2023年冬 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会

2023年1月10日(火)@星海社会議室

問題作続々到来、しかし受賞には至らず!

軍師が来るぞ、鏑矢を放て!

太田 軍師が来る。

一同 ???

太田 ぐ・ん・し! 「軍師」が来るんだよ、星海社FICTIONSにな!

唐木厚の名刺
唐木厚の名刺

片倉 本当に軍師だなんですか、この名刺は。

太田 唐木厚。俺の兄貴分よ。俺にとっての「組長」が新本格の父・宇山日出臣さんだとすると、唐木さんは「若頭」。俺が講談社文芸図書第三出版部(通称:文三)で「講談社ノベルス」をやっていた頃、つまり「鉄砲玉」だったころの話だな。

太田 唐木さんはメフィスト賞の立ち上げメンバー。京極夏彦さん、森博嗣さんを世に出した編集者。講談社文芸図書第三出版部長、群像編集長、講談社文庫出版部長を歴任し、講談社文芸局長を務めたのち、アーリーリタイアして東京を離れて暮らしているのだが星海社のために! いや日本のミステリ、そして世界の文芸のために! 汗をかいていただけないかとお願いしたところご快諾いただきましたぁぁぁ!!

片倉 軍師というのはその参謀という意味ですか?

丸茂 「参謀」も出版社の人間の肩書きじゃないよまあかつて「軍事顧問」として瀧本哲史さんがいた星海社ですから、いまさら驚きませんが。

太田 そう、俺は「参謀」って名刺も作ってたんだよ。ほかにも「指南役」とか。だけど唐木さんは、迷わず「軍師」を選び取ったね! 唐木さんは、間違いなく日本の文芸界を背負ってきた編集者の一人です。エンタメから純文学まで、あるいは文庫を含めれば時代小説からホラー、ファンタジーからSFまで。それらを全て手がけたひとはなかなかいない。

丸茂 最も勢いがあったと言われている時代の文三を経験されている編集者、編集長の一人ですね。

太田 そうだな、宇山、唐木時代の、あの頃の「文三」には、いまでいう「少年ジャンプ+」みたいな勢いがあった俺はよ、講談社入社3年目までは社内ニートみたいな感じだったんだ。そんな俺をさ、宇山さんと唐木さんが拾ってくれたんだ。唐木さんは教育者の家系に生まれたひとでな、だから俺みたいなやつを見捨てなかったっていうのかな。文三へ入部してからというもの、俺と唐木さんとは毎日3時間くらい話をしたものさ。それはもうBL説が流れるくらい話をした。講談社ノベルスをどうするか、文三をどうするか、文芸局をどうするか、講談社をどうするか、日本文芸をどうするか、日本をどうするか、世界をどうするか、宇宙をどうするか

丸茂 (50回は聞いたな、この話。)

太田 現在は地方におられる唐木さんだが、「あの頃、文芸界最強だった文三編集部を、いま、星海社として再構築しよう!」と。時を越えて、いま、唐木さんと俺は一緒にそういうことを話している。そして軍師として星海社においでいただく、と、こういうわけなんですねそういえば、新書の企画が進んでいるんだって!?

丸茂 はい、唐木さんに「文芸編集者とはなにか」を語っていただく新書『小説編集者の教科書(仮)』を準備中です。エンタメ小説の編集者とはどんな仕事なのか、唐木さんが文三にいた1990〜2005年までの仕事を振り返っていただきます。

太田 「文芸編集者とはなにか」なんて大大大大大上段から語ってもいい編集者は唐木軍師くれぇなもんだからな!!!! チェストオオオオオ! そこは薩摩示現流よぉ!!!!!!!

丸茂 唐木さん、僕と同じで長野県出身ですけどね

太田 そして、今後の星海社FICTIONSからは、太田と唐木軍師。この2人のタッグでしか生み出せない文芸を世に出していくことになります!「太田君と僕とのコンビでは、後向きに走りながら、前に進もう」。軍師・唐木との合い言葉です。往年のノベルスファンの方々に必ずや喜んでいただける企画を進めていくぜ!

丸茂 もちろん「いま」の書き手と読者も獲得していかねばなりませんね?

太田 それは星海社FICTIONS新人賞、「ここ」でやっていく。両方やっていくというイメージだな!

新人来たる。

岡村 さて、今回は新人さんも1人加入します。

太田 ようこそ、新人! 名を名乗れぃ!

片倉 ノリが戦国時代から抜けていませんよ。

前田 前田です。大学で社会学を研究した後、クラシック音楽のコンクールを主催する会社におりました。チェロ弾きです!

太田 チェロとな。キャッチフレーズ「チェロ弾きエディター」でいけるのではないかね。

丸茂 「セロ弾きの編集者」のほうがいいかも。

岩間 前田さんはどんな小説をお読みになるんですか?

前田 海外文芸に寄っています。ニコルソン・ベイカーやダグラス・アダムスがとくに記憶に残っていて、よく読み返します。けど、日本語と楽譜を読むのが半々みたいな生活でした。

太田 くわー! よろしく頼む!!

「ライト」な書き味からもう一歩踏み込んで!

岡村 では1作目、どうぞ。

持丸 『黄金の檻の高貴な囚人』は、ナポレオン没後の欧州を舞台にした歴史ミステリーです。ナポレオンの遺児が、ウィーンの宮廷でなかば虜囚となっているんですけれども、彼をかつぎあげようとする勢力や、逆に暗殺しようという勢力が迫っている。そんなナポレオン二世を、ベートーヴェンの小間使いだった少年が、ウィーンに密偵として潜み入り、救うんですね。BL要素もあり、謎解きもある。人生経験を積まれた方だと分かる日本語でしっかりと書かれています。

丸茂 ミステリとして売り出せるレベルにミステリなんですか?

持丸 そこまでではないですかね。ナポレオン二世が暗殺されそうになるんですが、あるもので助かるんです。そして、どういう風に暗殺が仕組まれたかを謎解きしていく先で、そのあるものがナポレオン一世が遺したものだということが明かされます。ナポレオン二世に向けられた陰謀を阻んだ主人公の「うん、これからも僕がんばるよ」という爽やかな決意とともにお話が幕をとじます。歴史テーマをライトな青春ミステリとしても読めるように、工夫してくださっているくらいのバランスでした。

前田 ベートーヴェンやシューベルトが登場するので、音楽小説としての魅力を感じましたね。美しく書かれていて素敵ですし、演劇の脚本のような仕上げ方にも思いました。冒頭、第九が演奏されるコンサートホールから始まる。登場人物たちは当たり前のように煌びやかな世界に身を置き、終始華やかな空気のまま終幕。スポットライトと美しい大道具の舞台が思い浮かびます。

持丸 宝塚歌劇の脚本にぴったりな、華やかな印象ですよね。

岩間 星海社が出しているCOMICS『アンナ・コムネナ』などを意識してくださったのでしょうか。

前田 ライトさについては、私は「開演から終演まで華やか」である部分の裏表なのかなとも思います。小説としては、起伏がもっとほしくなってしまいました。

岡村 たとえば、どんな起伏が読みたかったですか?

前田 主人公のバックグラウンド、たとえば貧しい境遇から華やかな世界への移行が直接描かれていたら、もっと感情移入できたかも。それに、クラシック音楽の世界は今も昔も闇だらけですし、音楽家の人生をより生々しく描いてみたらどうだったでしょう。たとえばヒンリヒセン『フランツ・シューベルト あるリアリストの音楽的肖像』は、ベートーヴェンをライバルに思いながら戦略的に作品制作を考えるリアリストとしてのシューベルト像に迫っています。

片倉 ナポレオン二世が史実では早死にしていてエピソードが少ないから、ドラマが作りにくかった面があるのかもしれません。もっとメッテルニヒに活躍してもらったりすればスペクタクル度が増したりして。

丸茂 でも史実そのままを書くこと=エンタメになるわけではないから。「いま挙がった人たちのことを書いている小説だから読もう!」となる読者は少数だと思うので、興味がないひとにも訴える売りやドラマを作っていただきたいですね。

持丸 いずれにせよ、顕著な問題点がまったく見つからない作品なのですが、手際のいいまとめ方が物足りない、ということになりますね。実在人物を扱うならもっと踏み込んだ人物造形があってもよかったと思います。

手堅さを備えたミステリを!

丸茂 次の『密室灯籠』は、タイトルからしてミステリかと思うじゃないですかミステリではなかったです。

片倉 ええー! 密室なのに?

丸茂 この方が単に自分の青春時代を「密室」と表現している、一言でいえば「ゼロ年代回想私小説」でした。この書き手が実際に経験したのかしてないのかは不明ですが、あの頃の想い出が断片的に書き連ねられていく構成です。

持丸 この方は、以前、茨城を舞台にしたSF伝奇ものを投稿してくださっています。

丸茂 あー、あの方ですか。前作には好感を持ちましたけどね。すごく素っ気ない言い方になってしまいますが、今作はこんな個人的なエピソード読まされてもという気分になるものばかりで、ラノベタッチに脚色した個人の日記っぽいものとして読んでしまいました。それをやるならやるで、『風の歌を聴け』を目標にするくらい目線を高く持って作為的に構成してほしかったと思います。しかし、そもそもいまゼロ年代の私的な回想に、商品になるレベルの普遍性を持たせるのは恐ろしく難題だと思いますが。

片倉 この方はミステリに興味がありそうなのですか?

丸茂 タイトルに「密室」を使ってるし、前作も形式はミステリーではありましたから、興味がないわけではないと思います。できれば本格ミステリにもう一歩踏み出してほしいですね。

片倉 丸茂さんが考える「広義のミステリー」と「本格ミステリ」の違いってなんでしょう?

丸茂 すごくざっくり言うと「広義のミステリー」は謎と解決があるフォーマットで、「本格ミステリ」はその真相が読者が推理可能なものであること、かな。それと強いて言うなら「雰囲気」。

前田 雰囲気?

丸茂 「本格ミステリは雰囲気」論は僕が適当に言ってることではなくて、過去にある作家さんが言及された説ですね。ただ雰囲気だけがあっても、当然本格ミステリとは言えない。しかしこの作家さんの前作は「雰囲気」だけで勝負していた印象なんです。流石にもう何歩か読者が推理可能な設計をしてほしかったとか言ってしまうので、僕はなんだかんだ保守的なミステリ読者かもな。次回作は手堅さを備えた密室ミステリを待ってます。

ベタで戦えるチカラを!

丸茂 もう一つ似た気持ちになったのが、『聖JKとアンチミステリ御破算』でした。僕は知らなかったんですけど、みなさんは「七五三ゲーム」ってご存じですか? 縦棒を3本・5本・7本とピラミッド状に書いておく。2人が交互に横棒を引いていって、一番最後に残った棒を消すことになったほうが負けというゲームなのですが。

岩間 棒消しゲームですか?

丸茂 そうです。ググれば出てくるので、それを見ていただくのが手っ取り早いですね。本作の主人公は会社勤めの男性で、魔的でどこか尋常でない気配を持った女子高生の姪と同棲中。ある日、主人公は同僚から「自分の親戚が連続死している」と相談を受けます。その家系図を書き出してみたら、なんと七五三ゲームになっている。まず3人の親世代がいて、子世代が5人、孫世代が7人。死亡したところに横線を引く形で、家系図で人殺し七五三ゲームが行われていることに気づきます。

片倉 それだけ聞くとバカミスっぽいです。

丸茂 殺人のディテールもかなり薄くて、いわゆる「警察超無能世界」な感じですね。リアリティはないものとして読むしかない。第二章は打って変わって血液を交換する装置がある館と、血液を交換されると人格が血液に依存して入れ替わるという現象、またしてもリアリティ皆無な状況で殺人とその犯人当てが展開されます。最後にはこの小説世界が何を目的に成立していたのか、というメタフィクショナルな謎解きがラカンの精神分析理論を引き合いに説明されます。

片倉 笠井潔風ですね。

丸茂 いや、ちゃんとした精神分析があるわけじゃないんですよラカンの理論に強引に見立てられるだけ。マジで哲学理論と小説を対応させるなら、それこそ笠井さんとか、ラカンなら東浩紀さんと桜坂洋さんの『キャラクターズ』くらいのことをする必要があると思います。後者は実験小説なのでエンタメとしての見本にならないですけど。しかも重要なのは◯◯なので、それはラカンじゃなくてフロイトでいいのではという気分に作中で説明されるラカンはそれこそ東さんや斎藤環さんの紹介を外形だけ引っ張ってきた感じがしました。それに、見立てられたからって「だからなんなの?」という感想に大方の読者はなってしまうんじゃないかな。

太田 七五三ゲームのところは、ちょっと舞城王太郎さんの初期作品みたいだね。ちょうど『煙か土か食い物』を読み返しているところなんだよ。ただ、バカミスがバカミス以上のもの、つまり「文学作品」や「本格ミステリ」であるためには、何が必要か。俺は唐木理論がやっぱり正しい気がしているんだ。唐木軍師の言葉でいえば、「本格ミステリに対する敬意と侮蔑」。あるいは破壊衝動と生成衝動の両方を兼ね備えている必要がある。つまり「ミステリのくだらなさ」を「くだらない」と言うだけではダメなんです。

丸茂 これは舞城さんの影響を受けた作品だと思いますよ。この作家さんにとっては切実な話をしているメタフィクションなんでしょう。でもメタである前にベタをやってほしい。『煙か土か食い物』は、本格ミステリをバカにするような外連味たっぷりですが、そのために密室やダイイングメッセージみたいな本格ミステリのお約束をちゃんと演っているんですよ。ビルドしつつスクラップしている。メタミステリの極北の『ディスコ探偵水曜日』にしたって、ちゃんと推理真相をビルドしてからスクラップし続けているわけで。この投稿作は、各話が本格ミステリとして読むには力不足なんです。

太田 舞城さんを表層的になぞってしまうだけではダメなんだな。

丸茂 それに舞城さんは一行一行が感情に訴えかけるようなあのスピーディな文体でもって、ふと世界の真実を言い当てるようなセリフやエピソードを次々と決めてくるわけです。常に読者の感情をベタに持っていくので、メタな展開でも全員とは言いませんが読者をぐんぐん引っ張っていってしまう。超高速のジェットコースターみたいなもんですよ。そういう文章やシーンの強さがないので、この投稿作は作品構造の歪さが悪目立ちしちゃっている印象でした。

片倉 この作品、文章がうまければ評価が違っていましたか?

丸茂 いや、文章の向上は目指していただきたいけど、本質はそこじゃない。メタミステリもアンチミステリも、まず本格ミステリを構築してからってことだと思います。

アメリカ幻想文学ファンにはたまらない!

片倉 自分が読んだ『グウィネット』は最高の作品でした。めちゃめちゃおもしろかった。作者さんは第30回星海社FICTIONS新人賞にも応募してくださり、その時はクトゥルー神話の意匠を用いながら女の子たちの冒険を描くシフターフッドものでした。そして今回は、主人公がアンブローズ・ビアス!

岡村 ビアスがどういう人か、みなさんに説明してもらえますか?

片倉 ビアスは『悪魔の辞典』などで知られる19〜20世紀アメリカの作家ですね。ジャーナリストでもあり、今作はまさに新聞記事を書くための取材でとあるお屋敷に辿りつくんです。その名も「アッシャー邸」。

丸茂 いいね、王道なネーミング。

片倉 エドガー・アラン・ポーのアッシャー邸ですね。ビアスはこのお屋敷に、カルト集団によって閉じ込められることになります。そこから『グウィネット』という実在しない本をヒントに脱出を目指すというストーリーです。

岩間 ビアスのミドルネームにちなんでいるんですね。

片倉 はい。やがてカルト集団の共通点が「ミドルネームがグウィネットである」ということが明かされ、彼らはそこに記された千年王国的ビジョンを信奉していることが分かります。ビアスはこの本を手がかりに無事脱出に成功し、この出来事を奇貨として小説を着想する、という結末です。

丸茂 ジャンルはゴシックホラーファンタジーと言えばいいのかな?

片倉 そうですね。ポーとビアスという19世紀アメリカ文学の巨匠にフックがあるので、そのあたりが好きな人にはたまらない内容です。たとえばポーの『大鴉』が取り上げられ、とくに『大鴉』に出てくる「Nevermore」という言葉が大事なシーンをなしています。

前田 なるほど。

片倉 ただ、こういった引用を理解できる人が日本にどれくらいいるのか疑問ではあります。アメリカのゴシックホラー好きの人ならばとても楽しめる作品ですし、自分は日本人1億人のうち上位100人くらいの最良の読者として楽しく読みましたが、新人賞のデビュー作としてはいかんせんニッチです。この小説を皆川博子さんや津原泰水さんの新刊として読めたら晴れ晴れと楽しめたんですが。もう一つもったいない点があるとすれば、せっかく作り込んだディテールがエンタメ的なおもしろさに繫がっていないことです。例えるなら『ドグラ・マグラ』ではなく『黒死館殺人事件』なんです。

持丸 『ドグラ・マグラ』ってエンタメ的に分かりやすいですっけ?

片倉 『ドグラ・マグラ』は衒学的ではあっても、楽しむのに予備知識は必要ありませんよね。しかし『黒死館』は楽しむのにリテラシーが必須です。要するに、多くの読者に伝わるように書かれているかどうかということですね。作中作がたくさん出てきて、しかも時に、作中作とメインストーリーの境界が分からなくなるようなメタフィクショナルな書き方になっている。作り込みはすごいんですが

岡村 作り込んだものが、エンターテイメント性にうまく繫がっていない、と。

片倉 はい。分かる人だけが分かるゲームのようになってしまったのがこの作品の弱点だと思います。

丸茂 難しいな幻想小説というジャンルを継承していくことの難しさがあるね。僕も読者としては好きだけど編集者としてはミステリ脳だから、ゴシックホラーにプラスしてミステリみたいなわかりやすいエンタメのプロットがほしくなっちゃう。

片倉 SFに軸を持たせるなら『無垢なる花たちのためのユートピア』の川野芽生さんなども。

太田 皆川博子さんの『開かせていただき光栄です』を研究するのがいいんじゃないか。皆川さんはやっぱり凄いな。洋の東西を問わず、歴史に想を採って、取材を重ねながら、長く書き続けているんだから。書けないものがないタイプの小説家さん。

片倉 皆川さんは現在93歳にして現役です。本当にすごい。

丸茂 でもおそらくこの作家さんは、複雑な本格ミステリを書くのは難しいからファンタジーの枠でなんとかドラマをつくろうとしている気もします。僕からは恩田陸さんの『麦の海に沈む果実』、あるいは『六番目の小夜子』を推しておきます。両方とも学園ものという分かりやすいフォーマットで、ホラーチックな幻想を多分に描きながらミステリとしての着地も用意されている。このくらいのバランスが取れると、エンタメとして推せるのではと。

俯瞰的な視点で作品全体を構築しよう!

岩間 次は『あの日のすずめをさがして。』。夢の中で中学校の校舎に閉じ込められた高校生たちが、そこから脱出するまでを描く。 特殊設定ミステリーです。

丸茂 『冷たい校舎の時は止まる』みたいですね。

岩間 事故の影響で記憶を失っている男子高校生が主人公なんですね。彼は連日、自分が卒業した中学校の教室風の場所にいる夢を見るんです。ただ、そこは一見中学校のようなんだけれど、明らかに本物ではない。レプリカのような閉ざされた空間なんですね。そこには、主人公以外にも、かつて同じ中学に通った複数人の同級生が集められている。全員の共通点は、かつて校舎の屋上から転落して亡くなった同級生の関係者っていうことなんです。

丸茂 『冷たい校舎の時は止まる』みたい

岩間 脱出条件は、亡くなった同級生を殺した犯人を見つける。

太田 ふむ、いまのところ『冷たい校舎の時は止まる』だな

岩間 私もそう思いましたが、ここからが大きく違っているところです。それは現実パートと夢パートが別々にあるというプロットの作り方。二つの世界は繫がっていて、夢で怪我したら、目覚めた時にも怪我しているし、夢で手に入れたものは現実にも持ち帰れる。夢と現実のパートが交互に進みながら真相に接近し、ついに衝撃の結末を迎える、と、こんな具合のお話なんです。

丸茂 なるほど。辻村さんの影響は受けているでしょうけど、オリジナル作品にはなってそうですね。

岩間 夢の世界であんまり無茶なことをすると現実にも影響が出てしまうので、キャラクターたちも学習して、現実でいろいろ調べてから夢の世界で謎解きをしていくようになる。事件の推理だけじゃなく、登場人物たちの心の痛みや人間関係のなかで、記憶を失った主人公が少しずつ謎を解き明かす展開にワクワクできましたし、犯人の動機を知ると切ない気持ちになりました。ただ、もったいなかったのは、謎解きの要素があっさりしてるんですね。とくに閉ざされた夢の中にどうやって閉じ込めたのか、という部分の真相が物足りなかったです。

前田 どういう真相だったんですか? 何かトリックがあったり

岩間 トリックではなく特殊能力で再現されている、というのが真相です。あるいは、わざわざ夢の世界に中学を再現した理由であったり、肝心の同級生の死もある種の勘違いによるもの。プロットが丁寧な描写に落としこまれているのですが、夢を使ったミステリというアイデアを活かす俯瞰的な視点でさらに整理していただければ、より上手に作劇していただけるかと思います。

丸茂 アプローチは悪くないように聞こえますけどね。非現実的な現象は超能力でも、もうそういうルールなんですでも、僕はいいと思います。『冷たい校舎』も特殊現象に科学的説明をつけるわけではなく、ストーリーを走らせるなかに伏線を配置しておいて、それを回収するタイミングで意外な景色や真実が開示されるつくりかたなので。ミステリファン以外の読者へもリーチできる方向性ですし、もうお読みになっているでしょうけど、引き続き辻村さんを研究していただきたいです。ただ外形的な部分は、もっと距離を取ったほうがいいと思いました。

太田 やっぱりね、そこはどうしても比べられるところですからね。僕もそう思います。次回を楽しみにしています。

実力派だからこそ、一次創作を求む!

岡村 さてここからは候補作です。前田くんはさっそく2作の推薦を出してくれたね。気張ってやっていきましょう!

前田 はい! まず、『海上の城』です。本当に楽しかったです! この作品は一言でいうと「戦前日本のスマッシュブラザーズ」。実在の人物も、虚構の人物も、なんでもあり。とにかくたくさんの人物やネタが入り乱れます。まず、「帝国華劇団」が戦前日本を暗躍しているという設定に驚かされます。

岩間 『サクラ大戦』ですね。

前田 それに、冒頭から小栗虫太郎『黒死館殺人事件』の探偵・法水麟太郎と、海野十三のシリーズの探偵・帆村荘六との推理バトルが始まります。もちろん『ドグラ・マグラ』の登場人物も大活躍です。

片倉 帆村荘六に、『ドグラ・マグラ』!!

前田 この作品を読み解くために、元ネタのリストをまとめました。リスト作りも楽しかったです。文学からは荒俣宏『帝都物語』、石川達三『風にそよぐ葦』、川端康成『浅草紅団』、高橋和巳『邪宗門』、寺内大吉『化城の昭和史』、中野重治『村の家』、三島由紀夫『豊饒の海』、三谷幸喜『笑の大学』、横光利一『上海』。マンガやアニメ、ライトノベルからは神楽坂淳『大正野球娘。』、手塚治虫『シュマリ』、安彦良和『虹色のトロツキー』、大和和紀『はいからさんが通る』。海外文学からトマス・ピンチョン『逆光』、フィリップ・ロス『素晴らしいアメリカ野球』そして作品の核には『サクラ大戦』。

持丸 それらの作品から登場人物が借用されてくる。

前田 はい。実在の人物も多数登場します。実在の旧日本軍人や野球選手に将棋棋士、有名どころでは若き黒澤明なども登場します。ストーリー全体としては一種の冒険活劇なのですが、人間関係が錯綜し、入り乱れる。たとえば中野重治『村の家』の高畑勉次と『はいからさんが通る』の花村紅緒がともに旅をしたり、実在の将棋棋士が横光利一『上海』の芳秋蘭に恋していたり。彼らが直接バトルするわけではないんですが、人間模様のはちゃめちゃぶりが、スマッシュブラザーズなんです。中盤を過ぎると、登場人物たちの人間関係が煮詰められてきますし、大量の人物を書き分ける筆力にも驚かされました。最後は、昭和史をねじまげようと登場人物たちが頑張る。『ストライクウィッチーズ』的な、IF世界線への希望を目指す展開です。

丸茂 僕は厳しかったですね『サクラ大戦』の二次創作のようにしか読めなかった、というのが率直な感想です。

持丸 最後の一文はよく効いていましたね。でも、サクラ大戦ファンとしてやりたかったことはこれです、という風に読めてしまうので、膨大な歴史知識を詰め込んでいても、全体としておもしろがるためのハードルが高かったです。

前田 正直、私もそのように思います。かりに、この小説を『サクラ大戦』の二次創作として解釈するなら、「大正・昭和史の全ては『サクラ大戦』によって総括されねばならない!」という、かなり強い主張をもった内容に読めてしまって、なかなか同意しにくい。逆に、『サクラ大戦』だけでなく、全てのネタがバランス良く配分された「中心のないコラージュ」として解釈すると、今度はこの方が描きたい大正・昭和史とはなんなのかが見えなくなっていく感じがある。

岡村 うーん。

前田 その中心のなさ、コラージュ的でシュールレアリスム的な雰囲気自体が、怪しげな戦前日本の雰囲気を表現している、という風にも思います。よく歴史考証されていますし、タイムスリップ感もすごい。筆力には舌を巻いた。だから、ギリギリの判断で、二次創作ではないものと見なして、候補作として推させていただきました。しかし本当にギリギリの思いでした。

丸茂 滔々と語っていただきましたが要するにこの作品の主眼はパスティーシュであって、そしてパスティーシュである=優れた小説ではないのではと。冒険活劇としてのおもしろさは、キャラをいっぱい動かしている胡乱さの奥に霞んでいると思います。僕が『サクラ大戦』をアニメしか履修してないから、ピンときてないだけかもしれませんが。

太田 虚実入れ混ぜるパロディ的な作り方、あるいは二次創作的な作り方をするにしても、評価軸としてポピュラリティの問題もあるな。ホームズのパスティーシュはたくさん書かれているし、人気作も多いけど、それは大前提として「ホームズ」が有名だから成り立っている。漫画作品だとたとえば『ゴールデンカムイ』であれば、誰もが知っている「土方歳三」が出てくる。その上で想像の翼を膨らませているわけです。

前田 この作品は『サクラ大戦』に寄りかかりすぎているし、そうでなくても「分かる人には分かる」になってしまった。ただ、時代活劇や歴史ものをやろうとしたとき、やりたい時代や事件に「ホームズ」や「土方歳三」がいない場合もあると思います。戦前日本で物語をつくる難しさがありませんか。

太田 もしそういうことならば、素直に強力なオリジナルの主人公を創ってみるのが一つのやり方かな。たとえば大塚英志さんの『木島日記』は、万人が知っているわけではない民俗学史の世界を扱っているけれども、「木島」という強いキャラクターを作っているから、多くの人が楽しむことができる小説として成り立っている。それと、クライマックスをもっと盛り上げられれば、読み味が違っていたかもしれないな。『レディ・プレイヤー1』は、無数のパロディを用いて、スマッシュブラザーズ的に成功した例だけども、あの作品は少年漫画的な「みんなで力をあわせる」という盛り上がりが凄かったじゃない。この作品も、最後、太平洋戦争というバッドエンドを避けようと登場人物たちが力をあわせるんだけど、もっともっと盛り上げられたと思う。しかし、そもそも、この方は小説家としての力量は充分以上のものがあると思うから、なぜこのネタを選んだ、ということに尽きるよ。アドバイスをするとしたら「一次創作をやってみてほしい!」。

丸茂 そう、この作品はセガさんに許諾をもらえないと権利的にアウトですからね

佐藤友哉を超えていけ!

岡村 前田さんの推薦作、もういっこいきましょう。

前田 とても叙情的で、モノトーンな空気感のBL小説です! 主人公の安藤には「一緒にこの街を出よう」と誓い合った友人・中村がいて、中村は三鷹という男性と付き合っていた。ところが中村は安藤との約束を果たさず亡くなってしまう。その後、安藤は静かに会社員として働いているのですが、三鷹が数年ぶりに安藤のもとに姿を現し、誠という少年を連れてきて、映画を撮る。しかも三鷹は、誠に中村の役をさせるというわけです。

丸茂 前田さんが推したいと思ったポイントはどこですか?

前田 「愛だよ」という誠から主人公へのセリフがあって、本当に良く決まっていました。なぜそんなに中村をうまく演じられるのかと、主人公が誠に尋ねる訳なんですが、誠が「愛だよ」と。セリフ一発でガツンとやられてしまい、推薦を決めたんです。

持丸 この方の前回作は私が担当したのですが、ほぼ同じモチーフで、傍観者の位置から(内発的に恋愛対象と世間に向かって)一歩踏み出すお話でしたね。前作もそうでしたが、文章はうまいんですよ。ですが、数多くの恋愛小説、BL小説が出版されているなかで、一つ飛び抜けたものがあるかといえば、まだ足りないと思います。前田さんはどのあたりにドラマを感じましたか?

前田 ドラマというか、三角関係の描き方ですね。私は、先ほども申し上げたとおりチェロ弾きなんですが、ヴァイオリンの人とピアノの人と「三重奏」を組む。すると、なぜだか、私以外の2人が付き合ってしまうんです。もう5回くらい

岡村 多すぎでは?

太田 確率論的にありうることなのか、それは? 誰か計算してみて!

前田 演奏仲間と3人でディズニーランドに行ったら、「あれ、この2人付き合っているよな?」と現地で気がついて微妙な気持ちになるわけなんです。

片倉 個人的な共感があったんですね(笑)。

前田 恋愛している2人を横から見たり、蚊帳の外に置かれたりするときの浮かない気分が上手に表現されていて、膝を打ちました。ただ、三角関係というストーリーは普遍的ですから、私だけでなく、三角関係の心理を精彩に描く小説によって救われる人がたくさんいると思うんです。当然ですが、三角関係って正三角形ばかりではないんですよね。この作品でいえば、主人公はずっと誠のことがよくわからなくて、かなり不等辺。そこに「愛だよ」のセリフが来る。つまり、主人公は、誠の人柄を掴んだその瞬間に、誠が本当に三鷹のことを愛しているという事実も知って、突き放されるわけです。近づくと同時に遠ざけられる。そういう、人と人の「距離感」の扱い方に優れた恋愛小説だと思います。

持丸 うーん、だけど、前田さんの体験談ではないけれど、たとえば「5回」というような目を引くおもしろさがこの作品にも必要だったのではないかな。たとえば藤野千夜さんのような明るく軽い書き方で勝負してみたらどうなんだろう。

前田 この方は、2013年夏の星海社FICTIONS新人賞にも応募してくださり、その際には「鳥取にいる佐藤友哉!?」として取り上げられました。今回は、キャッチフレーズを「遅れてきたファウストチルドレン(27)」として応募くださっています。

丸茂 次からは作品のキャッチコピーをつけてほしいね(笑)。

太田 俺から一言あるとすれば「まず、ありがとう!」だな。しかし、佐藤友哉フォロワーが作家として成功するのは本当に難しいよ。この作品は商業作品として薄味すぎるから、何か外連味があった方がいいんだけど、そういう方向に頑張ってくださいとアドバイスしても苦しめてしまうよな。でも、何か一つは欲しかった。たとえば「映画」を掘り下げるとか『アオアシ』の漫画家小林有吾さんの『ショート・ピース』という作品が映画を撮る青春を扱っていて、参考になると思う。それと、描いている青春像が「古い」んじゃないかとも思う。

片倉 「一緒にこの街を出る」それを親友と誓い合う。そういった部分ですね。

丸茂 そこは地方出身だから僕は分かるけどなそういう閉塞感はまだあると信じたいけど、Z世代には伝わらないのかな。少なくとももっとディテールを上げないことには伝わらないと思うけど。

太田 俺が中高生だった80年代の頃だと、たとえば岡山県でいうとU2とかTHE POLICEのCDを聴きたいなら倉敷、マイルス・デイヴィスを聴きたいなら岡山まで物理的に出なきゃならないような文化環境だった。逆に、それがよい部分もあったけどね。そしてゼロ年代には、逆に地方ではイオンとかTSUTAYAに勢いがあって、それらが作り出す文化的な「ガラスの天井」が「この街を出たい」という地方の若者の気持ちを煽っていたと思う。だけど、今イオンは赤字だし、TSUTAYAはものすごい勢いで閉店。じゃあ地方から何もなくなったかというとそうじゃない。映像的にはNETFLIXがあり、YouTubeがあり、全世界の作品が地方からでも観られる時代になった。電子書籍になっていれば本の世界も東京と地方の格差はほぼない。つまりリアルな「イベント」が開催されていることが東京の優位性だったわけなんだが、それもコロナでかなりの部分が吹き飛んだ。そしていま、地方はどうなっているんだろうか。地方の孤独感はどうなったんだろうか。

丸茂 なにか美しいものがあったが、それは永遠に損なわれてしまったという感覚は分かるんですけどね。それがゼロ年代の亡霊にしか伝わらないテンションで書かれている印象でした。この方の理想をすでに達成しているのは凪良ゆうさんだと思うので、なにか突破口を見つけてほしいと思います。

太田 ゼロ年代の雰囲気だけで書いてしまっている部分をもっと言語化していけば、東京人には定式化できないアフター・コロナの文学的課題も見えてくる。そこから文学的ニューヒーローが生まれる可能性もあるから、このひとには引き続き期待してます!

超問題作の再来!

岡村 みなさん、過去の新人賞投稿作『俺、桑田真澄。親友の清原和博を救うために何度も野球人生をループしているが、どうやってもバッドエンドを回避することができない』を覚えていますか?

丸茂 忘れるわけないじゃないですか

片倉 2019年春の星海社FICTIONS新人賞に応募された問題作ですね。

岡村 4年ぶりに新作が届きました。

太田 なんと!

岡村 タイトルは『魁義塾高校漫画血風録』。キャッチコピーが「一九八〇年代週刊少年ジャンプ・リスペクト小説」。内容をめちゃ短く説明しますと、『魁!!男塾』の男塾のような、強者のみが優遇される自由と暴力の無法地帯である魁義塾高校が舞台で、時代は現代です。そこにひょんなことから入学してしまったひ弱な小説家志望の主人公・中井くんが、腕っぷしの強い同級生・島田と、なんやかんやで一緒に漫画同人誌を作ることになります。そのタイトルが『ケン肉マン』。

丸茂 そうきたかそうきてしまったか

岡村 この高校は外界と完全に隔離された孤島にあり、かつ入学時にスマホをはじめとする外部との連絡をとるための通信手段は全て没収されます。そのためこの高校における生徒の唯一の娯楽は、生徒間で販売されている同人の創作物のみであり、優れた創作者(クリエイター)はクラス内、クラス間の権力闘争の行方を左右するほどの影響力を持つことになります。中井くんと島田が『ケン肉マン』を校内で頒布したところ、たちまち大人気に。このまま1年生の全クラスを掌握しようと思ったところにライバルが登場します。その天才の名は、烏崎実。

太田 くぅぅ〜! いろんな意味で痺れるね!

岡村 編集者的ポジションの鳥増に見出された烏崎が描いた傑作『ドクター・アイランド』に対抗すべく、『ケン肉マン』もギャグ路線からバトル路線に変更を強いられるのですが、そこで烏崎が繰り出してきたのが『ドラゴンピース』。念のため説明しますと、『ケン肉マン』はどうみても『キン肉マン』、『ドクター・アイランド』は『Dr.スランプ』、『ドラゴンピース』は『ドラゴンボール』です。そして学内の覇権をかけて、『ケン肉マン』と『ドラゴンピース』は、学内人気投票で雌雄を決することになり、主人公たちが勝利してハッピーエンド、となります。『キン肉マン』と『ドラゴンボール』はどちらも漫画史に残る傑作であり、どちらがおもしろいか、という問いに対しては、読み手の主観によるので本来答えなどないのですが、この作中では、〝学内人気投票において『ケン肉マン』が『ドラゴンピース』に勝利する〟明確なロジックがあり、感心しました。また秀逸なのは、舞台を「魁義塾高校」にしてしまうことで、全てのリアリティ・ラインをクリアしているところです。

太田 「魁義塾高校」ならなにがあってもおかしくないもんね!

岡村 小説に何を求めるかって、人によってまったく違うと思うんですけど、僕は作品全部でなくても、どこか1箇所でもいいから笑っちゃったら負け、と思ってるんですね。で、僕は作中の

「おっ! この前、出てた異世界転生物の続きじゃねえか。よし、これを買うぜ」「ほう。無能だと思われパーティーを追放された主人公が実は有能で、元の仲間たちが後悔するのか。なかなか面白いじゃねえか」

岡村 というセリフを、宮下あきら先生風ビジュアルの屈強な魁義塾高校の生徒達が話しているのを想像して、もうダメでした。

片倉 ギャップでも笑いを取ってくる。

持丸 書き出しが『蟹工船』のパロディになっていたのも、みなさん気がつきましたか?『週刊少年ジャンプ』読者以外へのフックを作る工夫もありました。ジャンプの文化圏を通ってなくても、おもしろく読めるんじゃないですか。

丸茂 持丸さん流石、気づきませんでした! でもフックなのかそれは(笑)。まあ作家さんの教養の深さには間違いないですね。

太田 笑い、フックのかけ方。そして何より、マーケティング的な正しさがある。『週刊少年ジャンプ』が600〜700万部を売っていた頃のボリュームゾーンをストレートに狙ってる。前作も、清原・桑田という野球界の黄金カップルを打ち出してきた。二次創作的なフィクションをやるならばやっぱりこれが「王道」なんです。今回は、史上最大の才能・鳥山明。それに対して「隠れ頭脳派」だったのは実はゆでたまご先生なのだというわけか。この対比が鮮やかだね。

片倉 つまり、批評的でもありますよね。

太田 そう、小説の形をとって黄金期の『少年ジャンプ』を批評しているんですよ。特筆すべきなのが、鳥山明・鳥嶋和彦のコンビに抗していこうとした「ゆでたまご先生のストーリー」こそが『少年ジャンプ』の王道なのだ、という批評的主張がこの作品には込められている。マーケットに打ち出すにあたって「ここしかない」という急所を見つけてきて、うまく補助線を引きながら成立させている。真似できそうで真似できない、が鳥山先生だったとすると、誰にでも真似できる絵柄で実際に読者をどんどん巻き込んだのがゆでたまご先生。そこが当時新しかったことも押さえている。

岡村 作中では昭和と平成の境目前後10年のジャンプ世代に受ける小ネタをうまく混ぜ込んでいます。「六十六兆二千億円」とかは『幽☆遊☆白書』。島田が語る創作の「縦糸・横糸理論」は、おそらく『連載終了! 少年ジャンプ黄金期の舞台裏』の巻来功士先生と堀江信彦・元ジャンプ編集長の対談が出典だと思います。僕たちみたいな編集者は、どうしてもこういう作品を人一倍おもしろく読んでしまうので、評価の際に下駄を履かせてしまいそうになり、危ないんですけれど。

片倉 80年代から90年代のジャンプマンガをしっかり読み継いでいかないと、という気持ちが湧いてきますよね。これが「愛」

一同 (少年ジャンプの作品たちについて、熱く語り合う)

太田 しかし、だ。

一同 ゴクッ

太田 これ、どうするんだよ! 作家のためだったら怒られるのはしょうがないよ。それが編集者ってなもんだよ。でも、かりにこのひとがデビューして、こういう作風で出し続けていくとすると、そのうち俺がどこかの編集部裏に呼ばれるだけじゃ済まなくなっていくじゃん!

丸茂 太田さんは「メフィスト学園」って覚えてますか? 競作企画のほうじゃなくて2ちゃんのネタスレのほうの。

太田 えーと、思い出した!「佐藤さん」と「西尾さん」が転校生でやってくるやつ! たしか俺も出てくるんだよな

丸茂 僕は2ちゃんを通ってないので諸先輩からそういう代物があると伝え聞いただけですが、あれのジャンプ版がこの小説ってことですよね。

太田 そうか、これ2ちゃんとか5ちゃんのノリなんだよ! なるほどな!

岡村 せっかく男塾風なのだから、もっとそちらに作り込めば小説としての完成度が上がったかもしれないですね。

太田 うん、いろいろな作品と資料を読み込んでるのはいいのですが、そのネタをあまりにもそのまんま流用しているのが、小説としての完成度に響いてるし、そしてなによりも、商業出版を限りなく難しくしてしまっている。厳しく言うと、これはやはり良くできた二次創作なんだと思う。ネタバレはしないけれど、登場人物たちのラブコメディ要素も、もっと展開してほしかったね。ともあれ、1回このひとには電話をしてみる。

基礎を固めた一次創作求む!

岩間 前田さん、はじめての座談会はどうでしたか?

前田 二次創作系であったりメタフィクションが多かった。私もそういった作品を候補に推した1人ですから他人事のようには語れないのですが

丸茂 投稿されても二次創作はふつう取り上げないんですよ! 過去に『ビアンカ・オーバーステップ』の受賞はありましたが、特例中の特例です。うちは二次創作も候補作として検討するというのは完全な誤解なので、当たり前ですが一次創作のみ投稿してくださいね。

片倉 二次創作だからというだけで、実力がある方のデビューへの道が遠ざかってしまうというのはもったいないですからね。

岩間 最後に、本新人賞では紙ではなくデータでの原稿投稿をお願いしています。ご投稿の際には、応募規定を今一度ご確認いただければと思います。

1行コメント

『俺たちの復讐の顛末について語りたい』

投稿者さまがキャラクターに思い入れを持って執筆されていることが伝わる物語でした。一方で物語の筋が弱くエピソードの集積で終わってしまったのがもったいないと感じました。構成を意識すると、より魅力が伝わりやすくなると思います。(岩間)

『ブロンドの旋風』

小説として明らかにおかしなところとかはないのですが、際だって良いと感じるものもなかったです。文章量はこの半分以下が望ましいです。(岡村)

『えとせとらん』

作中で起きていること、登場人物がしていることは分かるのですが、その魅力はよくわかりませんでした。(岡村)

『18歳未満のファウスト』

思春期特有の切実さはしっかり描かれていました。反面、それだけで小説として評価するのは難しく、エンタメとしての盛り上げ方、キャラクターへの感情移入のさせ方をもっと学んでいただきたく思います。(片倉)

『『わたし』奪う側になりたかっただけなの』

この作品ならではのオリジナルな売りが弱いように感じました。他の作品と比べたときに「他にはない」といえる魅力的な要素を一つ打ち出していただけると、より強く印象に残る小説になります。(片倉)

『咆哮のフーガ』

社会的に取り沙汰されることが多いテーマを扱うこと=エンタメにはなりません。興味がないひとに届くおもしろさが用意されていなかった印象です。ヘイトクライムや反差別運動を扱うとして、ステレオタイプな認識を変えるような観点がほしい気持ちもありました。(丸茂)

『オチコボレ解放区』

世界観や設定はおもしろく、要所で登場人物たちの目的がはっきり明示されているのが良かったです。一方、物語に驚きはなく、展開の粗さからご都合主義的に感じてしまったのも正直な印象です。読み手にどういう読後感を与えたいのかも、一考いただけると嬉しいです。(岡村)

『東京騒乱』

ポスト3・11や新宿騒乱という戦後日本の問題意識を「肉牛業界」を舞台にするというアイデアによってまとめ上げてくださいました。業界や行政に関する細部の描写を、文体や物語の流れとどのように折りあわせるか、ここが課題と感じます。『シン・ゴジラ』のように骨太の物語構成を取り、思い切って枝葉のプロットを削ぎ落としていくと、エンタメとして力強く昇華すると思います。(前田)

『姫ティック・ドラマチカ』

気づいたら令嬢になっていたというアイデア自体はおもしろく展開しようがあると思うのですが、この作品の語り口はそのアイデアのポテンシャルをエンタメ的なおもしろさに昇華しきれておらず、もったいなかったです。(片倉)

『ロング・ウォー/ロスト・メモリー』

戦場に倒れた男(兵士)が死の間際、突然現れた「精霊」の導きによってどこか中世を思わせる世界へ転生する。男は精霊の力に助けられ王女と王国の危機を救う。騎馬やクロスボウが行き交う戦闘描写はかなりいい感じでした。エピローグで精霊の正体、転生した理由が明かされるのですが、ここを駆け足で処理したために全体が淡白になった印象です。(持丸)

『月からの文』

キャラの感じが古いからか、単にスベっているからか、とくに会話が読んでいてキツさがありました。このプロットならシリアスに書ききったほうが無難だったと思います。(丸茂)

『敗國のシリウス』

戦後まもなくの日本をよく取材し、外連味豊かでありながら人間ドラマも描き切り、構成にも優れたエンターテイメントとして読みました。本当に惜しく感じたのがストーリーが進んで明らかになる陰謀の中身。登場する敵や呪物、あるいは怪物の意匠のユニークさと対を成すような、読者の想像力を上回る非凡な真相を待ち望みます。(前田)

『廃旅館の殺人』

意図不明の依頼を無警戒にこなしていく序盤の展開に違和感があり、ふつうに大学のミス研メンバーで合宿のために変な建物へみたいなオーソドックスな展開にしたほうがよかったのではと。本格ミステリとして読むには旅館という場所が雰囲気に欠け、事件にはわかりやすい謎=不可能状況の設定がほしかったところで、昼ドラみたいな痴情のもつれに回収されてしまったのも残念。そして、主人公と父の話の掘り下げや現実離れした要素になだれこんでいく終盤が、なんでこんな話になっているのか飲み込めずどんな作品を好きな人のために書かれたミステリ(?)なのかピンときませんでした。(丸茂)

『のうみそお花畑』

読んでいて味のある文体ですし、良い意味で狂気のある作品でした。ただこの結末では、単純に狂気があるだけの作品と感じてしまったのが正直なところです。(岡村)

『蝉時雨は小さな狂気を奏でる』

動物のトーテムシンボルを使ってコミカルさと猟奇性の両立を狙ったミステリで、ラブコメディ要素も入れ込んでくださいました。玉蝉やアブラゼミの修辞など百科事典的知識は興味深いのですが、それらをプロットに組み込む際にはより高度な説得力を求めたいです。(前田)

『Again,again』

作品の特徴が、作品の魅力になっていません。主人公(おじいさん)が読み手から好かれるキャラクターになっているか、一考いただきたいです。(岡村)

『星から落ちた神様の子供たち』

不老不死の少女(=神様)とともに地球を離れた人類の子孫が暮らす孤島で、僕は孤児たちの面倒を見ている。終末世界の日常がどこまでも穏やかに続くと見せかけて、(第二章からの)唐突なホラー展開に驚きました。一つのアイデア(少女の設定)をホラーSF作品に展開することに成功してると思います。なのですが、冒頭の第一章があまりにもナイーブで読むのが辛かったです。(持丸)

『彼らの愛と死の条理』

魅力的な設定がたくさん盛り込まれている点に好感を持つことができる作品でした。一方、読み手の存在を意識するという点で、高く評価するのは難しくもったいなく感じました。(岩間)

『災厄の魔女と、遡る時』

「宇宙からかわいい魔法使いが転校してくる」「タイムリープ」など魅力的な要素が全部盛りでした。魅力的な要素を活かせるしっかりとした構成をもったプロットがあると、よりおもしろくなると思います。(岩間)

『ライブ・イン・フィルモアイースト/約束の地まで、あと少し』

どこかの近未来。外界から隔絶された流刑地で特別な「力」を持つ少女と出会ったボク(こっちも少女)は、地下聖堂の秘密を探るうちに世界の崩壊と再生を知る。何が起きているのか、彼らはどこに向かっているのか? 冒頭から迷子になってしまいました。せっかくの魅力的な設定が活きてないというか、細部の道具立てがしっくり収まってない印象でした。(私もABバンド大好き世代ですが、伝わりにくい道具立てですよね。(持丸)

『モスグリーンは後悔に褪せる』

非常によく書かれた青春ミステリで、ギミックもおもしろく、小さなエピソードを繋いでいく筆さばきが光りました。空気感をコントロールする筆力にも確かなものを感じます。ただし、全体として明かされる真実には、あともう一歩、スケール感や意外性が必要です。すでに身につけておられる基礎を大切にしていただきながら、日常とは違う非日常的な瞬間であったり、エンタメ的に訴えるキメを追い求めていただきたいです。(前田)

『おもピロ』

ピエロが主人公の世界、というのは考えたことがなく意表を突かれました。ただ、この設定を説得力を持って、なおかつおもしろく描くには筆力が今一歩及ばずという印象なのが残念でした。この点を頑張っていただきたく思います。(片倉)

『エンテレケイアのプロトコル』

素材は王道のものを扱えている=次々おもしろくなりそうな要素は出てくるし、妹のためという主人公の目的も明快にあることは好印象でしたが、それぞれ広げきれずに終わってしまった印象。ストーリーはもっと異能力バトルにしぼり、もう少し硬派な文体に寄せた方が設定に合っているのでは。ハヤカワSFがお好きなのかなというタッチでしたが、『魔法科高校の劣等生』みたいな路線を目指した方がいい気もしました。(丸茂)

『愛はいつもミステリー』

フェロモンという切り口からセクシュアリティについて文学的に挑戦してくださいました。ト書き調になってしまうきらいがあるので、叙景的な語りを増して文体のバランスを取っていただきたいです。(前田)

『カンナカムイの翼』

鬱屈した主人公が異世界に転生するところまでは切迫感がありおもしろく読めたのですが、それに続く転生後の話が冒頭と比べると平板で冗長に感じられました。今一度、読者を飽きさせない構成を考えていただければと存じます。(片倉)

『フロイスと巨人/二〇四四年』

壮大な世界史の時間の流れで、運命的な想像力を展開してくださり、大変おもしろく拝読しました。「鷹」についてのエピソードで導入されますが、物語全体を俯瞰してみると、いきなり種明かしされているようにも思えてしまい、むしろ作品を通した「謎」のようにしておいて、読み手の想像力を先延ばす構成もあり得たように思います。(前田)

『アルマジ!~天上天下闘争魔導伝~』

物語の矛盾はなかったです。キャラクターの何か突出した魅力や、驚きの展開などもなかったので、それらはほしいです。(岡村)

『青い肌のイロナと人狼ヤーノシュ』

世界の作り込みに力が入っているのは分かりましたが、それがエンタメ的なおもしろさに直結するわけではないのが難しいところです。『狼と香辛料』のように、エンタメ的な王道のおもしろさもあり、かつ歴史がうまく活きてきてという両者の結節点をぜひ探ってみてください。(片倉)

『君と終わりと始まりのボイス』

ケータイ小説系(言い方古いかも)のお約束ごとの範疇でキャラもストーリーも作られてしまっている印象で、いまひとつ既視感以上の迫心性を感じる部分がありませんでした。文章も全体的に磨いていただきたい。島本理生さんなどが参考になると思います。(丸茂)

『砂鹿新は謎を求め続ける』

「二月十四日、探偵の隣にはまだ誰もいない。」このキャッチコピーよかったです。「パンツ、という布を好きでたまらない人がいる。」というずっこけそうな1文目と相殺されちゃいましたが。主人公の語りはテンポがあっていいですし、ヒロインたちとの会話も粒立った楽しさがありました。ただチョコの謎は引っ張り過ぎで、一冊を支えるには小規模です。次はふつうに連作短編で(地味にならないようなにかキャッチーな部分は用意していただきたいですが)日常の謎ミステリを書いてみていただきたいです。(丸茂)