくインパクトのある密室の絵面を用意できています。ここでもう2歩くらい驚ける推理が展開されたら、なにがなんでも受賞作に推したと思います。この作品の改稿でもよいので、もう2歩くらい驚ける推理を捻り出していただいて、また応募してほしいです。(丸茂)

『皇帝陛下がとんだ国』

異国情緒は描けています。ただ不要な描写やセリフが散見されます。ご自身の好きな作品や作家さんの文章を研究し、描く描かないの精度を高めたほうが良いかと思います。(岡村)

『魂のホテル』

冒頭が「魂」と「宿主」と「魂のホテル」の説明から始まり、独特の世界観を飲み込むことが難しかったです。宿泊者名簿の管理などホテル従業員としての仕事を粛々と進めていくシーンが続くため、もっと前半に主人公のことを好きになったり応援したくなったりする工夫がほしいと感じました。(栗田)

『失敗作』

人物の心情をしっかり描いて、少しいい話・・・・・・では終わらない「ささくれ」や「棘」のようなものを作ってくださいました。干刈あがたさんの『ウホッホ探検隊』や吉本ばななさんの作品を思い出します。ただ人物たちの置かれた状況や構成が、まだどこかふわっとしていて、うまく感情移入する準備ができるまえに感情が沢山流れ込んできてしまいました。終わり方もまとめすぎているような・・・・・・複雑なものを複雑なまま放ったほうが、余韻が出ると思います。(前田)

『被疑者は、ゾンビ』

面白そうな要素がてんこ盛りです。が、ちょっとまとまりを欠いている感がありました。ゾンビものは「ゾンビものとしての新しさ」を一つ、わかりやすく、はっきり打ち出せるかが勝負だと思います。(前田)

『えものは銀でできている』

冒頭に登場するキャラクターには読み手を引きつける個性があり好感をもって読めました。ただ、ストーリー全体の構成の荒さや、誤字脱字などが物語の勢いを削いでいたと思います。着地点を意識して要素を整理し、「1行で何の話か説明できる」ストーリーを意識することができると、更に面白さが伝わりやすくなるのではないでしょうか。(岩間)

『禁断の家族』

勢いがある奇抜なストーリーで読ませる力がある作品でした。ただ、人間関係が好都合すぎる点が気になります。どんなストーリーでもかまいませんが、人物造形に血が通っていないと読み終えた印象が薄くなりますので今後意識していただけますと幸いです。(岩間)

『ラヴ・マシーン』

戦闘シーンの迫力や荒廃した近未来の東京の描写、登場人物のキャラ立ちがとても魅力的な作品でした。しかし、作品内でよく触れられていた街を覆うスモッグや分断されたアッパーサイドとミドルサイドという設定を、もっと効果的に活用してほしかったです。(戸澤)

『In the rain 灰色の魔法使いと憧れる少女』

安定感のある文体でしっかり書かれていて、真摯な創作をされていることがぐっと伝わってきました。ただキャラクターの性格や性質をより一層引き立てる必要があると思われ、地の文の読みやすさはそのままに、会話には一層の外連味が欲しく、あるいは会話の内容を軸に取捨選択していただくとよいのではないかと思います。(前田)

『私を愛さないで』

導入のカウンセリングシーンでぐっと引き込まれましたし、30億円の事件についても、詳細に練られていることが伝わってきました。しかし、最終的に真希の抱える問題と事件とがうまく噛み合っておらず、それぞれ個々に面白いのだけれど相乗効果には至らなかったという印象です。(戸澤)

『推しと恩返しの魔法使い』

王道のファンタジーで、推しである王女のために奮闘する主人公のキャラクターも一貫しており、安心して楽しめる作品です。ただ突出したよさがなく、セリフに幼さを感じ、やや都合のよい展開にも感じられました。書き手の熱量が伝わってくるのですが、推敲時には一歩引いて客観的にジャッジすると、完成度が高まるのではと思います。(栗田)

『十二糸使いは連綿と紡ぐ』

アクションの描写が勢いがあって良かったです。世界観の設定がしっかりされており、キャラも立っていて面白かったのですが、あらすじを抜きで読むとところどころ情報が足りないところがあるように思います。説明的すぎても良くないですが、創作のものに関してはそれがどういうもので、どうして大事なのかが読者に伝わる工夫が必要かと思います。(戸澤)

『語りえぬ恋についての物語』

現代的な恋愛の形を丁寧に描いてくださっています。ただ、どうしても恋愛劇としての盛り上がりをうまく捉えて読むことができず、それは登場人物の内面が内面として明かされすぎているからだと思いました。「この人は何者で、何を考えているんだろう」という謎めいたところを読み手の楽しみにとっておいてほしい。出来事や事件への反応を通して登場人物の内面を浮き彫りにするような、構成上の仕掛けが欲しいと感じます。(前田)